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      圓朝地名図譜

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北海道から山梨県までの14都道県の落語地名
 このうち,北海道,東北地方に関しては,『ねずみ』の仙台や『弥次郎』の恐山など少数が登場するくらい.この地域が実際の舞台として使われることも,噺の中で言及されることも少ない.
 関東地方の各県は,江戸・東京から小旅行で行ける範囲にあるが,そこを通っている往還が,中山道や甲州街道のため,東海道にくらべ,登場回数は少ない.それでも,碓氷峠(「猪退治」),安中(「こんにゃく問答」),館林(「館林」),熊谷(「猫の茶碗」,「吉住万蔵」),上尾(「おさん茂兵衛」),浜街道(「紋三郎稲荷」),八王子(「徳利亀屋」)などの噺をあげることができる.実際に舞台となることはないが,新勝寺の登場回数は群を抜いており,「成田」というだけで新勝寺を指すことも多い.
 また,圓朝物との重複が非常に多く,"はなしの名どころ"で扱う件数は少なくなっている.例えば,山梨県を舞台とする代表的な噺である「鰍沢」の地名も,圓朝全集所載の「鰍沢」や「火中の蓮華」に,その多くを譲った.

東京23区の落語地名
 東京特別区については,特別な取り扱いをした.東京・上方落語と圓朝ものとを一括して扱ったほか,位置を特定できない商店名や現在使われなくなった地名,マクラなどに登場する地名を項立てせず,地図にも示していない.また,都内を歩き始めた当時に撮ったモノクロ写真が一部残っている.
 東京23区といいながら,江戸市中・旧東京市とその他の地域では登場件数が格段に違っている.とにかく落語国の住人は,浅草から日本橋あたりまで,地下鉄の初乗り運賃の範囲で活躍しているといってもよいだろう.江戸市中を離れると,もう旅ネタといえる.結果として,千代田区から江東区にかけての8区については2割程度の件数しか取り上げていない.

 繰り返しになるが,古典落語に登場する江戸・東京落語地名は既刊書(特に北村一夫氏の辞典."→ 北村辞典"と付記)に詳しい.ここでは,3000件にもなる23区の落語地名の中から,おいしそうなところを選り取ってつまみ食いをしただけである.

東海道に沿った神奈川県から三重県までの落語地名
 この地域は東海道が貫通しており,旅ネタをはじめとし,東海道の宿場が噺の舞台となることも多い.そのいくつかを神奈川側から挙げてゆくと,川崎(「大師の杵」,「たばこ好き」),神奈川(「御神酒徳利」,「三人旅」,「茗荷宿」),藤沢(「大山詣り」),大磯(「西行」),小田原(「抜け雀」,「竹の水仙」),箱根山(「三人旅」,「盃の殿様」,「小間物屋政談」),三島(「半分垢」),丸子(「とろろん」),宇都谷峠(「毛せん芝居」),掛川(「雁風呂」),七里の渡(「桑名舟」)など,挙げていけばキリがない.桑名から先の伊勢路は上方の「東の旅」の舞台となる.終点の伊勢神宮の場面を演じることは少ないが,伊勢詣りは落語国の人々のあこがれの旅である.三重県は地域的には近畿圏に含めた方が適当だが,「三人旅」の一行に目的地の伊勢まで行ってもらうことにした.

 東海道からはずれてはいるが,明治維新後の噺に横浜が多数登場する.伊豆半島や富士の裾野が曽我物語の引き事(「徳利芝居」など)で登場する.「大山詣り」では,大山自身の描写は少ないが,金沢八景,烏帽子岩(烏帽子島),米ヶ浜の祖師が使われる.「小間物屋政談」では,道了講の一行が小田原に宿泊している.「鰍沢」などでの日蓮伝の引き事で,鎌倉や爼岩が引用される.江の島周辺は,保養地としても登場するし,「居残り佐平次」の自己紹介でも「白波五人男」の文句が引かれている.

 富士山を眺める場面は東海道側からの方が多いため,眺める富士山は静岡側からとした.実際に富士に登る噺の「富士詣り」では吉田口からの行程のため,登山道は山梨県側とした.秋葉山が「牛ほめ」などの噺で使われるほか,清水,森(静岡県)や荒神山(三重県)などの土地を含めて,浪曲「清水次郎長伝」に関連して引用されることが多い.講談では太閤記関連で中村,矢矧橋(愛知県),袋井畷(静岡県)が使われている.

 江戸,上方の中間地点でありながら,名古屋が噺の舞台となることは極めて少ない.「祇園会」で名古屋がわずかに登場する.「三十石」で包丁店の支店を出すのが名古屋新町通りである.本町通りは繁華街だが,新町と呼ばれるところはポピュラーな地名ではない.

 史跡・巷談として滑川(神奈川県),黄瀬川,無間の鐘,夜泣石(静岡県),小牧,長久手,桶狭間古戦場(愛知県),鍵屋の辻(三重県),名所として豊川稲荷,名古屋城,熱田(愛知県),不断桜,銭掛松(三重県),名物として宮重大根,有松絞(愛知県),桑名蛤,壷屋紙,万金丹(三重県)などが使われる.

滋賀県,兵庫県,奈良県および和歌山県の近畿4県の落語地名
 この地域は上方落語のテリトリーであり,上方の旅ネタの道中付けが多数現れる.また,明石名所(「播州巡り」),奈良名所(「猿後家」,「東の旅」)のように名所案内に類するものも多い.ざっとあげると,「近江八景」,「矢橋船」,「指南書」,「須磨の浦風」,「有馬小便」,「西行」,「鹿政談」,「紀州飛脚」,「貝野村」,「苫ヶ島」などなど.長浜は「花筏」の相撲巡業先である.「指南書」に出てくる走井餅,姥が餅は現在でも売られている.近江八景の文句は「近江八景」,「掛取万歳」など,いろいろな噺に織り込まれている.矢橋は「矢橋船」で実際の舞台となる.

 兵庫県は項目数が多い.「長者番付」では,灘の蔵元が多数現れる.「布引の三」は布引の滝を踏まえている.「明石飛脚」は,明石まで手紙を届ける噺で,明石人丸様の茶店までの道中が描かれる.「播州巡り」では,高砂あたりの名所,須磨から兵庫へかけての逐一の説明がある.「唖の釣」の舞台は東京では不忍池だが,上方では昆陽池である.「高砂や」では謡曲高砂の文句が出てくる.「皿屋敷」は播州姫路の設定.姫路城にお菊井戸という名の井戸がある.胴乱の幸助は,丹波篠山の出身.「源平」では,一の谷の合戦の模様が描かれている.

 奈良が舞台となるのは「鹿政談」,町の名所は「猿後家」,奈良までの道中は「東の旅」に詳しい.どこと特定できないが,「お玉牛」の舞台は奈良・和歌山あたりの山村.「牛の丸薬」,「七度狐」の舞台も奈良県あたり.女房がすぐに里帰りするのは,"大和の親元".大峰山は舞台にはならないが,山上詣りが「いかけ屋」などの噺に出没する.

 和歌山への道中は「紀州飛脚」.紀州公は,「大名将棋」,「苫ヶ島」で登場し,和歌山城中,苫ヶ島(友ヶ島)で活躍する.「宝船」は,明石で演じることもあるが,和歌山の漁村の噺で,口承芸にもかかわらず出てくる地名は実在であった.日高川,道成寺は,「弥次郎」のサゲ場面.速記はないが,「下女日高川」という噺もある.伊勢音頭の文句で,熊野詣はたびたび使われるが,実際に参拝の場面はない.

 明治期の速記ではあるが,曽呂利新左衛門(2),『滑稽伊勢参宮』,駸々堂(1895)では,「走井餅」-「小烏丸」-「軽石屁」(ここで三重県へ入る)-「牛かけ」-「七度狐」-「これこれ博打」-「伊勢参宮」の順で東海道を下って行く.一連のストーリーにまとめたため,現行の噺とは相当異なる演出ではあるが,草津から関へかけての東海道が描かれる上方落語はこれくらいではないか.文我師の書籍によると,オリジナルの「牛かけ」を見ることは難しそう.

京都府と大阪市を除く大阪府の落語地名
 京都は上方落語のサブグラウンドであり,多くの噺が京都を舞台とする.上方落語を東京へ移殖する際,京都の地を単に鎌倉などに置き換えるケースは少なかった.むしろ,京都を舞台とした噺は,東京落語でも京都のままで演じられていることが多い.「愛宕山」,「京の茶漬」,「大丸屋騒動」,「天狗刺し」,「茶金」,「三十石」などの噺は,江戸・東京を舞台にするには無理がある.清水寺が登場する「景清」はサゲ際を除いて上野の清水堂に移すことができたが,「こぶ弁慶」は移植不能.やや無理な構成も派手な演出で演じきってしまう上方噺の芸風が影響しているのだろう.「天狗裁き」(鞍馬山),「いらちの愛宕詣り」(愛宕山)は,東京でも演じられている.

 近年,東京落語を上方に逆輸入して復活するケースがある.復活した落語の中の地名を生粋の上方落語のものと見誤ってしまう心配がある.上方に限ったことではないが,落語速記にしても同じ速記を何回も使い回して出版されてきた.落語家系図ばかりでなく,噺の系図が必要になってくるのでは.

 「東の旅」の2人連れは,玉造を出てまもなく大阪市を抜ける.そこから暗峠までが大阪市外にあたる.堺が「住吉駕籠」,池田への道中が「池田の猪買い」,能勢が「無精の代参」,野崎が「野崎詣り」.このあたりは,おなじみの噺.「煙草の火」の主人公が和泉佐野の出身であり,河内の狭山には治右衛門が住んでいる.「宿屋仇」の武士は岸和田泊まりであった.「牛の丸薬」は,河内の農村部か.高安の里は生駒姫の逸話の残るところで,「洒落小町」に登場する.

大阪市の落語地名
 戦後の速記だけに限っても,大阪市内の地名は800地点も登場する.多くは町名,色街の俗称や飲食店などの店舗名で,今では失われてしまったものが多い.東京と違って住居表示化の猛威を乗り切ったが,水の都を象徴する堀,橋,浜などが消えていって久しいのは痛い.「まんじゅう怖い」の夜の農人橋,「百年目」の船遊び,「土橋萬歳」の土橋の刃傷,不思議なもので,噺の中ではよぉく見える.

 明治期の主な速記が復刻された東京落語と違って,戦後出版された速記だけでは戦前に黄金期を迎えた上方落語の潤沢な財産を見渡したことにはならなかろう.上方落語の全貌を捉えていない点,調べが行き届いていない点など粗漏は承知の上で,大阪市各区ごとの地名リストと一部の写真をあげていく.こんな地点が抜けている,実際にはこんな物が残っている,ここは間違いだなどご教示いただければ幸いです.

中部・中国・四国・九州各県と海外の落語地名
 この地域は東京,上方落語ともに登場機会が少ない.東京系では,松之山(「松山鏡」),善光寺(「お血脈」),信州山間部(「そばの羽織」,「指仙人」),四国(「田能久」),熊本周辺(「九州吹き戻し」),上方系では金比羅道(「播州巡り」),天草地方(「深山隠れ」)などが登場する.しかし,実際の舞台にならなくとも,「源平」などの地噺や,"山づくし","川づくし","お国名物"などで登場することが多い.また,遠隔地の代名詞的に「肥後の熊本」や「肥前長崎」が使われることも多い.

 東京系,上方系の噺をくらべてみると,広島,山口,香川各県で上方系での登場地点数が東京系に拮抗している.これは,演題としては「兵庫船」,地名としては,宮島,金比羅参宮が貢献しているため.熊本県が九州第一の都市,福岡をもつ福岡県をしのぎ,項目数が東京系で最多となったのは,「九州吹き戻し」,特に立川談志演のそれが詳細に地名を織り込んでいるせい.

 海外が舞台となる落語は,古典では少ない.「鉄拐」,「三国志」,「唐茶屋」,「宗漢」,「支那の野ざらし」が中国,「虎退治」が朝鮮半島を舞台とする.快楽亭ブラックの演じた英国の落語(「試し酒」の類話)では,ロンドン郊外のウーリーチが舞台となっている.新作となれば,世界のどこにでも噺を設定できるはずだが,実際に真正面から外国を舞台にしているのは,つばめ師の時事ネタぐらいだった.そんな中では,「西遊記」,「南極探検」が印象的.
 「地獄八景」などに出てくる架空・想像地名は,念写でもできない限り,当然,対象外.