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文京区   
毎日おもてを"孝行糖、孝行糖"と流して歩きます。
「ある日水戸様の御門前へ来かかりました。江戸市中で一番やかましかったのが、水戸様御門だそうです。われわれ先輩が掛持ちの途中でゲタの鼻緒でも切れまして、あの前で下へこごんでマゴマゴしていますと、
「通れっ」
 (三遊亭金馬(3) 「孝行糖」)
  三遊亭金馬,『三遊亭金馬落語独演会』,鱒書房(1955)

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
御茶の水 おちゃのみず 洒落小町(講昭和戦前1:15) など 15件11題 (圓朝4件, 東京11件) 文京区湯島1 → 北村辞典.湯島聖堂の西にあった高林寺(駒込浅嘉町に移転)の井戸という.神田川の拡張で川の縁となる(江戸砂子).たらたら落ちるがお茶の水(洒落小町)は,その様子か.御茶ノ水駅前の交番横にお茶の水保勝会がたてた碑がある.
"エイの掛け声諸共に投げつけますると、前なるお茶の水の二番河岸へ逆とんぼを打ち、ごろごろごろどぶんとおちいりました"(塩原多助一代記)
お茶の水碑 0612
聖堂 せいどう 指物師名人長二(角川円朝5:01) など 4件4題 (圓朝3件, 東京1件) 文京区湯島1-4 → 北村辞典.昌平黌学問所を含む.孔子をまつる大成殿は再建ながら,厳かな雰囲気があり,映画撮影にも使われる.
"聖堂の林様はお出入りだから殿様にお願い申して、わしが才槌で瑕をつけたいわれをかいて戴いて"(指物師名人長二)
湯島聖堂大成殿 0903
聖堂:入徳門 にゅうとくもん 三百餅(講明治大正4:10) 1件1題 (東京1件) 文京区湯島1-4 湯島聖堂の大成殿への入口.関東大震災,戦災をまぬかれて現存."にっとくもん"の読みの方が儒者っぽいか.「三百餅」に出てくる入徳門の碑は不明 入徳門 0810
明神坂 みょうじんざか 梅若礼三郎(青圓生02:10) など 4件2題 (東京4件) 文京区湯島1-1〜2 → 北村辞典.湯島聖堂と神田明神の間を東へ下る坂.湯島坂とも.役作りに腐心する梅若礼三郎をたしなめる老女が出てくる.もう1題は「遠山政談」の道中付け 明神坂 0903
妻恋坂 つまこいざか 松と藤芸妓の替紋(角川円朝3:08) など 3件3題 (圓朝3件) 文京区湯島3-1,2 → 北村辞典.「源九郎狐」のホスト役である妻恋稲荷(湯島3-2)社前の坂.東へ下る.妻恋稲荷ではお正月に初夢の宝船を頒布する."なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな".
"天神の中坂下を突き当って、妻恋坂を曲がって万世橋から美土代町へ掛かる道へ先廻りをして"(松と藤芸妓の替紋)
妻恋神社宝船 0512
芥坂 ごみざか 鶴殺疾刃庖刀(角川円朝7:02) など 2件1題 (圓朝2件) 文京区湯島3 → 北村辞典.妻恋坂の途中から北へ登る坂.標柱はない.その名を嫌ってか,立爪坂と呼ばれる.江戸の各地にあったごみ坂は,ゴミ捨て場というよりは,ゴミの集積場だった.今も坂下がゴミ集積場になっている.
"わたしあ直き芥坂の下ですが、お米を一両わたしといっしょに持ってきてくださることができましょうか"(鶴殺疾刃庖刀)
芥坂 1104
大根畠 だいこんばたけ 小雀長吉(角川円朝7:10) など 6件4題 (圓朝3件, 東京3件) 文京区湯島2 → 北村辞典.輪王寺宮の隠居屋敷跡に大根などが植えられた.その後,娼婦が集まってきて有名となった.
"先妻は葛西の小岩井村の百姓文左衛門の娘で、大根畠という処に浅井様と云うお旗下がございまして、その所へ十一歳から奉公をしておりました"(敵討札所の霊験)
     
中坂 なかざか 黄薔薇(角川円朝6:03) など 2件2題 (圓朝2件) 文京区湯島3-1,2 → 北村辞典.妻恋坂と天神石坂との間に作られた坂ゆえの名という.東へ下る.
"馬場良介という湯島天神の中坂下におります士族がまいりまして"(黄薔薇)
中坂 0904
湯島天神 ゆしまてんじん 宿屋の富(弘文志ん生1:07) など 57件25題 (圓朝5件, 東京52件) 文京区湯島3-30 → 北村辞典.湯島神社.東京を代表する天神社で梅の名所.江戸三富の一が開かれた.迷子知らせの奇縁氷人石,講談高座発祥の地碑がある.「婦系図」,"湯島通れば思い出すお蔦主税の心意気","別れろ切れろは芸者の時にいう言葉".
"湯島天神の社にて聖徳太子の御祭礼を致しまして、その時大層参詣の人が出て群集雑沓を極めました"(怪談牡丹燈籠)
湯島天神銅鳥居 0904
湯島天神:男坂 おとこざか 附馬の附馬(講明治大正3:37) など 2件2題 (東京2件) 文京区湯島3-30 → 北村辞典.湯島天神の参道.東へ下る石段.石段上から遊興の代金と見せかけ石ころを放る.「付き馬」のマクラに使われる 男坂 0906
同朋町(湯島) どうぼうちょう 九州吹戻し(騒人名作06:09) など 3件1題 (東京3件) 文京区湯島3 → 北村辞典.文京区の湯島が台東区に食い込んでいるあたり.同朋など坊主衆の拝領地だった.下谷(二段目),明神下(=講武所,安中草三),柳橋(お文様),牛込の同朋町(粗忽の釘)が登場する      
井泉 いせん 小言幸兵衛(太田藤志楼1:06) 1件1題 (東京1件) 文京区湯島3-40 お箸で切れる柔らかいとんかつがキャッチフレーズ.似た名の店のカツサンドをよく見かけるが,井泉の方が"ま"が抜けた店でなく,本家筋.ぶら前さんヒレカツ一枚揚がりましたでテキパキと配膳 井泉本店 0812
切通(湯島) きりどおし 柳田格之進(弘文志ん生3:21) など 31件19題 (圓朝9件, 東京22件) 文京区湯島3〜4 → 北村辞典.本郷から湯島へ下る.坂名であり,町名でもある.「遠山政談」の道中付け,「柳田格之進」,番頭と柳田との出会い.
"その頃湯島切通しに鋏鍛冶金重という名人がございました"(粟田口霑笛竹)
湯島の切通し 0906
講案寺 こうあんじ 雪鴉(落語見取り図, うなぎ書房 (2005)) 文京区湯島4-12 古典落語には出ない地名.講安寺が正しい.無縁坂東側に面している.土蔵造りの本堂が特徴的.「かつぎや」に出てくる無縁坂の寺はここのことだろう 講安寺 0608
加賀家:赤門 あかもん 松曳き(三一談志1:15) など 5件5題 (東京5件) 文京区本郷7-3 加賀家百万石前田家の御守殿門.文政11(1828)年,将軍家斉の娘を輿入れするにあたり赤門を建てた.現在は東大生が日々出入りしている門.休日行くと潜り戸しか開いていない.もちろん丸の内の赤井御門守も将軍家と姻戚関係 赤門 0903
菊坂 きくざか 真景累ヶ淵(角川円朝1:04) など 9件6題 (圓朝5件, 東京4件) 文京区本郷4〜5 → 北村辞典.西へだらだらと下る長い坂.北村辞典では本郷5の喜福寺から菊坂下に至る坂としている.樋口一葉旧居,菊富士ホテル跡.
"湯島切通しを上がって本郷へ出て、菊坂を下りまして、小石川と段々参ります"(怪談乳房榎)
樋口一葉旧居跡 一葉の井戸 1104
本妙寺 ほんみょうじ お七(講昭和戦前3:18) など 14件12題 (圓朝8件, 東京6件) 文京区本郷5 → 北村辞典.本郷丸山の本妙寺.明暦の大火=振袖火事の火元.明治になって豊島区巣鴨5-35に移転.本堂裏に安政地震供養塔とならんで明暦の大火供養塔がある.境内には町奉行遠山金四郎,お玉ヶ池の千葉周作,本因坊代々の墓がある.
"十分酒肴に腹を肥らし勘定は本妙寺中屋敷へ取りに来いと、横柄に食い倒し飲み倒して歩く黒川孝蔵という悪侍です"(怪談牡丹燈籠)
振袖火事供養塔 0510
藤村 ふじむら 禁酒の番屋(講明治大正4:20) など 14件10題 (圓朝3件, 東京11件) 文京区本郷3-34 → 北村辞典.藤むら.羊羹に代表される本郷の和菓子屋.秀吉自慢の駿河屋(伏見?)に対抗して前田家が羊羹を造らせた.寛永3(1626)年の創業.休業中.落語でも「禁酒番屋」の進物,「茶の湯」の茶菓子,「寝床」の甘党向けといった具合.漱石の「猫」にも出てくる.
"伊香保饅頭は温かいうちは旨いが冷えると往生で、今坂なんざァ食える訳のもんではありません……へえー藤村ので、東亰から来るお菓子で"(霧陰伊香保湯煙)
藤むら 0511
兼康 かねやす 遠山政談(青圓生06:05) など 5件4題 (東京5件) 文京区本郷2-40 → 北村辞典.乳散香で知られた本郷3丁目の小間物屋.江戸初期の創業.現在も本郷2丁目で営業中."本郷もかねやすまでは江戸の内",店でもそううたっている.堀部安兵衛の書いた"かねやすゆうげん"の看板が「敵討札所の霊験」の"みずしまたいち"のヒントとか 兼康 0511
春木座 はるきざ 王子の幇間(講明治大正1:15) など 7件7題 (東京7件) 文京区本郷3-14 → 北村辞典.春木座の前身は1873(明治6)年に始まる奥田座で,1876年に春木座と改称.歌舞伎化された牡丹燈籠もかかった.その後,数度の火災から立ち直り,本郷座(「土龍の床下」)と改称して再建,新派の拠点となった.跡地に以前は日本ビクターの名が入った銘板がたっていた 本郷座銘板 0907
壱岐殿坂 いきどのざか 小言幸兵衛(講明治大正1:16) など 4件2題 (圓朝1件, 東京3件) 文京区本郷1,本郷2 → 北村辞典.小笠原壱岐守の下屋敷に由来.後付けの新壱岐坂で分断されている細い東西路.坂上が本郷2-30,坂下が本郷1-20あたりで西へ下っている.本郷1-18先に銘板とブロンズ像がある.
"これから極楽水を出まして、あれから壱岐殿坂の下へ出て参り、水道橋を渡って小川町へ来て"(敵討札所の霊験)
壱岐坂 0908
新坂 しんさか 禁酒の番屋(講明治大正4:20) など 2件1題 (東京2件) 文京区本郷1-25〜31,32 → 北村辞典.「禁酒番屋」,禁酒を命じる旗本の住まい.壱岐殿坂の北,西へ下る坂.石段のところに銘板があり,石川啄木が住んだとあるが,これは森川町の新坂 新坂 0511
水戸家(上屋敷) みとけ 孝行糖(青金馬:03) など 40件17題 (圓朝4件, 東京36件) 文京区後楽1 → 北村辞典.水戸家の上屋敷は,有料の小石川後楽園の他,美濃部都知事鶴の一声の競輪場やドーム球場,さらには大深度温泉と移り変わりが激しい.
"水戸様の長屋下を通って龍慶橋を渡りまして、左へついて参りますと、牛込の方へ出まする"(月謡荻江一節)
小石川後楽園 0910
隆慶橋 りゅうけいばし 怪談牡丹燈籠(角川円朝1:01) など 3件3題 (圓朝3件) 文京区後楽2 → 北村辞典.江戸川にかかる.「牡丹燈籠」,孝助の闇討ちの場面.となりに新隆慶橋ができて,裏道みたいになってしまった.
"水道端を出て隆慶橋を渡り、軽子坂を上がって帰って来ました"(怪談牡丹燈籠)
隆慶橋 0905
大曲 おおまがり 怪談牡丹燈籠(角川円朝1:01) など 3件3題 (圓朝1件, 東京2件) 文京区後楽2-23あたり → 北村辞典.江戸川(神田川)が大きく屈曲するところ.大曲バス停もあり,今でも通じる地名のはず.
"再び屋敷を立ち出で、大曲りへかかると、中間三人は手に手に真鍮巻の木刀を捻くり待ちあぐんでいた"(怪談牡丹燈籠)
大曲 0905
牛天神 うしてんじん 月謡荻江一節(角川円朝5:03) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 文京区春日1- → 北村辞典.北野神社.今でも牛天神で通っている.牛坂上に鎮座.シンボルの牛石は境内に移設.
"牛天神下から諏訪町へ行き掛かると、ピイーと西北の風が強く、霙がパラパラ降り出してきて"(月謡荻江一節)
牛石 0802
富坂 とみざか 円タク(講昭和戦前2:13) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 文京区春日1〜小石川1,2 → 北村辞典.伝通院前から東へ白山通りに下る坂.西富坂ともいう.「円タク」では,さらに"向富坂"(東富坂)を上る.今の東富坂の南の小道が,もともとの向富坂.
"謡好きの侍がどこかで飲んで、富坂の通りを、「これは唐土ヒェッかね金山ヒェッ……」"(謡好き・しゃくり・剣菱)
富坂 0908
小石川の閻魔 こいしかわのえんま 白銅(講明治大正7:45) など 3件1題 (東京3件) 文京区小石川2-23 → 北村辞典.浄土宗源覚寺.眼病平癒を祈りこんにゃくを備えることから蒟蒻閻魔と呼ばれる.賽銭箱にも"め"の文字.「白銅の女郎買い」,小銭であつらえた蒟蒻だけで腹をくちくしようとするクスグリ 蒟蒻閻魔賽銭箱と奉納蒟蒻 0511
沢蔵主稲荷 たくぞうすいなり 狐つき(大文館, 新落語全集(1932)) 文京区小石川3-17 「狐付き」の稲荷づくし.伝通寺寺中慈眼院内の稲荷.伝通寺学寮で沢蔵主の姿で修行した稲荷は,門前の蕎麦屋にたびたび出向いた.神様なのに銭の代わりに葉っぱを使ったとは剽軽者 沢蔵主稲荷 0506
伝通院 でんづういん 鈴振り(弘文志ん生3:20) など 7件6題 (圓朝2件, 東京5件) 文京区小石川3-14 → 北村辞典.秀頼の妻千姫や家康の母於大の方(伝通院)の墓がある.浄土宗十八檀林の一,というわけで「鈴振り」で登場.
"その頃踊りの師匠に名人がございました。その名を坂東美津江といって小石川伝通院前におりました"(名人くらべ)
於大の方墓 0511
安藤坂 あんどうざか 円タク(講昭和戦前2:13) 1件1題 (東京1件) 文京区春日1〜2 江戸からある坂だが,現代の用例.伝通院から南へ下る.坂上の安藤飛騨守に由来 安藤坂 0511
江戸川 えどがわ 月謡荻江一節(角川円朝5:03) など 3件3題 (圓朝1件, 東京2件) 文京区 今の神田川の一部.大滝橋で神田上水を分けて,「敵討霞初島」に出てくるどんどん橋(船河原橋)で外堀に落ちていた.現在も江戸川橋などに名前が残っている.江戸川橋から西の関口にかけては桜の名所で新小金井と呼ばれる.
「提灯に一つも逢わぬ寒さかな」、江戸川辺りはいったい淋しい"(月謡荻江一節)
江戸川橋あたり 1204
武島町 たけしまちょう 錦魚の御拝謁(講明治大正2:54) など 2件1題 (東京2件) 文京区水道1,2 → 北村辞典.小石川の水道そば.名水があり,鯉がとれた.ここであがった金魚が物をいい,しまいには芸者になる「金魚のお目見え」      
服部坂 はっとりざか 真景累ヶ淵(角川円朝1:04) など 6件1題 (圓朝6件) 文京区小日向1〜2 → 北村辞典.「真景累ヶ淵」の発端,旗本(小普請組)深見新左衛門の屋敷がある.旗本の服部氏に由来.南へ下る急坂.
"唐真鍮の金色は錆びて見えまする。が、深彫りで、小日向服部坂深見新左衛門二男新吉、と彫りつけてある"(真景累ヶ淵)
服部坂 0511
水道町(小日向) すいどうちょう 朝友(講明治大正3:14) など 7件6題 (圓朝4件, 東京3件) 文京区小日向2 → 北村辞典.神田上水の管理にあたる.「今戸の狐」に出てくる小石川水道町は,江戸時代金杉水道町と呼ばれたもので,今の春日1,2丁目.水道端は「牡丹燈籠」など.
"水道町の仕事の帰りに勘定を取って、相変らず一口やった揚句の果て、桜の馬場の葭簀張、明き茶屋でうとうと寝入ると、ぶちまけるような大夕立"(後の業平文治)
     
水屋敷 みずやしき 釜どろ(立名人名演03:06) 1件1題 (東京1件) 文京区関口1 水番屋.大洗堰(大滝橋)の南あたりにあった.江戸城方面への水の分配を管理.碑があるという      
目白の鐘 めじろのかね 野晒し(騒人名作11:14) など 5件3題 (圓朝2件, 東京3件) 文京区関口2 → 北村辞典.目白不動の新長谷寺(しんちょうこくじ)前に時の鐘があった.戦災を受けた寺は,高田の金乗院に合併し,目白不動は現存.
"ちょうど聞こえるのは目白の九ツの鐘ボーンー「提灯に一つも逢わぬ寒さかな」"(月謡荻江一節)
     
鼠坂 ねずみざか 吉凶風車(続本草堂江戸噺, 相模書房 (2007)) 文京区音羽1-10, 13 古典落語には出ない地名.小日向から西へ音羽に下る急坂.今でも一部が階段.森鴎外に「鼠坂」と題する小説がある 鼠坂 0711
清巌寺 せいがんじ 政談月の鏡(角川円朝2:05) 1件1題 (圓朝1件) 文京区小日向2-7 → 北村辞典.曹洞宗清巌寺.小日向台町から豊島区西巣鴨4-8へ移転.
"小日向に参りましたのは、祖父祖母の葬ってある寺は小日向台町の清巌寺で有りますから参詣を致し"(政談月の鏡)
     
切支丹坂 きりしたんざか 怪談牡丹燈籠(角川円朝1:01) 1件1題 (圓朝1件) 文京区小日向1-16あたり → 北村辞典.茗荷谷の地下鉄車庫のガードから西へ上る坂.坂上右手に宣教師シドッチが収容された切支丹屋敷があった.
"孝助は新五兵衛と同道にて水道橋を立ち出で切支丹坂から小石川にかかり、白山から団子坂を下りて谷中の新幡随院に参り"(怪談牡丹燈籠)
切支丹屋敷跡 0511
極楽水 ごくらくみず 敵討札所の霊験(角川円朝2:03) など 2件2題 (圓朝2件) 文京区小石川4-16 → 北村辞典.小石川宗慶寺にわく湧水.共同印刷のグラウンドに泉弁天がかろうじて残っていた.今はマンションとなり,自由通路に小ぶりの弁天が祀られる.圓朝は"ごくらくみず"としているが,銘板でも地元の人も"ごくらくすい"と唱えていた.
"小石川極楽水自証院の和尚に逢って、丁度親父の祥月命日、いささか志を出して、何うかお経を上げて下さいという"(敵討札所の霊験)
極楽水あと弁財天 0511
白山御殿 はくさんごてん 首提灯(青圓生03:10) など 3件1題 (東京3件) 文京区白山3 小石川養生所を経て,現在の東大小石川植物園.入場有料.敷地内に養生所の井戸が残る.その他,ニュートンのリンゴやメンデルのブドウなど 小石川養生所の井戸 0908
御殿坂 ごてんざか 敵討札所の霊験(角川円朝2:03) 1件1題 (圓朝1件) 文京区白山3 → 北村辞典.小石川御殿脇を南へ下る.新作の「写楽と京伝」に登場する蓮華寺坂につながる.
"下谷へ出まして本郷へ上り、それから白山へ出て、白山を流して御殿坂を下り、小石川極楽水自証院の和尚にあって"(敵討札所の霊験)
御殿坂 1102
本念寺:蜀山人墓 しょくさんじんはか 蜀山人(講明治大正6:13) 1件1題 (東京1件) 文京区白山4-34 四方赤良,蜀山人こと大田南畝の墓.寛延2〜文政6年(享年74).小石川の法華宗本念寺に墓がある 南畝大田先生之墓 0602
追分(駒込) おいわけ 阿武松(青圓生08:05) など 6件3題 (東京6件) 文京区弥生1 → 北村辞典.中山道と岩槻街道の追分.角地にある高崎屋は,宝暦年間創業の老舗酒屋.本郷の追分の用例ばかりで駒込の追分では出てこない 駒込の追分 0608
弥生町 やよいちょう 宿屋の富(三一談志4:18) 1件1題 (東京1件) 文京区弥生 水戸藩中屋敷あとにできた町.向ヶ丘弥生町.弥生式土器の発見地で,弥生2-11に碑も建てられた 弥生式土器発掘ゆかりの地碑 0509
宮永町 みやながちょう 時そば(立名人名演08:16) 1件1題 (東京1件) 文京区根津1,2 北に隣接する八重垣町とともに根津権現に由来.八重垣町には明治になり根津遊廓が設けられたが,東大設置を控えて洲崎に移転した 根津宮永町旧町名板 0905
藍染橋 あいそめばし 心中時雨傘(上)(弘文志ん生8:26) 1件1題 (圓朝1件) 文京区千駄木2-35あたり 文京区と台東区の境.谷田川の末,藍染川にかかっていた.神田の藍染川と同様に染色業者が多かったことに由来するという.川跡の道は,この南にかけてくねくねと屈曲していて,へび道と呼ばれている 愛染橋銘板 1104
団子坂 だんござか 菊模様皿山奇談(角川円朝4:01) など 12件11題 (圓朝7件, 東京5件) 文京区千駄木2〜3 → 北村辞典.千駄木2,3丁目の間を西へ上る.菊人形と薮蕎麦(松と藤芸妓の替紋)で有名.薮蕎麦のあかりがちらちら見える中,車夫の徳蔵は刺殺される.
"一生懸命にとっとと団子坂の方へ逃げて、それから白山通りへ出まして、駕籠を雇い板橋へ一泊し"(菊模様皿山奇談)
団子坂 0811
根津権現 ねづごんげん 心中時雨傘(角川円朝7:05) など 11件7題 (圓朝7件, 東京4件) 文京区根津1-28 → 北村辞典.根津神社.5代綱吉が今の社殿を造営.建築は国重文.6代家宣の胞衣塚がある.ツツジの名所.門前は牡丹燈籠の下駄の音が響いたところ.
"黒木綿の紋付に小倉の襠高袴をはいて、小長い大小に下駄穿きでがらがらやって来まして、ちょうど根津権現へ参詣して、惣門内を抜けて参りました"(敵討札所の霊験)
徳川家宣胞衣塚 0904
大円寺 だいえんじ お婆さん江戸を行く(東峰今輔:12) 1件1題 (東京1件) 文京区向丘1-11 大円寺ではなく円乗寺に八百屋お七の墓がある.史実はともあれ火事が悪縁で吉祥寺の小姓の吉三と恋仲になった八百屋お七は,火の見櫓を登る踊りに「お七」に「くしゃみ講釈」にと活躍.天和3(1683)年,火あぶりの刑.享年17 八百屋お七墓 0612
大円寺:焙烙地蔵 ほうろくじぞう 夫婦幽霊(円朝芝居噺 夫婦幽霊, 講談社 (2007)) 文京区向丘1-11 古典落語には出ない地名.大円寺にある八百屋お七供養のための地蔵尊.焙烙を頭の上に備える.首から上の病に霊験 焙烙地蔵 0802
駒込の青物市場 こまごめのやっちゃば 菊模様皿山奇談(角川円朝4:01) など 3件3題 (圓朝3件) 文京区本駒込3 → 北村辞典.土物店.天栄寺(本駒込1-6)に説明の碑がある.天栄寺門前に自然発生的に葉物,根菜の市が立った.1937年に豊島市場に吸収されたとある.
"白山の駒込の市場へ参って、あすこで自分の物を広げるだけの場所を借りれば商いができます"(菊模様皿山奇談)
駒込土物店縁起碑 0802
鷹匠屋敷 たかじょうやしき 田端村夜興(続本草堂江戸噺, 相模書房 (2007)) 文京区本駒込3-18 御鷹匠同心屋敷.現在の駒込病院の地.工事中に動坂遺跡と呼ばれる縄文貝塚が見つかった.その銘板に鷹匠屋敷のことも書かれている.隣接する天祖神社裏口に写真の石柱がある 御鷹組中の銘がある石柱 1104
吉祥寺 きちじょうじ くしゃみ講釈(青金馬:14) など 33件18題 (東京28件, 上方5件) 文京区本駒込3-19 → 北村辞典.曹洞宗の名刹.八百屋お七と駒込の吉祥寺小姓の吉三との密会.お寺さんは〜駒込〜の吉祥寺♪.写真の碑は建て替えられており,今は,"お七吉三郎比翼塚"とある 吉祥寺お七吉三比翼塚 9001
駒込の富士 こまごめのふじ 松と藤芸妓の替紋(角川円朝3:08) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 文京区本駒込5-7 富士神社.石段のついた富士(古墳?)の上に社殿がある.その点で溶岩ゴツゴツの富士登山の醍醐味がない.山開きは盛大.
"駒込の富士前の方から帰って来たら、青物市場の所を通ると、犬が五、六匹来やがって足へ絡まって"(松と藤芸妓の替紋)
駒込の富士 0903
鶏声ヶ窪 けいせいがくぼ 三味線栗毛(弘文志ん生7:14) など 8件5題 (圓朝1件, 東京7件) 文京区本駒込1,2 → 北村辞典.下総古河藩土井家下屋敷に鶏の声が響き,金鶏が掘り出された.「三味線栗毛」は鶏声ヶ窪の酒井雅楽頭の下屋敷が舞台.酒井家下屋敷跡にあった鶏声の井舊跡 歌碑が白山5-13に移設されている.筒井津々いつの暁久みそめて鶏のハ声の名にやたつらん(松平楽翁).何のことやら.
"いずれの藩じゃ主名を申せ。はい、巣鴨傾城ヶ窪の吉田監物の家来下河原清左衛門と申す者でございます"(政談月の鏡)
鶏声の井舊跡碑 0511
一行院 いちぎょういん 熱海土産温泉利書(角川円朝2:04) 1件1題 (圓朝1件) 文京区千石1-14 → 北村辞典.浄土宗一行院.享保6年の大火で焼けたが,名僧徳本行者が再興したため人々が群集した.巨大な徳本の墓がある.徳本の念仏塔は独特の書体.
"ちょうど徳本行者が諸国をお巡りになり、今帰って巣鴨の一行院においでだから"(熱海土産温泉利書)
徳本墓 0511
猫又坂 ねこまたざか 新籠釣瓶(にっかつ談志:2) 1件1題 (東京1件) 文京区千石2,3 猫股坂.千石通りに向けて西へ下る坂.坂下の千川に猫貍橋の袖石が2本残る 猫貍橋袖石 0802
護国寺:三条実美墓 さんじょうさねとみはか 不貞妻(講明治大正2:30) 1件1題 (東京1件) 文京区大塚5 公家出身の明治の元勲.天保8(1837)年生まれ.太政大臣として天皇を補弼し,内大臣から総理大臣を兼務した.1891(明治24)年死去,国葬.享年53歳.墓は護国寺本堂の裏手.内大臣正一位大勲位三條公之墓.用例の「不貞妻」は,なんのことはない「風呂敷」のこと 三条実美墓 0712

掲載 051223/最終更新 121215

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