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静岡県 その1   
圓朝地名図譜
工藤祐経「……兵衛左(すけ)どのを慰さめんと、伊豆相模の若殿輩、奥野の狩の帰るさに」
朝比奈「待ちまうけたる赤沢山、椎の木三本小楯に取り」
八幡「今や今やと待つぞとも、イザ、白雲の柏が峠」
 (桂文楽(5) 「鸚鵡の徳利」)
  暉峻康隆ら編,『明治大正落語集成』 第五巻,講談社(1980)
 
地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
伊豆 源平盛衰記(講昭和戦前1:13) など 25件19題 (圓朝7件, 東京17件, 上方1件) 静岡県 旧国名.伊豆半島の東岸を下田まで南下し,天城山を北上しながら沼津へ抜け,富士山をぐるっと回って静岡に至るまでが前半,後半は静岡から浜名湖までの県西部の落語地名を紹介する      
駿河 天災(講明治大正1:14) など 46件22題 (圓朝2件, 東京38件, 上方6件) 静岡県 旧国名      
遠江 くしゃみ講釈(青金馬:14) など 25件15題 (圓朝4件, 東京11件, 上方10件) 静岡県 旧国名      
熱海 転宅(講明治大正1:19) など 45件38題 (圓朝6件, 東京36件, 上方3件) 熱海市 三亀松「新婚熱海の一夜」で知られるように新婚旅行先として一番人気の温泉郷.そのためか,価格が強気で個人客は相手にされなかった.名所は熱海城.圓朝の「熱海土産温泉利聞書」にも間欠泉らしい記述がある.写真の間欠泉は今,7分毎に噴いてくれる 徳本塚と大湯間歇泉 9812
丹那トンネル バスガール(新風金語楼1:06) など 4件3題 (東京4件) 熱海市〜三島市 1934年に開通した東海道線のトンネル.難工事で犠牲者も多かった.丹那トンネル熱海側入口には殉職者慰霊碑がある 丹那トンネル熱海口 9812
三島 半分垢(弘文志ん生1:15) など 48件23題 (圓朝3件, 東京43件, 上方2件) 三島市 東海道の宿.「城木屋」では,箱根の山ほど夢にも『三島』.写真の碑にはノーエ節.富士の白雪ゃノーエ♪ではなく,"富士の白雪朝日に溶て 三島女臈衆の化粧水" 農兵節碑 9702
三島大社 とろゝん(講明治大正7:26) など 4件4題 (圓朝1件, 東京3件) 三島市大宮町2 伊豆一宮.境内に源頼朝・北条政子腰掛け石やたたり石がある.社前の鳥居は広重版画のアングル 三島大社 9702
黄瀬川 源平盛衰記(講昭和戦前1:13) など 6件2題 (東京5件, 上方1件) 沼津市大岡 黄瀬川の宿.頼朝義経対面石は長沢八幡(駿東郡清水町八幡)内.頼朝挙兵の報を受けて奥州からかけつけた義経が対面した 頼朝義経対面石 9703
伊東 四段目(普通名作4:16) など 5件5題 (圓朝2件, 東京3件) 伊東市 伊東の由来である伊東祐親は伊豆に流された頼朝の監視役だったが,頼朝挙兵で最期を迎える.墓は大原1の地味な場所だが,皇太子見学碑があった 伊東祐親の墓 9812
爼岩 鰍沢(青圓生08:07) など 2件1題 (東京2件) 伊東市富戸 日蓮伊東配流の際,爼岩に日蓮が置き去りにされた.蓮着寺そばの海中の岩.他説もある 爼岩 9811
柏が峠 帯か芝居か(大空SP10:18) など 2件2題 (東京2件) 伊東市〜田方郡中伊豆町 柏峠.曽我物語に出てくる.伊東から大見へ通じる道 馬場の平から柏峠を望む 9812
奥野 鸚鵡の徳利(講明治大正5:31) 1件1題 (東京1件) 伊東市鎌田あたり 奥野は広い範囲を指す.1176(安元2)年,奥野狩倉の帰りに,曽我兄弟の仇討発端である工藤祐経の暗殺があった.奥野には曽我登場人物,河津三郎股野五郎相撲場があった      
大倉が谷 鸚鵡の徳利(講明治大正5:31) 1件1題 (東京1件) 伊東市か 曽我物語には出ない地名.不明      
赤沢山 宝莱(講明治大正4:62) など 4件4題 (東京4件) 伊東市赤沢あたり 河津三郎が工藤祐経に暗殺された最期地.血塚は伊豆高原駅の南,住宅地から下がったうす暗い窪地にあり,わかりにくい.宝篋印塔と石積みがある.小楯にとった"椎の木三本"も上手の高台にあった 河津三郎の血塚 9811
下田 火星戦争(日文落語野郎:12) など 5件3題 (圓朝1件, 東京3件, 上方1件) 下田市 下田といえば幕末の唐人お吉の悲話.落語にも取り上げられている.唐人お吉は安政4(1857)年にハリスに仕えた.その後安直楼を経営したが,のち入水自殺.墓は下田の宝福寺で,写真は水谷八重子が建てたもの 唐人お吉墓 9811
下田奉行所 唐人お吉(ごま上方艶:66) など 2件1題 (東京1件, 上方1件) 下田市東中あたり 享保5年(1720)浦賀に移った奉行所は,黒船来航後に宝福寺の仮奉行所を経て,中村に復活した.下田警察署前に碑がある 下田奉行所あと 9811
下田:玉泉寺 唐人お吉(ペップ艶笑1:32) など 3件1題 (東京2件, 上方1件) 下田市柿崎31-4 「唐人お吉」の舞台.ハリスは,安政3(1856)年に来航,3年間ここで領事を勤めた.そこでお吉は,何やかやと身の回りの世話となる.玉泉寺には,記念館のほか,ハリスの求めに応じてはじめて牛乳を飲ませたことを記念する牛乳の碑,和風の墓石を使った外国人墓地などがある 玉泉寺 1304
修善寺 鰻の幇間(青圓生14:11) など 12件5題 (圓朝2件, 東京10件) 伊豆市(旧田方郡修善寺町) 修善寺温泉に姐さん湯治.寺名は修禅寺.その前に弘法大師ゆかりの源泉の独鈷の湯があったが,川の流れを妨げると移設させられる.本末転倒 修善寺温泉源泉 9702
蛭ヶ小島 熊坂(講小勝:25) 1件1題 (東京1件) 伊豆の国市(旧田方郡韮山町四日町) 源頼朝が20年間配流された雌伏の地.寛政2(1790)年,秋山富南撰文の「蛭島碑記」碑がある 蛭ヶ小島碑 9703
韮山 田舎芝居(講明治大正5:15) 1件1題 (東京1件) 伊豆の国市(旧田方郡韮山町) 韮山郡代の用例.代官屋敷は蛭ヶ小島の東北.住所は韮山町韮山韮山,ニラ大盛り 韮山代官所 江川邸 9703
静浦 義太夫がたり(講明治大正7:38) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 沼津市志下あたり 今でこそ漁港だが,貴顕の別荘が立ちならぶ保養地だった.「転宅」の夢想 静浦を望む 9702
沼津 白木屋(講明治大正2:14) など 18件11題 (圓朝3件, 東京15件) 沼津市 100歳まで長生きした沼津の正蔵は5代目.長寿を売りものに巡業もした.末広町の真楽寺に墓がある.よく見ると確かに側面の三代目の文字を五代目に改めている.娘が後の正蔵(5)を慕って地方まで追いかけてきたのを見た少年が噺家になろうと思ったという.それが後の三遊亭一朝で,彦六の正蔵や圓生(6)に噺を伝えている 林家正蔵(5)墓 0903
沼津:千本松原 寝床(三一談志4:16) など 5件3題 (圓朝1件, 東京4件) 沼津市原あたり 沼津西の景勝地.防風防砂の実用にもなっていたはず.ここに住んだ若山牧水が伐採に反対 千本松原 0407
沼津の公園 義太夫がたり(講明治大正7:38) 1件1題 (東京1件) 沼津市 千本浜公園か      
御殿場 富士詣り(騒人名作06:17) など 3件2題 (東京3件) 御殿場市 家康の御殿地跡の土塁が吾妻神社に残っており,地名御殿場発祥碑が立つ 地名御殿場発祥の地碑 0309
御殿場口 富士詣り(落語のいき, 講談社(2009)) 御殿場市 「富士詣り」に,お転婆口の洒落で登場.御殿場口は鉄道開通により須走口に代わって栄えた.ここにも浅間神社があり,木の花名水が流れている 新橋浅間神社 0903
小山 風船旅行(講明治大正5:42) 1件1題 (東京1件) 駿東郡小山町 小山(おやま).東海道線(現在の御殿場線)沿線のスケッチ落語 JR 駿河小山駅 0105
箱根の隧道 西京土産(講明治大正2:36) 1件1題 (東京1件) 駿東郡小山町か 明治25年の上方興行の記録落語に出てくる.これを抜けると富士が見えるあるので,御殿場線の神奈川県境あたりのことだろう.かつて複線の東海道線だった名残でトンネル口が2つ並んでいる 箱根第7号トンネル 0903
東口 富士詣り(騒人名作06:17) など 2件1題 (東京2件) 駿東郡小山町 明治以後,北の吉田口に代わって盛んになった富士山登山道.御殿場からバスの便がある 東口の浅間神社 0309
須走 大男の毛(立艶笑1:66) など 3件2題 (東京3件) 駿東郡小山町須走 現在は東口須走よりも,御殿場の砂走りを下山路として使うことが多い.小富士は五合目付近の裸地 須走小富士 0309
富士山 鉄砲勇助(創元米朝4:17) など 181件102題 (圓朝10件, 東京148件, 上方23件) 静岡県,山梨県 「富士詣り」では山梨県側を登る.眺めるのは静岡側,横断歩道でもふじの山のメロディー.からだに雪の着物きて霞のすそを遠く曳く(巌谷小波).確かに半分は雪 あたまを雲の上に出し 0703
富士山:御手洗 富士参り(講明治大正6:18) 1件1題 (東京1件) 静岡県か 富士には滝がなく,山頂の雪解けが御手洗となり,末は芝川という説明.適当なところが見あたらないが富士宮の湧水とした 富士宮浅間神社涌玉池 0309
富士の裾野 中村仲蔵(集英圓生3:10) など 6件5題 (東京6件) 富士宮市 1193(建久4)年,富士の裾野での頼朝の巻狩りを好機に,仇工藤祐経を討つ曽我兄弟.日本三大仇討の一.陣屋を尋ねる「曽我紋尽くし」 工藤祐経墓 0309
芝川 富士参り(講明治大正6:18) 1件1題 (東京1件) 富士宮市 用例は曽我の仇討とは無関係.芝川上流の音止めの滝は,一瞬その滝音を止めて,曽我兄弟の密談を助けたという 芝川 0309
白糸滝 専売芸者(大空SP05:17) 1件1題 (東京1件) 富士宮市 新作1件のみ.溶岩の割れ目からしたたり落ちる富士の湧水 白糸滝 0309
浅間神社 安産(講明治大正6:40) など 5件4題 (東京5件) 富士宮市宮町 全国浅間神社の本社は富士宮の浅間神社.二階建ての本殿が独特のつくり 富士宮浅間神社 0309
白木屋(講明治大正2:14) など 7件4題 (圓朝1件, 東京6件) 沼津市原 東海道の宿.駿河に過ぎたる白隠禅師.大名から寄進された摺鉢を松にかけたところ,木の成長で見上げる高さになった.松蔭寺では,摺鉢松を案内してもらった上,眼光鋭い白隠像を拝観させていただいた 白隠摺鉢松 0407
浮島ヶ原 源平盛衰記(立名人名演07:06) 1件1題 (東京1件) 富士市あたり 原〜吉原間は,浮島ヶ原と呼ばれる一面の沼沢地だった.排水作業が進み,現在は大分小さくなった 浮島ヶ原 9608
吉原 白木屋(講明治大正2:14) など 11件6題 (東京11件) 富士市 最も多く登場する落語地名は?それは江戸の吉原.東海道吉原宿は左富士と,鳥の羽音に平氏の軍勢がおののいた平家越あと 平家越碑 0407
吉原:海老屋 廓の殿様(新潮新作:15) 1件1題 (東京1件) 富士市か 吉原の宿屋.不明      
田子の浦 かるた会(毎日三百年3:04) など 3件3題 (圓朝1件, 東京2件) 富士市あたり 「提灯屋」の駿河半紙を製した.今でもパルプ産業がさかん.山部赤人の歌は,"田子の浦ゆ打ち出でてみれば……" 山部赤人歌碑 0103
富士川 狂歌合せ(講明治大正6:41) など 4件4題 (東京4件) 富士市 日本三大急流の一.東海道吉原〜蒲原間を渡船でわたる.西岸は河港岩淵 富士川 9608
岩淵 鰍沢(講明治大正7:37) など 21件3題 (圓朝2件, 東京19件) 富士市(旧庵原郡富士川町岩淵) 東海道吉原〜蒲原間.鰍沢から富士川を利用した水運とがクロスする 岩淵渡船場常夜燈 9608
蒲原 白木屋(講明治大正2:14) など 8件5題 (圓朝2件, 東京6件) 静岡市清水区(旧庵原郡蒲原町) 東海道の宿.広重の版画,夜之雪の記念碑がある.大名が泊まったどさくさに紛れ,弥次喜多が本陣から飯をちょろまかした 蒲原宿本陣跡 9702
由比 白木屋(講明治大正2:14) など 6件3題 (圓朝1件, 東京5件) 静岡市清水区(旧庵原郡由比町) 東海道の宿.よく宿場を整備してあり,本陣公園の向かいに「慶安太平記」由井正雪の生家がある.よくも倒幕首謀者の家や墓が残ったものだ 正雪紺屋 0407
倉沢 慶安太平記(三一談志2:11) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 静岡市清水区(旧庵原郡由比町東倉沢,西倉沢) 峠手前,東海道の立場で景色がよかった.写真の本陣跡や望嶽亭がある.由比駅から徒歩2km 倉沢の町並み 0903
薩土垂[た]峠 慶安太平記(三一談志2:11) など 4件4題 (圓朝1件, 東京3件) 静岡市清水区 峠は地蔵菩薩にちなむ名前で,峠を越えた興津側に地蔵堂がある.海際の道は東海道の難所だった.今は,ミカンとビワ畑の間を通るハイキングコースとして整備されている 地蔵道標 0903
興津 白木屋(講明治大正2:14) など 10件5題 (圓朝2件, 東京8件) 静岡市清水区 東海道の宿.興津の東に元禄6年銘の身延道標があり,ここから東海道と分かれた身延道が始まる.本陣跡の水口屋は20年ほど前まで旅館を営んでいた.西園寺公望の別荘,坐漁荘は明治村に保存されている 坐漁荘 0601
興津の公園 三夫婦(講明治大正7:10) 1件1題 (東京1件) 静岡市清水区 明治時代に有名な公園とはどこだろうか.興津に隠棲(院政)した井上馨の別荘はなくなったが,清見寺前の細長い公園の西端に銅像がある 井上馨銅像 0309
清見寺 三保の松原(講明治大正3:11) など 2件2題 (東京2件) 静岡市清水区興津清見寺町418 臨済宗妙心寺派清見寺(せいけんじ).東海道線をはさんで東海名区の額が挙がる山門.門前は清見ヶ関の古跡.庭園は国名勝,家康公お手植の臥龍梅や五百羅漢がある 清見寺臥龍梅 0603
袖師 出札口(新作落語英会話, 私刊(1980)) 静岡市清水区横砂本町,横砂南町 「出札口」の口演速記はなく,この例は英会話本に載っていたもの.袖師駅は海水浴用の臨時駅で1971年に廃止.本家右女助の「出札口」にも出てくる.駅施設は残っていないが,袖師駅バス停が最寄り 国鉄袖師駅跡 0801
江尻 白木屋(講明治大正2:14) など 8件5題 (圓朝2件, 東京6件) 静岡市清水区 東海道の宿.江尻東からクランクして稚児橋をわたるあたりが江尻宿.その先,清水久能への追分には,元禄8(1695)年創業の追分羊羹本店.竹の皮に包んだ蒸羊羹 追分羊羹本店 0801
清水 慶安太平記(三一談志2:11) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 静岡市清水区 港町清水市.2003年静岡市に吸収される.清水次郎長像と墓は梅蔭寺(南岡町3,拝観有料),生家は美濃輪町4 清水次郎長生家 0407
清水港 地獄八景亡者戯(創元米朝4:03) など 6件2題 (東京1件, 上方5件) 静岡市清水区 浪曲ひとふしで閻魔の廰を通る.鬼より怖い清水湊 銘酒次郎長富士 0407
三保の松原 粂の仙人(講昭和戦前2:19) など 16件11題 (圓朝1件, 東京13件, 上方2件) 静岡市清水区三保 三保半島一帯が松原だった.虹の松原,気比の松原とともに三大松原.羽衣の松があり,天人の「羽衣」の舞台 三保の松原 1301
羽衣の松 羽衣の松(弘文志ん生5:15) など 3件1題 (東京3件) 静岡市清水区三保 植えつがれたものだが樹齢600年の老松.残念なことに枯死してしまい,隣に新羽衣の松.みんな空っこと 羽衣の松 8610
久能山 義太夫がたり(講明治大正7:38) など 8件4題 (東京8件) 静岡市駿河区根古屋 久能山東照宮.この石段をずっと登った上.家康の遺言により日光に移霊された跡地.拝観有料,境内撮影禁止.日本平からはロープウェイがある 久能山 9703
狐ヶ崎 墨絵之冨士(文事堂 (1887)) 静岡市清水区狐ヶ崎 談洲楼燕枝の「墨絵之冨士」は別名「静岡土産いんぐわ塚」.悪事の末,兄妹と知らずちぎり,静岡で自害し因果塚を残すという噺.最期の舞台が狐ヶ崎.いかにも海辺に描かれているが,実際は違う.静岡鉄道狐ヶ崎駅にちゃっきり節の由来と歌詞が掲示されている.ちゃっきり節(北原白秋作詞,町田嘉章作曲)は,狐ヶ崎遊園(後の狐ヶ崎ヤングランド)のコマーシャルソング.唄はちゃっきり節,男は次郎長,花はたちばな,夏はたちばな,茶のかをり,ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ,きゃあるがなくんて雨ズラよ.なんと,30番まで歌詞がある 狐ヶ崎駅ちゃっきり節由来の説明板 1303
府中 白木屋(講明治大正2:14) など 8件4題 (圓朝3件, 東京5件) 静岡市葵区 東海道の宿場.静岡の旧称,駿河の国府.「城木屋」でも仕込まないと,サゲの府中ものがわからない 府中宿標柱 0903
駿府 汐留の蜆売り(弘文志ん生1:11) など 9件8題 (圓朝4件, 東京5件) 静岡市葵区 駿河の名物のわさび漬け,発祥地碑は駿府城のお堀端.樽の上に乗った巨大ワサビ,その葉は葵の御紋のよう わさび漬発祥の地碑 0801
駿府城 城木屋(青圓生12:16) 1件1題 (東京1件) 静岡市葵区駿府公園あたり 駿河の御城下!巽櫓は再建 駿府城巽櫓 0801

薩土垂[た]峠:土偏に垂

掲載 041112/最終更新 130628

   表の項目の説明

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