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群馬県   
圓朝地名図譜
先「……併し旅といふものは却々艱難苦労の多ひものだ。私が武者修行をして歩いた時分に斯ういふ事があつた」
半「ヘエー」
先「上州館林へ行つた」
半「ハア先生が……。成程、上州館林で馬を窃んだんですか」
  (蝶花樓馬樂 『舘林』)
  今村信雄編,『名作落語全集』 第八巻,騒人社(1930)

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年  
群馬県 ぐんまけん 印鑑証明(普通名作5:18) など 8件7題 (圓朝1件, 東京7件) 群馬県 ロールシャッハ.鶴舞うかたち(上毛かるた).
圓朝ものの地名と重複する.一筆書きで群馬県全体をめぐることは無理.三国峠から斜めに館林まで出て,西の端の碓氷峠までたどり,北の草津温泉で終わるルートを取った.
"「いいようじゃァ困るんです。寄留ですか」「そうです群馬県ですから」"(印鑑証明)
     
上野 こうずけ 甲子待(講明治大正3:30) など 53件37題 (圓朝21件, 東京30件, 上方2件) 群馬県 旧国名.
"江戸におられぬ所から上州辺を徘徊なし"(甲子待)
     
三国峠 みくにとうげ 転宅(講明治大正1:19) など 3件3題 (圓朝2件, 東京1件) 利根郡みなかみ町〜新潟県湯沢町 群馬新潟県境.バスの便はなくなったので新潟県側の浅貝から徒歩.
"出でて来たのは、サアー三国の峠……ヤットコトン、トコトントコトン"(転宅)
三国峠 2001
沼田原 ぬまたはら ポッケツト(大空SP08:54) など 5件3題 (圓朝4件, 上方1件) 沼田市か 沼田郊外一本松あたりの台地だろう.
"塩原多助の沼田の原で青と別れの一巻をば"(ポッケツト)
     
沼田 ぬまた 雪とん(立名人名演02:14) など 12件7題 (圓朝7件, 東京5件) 沼田市 沼田城下の塩原太助(上毛かるた).塩原太助の炭俵を模した最中のお土産.実在の太助でなく,多助になっているところは,やはり圓朝作品「塩原多助一代記」の知名度か.
"上州沼田の若旦那が東京に来ると、以前からおなじみのことだから"(雪とん)
多助俵最中 2012
升見家 ますみや 太鼓の平助(講昭和戦前1:18) 1件1題 (東京1件) 沼田市か 「王子の幇間」で登場.沼田市内の料亭とのこと.
"誰が来ているんだ。沼田の升見家の平助がまいっております"(太鼓の平助)
     
赤城山 あかぎさん 赤城山(ごま上方艶:54) など 19件13題 (圓朝6件, 東京11件, 上方2件) 前橋市など 赤城山に立てこもった国定忠治は落語にはなっていないが,新国劇のセリフはあまりに有名.用例は艶笑小噺で,"赤城の山も今宵限り",すぱっと板割の浅太郎のカリが南の空へ飛んでゆく.
"国定村の長岡忠治が代官松井軍兵衛を切って、赤城の山へ楯籠る"(赤城山)
赤城神社 1997
伊香保 いかほ 鰻の幇間(旺文鑑賞1:09) など 16件9題 (圓朝4件, 東京10件, 上方2件) 渋川市伊香保町伊香保 旧北群馬郡伊香保町.伊香保温泉.夏場の客は避暑がてら湯治にでるので,幇間は夏枯れ.源泉には浴用治療をすすめたベルツ先生像.
"お暑さのみぎりどちらへ?伊香保へいきましたの"(鰻の幇間)
伊香保温泉源泉 2003
榛名神社 はるなじんじゃ 西海屋騒動(立名人名演01:06) など 3件3題 (圓朝2件, 東京1件) 高崎市榛名山町849 神仏混淆時代は満行宮.上野寛永寺の支配.拝殿後ろに御姿岩がそびえる.「安中草三」の登場人物にも簾形岩次郎.
"竹筒ッぽうでできるのは、榛名山のお清水と甘露糖ばかりだ"(西海屋騒動)
榛名神社双龍門と鉾岩 2012
敷島川 しきしまがわ お縫の火(文芸倶楽部, 20(14) (1907)) 前橋市か どこか特定できない.前橋あたりの利根川のことだろう.女房を背負って川を渡ろうとすると,自分が殺したお縫の姿に変わる.その後,道に迷って高崎の金古に戻ってきてしまうので,前橋の敷島公園あたりではないか.
"だんだんやって来たのが、名代の敷島川原の川下の方でございます"(お縫の火)
敷島公園あたり 2019
前橋 まえばし 宿屋の仇討(騒人名作02:08) など 18件16題 (圓朝10件, 東京8件) 前橋市 前橋の宿駅のこと.県庁所在地.名物は焼きまんじゅう.味噌だれをつけてこんがり焼いてある.ふわふわしたパンのような食感.
"上州の前橋に遠縁の伯父があって、かなりに暮らしている"(宿屋の仇討)
前橋名物焼きまんじゅう 2008
虎ヶ淵 とらがふち 西海屋騒動(三芳屋 (1902)) 前橋市 厩橋城あたりの利根川.洪水によって地形が変わってしまい,本丸跡も利根川の中になる.前橋城主に呪いをかけたお虎を虎姫として祀ったのが虎姫観音.利根川を見下ろす高台,虎ヶ淵のほとりに建てられている.
"式島河原の大通りより虎ヶ淵の辺りまで"(西海屋騒動)
虎姫観音堂 2019
実政 さねまさ 西海屋騒動(三芳屋 (1902)) 前橋市南町あたり 圓朝作品では,実政の渡しで出てくる.南部大橋南詰の水神社に地名由来碑がある.明治初年に廃されるまで,交通の要衝として実政の関所が置かれていた.
"この正月実政の賭場の喧嘩に"(西海屋騒動)
実政の文字がある地名由来碑 2019
大前田 おおまえだ 夕立勘五郎(三一談志5:05) 1件1題 (東京1件) 前橋市大前田町 落語の「夕立勘五郎」は,まともな講釈ネタではなく,「夕立勘五郎」を演じる浪曲師のひどい訛りを楽しむ噺.侠客大前田英五郎の墓へは本通りの裏の田圃道から入るので分かりにくい.
"オーミャーダの英五ろ、クヌサダ村のツーズなんてえと、ええ親分だ"(夕立勘五郎)
大前田英五郎墓 1997
大間々 おおまま 引窓与兵衛(立名人名演02:08) 1件1題 (東京1件) みどり市大間々町大間々 旧山田郡大間々町.ながめ余興場は,臨官席も残る地方劇場.サスペンスドラマの撮影にも使われたりした.
"上州大間々と桐生のあいだに早川村という村がござります"(引窓与兵衛)
ながめ余興場 1998
桐生 きりゅう おさん茂兵衛(青圓生10:05) など 14件10題 (圓朝5件, 東京9件) 桐生市 織物の町.写真は1890(明治23)年に設けられた群馬県で最も古い水力発電所.織物工場に使用された.
"その時分、お召・縮緬というものは、おもに桐生でこしらえたもんだそうで"(おさん茂兵衛)
旧日本織物発電所 1998
館林 たてばやし 館林(騒人名作08:11) など 13件9題 (圓朝5件, 東京8件) 館林市 師匠が館林で浪人を退治した武勇伝をまねて,剣術を習っていることをいいことに,町内のもめ事に首を出し,その首を落とされるのが「館林」.館林駅そばには,日清製粉と正田醤油の工場が隣接.両方使った館林うどんが名物.
"私が武者修行をして歩いた時分に(中略)上州館林へ行った"(館林)
正田記念館 2009
善導寺 ぜんどうじ 鈴ふり(講古典艶:03) など 2件1題 (東京2件) 館林市本町2 十八檀林の一つ.再開発により駅前から館林市楠町3692に移転した.館林城主榊原康政の墓があり,旧地にもタイル張りの標柱が立つ.
"大念寺を抜けると、上州館林の善導寺にはいる"(鈴ふり)
善導寺榊原康政墓 2009
茂林寺 もりんじ 茶釜の喧嘩(講昭和戦前5:24) など 13件7題 (圓朝1件, 東京12件) 館林市堀工1570 茂林寺には寺宝の分福茶釜が展示されている.拝観有料.参道にも洋館の甲冑よろしくタヌキがならんでいる.伝え聞く茂林寺なる分福茶釜のその由来,妖しくも又面白き.名人,立花家橘之助の「たぬき」.
"茂林寺の分福茶釜は狸が化けたんですってね。そんなことは小さい子供でも知っている"(茶釜の喧嘩)
茂林寺分福茶釜 2009
富士工業 ふじこうぎょう 蔵前駕籠(三一談志2:16) 1件1題 (東京1件) 群馬県か 富士重工のバス試乗の用例.写真は中島飛行機の流れをくむヘリコプターひよどり,後ろは工場.
"ちなみに談志はバスが好きで、富士工業を見物に行った時"(蔵前駕籠)
富士重工太田工場 1999
大光院 だいこういん 鈴振り(弘文志ん生3:20) など 4件2題 (東京4件) 太田市 十八檀林の一つ.大光院新田寺.大光院より呑龍様の方が通りがよい.
"新田の大光院へ入って、水戸の常福寺に入って"(鈴振り)
大光院新田寺 1999
太田 おおた 御松茸(新潮新作:04) など 3件3題 (圓朝2件, 東京1件) 太田市 太田市は富士重工の企業城下町.スバル最中が名物.こちらは結構なことだが,一企業におもねて東本町をスバル町に改めるとは.民家もあるのに失礼なこと.
"上州の仁田太田に金山という山がございます"(御松茸)
太田市スバル町! 2008
太田:金山 かなやま 宿屋の富(講昭和戦前5:21) など 5件4題 (圓朝1件, 東京4件) 太田市金山町 太田の北方.整備されすぎの感の金山城址と新田神社がある.
"宿帳を願いましてございますが(中略)上州太田の金山とだけ記してございますが"(宿屋の富)
新田神社 1999
早川 はやかわ 旗本五人男(毎日新聞 (1897)) 群馬県 利根川の北,伊勢崎市から太田市にかけて,早川という小河川が流れている.「引窓与兵衛」に出てくる早川は,桐生と大間々との間を流れるとあるから,別のもの.早川薬師橋は,足尾銅山で産出した銅を平塚河岸(圓朝地名)に運ぶあかがね街道に架かっている.
"荒川の支(えだ)流れにて、所の者は早川とも又小川とも云ふ細き流れ"(旗本五人男)
早川薬師橋 2019
木崎街道 きざきかいどう 三人旅(騒人名作06:01) など 2件1題 (東京2件) 太田市新田木崎町 2件とも成田山へ向かう「三人旅」,宿屋で飯盛女が歌う木崎音頭の文句.千葉県に分類していたのを群馬県に変更.
"ハアー木崎街道の那の四ツ辻に立たせ玉ふは色地蔵様よ"(三人旅)
     
木崎 きざき おさん茂兵衛(集英圓生4:09) など 5件3題 (圓朝3件, 東京2件) 太田市新田木崎町 例幣使街道の宿.木崎は女郎が多く,「おさん茂兵衛」のほか,「夢金」にもちらりと出てくる.
"そんなんなら、木崎の大黒屋ィ身を売った方がいいからね"(おさん茂兵衛)
木崎の町並み 2019
木崎:色地蔵 いろじぞう 三人旅(講明治大正6:32) など 2件1題 (東京2件) 太田市新田木崎町1061 2つの「三人旅」の速記はほぼ同じもの.下町の色地蔵は女郎の信仰厚かった."男通ればニコニコ笑い,女通れば石もて投げる"(木崎音頭).他に,燕枝の「侠客小金井桜」にも登場し,男通ればあっち向いてござる,と男女逆の文句.素人女に石を投げる方が自然だろう.石仏の色地蔵は,寺のお堂の中に入っている.
"木崎街道のあの四ツ辻に立たせ玉うは色地蔵様よ"(三人旅)
木崎宿色地蔵 2004
国定 くにさだ 浪曲社長(芳賀歌奴:03) など 7件6題 (東京6件, 上方1件) 伊勢崎市国定町 "赤城の山も今宵限り"のセリフで有名な侠客,国定忠治の墓は,国定1235の養寿寺にある."赤城の山も今夜を限り 生まれ故郷の国定の村や 縄張りを捨て国を捨て 可愛い乾分のてめえ達とも 別れ別れになる首途だ"(新国劇,行友李風).
"生まれた村が国定村よ、名づけてあれが国定忠治"(浪曲社長)
国定忠治墓 1997
小原 おはら 浪曲社長(芳賀歌奴:03) 1件1題 (東京1件) 不明 佐位郡登山街道の小原だという.登山街道とは何?
"上州は佐位郡、登山街道は小原の在、本名長岡忠次郎"(浪曲社長)
     
伊勢崎 いせさき 吉住万蔵(青圓生11:22) など 7件5題 (圓朝3件, 東京4件) 伊勢崎市 1912(明治45)年に建てられた黒羽根内科医院旧館(旧今村医院)が移設され,いせさき明治館として公開される.和洋折衷つくりの室内に,特産の伊勢崎銘仙が展示してある.お婆さん落語でならした古今亭今輔(5)[1898-1976]は,伊勢崎市(旧境町)出身.東京の百貨店に勤めていた小僧時代,お客にこれは本物の銘仙ではないと暴露したことがきっかけで,店を辞めたと読んだ記憶がある.硬骨漢で有名な今輔らしいエピソード.
"栃木とか桐生、伊勢崎、足利、前橋、高崎、これらを興行いたしまして"(吉住万蔵)
いせさき明治館 2011
玉村 たまむら 西海屋騒動(立名人名演01:06) など 5件5題 (圓朝4件, 東京1件) 佐波郡玉村町 例幣使街道の宿.宿の規模が大きく,飯盛女で有名.本陣は残っていないが,後に明治天皇の侍従となった例幣使の残した歌碑がある.玉むらのやどりにひらくたまくしげ ふたたびきそのかへさやすらに(参議有長).
"玉村まで出かけていって、ふだん心安くする女衒を頼んで"(西海屋騒動)
玉村木島本陣跡歌碑 1999
新町 しんまち 仮名政談恋畔倉(毎日新聞 (1898))など 高崎市新町 旧多野郡新町.中山道で最も遅くできたの宿場.明治11年の明治天皇北陸行幸の折には,新町にも宿泊した.木造瓦葺き本屋と付属屋の2棟からなっていたとある.本陣の方は,標柱しか残っていない.
"あれから新町へ久しく居て、足利から栃木、流れ流れて幸手の金兵衛"(仮名政談恋畔倉)
明治天皇新町行在所 2019
神流川 かんながわ 八重葵噂天一(三友舎 (1892)) 群馬県 行田からの逃走経路.神流川を越えれば高崎なので,松前を松山の箭弓稲荷と考えるのは地理的におかしい.
"荒川を渡り、これから川上へ行けば秩父、神流川の方へ真っ直ぐに行けば松前の稲荷の方へ出る路で"(八重葵噂天一)
神流川 2019
倉賀野 くらがの 西海屋騒動(立名人名演01:06) など 3件3題 (圓朝2件, 東京1件) 高崎市倉賀野町 中山道の宿.例幣使街道を分ける.写真は追分に立つ常夜燈.近くに「鉢の木」の故地,佐野常世神社.
"わたしは倉賀野在の百姓の子でございます"(西海屋騒動)
追分の常夜燈 1999
佐野 さの 駈込寺(柳家小満ん口演用「てきすと」 23, てきすとの会 (2017)) 高崎市 ある雪の晩に佐野源左衛門常世の茅屋に休んだ僧があった.主人は秘蔵の鉢の木をくべてもてなした.落ちぶれた身だが,いざ鎌倉という時が来れば,真っ先に馳せ参じる覚悟だと言った.実は,旅僧は北条時頼であった.後日,鎌倉に駆けつけた佐野に松梅桜にちなむ領地を与えた.謡曲と講談の「鉢木」.佐野常世神社の額扉を開けると,ナタで盆栽を断ち割る佐野源左衛門の絵姿.
"高崎の佐野という処へ来た時に、折からの大雪で厶いまして、佐野源左衛門常世という、関東武士"(駈込寺)
佐野常世神社 2016
佐野の船橋 さののふなはし 廓文庫(駸々堂 (1889)) 高崎市上佐野町 木橋の佐野橋のあたりだと言う.上信電鉄佐野のわたし駅や前項の佐野常世神社からすぐ.近くの万葉歌碑には,かみつけの佐野の船はしとりはなし 親はさくれどわはさかるがへ.
"まことの親と云ふのは佐野の船橋在に水も飲めぬ百姓で伴蔵と申すもの"(廓文庫)
佐野橋 2016
高崎 たかさき 引窓与兵衛(立名人名演02:08) など 20件18題 (圓朝10件, 東京10件) 高崎市 中山道の城下町.高崎といえばダルマ.少林山達磨寺でだるま市.復古だるま弁当は赤いペカのだるま弁当と違って,怖らしいご面相.
"今度は高崎の城下か前橋の城下へうちでも持たして"(引窓与兵衛)
だるま弁当高崎線を走る 2008
高崎:九蔵町 くぞうまち 西海屋騒動(立名人名演01:06) 1件1題 (東京1件) 高崎市九蔵町 高崎市内.中心部のやや北,その先,本町のところで中山道はクランクする.人名に由来する町名だという.
"上州高崎の九蔵町へ引き移り、信濃屋というのれんを掛けて立場酒屋を始めました"(西海屋騒動)
九蔵町交差点 1999
高崎:荒町 あらまち 西海屋騒動(立名人名演01:06) 1件1題 (東京1件) 高崎市あら町か 新町のことだろう.高崎の中心地.高崎市新町(あらまち)だったが,あら町というみっともない表記に変わっていた.多野郡新町(しんまち)を高崎市に併合したときに由緒ある新町を譲ったらしい.写真の諏訪神社は土蔵造りの変わった小社.原文の荒町の原というとどこか不明.
"一ト足先へ行って荒町の出はずれに待っていてくれ"(西海屋騒動)
新町諏訪神社 2008
高崎:観音 かんのん ライムライト(シネマ落語, 河出書房(2009)) 高崎市石原町 立川志らくの「ライムライト」のくすぐりで登場.真言宗慈眼寺.高崎市街からひときわ目立つ白衣大観音は1936年建のコンクリート造.拝観有料.
"高崎の観音は図体がでかいだけ"(ライムライト)
高崎白衣大観音 2008
豊岡 とよおか 西海屋騒動(立名人名演01:06) 1件1題 (東京1件) 高崎市上豊岡町,中豊岡町,下豊岡町 豊岡ではダルマ生産が盛ん.碓氷川対岸にダルマ市の達磨寺がある.
"豊岡のだるま市のときおれの娘を見て、相場がついていたとのこと"(西海屋騒動)
豊岡達磨工場 1999
真庭 まにわ うそつき弥次郎(講明治大正6:29) 1件1題 (東京1件) 高崎市吉井町馬庭 「弥次郎」の武者修行.本文中,"真庭"は馬庭が,"樋口十郎左衛門"は樋口十郎右衛門が正しい.樋口十郎右衛門の剣道場(県指定史跡)が現存し,剣術が今に生きている.
"上州の真庭に行きまして、樋口十郎左衛門の道場でスッカリ腕を磨きました"(うそつき弥次郎)
念流馬庭道場 1999
板鼻 いたはな 西海屋騒動(立名人名演01:06) など 3件3題 (圓朝2件, 東京1件) 安中市板鼻 中山道板鼻宿.保存されている木島本陣の書院は,和宮降嫁の際の宿泊所.
"板鼻の桜屋といううちにいた板頭の飯盛りさ"(西海屋騒動)
板鼻宿本陣書院 2000
安中 あんなか 蒟蒻問答(青圓生08:09) など 14件4題 (圓朝4件, 東京10件) 安中市 「蒟蒻問答」の舞台に取られることが多い.安中駅の背後,斜面一面に広がる金属精錬工場は圧巻の景観.大気,流域への重金属汚染を起こした負の記憶も失ってはいけない.
"上州安中の在にこんにゃく屋の六兵衛さんという"(蒟蒻問答)
東邦亜鉛安中精錬所 2012
安中:白蓮寺 びゃくれんじ 蒟蒻問答(立名作4:04) 1件1題 (東京1件) 安中市:架空 蒟蒻問答の寺.架空.
"実はナ、この村に白蓮寺という寺があって"(蒟蒻問答)
     
安中:薬王寺 やくおうじ 蒟蒻問答(青圓生08:09) など 4件1題 (東京4件) 安中市:架空 蒟蒻問答の寺.架空.
"この先に寺があるだろう……薬王寺という寺だ"(蒟蒻問答)
     
秋間 あきま 近江八景(角川文庫02:02) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 安中市 八卦見が,旅人がかぶっている笠の裏に書いた文字を読んで,出身地を言い当てるという定番のくすぐり.秋間といえば梅林が有名だが,それは奥の上秋間.
"おまえさんは、群馬県碓氷郡板花町字秋間二十八番地、高橋金太郎というのではないか"(近江八景)
     
横川 よこかわ 恨みの碓氷峠(鉄道落語, 交通新聞社 (2013)) 安中市松井田町横川 横川駅.碓氷峠をはさむ横川−軽井沢間は新幹線開業時に廃止された.それまで,アプト式ラックレールや強力な機関車の力によって,急な碓氷峠を克服してきた.鉄道落語の「恨みの碓氷峠」では,急な峠越えに使われた気動車が"峠のシェルパ"の愛称で出てくる.停車時間があるため,横川駅は峠の釜めしの駅弁で有名だった.
"こっちが軽井沢でこっちが横川でしょ。すごいな、あっちは「あさま」が通ったんだよね"(恨みの碓氷峠)
アプト式線路と特急あさま 2015
横川の関所 よこかわのせきしょ 長崎の赤飯(青圓生04:07) など 3件2題 (圓朝1件, 東京2件) 安中市松井田町横川 中山道,碓氷の関所.関所東門が石垣上に復元されている.資料館に関所手形などが展示されている.そのなかに横川に現れた猪をやっつけた文書があったのにびっくり.まさに落語「猪退治」そっくり.
"中仙道を来れば横川に福島という関所がある"(長崎の赤飯)
碓氷関所跡 2000
坂本 さかもと 三人旅(大空SP07:43) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 安中市松井田町坂本 碓氷峠の麓.刎石山が正面にそびえる.旧中山道はこれを越えてゆく.
"坂本の宿までジバだ。襦袢だとよ"(三人旅)
坂本 2000
碓氷峠 うすいとうげ 猪退治(騒人名作08:23) など 9件7題 (圓朝5件, 東京4件) 安中市松井田町坂本〜長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢 碓氷峠は義太夫かたりが「猪退治」をし,「猿丸」宗匠が歌を詠んだところ.明治天皇が北陸行幸の際に通った道は,最近整備されるまでは,こんな風に荒れていた.
"碓氷峠に小憩のみぎり、一匹の大いなる手負い猪が現れ"(猪退治)
碓氷峠明治天皇行幸道 2015
碓氷第三橋梁 うすいだんさんきょうりょう 恨みの碓氷峠(鉄道落語, 交通新聞社 (2013)) 安中市 碓氷峠を越える信越本線旧線にかかるレンガ造りの橋.通称めがね橋.国重文.国道から近くアクセスがよい.遊歩道になっており歩いて渡れる.
"群馬県の碓氷峠、碓氷第三橋梁、通称めがね橋の草むらにおいて女性の変死体が発見されました"(恨みの碓氷峠)
碓氷第三橋梁 2015
妙義山 みょうぎさん 西海屋騒動(立名人名演01:06) など 4件3題 (圓朝3件, 東京1件) 富岡市妙義町 山としては白雲山,金洞山,金鶏山などからなる.むしろ妙義神社を指す.浸食によるノコギリの刃のような山容が特徴.
"この街道で人に知られた妙義の辰五郎だ"(西海屋騒動)
白雲山 2000
北甘楽郡 きたかんらぐん 禁酒運動(白川小春団治:02) など 2件1題 (上方2件) 群馬県 かつては南北甘楽郡があった.
"群馬県北甘楽郡の二箇村では、酒呑みの人には絶対に嫁には遣らないという"(禁酒運動)
     
浅間山 あさまやま 強情灸(弘文志ん生1:13) など 25件15題 (圓朝4件, 東京20件, 上方1件) 吾妻郡嬬恋村,長野県 お灸の煙に譬えられるバリバリの活火山.天明3(1783)年の大噴火は,天明の大飢饉の一因.鬼押し出しの溶岩流に圧倒される.
"ずうっと煙が出てゆくだろう、浅間山みてえに"(強情灸)
鬼押出 1998
草津 くさつ 紺屋高尾(青圓生09:04) など 49件31題 (圓朝4件, 東京43件, 上方2件) 吾妻郡草津町 硫酸酸性泉.高尾太夫に惚れたり,幾代太夫に惚れたりと,♪お医者様でも草津の湯でも.湯畑の回りで湯もみの実演.
"『お医者さまでも草津の湯でも』というのが、おまえの病気だな"(紺屋高尾)
草津温泉湯畑 1993
大方村 おおかたむら 八卦(講明治大正5:69) 1件1題 (東京1件) 群馬県:架空か 下群馬郡からして不明.新米の泥棒が,大方宗太郎家に忍びこむこともあるので,大方そんなものだろう..
"お前さんは群馬県下群馬郡大方村千七百六十五番地の、畑中謙造という名前だろう"(八卦)
     

掲載 030114/最終更新 200601

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