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板橋区   
相撲取りにはなれないてんで断わられた。仕方がないから一分の金をふところに入れまして京橋を出て板橋から志村。戸田川という大きな川がございます。
 (三遊亭圓生(6) 「阿武松」)
  飯島友治・東大落語会編,『圓生全集』 第八巻,青蛙房(1962)

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
板橋 いたばし 猿丸太夫(講明治大正7:54) など 48件26題 (圓朝9件, 東京39件) 板橋区板橋など → 北村辞典.中山道の最初の宿で,四宿の一.板橋区で落語に出てくるのは,中山道沿いのスポットと「乳房榎」の赤塚だけ.石神井川にかかる板橋は1972年の架けかえだが,木橋を模した模様がつけられている.写真は最後まで残っていた妓楼の遺構.赤塚の郷土資料館前に移設されている.
"一生懸命にとっとと団子坂の方へ逃げて、それから白山通りへ出まして、駕籠を雇い板橋へ一泊して、翌日出立をいたそうと思います"(菊模様皿山奇談)
遊廓新藤楼の玄関 1103
板橋:平尾 ひらお 阿武松(青圓生08:05) など 3件1題 (東京3件) 板橋区板橋2,3あたり → 北村辞典.板橋宿の入り口.川越街道を西へ分ける.続いて仲宿,板橋をわたって上宿と続く.板橋宿平尾宿脇本陣跡の碑がある.「阿武松」の用例のみ.相撲をクビになり失意の長吉が投宿,決死の大食いをはじめる 板橋宿平尾町脇本陣跡碑 0902
縁切榎 えんきりえのき 縁切榎(角川円朝4:05) など 6件4題 (圓朝4件, 東京2件) 板橋区本町18 → 北村辞典.中山道沿い.この榎の皮を削って相手に呑ませると縁が切れる俗信.元あったところと中山道をはさんだ角地に敷地が設けられている.第六天が祀られ,伐採された2代目榎の幹も展示してある.楽宮降嫁の時には榎を避けて通り,和宮降嫁の際には榎を菰で覆い尽くしたという.家治正室五十宮の時は避けたともあるが,"北村辞典"には通って早世したとある.婚姻が寛延3年,死亡が明和8年,決して短くはない.
"車に乗って板橋の縁切榎木の、焼けてしまってもその株が残っております"(縁切榎)
縁切榎 0902
岩の坂 いわのさか 五拾両中仙道(青也沢田一矢:1) 1件1題 (東京1件) 板橋区本町 縁切榎前を北へ上る坂.縁切榎にちなみ,"いやなさか"とも.標柱等はない      
志村 しむら 阿武松(青圓生08:05) など 4件1題 (東京4件) 板橋区志村付近 → 北村辞典.板橋宿から戸田への道中付け.立場茶屋があった.中山道,日本橋から3里めの一里塚が残っている(国史跡).都内には別項の西ヶ原一里塚とここだけ 志村一里塚 0902
戸田川 とだがわ 阿武松(青圓生08:05) など 5件2題 (東京5件) 板橋区舟渡あたり 戸田付近の荒川.「阿武松」の小車こと長吉が身を投げようとしたが,青砥左衛門尉よろしく天下の通用金を捨てることのもったいなさに思いとどまったところ.渡船場は今の戸田橋のやや下手で,両側に碑,戸田市側に説明板がある 戸田川渡船場碑 0802
戸田の河原 とだのかわら 戸田の渡し(お紺殺し)(三一正蔵芝居噺:02) など 3件3題 (東京3件) 板橋区舟渡あたり こちらは「籠釣瓶」の発端.佐野次郎兵衛(次郎左衛門の父)が江戸から故郷に戻る途中,河原の蒲鉾小屋に住む女に金をめぐむ.女はもとの女房の江戸節お紺,旧悪をなじられてとうとう斬り殺してしまう.戸田の河原は雪でございます 戸田川河川敷 1102
赤塚 あかつか 怪談乳房榎(角川円朝1:02) など 4件1題 (圓朝4件) 板橋区赤塚 → 北村辞典.松月院門前にあった塚に由来する.土地の人は祟りをおそれ近づかなかったという.「乳房榎」の終盤の舞台.ここまで噺が進まないと演題の乳房榎が出てこない.写真は赤塚の氷川神社参道にある巨木のケヤキ.洞になっていて,圓朝の乳房榎のモデルの一つという.碑文には,"樹令千七百五十年 赤塚怪談乳房の いのきで知られてる 赤塚乳房大神".
"赤塚と申します地名は昔高位のお人の墓があった所ゆえ、あらはかと申しましたとも、また赤塚右近、同じく蔵人などという大名が住んでおりました所ゆえ赤塚と申すとか"(怪談乳房榎)
赤塚乳房大神 1103
松月院 しょうげついん 怪談乳房榎(角川円朝1:02) 1件1題 (圓朝1件) 板橋区赤塚8-4 → 北村辞典.曹洞宗万吉山松月院.乳房榎のある寺として描かれる.武蔵千葉一族の菩提寺.康正2(1456)年,戦いに敗れた千葉自胤は市川城から赤塚城へ逃れた.中央にある五輪塔が千葉自胤の墓といわれている.徳丸ヶ原で大砲を使った洋式調練を行った高島秋帆の顕彰碑がある.
"榎のございます寺は万吉山松月院と申して、禅宗でただいまもって歴然と残りおりますが"(怪談乳房榎)
松月院千葉一族の墓 1103
乳房榎 ちぶさえのき 怪談乳房榎(角川円朝1:02) 1件1題 (圓朝1件) 板橋区赤塚8 榎の瘤からしみ出す樹液が乳の病に効くというので,登場人物のおきせが参詣する.しかし祟られた患部は悪化し,刃物でえぐると鳥が飛び出すという恐怖シーン.四代目乳房榎(1985年移殖)と記念碑(1986年建)が赤塚の松月院境内にあった.今は,門前に移設されている.圓朝の創作した噺の真偽はご自身で判断を.なお,実直な正介 のモデルは実在し,子孫が健在とのこと.
"榎の洞から乳の出ました事も昔の事で、この乳をもって孤児を育てたという事が出ておりますそうでございますが、榎のございます寺は万吉山松月院と申して"(怪談乳房榎)
怪談乳房榎記念碑 1103

掲載 051012/最終更新 110918

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