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西区・浪速区   
圓朝地名図譜
((お竹どん……お竹どん……何処へ往きやんや))((一寸玉水まで三ツ鉢云いに……))……((此間は寅やんと、道者横町の辻でお楽しみ、ピー))てな事云いよって……アア往き度いなア
 (笑福亭松鶴(5) 「三人兄弟」)
  五代目笑福亭松鶴編,『上方はなし』 (上),三一書房(1971)
 
西区
地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
安治川 口入屋(三一上方1:19) など 13件8題 (上方13件) 西区,港区〜福島区,此花区 中之島以西の淀川下流部.河村瑞賢の開削により直流する.碑は安治川底から掘りあげた大阪城の巨石を利用.
"寝られんのならちょうどええワ、安治川へ荷出しに往きなはれ"(口入屋)
河村瑞賢紀功碑 9809
安治川(町) 借家怪談(三一上方1:17) など 2件1題 (上方2件) 西区安治川 現在も西区安治川.
"となりの貸家をお借りなさるのか、家主は安治川の三丁目や"(借家怪談)
     
安治川橋 しじみ屋(青小南:10) など 2件2題 (上方2件) 西区川口〜福島区野田 安治川にかかる.珍しい旋回橋で,磁石橋と呼ばれたが,あえなく洪水で破壊.今は下流に地下隧道が通る.
"去年の暮れ、二十五日、ねえやんと若旦那が安治川橋の上から"(しじみ屋)
     
九条 円タク(白川小春団治:03) など 3件2題 (上方3件) 西区九条あたり "福島へ廻って、それから九条や"(円タク)      
茨住吉 三年酒(創元米朝1:02) など 2件2題 (上方2件) 西区九条1-1 九条島の産土神.茨茂る地とも菟原が由来ともいう.ここの神道講釈に凝ったおかげで,三年酒を飲んで昏倒した又さんは焼かれずにすんだ.
"茨住吉さんの、その田中左弁太夫さんとかなんとかいう、その先生に頼んで、りっぱにひとつ神道で葬式出したろやおまへんかいな"(三年酒)
茨住吉 9809
松島 魚の狂句(創元米朝1:10) など 26件16題 (東京5件, 上方21件) 西区千代崎1,2,3 松ヶ鼻と寺島の合成地名.松島遊廓の名残は何もなく,グラウンドが広がる.今行くなら西側の松島新地へ.
"だんだん下落するなあ、おい。松島かえ"(魚の狂句)
松島説明版 9809
松島:桜筋 代書(三一上方2:33) など 2件1題 (上方2件) 西区千代崎か 松島遊廓の中央を通るのが仲の町.そこに桜が植えられていたが,それか?
"松島の桜筋だんね(中略)いんえ、私いと寅公が姫買しましたんや"(代書)
     
松島:天神裏 坊主茶屋(創元米朝7:07) 1件1題 (上方1件) 西区千代崎2 天満天神御旅所が,旧花園町にある.その付近だろう.
"大阪の松島の天神裏なんてとこは、ひどいもんで"(坊主茶屋)
松島天神 9809
川口 堀川(普通名作5:30) など 7件5題 (東京2件, 上方5件) 西区川口 "おもての俥屋にたのんで、川口のおじきとこィ"(堀川)      
波止場 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 西区川口2 江戸期から天保山に築港ができるまでの安治川の河港のことだろう.大阪開港の地碑は,保税倉庫裏(川口2-9)にあり,税関窓口に断って入る.
"入船がなかったら波止場が立っていかん"(大阪名所 夫婦喧嘩)
大阪開港の地碑 0411
川口居留地 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 西区川口1,2 神戸や横浜とくらべるとマイナーだが,開港と同時に外国人が入居し始めた.碑の背後は教会,やっぱりちょっとハイカラ.
"口でいうたことは居留地でいわれると"(大阪名所 夫婦喧嘩)
川口居留地跡碑 9809
異人館 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 西区川口か おそらく川口に異人館があって目立ったのだろう.
"異人舘からでも金を使う"(大阪名所 夫婦喧嘩).
"今日はひとつ河で遊ぼうちゅうわけで、木津川を南へ南へ下ってまいります"(骨つり)
     
木津川 骨つり(創元米朝4:18) など 7件5題 (上方7件) 西区,浪速区,大正区,西成区,住之江区 安治川から分かれて南流し,大阪湾に注ぐ河川.木津勘助の開削になる.像は難波神社内.山本勘助と間違えて眼帯を探してしまった.
"今日はひとつ河で遊ぼうちゅうわけで、木津川を南へ南へ下ってまいります"(骨つり)
木津勘助像 0411
区裁判所 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 西区土佐堀3 控訴院と同じく若松町だと思っていたが,旧土佐堀通五丁目らしい.控訴院が若松町に移転し,その後に区裁判所.本文で越中橋が次に登場し,"臭い越中"が利いてくる.
"越中橋の洗濯は区裁判所やとこんなことをいいやがる"(大阪名所 夫婦喧嘩)
     
江之子島 電話の散財(国書レコード:72) など 3件2題 (上方3件) 西区江之子島2 百間堀川,木津川,土佐堀川で囲まれた島.
"あんたおだ照さんですか、あ、エノコ島の長谷川でございます"(電話の散財)
     
府庁 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 西区江之子島2-1 明治5年,進取の気風を取り入れるべく大阪に背を向けて大阪府庁は建てられた.江之子島政府.
"府庁したことから頼まれて"(大阪名所 夫婦喧嘩)
舊大阪府廰碑 9809
江戸堀四丁目七ツ蔵 次の御用日(三一上方1:15) など 2件1題 (上方2件) 西区江戸堀2-6あたりか 江戸堀は,西横堀と土佐堀を結ぶ運河だったが,1955年に埋め立てられた.諸藩蔵屋敷が並んでいた.
"江戸堀四丁目七ツ蔵"(次の御用日)
江戸堀川跡碑 9809
雑喉場 兵庫船(三一上方2:09) など 12件8題 (東京3件, 上方9件) 西区江戸堀あたり 大阪の魚河岸.碑は江之子島1-8の奥まったところに移設され,説明板とならんでいる.
"雑魚場じゃ(中略)お宅のご商売は。蒲鉾屋"(兵庫船)
雑喉場魚市場跡表示 0411
薩摩堀 次の御用日(三一上方1:15) など 2件1題 (上方2件) 西区立売堀4あたり これも1951年に埋め立てられる.薩摩堀公園(立売堀4-2)に碑が残る.
"薩摩堀願教寺の横手"(次の御用日)
薩摩堀川跡碑 9809
願教寺 次の御用日(三一上方1:15) など 3件2題 (上方3件) 西区立売堀4-2あたり 願教寺(廣教寺)は立売堀4にあった大寺.大戦で罹災し,豊中市東豊中に移転.
"薩摩堀願教寺の横手"(次の御用日)
願慶堂扁額 0405
阿波座 つる(創元米朝1:19) など 4件3題 (上方4件) 西区阿波座一帯 地域名.ガラ悪ぅ〜いツルが棲んでいる.もともとは新町通いの阿波座烏で有名.
"船場の鶴はどことなしに上品ななあ、阿波座の鶴は柄が悪い"(つる)
     
牛の丸薬(創元米朝7:02) など 4件2題 (上方4件) 西区靫本町あたり 靭の干魚市場.太閤秀吉,"やすやす"との売り声を聞きつけ矢巣なら靭と命名.戦後米軍飛行場となる.海部堀でつながった荷揚げ場の永代浜跡碑が靭公園中央東南にあるだけ.「牛の丸薬」は,靭の干鰯屋に扮する噺.
"えらいご無沙汰しとおります。いやあ、大阪の、エー靱の干鰯屋でございますがな"(牛の丸薬)
永代濱跡碑 0411
解船町 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 西区西本町 阿波堀沿い,奈良屋町(旧阿波堀通1〜3)の通称.解体した船の廃材を利用した指物屋がならんでいた.雪見の名所.
"すっぱり心解船町"(大阪名所 夫婦喧嘩)
     
奥美町 野崎詣り(三一上方1:14) 1件1題 (上方1件) 西区西本町1 衽町.旧阿波堀裏町.
"冷たい尻が抱きたければ横堀の奥美町へ行て、水壺を買うて抱いて寝よ"(野崎詣り)
     
立売堀 茶碗屋裁判(文の助の落語, 三芳屋 (1915)) 西区立売堀1〜5 いたちぼり.「茶碗屋裁判」に焦ち堀のシャレで登場.伊達堀が転訛したという.1956年に埋められた.碑は立売堀1-4.
"二人連なって土橋筋へ宿替えなされ。何んで……。焦ち堀や"(茶碗屋裁判)
立売堀川跡碑 9711
土橋筋 茶碗屋裁判(文の助の落語, 三芳屋 (1915)) 西区立売堀1,阿波座1あたり つちばしすじ.立売堀の東から新一橋,(阿古島橋),槌橋が架かっていた.「茶碗屋政談」は,今は聴けない珍しい噺.
"二人連なって土橋筋へ宿替えなされ。何んで……。焦ち堀や"(茶碗屋裁判)
     
瀬戸物町 つぼ算(創元米朝6:16) など 5件3題 (上方5件) 西区 西横堀沿いに瀬戸物屋が並んでおり,朝商いだと半値で壺が買えた.陶器神社は中央区の座摩神社内.
"もう瀬戸物町まで来た。なあ、軒並みズーッと瀬戸物屋や"(つぼ算)
せともの町案内 9711
幾代餅 けんげしゃ茶屋(創元米朝5:13) など 4件1題 (上方4件) 西区 新町大門そば.江戸は両国にも幾代餅があり,噺になっている.
"幾代餅の店が目についた。あの粟餅を大勢の職人が丸めて"(けんげしゃ茶屋)
     
淀川 淀川(阪大上方13:1) 1件1題 (上方1件) 西区 新町橋際にあった料理屋とのこと.
"新町橋に「淀川」という料理屋さんがございました"(淀川)
     
新町 高津の富(三一上方2:10) など 64件35題 (圓朝3件, 東京3件, 上方58件) 西区新町 新町の廓.速記はないが「新町ぞめき」.SPで聴くと他愛ない噺.20年前は写真の街灯もあがっていた.
"私は婆の病気で娘を売って新町の判人から受取りました二十五両"(五人裁き)
新町花街街灯 8308
新町橋 三人兄弟(三一上方1:20) など 11件9題 (上方11件) 中央区南船場4〜西区新町1 新町への入口,西横堀川にかかる.親柱のようなものが船場のビルにはまっている.
"話をしながら新町橋を渡ろうとすると"(三人兄弟)
新町橋柱 9711
塀の側 三人兄弟(三一上方1:20) など 4件3題 (上方4件) 西区新町 大門に沿った新町南北外周部の下級遊廓.
"戻ってまいりますと、塀の側の角で、中の彦三郎さんとベッタリ"(三人兄弟)
     
新町:大門 けんげしゃ茶屋(創元米朝5:13) など 2件1題 (上方2件) 西区新町 東西に大門はあったがここでは東側.
"例のうちへ行こうと思て、ブラブラと大門のあたりまで来ると"(けんげしゃ茶屋)
     
新町:九軒 三人兄弟(三一上方1:20) など 4件3題 (上方4件) 西区新町1,2 次項の吉田屋が,九軒の桜の発祥.新町北公園に碑がある.
"まずお遊びも新町なれば九軒の吉田屋"(三人兄弟)
新町九軒桜堤の跡碑 9711
新町:吉田屋 冬の遊び(創元米朝7:10) など 12件6題 (東京3件, 上方9件) 西区新町1 九軒にあった茶屋.公園の北,公共宿泊施設の位置.夕霧太夫と伊左衛門の紙子姿,芝居にはいつまでも残る.
"吉田屋のお富だっせ。呼んでくるちゅうたら、わて、必ず、呼んできま"(冬の遊び)
     
新町:赤行燈 張形(講古典上方艶:16) 1件1題 (上方1件) 西区新町2-3 性具,媚薬店.黒行燈とともに新町通に面したところ(土井宏之様情報提供).
"むかし、大阪の新町橋に、「赤行燈」ちゅう店がございました"(張形)
     
新町:道者横町 三人兄弟(三一上方1:20) など 2件1題 (上方2件) 西区新町 新町廓内の路地らしい.
"この間は寅やんと道者横町の辻でお楽しみ"(三人兄弟)
     
新町:茨木屋 冬の遊び(創元米朝7:10) 1件1題 (上方1件) 西区新町 新町の揚屋.実在した.
"堂島へはあいさつに行かはりましたんやろな。……茨木屋"(冬の遊び)
     
新町:槌屋 冬の遊び(創元米朝7:10) 1件1題 (上方1件) 西区新町 新町の揚屋.実在した.「封印切」の梅川も槌屋の抱え.
"いや、あらお前、槌屋が……"(冬の遊び)
     
新町:加賀の千代の句碑 魚の狂句(創元米朝1:10) 1件1題 (上方1件) 西区新町 新町北公園に移設."だまされて来て誠なりはつ桜".
"加賀の千代の句碑があるやろがな、だまされて来てまことなり夕桜"(魚の狂句)
加賀の千代句碑 9711
新町:玉水 三人兄弟(三一上方1:20) など 3件1題 (上方3件) 西区新町 玉水の名の料理屋は何軒か大正期の地図に載っていた.くじら料理の玉水(中央区島之内2-17)につながっている.刺身,狩場焼き,はりはり鍋などのコースやさえずりなどの一品料理.
"ちょっと玉水まで三ツ鉢いいに……"(三人兄弟)
西玉水 0605
新町:越後町 三人兄弟(三一上方1:20) など 2件1題 (上方2件) 西区新町 新町南部の通称.本荘猫といい,住吉初辰さんの招き猫をコレクションして,流行らせた店があった.
"まず越後町か南ならば中筋あたり、ちょっと爪弾きで新内でもという、ごく垢の抜けた"(三人兄弟)
     
新町南通り 吉野狐(普通名作5:28) 1件1題 (上方1件) 西区新町 旧町名.その他,瓢箪町,北通り,裏新町など.
"新町南通り木原の娼妓に馴れそめて、かよい廓のならいとて"(吉野狐)
     
新町:木原 吉野狐(三一上方1:11) など 3件1題 (上方3件) 西区新町 新町の大きな妓楼に木原がある.噺では,新町南通りとある.
"私は新町南通り木原の娼妓に馴れ染めて"(吉野狐)
     
新町:吉原 三人兄弟(三一上方1:20) など 3件1題 (上方3件) 西区新町 新町最南部の通称.
"新町の吉原から松島あたりを流して歩こうという"(三人兄弟)
     
堀江 雑穀八(三一上方2:35) など 30件16題 (東京3件, 上方27件) 西区北堀江,南堀江 西横堀と木津川を結ぶ堀割に由来.北堀江は遊郭,南堀江は大坂相撲.
"今日は北の新地、明日は堀江、新町と遊びまわった"(雑穀八)
     
北堀江 しじみ屋(青小南:10) など 2件2題 (上方2件) 西区北堀江 堀江の六人斬り(1905年)の生残り,両腕を落とされた芸者妻吉(津満吉とも)は寄席に出演し,人気を得る.後に出家し大西順教となる(牧村史陽, 無手の幸(1968)).
"西へはいって南堀江から北堀江"(しじみ屋)
堀江廓名の欄干  9711
宇和島橋 大阪名所 四季の夢(三一上方2:31) 1件1題 (上方1件) 西区北堀江1〜新町1 長堀川にかかる.現存しない.
"宇和島橋を北へ渡り新町へ入る"(大阪名所 四季の夢)
     
宇和橋筋 すみよし茶屋(新和上方復刻:05) 1件1題 (上方1件) 西区 堀江遊廓.宇和橋筋があったのか,それとも宇和島橋筋か.
"石筋というたかて宇和橋筋と違うて"(すみよし茶屋)
     
石筋 すみよし茶屋(新和上方復刻:05) 1件1題 (上方1件) 西区 堀江遊廓らしい.
"堀江やあったら石筋にしたろ"(すみよし茶屋)
     
和光寺 阿弥陀池(創元米朝3:02) など 18件10題 (東京2件, 上方16件) 西区北堀江3-7 女の坊さん尼寺.「大阪名所 夫婦喧嘩」では善光寺.噺にも出てくるが,4月8日の植木市が有名だった.
"あのお寺の本名は和光寺とこういう。はあ、芸名が阿弥陀池か"(阿弥陀池)
和光寺 9711
和光寺:阿弥陀池 二八稲荷(講昭和戦前3:01) など 3件2題 (東京2件, 上方1件) 西区北堀江3-7 和光寺内.ここから出現した小っちゃい阿弥陀如来が,善光寺に行けと命じた.
"先に阿弥陀ヶ池より出しという善光寺の如来もまたその一体なり"(二八稲荷)
阿弥陀池 9711
和光寺:放光閣 お神酒徳利(青圓生08:02) など 2件1題 (東京2件) 西区北堀江3-7 池の中にある堂.光を放つ仏体出現にちなむ.前項の写真のお堂には放光閣の額がかかる.
"阿弥陀ヶ池より出現なすという放光閣の古跡も残りおる"(お神酒徳利)
     
すまんだ 阿弥陀池(創元米朝3:02) など 2件1題 (上方2件) 西区北堀江3 実在した精進料理屋.和光寺境内という.地元のお古い方はご存じでしょう.
"植木市をひやかして、あと、すまんだで一杯飲んで帰ったことがあったやろ"(阿弥陀池)
     
鰹座 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 西区北堀江あたり 土佐藩屋敷そば.土佐の鰹を扱った鰹座があった.立看板は北堀江4-1.
"私やまた病より気が鰹座"(大阪名所 夫婦喧嘩)
鰹座跡銘板 9809
土佐稲荷 稲荷俥(創元米朝2:05) 1件1題 (上方1件) 西区北堀江4 土佐藩の屋敷内の地主神.虎ノ門の金毘羅や有馬の水天宮のように一般参詣を許した.「京見物」の妙国寺で切腹した堺事件の土佐藩士は,ここで水杯をかわす.
"大阪にも有名なお稲荷さんがぎょうさんございます。赤手拭稲荷、土佐の稲荷、産湯の稲荷"(稲荷俥)
土佐稲荷 9809
土佐の石宮 稲荷俥(創元米朝2:05) 1件1題 (上方1件) 西区北堀江4 土佐稲荷相殿の磐根明神.大阪城石垣を運ぶ船の海路安全を祈願.
"今日土佐の石宮までお使いにたっての帰り道、お前の俥に乗ってやった"(稲荷俥)
土佐の石宮 9809
高台橋 大阪名所 四季の夢(三一上方2:31) 1件1題 (上方1件) 西区北堀江〜南堀江 変わった名前だが,"たかきやばし"と読む.仁徳さんのお歌にちなむ.堀江川にかかっていた.高台公園の東端.現存しない.
"高台橋を渡って北へ行くと"(大阪名所 四季の夢)
     
南堀江 五人裁き(三一上方2:24) など 2件2題 (上方2件) 西区南堀江 「千両幟」猪名川が活躍した堀江の大阪相撲.高台橋と賑江橋の間あたり.勧進相撲興行の地碑は,南堀江公園の東側.
"南ではあるまい、北堀江のお茶屋へまいったのであろう"(五人裁き)
勧進相撲興行の地碑 0411
橘通り 菊江仏檀(三一上方2:04) など 6件2題 (上方6件) 西区南堀江 仏壇商,道具商がならぶ東西路.戦災で大打撃を受けた.今でも家具屋が多く,材木商もある.
"実は立花通りにとても立派な大きなお仏壇がある"(菊江仏檀)
立花通り 0411
妙見 三人兄弟(三一上方1:20) など 3件1題 (上方3件) 西区か 堀江の橘通りの先.移転したらしい.
"妙見さんへ午の日詣りをするのやさかい、つきおうてくれちウものやよって"(三人兄弟)
     
辰巳屋 運附酒(三一上方2:20) 1件1題 (上方1件) 西区南堀江1 豪商.木綿橋西詰に炭屋から両替商となった辰巳屋久左衛門の屋敷があった.
"辰己屋というてドーンと運が附いてど運附じゃ"(運附酒)
     
幸橋 大阪名所 四季の夢(三一上方2:31) 1件1題 (上方1件) 西区南堀江2〜浪速区幸町2 道頓堀川にかかる.現存.川端には材木商もあり,材木を扱っていた名残か丸太が浮かんでいた.
"赤手拭の稲荷さんへ出て、幸橋をまっすぐに北にとって"(大阪名所 四季の夢)
幸橋 9711
住吉橋 後家馬子(三一上方2:21) など 3件1題 (上方3件) 西区南堀江1〜浪速区幸町1 道頓堀川にかかる.幸橋の東.現存する.
"八軒家で客が末吉橋まで何程やというので(中略)末吉橋やない、住吉橋やというのんで"(後家馬子)
住吉橋 9711
浪速区
地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
赤手拭稲荷 ぞろぞろ(阪大上方12:3) など 4件4題 (上方4件) 浪速区稲荷2-6 今も赤い手ぬぐいが奉納されている.労働者の垢が赤に通じたと言う.東京では太郎稲荷やお岩稲荷だが,上方ではここが「ぞろぞろ」の舞台となる.
"南無赤手拭稲荷大明神様、どうぞ、私にも向いの、草鞋と同し御利益を"(ぞろぞろ)
赤手拭稲荷 9809
赤手拭停留所 ぞろぞろ(阪大上方12:3) 1件1題 (上方1件) 浪速区桜川 赤手拭稲荷の西.市電は南北に走り,現在もバス停がある.
"赤手拭稲荷ちゅうのがありますが、電車の停留所もありました"(ぞろぞろ)
     
深里 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 浪速区 「夫婦喧嘩」で一方亭と大阪鉄道の間に位置.小規模な岡場所があった.道頓堀の深里(ふかり)橋に名を残す.
"ハハンわかった、深里思案があって、大阪鉄道ものがあるな"(大阪名所 夫婦喧嘩)
深里橋 0506
湊町 つぼ算(創元米朝6:16) 1件1題 (上方1件) 浪速区湊町あたり "湊町あたり、あの道頓堀の水でも、昔は、洗濯なんかに使うたり"(つぼ算)      
湊町駅 猿後家(三一上方1:01) など 5件3題 (上方5件) 浪速区湊町 うす暗〜い頭端駅だった.1994年,やや移動してJR難波駅(レオ三枝6:10)と改称.駅名にJRを冠するとはさすが私鉄王国関西.
"湊町から汽車に乗りまして奈良へ下車いたしまして"(猿後家)
     
難波駅 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) など 3件3題 (上方3件) 浪速区難波中2, 中央区難波5 南海電車の始発駅.
"それに妾を南海ステンショ"(大阪名所 夫婦喧嘩)
     
難波 口合小町(創元米朝4:11) など 21件13題 (圓朝1件, 上方20件) 中央区, 浪速区あたり 八阪神社は難波の綱引神事で有名.ステージのような巨大な獅子頭にびっくり.
"桜山茶花、難波のさつきか今宮か萩ぎょうさんな"(口合小町)
八阪神社獅子頭 9711
難波新川 帯久(創元米朝5:11) 1件1題 (上方1件) 浪速区 難波入堀川.難波駅西側に斜めに走る道路沿いに,享保年間に開削された堀割.御蔵跡とともに難波中2-8に碑が建つ.
"富くじの間違いでゴタゴタが起こりまして、難波新川の銭亀という素人相撲が"(帯久)
難波御蔵 難波新川跡碑 0411
土橋 土橋万歳(三一上方1:23) など 5件2題 (上方5件) 浪速区難波中1〜中央区難波千日前 叶橋.難波新川にかかっていた.高島屋北西角あたり.この地名がないと「土橋萬歳」が成り立たない.
"提灯の明かりを便りに土橋のところまで掛かってまいりますと、手拭いで顔を覆した一人の男"(土橋万歳)
     
お多福茶屋 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 浪速区難波中1 難波新川叶橋西詰.店頭にお多福の人形を飾った茶店.
"人をすべただの、お多福茶屋のと一方わけがわからんわい"(大阪名所 夫婦喧嘩)
     
伊吹堂 月宮殿星の都(三一上方2:03) など 3件1題 (上方3件) 浪速区か 難波のもみ療治店.実在した.現在の浪速区か中央区かよくわからない.
"腰骨打ってどうしても歩けん、難波の伊吹堂へ負うて往ってもらいましたなア"(月宮殿星の都)
     
一方亭 土橋万歳(三一上方1:23) など 4件2題 (上方4件) 浪速区 難波の有名な料理屋.実在した.
"芸妓幇間を仰山連れて、難波の一方亭へ遊びに往くつもり"(土橋万歳)
     
八芳亭 土橋万歳(立名人名演10:08) 1件1題 (上方1件)   一方亭の誤りか.
"七、八人連れてェ、難波の八芳亭…という所へ行ってわァ…ッとさわごうという"(土橋万歳)
     
鉄眼寺 土橋万歳(三一上方1:23) など 5件3題 (上方5件) 浪速区元町1-10 黄檗宗瑞龍寺.托鉢により一切経を翻刻した鉄眼和尚が再興.非公開だがカッパや人魚のミイラを所蔵という.
"鉄眼寺の達磨はんと根競べしてみなはれ"(土橋万歳)
鉄眼寺 8308
木津の大黒 けんげしゃ茶屋(創元米朝5:13) など 5件4題 (上方5件) 浪速区敷津西2-2 大國主神社.木津の大黒さんで通る.敷津松之宮を併設.境内に木津勘助像.
"木津の大黒へ行きまひょ。大黒さんは大きにくろうすると書くで"(けんげしゃ茶屋)
木津の大黒 9711
大国町 地下鉄(立名作3:05) 1件1題 (上方1件) 浪速区敷津西, 敷津東 地下鉄御堂筋線.1938年開業.補修もされず,うち捨てられたような駅(大国町変電所)の看板があがっていた.写真は省略.
"わたしは"ヤマトナデシコ"の一人のつもりなんです。アイコクチョー"(地下鉄)
     
渡辺の太鼓 大阪名所 四季の夢(三一上方2:31) 1件1題 (上方1件) 浪速区 紫檀黒檀鉄刀木の太鼓が展示されているとある.渡辺村は大阪の太鼓製造の中心だった.
"渡辺の太鼓が久しぶりに飾ってあるというので、何しろ日本一の太鼓や"(大阪名所 四季の夢)
     
日本橋筋 代書(三一上方2:33) など 8件5題 (上方8件) 浪速区, 中央区 日本橋の南詰から恵美須町にかけての南北路.
"大阪市南区日本橋筋五丁目と……"(代書)
     
長町 貧乏花見(三一上方1:28) など 14件9題 (上方14件) 浪速区, 中央区 長町裏での用例が多く,名呉町も1例.南部には木賃宿が並ぶ.団七九郎兵衛の泥場.
"日本橋の三丁目から五丁目へかけての長町"(貧乏花見)
     
磯屋裏 雑穀八(三一上方2:35) など 8件4題 (上方8件) 浪速区か 長町裏の貧民街.
"今は磯家裏の奥の端で、二帖敷の納屋同然の所"(雑穀八)
     
松坂屋 無筆の手紙(初代桂春団治落語集, 講談社 (2004)) 浪速区日本橋3-5 1966年,日本橋から天満橋に移転したが,2004年に閉店.役者の屋号のくすぐり.
"その次はマ・松坂屋はんに大丸はんねー"(無筆の手紙)
     
毘沙門 逆い夢(三一上方1:08) など 3件3題 (上方3件) 浪速区日本橋3-6 大乗坊.毘沙門天は秘仏という.拝観させていただいたのは,前立毘沙門天らしい.
"日本橋毘沙門さんへ詣り、裏ぬけたら長町裏へ"(逆い夢)
大乗坊 0001
五階百貨店 古手買(桂米朝集成, 岩波書店 (2004)) 浪速区日本橋4 「古手買」のマクラ.近くにあった眺望閣に由来し,5階建てのビルではない.本家なき後も五階の名だけが連綿と続いている.付近は更地や建てかえが目立っており,あの雑多な雰囲気も,いつまで続くか気がかり.
"大阪の日本橋の裏筋の方にね、<五階百貨店>ちゅう"(古手買)
五階百貨店 0806
広田 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) など 3件2題 (上方3件) 浪速区 もろた今宮天下茶屋(がちゃ松談).もろ多玉枝・広田成三郎,馬漫才というのもあった.
"子宝を広田ような気がするわい"(大阪名所 夫婦喧嘩)
     
広田神社 播州巡り(三一上方2:06) 1件1題 (上方1件) 浪速区日本橋西2-4 アカエイを絶つと痔に霊験.エイの絵馬が奉納されている.
"広田はんは痔によい、石切さんはでんぼ一切引請けて"(播州巡り)
広田神社 9803
今宮 口合小町(創元米朝4:11) など 12件8題 (圓朝2件, 東京1件, 上方9件) 浪速区 やはり"今宮は虫どころなりつんぼなり"(小西來山).來山の住んだ十萬堂は恵美須町駅そば.
"もどた今宮天下茶屋"(口合小町)
小西來山十萬堂跡碑 0806
今宮恵比須 けんげしゃ茶屋(創元米朝5:13) など 7件6題 (上方7件) 浪速区恵美須西1-6 小西來山の句にあるように,今宮の戎さんは裏からお詣り.南面する神社が大阪に背を向けていて,背を向けるとは恵比須さんは聞こえんお方,聞こえないなら耳が遠い,それなりゃ裏に回って叩いてお詣りと,粘る粘る.
"今宮の恵比須さんは耳が遠うて目が近い"(けんげしゃ茶屋)
今宮恵比須神社 0301
縫忠 大阪名所 四季の夢(三一上方2:31) 1件1題 (上方1件) 浪速区 「四季の夢」では今宮戎と木津の大黒さんの間に位置する.縁起物の布袋さんと関連するか.
"本家の縫忠はここで、おすなおすな、布袋さんが破れる"(大阪名所 四季の夢)
     
江戸吉 住吉駕籠(三一上方1:13) など 2件1題 (上方2件) 浪速区か 今宮の駕籠屋とある.
"今宮には江戸吉、八百卯と申す駕籠屋がござりました"(住吉駕籠)
     
八百卯 住吉駕籠(三一上方1:13) など 3件1題 (上方3件) 浪速区か 今宮の駕籠屋とある.
"今宮には江戸吉、八百卯と申す駕籠屋がござりました"(住吉駕籠)
     
霞町 看板の一(創元米朝4:15) 1件1題 (上方1件) 浪速区恵美須東3 霞町電停東側の市電車庫.跡地はフェスティバルゲートとなる.
"大阪の町中に市電が走ってた時分、霞町に車庫がございました"(看板の一)
     
恵美須町 円タク(白川小春団治:03) など 4件3題 (上方4件) 浪速区恵美須東1, 西2 東西方向と南北方向の市電乗換駅,阪堺電気鉄道の始点.確かに「すみよし茶屋」の時代は,南海の一部だった.
"恵美須町へ一人ちょっと送って上六へ行って"(円タク)
     
新世界 天王寺詣り(新和上方復刻:01) など 3件3題 (上方3件) 浪速区恵美須東 天王寺公園と同じく,内国勧業博の跡地利用.温泉と遊園地は新世界のお家芸.違いは,大正の時は賑わいがあったところ.ビルの中をジェットコースターが疾走したフェスティバルゲートも取り壊し.
"西に見ゆるが新世界高いのが通天閣"(天王寺詣り)
新世界フェスティバルゲート 9803
ルナパーク 袈裟茶屋(初代桂春団治落語集, 講談社 (2004)) 浪速区恵美須東 「袈裟茶屋」は,「錦の袈裟」のこと.新世界の遊園地.大阪くらしの今昔館にジオラマがあった.
"新世界、向この方にこうルナパークがあって"(袈裟茶屋)
初代通天閣とルナパーク 0806
通天閣 天王寺詣り(新和上方復刻:01) など 7件6題 (上方7件) 浪速区恵美須東1 初代通天閣は凱旋門の上にエッフェル塔が取り付けられた格好.燃えてしまいあえなく戦時供出.現在の二代目にはビリケンさんが祀られている.登楼有料.
"霞町に車庫がございました。通天閣の近くですな"(うしろ女房)
通天閣 9803
づぼらや 大阪レジスタンス(レオ三枝6:10) 1件1題 (上方1件) 浪速区恵美須町東2 大阪でふぐ料理と言えばづぼらや.安くてうまいトラフグを出している.てっさに唐揚げ,フグ焼き,白子にてっちり,仕上げは雑炊.大阪弁排斥運動でフグの看板が焼き討ちされた.
"通天閣のとこにある、てっちりの『づぼらや』の大きなフグの看板ね"(大阪レジスタンス)
づぼらや 1111
ジャンジャン横丁 大阪レジスタンス(レオ三枝6:10) 1件1題 (上方1件) 浪速区恵美須町東3 ジャンジャン町.タイムスリップしたようなと称されるアーケード(1921年開通).こことて再開発やら何やら変わってきている.どて焼きに串カツ,びっくりぜんざいに真剣師のたむろしていた三桂クラブ.
"ジャンジャン横丁も、通天閣ものうなってしもたし"(大阪レジスタンス)
ジャンジャン横丁入口 0411
合邦ヶ辻 一文笛(創元米朝2:10) など 5件3題 (上方5件) 浪速区下寺あたり 「摂州合邦辻」しか思い浮かばない.地名が先か人名が先か.閻魔堂の合邦道心が,寅の年月揃った娘のお辻を殺して,俊徳丸を救うストーリー.「肝つぶし」は亥の年月揃い.
"逢坂、合邦ヶ辻とやって参りまして、とうとう西門まで来てしまいました"(一文笛)
     
閻魔 大阪名所 夫婦喧嘩(三一上方2:15) 1件1題 (上方1件) 浪速区下寺3-16 合邦ヶ辻にある閻魔堂.頭痛など脳のなやみに霊験.
"合邦ヶ辻で逢う時はどうでも閻魔と思うが"(大阪名所 夫婦喧嘩)
合邦ヶ辻閻魔堂 0411

掲載 041210/最終更新 170601

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