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江東区   
彦「……マア兎に角不動樣を參詣して」
 と御參詣を濟まして、此處を出る。其の頃深川に平清と松本といふ有名な料理屋がございました。三世相の浄瑠璃にも、文でしらせて松本へと云ふ文句がございます。
 (春風亭柳橋 「成田小僧」)
  今村信雄編,『名作落語全集』 第十二巻,騒人社(1930)

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年
萩寺 はぎでら 墓見(講明治大正6:38) など 3件3題 (東京3件) 江東区亀戸3-34 → 北村辞典.天台宗龍眼寺.萩寺の別名を持つ.今も境内一面に萩が植えられている.
"亀井戸の萩寺へでも行って、一つ萩を見ようとこう言うので"(墓見)
萩寺 2006
臥龍梅 がりゅうばい 怪談牡丹燈籠(角川円朝1:01) など 16件9題 (圓朝11件, 東京5件) 江東区亀戸3 → 北村辞典.梅屋敷にあった梅の古木.がりょうばい.道路沿いに標柱がたっており,脇には梅の木が植えられている.「牡丹燈籠」の発端や「梅見の薬鑵」(やかんなめ)の遊山.オリジナルにせよ上方の「茶瓶ねずり」の演題はちといただけない.
"今日は臥龍梅へ梅見に出かけましたが、梅見れば方図がないという譬えの通り、まだあきたらず"(怪談牡丹燈籠)
臥龍梅跡標柱 2009
亀戸天神 かめいどてんじん 怪談阿三の森(角川円朝7:04) など 14件10題 (圓朝9件, 東京5件) 江東区亀戸3-6 → 北村辞典.東京を代表する天神社.太鼓橋と藤棚,社前のくず餅が名物.社殿右手,塩原太助が天明元(1781)年に奉納した石灯籠がある.
"亀戸天神の近所へ越して、小ざっぱりした団子屋をはじめまするとこれが幸いにはやって"(怪談阿三の森)
亀戸天神塩原太助奉納燈籠 2006
五ツ目 いつつめ 化物屋敷(講落語全集3:15) など 2件2題 (東京2件) 江東区亀戸1,6〜大島2,3 → 北村辞典.五之橋を通る南北路.五百羅漢で有名.本所五つ目親子薬鑵.
"本所の五ツ目に不思議な家が一軒あるだよ……其所へ引越して来る者も来る者も三日と居ねえ"(化物屋敷)
五之橋 2009
五百羅漢寺 ごひゃくらかんじ 業平文治漂流奇談(角川円朝3:02) など 5件5題 (圓朝2件, 東京3件) 江東区大島3-1あたり → 北村辞典.黄檗宗天恩山羅漢寺.あの難波の鉄眼和尚の開山.本所五つ目から明治期に目黒区下目黒3へ移転.羅漢像は健在で,拝観有料.撮影禁止.同名の寺が江東区にもあり,旧地はそのあたり.
"安永九年に本所五つ目の羅漢堂建立で栄螺堂ができました"(業平文治漂流奇談)
五百羅漢寺 2009
逆井の渡 さかさいのわたし 粟田口霑笛竹(角川円朝2:01) など 2件2題 (圓朝2件) 江東区亀戸9〜江戸川区小松川2 → 北村辞典.竪川口そば,中川を小松川へ渡す.現在の逆井橋付近.このあたり5本も6本も橋多すぎ.
"虚無僧は釜を提げて市川を越え、逆井を渡り、本所に出まして"(粟田口霑笛竹)
     
中川御番所 なかがわごばんしょ 妲妃のお百(にっかつ談志:1) 1件1題 (東京1件) 江東区大島8-1 → 北村辞典.小名木川が中川に出るところにあった船番所.写真にも小さく説明板が見える.江戸への船運の荷改めを行う.近くに区営の資料館が設けられ,バーチャル船番所体験などができる.
"霊厳寺門前町から永代橋の御船番所を左に見ますと"(妲妃のお百)
中川河口船番所あたり 2011
釜屋 かまや 転宅(講明治大正1:19) 1件1題 (東京1件) 江東区大島1-2 釜屋六右衛門などの鋳物師の工房があった.釜ゆでされた五右衛門の釜を六右衛門が鋳るとはというシャレ.後ろの碑は,化学肥料工場の創業を記念するもの.窒素+燐酸+加里と刻まれている.
"五右衛門の兄さんを六右衛門と申し、深川で釜をこしらえています"(転宅)
釜屋跡標柱 2009
慈眼寺 じげんじ 明烏雪夜の話(立名人名演02:13) 1件1題 (東京1件) 江東区猿江2-14あたり → 北村辞典.猿江の慈眼寺.豊島区西巣鴨5に移転.「明烏」に関連して,浦里時次郎の比翼塚が新内関係者によって建てられている.他に芥川龍之介の墓がある.北村辞典の"じがんじ"の読みは誤り.
"伊之助さんというおかたが、本所猿江の慈眼寺というお寺で、情死をいたしましたのが、本文だそうで"(明烏雪夜の話)
浦里時次郎比翼塚 2005
猿江のお寺 さるえのおてら 敵討札所の霊験(角川円朝2:03) 1件1題 (圓朝1件) 江東区猿江1-22 重願寺の摩利支天だろう.現在の日先神社.
"日は分りませんが私もまァ出た日を命日としまして、猿江のお寺へ今日お墓参りをして"(敵討札所の霊験)
猿江の摩利支天 2006
深川 ふかがわ 火事息子(青正蔵2:19) など 184件101題 (圓朝42件, 東京139件, 上方3件) 江東区 地図の点が密集しているあたり.江東区の落語地名はほとんど深川.これより南はすべて埋立地で落語とは無関係.深川神明に名主深川八郎右衛門による深川由来記碑がある.
"婀娜(あだ)な深川侠(いさ)みの神田人の悪いが飯田町……という譬言(たとえ)がございます。深川ッてえなあこれァ櫓下の芸者で"(火事息子)
深川由来記碑 2011
高橋 たかばし 探偵饂飩(講明治大正5:24) など 13件7題 (圓朝6件, 東京7件) 江東区高橋,常盤2〜白河1,清澄3 → 北村辞典.「探偵うどん」,うどん屋に化けた探偵が潜む.小名木川を通る船のために橋桁が高く,反った橋だった.付近の伊せ喜は有名などじょう料理店(だった).
"高橋の脇に鍋焼き饂飩の荷を下してをりまして、焜炉の下を煽ぎながら"(探偵饂飩)
     
森下 もりした 探偵うどん(青小圓朝:19) など 4件2題 (圓朝1件, 東京3件) 江東区森下1,2,常盤2,高橋 → 北村辞典.「探偵うどん」,泥棒の逃走経路.黒亀橋から高橋,森下,弥勒寺橋より二つ目へ.その距離約2km.長慶寺(森下2-22)は芭蕉短冊塚や其角らの俳人墓で知られていた.
"高橋から森下へ出て、弥勒寺橋を渡って本所の二ツ目、寂しい所ィやってまいりました"(探偵うどん)
     
深川の神明 ふかがわのしんめい 木火土金水(講明治大正6:23) 1件1題 (東京1件) 江東区森下1-3 社前に深川地名の由来碑がある.用例の「木火土金水」は根問もの,人名と神明の聞き違えとは下らない.やかんの由来に続いて付け足しで五行の説明.関西でよく見るしめ縄の張られた鳥居が珍しい.深川七福神の一,寿老人のお宮がある.
"芝か深川にあるんですか。何が……。それでも今お前さんが神明だというじゃァございませんか"(木火土金水)
深川神明宮 2011
六間堀 ろっけんぼり 鏡ヶ池操松影(角川円朝1:03) など 12件12題 (圓朝6件, 東京6件) 江東区常盤1,新大橋3,墨田区千歳3〜常盤2,森下1 → 北村辞典.南北の堀割で両岸の町名.小名木川と竪川を結ぶ.東北方向へ五間堀を分ける.看板は八名川公園のトイレの目隠し.
"へい、わたくしはこれから六間堀のほうへ頼まれて使いにまいります"(鏡ヶ池操松影)
六間堀跡看板 2006
猿子橋 さるこばし 敵討札所の霊験(角川円朝2:03) など 5件2題 (圓朝5件) 江東区常盤1-11, 12 → 北村辞典.六間堀川にかかる南から2番目の橋.堀とともに今は何も残っていない.「札所の霊験」の別名は猿子橋の仇討.水司又市が寛政11年に討たれる.実際に寛政10年にここで仇討があった.
"これは寛政十一年に、深川元町猿子橋際で、巡礼が仇を討ちましたお話で"(敵討札所の霊験)
     
御舟蔵 おふなぐら 鏡ヶ池操松影(角川円朝1:03) など 3件3題 (圓朝3件) 江東区新大橋1 → 北村辞典.幕府の船蔵.怪船安宅丸は入りきらなかった.標柱は新大橋南東詰.広重江戸名所百景の代表作,大橋安宅の夕立の画題.
"元仲はお舟蔵前へ行き、行き違いになって治平はこの災難をのがれました"(鏡ヶ池操松影)
御船蔵跡標柱 2006
安宅 あたけ 妲妃のお百(にっかつ談志:1) 1件1題 (東京1件) 江東区新大橋1あたり 幕府の御座船安宅丸に由来.巨大すぎて使い物にならず御舟蔵脇に捨ておかれた.伊豆へ帰ろうと夜な夜な泣き,水戸黄門が謎を暴くのは講談の一席.新大橋北の小公園(新大橋1-5)に由来碑がある.
"こいつを渡らずに安宅を見込んで、金猫、銀猫の、一ツ目弁天"(妲妃のお百)
新大橋一丁目安宅丸由来碑(部分) 2006
柾木稲荷 まさきいなり 後の業平文治(角川円朝3:03) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 江東区常盤1-2 → 北村辞典.いまは正木稲荷と書く.万年橋詰.マサキの葉がおできに効くとされ,蕎麦断ちをして祈願した.近くに芭蕉庵の跡がある.
"本所大橋向うの万年橋、正木稲荷の河岸は、流罪人の乗り船を扱いまする場所でござります"(後の業平文治)
正木稲荷 2009
万年橋 まんねんばし 後の業平文治(角川円朝3:03) など 6件6題 (圓朝5件, 東京1件) 江東区常盤1-2〜清澄1-8 → 北村辞典.隅田川から小名木川に入る最初の橋.今はやや東にかかる.広重の名所絵では放し亀が描かれ,万年を効かせている.
"法螺貝の音ブウブウブウ。文治が船に足を掛けるや否や、はや船は万年橋の河岸を離れました"(後の業平文治)
万年橋 2009
本誓寺 ほんせいじ 雪中梅(講明治大正2:43) 1件1題 (東京1件) 江東区清澄3-4 → 北村辞典.浄土宗當知山本誓寺.賀茂真淵門下の国学者村田春海(はるみ)の墓がある.
"深川の本誓寺へ野辺の送りを賑やかにいたしました"(雪中梅)
     
霊厳寺 れいがんじ 長崎の赤飯(青圓生04:07) など 17件11題 (圓朝5件, 東京12件) 江東区白河1-3 → 北村辞典.浄土宗霊厳寺.もとは霊岸島にあった.白河藩主,老中松平定信の墓がある.関東十八檀林,江戸六地蔵の一.六地蔵は噺に出てこないが,深川霊厳寺のほか,品川品川寺,新宿太宗寺,巣鴨真性寺,山谷東漸寺,深川永代寺.
"深川の霊岸寺が菩提所でございますので、そちらへ葬ってございますので"(長崎の赤飯)
霊厳寺六地蔵 2006
成等院 じょうどういん 仇娘好八丈(新日本古典文学大系明治編 7, 岩波書店 (2008)) 江東区三好1-7 一代で財をなした紀伊国屋文左衛門の墓は成等院墓地にある.「仇娘好八丈」は,髪結新三のストーリーと紀伊国屋文左衛門ののれん分けをした白子屋の乗っ取りと大岡裁きがメイン.サイドストーリーの髪結新三と弥太五郎源七の確執の方が,芝居や人情噺でなじみになっている.
"お寺は深川霊岸寺中の成等院で"(仇娘好八丈)
紀伊国屋文左衛門墓 2006
雲光院 うんこういん 幽霊長屋(三芳屋, 新撰怪談揃 (1912)) 江東区三好2-17 「幽霊長屋」は,明治期の落語家柳亭左龍の作品.幽霊の言葉どおり床下にある金を掘り出す噺.雲光院に石塔を建て仏の供養を行った.浄土宗龍徳山雲光院の開基は徳川家康の側室,阿茶局(あちゃのつぼね).寺には阿茶局(雲光院)の宝篋印塔や,吉原を開設した庄司甚内(五人廻し)の墓がある.
"お長屋の衆にご厄介になって、深川の雲光院という寺へ死骸は埋めて貰いました"(幽霊長屋)
雲光院阿茶局墓 2011
浄心寺 じょうしんじ ちきり伊勢屋(騒人名作01:02) など 8件4題 (圓朝1件, 東京7件) 江東区平野2-4 → 北村辞典.日蓮宗法苑山浄心寺.深川の寺町の中心.洲崎遊廓の投げ込み寺で,清元延寿太夫の墓がある.「ちきり伊勢屋」の菩提寺は浄心寺,浄光寺(不明.架空か),霊厳寺の例がある.
"麹町五丁目を出て、深川の浄心寺までの間、人が続くといふ位。町人の葬人(とむらひ)としては大変な景気でございます"(ちきり伊勢屋)
洲崎遊廓無縁墓 2009
海辺橋 うみべばし 刀屋(立名人名演06:13) 1件1題 (東京1件) 江東区平野1〜深川2 仙台堀にかかり現存.北村辞典によると,訛って"うんべばし"と読むはずだが,橋銘には"うみべはし"とある.橋南詰は,芭蕉が住んだ採荼庵(さいとあん)の跡.
"佐賀町へ行ったろうと、急いでやってきた海辺橋"(刀屋)
海辺橋 2006
船橋屋(織江) ふなばしや 江戸子(講明治大正6:27) 1件1題 (東京1件) 江東区佐賀1 → 北村辞典.深川佐賀町にあった菓子司.天保期の創業.尾張藩の御用達で,練羊羹が有名だった.木場5-2に弟子筋が船橋屋織江ののれんを継いでおり,『菓子屋船橋』の写本を所蔵している.もう店を閉める予定とのこと.
"藤村、船橋屋、あすこらは立派の菓子屋で"(江戸子)
船橋屋織江 2005
網打場 あみうちば 真景累ヶ淵(角川円朝1:04) など 9件6題 (圓朝6件, 東京3件) 江東区福住1 → 北村辞典.深川七場所の一.その中では用例が多い.深川村松町のうち.七場所といってもどうも整理がつかない.櫓下(火事息子など),あひる,仲町等々.綱打場との誤植が目立つ.
"これは深川網打場の者でお熊と云う、年二十九歳で、美い女ではないが、色の白いぽっちゃりした少し丸形の"(真景累ヶ淵)
     
油堀 あぶらぼり 妲妃のお百(にっかつ談志:1) 1件1題 (東京1件) 江東区佐賀,福住,深川,門前仲町 → 北村辞典.今はない.ほぼ首都高9号深川線の真下,隅田川から富岡八幡裏を経て木場へ通じる.
"油堀をこえて仙台堀"(妲妃のお百)
     
閻魔堂橋 えんまどうばし 仇娘好八丈(新日本古典文学大系明治編7, 岩波書店(2006)) など 5件3題 (圓朝1件, 東京4件) 江東区深川1〜福住1 → 北村辞典.深川の閻魔堂前に架かっていた閻魔堂橋は,芝居の「髪結新三」の大詰,新三殺害の場面."娑婆と冥土の別れ道,その身の罪も深川に,橋の名さえも閻魔堂".なんと,公衆便所の目隠しに描かれている.件数にはカウントしていないが,原作の「仇娘好八丈」にも出てくる.
"新三郎は傘を横にして雨を除けながら 提灯を持て閻魔堂橋へ掛る"(仇娘好八丈)
髪結新三閻魔堂橋の場 2011
富岡橋 とみおかばし 妲妃のお百(にっかつ談志:1) 1件1題 (東京1件) 江東区深川1〜福住1 埋め立てられた油堀に架かっていた.清澄通りに橋柱が残る.ただし,かつては黒亀橋よりも上流,閻魔堂橋に相当.
"これを右へ折れまして富岡橋、網打場"(妲妃のお百)
富岡橋橋柱 2006
黒亀橋 くろかめばし 探偵うどん(青小圓朝:19) など 2件1題 (東京2件) 江東区福住1〜深川1 埋め立てられた油堀に架かる.黒江町と亀住町を結ぶ橋.江戸期にはなかった.
"ぼんやりと黒亀橋までやってくるッてえと、若え野郎がたんまり持ってると見たから"(探偵うどん)
     
心行寺 しんぎょうじ 油堀情深川(本草堂江戸噺, 相模書房 (2004)) 江東区深川2-16 浄土宗雙修山心行寺.古典落語には出てこない.講談師悟道軒円玉[1866-1940]の墓がある.本名の浪上義三郎として多数の落語講談速記を残している.墓は,弟子でもある劇作家の川口松太郎が1957年に建立した.
"俺の家はすぐそこ、心行寺裏なんだ"(油堀情深川)
悟道軒円玉之墓 2009
深川の閻魔 ふかがわのえんま 探偵うどん(青小圓朝:19) など 2件1題 (東京2件) 江東区深川2-16 法乗院.深川のえんま様.賽銭に応答して光と音が流れるハイテク閻魔.区画整理で深川1からわずかに移転.「髪結新三」の地獄づくしのセリフで有名.
"深川の閻魔堂、このすぐ脇に交番がございまして"(探偵うどん)
深川のゑんま実演中 2005
紫檀楼古木墓 したんろうふるきはか 紫檀楼古木(講明治大正3:31) など 2件1題 (東京2件) 江東区深川2-15 渋い狂歌噺「紫檀楼古木」の主人公.墓は玄信寺にある.自身も寄席へ出勤.天保3(1832)年没,享年66(本朝話人伝).
"紫檀楼古木と申し(中略)ただ今もって深川森下町の長源寺という寺にその墓表が遺っております"(紫檀楼古木)
紫檀楼古木墓 1987
和倉 わぐら 髪結新三 上(青圓生10:09) など 2件1題 (東京2件) 江東区冬木 → 北村辞典.近くの御賄方屋敷に食器を保管する椀倉があったことに由来するという.油堀に架かっていた和倉橋跡(富岡八幡裏)に銘板があった.
"これを聞いて、和倉の島屋という、これはまァ、有名な物持ちでございます"(髪結新三 上)
和倉橋親柱 2006
三十三間堂 さんじゅうさんげんどう 蝦夷錦古郷之家土産(角川円朝3:09) 1件1題 (圓朝1件) 江東区富岡2 → 北村辞典.江戸の三十三間堂.浅草から移転し,跡地は堂前(台東区松が谷2,雪月花一題ばなし)と呼ばれる.深川八幡の東にあり,通し矢も行われた.安政の大地震で半壊、明治5(1872)年に大風で倒壊とも,廃寺ともある.数矢小学校に名を残し,モニュメントが富岡2-4にある.
"深川三十三間堂の三右衛門、四日市翁稲荷のうしろに新四郎という者がおり"(蝦夷錦古郷之家土産)
三十三間堂あと 2006
富岡八幡宮 とみがおかはちまんぐう 永代橋(青圓生11:20) など 49件25題 (圓朝9件, 東京40件) 江東区富岡1-20 → 北村辞典.深川の八幡様.「永代橋」落下の悲喜劇は,12年ぶりの八幡祭と橋下のお成りによる通行止め等が折悪しく重なったため.「佃祭」の惨事は八幡鐘が鳴り響いた後の終い船.ガラス張りの御輿庫には,巨大な2基の御輿が展示してある.震災で失われたものを1991年に復興した.一の宮御輿の重量は4.5トンもあるという.その後,やや小ぶりの二の宮神輿が作られ,こちらが担がれる.
"文化の四年でございます。その年は深川八幡の祭りが、たいそうよくできたという評判で"(永代橋)
富岡八幡宮二の宮神輿 2011
富岡八幡宮:横綱力士碑 よこづなりきしひ 阿武松(青圓生08:05) など 5件2題 (東京5件) 江東区富岡1-20 富岡八幡の境内裏手にある巨碑.1900(明治33)年建.裏面は代々の横綱名が刻まれている.阿武松は6代目.スペース不足で隣の石も裏面に行っている.富岡八幡宮境内には,横綱力士碑のほか,大関力士碑,巨人力士碑,釈迦嶽等身碑等々,相撲関係の碑で混雑.
"深川八幡の境内に横綱力士の碑というのがございます"(阿武松)
横綱力士碑裏面 2009
深川不動 ふかがわふどう 寝床(立文楽1:14) など 48件22題 (圓朝3件, 東京45件) 江東区富岡1-17 → 北村辞典.1881(明治14)年に設けられた成田不動の出張所.したがって明治以後の設定.「寝床」の鳶頭はここでは用が足りなかった.
"成田の講中にごたごたが出来まして、エエとても深川の出張所では話がまとまらんという所っから"(寝床)
深川不動尊 2006
蛤町 はまぐりちょう 鼠穴(青圓生08:04) など 13件3題 (圓朝4件, 東京9件) 江東区門前仲町1,2,永代2 → 北村辞典.永代2から門前仲町にかけて東西に長い町.弟の竹次郎,蛤町に三戸前の蔵持ち.一晩で燃えるのは土蔵の疲れ.
"火事がある、深川蛤町……いやァまァ、汝(われ)が処かどうかわかんねえが、蛤町の見当だという"(鼠穴)
     
阿三稲荷 おさんいなり 怪談阿三の森(角川円朝7:04) など 2件1題 (圓朝2件) 江東区牡丹1-6 「怪談阿三の森」は阿三稲荷の由来とも言った噺.ストーリーは「牡丹燈籠」の発端と同じで,圓朝作ではないと考えられている.お産の守り神.今は冬木弁天とならんで民家の庭にある.以前は奉納の幟があがっていた.今でも参拝は可能で,きれいに清められとてもいいたたずまい.
"深川に阿三の森と申し、阿三様という小さな祠のある所、古くは雀の森と申しました"(怪談阿三の森)
阿三稲荷 2011
黒船神社 くろふねじんじゃ 怪談阿三の森(角川円朝7:04) 1件1題 (圓朝1件) 江東区牡丹1-12 → 北村辞典.阿三稲荷のはすむかい.このあたり雀の森(怪談阿三の森).四世鶴屋南北終焉の地.
"久左衛門新田と海辺新田との間で、黒船神社から余り遠く隔たっておりません"(怪談阿三の森)
黒船神社 2006
洲崎 すざき 辰巳の辻占(騒人名作12:19) など 66件44題 (圓朝7件, 東京59件) 江東区東陽1 → 北村辞典.洲崎遊廓は前項の弁天様の東,東陽1丁目にあたる.地図からもそれとわかる四角い地割りで堀に囲まれていた.現在も大門通りの名が残る.大門通りの交差点にある八百屋さんの2階がブルーの柱とピンクの壁で,いい味を出している.
"「何所だ」「辰巳でございます」「辰巳といへば洲崎だな」"(辰巳の辻占)
大門通り 2009
洲崎弁天 すざきべんてん 怪談阿三の森(角川円朝7:04) など 3件3題 (圓朝2件, 東京1件) 江東区木場6-13 → 北村辞典.洲崎神社.意外と用例が少ない.かつての海べりで,寛政3(1791)年の洪水跡を示す波除碑や名人竿忠(林家三平(1)義父)の碑がある.「怪談阿三の森」冒頭,洲崎遊廓から大川までの大島川の説明.
"遠く砂村新田から出て石小田新田と平井新田の間を流れまして、洲崎弁天のところへ出ると、流れに沿うて平野橋"(怪談阿三の森)
名人竿忠碑と波除碑 2005
平野橋 ひらのばし 怪談阿三の森(角川円朝7:04) 1件1題 (圓朝1件) 江東区木場1〜2 → 北村辞典.引き続き「怪談阿三の森」の説明.川は大島川に続く平野川(大横川)で現存.
"流れに沿うて平野橋をくぐり、入舟町数矢町の河岸を流れて蓬莱橋をくぐります"(怪談阿三の森)
平野橋 2006
蓬莱橋 ほうらいばし 怪談阿三の森(角川円朝7:04) 1件1題 (圓朝1件) 江東区富岡1〜牡丹2, 3 → 北村辞典.引き続き「怪談阿三の森」の説明.富岡八幡鳥居前,大島川にかかる.今の巴橋に近い.南に深川七場所の一,佃町=あひる(おさん茂兵衛).住吉神社がある.
"蓬莱橋をくぐりますと、右は富岡門前の河岸、左は平富町、佃町、牡丹町などで"(怪談阿三の森)
     
石島橋 いしじまばし 怪談阿三の森(角川円朝7:04) 1件1題 (圓朝1件) 江東区牡丹2〜富岡1 → 北村辞典.引き続き「怪談阿三の森」の説明.明治期では深川蛤町から牡丹町へ渡す橋.川は大島川で現存.橋周囲はきれいに整備され,桜並木.
"石島橋を越えると深川に有名の蛤町になって"(怪談阿三の森)
石島橋 2006
松島橋 まつしまばし 怪談阿三の森(角川円朝7:04) 1件1題 (圓朝1件) 江東区門前仲町1-1〜永代2-25 → 北村辞典.引き続き「怪談阿三の森」冒頭の説明.この橋をかすめ,大島川は屈曲する.今はない.
"蛤町になって、松島橋の所から左へ越中島橋下をぬける"(怪談阿三の森)
     
越中島橋 えっちゅうじまばし 怪談阿三の森(角川円朝7:04) 1件1題 (圓朝1件) 江東区牡丹1〜門前仲町1 引き続き「怪談阿三の森」冒頭の説明.大島川(現在の大横川に相当)にかかる.地の文なので,江戸切絵図に載っていなくて構わない.越中島は江戸時代の夢の島.
"左へ越中島橋下をぬける、そうすると片側が大島町、片側が越中島で"(怪談阿三の森)
越中島橋 2006
調練橋 ちょうれんばし 怪談阿三の森(角川円朝7:04) 1件1題 (圓朝1件) 江東区越中島1-1〜永代2-1 → 北村辞典.越中島2,3〜古石場1,2にかかる調練橋ではなく,大島川水門そばの練兵橋のこと.どちらも安政2年,越中島に設けられた幕府の調練場に由来する.今は私企業のための練兵衛橋.
"片側が越中島で、そこを通って調練橋をくぐり、熊井町の河岸伝いに大川へ流れ出す小川でございます"(怪談阿三の森)
練兵衛橋 2006
木場 きば 子別れ(講明治大正7:50) など 68件31題 (圓朝8件, 東京59件, 上方1件) 江東区木場 → 北村辞典.丸太,材木のストックヤード.材木商が櫛比.木口を見にヤモメの熊さんが出かけ,お節が心中しそこなう.埋め立てで新木場に移転.そちらもほとんど丸太は浮かんでいない.曲芸のような木場の角乗り碑は富ヶ岡八幡宮.
"今日是れから木場へ行つて貰ひたいんだがどうだらう"(子別れ)
新木場 2011
十万坪 じゅうまんつぼ 妲妃のお百(にっかつ談志:1) 1件1題 (東京1件) 江東区千田,海辺,千石2,3 → 北村辞典.六万坪とともに,深川の東に広がる広大な埋め立て地.妲妃のお百,桑名屋徳兵衛殺しの舞台.
"江戸砂村の十万坪におきまして徳兵衛を殺害"(妲妃のお百)
     
隠亡堀 おんぼうぼり 足上り(創元米朝1:05) など 2件1題 (上方2件) 江東区扇橋3,北砂1 → 北村辞典.岩井橋あたりの横十間川.「東海道四谷怪談」でお岩と小平の死骸が打ち付けられた戸板が流れつく.雑司ヶ谷から流れつくことは地理的にはありえないが,地名とマッチ.
"浪人者が釣りを垂れてると、そこへ戸板が流れてくる怖いとこで。穏亡堀か"(足上り)
岩井橋 2005
砂村の焼場 すなむらのやきば 八景隅田川(角川円朝7:01) 1件1題 (圓朝1件) 江東区北砂6 北砂6の南東部にあった火葬場.1960年代に廃止され,今はない.
"八丁堀の川岸から舟で砂村へ参りました、これは砂村の焼場の二、三軒先に植木屋の作十郎と申す者があります"(八景隅田川)
     
疝気稲荷 せんきいなり 神仏混淆(講明治大正2:15) など 4件4題 (東京4件) 江東区南砂3-4 → 北村辞典.砂村の疝気稲荷.1967年,習志野に移転したが,旧地の南砂3-4にも仙気稲荷の名前で社殿がある.蕎麦と唐辛子で疝気を治すしかない時代には,参詣人が多かったという.
"痔の神様、疝気の稲荷、あるいは久米の平内様"(神仏混淆)
仙気稲荷 2009
夢の島 ゆめのしま 南極探検(三一談志3:06) 1件1題 (東京1件) 江東区夢の島 ちゃんと地番にもなっている昭和後期のゴミ埋立地.線香紙は線香紙,珍皮は珍皮と分けてなかったらしく,カラスやカラスの大群だった.今はスポーツ公園,熱帯温室,ビキニ水爆実験で被爆した第五福竜丸の展示館など.パイプはメタン抜きなのだろうか,臭くはないが手をかざすと熱いガスが出ていた.
"船は竹芝桟橋を離れ、夢の島からお台場に"(南極探検)
夢の島公園 2009

掲載 060714/最終更新 200101

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