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宮城県   
圓朝地名図譜
婆「サア熊さん、是はね、今を距る事六十三年前」
亭「大変な古物だねえ」
婆「私が年齢十七の時に奥州松島見物に行つた時、頂だいて来た塩釜様安産の御札……」
  (橘家円蔵(4) 「安産」)
  暉峻康隆ら編,『明治大正落語集成』 第六巻,講談社 (1980) 

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月  
宮城県 ダジャレ会社(新風金語楼2:02) など 3件3題 (圓朝1件, 東京2件) 宮城県 宮城県の落語地名は,東端の金華山をスタートして松島から仙台市内をめぐった後,南に下がり福島県境斎川に至る円弧状のルートで紹介する.
"故郷へ行くときにはなにか宮城(土産)を持ってきますか?"(ダジャレ会社)
     
金華山 旅行の鶴(講明治大正6:03) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 石巻市(旧牡鹿郡牡鹿町鮎川浜 金華山) 牡鹿半島の先にある島.金華山神社の本社が山麓,奥社が山頂にあり,神鹿が多い.観光渡船で渡る.時刻表には予約制とあるが,実態は渡船会社2社が客の囲い込みをしているだけ.2011年の震源地に近く,被害が大きかったと聞く.以前の活気が戻ることをお祈りします.
"出羽奥州まで見え金華山が見える。あちらの方は札幌から小樽"(旅行の鶴)
金華山神社 8910
石巻 双蝶々(中公圓生1:01) など 4件3題 (圓朝1件, 東京3件) 石巻市 住吉公園あたりの北上川が歌枕の袖の渡(そでのわたり)だと言う.奥に,石巻の地名の起源と言われる巻石が見える.石巻はマンガ家の石ノ森章太郎の出身地で,キャラクターがあふれていた.
"俺アなア、江戸を出てから奥州路へ、石巻てえところに落ちついていたんだが"(双蝶々)
袖の渡あたり 0906
曽波神 千早振る(熊さん八っつあん交遊録, 新風舎(2007)) 石巻市鹿又曽波神(旧河南町) 以下,シュールな書き落語の「千早振る」に登場する地名が3件.JR石巻線曽波神(そばのかみ)駅.駅のそばにある曽波神社のある愛宕山を避けて線路が敷かれている.
"宮城県は小牛田から石巻線に乗ると約三十分のところに曽波神と言う駅がある"(千早振る)
曽波神駅 0906
蕎麦大社 千早振る(熊さん八っつあん交遊録, 新風舎(2007)) 石巻市蛇田か 曽波神にある曽波神社にひっかけて蕎麦と綴ったらしい.本文には,参道入口に狸の狛犬があるように書かれているが,実際には庚申塚しかない.タヌキそばにかけているのだろう.
"そして後世、夫婦は蕎麦大社に祀られた"(千早振る)
曽波神社参道 0906
佐沼 官員小僧(駸々堂 (1891))など 登米市迫町佐沼(旧迫町) 迫川に囲まれた佐沼城(鹿ヶ城)から南に,佐沼の城下町が広がっていた.今も登米や若柳など四方から街道が集まって来ている.近くの伊豆沼はラムサール条約に登録した湿地で,水鳥の越冬地.そのせいか,川面には白鳥が群れていた.
"一度古郷の佐沼へ帰りましてそれより仙台鹿の子清水へおたづね申しました"(官員小僧)
佐沼城址を望む 1403
若柳 官員小僧(中礼堂 (1890)) 栗原市若柳(旧若柳町) 若柳(わかやなぎ).合併して栗原市.2007年に廃止されるまでは,JRの石越駅から,若柳駅を通って細倉マインパーク前までくりはら田園鉄道が通じていた.若柳駅には,沢辺駅舎を利用した保存駅舎と何種類かの車両が保存されていて,試乗会の張り紙も貼られていた.
"宮城県をさわがし若柳と言ふ所で四人と言ふ人を殺して青森県の病院で身を果たしました"(官員小僧)
若柳駅保存車両 1403
古川 官員小僧(駸々堂 (1891)) 大崎市(旧古川市) 速記には"こかわ"とルビが振ってあるが,古川(ふるかわ)が正しい.今は合併して大崎市.歌枕の緒絶の橋は役所そば.みちのくのをだえの橋や是ならむ ふみみふまずみ心まどはす(藤原道雅).という恋歌がこの歌枕を有名にした.『奥の細道』では芭蕉も訪ねようとしたが,果たせなかった.
"亥之助手前はこれから裏街道をば、古川の方へ逐い駈けて行け"(官員小僧)
緒絶の橋 1403
小牛田 千早振る(熊さん八っつあん交遊録, 新風舎(2007)) 遠田郡三崎町藤ヶ崎町(旧小牛田町) 小牛田(こごた).曽波神へのルートの説明.東北新幹線が通るまでは,東北,陸羽東,石巻線の交わる交通の要衝だった.
"宮城県は小牛田から石巻線に乗ると約三十分のところに曽波神と言う駅がある"(千早振る)
小牛田駅 0606
小野 官員小僧(駸々堂 (1891)) 東松島市小野(旧鳴瀬町) 仙台近くの小野だけでは,確定はできないが,おそらく旧鳴瀬町の小野だろう.仙石線陸前小野駅が最寄り.小野小学校の裏山に3つの館跡があり,その1つ,御館山公園から市街を見下ろせる.
"もう釈迦堂にやァ居られねへ産地故郷の小野に帰り、男を磨くを止めにして"(官員小僧)
小野の町並み 1403
松島 左甚五郎(青圓生13:14) など 27件17題 (圓朝4件, 東京19件, 上方4件) 宮城郡松島町,塩竃市,東松島市あたり 日本三景の一.瑞巌寺と向かいの五大堂あたりは一大観光地.船で松島を巡る観光船もすぐそばから発着する.松島めぐりの島の名は,「官員小僧」に出てくる.
"それから、別に二十五両ある、これはわしが奥州松島見物に行く路用に取っておきたい"(ねずみ)
瑞巌寺五大堂 0906
瑞巌寺 ねずみ(青三木助:13) など 6件5題 (圓朝2件, 東京4件) 宮城郡松島町松島 臨済宗瑞巌寺.伊達家の菩提寺.本堂,庫裏,廊下は国宝.大漁節(斎太郎節),松島のサヨ瑞巌寺ほどの寺もないとェ♪.噺にありそうだが出てこない.そういえばエンヤートットーの合いの手,すっかり忘れていた.
"瑞厳寺、山寺、そういう所を見てきてえと思うけど、どうだな"(ねずみ)
瑞巌寺岩屋 9509
塩釜神社 角兵衛の婚礼(講明治大正1:56) など 16件10題 (圓朝4件, 東京12件) 塩竃市一森山 陸奥国一宮.航海,安産の神様.塩釜駅南方の高台に鎮座.下には銘菓しほがまの店舗.噺には塩竃様のお札が出てくる.使わないのに安産守りを授かるなっ.罰あたりめ.
"これは何でございますよ塩竃様のお札でお産にはきっと御利益があります"(角兵衛の婚礼)
塩竃神社 安産守 8910
野田の玉川 高野違い(青金馬:04) など 2件1題 (東京2件) 塩竃市,多賀城市 六玉川の一.多賀城市留ヶ谷を南流する小河川.玉川1-5の民家に建碑がある.
"陸奥の国に野田の玉川、紀伊国に高野の玉川"(高野違い)
玉川碑 9911
末の松山 反魂香(騒人名作04:04) など 6件2題 (東京6件) 多賀城市八幡2-8 歌枕."末の松山末かけて……仇に焚いてくだしゃんすな"の用例.臨済宗末松山宝国寺の裏手あたりとされ,巨松が2本ある.
"末の松山末かけて互いに心変はらじと拙者よりは定宗の単刀 その節高尾より拙者へ渡せしものはこの名香"(反魂香)
末の松山しるしの松 9509
沖の石 和歌の解説(新風金語楼2:14) 1件1題 (東京1件) 多賀城市八幡2 "わが袖は潮干にみえぬ沖の石の人こそ知らね乾くまもなし"(二条院讃岐.千載集,百人一首)と歌われる沖の石.宝国寺そばの小さな池が歌枕の沖の石と比定されている.民家に囲まれ,見てがっかり.
"自分の恋の悲しさは人に知られてないが、沖合の石のような私は、泣き通して、のべつ濡れてるってことだろう"(和歌の解説)
沖の石 0606
多賀城の碑 怪談小夜衣(大川屋 (1916)) 多賀城市市川 "日本三古碑の一.国重文.高さ約2mの巨石で,天平宝字6(762)年の年号が彫られている.覆堂に収められているが,格子から碑文,特に西の一文字をはっきりと見ることができる.西の下には,各地への里程などが記されている.速記には,壺の石文が別に出てくるが,これも多賀城碑のこと.
"金華山の名勝はいうもさらなり、壺の石文、多賀城の碑を探り"(怪談小夜衣)
多賀城碑 0606
今市 官員小僧(駸々堂 (1891)) 仙台市宮城野区岩切今市 岩切に新しく開かれた町.今訪れてみても,特に見るものはなかった.名物として,おぼろ豆腐や今市おこしの名があげられている.
"駕丁は路を急ぎまして今市へ来たのが日の暮れぐれ"(官員小僧)
今市中区バス停 1403
宮城郡 阿武松(集英圓生3:11) など 5件1題 (東京5件) 仙台市 横綱谷風の出身地として出てくる.若林区南鍛冶町の東漸寺に谷風梶之助碑がある.
"四代目の横綱が奥州宮城郡で谷風梶之助。「わしが故郷さで見せたいものは、昔ゃ谷風、今伊達模様"(阿武松)
谷風梶之助碑 9509
仙台陸軍病院宮城野分院 頼むぜ角さん(立つばめ2:01) 1件1題 (東京1件) 仙台市宮城野区 新作1題のみの用例.分院は陸軍病院を経て,現在は仙台病院.御影石でできた陸軍病院当時の門はなくなっていた.
"内地へ送還されまして、仙台陸軍病院宮城野分院というところへ入れられた"(頼むぜ角さん)
国立仙台病院 0103
仙台 ねずみ(青三木助:13) など 53件34題 (圓朝7件, 東京41件, 上方5件) 仙台市 東北地方最大の都市.「穴どろ」の仙台の刺身は,江戸っ子の軽蔑した仙台鮪のことらしい.「ねずみ」にちなんであげた写真の虎屋横丁は,虎の彫り物を掲げた宿屋ではなく,医者に由来する.
"虎屋ッていう大ゥきな家があります。これァ仙台一の旅籠屋なんです。その虎屋の前に小ィさな家があります"(ねずみ)
虎屋横丁標柱 9911
躑躅が岡 水戸黄門西国巡遊記(駸々堂 (1895)) 仙台市宮城野区榴岡あたり 榴岡(つつじがおか).古くはツツジの名所.現在は,榴岡公園のサクラがみごと.榴ヶ岡駅が最寄り.公園内には,1874(明治7)年に建てられた兵舎が保存されている.宮城県で一番古い洋風建築物.
"小鶴ヶ池ならびに躑躅が岡や松島等は陸前にて屈指の名所にござります"(水戸黄門西国巡遊記)
旧第四連隊兵舎 1403
仙台:政岡の宮 反魂香(講明治大正3:27) 1件1題 (東京1件) 仙台市宮城野区榴岡5-4 「仙台萩」,飯炊きの場で知られる乳母政岡は実在の三沢初子がモデル.本殿・唐門のあった三沢初子の廟は明治初年に取り壊された.忠義の政岡は「寝床」でもお馴染みだが,殺された千松に至っては「鰻の幇間」に"馬鹿な千松"呼ばわり.
"その証拠はただいまもって仙台様の御屋敷に宮があって霊神に祀られております"(反魂香)
三沢初子の墓 9911
仙台:釈迦堂 官員小僧(駸々堂 (1891))など 仙台市宮城野区榴ヶ岡5あたり 仙台藩主伊達綱村が,生母の三沢初子の菩提を弔うために元禄8(1695)年に建てた釈迦堂.仙台市有形文化財.周囲にはシダレザクラが植えられていた.宮城県立図書館建設に際して,榴ヶ岡の地から,孝勝寺(榴岡4-11)境内へ移設された.
"仙台釈迦堂の桜というは有名のものでありますから"(官員小僧)
釈迦堂 1403
仙台:青葉城 五目講釈(講明治大正2:12) など 6件4題 (圓朝4件, 東京2件) 仙台市青葉区荒巻 青葉城の周りをぐるっと回るバスルートと,博物館側からの歩道でのアプローチがある.本丸跡にはおなじみの独眼龍伊達政宗像.像は隻眼ではない.伊達家の紋はいくつもあるみたい.サテサテ竹に雀は仙台様の御門(南京玉すだれ).胸に九曜(紋)があるわいな(都々逸).竪三つ引きもそう.
"エー……後座に弁じますは、奥州青葉が城動乱のお話"(九州吹戻し)
青葉城伊達政宗像 0906
仙台:国府町 官員小僧(駸々堂 (1891)) 仙台市青葉区国分町 国分町(こくぶんまち,こくぶんちょう).仙台市のメインストリート.一大繁華街.東端の芭蕉の辻には,道路元標が置かれていた.現在も奥州街道の里程を示す道標が置かれている.
"仙台の国府町の田辺てエ家の若旦那だよ"(官員小僧)
芭蕉の辻 1403
仙台:鹿の子清水 官員小僧(駸々堂 (1891))など 仙台市青葉区米ケ袋 仙台三清水の一.民家に残るが,現在はほとんど涸れているという.東北大片平キャンパスから南西方向,広瀬川へ下る坂道があり,鹿子清水小路の名がついている.北西端に写真の石標があり,片面には米ヶ袋と彫られている.その向かいには,歴史的町名活用の米ケ袋鹿の子清水通の標柱がある.南西端には縛り地蔵,近くには,『三太郎の日記』を書いた阿部次郎記念館がある.「刀屋」で迷子の三太郎や〜いとか,大馬鹿三太郎でおなじみの人名.
"そのうち鹿ノ子清水の前で腕車を下りまして"(官員小僧)
鹿子清水通石標 1403
広瀬川 ねずみ(青三木助:13) など 5件1題 (東京5件) 仙台市 甚五郎を泊めた「ねずみ」の宿の情景描写.仙台市を南流し名取川と合流して太平洋へ注ぐ.
"川はちいそうございますが、水は綺麗でございまして、広瀬川へ流れておりまして"(ねずみ)
花壇付近の広瀬川 0606
永町 官員小僧(中礼堂 (1890)) 仙台市太白区長町 永町(ながちょう)ではなく,長町(ながまち).奥州街道の長町宿が置かれていた.広瀬川の南に南北の長い町が連なっていたことが由来.仙台市街に飲み込まれて,宿場らしいものは残っていない.長町駅前に,長町−秋保間を結んでいた秋保電鉄の駅跡を示す標柱がある.1961年に廃線.
"永町の松田屋へ往ってチョイと容子を見ました"(官員小僧)
長町駅の駅名由来標 1403
岩沼 雲霧五人男(金桜堂 (1886)) 岩沼市 竹駒神社の近くには,歌枕の武隈の松,別名二木の松がある.根元から2つに分かれている.能因,西行,芭蕉が訪れた.現在のものは,文久2(1862)年に植えられた7代目だという.竹駒神社参道には芭蕉句碑(さくらより松は二木を三月越し)もある.「阿武松」の武熊親方を連想させるが,関係ないという.
"近頃奥州岩沼から流れてきた新志代の権三郎といふ親分"(雲霧五人男)
武熊の松 1509
竹駒稲荷 源九郎狐(演芸倶楽部, 2巻4号 (1913)) 岩沼市稲荷町1 「源九郎狐」のマクラの実話に出てくる.竹駒神社.小野篁が勧請.日本三大稲荷の一という.岩沼駅から徒歩.
"七八年前の新聞に、仙台の在で水車番が水車小屋へ行く道で、一匹の牝狐が病気で苦しんでいる(中略)これはただ事ではないというので、竹駒稲荷のお札を男の着物の中へ縫い込んで"(源九郎狐)
竹駒神社 1509
荒浜 九州吹戻し(定本 九州吹戻し, 新人物往来社(2001)) 亘理郡亘理町荒浜 「九州吹戻し」台本にある入れ事.鳥の海に荒浜漁港.外には松原が広がる,と書いたが,2011年の東日本大震災の津波を受けてしまった.
"延宝の昔、陸前亘理在荒浜から御城米を一杯に積んだ廻船が、途中、大嵐に遭い"(九州吹戻し)
荒浜漁港 0406
大隈川 怪談小夜衣(大川屋 (1916)) 宮城県,福島県 栃木県境に発し,福島県中通りを北上し宮城県太平洋岸へ注ぐ大河川.丸森町あたりは阿武隈山地を刻む渓谷になっており,阿武隈ライン下りが楽しめる.兜駅から下流1kmほどは,宮城−福島県境となっており,両県をまたぐ兜の渡しが1980年まで残っていた.両岸に記念碑がある.
"名におう大隈川あるいは『陸奥の安達が原の黒塚に鬼こもれりと聞くはまことか』"(怪談小夜衣)
兜の渡し付近 1309
白石 女中志願(金園新作:18) 1件1題 (東京1件) 白石市 白石(しろいし).城下町.写真は,白石の地名の起源という凝灰岩(沢端町6).あたたかい素麺のような白石温麺(うーめん)が名物.
"仙台だってば仙台(すんでえ)、白石(すらいし)、下郡(すもごおり)ィ"(女中志願)
神石白石 0002
斎川 姫かたり(サンポウ犯罪:03) 1件1題 (東京1件) 白石市齋川 特産の孫太郎虫の売り声で登場.ヘビトンボの幼虫で疳の虫封じ−奥州斎川孫太郎虫♪.ムカデのようなグロテスクな姿だが,カワゲラ類の幼虫(ざざむし)同様,清流にすむ食用の水棲昆虫.写真の碑は佐藤継信,忠信の妻の像を納める甲冑堂の北側斜面にひっそりとある.車窓からちらりと甲冑堂の看板が見える.「奥の細道」に出てくるので,訪れる人も多いはず.
"「奥州斎川孫太郎虫、泣く子はおらんかね」という孫太郎虫売り"(姫かたり)
甲冑堂 孫太郎蟲供養碑 9907
越川 官員小僧(駸々堂 (1891)) 白石市越河 越川(こしかわ)ではなく,越河(こすごう).奥州街道の宿場.翁家さん馬の「官員小僧」に登場.互いに名のれないが,官員小僧の父親と実子に対面する場面.土橋亭里う馬演では,隣の斎川宿が出てくる.越河は仙台藩境で重要な土地だったが,宿場を偲ぶ建物は残っていない.明治天皇御駐蹕碑が宿の中程にある程度.越河駅からは遠く,むしろ福島県の貝田駅の方が近い.
"急ぎに急いで来ましたのが越川と言ふ所"(官員小僧)
越河宿標柱 1309
青根 官員小僧(中礼堂 (1890)) など 柴田郡川崎町青根温泉 「官員小僧」の冒頭,湯治場での賭け碁の場面に登場し,表紙の絵にもなっている.若旦那が賭け碁に負けて,身請けした芸者を奪い取られる.後に渡島小僧と名のる悪党になるきっかけ.青根温泉は,蔵王の中腹にある温泉郷.仙台伊達藩の湯治場で,藩主の使った青根御殿が残る.共同浴場があり,無色透明.
"身体の養生にと仙台に渡り、それより青根の湯治場に参ってまづ一ヶ月ほど湯治をいたし"(官員小僧)
元湯不忘閣と青根御殿 1309

掲載 030114/最終更新 151001

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