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愛媛県   
圓朝地名図譜
 途中峠が二つあります。法華津峠に鳥坂峠という。法華津のほうは何事もなく越しました。鳥坂へかかってくる……もう日も暮れかかり
 (三遊亭圓生(6) 「田能久」)
 東大落語会編,『圓生全集』 別巻上,青蛙房(1968)

 圓生は愛媛県の観光課に問い合わせたという.かつての速記の表記がまちまちなのはご愛敬.最近の速記でも誤っているのは不勉強

地名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
愛媛県 自白(レオ三枝5:03) など 4件4題 (東京2件, 上方2件) 愛媛県 1876〜1888年には香川県を併合した.
愛媛県の落語地名は松山から宇和島へ抜ける単純ルート.
"俺の親父、四国の愛媛県でな、大きなみかん園やってる言うて"(自白)
     
伊予 九州吹き戻し(三一談志5:03) など 2件2題 (東京1件, 上方1件) 愛媛県 旧国名.愛媛県の全域.
"廻れば讃岐。土佐、阿波、伊予と、四か国を見物"(九州吹き戻し)
     
松山 瘤弁慶(三一上方2:28) など 7件4題 (東京2件, 上方5件) 松山市 朝6時半,てっぺんの振鷺閣にある太鼓が鳴ると道後温泉本館は開業.上層に行くほど入浴料金が上がり,茶菓がつくようになる.
"伊予の松山に頭二つの子ができたというが"(瘤弁慶)
道後温泉本館 9902
松山:桜井町 新作落語(バラバラの名前, 廣済堂(1993)) 松山市桜谷町か 「新作落語」とはいうものの,実は小説.松山市の桜谷町(さくらだにちょう)か.この読みが"さくらやちょう"ならば都合がいいのだが.伊佐爾波神社(湯月八幡,桜谷町)は湯築城の鎮守で,宇佐,石清水八幡と並ぶ八幡造り.近くには遊廓跡の朝日楼の遺構.
"「松山市」「桜井町」"(新作落語)
伊佐爾波神社参道 0509
松山刑務所 くもんもん式学習塾(レオ三枝5:01) 1件1題 (上方1件) 東温市(旧温泉郡重信町見奈良1243) 伊予鉄道見奈良が最寄り駅.公道からの撮影すら禁ずるような立看板がやたら高圧的.
"いろいろありますが、この頃、松山の待遇がええそうです"(くもんもん式学習塾)
松山刑務所入口 0003
大洲 田能久(青圓生11:10) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 大洲市 大洲藩6万石,加藤家の支配.臥龍山荘は藩主の庭園.大洲城の苧綿櫓などは重文.大洲は,圓生(6)も出演したNHKの連続ドラマ,「おはなはん」の舞台.放送30年後でも売りにしていた.
"大洲、吉田なんという所は、人口の多い土地"(田能久)
大洲城苧綿櫓 9902
鳥坂峠 田能久(講明治大正4:32) など 15件1題 (東京15件) 大洲市〜西予市宇和町 田能久は,宇和島から徳島へ戻る途中,法華津峠は無事越えたが,鳥坂峠でウワバミとであう.宇和側の登り口には鳥坂番所があった.国道56号から近く,実際に行ってみるとさのみ深い峠でない.
"夢中で戸坂の峠へ降りて、麓へ来た時には夜が明け切りました"(田能久)
鳥坂峠の石仏群 9902
法華津峠 田能久(講明治大正4:32) など 11件1題 (東京11件) 西予市宇和町〜宇和島市(旧北宇和郡吉田町) 西村清雄の"山路超えてひとり行けど……"の賛美歌碑が立つ.息をのむような宇和海の景色が広がる.予讃線車窓から南側の登り口が見えるが,そこから峠までは遠い道のり.
"徳島へ帰りますところに、保月峠というところがございます"(田能久)
法華津峠 9902
卯之町 駅名読み込み川柳大会(牧野駅名:1) 1件1題 (東京1件) 西予市宇和町卯之町 十二支のつく駅名,予讃本線.宇和町の中心で,白壁格子の宿場,造り酒屋,開明学校などがある.
"卯之町から政治の中心宇和島へ"(駅名読み込み川柳大会)
卯之町の町並み 0509
吉田 田能久(講明治大正4:32) など 2件1題 (東京2件) 宇和島市(旧北宇和郡吉田町) 田能久が宇和島から徳島へ戻る途中にある吉田藩3万石.ここから先が山道になる.国安の郷(有料)に吉田の町なみを再現.
"吉田の町から近村を残らず煙管を持っている人をつかまえて脂を取る"(田能久)
商家法花津屋 9902
宇和島 毛せん芝居(弘文志ん生8:30) など 19件3題 (東京19件) 宇和島市 伊達政宗の流れをくむ宇和島藩10万石の城下.宇和島お家騒動は講談の素材.「毛氈芝居」1件のほかは,すべて「田能久」の用例.
"途中でご難をしてしまいまして、十八里の山を越して、そして、宇和島の土地ィ出てきた"(毛せん芝居)
宇和島城天守閣 9902

掲載 021227/最終更新 150817

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