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岐阜県   
圓朝地名図譜
牛若は天狗を相手に劔術を覺え、平家を討つて父の敵を取らうと、鞍馬を下山して、奥州の秀衡を頼つて行く途中、美濃國青墓長者の許に一泊した。
 (三升家小勝(5) 「熊坂」)
  『小勝特選落語集』,大日本雄辨會講談社(1937)
 
地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
岐阜県 千早振(大空SP05:10) など 2件1題 (東京2件) 岐阜県 岐阜県の落語地名は岐阜周辺と,飛騨に大きく分かれてしまっている."岐阜県の地震"が落語に出てくるが,これは1891(明治24)年の濃尾地震.我が国最大級の被害をもたらした直下型地震で,震源の根尾谷断層は特別天然記念物,ジオパークになっている.とはいえ古いクスグリがそのまま.
"震えが止まらないな。ヘエー矢張り岐阜県あたりの地震なんで"(千早振)
     
美濃 佐々木政談(青圓生11:13) など 17件11題 (圓朝4件, 東京11件, 上方2件) 岐阜県 旧国名.用例は,守名の赦しを求める村民に,"の"の字を禁じたため美濃守ではなく美濃紙になってしまうというクスグリ.
"おじさん、喜んでくれ、きょうからおらア美濃守じゃ"(佐々木政談)
     
飛騨 左甚五郎(青圓生13:14) など 9件6題 (圓朝2件, 東京7件) 岐阜県 旧国名.
"飛騨の甚五郎が、訛って左甚五郎となったとか、左官という、官位をいただいて左甚五郎。右腕を切り落とされて左の腕で仕事をしたから、と"(左甚五郎)
     
岐阜 初夢(講明治大正2:21) など 7件6題 (東京7件) 岐阜市 岐阜県を指すものを含む.岐阜市内,中山道加納宿が出てくる用例はなかった.
"これから向こうが岐阜の方でこの間地震のあったところで"(初夢)
岐阜城を望む 9810
長良川 絵手紙(偕成少年11:12) 1件1題 (東京1件) 岐阜県 岐阜県を南流し伊勢湾に注ぐ.長良川の鵜飼は岐阜市内.
"桑名から長良川のぼりの夜船にのりかえて"(絵手紙)
長良川 9810
洲俣城 芝居の喧嘩(三一談志1:11) 1件1題 (東京1件) 大垣市(旧安八郡墨俣町墨俣) 洲俣城(すのまたじょう)は,蜂須賀小六の助けをうけ,木下藤吉郎が一夜で築城.現在のものは城郭イメージに合わせて建てたもの.大垣駅からバス.
"明日はいよいよ洲俣にお城を一夜で造るという秀吉の腕の見せどころ"(芝居の喧嘩)
洲俣城 9810
平板村 庚申待(新風明治:02) 1件1題 (東京1件) 安八郡か 庚申待ちタイプの「宿屋の仇討」のホラ話の一つ.安八郡の村の1つというが不明.次項の恵念寺の僧が,裏山で山芋を掘っていると"坊主〜"と呼ぶ声がする.そりゃ坊主坊主山の芋でしょ.同じ洒落は圓朝の「菊模様皿山奇談」にも出てくる.
"我はもと、美濃国安八郡平板村"(庚申待)
     
平板村:恵念寺 庚申待(新風明治:02) 1件1題 (東京1件) 安八郡か 平板村の浄土寺という設定だが,現在,恵念寺は岐阜県内にない.
"浄土宗、恵念寺の末弟で円海という坊主でした"(庚申待)
     
岐阜羽島 公園のひかり号(新作落語傑作読本, 白夜書房 (2012)) 羽島市福寿町平方 岐阜羽島駅.新幹線同士の追い抜きのための待避駅の性格が強く,一般の旅人が利用することはまれ.それを踏まえてクスグリに登場.駅前に大野伴睦夫妻像.大物代議士の大野伴睦は東海道新幹線ルート調停に力を発揮.指さす先に岐阜羽島駅.羽島の夜明けは近いのか.
"こちらも、岐阜羽島。お2人、新婚旅行で岐阜へ。変わってますねえ。何もないですけどね"(公園のひかり号)
大野伴睦夫妻像 1006
養老の滝 二十四孝(三一談志5:04) など 14件7題 (東京14件) 養老郡養老町養老 天が感ずれば,滝水が酒になったり,若返りの水になったりする(おはんおはん).養老鉄道養老駅から徒歩.名水百選の一に選ばれた名瀑で,元号を養老に改元したきっかけ.
"孝行の心を神が水にせで 酒と汲ませる養老の滝"(二十四孝)
養老の滝 1501
大垣 絵手紙(偕成少年11:12) など 2件2題 (東京2件) 大垣市 街道から外れていた大垣が落語に登場するのは鉄道敷設後になる.もう1件の用例も「転宅」で鉄道の旅.
"休む間もなく、大垣から関ヶ原まで人力車をやといます"(絵手紙)
大垣城跡 9810
青墓 熊坂(講小勝:25) など 5件2題 (東京5件) 大垣市青墓町 源義朝一行が頼った青墓の大炊氏のもとで,手負いの義朝が自害.山中の円興寺跡に大炊氏と義朝の墓がある.謡曲「朝長」.東海道線支線美濃赤坂駅から約3km.盗賊の熊坂長範は,青墓で金売吉次を襲うが牛若丸に討たれる.落語・謡曲「熊坂」.落語では,斬った熊坂を踏みつけると血でなく餡が出てきて,こりゃ熊坂でなく今坂だ.よく考えると,今坂餅は見たことはあるが食べた記憶がない.大福のような餡餅で,正岡容の明治東京風俗語辞典によると,赤や緑の色をつけてあり,焦げ目をつけて食べるという.
"奥州の秀衡を頼って行く途中、美濃国青墓長者の許に一泊した"(熊坂)
青墓長者大炊氏の墓 9810
関ヶ原 井戸の茶碗(角川文庫09:07) など 5件5題 (圓朝2件, 東京3件) 不破郡関ヶ原町 東海道の宿場.というよりも,天下分け目関ヶ原の合戦.戦関連では東西の首塚,開戦地あとなど見どころは多数あり,案内も整備されている.
"四人の将軍が手にしましたのが、関ヶ原合戦のおりに行くえ知れずになった品"(井戸の茶碗)
東首塚 9810
不破の関 競三人似顔鞘当(講明治大正4:43) 1件1題 (東京1件) 不破郡関ヶ原町松尾 鈴鹿,愛発(あらち)とともに三関の一.壬申の乱の後に設けられた関は,延暦8(789)年に廃止.その後単発的に関が固められることがあったが,もっぱら関の荒廃と人の世の哀れを重ね合わせる題材となる.人住まぬ不破の関屋の板びさし荒れにしのちはただの秋風(藤原良経,新古今和歌集).秋風や藪も畠も不破の関(芭蕉).関守後裔の三輪氏の庭先が開放されており,関碑や句碑がある.
"これを知らずや稲妻の、始まり見たり不破の関、せきにせかれて目関笠、ふられて帰る雨に鳥"(競三人似顔鞘当)
美濃国不破故関銘碑 1003
山中 うんつく酒(続々 珍品復活上方落語選集, 燃焼社(2003)) 不破郡関ヶ原町山中 「運つく酒」は東の旅,伊勢詣りの道中の設定なので,中山道の山中(やまなか)ではなく,ただの"さんちゅう"かもしれない.山中には,鞍馬を出たという息子の牛若丸を追ってきて,ここで死んだ常盤御前の墓がある.後ろは芭蕉句碑"義ともの心に似たり秋の風".関ヶ原駅西方約2.5km.
"奈良で一泊致しまして、明くる日は山道へ掛かかって、山中の宿で一泊"(うんつく酒)
常盤御前墓 1003
  関市 刀匠関の孫六の用例.西日吉町の千手院に刀祖元重碑,梅龍寺に関孫六代々の家族墓.孫六煎餅は鍔をかたどった瓦せんべい.長良川鉄道関駅が最寄り 関孫六墓と孫六煎餅 0412
高山 叩き蟹(大日本図書館07:09) など 13件8題 (圓朝2件, 東京11件) 高山市 天領高山.飛騨地方随一の観光地.左甚五郎の出身地かもしれない.三町と下二之町大新町の2ヶ所の伝建地区.町のそこここに屋台蔵が見つかる.高山祭屋台会館では,高山祭に曳き出される屋台を常時展示.大太鼓が目立つ一番手前の屋台は神楽台で,囃子手が上に乗って演じながら巡行する.
"いかにもあたしは飛騨高山の匠、左甚五郎利勝"(叩き蟹)
高山祭屋台 1108
白川郷 我孫子宿(桃源圓歌:04) 1件1題 (東京1件) 大野郡白川村 観光立村,世界文化遺産.荻町に合掌造の集落が並ぶ.荻町城跡の展望台から見下ろせる.
"ズウーッと向こうの白川郷というところに家内と子供と住んでいるという"(我孫子宿)
白川郷を望む 0401
山添 ねずみ(青三木助:13) など 7件3題 (東京7件) 不明 左甚五郎の出身地,飛騨の国山添.県内本巣村にその名はあるが,飛騨ではない.
"甚五郎利勝というかたがありました。飛騨山添の住人で、三代目飛騨匠墨縄という人の弟子で"(ねずみ)
     

掲載 051111/最終更新 150816

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