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山梨県   
圓朝地名図譜
 身延山へお參りをしても、七面山は女にやア無理だから下で御免を蒙むる方が宜い。鰍澤の船を氣を着けな。
 (桂文樂 「法華豆腐」)
  今村信雄編,『名作落語全集』 第六巻,騒人社(1930)
 
地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
山梨県 鰍沢(講明治大正7:37) など 11件5題 (東京11件) 山梨県 県東部から出発し,勝沼まで進んだ後,いったん富士山をひとめぐりして甲府に戻る.さらに身延方面へ下ってゆく.
"今は山梨県と申しますが、中々山有県で"(鰍沢)
     
甲斐 いが栗(騒人名作04:18) など 46件25題 (圓朝5件, 東京35件, 上方6件) 山梨県 下記郡内は甲斐絹のパッチの産地.
"ある旅人が甲州の山中へ入って道を踏み迷い、人に尋ねたくも樵夫一人通りません"(いが栗)
     
郡内 沢村田之紀(不二演藝画報復刻:13) 1件1題 (東京1件) 山梨県 山梨県の東部.郡内縞の夜具布団など用例はカウントしなかった.小仏峠にウワバミが出るバージョンでの田之紀の公演先.
"この夏休みの間、郡内から買いに来ているので"(沢村田之紀)
     
上野原 沢村田之紀(不二演藝画報復刻:13) 1件1題 (東京1件) 上野原市(旧北都留郡上野原町) 河岸段丘の"上の原".上野原駅から急坂を上って本来の町へ入る.宿として残るのは本陣跡ぐらい.天然記念物の大ケヤキの町をうたっている.前項,郡内地方の中心地.
"上野原から八王子へ乗り込むこととなり"(沢村田之紀)
上野原宿本陣の門 0405
野田尻 鼠小僧闇路初旅(にっかつ談志:4) 1件1題 (東京1件) 上野原市(旧北都留郡上野原町野田尻) 甲州街道の宿.上野原発のバス終点からさらに徒歩.本陣跡などが表示されている.次の宿の犬目までは歩いて行くしかないが,途中には座頭転ばしと呼ばれる難所があった.
"野田尻ぢゃァ、庄屋の檀那寺へ火を掛けて祠堂金を盗みだした"(鼠小僧闇路初旅)
西光寺裏の旧甲州街道 9901
犬目 鰍沢(講明治大正7:37) など 5件2題 (東京5件) 上野原市(旧北都留郡上野原町犬目) 「鰍沢」で身延参りの主人公が,雪に道を迷い尋ねるのが犬目(いぬめ)の方向.読みの似た伊沼(いぬま,別項)の方が身延に近いが,特に伊沼と改める理由もない.鉄道からはずれて閑散とした甲州街道犬目宿には,中央線四方津(しおつ)からのバスも日に数本しか来ない.
"ここから犬目へはどう出ましてよろしゅうございますかナ。そうですネ、どちらへ行ってよいのですか分かりません"(鰍沢)
犬目バス停 9901
猿橋 駅名読み込み川柳大会(牧野駅名:1) 1件1題 (東京1件) 大月市猿橋町猿橋 十二支のつく駅名,猿橋(さるはし)駅.1902年の開業時は,"えんきょう"と称した.もちろん,日本三奇橋の一の猿橋に由来.猿が手伝ったといわれる造形.再建して現存.
"猿橋は猿が渡った蔓の夢"(駅名読み込み川柳大会)
猿橋 9801
大月 猫の皿(大日本図書館10:02) 1件1題 (東京1件) 大月市 駅からひときわ目立つ岩殿山は,戦国期武田勝頼家臣の小山田信有の山城.内通により滅ぼされた.
"これから、大月にかかろうという小さな茶店でひと休み"(猫の皿)
岩殿城址 0802
初狩 鼠小僧闇路初旅(にっかつ談志:4) 1件1題 (東京1件) 大月市初狩町中初狩,下初狩 初狩小学校前の歩道橋下に芭蕉句碑 葎塚がある."山賤の頤とづる葎哉".初狩駅は,かつてスイッチバック駅で,踏切もない名残の貨物用配線を越えて改札口に向かう.
"勝沼、初狩、浅川、と、破った土蔵は数知れず"(鼠小僧闇路初旅)
芭蕉句碑 葎塚 0802
笹子峠 無精風呂(国書レコード:48) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 大月市〜甲州市(旧東山梨郡大和村) 甲州街道の難所.笹子餅が名物.現在は笹子トンネルが開通し,この隧道も用を終えた.この上を旧道は通っている.
"暗いとも、夜も十二時過ぎると狼が出るゾ。笹子峠だねまるで"(無精風呂)
笹子隧道 9801
初鹿野 鼠小僧闇路初旅(にっかつ談志:4) 1件1題 (東京1件) 甲州市(旧東山梨郡大和村初鹿野) 初鹿野の駅名は甲斐大和になってしまった.バス停も近いので高速バスで行くのも面白い.
"此の先、初鹿野まで参りますにも、金が頼り"(鼠小僧闇路初旅)
初鹿野を望む 9801
天目山 真田小僧(講明治大正3:53) など 10件2題 (東京10件) 甲州市(旧東山梨郡大和村木賊天目) 天正10(1582)年,天目山の戦により,武田氏は滅亡した.天目山は甲斐大和駅からかなり歩く.景徳院に武田勝頼生害石がある.「真田小僧」では真田雪村は薩摩へ落ちたという.
"なんでも武田勝頼が、天目山で討ち死にをした時なんだ"(真田小僧)
武田勝頼墓 0011
大菩薩峠 鼠小僧闇路初旅(にっかつ談志:4) 1件1題 (東京1件) 塩山市〜北都留郡小菅村 甲州の裏街道.口惜しいことに峠そのものは,手前の稜線にわずかに隠されている.
"向うのが、……大菩薩峠か"(鼠小僧闇路初旅)
大菩薩嶺 9801
川浦村 吾妻の猪買い(定本 九州吹戻し, 新人物往来社(2001)) 山梨市(旧東山梨郡三富村川浦) 雁坂峠をこえて秩父に通じる.口留番所の番屋と門が復元された.
"雁坂峠を越えて行くと甲斐国山梨郡川浦村へ出る重要な場所でございます"(吾妻の猪買い)
川浦口留番所 0807
勝沼 鼠小僧闇路初旅(にっかつ談志:4) 1件1題 (東京1件) 甲州市(旧東山梨郡勝沼町) 市街は勝沼ぶどう郷駅から離れている.一人で乗るには恥ずかしいブドウ型の観光用バスが走っている.甲州ワインの中心地で,どこもかしこもブドウ畑.
"勝沼、初狩、浅川、と、破った土蔵は数知れず"(鼠小僧闇路初旅)
勝沼市街を望む 0807
北口 富士詣り(騒人名作06:17) など 2件1題 (東京2件) 富士吉田市 富士登山の北口,富士吉田口を指す.こちら側が本来の登山路で,「富士詣り」でも北口から登る.
"昔江戸の道者は皆甲州へ行って、北口から登山いたしましたが"(富士詣り)
北口浅間神社富士登山道入口 0011
一の鳥居 富士詣り(騒人名作06:17) など 2件1題 (東京2件) 富士吉田市 北口登山路.金鳥居がかつて一の鳥居.昔はじゃまな建物もなく,きれいに見通せたのだろう.
"ここは何てえ所だえ。一の鳥居という所だが"(富士詣り)
金鳥居 0011
馬返 富士詣り(騒人名作06:17) など 2件1題 (東京2件) 富士吉田市 北口登山路.中の茶屋までは5月の連休だけバスが出ていたが,利用者は私だけだった.バスの終点から馬返までは遠い遠い.
"俗に馬返しといって、ここでみんな馬を返すんだ"(富士詣り)
馬返 0105
五合目 富士参り(講明治大正6:18) など 7件1題 (東京7件) 富士吉田市 「富士詣り」では吉田口から丁度五合目まで登って山酔い.連休のバスを使って馬返から五合目まで登って日帰りするのは,残雪も深くギリギリの行程.
"お前は山に酔ッたな。ヘエ、ここが五合目でございます"(富士参り)
吉田口五合目 藤森稲荷 0105
北山 煮売屋(新和上方復刻:14) 1件1題 (上方1件) 山梨県か 腹が減ったのではなく,富士の北という.不明.
"富士山の近くに北山と言うのがある、「どやな腹も北山しぐれ」てな事を言う"(煮売屋)
     
上九一色 「面接試験」(落語のごらく 1, 私刊 (2005)) 甲府市,南都留郡富士河口湖町(旧西八代郡上九一色村) 上九一色(かみくいしき).書き落語の新作のみ.一つの村が2つに分かれて別々の自治体と合併した珍しいケース.毒ガスサリンを製造して無差別殺人を行ったオウム真理教の本拠地があった.本栖湖の富士は千円札の図柄.
"人並みに驕れる者は久しからず、カミクイッシキ、オームなく"(「面接試験」)
本栖湖 1001
甲斐善光寺 血脈(講明治大正7:07) 1件1題 (東京1件) 甲府市善光寺町 武田信玄が信濃から秘仏を移したという.こちらの善光寺にも戒壇巡りがある.最寄りは身延線善光寺駅.
"甲斐国、ここへ善光寺を立てて歿くなりました"(血脈)
甲斐善光寺 0801
甲府 甲府い(弘文柳枝:24) など 30件14題 (圓朝3件, 東京27件) 甲府市 城下町だが,かふふと綴ると情けない.と書いたら甲府駅構内に旧煉瓦倉庫や.
"かふふ来の鐘"が展示されるようになった.かふふおまゐりぐわんほどき.
"「甲府イー」"(出世の島台)
かふふ驛構内図 0802
甲府:桜町 鍋蓋(講明治大正5:22) 1件1題 (東京1件) 甲府市丸の内1,中央2,4 桜町(さくらちょう).中央2〜4にかけての南北路.繁華街で寄席や芝居があった.
"山梨県のエー……甲府桜町の稲積亭と申す席亭へ頼まれまして……よんどころなく興行にまいりました"(鍋蓋)
桜町商店街 0802
清里 死に神remix(京極噺六儀集, ぴあ (2005)) 北杜市(旧北巨摩郡高根町清里) 清里町は北海道にあるが,ペンションの清里として高根町の清里の知名度の方が抜群.今は北杜市,謂われがないため知名度ゼロ.それが証拠に誰も読めない.再び北海道北斗市とバッティングしてしまった.写真は清里の象徴とも言える清泉寮を運営するKEEP協会創始者の銅像.
"最初は、これでもしあわせ亭夢八という、清里のペンションのような名前を名乗っておったのでございます"(死に神remix)
清泉寮ポール・ラッシュ像 0807
昌福寺 鰍沢(青圓生08:07) など 4件1題 (東京4件) 南巨摩郡富士川町(旧増穂町青柳町483) 「鰍沢」,一連の身延巡りの行程.まずは,青柳の昌福寺.虫切り加持を行う.
"青柳の昌福寺へお詣りを致しまして、それから小諸山"(鰍沢)
昌福寺 1407
法論石 鰍沢(青圓生08:07) など 5件1題 (東京5件) 南巨摩郡富士川町(旧増穂町小室) 懸腰寺.小室山への途中.土地の法印との間で法論が起きた際,空中に石を留めた地.法論石は地面から床板を越えて堂内に顔を出している.床下の柱には圓生(4)の署名の墨あとが残っている.
"法論石を出ましたのが、今の時間でいう午後二時頃でございましょうか"(鰍沢)
法論石 1407
小室山 鰍沢(騒人名作06:14) など 13件2題 (圓朝3件, 東京10件) 南巨摩郡富士川町(旧増穂町小室3063) 妙法寺.犬が身代わりになって食べた饅頭の毒を護符で消した日蓮聖跡.この毒消し護符は薬事法にひっかからないが,同じく歴史ある赤膏はダメとのこと.丑の刻詣りが合法なのと裏返し.ここの護符をもらっておいたおかげで,月の輪お熊に盛られた玉子酒の毒を消せた.
"そのうちに心づいたのが、小室山から受けてきた毒消しの御符"(鰍沢)
妙法寺山門 1407
鰍沢 鰍沢(講明治大正7:37) など 23件4題 (圓朝2件, 東京21件) 南巨摩郡富士川町(旧鰍沢町) 富士川水運の拠点.口留番所があった.船に気をつけろばかりで,身延参りに船旅の場面は出てこない.
"あの鰍沢の舟というものは『乗るも馬鹿、乗らぬも馬鹿』という譬がある"(鰍沢)
鰍沢口留番所跡 9801
釜ヶ淵 鰍沢雪の酒宴(講明治大正1:05) など 5件1題 (圓朝1件, 東京4件) 南巨摩郡富士川町(旧鰍沢町) 鉄砲に狙われた「鰍沢」の主人公が飛び込んだ富士川の急流.
"東海道名代の岩淵へ落とす水勢矢を射るごとく鰍沢の釜ヶ淵というところで、ドウドッと押し流しています"(鰍沢雪の酒宴)
     
蟹谷淵 鰍沢(青圓生08:07) など 2件1題 (東京2件) 南巨摩郡富士川町(旧鰍沢町) 圓生全集の新装合本では釜ヶ淵から蟹谷淵に改められた.
"ずわァッ……という急流、切ッ削いだような崖……ところも名代の釜が淵"(鰍沢)
蟹谷橋バス停 9801
切石 笠と赤い風車(毎日三百年3:14) 1件1題 (東京1件) 南巨摩郡身延町(旧中富町切石) 切石,八日市,下山は新作の道中付け.富士川往還の両側に細く集落が続く.
"身延道を鰍沢、切石、八日市、下山と行く方法と"(笠と赤い風車)
切石 0103
八日市 笠と赤い風車(毎日三百年3:14) 1件1題 (東京1件) 南巨摩郡身延町(旧中富町八日市場) 域内に真言宗大聖寺がある.
"身延道を鰍沢、切石、八日市、下山と行く方法と"(笠と赤い風車)
八日市 0103
伊沼 鰍澤(弘文志ん生2:16) 1件1題 (東京1件) 南巨摩郡身延町(旧中富町伊沼) 「鰍沢」では道に迷った旅人が犬目を尋ねる例が多い.犬目は確かに見当違いだが,伊沼に改めるのもこしらえすぎ.写真の上伊沼は遥か高台にある.
"伊沼へ出て宿をとろうと思ったのが、どうも、雪のために、道に迷っちまいまして"(鰍澤)
上伊沼を望む 0103
下山 笠と赤い風車(毎日三百年3:14) 1件1題 (東京1件) 南巨摩郡身延町下山 鰍沢からここで船を下り,身延へ参拝する.本国寺正面に日蓮ゆかりのオハツキイチョウがある.
"身延道を鰍沢、切石、八日市、下山と行く方法と"(笠と赤い風車)
本国寺 0103
身延山 鰍沢雪の酒宴(講明治大正1:05) など 51件16題 (圓朝6件, 東京43件, 上方2件) 南巨摩郡身延町 身延山久遠寺.身延の案内は,圓朝の「火中の蓮華」に詳しい.巨大な三門は1907年の再建.「鰍沢」に「甲府い」,「法華長屋」.
"江戸にも居られねエからと言うので一層罪滅ぼしのために身延へ参詣をしようテエので"(鰍沢雪の酒宴)
久遠寺三門 0101
身延山:五重塔 め組の喧嘩(にっかつ談志:3) 1件1題 (東京1件) 南巨摩郡身延町 御真骨堂内の五重の塔ではなく身延山頂への道にあったもの.再建の動きがあるらしい.
"甲州身延山で五重の塔が建て替えになり足場を掛けに参ります"(め組の喧嘩)
     
七面山 転宅(立名人5:) など 7件4題 (圓朝1件, 東京6件) 南巨摩郡身延町,早川町 身延山頂の展望台から望める.山腹の敬慎院に参籠する.枕に使う柱をコツンとやって参籠者を起こすとか.
"甲州の身延へ回って、七面山のお砂がいただきたいね"(転宅)
七面山を望む 0101
南部 笠と赤い風車(毎日三百年3:14) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 南巨摩郡南部町 富士川の通運の中心地.東北南部氏のルーツ.火祭りは盆の行事.河川敷で燈籠流しや玉入れのような投げ松明,百八たいが行われ,臨時列車も出る.
"北へ上って万沢、南部、身延と十三里行くのとがございました"(笠と赤い風車)
南部の火祭り看板 0903
万沢 笠と赤い風車(毎日三百年3:14) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 南巨摩郡南部町(旧富沢町万沢) 万沢(まんざわ).甲駿境の口留番所があった.
"北へ上って万沢、南部、身延と十三里行くのとがございました"(笠と赤い風車)
万沢口留番所跡 0103
荒井 妲妃のお百(にっかつ談志:1) 1件1題 (東京1件) 山梨県か 不明.妲妃のお百の出身地.
"甲斐国巨摩郡荒井無宿の彦五郎という金箔附の大泥棒"(妲妃のお百)
     

掲載 060114/最終更新 150817

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