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葛飾区   
駕籠を一挺雇ひ、四ツ手駕籠に桐油をかけて、新「何卒(どうぞ)龜有まで遣つて、龜有の渡を越して新宿泊りとしますから、四ツ木通りへ出る方が近いから、吾妻橋を渡つて小梅へ遣つてくんねえ。
 (三遊亭圓朝(1) 「眞景累ヶ淵」)
  鈴木行三編,『圓朝全集』 第一巻,春陽堂(1926)

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
猿ヶ股 さるがまた 月謡荻江一節(角川円朝5:03) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 葛飾区水元1,2,5 → 北村辞典.寛延2(1749)年,利根川の洪水.このとき猿ヶ股の堤防が切れたという用例.
"この時は猿ヶ股がきれる、葛西領の下平井の渡と砂村の間の土手がきれる、柳島亀井戸辺は一面の水になりました"(月謡荻江一節)
     
半田稲荷 はんたいなり お節徳三郎(下の巻)(講明治大正1:10) など 2件2題 (東京2件) 葛飾区東金町4-28 → 北村辞典.稲荷だが疱瘡神として有名.半田稲荷の幟をもった願人坊主が江戸の町を徘徊した."葛西金町半田の稲荷,麻疹も軽いが疱瘡も軽い".「お節徳三郎」が前半,「八五郎坊主」に後半に似た文句 半田稲荷 0604
金町 かなまち 後開榛名の梅が香(角川円朝5:04) など 3件3題 (圓朝1件, 東京2件) 葛飾区金町,東金町 → 北村辞典.「安中草三」では,四つ木→亀有の渡→金町→流山→花輪の道中.
"四ツ木の舟通りより亀有の渡を渡り、金町へ出て流山から花輪村へかかり"(後開榛名の梅が香)
     
柴又 しばまた 高砂や(弘文柳枝:12) など 3件3題 (東京3件) 葛飾区柴又 次項柴又の帝釈天と「フーテンの寅さん」で全国区の知名度.駅前には渥美清像,参道には山田洋次の碑,団子屋や川魚料理店が軒を連ねる 帝釈天参道 0908
柴又の帝釈天 しばまたのたいしゃくてん 粟田口霑笛竹(角川円朝2:01) など 12件11題 (圓朝3件, 東京9件) 葛飾区柴又7-10 → 北村辞典.日蓮宗経栄山題経寺.帝釈さまのお堂前には枝を伸ばした瑞龍松.外廊を埋め尽くした彫刻が印象に残っている.今はアクリルガラスで囲われ,拝観有料.
"下総の矢切村に私の乳母がおりまするとのことゆえ、それを尋ねてまいります道で、帝釈さまの手前の土手のところに駕籠屋がおりまして"(粟田口霑笛竹)
柴又の帝釈天 0908
高砂 たかさご 高砂や(弘文柳枝:12) 1件1題 (東京1件) 葛飾区高砂あたり 「高砂や」では駅名,柴又乗り換えのくすぐり.葛飾区の高砂は佳名で古典落語には使えない.旧名の曲金は粟田口霑笛竹 1件1題      
新宿の渡 にいじゅくのわたし 八景隅田川(角川円朝7:01) 1件1題 (圓朝1件) 葛飾区亀有〜新宿2 → 北村辞典.水戸街道,亀有から新宿へ渡す.現在の中川橋あたり.明治期の1884年に初めて架橋された.最近,すぐ南に太い橋が架けられ,旧街道を示す東側のクランクも解消されてしまった.新宿は,鉄道忌避でかつての繁栄は偲びようもない."にいじゅく"の読みすらおぼつかない.
"引船で亀有まで行って、新宿の渡しを越えて木賀崎まで行けば知れる気遣いはない"(八景隅田川)
新宿の渡あと中川橋 1305
亀有 かめあり 真景累ヶ淵(角川円朝1:04) など 5件2題 (圓朝5件) 葛飾区亀有 → 北村辞典.もともとは亀無といったとの説明がある.その程度.
"どうか亀有までやって、亀有の渡を越して新宿泊りとしますから"(真景累ヶ淵)
     
青戸 あおと 蝦夷なまり(角川円朝3:10) 1件1題 (圓朝1件) 葛飾区青戸あたり → 北村辞典.京成青砥駅があり,青砥藤綱の館跡もある.話としては面白いが,青砥左衛門尉とは無関係.「蝦夷なまり」にあるよう大戸(おおど)ともいった.
"武州東葛西の青戸村へ尋ねて参りました。葛西ではアオト村とはいいません、オウド村と申します"(蝦夷なまり)
     
奥戸新田 おくどしんでん 権助芝居(講昭和戦前2:04) 1件1題 (東京1件) 葛飾区奥戸あたり 奥戸の一部.新田開墾により分離.現在の奥戸2,4〜9,新小岩4,東新小岩2,高砂1,細田1にあたるという      
箒塚 ほうきづか 橋場の雪(講明治大正4:01) など 2件2題 (東京2件) 葛飾区宝町 → 北村辞典.西光寺境内にあった宝喜塚に由来するとも,この地を支配した葛西氏(伯耆)の墓所によるともいう      
四つ木 よつぎ 真景累ヶ淵(角川円朝1:04) など 4件3題 (圓朝4件) 葛飾区四つ木あたり → 北村辞典.前項の葛西氏のうち,江戸初期の葛西三郎清重の墓は,西光寺の脇(四つ木1-23)にあり,細身の五輪塔.
"亀有の渡を越して新宿泊まりとしますから、四ツ木通りへ出る方が近いから、吾妻橋を渡って小梅へやってくんねえ"(真景累ヶ淵)
葛西三郎清重の墓 0908
堀切 ほりきり 粟田口霑笛竹(角川円朝2:01) など 10件7題 (圓朝4件, 東京6件) 葛飾区堀切 → 北村辞典.堀切といえば菖蒲畠.江戸から近く,絶好の散策地だった.八つ橋畑(粟田口霑笛竹)は,菖蒲畠にかかる木橋を指すか.菖蒲園の一,堀切園が現在の区立堀切菖蒲園につながる.入園無料.6月は特別に早朝から開園する.歌碑は,花菖蒲かがやく雨の走るなり(中村汀女)
"伊兵衛という固い番頭をつけて、伊之助を堀切の別荘に押し込めて置きました"(粟田口霑笛竹)
堀切菖蒲園 0906
小菅御殿 こすげごてん 首提灯(楽々凄艶妖怪下:21) 1件1題 (東京1件) 葛飾区小菅1あたり 江戸時代には将軍鷹狩のための休息所,保養の御殿が設けられていたが,落語としては跡地を利用した小菅監獄,刑務所(現在は東京拘置所)の用例の方が多い.銀座の煉瓦は小菅監獄製 関東郡代伊奈屋敷稲荷 0904

掲載 051012/最終更新 131202

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