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新潟県   
圓朝地名図譜
「おいそ、参れ」
 と連れ出したのが、歌と市振(新潟県)のあいだ、一里半の難所親不知。波うちぎわで一ぷく吸いながら……
 (林家正蔵(8) 「年枝の怪談」)
  東大落語会編,『林家正蔵集』 下巻,青蛙房(1974)
 
中部地方
地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
北国 山崎屋(講明治大正7:04) など 21件8題 (圓朝1件, 東京16件, 上方4件)   北国(ほっこく).都から見た北陸地方の古い呼び名で,夜通しかかって"きたぐに"で行けた.車内で北国新聞を広げていても風俗情報紙ではない.
"北国………ハハアお国詰だの、北国、北の国と………アア加賀様かえ"(山崎屋)
     
北陸 国勢調査(白川小春団治:05) など 5件4題 (圓朝1件, 東京2件, 上方2件) 富山・石川・福井県 富山・石川・福井の3県.新潟県を含むこともある.
"雪のよう降る寒い国やそうで(中略)では北陸地方ですかなア"(国勢調査)
     
日本アルプス 弥次郎(三一談志3:05) など 2件2題 (東京2件) 新潟・富山・長野・岐阜・山梨・静岡県 日本の背骨,飛騨山脈(北アルプス),木曽山脈(中央アルプス),赤石山脈(南アルプス)の総称.鎌倉アルプスを含むこともある.
"樺太に日本アルプスがあるのかい?"(弥次郎)
     
北アルプス アナウンサーのテスト(新風金語楼3:46) 1件1題 (東京1件) 新潟・富山・長野・岐阜県 飛騨山脈.北アルプスでは小雪という天気予報のアナウンス原稿.無理問答,一つでも北アルプスとはこれいかに,合併すれば南アルプス市と言うがごとし.
"北アルプスでは小雪が降るおそれがあるかもしれません。天気予報を終ります"(アナウンサーのテスト)
     
新潟県
地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
新潟県 ご対面は涙々のポタージュスープ(レオ三枝1:08) 1件1題 (上方1件) 新潟県 下越地方,村上からスタートし,弥彦で一度佐渡へ寄り道してから,再び高田から県境の親不知に南下する順で新潟県の落語地名を紹介する.
"それで出身はどこだ?新潟県です"(ご対面は涙々のポタージュスープ)
     
越後 狸の鯉(立志ん生滑稽:16) など 82件51題 (圓朝13件, 東京62件, 上方7件) 新潟県 旧国名."牡丹は持たねど越後の獅子は"とか,"頼まれれば越後から米つき"にといった用例.信濃者とならんで大食いの扱い.
"五円こしらえてくれ、なッ。越後から来る呉服屋に借りがあるんだ"(狸の鯉)
     
村上 ダジャレ会社(新風金語楼2:02) など 4件2題 (圓朝3件, 東京1件) 村上市 村上堆朱に鮭の酒びたし,氷頭なます.村上城からは市街が一望.
"村上むらへと流れ行く、相田だだ、相田田田、アァアィダダ……"(ダジャレ会社)
村上市街 0004
中条 写経猿(大日本図書館06:05) など 2件1題 (東京2件) 胎内市(旧北蒲原郡中条町) 中条(なかじょう).乙宝寺を舞台とする三遊亭圓窓作の「写経猿」に登場.中条町は合併して,現在は胎内市.中条駅から出ていた乙宝寺行きのバスは廃止されてしまった.
"そのお寺は現在でも、新潟県北蒲原郡中条町にあります"(写経猿)
     
乙宝寺 写経猿(大日本図書館06:05) 1件1題 (東京1件) 胎内市(旧北蒲原郡中条町乙1112) 三遊亭圓窓作の「写経猿」に登場.釈尊左眼や猿が写経した木皮経が寺宝.写真のように猿塚もある.
"今から千年前のこと。越後の中条に乙宝寺という寺がありました"(写経猿)
乙宝寺猿塚 0004
新発田 長者番付(青三木助:10) など 3件2題 (東京3件) 新発田市 新発田(しばた).新発田藩10万石.大手町4の角には堀部安兵衛生誕地碑がある.
"三井さんの先祖ッてのァねェ、越後の人なんだよ、新発田の浪人でね"(長者番付)
新発田城表門 0004
新潟 お富・与三郎“島抜け”(旺国馬生2:12) など 26件23題 (圓朝11件, 東京14件, 上方1件) 新潟市 政令指定都市となって市域は広い.本来の新潟は,駅のある沼垂(ぬったり)側から万代橋で信濃川を渡った北側.二之町や古町が噺に登場する.
"単衣のものこれで冬まで同じもの、新瀉の冬は寒うございますから"(お富・与三郎“島抜け”)
新潟市街 0809
新潟:白山公園 薮入り(講落語全集2:21) など 2件1題 (東京2件) 新潟市中央区一番堀通町 新潟の名所だった.オランダ風の回遊式庭園として明治初年に開設.新潟遊園碑は三条実美の筆,右の銅像は公園をつくった県令楠本正隆.
"船へ乗って新潟へ行って白山公園を見せて"(薮入り)
新潟遊園碑 0809
新飯田 敵討義侠の惣七(文明林 (1899)) 新潟市南区(旧白根市)新飯田 越後新潟などを旅回りしていた司馬龍生(三遊亭圓新)の人情噺が,新潟市内や新潟南部の新飯田(にいだ)を舞台とし,数十件の地名が登場する.実在の侠客,新飯田惣七の伝で,彼の出生から売り出し,敵に恨まれて殺されるまでを描く.今も縁者がおられ,惣七墓を案内していただいた.墓碑は摩耗しており,何も碑文を読むことができない.
"越後国蒲原郡新飯田村の侠客惣七の実伝でござります"(敵討義侠の惣七)
新飯田惣七墓 1606
西川町 ご対面は涙、涙のポタージュスープ(桂三枝創作落語大全集, メディアクラフト牡牛座 (2004)) 新潟市西蒲区(旧西蒲原郡西川町) 西川町では,桂三枝(文枝)に田んぼを提供して稲刈りイベントを行っている.西川中のそばに看板がある.ただ,近くの中学生に尋ねても全く知らなかった.
"新潟県の西川町にある、料理屋の娘だったんです"(ご対面は涙、涙のポタージュスープ)
桂三枝の田んぼ 0508
岩室 目黒の秋刀魚(立川談志遺言大全集 9, 講談社(2003)) 新潟市西蒲区(旧西蒲原郡岩室村) 岩室温泉で知られる町.新潟市と合併した.談志の名をつけた田んぼの説明.岩室駅から徒歩30分,夏井のはざ木展望施設のところにある.
"談志米と称する新潟米は西蒲原郡岩室村という温泉地で、家元自ら、お手植え"(目黒の秋刀魚)
談志の田んぼ 0809
弥彦 女中奉公(新風金語楼1:15) など 2件1題 (東京2件) 西蒲原郡弥彦村 女中志願者の出身地.村役場そばに(建設当時)日本一の弥彦神社の大鳥居.平野の中にあるので一段と目立つ.弥彦山(標高634m)には,ロープウェイが通じている.
"越後ノ国西蒲原郡弥彦村一万二千三百四十五番地でがす"(女中奉公)
弥彦神社大鳥居 1308
弥彦明神 八重葵噂天一(三友舎 (1892)) 西蒲原郡弥彦村弥彦 春錦亭柳桜の「八重葵噂天一」に登場.天一坊の実説.弥彦神社.背後にそびえる弥彦山がご神体で,祭神は天香山命.境内に津軽侯の寄進した火の玉石.持ってみてその重さで願いが叶うか判断する.
"越後で大きな山というと弥彦明神これは大山でございます"(八重葵噂天一)
弥彦神社 1308
国上寺:五合庵 良寛ものがたり(今だからこそ、良寛,考古堂書店 (2014)) 燕市国上 良寛さんの生涯を描いた新作落語.出雲崎から尾道の円通寺で修業し,国上寺の五合庵に落ち着いた.一日五合の米で暮らす.晩年は山を下りて乙子神社に住んだ.墓は長岡隆泉寺にある.
"沙門良寛 四十八歳 住まいを定めた五合庵"(良寛ものがたり)
国上寺五合庵 1606
佐渡 お富・与三郎“島抜け”(旺国馬生2:12) など 32件30題 (圓朝3件, 東京22件, 上方7件) 両津市,佐渡郡 2004年に町村合併し佐渡市.道遊の割戸は金山の露天掘跡.宗太夫坑は観光鉱山になっている.バスの便はないので,途中に整備された奉行所跡,露天掘りの道遊の割戸,水替人足墓など見どころはあるが,2時間歩くことになる.
"佐渡は島国でございます。天気のよい日はむこうに本土がスーッと見える"(お富・与三郎“島抜け”)
宗太夫坑入口 0004
佐渡:金山 長屋の孝行(講昭和戦前3:17) など 3件2題 (東京3件) 佐渡郡相川町 「お富・与三郎」島抜けの舞台.金山送りになった与三郎は,瓢箪くびりなどの拷問におびえながらも,板子一枚抱いて佐渡の断崖から飛び降り島抜けする.写真は覚性寺あとに建つ佐渡金山排水人夫の墓.
"金の釜を掘り出した。冗談いっちゃいけねえや、佐渡の金山じゃあるめえし"(長屋の孝行)
水替人足無宿の墓 0004
佐渡:塚原 蒟蒻問答(講明治大正3:08) など 8件3題 (圓朝1件, 東京7件) 佐渡郡新穂村大野 宗教を扱ったマクラに登場.日蓮が佐渡に流された地が塚原.根本寺と妙満寺の2つの説がある.妙満寺は,根本寺から4kmほど離れており,バスの便は悪い.この近辺を塚原とする有力な説がある.
"佐渡国塚原にありましたのを塚原問答"(蒟蒻問答)
塚原 妙満寺を望む 0004
寺泊 お富与三郎(駸々堂 (1893)) 長岡市(旧三島郡寺泊町) 春錦亭柳桜の「お富与三郎」に登場.佐渡送りの囚人が通るルートの説明.善光寺街道を通り寺泊から佐渡へ向かう.今も寺泊港から佐渡赤泊港に高速船が出ている.今の寺泊は観光客向けのお魚センターの町.串に刺して焼いたサバ,イカ,ツブガイなどの海産物を,店先のベンチで食べるスタイル.
"善光寺街道を往った者は越後の寺泊から船に乗りこれからいたして佐渡まで海上十八里"(お富与三郎)
寺泊港 1308
出雲崎 お富与三郎(駸々堂 (1893)) 三島郡出雲崎町 春錦亭柳桜の「お富与三郎」に登場.佐渡送りの囚人の通るルートの説明.会津街道を通り出雲崎から佐渡へ向かう.出雲崎は良寛と石油の町.石油記念公園には,機械開坑第一号井の碑や蒸留釜が展示されている.掘削にあたった旧日本石油のロゴが彫られていた.久しぶりに見たが,宇宙人の一夜干しのようでやっぱり不気味.
"会津街道から往った者は越後の出雲崎から船で参り"(お富与三郎)
出雲崎石油記念公園 1308
出雲崎:良寛堂 良寛ものがたり(今だからこそ、良寛,考古堂書店 (2014)) 三島郡出雲崎町石井町 江戸後期の僧で,書家でもある良寛伝の新作落語に良寛堂と光照寺が登場.光照寺は良寛得度の寺.生地の橘屋跡に,海を背にして良寛堂が建つ.中には良寛持仏の石地蔵を収める.記念館の良寛の書に"うるさきものは おとしばなしのながき ひきことのおほき"とあった.落語家の長話はお嫌いのよう.
"生家は屋号を橘屋といいまして、その屋敷跡には今、良寛堂が建てられています"(良寛ものがたり)
良寛堂 1308
二田 頼むぜ角さん(立つばめ2:01) 1件1題 (東京1件) 柏崎市(旧刈羽郡西山町二田)あたり 田中角栄首相が打ちあげた日本列島改造論の頃の新作.田中角栄生家は坂田にある.記念館には中国風庭園が併設.
"田中角栄。大正七年五月四日。新潟県刈羽郡二田村というところで生まれましてね"(頼むぜ角さん)
田中角榮記念館 0104
長岡 お富・与三郎“島抜け”(旺国馬生2:12) など 3件3題 (圓朝2件, 東京1件) 長岡市 山本五十六と河合継之助の出身地.柿の種は長岡発祥の銘菓,小泉首相所信表明演説の米百俵の逸話を思い出させる米俵型の菓子もある.98俵詰めが最大,惜しい.
"俺の女あ長岡で近えから、まずそこで落ちついて、それからまた江戸へ出るかも"(お富・与三郎“島抜け”)
長岡銘菓柿の種 0804
小千谷 新宿三人遊(講明治大正4:26) など 5件3題 (東京5件) 小千谷市 小千谷縮みの集散地で,錦鯉の産地.「狸の鯉」では縮屋が掛け取りに来る.例文の「新宿三人遊」は「縮み上がり」のこと.遊女の訛りのひどさに,客が縮みあがる.
"お前の国はどこだへ……。越後の小千谷だがのんし"(新宿三人遊)
縮み問屋西脇家 9903
柏崎 お富与三郎(駸々堂 (1893)) 柏崎市 春錦亭柳桜の「お富与三郎」に登場.写真は「佐渡情話」のモデル,お光吾作の碑.柏崎からたらい船に乗って佐渡へ通った.諏訪神社(柏崎市番神2-4)境内.
"アレが越後の寺泊りあすこが柏崎.高く山が見えるだらうアレが越中の竪山"(お富与三郎)
お光吾作碑 0110
八百万神の常燈明 お富与三郎(駸々堂 (1893)) 柏崎市番神か 春錦亭柳桜の「お富与三郎」に登場.島抜けした与三郎が,鯨波のそばの海上から灯りを見つける場面.速記には"じん"としかルビが振っていない.普通は,"やおよろずかみ"か"はっぴゃくまんじん"と読むだろう.鯨波の近くの番神岬は,佐渡を赦免になった日蓮が,嵐にあって漂着したところ.「お富与三郎」もこれを踏まえて鯨波の地名を出したと思われる.それならば,八百万神ではなく,三十番神(さんじゅうばんじん)のこと.
"向こうがモー八百万神の常燈明だ、これから先は遠浅だから"(お富与三郎)
番神堂 1308
鯨波 お富与三郎(駸々堂 (1893)) 柏崎市鯨波 春錦亭柳桜の「お富与三郎」に登場.島抜けした与三郎が漂着し,ここの目明かしを頼って江戸に戻る.鯨波は海水浴で有名.最近まで関東地方から臨時列車が運転されていた.
"水は腰くらいの所ゆえこれを渡って鯨波という所へ上がりました"(お富与三郎)
鯨波海岸 1308
米山 味噌蔵(筑摩滝田ゆう:12) 1件1題 (東京1件) 柏崎市,上越市(旧中頸城郡柿崎町) 米山甚句(米山さんから雲が出た♪)で登場.「味噌蔵」で店員が浮かれて歌うのは磯節のことが多い.写真の恋人岬へは,海に近い駅で知られる青海川駅から徒歩.
"米山さんからァー雲ォがァー出ェたァー"(味噌蔵)
米山 0110
松山 松山鏡(講明治大正5:74) など 18件1題 (東京18件) 十日町市(旧東頸城郡松之山町) 「松山鏡」は越後松之山の噺.本家の謡曲「松山鏡」の舞台である鏡が池は,松之山温泉から東方6kmほど.松之山温泉はホウ素含有量が日本有数.
"松山と申しますところは越後国魚沼郡松山の庄と申します"(松山鏡)
鏡が池 9807
直江津 忍三重(柳家小満ん口演用てきすと その四,てきすとの会 (2015)) 上越市の直江津地区 高田と合併して上越市.直江の津と呼ばれた港町.今町は圓朝ものに出てくる.佐渡汽船の屋上展望台には直江津港の模型が飾られていた.ボタンを押すと,双胴船とおぼしきフェリーがゆっくりと港を巡ってくる.直江津駅前には,名前が何とも気になる継続だんごに,タラ尽くしの具が入った鱈めしの駅弁.
"越後の今町と申しますと、只今の直江津で厶いますが"(忍三重)
直江津港模型 1706
高田 小判一両(青圓生12:11) など 7件4題 (圓朝4件, 東京3件) 上越市の高田地区 直江津と合併して上越市.豪雪地帯の高田には雁木の商店街がある.粟飴・翁飴を扱う,寛永年間創業の老舗がある.スキー正宗の看板がいい.
"ご生国はどちらでいらっしゃるんで……。越後の高田でござる"(小判一両)
高田雁木の町並み 0809
高田城 雲霧五人男(金桜堂 (1886)) 上越市本城町 高田藩の城下町.高田城は,堀と土塁に囲まれた平城.三重櫓は平成に入って復元された.「雲霧五人男」には,高田在の玉井や長井などの土地が出てくるが,いずれも不明.
"あれは高田の城下の呉服屋の娘にてお簑と言って"(雲霧五人男)
高田城三重櫓 9807
金谷山 給水塔の怪談(砂漠のバー止まり木, 講談社 (2008)) 上越市大貫 「給水塔の怪談」では,三遊亭白鳥の出身地,高田の話とは明示されていないが,ここを意識していることに間違いない.金谷山は高田市街西側,標高145m.日本のスキー発祥地とされ,オーストリアのレルヒ少佐像と記念館がある.最近,コミカルなキャラクター,レルヒさんとして引っぱりだこ.
"金谷山って言ったら、おらたちがよくスキーに行くところか"(給水塔の怪談)
レルヒ像と日本スキー発祥記念館 0809
春日山 やかん(うなぎ書房, 十代文治噺家のかたち (2001)) 上越市中屋敷あたり 「やかん」の軍談の件で登場.上杉謙信の居城.春日山城跡は広大な敷地に毘沙門堂など.
"越後の国春日山の主上杉弾正の性執権従五位の下不識院殿権大僧都法印謙信真光修身大阿闍利"(やかん)
春日山城二の丸を望む 0409
郷津 薮入り(講落語全集2:21) など 2件1題 (東京2件) 上越市虫生岩戸 郷津の国分寺の用例.虫生岩戸の港.このあたり越後国府へ流された親鸞聖人の上陸地.
"郷津へ行って国分寺を参詣して"(薮入り)
郷津港 9807
国分寺 薮入り(講落語全集2:21) など 2件1題 (東京2件) 上越市五智3-20 華蔵院.県内ではここと乙宝寺(「写経猿」)にしか三重塔は残っていない.茶店で老人が談笑したりして時間が緩く流れていた.
"郷津へ行って国分寺を参詣して"(薮入り)
国分寺三重塔 0409
糸魚川 忍三重(柳家小満ん口演用てきすと その四,てきすとの会 (2015)) 糸魚川市 糸魚川から姫川をさかのぼり,大町へ向けてずっと谷筋が通っている.塩の道,大糸線でもあり,糸魚川静岡構造線でもある.強い変成作用によって生まれるヒスイは,糸魚川が日本最大の産地.台風や雪解けの後には,海岸に打ち寄せられたヒスイが取れるという.色は緑と限らないというから,素人目にはわからない.
"次の沖掛かりは糸魚川で厶いまして、この間、海上十里の波路で厶います"(忍三重)
糸魚川産ヒスイ原石 1706
糸井川:大和川 北国奇談 梅の大木(東錦:03) 糸魚川市大和川 糸魚川市の東に大和川という地名がある.川ではない.大和川にあった工場で作られた煉瓦が,フォッサマグナミュージアムに展示されていた.フォッサマグナというと,ひとまたぎできるような断層かと思っていたが,幅100kmもある新しい堆積層だという.
"越後の糸井川といふ所へ参りました時には身体つかれてがっかりした ちょうどそれより大和川といふ所へ行きました"(北国奇談 梅の大木)
大和川のレンガ(フォッサマグナミュージアム蔵) 1706
子不知 王子の狐(講昭和戦前1:02) など 2件2題 (東京2件) 糸魚川市歌・青海 親不知子不知(おやしらずこしらず)とセットで出てくる難所.親不知の東,落水と歌との間の海岸線.車の通行は多いが歩く人などいない.吹きすさぶ風の中,海岸までの垂直梯子を降りる勇気はとてもなかった.
"親知らずや子知らずは怖くはねえが、突き落しにつかまった日にゃア命を落とすといって"(王子の狐)
子不知海岸 0412
年枝の怪談(青正蔵2:22) など 3件2題 (東京3件) 糸魚川市歌 親不知駅を出てすぐ.山にはばまれ,ぽつんと取り残されたような雰囲気の集落.水上勉の「越後つついし親不知」の文学碑がある.
"泊まりに泊まりをかさねて歌という、宿ィまいりまして菊屋という宿屋ィ泊まった"(年枝の怪談)
歌集落を通る北陸道 9807
親不知 花曇中も宵月(百花園:01) など 6件4題 (東京6件) 糸魚川市市振・外波 波打際を駆抜けて通った北陸道の難所.駐車場から海岸まで降りられるほか,旧信越本線のトンネルを抜けて周遊する遊歩道も整備された.噺に描かれた北陸道は,海流が変わり,以前に増して通るのは危険になったという.例文の四代目圓生の「花曇中も宵月」は「怪談累草紙」.一夜を契ったものの瞽女の容貌の醜さに変心した山三郎がお磯を斬り殺す場面.小田井とあるが,実際には他の速記にもあるように歌のことだろう.
"小田井へ係る手前に親知らずと云ふ難所が御座います"(花曇中も宵月)
親不知 1706
市振 怪談累草紙(親不知の場)(三一正蔵芝居噺:11) など 3件2題 (東京3件) 糸魚川市市振 市振(いちぶり).芭蕉句碑は長円寺に建つ."一つ家に遊女も寝たり萩と月".相馬御風の書.市振には芭蕉滞在の宿,桔梗屋の跡を知らせる表示もある.
"連れ出したのが歌と市振の間、一里半の難所親不知"(怪談累草紙)
長円寺芭蕉句碑 1706
越後新田 松山鏡(立文楽2:06) など 3件1題 (東京3件)   「松山鏡」で登場.どこを指すか不明.
"越後新田から在松山村、ここ一ヵ村には鏡というものがございません"(松山鏡)
     
越後田宿 浮世話(講明治大正3:02) 1件1題 (東京1件)   「浮世話」(やかん)で登場.どこを指すか不明.
"越後田宿に多右衛門という者ががいて、それに一人の美しい娘があった"(浮世話)
     

〓[こう]:米偏に羔

掲載 050708/最終更新 170801

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