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品川区   
佐「どうでえ皆んな、久し振りで押し出さうぢやアねえか」
△「ヘエ、何処へ行くえ」
佐「コウ一ツ気を変へて南へ押し出さうか」
△「品川かい」
 (柳家小せん(1) 「居残り佐平次」)
  暉峻康隆ら編,『明治大正落語集成』 第七巻,講談社(1981)

地点名 この1題・登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
八ツ山橋 やつやまばし 居残り佐平次(青圓生05:03) 1件1題 (東京1件) 品川区北品川1〜港区高輪4 東海道,品川への入口.たらたらと下ると品川宿.南詰めに旧橋柱と東海道の各宿場を模した石柱のモニュメントがある 旧八ツ山橋橋柱 0902
御殿山 ごてんやま 雪月花一題ばなし(角川円朝7:29) など 6件5題 (圓朝1件, 東京5件) 品川区北品川3あたり → 北村辞典.第一京浜からJR線路あたりの高台で花見の名所.品川の埋め立てに切り崩されて跡形もない.
"花見ときた日にやァ江戸ではこの飛鳥山か御殿山が一等になってたが"(雪月花一題ばなし −飛鳥山の花)
御殿山の坂 0803
荒井家 あらいや 居残り佐平次(青圓生05:03) など 6件2題 (東京6件) 品川区北品川1-22 鰻屋.「居残り」と「ちきり伊勢屋」,どちらも品川を舞台にする噺に登場.2005年に行ったところダイニングの店に変わっていた 荒井家 9908
東海寺 とうかいじ 蒟蒻問答(講明治大正3:08) など 11件4題 (圓朝1件, 東京10件) 品川区北品川3 → 北村辞典.東海道の名刹だったが,明治維新で廃寺に等しくなる.沢庵の墓は東海道線と新幹線軌道にはさまれたところ."葬式はするな.香典はもらうな.死骸は夜密かに担ぎ出し後山に埋めて二度とまいるな.墓をつくるな.朝廷から禅師号を受けるな.位牌をつくるな.法事をするな.年譜を誌すな".凄まじい遺言.
"殿様から拝領した沢庵の詩歌、大横物にいたすがよい、え、あの品は東海寺の什物で、なかなか他へ出すべきものではない"(敵討霞初島)
沢庵和尚墓 0803
品川 しながわ 品川の豆(立艶笑文庫3:40) など 336件144題 (圓朝12件, 東京317件, 上方7件) 品川区北品川,南品川 → 北村辞典.東海道最初の宿場.四宿の中でもっとも登場回数が多い.「居残り」「品川心中」「品川の豆」「大山詣り」「お祭り佐七」「鼻ほしい」.あいにくと遠浅.天妙国寺(南品川2-8)には,お祭り佐七や桃中軒雲右衛門の墓がある.
"ふらり内弟子のものと共に品川へ参り、名指しで登楼って見ますと、成程なかなかの全盛でげす"(因果塚の由来)
お祭り佐七墓 0902
歩行新宿 かちしんしゅく 品川心中(講明治大正6:50) など 27件5題 (圓朝1件, 東京26件) 品川区北品川1 → 北村辞典.品川宿の江戸寄り.品川新宿(しんしゅく)の用例の方が多い.「品川心中」の白木屋がある設定.なまこ塀の土蔵相模がホテルさがみとして近年まで残っていた.今は下駄履きのコンビニ,最近銘板がたてられた.
"どこだどこだ、火元はどこだ。歩行新宿の裏から出しァがッたんだ、今貸座敷を嘗めてァがるんだ"(因果塚の由来)
     
善福寺 ぜんぷくじ 満月夜話(本草堂江戸噺, 相模書房 (2004)) 品川区北品川1-28 時宗音響山善福寺.古典落語には出てこない.だいぶ傷んでいるが,鏝絵で仕上げられた本堂 善福寺 0803
橋向う はしむこう 居残り佐平次(弘文志ん生6:01) など 9件3題 (東京9件) 品川区南品川1,2 → 北村辞典.目黒川にかかる品川橋を南にこえた南品川.歩行新宿にくらべて格が落ちる 品川橋 0511
河童天王 かっぱてんのう 無学者論(講明治大正3:17) など 14件5題 (圓朝1件, 東京13件) 品川区北品川2-30 → 北村辞典.荏原神社.古くは貴船明神といった.河童天王は俗称.品川神社の北の天王に対して,南の天王.目黒川改修で北品川に入ってしまった.御輿が海中渡御する河童祭り.
"品川の天王前へ少しばかりの見世を開きまして、煙草屋をいたしておりました"(火中の蓮華,名人名演落語全集,立風書房(1982))
目黒川と荏原神社 0511
南馬場 みなみばんば 品川心中(三一談志5:18) 1件1題 (東京1件) 品川区南品川1,2あたり 目黒川をはさんで南北品川宿に馬役に由来する町名があった.京急にも北馬場,南馬場の2駅があったが,間隔が近すぎるのでホームをつなげて新馬場1駅にした 京急新馬場駅 0902
品川溜 しながわため 鰍沢(講明治大正7:37) など 14件2題 (圓朝2件, 東京12件) 品川区南品川2あたり 松右衛門の支配.「鰍沢」で心中に失敗した月の輪お熊がここに下げられて女太夫にさせられかけた.
"相手は本町の薬屋の息子さんで、二人とも助かりまして品川溜へ預けられて"(鰍沢雪の夜噺)
     
青物横町 あおものよこちょう 居残り佐平次(青圓生05:03) など 8件3題 (東京8件) 品川区南品川2,3 → 北村辞典.品川寺門前,後に妙国寺門前に青物市がたったことによる.青物横丁駅がある      
三宝荒神 さんぽうこうじん 神仏混淆(講明治大正2:15) など 2件2題 (東京2件) 品川区南品川3 → 北村辞典.海雲寺.火防の神.3月と11月27, 28日が縁日.今でも都心への行き方はわからないが,荒神様には毎年行っているという人がいるくらい.境内に寄席文字橘流の筆塚がある 荒神さま火防御札 0512
海晏寺 かいあんじ 旅日記(講明治大正3:18) など 3件2題 (東京3件) 品川区南品川5-16 → 北村辞典.紅葉の名所だった.境内に岩倉具視の墓(二階ぞめき)があるらしいが,残念ながらかなり厳しく立ち入り制限 贈太政大臣岩倉公御墓参拝道碑 0902
仙台坂 せんだいざか 吉凶風車(続本草堂江戸噺, 相模書房 (2007)) 品川区南品川5,東大井4 坂上左手に仙台藩伊達家下屋敷があった.現在はトンネルが真っ直ぐに貫いているが,北へ屈曲していた 仙台坂 0803
鮫洲 さめず 黄薔薇(角川円朝6:03) など 13件10題 (圓朝3件, 東京10件) 品川区南品川3,5 → 北村辞典.大鮫があがったとか砂水(さみず)に由来とかはさておき,運転免許試験場(慶安太平記)がある.
"一同協議の上で品川鮫洲の河崎屋へ揃って、愉快をしておりまする"(黄薔薇)
     
涙橋 なみだばし くしゃみ講釈(三一上方2:30) など 7件3題 (東京2件, 上方5件) 品川区東大井2〜南大井1 珍しく上方落語の地名.「くしゃみ講釈」八百屋お七のからくりを再現する場面.浜川橋が本名,立会川に架かる.鈴ヶ森刑場の手前にあたり,裸馬に乗せられた罪人と家族が涙を絞るため 浜川橋 0903
鈴ヶ森:題目石 だいもくせき 鶴殺疾刃庖刀(角川円朝7:02) など 5件4題 (圓朝1件, 東京4件) 品川区南大井2-5 鈴ヶ森の刑場跡,大経寺に残る髭題目を刻んだ石,元禄11(1698)年の銘.他に磔刑の台石など,生々しい物が残る.鈴ヶ森は「お七」や「鈴ヶ森」に登場するが,なんといっても雲助を斬り捨てた白井権八を"お若ぇのお待ちなせえ"と呼び止める幡随院長兵衛との出会い.
"お処刑所の真っただ中にございます南無妙法蓮華経と記しました石塔の蔭に身を潜めまして"(鶴殺疾刃庖刀)
題目石 1105
大井 おおい 鶴殺疾刃庖刀(角川円朝7:02) など 2件2題 (圓朝1件, 東京1件) 品川区大井あたり 写真は地名の由来となる井戸(弘福寺,大井6-9).用例の大井神社は大田区にある.
"大井村のただいまでは大井神社と称えますは、以前は延喜式内の磐井の神社で、里俗鈴が森八幡と称えます"(鶴殺疾刃庖刀)
大井 1105
蛇窪 へびくぼ 法華長屋(騒人名作09:15) 1件1題 (東京1件) 品川区二葉あたり 「法華長屋」の会話で,肥汲みの出身地として登場.地名を残した施設としてJRの蛇窪信号所があった 蛇窪信号案内 0611
桐ヶ谷 きりがや 黄金餅(講明治大正7:18) など 13件3題 (東京13件) 品川区西五反田5 → 北村辞典.桐ヶ谷の焼場.「黄金餅」,西念の骨揚げの場面.現在も斎場となっている.改築されて写真の旧観は全くない 桐ヶ谷斎場 8712

掲載 060310/最終更新 120715

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