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港区   
坂を上がって飯倉片町その頃おかめ団子という団子屋の前をまっすぐに、麻布の永坂をおりまして十番へ出て、大黒坂を上がって、麻布絶口釜無村の木蓮寺ィ来たときにはずいぶんみんなくたびれた……
 (古今亭志ん生(5) 「黄金餅」)
  川戸定吉・桃原弘編,『五代目 古今亭志ん生全集』 第二巻,弘文出版(1977)

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
西麻布 にしあざぶ 砂漠のバー止まり木(砂漠のバー止まり木, 講談社(2008)) 港区西麻布 古典落語には出ようがないおしゃれな町.長谷寺(港区西麻布2-21)に,箱屋峰吉殺しで知られる花井お梅(戒球院梅顔玉英大姉)の墓がある.塔婆立てに新内各派の文字が見えるところから新内にもなっているらしい 長谷寺 花井お梅墓 0511
百人町 ひゃくにんまち 八景隅田川(角川円朝7:01) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 港区北青山3,南青山3,4 → 北村辞典.新宿の女郎白糸に通った鈴木主水の屋敷.「木乃伊取り」の瞽女唄.
"ところ青山百人町の鈴木主水という侍はというのとは実に雲泥の相違で、ああ恐れ入った"(八景隅田川)
     
青山墓地 あおやまぼち 幽霊タクシー(普通名作5:08) など 4件3題 (圓朝1件, 東京3件) 港区南青山2 美濃郡上藩青山大膳下屋敷の跡地.青山は落語には無縁で,ここもとりたてて大事な地名ではない.主人の上野栄三郎墓の脇に忠犬ハチ公の墓(ほこら)もある.
"買っておいた青山の墓地の書き付けもここにありますから、葬式はなりたけ質素にして"(蝦夷なまり)
ハチ公の墓 0609
河内山宗俊の墓 こうちやまそうしゅんのはか ゆで卵子(玄文珍日本:02) 1件1題 (東京1件) 港区北青山2-10 「天保六花撰」,宗俊こと河内山宗春は実在の人物.講談や芝居のように痛快に強請ったわけではない.文政6(1823)年に獄死,墓は青山の高徳寺 河内山宗春の墓 0511
青山練兵場 あおやまれんぺいじょう 阿七(講明治大正1:33) など 4件4題 (東京4件) 港区北青山1,新宿区霞岳町 1889(明治22)年の設立,明治末期に代々木練兵場(別項)へ移転.現在の神宮外苑.明治天皇が着座する場所だった御観兵榎と碑が北青山1-7にある 御観兵榎 0609
青山掃除町 あおやまそうじまち 金玉医者(立名人名演02:11) など 3件2題 (東京3件) 港区赤坂7 御掃除之者町.すべて「金玉医者」につかみこんだ「乞食の産」の小噺の例      
豊川稲荷 とよかわいなり 木の葉狐(立名人名演07:02) など 3件3題 (東京3件) 港区赤坂4-1 → 北村辞典.三河西大平大岡越前守の屋敷神だった.豊川稲荷の東京出店.現在は元赤坂1-4へ移転.噺家色物連の本殿破風錺金具の奉納額があがる.かなりマニアックだが,"豊川稲荷の藤田さん 表で狐が待ってます".痴楽の物まねを談志がしている 豊川稲荷噺家色物連奉納額 0602
威徳寺 いとくじ 堀田屋騒動(本草堂散録, 相模書房 (2010)) 港区赤坂4-9 古典落語には出てこない地名.赤坂不動.赤坂の町を歩いていると,突然真っ赤な山門が現れる.坂を上ると不動堂.小ぶりながらも400年の歴史ある古刹.境内を通り抜けに使う人がやたらと多い 赤坂不動尊 1012
虎屋 とらや 白銅(講明治大正7:45) など 2件1題 (東京2件) 港区赤坂4-9 用例は黒川さん.赤坂を本店とする和菓子屋,虎屋黒川.発祥は室町時代の京都.デパートなどどこでも求められるが,トラ模様の千里の風は本店限定品.羊羹だけでなく蒸籠入り虎屋饅頭も進物に最適 虎屋饅頭 0602
赤坂の日朝さま あかさかのにっちょうさま 景清(立文楽1:08) など 12件1題 (東京12件) 港区赤坂5-2 → 北村辞典.日蓮宗円通寺.円通寺の項目と合わせた.修業のため盲目になりかけ,その後快復した日朝は眼の守護.日朝木像は戦災で失われた.寺に訊く時は日朝,日澄違いに気をつけないと混乱する.少なくとも今は目の守護はしていない.身延の日朝堂(別項)では目薬を頒布する.眼を患った「景清」の定次郎が日参したが仏罰で元の木阿弥      
溜池 ためいけ 蜀山人(講明治大正6:13) など 4件2題 (圓朝1件, 東京3件) 港区赤坂1〜3 → 北村辞典.山王権現下に広がる広大な溜め池.広い道路幅がその跡をしのばせるが,溜池交差点に発祥碑があるだけ.紀州家上屋敷から溜池,葵坂,土橋への「蜀山人」の道中.
"ついてはかねて御尊父からお話のある溜池のお屋敷へご縁付きなさい"(月謡荻江一節)
溜池発祥の碑 0602
南部坂 なんぶざか らくだ(三一談志5:09) など 4件4題 (東京3件, 上方1件) 港区赤坂2〜六本木2 → 北村辞典.屈曲しながら北,赤坂氷川神社の方へ上る.討入り直前,浅野後室の瑶泉院にいとまごい.誤解を残したまま別れる「南部坂雪の別れ」 南部坂 0511
澄泉寺 ちょうせんじ かわらけ町(青圓生14:04) など 2件2題 (東京2件) 港区赤坂1-11 浄土真宗澄泉寺.根太坂,曹洞宗陽泉寺(赤坂1-11)とともに腫物に縁があるとして登場.両寺とも現存.根太坂は寺前の坂らしいが不明 澄泉寺 0903
江戸見坂 えどみざか 月謡荻江一節(角川円朝5:03) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 港区虎ノ門4 → 北村辞典.虎ノ門2と3の間を南へ上る.「月謡荻江一節」の武州川越松平大和守は坂上にあり,箭弓稲荷を開帳.「立浪」の堅物親父もここから江戸市中を見晴らして,世間が広いと感心した.
"八月十五日に江戸見坂の松平大和公が奥方と御同道で、柳島なる津軽公の下屋敷へ御客来にて"(月謡荻江一節)
江戸見坂 0905
明舟町 あけふねちょう たがや(青三木助:08) など 2件1題 (東京2件) 港区虎ノ門2 西久保明舟町.明治以後の町名.十五世市村羽左衛門の居宅 明舟町々会掲示板 0905
金毘羅 こんぴら おかめ団子(講明治大正6:08) など 4件4題 (圓朝1件, 東京3件) 港区虎ノ門1 → 北村辞典.金刀比羅宮.虎ノ門の金比羅さん.讃州京極家の屋敷神.文政4(1821)年の銅鳥居には四神剣の霊獣がついている.
"このゝち酒ハ飲むまいと、虎の門の琴平様へ、三年断つてこれからハ、奉公大切御主人大事と"(今朝春三組盃,太平書屋 (2004))
虎ノ門の金比羅銅鳥居 0905
薮小路 やぶこうじ らくだ(三一談志5:09) 1件1題 (東京1件) 港区虎ノ門1 加藤越中守と木下主計頭との間の道路.塀から表へ飛び出た竹藪が目印.藪加藤で博打をうった「猫定」の定吉が,帰り道に殺される      
烏森 からすもり 居残り佐平次(青圓生05:03) など 10件6題 (圓朝1件, 東京9件) 港区新橋2 → 北村辞典.新橋駅前,烏森稲荷付近.飲み屋がならぶ.「居残り佐平次」,お連れさんとの出会いの説明.もう写真の雰囲気はなくなってしまった.
"生意気な烏が頭へ置き手拭を致しまして、烏森のある料理屋の軒下へ立ちまして"(雪月花一題ばなし−月夜烏)
烏森稲荷参道 9908
橋善 はしぜん 熊坂(講小勝:25) 1件1題 (東京1件) 港区新橋1-7 天保2(1831)年創業の天ぷら屋.江戸でももっとも古い天ぷら屋だったが,今は橋善ビルとなる.向かいには,小咄"させん豆"としてあるの玉木屋 橋善 8501
新橋停車場 しんばしていしゃじょう 因果塚の由来(角川円朝3:01) など 13件13題 (圓朝4件, 東京11件) 港区東新橋1 明治5(1872)年,新橋−横浜間の鉄道開通.旧新橋駅は再開発なった汐留の地.国史跡.しばらく,荒れ地のようなところに0哩標などが取り残されていたが,旧新橋駅舎などが復元整備された.旧新橋駅が烏森駅に移ったのは1914年.明治期の噺や"ステンショ","停車場"は"新橋停車場"に,それ以外を"新橋駅"にカウントした.
"お若と二人立ち出で、車に乗って新橋停車場へ着きました"(因果塚の由来)
新橋駅0哩標と双頭レール 0911
露月町 ろうげつちょう 鏡ヶ池操松影(角川円朝1:03) など 7件7題 (圓朝1件, 東京6件) 港区新橋4,5,東新橋2 → 北村辞典.現在の第一京浜沿い.芝口御門のところから,芝口,源助町,露月町,柴井町と並んでいる.「井戸の茶碗」の屑屋の得意先.西には遠山の金さんの屋敷があった.
"敵が討ちたいばかりに、露月町の先生の所へ稽古に参りました"(江島屋騒動)
     
日蔭町 ひかげちょう 鏡ヶ池操松影(角川円朝1:03) など 15件8題 (圓朝6件, 東京9件) 港区新橋2〜6 → 北村辞典.芝口から柴井町にかけての西側裏通りの俗称.古着屋がならんでおり,江島屋もその一.
"金兵衛はほうほうの体で江戸へ立ち帰り、芝日蔭町の主家江島屋治右衛門方へ帰って参りますると、店先へ簾を垂れ、忌中と記してあります"(江島屋騒動)
日蔭町銘の奉納石 0602
鯖稲荷 さばいなり 佃祭(講明治大正3:33) 1件1題 (東京1件) 港区新橋4-13 → 北村辞典.日比谷神社.旅宿者のための旅泊(さば)稲荷が転じて,鯖稲荷.鯖を断って祈願すると虫歯が治る 日比谷稲荷 0602
田村家 たむらけ 操競女学校-お里の伝(角川円朝3:06) など 5件4題 (圓朝2件, 東京1件, 上方2件) 港区西新橋2 → 北村辞典.陸奥一ノ関藩.田村右京大夫中屋敷.吉良上野介に刃傷に及んだ浅野内匠頭が即日切腹させられた.道路際に終焉地碑がたつ.現在道路工事につき移転中.
"吉良殿に対し浅野内匠頭が刃傷に及んだ事があったが、即刻田村の邸にて内匠頭殿は切腹仰せつけられた"(操競女学校-お里の伝)
浅野内匠頭終焉之地碑 8705
青松寺 せいしょうじ 後の業平文治(角川円朝3:03) 1件1題 (圓朝1件) 港区愛宕2 → 北村辞典.曹洞宗青松寺.無駄に長すぎすため家臣を苦しめ続けた主人の槍の柄を切り,自害した勘助地蔵がある.痔疾に験があり,勘助の好んだ酒を備える.ただし墓地は立ち入りできないので拝観も不可.境内南斜面上にレプリカらしきもの.
"お葬式は愛宕下青松寺で営みまして"(後の業平文治)
勘助地蔵レプリカ 0602
愛宕山 あたごさん 縁切榎(角川円朝4:05) など 22件15題 (圓朝2件, 東京20件) 港区愛宕 → 北村辞典."あたごやま"とも.鉄道唱歌の一番,"愛宕の山に入り残る月を旅路の友として".江戸一番の高山で標高26m.箱根山はまがい物.山頂に火防愛宕神社とJOAK.ほうずき市が名物.「寛永三馬術」,曲垣平九郎が男坂の石段を駆け上った.平九郎手折りの梅が社殿前.
"どう覚悟があります、愛宕山の中へでも……"(縁切榎)
愛宕神社男坂 0812
東京放送局 とうきょうほうそうきょく 凱旋(講昭和戦前2:09) 1件1題 (東京1件) 港区愛宕 愛宕山にあった東京放送局(JOAK)のことだろう.1925年,日本初のラジオ本放送開始.現在,NHK放送博物館となっており,放送の歴史などの展示が無料で公開されている.入口に置かれた碑文には,"大正十四年夏、ここ愛宕山頂にはじめて二基の鉄塔と一宇の局舎が竣工してより……"と当時のNHK会長前田義徳が記している 放送博物館記念碑 1105
天徳寺 てんとくじ 黄金餅(講明治大正7:18) など 9件1題 (東京9件) 港区虎ノ門3-16 → 北村辞典.浄土宗天徳寺.「黄金餅」の道中付け.今は東側に入口があるが,通ったのは西側の西久保通り.永仁6(1298)年の板碑がある 天徳寺板碑 0602
切通(芝) きりどおし 井戸の茶碗(講明治大正7:58) など 9件3題 (圓朝1件, 東京8件) 港区芝公園3 → 北村辞典.今の正則高校と青龍寺との間を西へ上る坂.「井戸の茶碗」の千代田卜斎が晴れた日は売卜,今はタクシーの車列が休憩中.切り通しの鐘(芝浜)は,青龍寺の東隣.
"久之丞は愛宕下から芝の切通しをゆき、西の久保から三田通りを参りました"(鶴殺疾刃庖刀)
     
東京タワー とうきょうたわー 大仏餅(青正蔵1:14) など 2件2題 (東京2件) 港区芝公園4-2 1958年竣工,高さ333mの電波塔.スカイツリーに抜かれたとなると,急にいとおしくなる.蝋人形館が見どころ 東京タワー 1101
増上寺 ぞうじょうじ 片棒(騒人名作09:08) など 43件15題 (東京43件) 港区芝公園4-7 → 北村辞典.三縁山増上寺.十八檀林の筆頭.赤螺屋の大旦那の葬儀が盛大にとり行われ,大屋根の上には飛行機が雲で絵文字を描く 増上寺 1105
芝山内 しばさんない 首提灯(講昭和戦前4:30) など 15件5題 (東京15件) 港区芝公園 → 北村辞典.増上寺境内.追いはぎの出る物騒な時代に「首提灯」が生まれた.三門前に首提灯のことを記した駒札がある.抜き書きすると,"侍とけんかした職人が、首を切られても、あまりの切れ味の良さに気がつかずそのまま首を提灯代にして、火事見物に行くという話は架空のことですが……".提灯代金のようにも読める部分は,"提灯のように掲げて"の方が誤解が少ない.それよりも,架空とわざわざ断っているのは,いったい何なんだろう 落語『首提灯』銘板 1105
増上寺:山門 さんもん 浜野矩随(立名人名演10:11) 1件1題 (東京1件) 港区芝公園4-7 浄土宗大本山,「十八檀林」の第一である三縁山増上寺の山門.三解脱門,略して三門.東京で最大級の木造建築.国重文 増上寺三解脱門 0910
増上寺:鐘 かね 野晒し(騒人名作11:14) など 14件4題 (圓朝1件, 東京13件) 港区芝公園4-7 巨鐘.芝の大鐘の用例もある.増上寺の鐘は海に響けてグワァ〜〜〜ン.
"芝の大鐘は八ツ時でちらりちらりと雪の花が顔に当たるところへ"(政談月の鏡)
増上寺の鐘 0506
増上寺:徳川家の御霊屋 とくがわけのおたまや 河村瑞賢(にっかつ談志:5) 1件1題 (東京1件) 港区芝公園4-7 将軍家の菩提寺だった増上寺には広大な徳川家の霊廟があった.戦災で失われ,敷地の一部はホテルになり,二天門などが残る.今は黒本尊(素人洋食)裏に2,6,7,9,12,14代将軍の墓所がある.秘仏黒本尊の開帳日である1,5,9月15日のほか,年に何日か公開される 徳川家墓所 1106
御成門 おなりもん 奴勝山(角川円朝7:06) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 港区芝公園3 → 北村辞典.増上寺の北門.ホテルの敷地内に取り残されている.
"芝御成門のこなたまで来かかると、深々たる森の木陰より現れいでたる黒装束"(奴勝山,三遊亭円朝全集,角川書店 (1975))
御成門 0602
阿観堂 あかんどう 雨やどり(講明治大正5:09) 1件1題 (東京1件) 港区芝公園1-8 → 北村辞典.阿弥陀と観音で阿観堂.増上寺の塔頭常照院.いつも扉が閉まって"開かん堂"と悪口にもなっているらしく,訊ねたらちょっと嫌な顔をされた.境内に「髪結新三」,白子屋お熊の供養碑がある.よく見ると,墓の一部を利用しているように見える 常照院 白子屋お熊供養碑 1105
芝神明 しばしんめい め組の喧嘩(にっかつ談志:3) など 31件21題 (圓朝7件, 東京24件) 港区芝大門1 → 北村辞典.芝大神宮.秋雨の時季,11日も続くだらだら祭で知られ,めっかち生姜と千木箱が縁起物.泥でこしらへた人間生姜下げ(柳多留).文化5(1805)年,め組の辰五郎率いる町火消と相撲との喧嘩の舞台.今はひどく狭い境内で相撲興行などできない.門前の太々餅(干物箱)は戦後まであった.写真の半鐘が鳴ったため騒ぎが大きくなったとして,半鐘が三宅島に遠島になったというイキな判決.今は無事赦免され,祭りの期間に展示される.
"芝神明の、宮の内と申しては矢場、吹矢、芝居などがござりまして"(敵討霞初島)
芝神明の半鐘 0609
瘡守稲荷 かさもりいなり 狐つき(大文館, 新落語全集(1932)) 港区芝公園 戦後落語速記には出てこなかった.芝山内の瘡守稲荷とある.通元院(芝公園2-12)と芝公園3-5の2ヶ所に瘡守稲荷がある 通元院瘡守稲荷 0506
将監橋 しょうげんばし 黄金餅(角川円朝4:33) など 3件3題 (圓朝3件) 港区芝公園2,芝大門2〜芝2 → 北村辞典.川は新堀川(古川).『江戸砂子』に"新橋御普請の時岡田将監御奉行なり"とある.圓朝原作の「黄金餅」の長屋は,山崎町ではなくここに設定.
"芝将監橋の際に極貧の者ばかりが住んでいる裏家がござりまして、金山寺屋の金兵衛と申す者の隣にいるのが托鉢に出る坊さん"(黄金餅)
将監橋 0910
金杉橋 かなすぎばし 応文一雅伝(圓朝讀賣新聞:2) など 3件3題 (圓朝2件, 東京1件) 港区浜松町2〜芝1 → 北村辞典.新堀川のもっとも海寄りの橋.東海道にかかる.圓朝の「黄金餅」の餅屋も目黒ではなくここに設定.
"芝金杉橋の本へ、黄金餅という餅屋を出したのが、大層繁昌いたした。という一席話でござります"(黄金餅)
金杉橋 0910
竹芝桟橋 たけしばさんばし 南極探検(三一談志3:06) 1件1題 (東京1件) 港区海岸1 「南極探検」の船が忘れ物をしたときに寄港する.伊豆諸島へ行く便もここから出発.「出札口」の客もここに着いた 竹芝埠頭 1101
西応寺 さいおうじ 井戸の茶碗(講明治大正7:58) など 5件1題 (東京5件) 港区芝2-25 → 北村辞典.浄土宗西応寺.門前に寺拝領の町家があった.「井戸の茶碗」,千代田卜斎の裏長屋 西応寺 0910
芝浜 しばはま 芝浜(青三木助:17) など 28件4題 (東京28件) 港区芝4あたり → 北村辞典.「芝浜」の舞台.切絵図では本芝の海岸に芝浜とある.JRのガードをくぐった先,鹿島橋あたりは船だまりになっている.次項の田中製造所,芝浜の温泉(いずれも転宅)もこのあたりのこと 鹿島橋船だまり 1101
田中製造所 たなかせいぞうしょ 転宅(立名作5:11) 1件1題 (東京1件) 港区芝浦1 原文では"田中さんの職工場".「転宅」の逃避行の道中付けに出てくる.田中大吉(後に久重)が1882年に芝浦に開いた電機工場.芝浦製作所,東京芝浦電気を経て現在の東芝.その場所は今の東芝ビルのあるあたり 東芝ビル 1104
札の辻 ふだのつじ 鶴殺疾刃庖刀(角川円朝7:02) など 11件4題 (圓朝2件, 東京9件) 港区三田3 → 北村辞典.高輪大木戸に移転する前の高札場があった.大通りが集まるため人通りが多い.人の生死を予言して江戸払いになった「ちきり伊勢屋」の白井左近が大道占い.
"札の辻の毛筋ぐらいな所ででも行き違いましたか邸へ帰りましたのは、夜廻りが戌刻の拍子木を打っている所でございました"(鶴殺疾刃庖刀)
札の辻交差点 0910
赤羽橋 あかばねばし ちきり伊勢屋(筑摩古典10:16) など 4件3題 (東京4件) 港区東麻布1〜芝3 → 北村辞典.川は新堀川(赤羽川,古川),勝手ヶ原(政談月の鏡)の南.「十八檀林」のサゲ,増上寺を抜けると赤羽.「村井長庵」,妹婿を雨の中殺害する."わずか五十に足らねえ金,人の命も五十年" 赤羽橋橋柱 0609
綱坂 つなざか 塩原多助一代記(角川円朝5:01) 1件1題 (圓朝1件) 港区三田2-15〜17あたり → 北村辞典.旧三田綱町,三井倶楽部とイタリア大使館の間を北へ登る.渡辺綱(わたなべのつな)がこの近くで誕生したことによる.ほかにも,渡辺綱産湯の井,綱の手引坂がある.渡辺綱は,大江山酒呑童子を退治した頼光四天王の一.摂津渡辺津に住み,渡辺橋は別項.
"赤坂の今井谷から出まして、麻布十番から古川雑色綱坂を焼き払い"(塩原多助一代記)
綱坂 1105
西久保八幡 にしくぼはちまん 阿武松(青圓生08:05) など 5件1題 (東京5件) 港区虎ノ門5 → 北村辞典.石清水八幡を勧請.「阿武松」の終わりの部分に,ここで開かれた相撲で二段目に出世とされる.社殿は写真手前,奥は霊友会本部.なお,西久保は「黄金餅」の道中 西久保八幡 0808
飯倉 いいぐら 黄金餅(講明治大正7:18) など 15件5題 (東京15件) 港区麻布台,東麻布,芝公園 → 北村辞典.「黄金餅」の道中付けに出てくる飯倉六丁目は麻布台2-3あたりの坂上.飯倉交差点は峠というよりは,むしろ鞍点といった珍しい地形      
狸穴 まみあな たぬき娘(講明治大正5:38) など 5件4題 (圓朝1件, 東京4件) 港区麻布狸穴町 → 北村辞典.狸穴坂周辺.今も狸穴町がある.獣のまみが生息していたことに由来.狸の圓左演じる「たぬき娘」の舞台.
"麻布の狸穴に狸友という茶人がござりました"(梅・寒中の雨・狸の腹,三遊亭円朝全集,角川書店 (1975))
狸穴坂 0711
正信寺 しょうしんじ 狸穴情話(本草堂江戸噺, 相模書房 (2004)) 港区六本木6-1 浄土宗正信寺.新作の「狸穴情話」に植木坂,榎坂などとともに登場.六本木交差点南東にあった.墓地を残して1998年に小石川5-18に移転 正信寺六本木墓苑 0808
市兵衛町 いちべえちょう 一日公方(講昭和戦前5:04) など 7件6題 (圓朝1件, 東京5件, 上方1件) 港区六本木3など → 北村辞典.「一日公方」は将軍の戯れで麻布市兵衛町を賜った噺.麻布で気が知れぬ.実際に名主の市兵衛に由来する町名
"寛政四壬子年麻布大火でござります。市兵衛町の火事にまる焼けと成りまして、たちまちの間に土蔵を落す"(敵討札所の霊験)
     
飯倉片町 いいぐらかたまち おかめ団子(講明治大正6:08) など 15件2題 (東京15件) 港区麻布台3,六本木5 → 北村辞典.「黄金餅」の道中付け.今の飯倉片町交差点を通る永坂は,後付の新道.「おかめ団子」は実在した店だが,幕末頃閉店という      
永坂(そば) ながさか 時そば(旺文小さん2:06) など 2件1題 (東京2件) 港区麻布十番1 永坂は飯倉片町から十番方向へ下る坂.旧道に木碑.永坂のそばは,永坂更科布屋太兵衛と直系を名のる更科堀井.寛政元年創業.どちらもあまから2種類のつゆと真っ白な御前蕎麦 更科の箸袋 0602
一本松 いっぽんまつ 黄金餅(講明治大正7:18) など 8件1題 (東京8件) 港区元麻布1 → 北村辞典.「黄金餅」の道中付けで,大黒坂とセット.六孫王源経基がここで休んだという一本松があった.一本松町という町名もあった.大黒坂の坂上に,今もしるしの松がある.大黒天は大法寺に安置 大黒坂標柱と一本松 0911
善福寺:逆さ銀杏 さかさいちょう らくだ(三一談志5:09) 1件1題 (東京1件) 港区元麻布1-6 浄土真宗善福寺(鶴殺疾刃庖刀).宗派の興隆を占い,親鸞上人がさした杖が大きくなった.都内最大のイチョウで国天然記念物.逆さ銀杏と呼ばれる.善福寺の背後は折り取りたいような悪景観のビル 善福寺逆さ銀杏 0511
絶江 ぜっこう 黄金餅(講明治大正7:18) など 16件4題 (東京16件) 港区南麻布2 → 北村辞典.臨済宗曹渓寺の絶江禅師に由来.麻布絶口の例も多いが,口伝か速記の誤記か.「黄金餅」の釜無村の木蓮寺は架空.曹渓寺には赤穂浪士,寺坂吉右衛門の墓があるが墓地に入れない 曹渓寺 0506
相模殿橋 さがみどのばし 黄金餅(講明治大正7:18) など 2件1題 (東京2件) 港区南麻布3〜白金1,3 → 北村辞典.四之橋.川は新堀川.常陸土浦藩土屋相模守に由来.「黄金餅」,麻布絶江から桐ヶ谷への道中付け 四之橋 0910
古川橋 ふるかわばし 小判一両(青圓生12:11) など 5件3題 (東京5件) 港区南麻布2〜三田5 → 北村辞典.川は新堀川(古川).三之橋と四之橋との間,ということで江戸期にはなかったはず.「小言幸兵衛」の長屋は麻布古川 古川橋 0910
日切地蔵 ひぎりじぞう 黄金餅(講明治大正7:18) など 3件1題 (東京3件) 港区白金2-3 → 北村辞典.松秀寺.日限地蔵を安置.「黄金餅」,麻布絶江から桐ヶ谷への道中付け 松秀寺 0506
大久保彦左衛門の墓 おおくぼひこざえもんのはか 黄金餅(講明治大正7:18) など 3件1題 (東京3件) 港区白金2-2 → 北村辞典.天下のご意見番,大久保彦左衛門.盥に乗って登城.墓は白金の立行寺(りゅうぎょうじ).鞘堂入りの立派な墓.裏に小ぶりの一心太助墓.「黄金餅」,麻布絶江から桐ヶ谷への道中付け 大久保彦左衛門の墓 0506
清正公(白金) せいしょうこう 井戸の茶碗(講明治大正7:58) など 15件5題 (圓朝1件, 東京14件) 港区白金台1 → 北村辞典.日蓮宗覚林寺.白金の清正公さま.加藤清正の自画像を所蔵.「井戸の茶碗」,屑屋の寄り合い.
"この日芸者小兼は早く起きて白金の清正公様へお詣りに行きました"(松の操美人の生埋)
白金の清正公 0506
細川家(熊本) ほそかわけ 井戸の茶碗(講明治大正7:58) など 13件1題 (東京13件) 港区高輪1 → 北村辞典.茶碗の目利き,肥後熊本細川越中守の中屋敷.明治に入り,島津家邸宅,後に高松宮邸(むじな横丁,続本草堂江戸噺 (2007)).大椎と赤穂浪士切腹地が,一般市街にある 細川家の大椎 0803
瑞聖寺 ずいしょうじ 黄金餅(講明治大正7:18) など 4件1題 (東京4件) 港区白金台3 → 北村辞典.黄檗宗(単立)瑞聖寺.木庵禅師の開山.国重文の大雄宝殿から,かつての規模がしのばれる.「黄金餅」,麻布絶江から桐ヶ谷への道中付け 木庵座像 8803
伊皿子亭 いさらごてい 今戸の狐(講明治大正2:29) 1件1題 (東京1件) 港区高輪2 百花園の「今戸の狐」の地で出てくる江戸の寄席の一.牛込の藁店,麹町の万長,薬師の宮松,人形町の末広(別項),大ろじなど有名どころがならぶ      
大木戸(高輪) おおきど ちきり伊勢屋(青圓生06:10) など 11件5題 (東京11件) 港区高輪2 → 北村辞典.高輪の大木戸.御府内の南境.高札場も札の辻からこちらに移された.石垣が残っている(国史跡).「ちきり伊勢屋」の白井左近が大道で易を開いたのはここか札の辻か.朱引き外ではないにせよ,はっきりとした説明が見たい 高輪の大木戸 0609
牛町 うしまち 付き馬(青圓生02:02) 1件1題 (東京1件) 港区高輪2 → 北村辞典.芝車町,牛町は俗称.資材運搬のための牛が多数いたことによる.願生寺(高輪2-16)には,牛供養塔が残る 牛供養塔 0609
泉岳寺:首洗い井戸 くびあらいいど 無学者(講明治大正4:54) 1件1題 (東京1件) 港区高輪2-11 吉良上野介を討ち果たし,泉岳寺山内で首を洗い主君浅野内匠頭の墓前に報告.泉岳寺義士墓(猿後家)は撮影禁止 首洗い井戸 9908
白金台町 しろがねだいまち 松の操美人の生埋(角川円朝6:04) など 4件4題 (圓朝2件, 東京2件) 港区白金台,白金2 → 北村辞典.白金台の妙見には噺家奉納額がある.
"白金台町へ地面を持ちまして、庭なども結構にして、有福に暮しておりました"(松の操美人の生埋)
妙見噺家奉納額 0903
高野寺 こうやでら 粟田口霑笛竹(角川円朝2:01) 1件1題 (圓朝1件) 港区高輪3-15 → 北村辞典.高野山学寮在番屋敷.在番所.御府内八十八ヶ所第一番.現在の高野山東京別院.
"すぐに白金台町の高野寺へ頼み、仙太郎のみよりの積もりにして葬式も立派に致しました"(粟田口霑笛竹)
高野山東京別院 0506
谷山 やつやま 品川心中(弘文志ん生2:03) など 21件15題 (圓朝1件, 東京20件) 港区高輪4,品川区北品川 → 北村辞典.八ツ山とも.高輪から品川にかけて丘だった.今見てもどこのことだかわからない.八ツ山下の用例が多い.
"勘弁相成らんから八山へ参れ、ぶっぱなしてやるから"(粟田口霑笛竹)
     
お台場 おだいば 品川心中(青圓生04:03) など 13件8題 (圓朝1件, 東京12件) 港区台場1 江戸防備のため第六台場まで設けられた.今は第三,第六台場が残る.国史跡.1983年の訪問時は二度と戻れないのではないかという程の辺地だったが,全く様変わりした.砲台などが残る第三台場へは立ち入れる.
"日光の霧降の滝の図を願いたいノ、或いはお台場の所を描いて下さいノ"(応文一雅伝)
第六台場 0905

掲載 060519/最終更新 130901

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