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人情噺・長編落語 主要雑誌        演者順
あけがらすゆきよのはなし  明烏雪夜の話,文芸倶楽部, 4(9) (1898)
あだうちほんかい  仇討本懐,文芸倶楽部, 32(8) (1926)
あねのて  姉の手,文芸倶楽部, 20(14) (1914)
ありまつやみよきち  有松屋美代吉,文芸倶楽部, 16(10) (1910)
あんまのこうじ  按摩の幸次,文芸倶楽部, 29(5) (1923)
あんまそうえつごろし  按摩宗悦殺し,文芸倶楽部, 35(9) (1929)
いちまつおむら  市松おむら,文芸倶楽部, 14(14) (1908)
いまどごにんぎり  今戸五人切,百花園, 72〜73 (1892)
いわでぎんこうちしおのてがた  岩出銀行 血汐の手形,東錦, 3 (1892)
えじまや   江嶋屋,文芸倶楽部, 13(14) (1907)
えどむすめ  江戸娘,文芸倶楽部, 17(2) (1911)
おおくぼそがほまれのあだうち  大久保曾我誉廼仇討,百花園, 1〜13 (1889)
おおべらぼう  大べら棒,文芸倶楽部, 30(15) (1924)
おくにげんじろう  お国源次郎,文芸倶楽部, 32(8) (1926)
おしょうじろうこころのいがぐり  和尚次郎心の毛毬栗,百花園, 79〜84 (1892)
おたみあっぱれ  お民天晴れ,文芸倶楽部, 32(6) (1926)
おぬいのひ  お縫の火,文芸倶楽部, 13(14) (1907)
おぬいのひ  お縫の火,文芸倶楽部, 20(14) (1914)
おはなくめのすけ  阿花粂之助,文芸倶楽部, 14(6) (1908)
おまつごてん  お松御殿,文芸倶楽部, 18(9) (1912)
おみねころし  お峰ころし,文芸倶楽部, 32(8) (1926)

かいきのこうもり  海気の蝙蝠,百花園, 31〜40 (1890)
かいだんうきふね  怪談 浮船,百花園, 67〜78 (1892)
かいだんなにわのうめ  魁談難波の梅,百花園, 8〜12 (1889)
かいだんまついだじゅく  怪談松井田宿,文芸倶楽部, 11(9) (1905)
かごしまだんし  鹿児島男子,文芸倶楽部, 29(14) (1923)
かごのかい  駕籠の怪,文芸倶楽部, 32(14) (1926)
かごのゆめ  駕籠の夢,文芸倶楽部, 15(14) (1909)
かごのゆめ  駕籠の夢,文芸倶楽部, 35(9) (1929)
かさねがふち  累ヶ淵(上),文芸倶楽部, 16(14) (1910)
かさねがふち  累ヶ淵(下),文芸倶楽部, 16(14) (1910)
かさねがふち  累ヶ淵,文芸倶楽部, 34(10) (1928)
かたきどうし  讐同志,文芸倶楽部, 32(14) (1926)
かたてや   片手屋,文芸倶楽部, 20(10) (1914)
かみがたしばい  上方芝居,文芸倶楽部, 23(6) (1917)
かみきり   髪切,東錦, 14 (1892)
からんころん  カランコロン,文芸倶楽部, 32(8) (1926)
かわやなぎうじのむらさめ  川柳宇治の村雨,百花園, 23〜25 (1890)
がんきろうきゆう  巌亀楼亀遊,文芸倶楽部, 6(10) (1900)
がんたんのかいだん  元旦の快談,百花園, 41〜44 (1891)
きえんのちがたな  奇縁の血刀,東錦, 20 (1893)
きはちたばこ  喜八莨,百花園, 18〜29 (1890)
くりはしじゅく  栗橋宿,文芸倶楽部, 15(14) (1909)
くるわぶんこ  廓文庫,百花園, 43〜53 (1891)
くるわぶんこありわら  廓文庫在原,文芸倶楽部, 6(10) (1900)
くろくもおたつゆめのうきはし  黒雲お辰 夢の浮橋,文芸倶楽部, 6(6) (1900)
こいのもつれ  恋のもつれ,文芸倶楽部, 21(6) (1915)
こいむすめむかしはちじょう  恋娘昔八丈,文芸倶楽部, 6(6) (1900)
こうしのかがみ  孝子の鑑,文芸倶楽部, 21(14) (1915)
こうじょおさと  孝女お里,文芸倶楽部, 15(9) (1909)
こうていにようのまつ  孝貞二葉松,東錦, 17 (1893)
こがねのたきもの  〓[こがね]の薫物,東錦, 16 (1893)
こしもとおうめ  腰元お梅,文芸倶楽部, 22(14) (1916)
ごしょぐるまはなごろう  御所車花五郎,文芸倶楽部, 19(6) (1913)
こだから   子宝,文芸倶楽部, 14(6) (1908)
こっけいいせさんぐう  滑稽伊勢参宮,新百千鳥, 2(1)〜2(5) (1897)
こむらさきごんぱち  小紫権八,文芸倶楽部, 6(10) (1900)
こめつきのはなよめ  米搗の花嫁,文芸倶楽部, 22(6) (1916)
こんれいば  婚礼場,文芸倶楽部, 20(14) (1914)
こんれいば  婚礼場,文芸倶楽部, 32(14) (1926)

さいかいや  西海屋,文芸倶楽部, 19(14) (1913)
さとのゆきとけてはなよめ  廓雪解花嫁,文芸倶楽部, 22(6) (1916)
ざんぎりおたき  散切お滝,文芸倶楽部, 17(14) (1911)
ざんぎりおたきかいかのすがたみ  散髪お瀧開化の姿見,百花園, 30〜37 (1890)
しおばらのおんりょう  塩原の怨霊,文芸倶楽部, 19(14) (1913)
しきぶやおむら  式部屋おむら,文芸倶楽部, 20(6) (1914)
ししょうのしっと  師匠の嫉妬,文芸倶楽部, 24(10) (1918)
しのぶがおかかがやきぶん  忍ヶ岡加賀屋奇談,東錦, 9 (1892)
しのぶがおかこいのはるさめ  忍ヶ岡恋の春雨,東錦, 14 (1892)
しまちどり  島千鳥,百花園, 120〜147 (1894〜95)
しゅうおもい  主思ひ,文芸倶楽部, 31(3) (1925)
しょうじきせいべえ  正直清兵衛,文芸倶楽部, 13(10) (1907)
しろこやせいだん  白子屋政談,百花園, 150〜175 (1895〜96)
すしやのにかい  寿司屋の二階,文芸倶楽部, 32(14) (1926)
すずめのばけもの  雀の化物,文芸倶楽部, 22(10) (1916)
すてまる   捨丸,文芸倶楽部, 17(06) (1911)
せいぜん   性善,文芸倶楽部, 3(16) (1897)
せいだんつきのかがみ  政談月の鏡,文芸倶楽部, 5(2) (1899)
せいわぜん  性は善,百花園, 115〜116 (1894)
せんだいや  仙台屋,文芸倶楽部, 13(14) (1907)
そうえつごろし  宗悦殺し,文芸倶楽部, 32(14) (1926)
そうちょうよだん  双蝶余談,百花園, 28〜33 (1890)
そでがうらなみじのみずがみ  袖ヶ浦浪路廼水髪,百花園, 2〜26 (1889〜90)

たつみのおなか  辰巳のお仲,文芸倶楽部, 18(6) (1912)
ちきりいせや  〓[ちきり]伊勢屋,百花園, 96〜113 (1893〜94)
ちじょうのまよい  痴情の迷,百花園, 45〜46 (1891)
ちぶさえのき  乳房榎,文芸倶楽部, 13(14) (1907)
ちぶさのえのき  乳房の榎,文芸倶楽部, 34(10) (1928)
つきぬえん  尽きぬ縁,新百千鳥, 14〜16 (1896)
ていじょのあだうち  貞女の仇討,新百千鳥, 7〜12 (1896)
てんなせいだん  天和政談,百花園, 102〜109 (1893)
とおだんご  十談語,百花園, 77〜82 (1892)
とよしがのおんりょう  豊志賀の怨霊,文芸倶楽部, 35(9) (1929)
とんだやせいきち  富田屋惣吉,百花園, 83〜88 (1892)

なかむらたかじゅうろう  中村鷹十郎,文芸倶楽部, 29(9) (1923)
ながれのしらたき  流の白滝,文芸倶楽部, 27(2) (1921)
にしのうみなみのたかもり  西海浪隆盛,文芸倶楽部, 14(14) (1908)
ぬれがみおしづ  濡髪おしづ,文芸倶楽部, 21(6) (1915)
のちのふなとく  後の舟徳,文芸倶楽部, 18(6) (1912)
のとななおあまでらのゆらい  能登七尾尼寺の由来,百花園, 60〜63 (1891)

はこだてさんにんしんじゅう  函館三人情死,百花園, 47〜62 (1891)
はこだてさんにんしんじゅう  函館三人心中,文芸倶楽部, 14(14) (1908)
はなぐもりなかもよいつき  花曇中も宵月,百花園, 1〜21 (1889〜90)
はなしかひとりたび  噺家一人旅,新百千鳥, 11〜15 (1896)
はなむこのうらみ  花婿の怨,文芸倶楽部, 25(14) (1919)
はるなのとりもの  榛名の捕物,文芸倶楽部, 23(14) (1917)
びじんのいきうめ  美人の生埋,文芸倶楽部, 30(14) (1924)
ひとくどりおうた  人来鳥お歌,文芸倶楽部, 17(2) (1911)
ひゃくまんちょうじゃ  百万長者,文芸倶楽部, 26(4) (1920)
ふかみどりいそのまつかぜ  深緑磯の松風,東錦, 5 (1892)
ふくろくじゅいわいのさかずき  福禄寿祝盃,文芸倶楽部, 23(2) (1917)
ふなとく  舟徳,文芸倶楽部, 6(12) (1900)
ぶんやごろし  文弥殺し,文芸倶楽部, 21(10) (1915)
べんてんこぞうのせんきち  弁天小僧の仙吉,東錦, 26,27 (1893)
ほうらくのまい  法楽舞,文芸倶楽部, 15(2) (1909)
ほっこくきだんうめのたいぼく  北国奇談 梅の大木,東錦, 7,12 (1892)

まいごふだ  迷子札,文芸倶楽部, 17(6) (1911)
またかのおせき  またかのお関,文芸倶楽部, 17(14) (1911)
まつえだじゅくのこごろし  松枝宿の子殺し,百花園, 23 (1890)
みうらやあげまき  三浦屋揚巻,文芸倶楽部, 6(10) (1910)
みえたかじんべえ  見えたか甚兵衛,文芸倶楽部, 23(10) (1917)
みさおのこぼくほりえのくみわけ  操古木堀江汲分,百花園, 28〜40 (1890)
みやのこしけんぎょう  宮の越検校,文芸倶楽部, 15(14) (1909)
めいじんちょうじ  名人長次,文芸倶楽部, 15(2) (1909)
ももたろうだんご  桃太郎団子,新百千鳥, 2(3) (1897)

やっこかつやま  奴勝山,文芸倶楽部, 6(10) (1900)
やなぎしまのりょう  柳島の寮,文芸倶楽部, 32(8) (1926)
やなぎのいとすじ  柳乃糸筋,百花園, 13〜22 (1889〜90)
ゆうれいのてまねぎ  幽霊の手招ぎ,文芸倶楽部, 26(14) (1920)
ゆきのよあらし  雪の夜嵐,文芸倶楽部, 21(6) (1915)
ゆめのゆいごん  夢の遺言,文芸倶楽部, 18(14) (1912)
よつめこまち  四つ目小町,文芸倶楽部, 17(2) (1911)
よつやかいだんおいわのでん  四谷怪談 お岩の伝,百花園, 175〜197 (1896〜97)
よわのげたのね  夜半の下駄の音,文芸倶楽部, 25(6) (1919)

りょうごくはっけい  両国八景,文芸倶楽部, 5(13) (1899)

わかくさぞうし  若草双紙,文芸倶楽部, 14(14) (1908)

  本ページでは,明治期に刊行がはじまった4つの雑誌 『百花園』『文芸倶楽部』『新百千鳥』『東錦』に掲載された人情噺と一部の長編落語のあらすじを,雑誌ごとに年代順に紹介しています.
  なお,同話については,雑誌をまたいで一ヶ所にまとめてあります.

〓[こがね]:金偏に滿の旁
〓[ちきり]:▽と△が上下につながったソロバン玉のようなちきりの形


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 百花園, 1号〜240号, 金蘭社 (1889〜1900)
 明治期を代表する講談・落語速記雑誌.1889(明治22)年5月創刊.1900(明治33)年までの12年間に240冊の発行が確認されている.終刊の案内はなく,連載中の噺も完結することなく打ち切られている.
 講談社の『明治大正落語集成』7巻には,『百花園』に載ったほとんどの落語と『文芸倶楽部』から93席,そのほか『都にしき』などの雑誌,三芳屋の速記本からの落語速記が復刻されている.講談や人情噺は復刻されていなかった.2013年に,日外アソシエーツから全冊がデジタル写真化され,全冊一括の販売(23万円),または分冊(各冊3000円)で配信されている.
 ここでは,『百花園』に掲載された人情噺を紹介する.なお,巻数は変則的に改まって行くため,ここでは巻数は省略して通号のみで表記した.落語・人情噺・講談の連載時系列については,別表にまとめた.図書館での閲覧,分冊での購入の検討の際などに役立てば幸いです.この表を見ると,人情噺が盛んに掲載されたのは,はじめの4年間あたりまでで,その後は,落語が中心になってくることがわかる.さらに,末期になると,掛け捨ての新作風の作品が増え,質の低下は覆いようがなくなってくる.
 『明治大正落語集成』で,"甚だしく纏まりを欠く数話"として掲載を見送られた落語がある.それらは下表の通り.そのうち,三遊亭圓朝の小噺は本編ではなく月報に掲載されている.禽語楼小さんの「廓大学」は三芳屋から出た小せん(1)の「廓大学」を採用したために見送られたのだろう.小さんの方の速記は,立風書房の『名人名演落語全集』の第3巻に載っている.このほか,落語家以外の小噺・読み物も多数載っているが,ここでは省略する.

掲載号 記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
2 義士伝   五明楼玉輔 講釈ネタ:神崎与五郎詫証文
3 落語 コバナシ 三遊亭圓朝 円朝全集所載
4〜5 義士伝   三遊亭圓遊 講釈ネタ:三村の薪割り
4〜9 一口話 コバナシ 三遊亭圓朝 円朝全集所載
5〜7 武蔵鐙太平楽   楽遊亭鼻光 五明楼玉輔改め.講釈ネタ:馬場の大盃
6〜7 義士伝(続)   三遊亭圓遊 講釈ネタ:赤垣源蔵徳利の別れ
8〜29 三題話 サンダイバナシ 談洲楼燕枝  
31〜32 廓大学 クルワダイガク 禽語楼小さん 立名人名演03:03
121 黒焼 トオメガネノクロヤキ 橘家圓喬  
121 附焼歯 ザイモクデッチ 橘家圓喬 小噺
181 三題話 コバナシ 橘家圓喬 角川円朝7:17
186 三味線鳥 シャミセンドリ 橘家圓喬  
195 短篇落語 コバナシ 柳家小さん 蛍の探偵など
203 人真似 コバナシ 桂文治  
220 一生の不作 カミイレ 柳亭左楽  
229 もみぢ ヤカンナメX 三遊亭金馬  
240 鳴海絞 イマモヨウミツグミサカズキ 朝寝坊むらく 発端.未完


 三遊亭圓生,花曇中も宵月,百花園, 1〜21号 (1889〜90)
 花曇中も宵月(はなぐもりなかもよいつき)は,三遊亭圓生(4)演,酒井昇造速記.『百花園』創刊号から21号まで18回にわたって連載された.全18席,挿絵8枚.解説に「古累」と呼ばれるとあり,中でも「お磯殺し」は「古累」として 今も演じられる.全編を通して累も与右衛門も出てこないし,圓朝の「真景累ヶ淵」との類似点も少ない.「花曇中も宵月」の内容が,「古累」そのものなのかは不明.
 質屋大藤の手代豊吉の案内で吉原に上がった田舎者の山本喜六.敵娼の高窓はじめ,店の粗略な扱いに腹を立てて吉原を飛び出す.大音寺前で侍に斬り殺され,金を奪われる.犯人は,巣鴨傾城ヶ窪吉田監物の家臣花岡右門の長男,弥太郎.弥太郎は高窓の間夫だが,家が改易になり困窮していた.葛西の親戚に行った帰り,大藤の娘,お袖は駕籠屋にさらわれそうになる.それを救った弥太郎は,はじめはやさしい言葉だが,急に強面になり30両の礼金をかすめ取る.豊吉が,山本喜六殺しの顔を見覚えていて,弥太郎は捕縛,獄門となる.
 信州(越中?)の宿屋で,外村(戸村?外山?戸倉?)山三郎は,美声で上方唄を歌う婦人の声を聞く.夜中にその女のもとに忍んで行き,証拠の脇差を預けて女と契る.翌日見ると,お磯は化物のような顔の瞽女だった.親不知で刀を奪い,お磯を殺し,江戸に出る.
 山三郎は江戸に出たものの,花岡の家は改易となり行くあてもない.吉原土手でごろつきに絡まれたところを救ってくれた,隅田の英五郎のところに居候する.雨宿りで軒を借りたことが縁で,大藤のお袖と山三郎は深い仲になる.お袖は家を飛び出し,英五郎に身を寄せる.家柄もよいというので,結局,山三郎はお袖の婿に入る.しかし,山三郎の兄の弥太郎は,お袖の長兄の山本喜六を殺した犯人,いわば仇の仲だった.
 山三郎に火箸で突かれた悪夢から覚めたお袖の顔には,傷ができていた.傷は次第にひどくなり,顔が半面ただれてしまう.くさくさした山三郎は,吉原にはじめて上がる.敵娼の高窓は,兄の弥太郎そっくりな山三郎に入れあげる.病身のお袖が吉原に談判に来るが,山三郎に追い返される.お袖は吾妻橋から投身する.英五郎の手引きで吉原を抜け出した高窓は,山三郎と逐電する.翌朝,たどりついた新宿の渡し場の茶店に掛かっていた額は,旧主吉田監物のものだった.茶店の親父は,家臣の喜平次.聞けば,喜平次の妻は花岡右門の手がつき,生まれた女の子は,作兵衛という人に預けたという.作兵衛こそ,高窓の養父.高窓と山三郎は兄妹だった.山三郎は自害,高窓は尼となって廻国に出た.


 春錦亭柳桜,大久保曾我誉廼仇討,百花園, 1〜13号 (1889)
 大久保曾我誉廼仇討(おおくぼそがほまれのあだうち)は,春錦亭柳桜(1)演,酒井昇造速記.『百花園』創刊号から13回にわたって連載された.全13席,挿絵4枚.柳桜が当時存命していた浅田紋次郎に取材した作品だと述べている.江戸時代の公許の仇討は田宮坊太郎と,この水戸祝町の仇討の2回しかなかったという.それならば,恰好の講談の題材なのだが,柳桜が初めて人情噺に仕立てたのだろうか.内容も人情噺と講談の両方に近く,判断が難しい.
 小田原藩の足軽頭,浅田唯助は,子だくさんの林蔵から,今度生まれた赤ん坊が男子だったら養子にもらう約束をする.もらい受けた養子の鉄造が7歳の時,実子の紋次郎が生まれる.配下の足軽鳴滝万助は,浅田の下女のお定と深い仲になっている.文政元年7月13日,酔った万助は朋友に焚きつけられてかっとなり,浅田を斬り殺す.恩人を殺したことに気づいた万助は発狂してしまい,牢に入れられる.
 3年後の文政3年,正気に戻った万助は,相牢の連中とはかって,雨中に牢抜けする.このことを知った鉄造は,一人仇討に出発するが,藩中のものに見とがめられる.そこで,願書をしたため,大久保加賀守の正式な仇討許し状を受け,士分の扱いで,刀と探索資金を下賜される.路銀を節約するため兄弟は伊勢参りの姿に身をやつしている.信州大門峠では,一緒に牢抜けした安五郎を万助が殺したことを知り,さらに西へと探索を進める.播州赤穂の花岳寺では,赤穂浪士の木像に多額の寄進をする.これを知った福山藩の沢田采女の世話になり,しばらく福山に逗留する.沢田の勧めで,鉄造は弥平,紋次郎は源助と変名を使う.
 文政5年,兄の鉄造は病に倒れる.下賜金に手をつけないのが仇討の流儀.ついには蒲鉾小屋に住むような始末.長崎帰りの医師金巻宗伯にタダで薬をもらい,江戸に来たら立ち寄れとの言葉をもらう.肥後熊本在の大応寺の施行で,六部の姿になっていた万助を見かける.紋次郎が単身斬りかかるが,役人に取り押さえられる.公許の仇討とわかり,鉄造は熊本で治療を受け,路銀を渡される.小倉から下関へ渡る船中で,大坂の八卦見に大望のある身と見破られ,仇は小田原から50里以内にいると教えを受ける.
 江戸に出た二人は,金巻宗伯を頼り,医者の助手をしながら,江戸市中を探す.文政6年,薬をもらいに来たお定を見かけ,お定の家主にこれから仇討に踏み込むと伝える.念のため,家主はお定を呼びつけ,亭主の素性をただすと,万助とは全く別人であった.兄弟は,さらに日光,水戸と探索を進める.水戸の祝町遊廓に万助が来ないか目配りしていると,盗賊と間違われて,御用聞き三次に捕縛される.仇討許し状を見せ,仇の捜査に協力することで三次を許す.三次のおかげで,祝町の煙草屋金兵衛が怪しいとわかる.翌日の夕方,店の表から鉄造,裏口から紋之助が挟み撃ちする.曾我兄弟よろしく,足かけ6年をかけて,見事,万助を討ち取る.兄は100石,弟は50石で大久保加賀守に取り立てられた.


 桂文楽,袖ヶ浦浪路廼水髪,百花園, 2〜26号 (1889〜90)
 袖ヶ浦浪路廼水髪(そでがうらなみじのみずがみ)は,桂文楽(4)演,酒井昇造速記.『百花園』2号から25回にわたって連載された.全25席,挿絵9枚.この噺は,いわゆる「お女郎忠次」のこと.主人公の忠次,いい男かもしれないが,ストーリーを見る限り,ちっとも魅力的なキャラクターではない.
 芝神明の水茶屋お孝に上客がついた.多額の祝儀を切り,同僚に鰻をおごり,家の造作までしてくれる.近所の婆が,その男は背中に花魁の彫り物があるお女郎忠次という悪党だとすっぱ抜く.お孝を女郎に売り飛ばす計画があらわれ,忠次はお孝を引きずり倒して立ち去る.その後,お孝に坊主の旦那がついたと知り,寺に忍び込んで,金を奪ってお孝を刺し殺す.
 逃亡先の東金で,小間物屋の多助の女房お倉といい仲になる.お倉は多助に石見銀山を飲ませ,忠次と出奔する.途中,足手まといの幼子を捨てて,江戸のはずれ,田中に落ち着く.お倉は髪結いをして暮らしを立てる.忠次は小塚原の水髪のお松と馴染みになり,病気のお倉を見殺しにする.お松は忠次に入れあげ,借金がかさむ.ふとしたことで忠次と喧嘩別れしたお松は,気が狂ってしまい糞尿を垂れ流す始末.手に余った遊女屋の主人は,借金を棒引きにしてお松を家に帰す.お松は狂った振りをしていただけで,忠次を家に呼び寄せる.ところが,お松の親父は,忠次の過去の殺人を目撃していた.このことを知った忠次は,仲間の半公に親父を殺させ,何食わぬ顔.
 浅草奥山に茶店を開いたお松は悪に染まってしまい,なじみ客を殺して金を奪う始末.朋輩のお吉についた薬屋堺屋の若旦那を丸め込み,毒薬を入手する.忠次らは,毒薬をネタに堺屋から150両をゆすり取る.共犯のお虎婆を毒殺し,大川へ放り込む.
 話変わって,捨て子のお千代を育てたのは,小梅新田の名主中村権右衛門.大事な上納金を賊に奪われてしまい,お千代は吉原に身売りする.遊廓にやって来た按摩は,毒を飲まされた多助の変わり果てた姿.ここで親子が対面する.お千代の客に,親子ぐるみ身請けされる.半公は,お松の親父殺しをネタに,ちょいちょい忠次に小金をせびる.父親殺しを気取ったお松は,半公と組んで忠次を刺し殺す.返す刀で半公も殺し,自分は小塚原で獄門になる.


 春風亭柳枝,魁談難波の梅,百花園, 8〜12号 (1889)
 魁談難波の梅(かいだんなにわのうめ)は,春風亭柳枝(3)演,酒井昇造速記.全5席,挿絵2枚.『百花園』に初めて載った柳枝の速記.その後,落とし噺,人情噺34席もの速記が掲載されている.お堅い軍談に交わり,ありふれた二番目狂言を話すとあるように,特にどうと言うこともない内容.「小雛助七」と似ている.
 永代橋から身投げしようとした男女を助けた侠客嘉吉.妻のお梅を残して,夫の佐兵衛は大坂に金策に帰る.男らしい嘉吉に言い寄るお梅.いざというところに,女房のお滝が湯から帰ってきた.腹立ちまぎれに書いた離縁状を渡され,お滝は出て行く.嘉吉の子分が夜網でお滝の水死体を拾いあげる.霊岸島の五郎右衛門親分に頼んで,内々に手厚く葬る.大坂から戻った佐兵衛,嘉吉に追い返され,ふたたび永代橋から身投げしようとする.それを助けたのが五郎右衛門.五郎右衛門に説得され,嘉吉,佐兵衛とお梅を添わせ,自分は生涯独身で過ごす.


 春風亭柳枝,柳乃糸筋,百花園, 13〜22号 (1889〜90)
 柳乃糸筋(やなぎのいとすじ)は,奇縁情話の角書.春風亭柳枝(3)演,酒井昇造速記.『百花園』に10回にわたって連載.全11席,挿絵3枚.談洲楼燕枝の「続噺柳糸筋」と演題が似ているが別話.こちらは,「音羽丹七」という人情噺.初代柳枝の作とある.残念ながら,結末まで行かずに終わってしまっている.
 薩摩藩出入りの商人,阿波屋秀三郎は吉原通いが過ぎて身上をつぶす.夢のお告げのとおり,先祖の墓から3000両を掘り出し,店を建て直す.ふっつり吉原通いをやめていたが,山谷の葬式くずれのつきあいで,6年ぶりに登楼する.馴染みの若浪花魁は自分の子を産んだ時に死に,盲目となった老祖母が吉原連中の情けで,ようやく孫の音羽を育てていると聞く.阿波屋は,はじめて娘の音羽の姿を見て,30両ほどの金を恵む.家で巾着を開いてみると莫大な金が入っていたため,老婆はあわてて吉原に戻ろうとする.土手で野出の三次が老婆を殺し,金を奪って娘もさらってしまう.娘を吉原に売ろうとするが,どの店でもお目見え3日で戻される.よくよく聞くと,夜中に老母の幽霊が出てゲタゲタ笑うのだという.持てあました三次は,両国裏河岸の芸者屋お伝に,親子縁切りするかわりに,家にも戻さないという証文を交わして,音羽を芸者に売る.
 不思議なことに幽霊は現れず,16歳の音羽は芸と美貌で売れっ子になる.薩摩藩の姫君婚礼にあたり,丹波屋と三河屋喜蔵は,係役人の加藤左太夫を饗応する.加藤の希望で,先約でいっぱいの音羽を何とか呼び出す.ここで音羽と異母兄姉の丹七が出会い,音羽は丹七を見染める.ある日,加藤の船遊びの誘いを断った音羽は,父の名代で帳付けをしていた丹七に言い寄る.そこへ戻ってきた三河屋は丹七を責める.はずみで三河屋は額を怪我し,丹波屋にねじ込む.丹七は勘当となる.その実は出入りの鳶頭の家に預けられる.布団を背負って,沢庵をブラ下げてと,まるで判じ物のよう.鳶頭の家に音羽話がやってきて,丹七と対面.これからどうなりますか,また次回.


 春錦亭柳桜,喜八莨,百花園, 18〜29号 (1890)
 喜八莨(きはちたばこ)は,春錦亭柳桜演,酒井昇造速記.大岡政談の角書.『百花園』に12回にわたって連載された.全14席,挿絵6枚.「煙草屋喜八」は講談でよく見る演目.導入部は,三遊亭圓生(6)演じる「雪の瀬川」と全く同じ.連載回数に縛りがあったのか,ばたばたと突然に結末となっている.お石の再吟味の願いを大岡越前が受け入れ,自らは職を辞そうとするといったドラマもなく,真犯人出頭で終わってしまう.
 古河から江戸の出店に出てきた穀屋の若旦那の善次郎,部屋にこもって本ばかり読んでいる.番頭の久兵衛に連れられて,梅若詣でに出かける.浅草で出会ったのが,吉原の幇間の崋山.儒者というふれ込みで,次第に善次郎の信頼を得て,まんまと吉原に連れ出す.敵娼は玉屋の玉照.善次郎は,半年の間に1300両を使い込み,とうとう勘当となる.
 善次郎を引き取ったのが幇間の五蝶夫妻,玉照も黒助稲荷参詣にかこつけて会いに来る.訪ねてきたのは煙草屋の喜八.お石とともに穀屋を駆け落ちしたため,本家に顔向けができない.いずれ勘当を許してもらうには,幇間の家にいてはダメだと,自分の家に善次郎を引き取る.しかし,暮れに向かって掛ける布団もなく,お石は火付盗賊改めの笠原粂之進の屋敷に奉公に出る.
 布団の受け出しに行った質屋で大金を見て,喜八はふと悪心を起こす.夜分,質屋に忍び込もうとすると,出くわしたのが本物の賊の多古の伊平.盗んだ550両のうち,50両を喜八に渡す.伊平がつけた火が燃えだし,喜八はあわてて逃げ出す.捕り方に投げつけた鯵切り庖丁が証拠で,喜八は捕縛される.笠原はしつこくお石を口説くが,お石は決してなびかない.賄賂を横取りされたのを恨みに思っていた伊平の家来の新吉と一緒に,お石は笠原の屋敷を飛びだし,南町奉行所に駆け込み訴えする.大岡越前守は,笠原をやり込め,新吉に金を下げ渡す.
 善次郎に会えなくなって病に伏せった玉照は,根岸の寮に下げられる.玉屋の主人は玉照の証文を巻いて,金までを渡してやる.玉照は麻布の善次郎の元に行き,二人は一緒に暮らす.玉照の心がけに感じた家主の甚兵衛は,善次郎の親父に会いに古河まで出かける.提供された金を賄賂に使って,喜八の減刑を願うが効果がない.善次郎らは成田へ出かけ,お石は豊川稲荷に寒詣りする.境内で倒れたお石を救ったのが,多古の伊平.奉行所に自首して喜八を救う.


 三遊亭圓生,川柳宇治の村雨,百花園, 23〜25号 (1890)
 春風亭柳枝,今戸五人切,百花園, 72〜73号 (1892)
 川柳宇治の村雨(かわやなぎうじのむらさめ)は,三遊亭圓生(4)演,酒井昇造速記.全3席,挿絵1枚.演題はものものしいが,内容は「お藤松五郎」.現行と同じストーリー.『明治大正落語集成』には載っていないが,『名人名演落語全集』に復刻されている.
 今戸五人切(いまどごにんぎり)は,春風亭柳枝(3)演,今村次郎速記.全2席,挿絵1枚.「お藤松五郎」の主人公を小ふじと荻江松五郎とし,舞台を両国から今戸に変えている.松五郎の誤解から今戸五人切りの騒動になる,というところで切っている.


 春風亭柳枝,双蝶余談,百花園, 28〜33号 (1890)
 双蝶余談(そうちょうよだん)は,春風亭柳枝(3)演,酒井昇造速記.全5席,挿絵2枚.内容は「引窓与兵衛」.『明治大正落語集成』には載っていないが,『名人名演落語全集』に復刻されている.第2席の前に,演者による口上が載っている.もともとは司馬龍蝶の作った道具噺「怪談双蝶々」で,善の水髪長五郎と悪の長吉(引窓与兵衛)兄弟の長物語.稿本を人に貸したところ,烏有の難に遭った.そのため,記憶に残る後日譚をここに語る,といった内容.なるほど,二人の長長(双蝶々)のサイドストーリーだとわかった次第.


 桂文楽,操古木堀江汲分,百花園, 28〜40号 (1890)
 操古木堀江汲分(みさおのこぼくほりえのくみわけ)は,桂文楽(4)演,酒井昇造速記.全10回11席,挿絵4枚.予想される範囲の展開が続く,いわゆる昔からの人情噺らしい噺.
 明和年間のこと,新堀の酒問屋,堀江藤右衛門は,吉原の花魁を身請けして玄冶店の妾宅に住まわせる.妾のお定との間に兼次郎(兼治郎とも)ができる.出入りの鳶頭にたきつけられて,妻のお道は縁切榎を飲ませて,妾と別れさせようとする.立ち聞きしていた小僧の捨次郎が,主人を毒殺しようと告げ口する.妾宅からとって返した藤右衛門,妻の道に"毒茶"を飲めと迫る.夫婦別れをおそれたお道は,茶を飲めない.その晩,お道は家出する.偶然,通りかかった鳶頭に連れられ,事情を話して詫びが叶う.捨次郎も泣いて勘違いをわびる.
 お家を乗っ取ろうと企んでいた番頭の源蔵,車力の滝五郎に金をやって主殺しを依頼.滝五郎は藤右衛門を稲荷堀で刺し殺し,自分にも傷をつけて物盗りを装う.まんまと源蔵は跡目をつぎ,四代目藤右衛門を名のる.遺されたお定母子は,火事にあって,豊島町の安兵衛に引き取られる.
 次第に増長した藤右衛門は,先代の七回忌に行きもしない.法事に遅れたお道と捨次郎は,墓参に来ていたお定・兼次郎親子に出会う.法事から帰ってみると,滝五郎が来ている.立ち聞き記すると,滝五郎らが夫を殺した犯人だと知る.このことをお定に知らせると,割って入ってきたのが安兵衛.安兵衛はお定を吉原に売り,弟の捨次郎を堀江の軒下に捨てたと告白する.お道らは,北町奉行所に駆け込み訴え.藤右衛門と滝五郎は獄門,捨次郎を後見に,兼次郎は堀江の家を継ぐ.


 春風亭柳枝,散髪お瀧開化の姿見,百花園, 30〜37号 (1890)
 朝寝坊むらく,散切お滝,文芸倶楽部, 17(14), 102-115 (1911)
 いずれも演題のとおり「ざんぎりお滝」のストーリー.散髪お瀧開化の姿見(ざんぎりおたきかいかのすがたみ)は,春風亭柳枝(3)演,鈴木秦吉・酒井昇造速記.『百花園』に7回にわたって連載された.全7席,挿絵3枚.このストーリーの後,お滝はざんぎり姿で悪事を重ねる.この部分がないと,ざんぎりお滝が効いてこない.
 お滝の父親が飾り職人の腕を使って偽金をこしらえている.7歳のお滝が漏らしたため,父親は死罪になる.母子は玉子屋新道に逼塞する.そこでも盗みを働き,お滝は家を追い出される.困るどころか,助けてくれた番太郎の小金を盗んで家に戻る.安政の地震の後,母子は大工の園さんの家に入る.15歳になると器量よしで評判になる.義父に連れて行かれた浅草の帯屋で万引きをしたため,家にいられなくなる.お滝は,家の金をさらって弟子の万吉と大坂へ逃げる.万吉はただの踏み台,色男の長吉と駆け落ちする.宮の宿で,相客にしびれ薬を飲ませて,路銀を盗む.
 散切お滝(ざんぎりおたき)は,朝寝坊むらく(三遊亭圓馬(3))演.『文芸倶楽部』明治44年10月定期増刊号"古今妖婦伝"に掲載.挿絵1枚.子供時代のお滝が,平然と盗みを働く場面.青蛙房の『落語事典』に載っているあらすじはこの速記の方.


 談洲楼燕枝,海気の蝙蝠,百花園, 31〜40号 (1890)
 海気の蝙蝠(かいきのこうもり)は,談洲楼燕枝が自ら筆記したもの.全10席,挿絵3枚.『百花園』に1年あまり連載してきた三題噺を終え,求めに応じて長編物の連載をはじめたもの.維新後の開化の世相が取り入れられている.演題は,国産の蝙蝠傘の輸出で国益をあげようという志を表している.話が縦横に入り組んで,甲斐絹の織物のようだという意味を含んでいるのかも.作中人物の名の揺れが大きい.高須専次郎と杉田専治郎,八蔵と七蔵,番頭の重兵衛と忠兵衛,など.
 いずれ戻ってくるはずの兄に万屋の家督を譲るため,弟の専次郎も家出をする.早くも竹の塚で,強引な車夫に財布を奪われ,車に乗せられる.着いたのは,車夫八蔵の家.酒に酔って寝こんだすきに,娘のお鳥に逃がしてもらい,専次郎は旅を続ける.翌日,日光の山中で追いはぎにあい,身ぐるみはがれる.通りかかったのが鉄砲洲の商人海野幸造の一行.
 専次郎は蝙蝠傘の柄に彫刻をほどこし,販売をはじめる.海野の言葉を信じて,蝙蝠傘を輸出するための資本提供を申し出るが,番頭に追い返される.家に戻ると,海野の義妹,お絹が訪ねてくる.100円持参の上,自分を妻にしろと迫る.お絹の申し出を迷惑に思い,専次郎は横浜へ立ち去る.
 長男の安太郎が,万屋に戻ってくる.主人が亡くなり,芸者の小峰を妻として跡目を継ぐ.元来の放蕩癖が出たため,神田の伯父に預けられる.伯父宅を家出するが,次第に逼迫,小峰を芸者にして暮らす.手切の計略とも知らず,安太郎は伊香保へ湯治に行く.そのすきに,小峰は新しい旦那のもとへ.
 4年のうちに,専次郎は横浜で蝙蝠傘の問屋となる.晴れてお絹を嫁に迎えるという日に,訪ねてきたのが命の恩人のお鳥.恩義が大事と,専次郎は結婚を中止する決断.突然の破談の申し出に,海野は専次郎の店に乗り込み,お鳥を連れ去ってしまう.やってきた新嫁の綿帽子を取ると,現れたのはお鳥の姿.実は,お鳥は幼い頃に別れた海野の姪だった.専太郎も横浜停車場で母親にめぐりあう.専太郎はお絹と結婚し,東京と横浜で2軒の万屋は繁盛する.


 談洲楼燕枝,元旦の快談,百花園, 41〜44号 (1891)
 元旦の快談(がんたんのかいだん)は,饗庭篁村の原作「影法師」をもとに談洲楼燕枝が4回にわたって演じたもの.挿絵1枚.1月中に完結する予定が,インフルエンザにかかり4回になってしまったとある.「影法師」は,ディケンズの代表作「クリスマス・キャロル」の翻案もの.
 油町に住む伊勢屋五兵衛は,欲の塊のような男.つきあいもなければ,慈善の心のカケラもない.明治22年の大晦日,甥の善六の賀の祝いの誘いを断り,小僧倉吉には元日は昼までに戻らねば給金を減らすと命じる.その晩,童子のごとき白髪の精霊が現れる.
 最初に連れて行かれたのが,正直清介の団欒の様子.世間では生閻魔と噂される主人五兵衛の分も雑煮を祝っている.続いて,ある寺の湯灌場.欲張り爺の死体から衣類をはいでいる.さらに進むと,烏が死体をつついており,墓石には伊勢五の銘が.これから改心すると精霊にすがると,精霊は消え,まばゆい光が満ちている.
 一夜明けた元旦.五兵衛は改心し,清介に鯛を送り,遅れて出社した倉吉に小遣いを与えて家に帰す.善六の家に年賀に訪れると,白犬も尾を振って喜ぶ.まだ犬というのか,白犬は人間に近いぞよ.


 春風亭柳枝,廓文庫,百花園, 43〜53号 (1891)
 春風亭小柳枝,廓文庫在原,文芸倶楽部, 6(10), 40-45 (1900)
 談洲楼燕枝,廓雪解花嫁,文芸倶楽部, 22(6), 69-92 (1916)
 三遊亭圓生,〓[こがね]の薫物,東錦, 16号 (1892)
 いずれも「在原豊松」という人情噺.翁家さん馬(5)の単行本「廓文庫」の速記は,ネットで読める.
 春風亭柳枝(3)の廓文庫(くるわぶんこ)は,『百花園』に11回にわたって連載された.今村次郎・酒井昇造速記.全11席,挿絵5枚.店の金を使い込んで勘当された豊松が,以前100両やって救った身投げに再会するところまで.冒頭に蔵前の札差伊勢屋四郎兵衛のエピソードがついている.札差仲間で博奕をしていることをタネにゆすりに来た男に,いくら欲しいと尋ねる.思い切って500両と答えると,千両箱から500両取り出し,千両以下のゆすりをするようなケチな奴は二度と来るなと追い返す.
 春風亭小柳枝(柳枝(4))の廓文庫在原(くるわぶんこありわら)は,『文芸倶楽部』明治33年7月定期増刊号"講談名妓伝"に掲載.挿絵1枚.在原を抱える鶴屋主人が,末に豊松と結ばせてやろうと親身になって在原を説得する場面の抜読.
 談洲楼燕枝(2)の廓雪解花嫁(さとのゆきとけてはなよめ)は,『文芸倶楽部』大正5年4月定期増刊号"花嫁くらべ"に掲載.「廓雪解花嫁」は,発端から在原が訪ねてくる結末までをさらりと演じている.
 三遊亭圓生(4)演,今村次郎速記の〓[こがね]の薫物(こがねのたきもの)は,『東錦』16号に掲載.傾城新話の角書.全9席,口絵1枚,挿絵2枚.この速記は,そのまま「黄金の薫物」の演題で出版されており,ネットで読める.

〓[こがね]:金偏に滿の旁


 談洲楼燕枝,痴情の迷,百花園, 45〜46号 (1891)
 痴情の迷(ちじょうのまよい)は,談洲楼燕枝演.全2回.下巻の冒頭に,ルビなどの校正ミスを指摘している.ということは,速記を文字にしたのではなく,自筆の原稿を出版社が活字化したのだろう.燕枝の作品は速記者を頼まず,自分で筆記した作品も多い.内容は「小夜衣」を思わせる,どこかで見たようなストーリー.
 松山藩士檜垣与茂七は,下女のお仲と二人暮らし.お仲を妊娠させ,嫁に欲しいと母親に相談に行く.お仲には剣難,嫉妬の相があるため,結婚はさせるなという占い師の言葉と父親の遺言を伝え,申し出を断る.檜垣は一笑に付し,お仲を嫁に取る約束をする.
 松山藩の重役平山の娘,お雪が檜垣に恋わずらい.赤ん坊が生まれるまで,いったんお仲に里へ下がるよう母子に伝える.いよいよ出産という日,檜垣に連絡に行くと,お雪の輿入れの最中.このことを知るお仲.
 婚礼の席にふらりと現れたお仲.腹からずるずると赤子を引き出し,島台に据える.思わず檜垣はお仲を斬る.死骸を見ると,斬られたのはお雪.檜垣はあたりを斬り回り,ついに自害.


 談洲楼燕枝,函館三人情死,百花園, 47〜62号 (1891)
 柳亭燕枝,函館三人心中,文芸倶楽部, 14(14), 179-202 (1908)
 談洲楼燕枝(1)の函館三人情死(はこだてさんにんしんじゅう)は,『百花園』に14回にわたって連載された.一部の巻に酒井昇造の速記者名.全12席,挿絵3枚.明治19年12月25日,函館で起きた心中事件をもとにした作品.春風亭柳枝(3)の弟子であった松枝を含む3人が死んだ.ここでは,作者である燕枝(1)のあらすじを記す.
 柳亭燕枝(談洲楼燕枝(2))演の函館三人心中(はこだてさんにんしんじゅう)は,『文芸倶楽部』明治41年10月定期増刊号"心中譚"に掲載.挿絵2枚.
 明治13年の秋,出羽田川村の豪農を訪れたのは軍医総監松本順の弟の長春の一行.急な腹痛で便所を貸してくれと言う申し出に,山住太郎治は光栄なことと喜んで対応する.病に伏せっている父親の詫左衛門の診察を願う.悪熱を去れば間違いなく治ると,古金を清浄水に浸した黄金水を作らせて,長春一行は立ち去る.詫左衛門の妾のお金と情夫の七之助は,黄金水を盗みそこない,逃亡する.すでに黄金はにせ物にすり替わっていた.名医とは真っ赤ないつわり,実は箱館戦争を脱走した高杉幸七郎らによる詐偽であった.
 明治15年,小山お由が悪者に絡まれているところを,小間物屋となった松屋幸三郎(悪漢高杉幸七郎)が助け,家に送り届ける.お由を襲ったのは元仲間の会津の茂助.幸七に小遣い銭をねだるので,上野東照宮の影で刺し殺す.後日,幸三郎を訪ねてきたのは,酒田を逐電した七之助.七之助を店に引き入れ,食客扱いを約束する.そこに乗り込んできた警官,幸三郎はピストルを取り出して応戦する.
 幸三郎の店に捜査が入ったと聞いてあわてているお由親子のところに,幸三郎から50円の為替が届く.幸三郎に会いに,差し出し地の福島へ旅立つ.福島に着いた晩,大火に追われ,路銀も持たずに飛び出す.お由親子に金を恵んでくれたのが,元噺家で旅役者の沢村松三郎.実は,生まれたときから養子に出されたお由の実兄だった.
 明治16年5月,仙台の親分江戸正の妾に手をつけた沢村松三郎は,子分らに簀巻きにされそうになっている.これを救ったのが,函館で物産商を営む元武士の三河屋五兵衛.事情を聞くと,松三郎は赤子の時に養子に出した四十二郎だと悟り,店で雇うことにした.
 明治18年,函館で芸者となったお由(小由)と,火事の時にお由を救った松三郎が出会う.養母の頼みで,松三郎とお由は固めの杯を交わす.明治19年12月,函館にやってきた幸三郎が小由を訪ねる.松三郎は借金がかさみ,小由と心中を約束する.約束の25日,松三郎から短刀と書置が小由のところに届く.父の三河屋へ宛てた書置により,松三郎が実の兄だと知る.そこに飛び込んできたのが,幸三郎.殺人がばれて,腹を切るところだと伝える.一方,心中に出かけようとした松三郎,函館公園で心中があったと聞かされる.公園に駆けつけた松三郎,情夫の幸三郎と心中したと勘違いし,小由の首を斬って家に戻る.小由の書置を見て,自分の妹だと知る.松三郎も自害.
 大磯の旅館祷龍館を訪れた三河屋五兵衛,函館で死んだ3人の慰霊の碑文を画工に頼む.そこに居あわせたのが三代目の春風亭柳枝.息子の心中譚を先師に語った.


 春風亭柳条,能登七尾尼寺の由来,百花園, 60〜63号 (1891)
 春風亭柳枝,性善,文芸倶楽部, 3(16), 171-181 (1897)
 柳亭燕枝,捨丸,文芸倶楽部, 17(6), 59-72 (1911)
 いずれも,正直者が盗賊に身ぐるみはがれ,貰った錆刀が名刀だったという噺.能登七尾尼寺の由来(のとななおあまでらのゆらい)は,『百花園』に3回にわたって連載された.春風亭柳条演,今村次郎速記.挿絵1枚.代数は明記されてはいないが,明治24年当時の柳条は初代ではないか.性善(せいぜん/または/せいはぜん)は,『文芸倶楽部』明治30年12月号に掲載された.春風亭柳枝(3)演,小野田亮正速記.柳亭燕枝(2)の「捨丸」は,『文芸倶楽部』明治44年4月定期増刊号"白浪集"に掲載された.挿絵1枚.
 「能登七尾尼寺の由来」のあらすじ.上州玉村の作男久助は,兄が売り払った故郷の田地を買い戻すために,身を粉にして働く.百両の現金を持って故郷の能登七尾へ戻る途中,信州追分で道に迷う.ようやく尋ねあてた家には女が一人だけいた.ここは盗賊の家で,手下が網を張って待ち伏せていると明かされる.女に匿われるが,戻ってきた賊の夫が女を折檻するのを見かねて,久助は飛び出す.金や道中差,衣類もはがれて追い出されるが,犬おどしだけは欲しいと頼むと,錆刀を差し出される.
 上州の主人のところに戻り,盗賊にもらった刀を道具屋に見せると,錆びてはいるものの,名刀備前長光だとわかる.結局,江戸で刀は800両で売れる.正直者の久助は,泥棒に渡そうと280両持って賊の家を訪れる.男は病に伏せっていた.事情を話すと,賊は久助の兄,久太郎だとわかる.前非を悔いて久太郎は腹を切る.能登の田地を買い戻し,賊の妻のおなみは,庵を開き尼となる.久助は玉村で分家を受ける.例の刀は,殿様から捨丸の銘を受ける.
 「性善」では,正直者は滋賀県堅田の在の出身.名刀は小豆長光.盗賊は正直者の兄という設定ではない.「捨丸」では,正直者は能登七尾の出身,名刀は捨丸で,盗賊の兄は,改心はするが自害はしない.


 談洲楼燕枝,怪談 浮船,百花園, 67〜78号 (1892)
 怪談 浮船(かいだんうきふね)は,談洲楼燕枝(1)演,加藤由太郎速記.『百花園』に12回にわたって連載された.全12席,挿絵4枚.累伝説から登場人物名を取っている.もしかすると,圓朝の「真景累ヶ淵」に対抗して作った作品かもしれない.しかし,怪談らしいところも少なく,筋立てもいたって平板.
 居どころ定めず浮船の二つ名をもつ長吉は,下総の八幡から江戸に出てきている.薬代のために吉原の朝日丸屋に身を売った女房のお累をかえりみず,汐留の船宿の娘,お千代と深い仲になり長之助という子まで設ける.ある日,長吉は女連れの上方者を乗せて神奈川へ向かう.途中,忘れ物を取りに一人陸に上がった助七を置いて,二人は房州那古へ駆け落ちする.女は昔なじみの清元延菊だった.
 5年の間に長吉はあくどく稼ぎ,数百両を持って,江戸本所へ舞い戻り,顔役となる.ある日,上方弁の屑屋が訪ねてきて,お菊を見つけて騒動になる.長吉は助七に金とお菊をやると丸め込み,多田の薬師の石置場で助七を殺す.その後,お菊は悪夢にうなされる.先祖の墓参りに出かけた帰りのこと,多田の薬師で,晴天にもかかわらす,お菊の顔に露がかかり,お菊は昏倒する.その後,お菊の顔半面がはれ上がる.長吉の子分らは,両国の垢離場に出かけて,お菊の平癒を祈願する.そこに助七の土座衛門が流れつき,財布から二分を抜き取る.長吉は気味悪がり,金を足して,吉原で全部使ってこいと子分らを送り出す.吉原朝日丸屋で出会ったのが,花の香ことお累.長吉は,病気のお菊をほったらかし,花の香のもとに入りびたる.起き上がることもできないはずのお菊が,子分の前でよろよろと立ち上がり,光り物とともに消える.吉原では病気のお菊がやってきたというので,部屋に寝かせるが,いつの間にか消え失せる.浮船長吉の家の前にいるお菊を,長屋の者がつかまえようとするが,障子をすり抜けて消える.
 いやな噂が立ってしまったので,長吉は木更津へ高飛びする.長吉は,やくざに絡まれている魚屋三五郎を助けたことがきっかけで,やくざの抗争に巻き込まれる.闇討ちで殺されそうになり,江戸へ戻ることにする.
 いじめられている子どもを助け,様子を尋ねてみると,実子の長之助とわかる.長吉は,お千代親子と暮らし始めるが,間もなく病に倒れる.妻のお千代に旧悪を告白し,死を覚悟する.そこへ訪ねてきたのが,お千代の父,平右衛門.下総八幡で穀屋を営んでおり,長吉に捨てられた娘のお累を身請けしてきたと事情を話す.これを病間で聞いていた長吉は,腹を切って詫びる.平右衛門は,長吉,助七,菊のために大法会を営み,通りかかった三五郎とともに彼らの菩提を願う.長之助は穀屋の店を継ぐ.


 春風亭柳枝,十談語,百花園, 77〜82号 (1892)
 三遊亭圓右,文弥殺し,文芸倶楽部, 21(10), 125-140 (1915)
 どちらも「宇都谷峠文弥殺し」の演題で知られた人情噺.十談語(とおだんご)は,春風亭柳枝(3)演,加藤由太郎速記.『百花園』に6回にわたって連載された.全6席,挿絵4枚.十団子は,宇都谷集落の軒先に吊される魔除けの小さな房団子.三遊亭圓右(1)演の,文弥殺し(ぶんやごろし)は,『文芸倶楽部』大正4年7月定期増刊号"旅の友"に掲載された.挿絵1枚.
 鞠子の宿に泊まり合わせた客の雑談.その晩,堤婆の仁三が盲人文弥の金を盗もうとして捕まる.簀巻きにされて殺されそうになるところを,重兵衛のとりなしで救われる.不安になった文弥は,江戸へ向かうはずの重兵衛に同道してもらって,難所の宇都ノ谷峠を夜越しする.峠の絶頂で2人は別れる.どうしても金が必要な重兵衛は,後ろから文弥を斬り殺して150両を奪う.それを辻堂から見ていたのが,ごまの灰の仁三.
 重兵衛の経営する居酒屋に現れた仁三.飲み代の釣りに半額の75両寄こせとゆする.川崎の出店で融通してもらおうと言って,仁三を連れ出し,途中の鈴ヶ森で殺す.ある日,老婆が居酒屋に奉公に来る.その素性を聞くと,文弥の母だと知れる.重兵衛の妻は,神経を病み発狂.重兵衛の悪事を口走り,ついに捕縛となる.


 談洲楼燕枝,和尚次郎心の毛毬栗,百花園, 79〜84号 (1892)
 和尚次郎心の毛毬栗(おしょうじろうこころにいがぐり)は,談洲楼燕枝(1)演,加藤由太郎速記.全5席,挿絵2枚.口上に,この噺は師匠の柳枝が得意にしていたが,結末がないことを残念に思い,三代目柳枝と相談の上,結末までの10回の読みきりとするとある.しかし,実際には前半部の5回で連載が終わっている.結果として,これが『百花園』での燕枝最後の口演になってしまった.
 川崎の宿屋でお蓮が癪に苦しんでいると,3人連れの客の1人が介抱してくれる.その晩,お蓮は自分から客のところに忍んでいく.お蓮は妊娠する.お蓮は本所の旗本森川主馬のところで屋敷奉公をしている.森川が好色なのをいいことに,お腹の子は森川の胤だと偽る.百両の金と短刀を授かり,鎌倉の実家で次郎吉を産む.
 8年後,鈴ヶ森で獄門になっている三人組を見かけ,次郎吉の父の七面の龍次が処刑されたと知る.その晩,お蓮は大胆にも獄門台から首を抜き取り,土に埋める.
 さらに8年後,次郎吉は出家して日照となり,小湊の誕生寺で修行している.病に伏しているお蓮は,父に次郎吉は森川の子ではないことを告白する.
 日照は深川浄心寺で説法し,今日蓮と噂されるほどの人気を得る.土地の娘が艶書を渡し,死ぬ覚悟で迫ってくるため,やむなく契る.このことが知れ,寺を追い出された次郎吉は,深川の博徒の仲間となり,後に和尚次郎と呼ばれる悪党となる.


 春風亭柳枝,富田屋惣吉,百花園, 83〜88号 (1892)
 富田屋惣吉(とんだやそうきち)は,春風亭柳枝(3)演,加藤由太郎速記.全6席,挿絵3枚.三芳屋の『柳枝落語集』に「富田屋政談」が載っており,ネットで読める.「富田屋政談」は「富田屋惣吉」の一部を抜き出したもの.
 富沢町の古着屋,富田屋が零落し,高利貸しの若林に,借金のかたに妹のおもとを女郎に売れと迫られる.おもとを吉原に売った帰り道,兄の惣吉は二人組の男に襲われ,金を奪われる.首を吊って死のうとするところを,高崎から江戸に出てきた天飼与五郎に救われる.乗ってきた駕籠の中にあったという大金を財布ごと恵まれる.
 牛込の旗本石川主膳の用人佐藤重兵衛は,甥の小八を養子にして育てた.小八の博奕ずきは手に負えないため,とうとう勘当した.重兵衛が蔵前の札差に金策に行った帰りを狙い,三味線堀で小八は重兵衛を殺し,金を奪う.しかし,酒に酔って金を駕籠に忘れてしまう.それを拾ったのが天飼だった.惣吉はもらった金で質屋に仕入れに出かける.そこに質入れに来たのが重兵衛の妻のお杉.自分の縫った財布を惣吉が持っているのを見て,惣吉を奉行所に召し連れ訴えする.惣吉は天飼が犯人だと思いこみ,自分がやったと証言する.家主らが惣吉の嘆願を相談しているところに,江戸見物をしていた天飼が通りかかる.天飼らは大岡越前守に駆け込み訴えをし,天飼の乗った駕籠屋の証言がきっかけで小八が捕まる.さらに,おもとの縫った財布が証拠で,惣吉を襲ったのが若林の番頭の権次郎だとわかる.


 禽語楼小さん,〓[ちきり]伊勢屋,百花園, 96〜113号 (1893〜94)
 〓[ちきり]伊勢屋(ちきりいせや)は,現代でも演じられる噺.禽語楼小さん(小さん(2))演,加藤由太郎速記.『百花園』に10回にわたって連載された.全10席,挿絵5枚.第9席の冒頭に,小さんが"マラリヤチブス"にかかって4ヶ月休載した経緯が書かれている.今でも1時間以上かかる長講だが,白井左近のエピソードから,品川の質屋まで克明に演じるとこのような長編人情噺になる.

〓[ちきり]:▽と△が上下につながったソロバン玉のようなちきりの形


 春風亭柳枝,天和政談,百花園, 102〜109号 (1893)
 天和政談(てんなせいだん)は,春風亭柳枝(3)演,加藤由太郎速記.全8回8席,挿絵4枚.「小堀政談」で知られる噺.翁家さん馬の「八百屋お七 恋廼緋鹿子」は,「天和政談」の内容を含む.この速記は,ネットで読める.
 小堀家の準養子弥平次は,左門を幽閉し,息子の弥之助に家督を継がす算段.忠義の女中お杉が,用人を頼って左門を逃がす.お杉は折檻され,書置を鏡の裏に隠して自害する.お杉の死骸を始末するため,湯灌場吉三に鑑札の手配を頼む.証拠の書置が見つかり,吉三らは捕縛される.左門を匿う用人の善太郎は貧窮し,息子の伝吉は家を出る.伝吉に目をかけた八百屋久四郎の娘がお七.八百屋お七,吉三のストーリーはこのあと.


 春風亭柳枝,性は善,百花園, 115〜116号 (1894)
 性は善(せいはぜん)は,春風亭柳枝(3)演,加藤由太郎速記.全2席,挿絵1枚.「両国橋上襤褸錦」の演題でも知られる噺.さらに心理的に掘り下げたのが,宇野信夫の「小判一両」だろう.歌舞伎のほか,三遊亭圓生(6)が演じている.
 師走の両国橋で物乞いをする浪人親子.そばには大福の屋台店.2日も何も食べないと訴える子供に,腹が減るなどとは泰平のたわごととしかりつける.その膝には涙がたまっている.後で支払うからと大福屋に頼むがすげない返事.見かねた雪駄直しが,大福を総仕舞いして,大福屋を追い払う.小屋者の手に触れた物は食べられないため,子供のおもちゃにしてくれと,大福を渡して立ち去る.
 雪駄直しは侍に呼び止められ,御馳走を受ける.こんな事をするくらいならば,あの浪人に大福なり金なり恵んでやれと侍をなじる.納得した侍は両国橋にかけつける.浪人親子は両国橋から身投げしていて,子供だけが助かった.侍はこの子を養育した.


 春風亭柳枝,島千鳥,百花園, 120〜147号 (1894〜95)
 島千鳥(しまちどり)は,春風亭柳枝(3)演,宮津起一・加藤由太郎・簗轍速記.『百花園』に25回にわたって連載.第5回は「島千鳥沖津白波」,第8,23,25回は「嶋千鳥」の演題.全25席,挿絵8枚.第6席の挿絵は,気丈にもお虎が敵地に乗り込んで,血まみれの喜三郎を担ぎ出す場面,でないといけないのだが,背負われているのは振り袖の娘.柳枝(3)の「佐原の喜三郎」,青木嵩山堂(1898)は,『百花園』の速記を利用しており,雑誌連載に関する記述を削っている.なお,この速記は,ネットで読める.


 春風亭柳枝,白子屋政談,百花園, 150〜175号 (1895〜96)
 麗々亭柳橋,恋娘昔八丈,文芸倶楽部, 6(6), 163-194 (1900)
 白子屋政談(しろこやせんだん)は,春風亭柳枝(3)演,簗轍・宮津起一・一邨淳士・加藤由太郎速記.『百花園』に20回にわたって連載.全20席,挿絵6枚.第18回の終わりに,速記者の加藤由太郎が,「白子屋」は次回で終え,歌舞伎座の菊五郎の出し物に合わせて「四谷怪談」をスタートすると口上を述べている.そのせいか結末部があっけなく,黄八丈を羽織ったお熊が裸馬で引き回しになるといった,有名なシーンがない.
 恋娘昔八丈(こいむすめむかしはちじょう)は,麗々亭柳橋(4)演,小野田翠雨速記.『文芸倶楽部』明治33年4月定期増刊号"講談大岡裁判"に掲載された.上下2席.挿絵1枚.20席もある長編をコンパクトにまとめるのは容易なことではない,と嘆いている.なお,春錦亭柳桜の「仇娘好八丈」の速記は,ネットで読める.


 春風亭柳枝,四谷怪談 お岩の伝,百花園, 175〜197号 (1896〜97)
 四谷怪談 お岩の伝(よつやかいだんおいわのでん)は,春風亭柳枝(3)演,加藤由太郎・吉田欽一速記.『百花園』に18回にわたって連載.全18席,挿絵4枚.春錦亭柳桜の「四谷怪談」の速記は,ネットで読める.


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 文芸倶楽部, 1編〜39巻1号, 博文館 (1895〜1933)
 『文芸倶楽部』は,1895(明治28)年1月から1933(昭和8)年1月までの39年間に586冊が発行された.文芸誌としてスタートし,樋口一葉,泉鏡花,幸田露伴,岡本綺堂などの作品が掲載されてきた.1896(明治29)年1月に圓朝の落語(畳水練)が載り,3巻12編からは毎号のように講談・落語速記が掲載された.毎月の発行に加え,1,4,7,10月の定期増刊号と合わせて年16冊が典型的な刊行パターンであった.「講談名妓伝」(写真),「講談落語 怪談揃」,「落語大全」などと題する定期増刊号には,読みきりの講談・落語速記がぎっしりと掲載されている.明治38年から十数年間,懸賞新作落語の募集が行われ,90作ほどの新作落語が掲載されている.そのうちのいくつか(「二人書生」,「意地くらべ」など)は,今に伝わっている.大正6年から長講講談の連載がはじまり,ほぼ同時期に落語速記がめっきりと減ってくる.講談速記の総数は1500席を超えている.しかし,講談の場合,口演速記は減り,小説家の創作とのボーダーがあいまいな作品が増えてくる.落語の場合,古典落語(当時はこの呼び名はないが)・人情噺・新作落語の区別はつく.昭和期には,書き落語が目立つようになる.昭和期の増刊号では,過去の号に載せた速記を再利用している.
 大正期の講談・落語記事については,(吉沢英明,講談・落語等掲載所蔵雑誌目次集覧−大正期−,私刊(1994))が詳しく,昭和元年までの落語家が演じた速記については演者ごとのリスト(山本進,諸芸懇話会会報(1987))にまとめられている.どちらも伝統芸能情報館(千代田区)で閲覧できる.
 大正元年までに発行された文芸倶楽部全冊がデジタル化されており,目次については書籍になっている(日本近代文学館,文芸倶楽部明治篇総目次,八木書店 (2005)).ただし,デジタル版の価格は180万円と高額であり,個人で購入するのは事実上ムリ.国立国会図書館で閲覧できる.大正・昭和期の冊子体については,三康図書館(港区)と日本近代文学館(目黒区)の所蔵を合わせると,38巻5号,38巻6号(1932)の2冊を除いて,すべて閲覧できる.
 ここでは,『文芸倶楽部』に掲載された人情噺を紹介する.巻次の呼び方が,巻編から途中で巻号へと変更されていることもあり,すべて5(13)のような表記で統一した.また,別表1には増刊号について一覧をまとめた.『文芸倶楽部』にある落語のリストについては,別表2にまとめた.


 麗々亭柳橋,明烏雪夜話,文芸倶楽部, 4(9), 194-211 (1898)
 明烏雪夜話(あけがらすゆきよのはなし)は,『文芸倶楽部』明治31年7月号に掲載.麗々亭柳橋(4)演,紫珊速記.全4席.挿絵1枚.「明烏」の原話.『名人名演落語全集』第2巻に復刻されている.


 三遊亭圓朝,政談月の鏡,文芸倶楽部, 5(2), 182-241 (1899)
 圓朝の「政談月の鏡」が,『文芸倶楽部』明治32年1月定期増刊号"講談揃"に転載されている.


 麗々亭柳橋,両国八景,文芸倶楽部, 5(13), 162-174 (1899)
 両国八景(りょうごくはっけい)は,『文芸倶楽部』明治32年10月号に掲載.麗々亭柳橋(4)演,小野田翠雨速記.挿絵1枚.「両国八景」という噺は,両国の見世物小屋の賑わいを描く落語と,この速記のように「八百蔵吉五郎」という人情噺を指す場合がある.
 両国の茶屋娘,お菊のところに通ってくる上客は,派手に祝儀を切り,造作を直す金も出す.近所の金棒引きのお町婆が,あの男は八百蔵吉五郎という盗人だとすっぱ抜く.吉五郎は3日でもお菊を女房にしないと顔が立たないという.親父はお町を刺し殺し,自分は自害する.吉五郎は捕縛され,お菊も百本杭で入水する.


 三遊亭金馬,黒雲お辰 夢の浮橋,文芸倶楽部, 6(6), 38-63 (1900)
 黒雲お辰 夢の浮橋(くろくもおたつ ゆめのゆきはし)は,『文芸倶楽部』明治33年4月臨時増刊号"講談大岡裁判"に掲載された.三遊亭金馬(小圓朝(2))演,石川景三速記.挿絵1枚.「正直安兵衛観音経」と同じストーリー.なお,麗々亭柳橋(4)の「正直安兵衛観音経」の速記は,ネットで読める.
 主人公が女盗賊の黒雲お辰,観音経を唱える善人の名が信兵衛,住まいが大和国添下郡.一方,「正直安兵衛観音経」の方は,主人公の盗賊が小鼠吉五郎,観音経を唱える善人の名が安兵衛,住まいが奥州小菅村.もともと「雲霧五人男」の一部だったという説明があるので,五人男の一人,木鼠吉五郎の名を引く「正直安兵衛観音経」の方がオリジナルと思われる.


 三遊亭金馬,小紫権八,文芸倶楽部, 6(10), 60-80 (1900)
 小紫権八(こむらさきごんぱち)は,『文芸倶楽部』明治33年7月臨時増刊号"講談名妓伝"に掲載.三遊亭金馬(小圓朝(2))演,翠雨生速記.全4席,挿絵1枚.同じ小圓朝の「比翼塚」の速記は,ネットで読める.やや細部の筋立てが違う.
 臆病のため,妻が乱暴され自害しても,手出しできなかった加藤平左衛門.このことが原因で浪人となる.病気で家計が成り立たないと,娘のおむらが琴を弾いて物乞いをする.乱暴者に連れ去られそうになるところを救ったのが平井権八郎.金を恵んだ上,医者を紹介され,平左衛門の病気も治る.
 今度は,白井家に金が必要と聞き,おむらは三浦屋に身を売り200両をこしらえる.その金を届けようとした平左衛門は,何者かに殺害され金を奪われる.権八は三浦屋の小紫(おむら)に通い詰めて勘当される.ある日,辻斬りをして得た200両を小紫に届けると,その財布は父の物だと言われる.権八は目黒祐天寺で切腹する.小紫も後を追って死ぬ.これを哀れんだ三浦屋主人が,比翼塚を建てた.権八が殺したのは,平左衛門の金を奪った男で,平左衛門を試し切りした旗本は,比翼塚の前で切腹した.


 麗々亭柳橋,三浦屋揚巻,文芸倶楽部, 6(10), 113-149 (1900)
 三浦屋揚巻(みうらやあげまき)は,『文芸倶楽部』明治33年7月臨時増刊号"講談名妓伝"に掲載.麗々亭柳橋(4)演,翠雨生速記.花鳥風月全4巻,挿絵1枚.父親である春錦亭柳桜(1)が演じた「黒手組戸沢助六」はネットで読める.「三浦屋揚巻」は助六のエピソードの抜読.
 寒空の中おでん燗酒を売る親父の素性を聞くと,花川戸助六が通う三浦屋の揚巻花魁の父だった.女衒のかんぺら紋兵衛に50両だまし取られ,親子が会うことができないと訴えられる.紋兵衛は,揚巻を張り合ってる剣術使いの鳥居新左衛門を焚きつける.道場にあいさつに来た助六に鳥居は斬りつける.助六は,二尺八寸の尺八で,鳥居や門弟を打ちのめす.
 牛若伝次が捕縛されるとき,とっさにおでん屋新兵衛の行灯に金を隠す.この金をくすね,新兵衛は揚巻の身請けをする.黒手組は所帯を持たないというルールがあるのだが,町奴たちの粋な計らいで,助六と揚巻は結婚する.出牢した牛若伝次は,隠居した新兵衛を訪ねる.助六は何も聞かず,50両を渡して帰す.新兵衛の身請金は刻印つきの盗金だったため,新兵衛は牢に入れられる.助六が身代わりに願って出る.自分が盗んだ金のせいで,助六が牢に入ったと聞き,牛若伝次は江戸に駆けつけ自首する.出牢したものの,助六は34歳で死亡.妻の揚巻も自害.浅草易行院に比翼塚が建てられる.


 橘家圓喬,巌亀楼亀遊,文芸倶楽部, 6(10), 251-261 (1900)
 巌亀楼亀遊(がんきろうきゆう)は,『文芸倶楽部』明治33年7月臨時増刊号"講談名妓伝"に掲載.橘家圓喬(4)演,翠雨生速記.挿絵1枚.
 幕末の横浜.豪商に案内されて巌亀楼に登楼した米国人のコンシフラー,どうしても亀遊花魁をあげたいとの所望.楼主の事をわけての懇願に,ようやく承知した亀遊は,部屋を片付けると言って一人戻る."露をだに厭ふ大和の女郎花 ふるあめりかに袖は濡らさじ"としたためて,喉を突いて自害していた.


 三遊亭圓朝,奴勝山,文芸倶楽部, 6(10), 262-281 (1900)
 奴勝山(やっこかつやま)は,『文芸倶楽部』明治33年7月臨時増刊号"講談名妓伝"に掲載.三遊亭圓朝(1)演,翠雨生速記.挿絵1枚.これが初出で,角川書店版の『三遊亭円朝全集』に収録されている.


 橘家圓喬,舟徳,文芸倶楽部, 6(12), 189-199 (1900)
 三遊亭圓喬,後の船徳,文芸倶楽部, 18(6), 54-66 (1912)
 橘家圓喬(4)が,初代古今亭志ん生が作った「お初徳兵衛」を2回に分けて演じている.現行の「船徳」は,その一部をふくらませた滑稽噺.発端部が『文芸倶楽部』明治33年9月号に掲載.翠雨生速記.挿絵1枚.その続編が,明治45年4月定期増刊号"名妓揃"に掲載.記載はないが,増刊号全体が今村次郎速記.挿絵1枚.どちらの噺も『明治大正落語集成』に復刻されている.


 三遊亭新朝,松枝宿の子殺し,百花園, 23号 (1890)
 橘家圓喬,怪談松井田宿,文芸倶楽部, 11(9), 271-285 (1905)
 三遊亭圓右,米搗の花嫁,文芸倶楽部, 22(6), 26-51 (1916)
 談洲楼燕枝,幽霊の手招ぎ,文芸倶楽部, 26(14), 72-82 (1920)
 圓朝の「菊模様皿山奇談」の抜読.
 『百花園』に載った三遊亭新朝演の「松枝宿の子殺し」は,『明治大正落語集成』に復刻されている.挿絵1枚.橘家圓喬(4)演の怪談松井田宿(かいだんまついだしゅく),談洲楼燕枝(2)演の幽霊の手招ぎ(ゆうれいのてまねぎ)も同じ部分の抜読.それぞれ,『文芸倶楽部』明治38年7月号(挿絵2枚),大正9年10月定期増刊号"不思議十八番"(挿絵1枚)に掲載.
 三遊亭圓右(1)演の米搗の花嫁(こめつきのはなよめ)は『文芸倶楽部』大正5年4月定期増刊号"花嫁くらべ"に掲載.挿絵2枚.お家の宝の皿を撞きこわす小皿山の由来の部分.


 林家正蔵,正直清兵衛,文芸倶楽部, 13(10), 287-293 (1907)
 人情噺の「正直清兵衛」は,「お藤松五郎」などと同様に,青蛙房の『落語辞典』に載っている演目.正蔵(5)の速記は,『明治大正落語集成』第6巻で復刻されている.


 橘家圓喬,江嶋屋,文芸倶楽部, 13(14), 1-17 (1907)
 三遊亭圓喬,夢の遺言,文芸倶楽部, 18(14), 14-33 (1912)
 圓朝の「鏡ヶ池操松影」の抜読.
 橘家圓喬(4)演の江嶋屋(えじまや)は,『文芸倶楽部』明治40年10月定期増刊号"講談落語 怪談揃"に掲載.挿絵2枚.老婆の呪いの部分.夢の遺言(ゆめのゆいごん)は,大正元年10月定期増刊号"夢揃ひ"に掲載.挿絵2枚.国宗の刀の詮議の部分.


 柳亭燕枝,お縫の火,文芸倶楽部, 13(14), 135-148 (1907)
 談洲楼燕枝,お縫の火,文芸倶楽部, 20(14), 86-109 (1914)
 お縫の火(おぬいのひ)は,『文芸倶楽部』明治40年10月定期増刊号"講談落語 怪談揃"と大正3年10月定期増刊号"新怪談揃"の2回にわけて掲載されている.談洲楼燕枝(2)演.各挿絵1枚,2枚.2回の間が7年もあいており,前半だけで独立した怪談として演じたものを,後日譚としてまとめた感がある.
 安永元年,本所四ツ目の旗本,猪飼五郎太夫が,清水町の名主長岡庄左衛門に,世話女のあっせんを頼む.自分の姪のお縫ならば,家を出たがっているので,10両の手切金で紹介しようと言う.お縫の実父の医者養泉は,妾をこしらえ,さらに養泉が死ぬと,妾のお松は弟子の養雪とくっついて,2人してお縫を折檻しているのだった.名主の長岡は,お松と養雪に,お前達は人別の上では下女と弟子に過ぎないと一喝し,タダでお縫を連れ去り,10両はくすねてしまう.
 屋敷奉公と聞いていたお縫だが,旗本屋敷には博奕のごろつきが出入りし,妾同然の扱いで,だまされたのだと気づく.一緒に逃げようとやさしい言葉をかけてきた庵崎の栄次に,猪飼から預かった知行所の上がり25両を預けて,屋敷を出る.小舟で佐賀町まで逃げ,舟底に隠れていろと言って,栄次は去る.船頭に聞かれて事情を話すと,それは栄次にだまされたと言われる.屋敷に戻ることもできず,万年橋から飛び込むが死にきれない.恥をしのんで,長岡の家を訪ねる.長岡はお縫を女郎に売って金にしようと,猪飼に持ちかけるが,猪飼は承知しない.50両でお縫をなぶり殺しにしろと命じる.長岡は,平井聖天に一時かくまうとお縫をだまして連れ出す.どしゃ降りの合羽干場でお縫を斬る.証拠隠滅に,お縫の顔の皮を切り落として捨てる.ふわふわと鬼火が飛んでいく.
 翌晩,猪飼の留守宅にあがりこんだ博奕仲間,奥間で三味線の音がするので見にいくと,お縫の後ろ姿.振り向くと,顔がスッパリとない.猪飼屋敷には,毎晩火の玉が転がると噂が立ち,ついに猪飼の家は断絶する.本所七不思議の一つ,お縫の火の話(前半).
 悪事露見をおそれた庄左衛門は江戸を離れ,以前に世話をした高崎在金子村の国蔵親分にやっかいになる.渋川在の名主善右衛門の世話で,善右衛門が手をつけた芸者のお花を嫁に迎える.ある日,立場茶屋に休んでいると,庵崎の栄次に出会う.自分が犯人だということを隠ぺいするために,お前がお縫を殺したと栄次に言いがかりをつけ,金をゆすり取る.その金も博打にとられ,家に戻ると男女の話し声.間男と見つけたと飛び込むと,中にいたのは,お花と親代わりの善右衛門.引っ込みがつかなくなり,善右衛門を蹴飛ばすと,打ちどころ悪く死んでしまう.ここからは,「引窓与兵衛」の趣向.善右衛門の死骸は,小博打していた子分たちに殴られ,自分の家の井戸に投げ込まれる.みんなから金をせしめ,うまく行ったかに思えたのだが,次第に庄左衛門の悪い噂が立ちはじめる.お花とともに江戸へ逃げ出したのだが,敷島川を渡るときに,お花が善右衛門の姿になり,思わず切りつける.すると,お縫の声がして陰火がスーッと飛んでいく.庄左衛門は道をさまよい,国蔵の門口に昏倒する.庄左衛門はうわごとでこれまでの悪事を口走る.お花も国蔵に助けられており,すべてが露見する.庄左衛門と猪飼五郎太夫は死罪となる(後半).


 三遊亭小圓朝,乳房榎,文芸倶楽部, 13(14), 190-205 (1907)
 三遊亭圓右,雀の化物,文芸倶楽部, 22(10), 63-74 (1916)
 三遊亭小圓朝,乳房の榎,文芸倶楽部, 34(10), 222-233 (1928)
 圓朝の「怪談乳房榎」の抜読.
 三遊亭小圓朝(2)演の「乳房榎」は『文芸倶楽部』明治40年7月定期増刊号"講談落語 怪談揃"に掲載.挿絵2枚.おきせ口説き,重信殺し,十二社の滝の部分.昭和3年9月増刊号"怪談名作揃ひ"に再掲されている.挿絵3図.
 三遊亭圓右(1)演の雀の化物(すずめのばけもの)は,大正5年7月定期増刊号"化物くらべ"に掲載.おきせの死の部分.挿絵1枚.


 三遊亭圓右,仙台屋,文芸倶楽部, 13(14), 218-229 (1907)
 三遊亭圓右(1)演の,仙台屋(せんだいや)は,『文芸倶楽部』明治40年10月定期増刊号"講談落語 怪談揃"に掲載.挿絵1枚.
 京橋金六町の箪笥商仙台屋の千右衛門は,出入りの植木屋宇兵衛に懇願し,娘のおあさを千之助の嫁にもらう.まもなく千右衛門は病死,千之助はつきあいで行った深川芸者,おたきと馴染みになる.番頭喜兵衛のたくらみで,おたきを家に迎え入れる.ある日,手紙を持たせて巣鴨の実家におあさを里帰りさせる.手紙を開いてみると,何とそれは離縁状.おあさはあわてて家に戻り,訳を聞くと,洒落だとの言い訳.その場は収まったが,おたきに焚きつけられ,もう一度離縁状を持たせて里に帰す.手紙を開いたおあさは,喉を突いて自害する.死骸を抱いた宇兵衛は,おあさよ仙台屋をつぶしてやれと,京橋の方をにらみつける.
 今度は戻って来るまいと噂をしているところへ,おあさが戻ってくる.家風に合わないから離縁するのだ,今夜は寝ろと,おあさを寝かす.そこへ,宇兵衛方からおあさが死んだとの報せが来る.仙台屋には化物が出ると噂が立ち,ついには千之助,おたきはのたれ死にした.


 三遊亭小圓朝,阿花粂之助,文芸倶楽部, 14(6), 116-127 (1908)
 三遊亭小圓朝(2)演の,阿花粂之助(おはなくめのすけ)は,『文芸倶楽部』明治41年4月定期増刊号"花くらべ"に載っている.挿絵1枚.粂之助の放逐まで.円朝全集の「闇夜の梅」(穴釣り三次)では,登場人物はお梅と粂之助.


 柳亭燕枝,子宝,文芸倶楽部, 14(6), 213-223 (1908)
 子宝(こだから)は,『文芸倶楽部』明治41年4月定期増刊号"花くらべ"に掲載.柳亭燕枝(2)演,挿絵1枚.
 神田豊島町の越前屋佐兵衛夫婦には子供がいない.近所の浪人者,山本久兵衛の娘おさよをかわいがっている.ある日,おさよを湯浴みさせ,着飾って浅草寺に連れて行くと,占いの店を出している山本に出会う.山本は,自分には娘などいない,のちほど挨拶にうかがうという.手打ちになるかと恐れていた佐兵衛に,娘を養育してくれと山本は申し出る.近所に実父がいては気兼ねだろうと,山本はどこかへ去ってしまう.後に,火事で焼け出された佐兵衛夫婦を,16歳になったおさよが身を売って助けたという.


 桂楽翁,西海浪隆盛,文芸倶楽部, 14(14), 115-124 (1908)
 西海浪隆盛(にしのうみなみのたかもり)は,『文芸倶楽部』明治41年10月定期増刊号"心中譚"に掲載された芝居噺.桂楽翁(文治(6))演.挿絵1枚.
 大坂相撲の鱗島勇吉,桜の宮で心中しようとするところを大島三郎と名のる男に救われる.使い込んだ金を恵まれ,心中相手のおなみと夫婦になる.明治9年,鱗島は出世し,年寄となって鹿児島へ巡業する.料理屋に呼ばれた鱗島は,大島こと西郷隆盛に再会する.改めてそちの命は申し受けたと,西郷の言葉.その意味は,西郷とともに出京し,征韓論を用いさせんとの誘い.そこに相撲の触れ太鼓.東が残らず勝ったるは,コリャ忌わしい,チョン,辻占であるの.


 三遊亭小圓朝,若草双紙,文芸倶楽部, 14(14), 145-159 (1908)
 三遊亭圓喬,またかのお関,文芸倶楽部, 17(14), 141-155 (1911)
 三遊亭圓右,按摩の幸次,文芸倶楽部, 29(5), 277-289 (1923)
 月の家圓鏡,大べら棒,文芸倶楽部, 30(15), 403-410 (1924)
 三遊亭小圓朝(2)演の,若草双紙(わかくさぞうし)は,『文芸倶楽部』明治41年10月定期増刊号"心中譚"に掲載.挿絵2枚.圓朝の「緑林門松竹」の抜読.この噺と「緑林門松竹」の人物名[ ]とでは違っている.遊女若草[常磐木]を取り合う剣術師安田郷左衛門[天城豪右衛門]と若旦那の伊勢屋庄三郎[阿波屋惣次郎].恋心から病に伏せる許嫁のおさき[おくみ].安田と誤って伊勢屋主人を刺してしまう侠客菊松[小僧平吉].若草と庄三郎は心中し,おさきは庄三郎の従兄弟と結婚して伊勢屋を継ぐ,と結末をつけている.
 橘家圓喬(4)演の,またかのお関(またかのおせき)は,『文芸倶楽部』明治44年10月定期増刊号"古今妖婦伝"に掲載.挿絵1枚.女占い者が,ガラリと鉄火になるところが眼目.三遊亭圓生(6)の速記・音源が残っている.
 三遊亭圓右(1)演の按摩の幸次(あんまのこうじ)は,『文芸倶楽部』大正12年4月号に掲載.挿絵1枚.「按摩の幸治」は「緑林門松竹」の終盤,おなつの板の間かせぎの部分.林家正蔵(8)の音源が残っている.
 大べら棒(おおべらぼう)は,「やんま久次」の別題.円朝全集には載っていない.一朝老人から林家正蔵(8)に伝わり,『林家正蔵集』に速記が残されている.『文芸倶楽部』大正13年11月号に掲載.月の家圓鏡(三遊亭圓遊(3))演.挿絵3枚.こちらの速記では,主人公の名前は久次でもなく,大やんまの彫り物をしている訳でもないが,筋立てはほぼ一緒.
 番町の旗本の次男伝次郎は,夜鷹頭の家にごろごろして博打三昧.金がなくなると屋敷に無心にくる.友人の借金の請け人になっており,このままだと遠島になるといって,老母から金をせびろうとする.そこへ長男が伝次郎を呼びつけ,一間へ通す.そこは畳が裏返っており,切腹の支度ができている.武士らしく腹を切れと迫るところに,剣術の先生がやってきてとりなしてくれる.以後,改心するからと屋敷を出た伝次郎.小遣いにもらった二百文を鼻で笑って,心を改めろなんぞできるものか.あいつらは結構な遊びも知らず,万年青を仕立てるのを楽しみにしてやがる.馬鹿にするな,この大べらぼう.


 三遊亭圓喬,市松おむら,文芸倶楽部, 14(14), 214-227 (1908)
 三遊亭圓右,式部屋おむら,文芸倶楽部, 20(6), 53-65 (1914)
 圓朝の「業平文治漂流奇談」の抜読.
 橘家圓喬(4)演の市松おむら(いちまつおむら),三遊亭圓右(1)演の式部屋おむら(しきぶやおむら)は,それぞれ,『文芸倶楽部』明治41年10月定期増刊号"心中譚"(挿絵1枚),大正3年4月定期増刊号"色くらべ"(挿絵1枚)に掲載.
 いずれも,お村友之助の心中と式部屋の掛合の部分.


 三遊亭圓喬,法楽舞,文芸倶楽部, 15(2), 1-19 (1909)
 圓朝の「名人くらべ」の抜読.橘家圓喬(4)演の,法楽舞(ほうらくのまい)は,『文芸倶楽部』明治42年1月定期増刊号"名人揃"に載っている.挿絵2枚.毬信とお須賀の出会いの部分.『これが志ん生だ!』第4巻(三一書房(1995))に復刻されている.


 三遊亭圓右,名人長次,文芸倶楽部, 15(2), 175-193 (1909)
 圓朝の「指物師名人長次」の抜読.三遊亭圓右(1)演の,名人長次(めいじんちょうじ)は,『文芸倶楽部』明治42年1月定期増刊号"名人揃"に載っている.挿絵2枚.仏壇こわし〜湯河原湯治の部分.


 三遊亭圓喬,孝女お里,文芸倶楽部, 15(9), 271-283 (1909)
 三遊亭圓朝,お民天晴れ,文芸倶楽部, 32(6), 32-55 (1926)
 圓朝の短編連作「操競女学校」.橘家圓喬(4)演の,孝女お里(こうじょおさと)は『文芸倶楽部』明治42年7月号に掲載.挿絵1枚.『明治大正落語集成』に復刻されている.圓朝演の,お民天晴れ(おたみあっぱれ)は『文芸倶楽部』大正15年5月号に掲載.挿絵3枚.言うまでもなく,それぞれ,「お里の伝」「お民の伝」


 三遊亭小圓朝,駕籠の夢,文芸倶楽部, 15(14), 67-81 (1909)
 三遊亭圓右,累ヶ淵(上),文芸倶楽部, 16(14), 126-142 (1910)
 三遊亭圓喬,累ヶ淵(下),文芸倶楽部, 16(14), 142-162 (1910)
 三遊亭圓右,婚礼場,文芸倶楽部, 20(14), 218-231 (1914)
 三遊亭小圓朝,濡髪おしづ,文芸倶楽部, 21(6), 85-109 (1915)
 三遊亭圓右,師匠の嫉妬,文芸倶楽部, 24(10), 136-153 (1918)
 三遊亭一朝,宗悦殺し,文芸倶楽部, 32(14), 498-504 (1926)
 三遊亭圓生,讐同志,文芸倶楽部, 32(14), 505-520 (1926)
 三遊亭圓橘,寿司屋の二階,文芸倶楽部, 32(14), 521-532 (1926)
 三遊亭圓右,駕籠の怪,文芸倶楽部, 32(14), 532-546 (1926)
 三遊亭圓楽,婚礼場,文芸倶楽部, 32(14), 547-559 (1926)
 三遊亭圓喬,累ヶ淵,文芸倶楽部, 34(10), 180-195 (1928)
 三遊亭圓右,按摩宗悦殺し,文芸倶楽部, 35(9), 178-194 (1929)
 三遊亭圓喬,豊志賀の怨霊,文芸倶楽部, 35(9), 196-211 (1929)
 三遊亭小圓朝,駕籠の夢,文芸倶楽部, 35(9), 212-227 (1929)
 圓朝の代表作,「真景累ヶ淵」は繰り返し演じられている.
 三遊亭小圓朝(2)演の,駕籠の夢(かごのゆめ)は,『文芸倶楽部』明治42年10月定期増刊号"続怪談揃"に掲載された.挿絵1枚.「迷いの駕籠」の部分.濡髪おしづ(ぬれがみおしず)は,大正4年4月定期増刊号"人情くらべ"に掲載された.お賤新吉の湯灌場〜聖天山の場面.挿絵2枚.
 「累ヶ淵」「宗悦殺し」から「お久殺し」までを上下2席に分けて,圓右・圓喬がリレー形式で演じている.明治43年10月定期増刊号"続々怪談揃"に掲載された.各挿絵1枚,2枚.昭和4年8月号"怪談名作揃ひ"でも再掲されている.昭和4年8月号では,小圓朝の「迷いの駕籠」を加えた上中下の3席ものの扱いで再掲されている.昭和3年9月号では,圓喬の「お久殺し」を再掲している.
 圓右(1)演の,師匠の嫉妬(ししょうのしっと)は,大正7年7月定期増刊号"講談落語七不思議"に掲載された.豊志賀の死の場面.挿絵1枚.婚礼場(こんれいば)は,大正3年10月定期増刊号"新怪談揃"に掲載された.お累の婚礼の場面.挿絵1枚.
 大正15年10月増刊号"続実説怪異百物語"で「宗悦殺し」から「お累の婚礼」まで5席にわけて演じられている.大正15年頃の『文芸倶楽部』は,「祐天吉松」や「相馬大作」など,有名どころの話を通しで載せることが多かった.演者は,一朝,圓生(5),圓橘(4)(小圓朝(3)),圓右,圓楽(3)(正蔵(8))の5人.挿絵は,「宗悦殺し」が2枚,他は各3枚.


 三遊亭圓喬,栗橋宿,文芸倶楽部, 15(14), 147-167 (1909)
 三遊亭圓右,夜半の下駄の音,文芸倶楽部, 25(6), 85-97 (1919)
 三遊亭圓馬,柳島の寮,文芸倶楽部, 32(8), 390-402 (1926)
 三遊亭圓生,カランコロン,文芸倶楽部, 32(8), 402-413 (1926)
 三遊亭圓橘,お国源次郎,文芸倶楽部, 32(8), 414-427 (1926)
 三遊亭圓右,お峰ころし,文芸倶楽部, 32(8), 428-440 (1926)
 三遊亭圓楽,仇討本懐,文芸倶楽部, 32(8), 440-448 (1926)
 圓朝の代表作,「怪談牡丹燈籠」は繰り返し演じられている.
 圓喬(4)演の,栗橋宿(くりはしじゅく)は,『文芸倶楽部』明治42年10月定期増刊号"続怪談揃"に掲載.挿絵2枚.圓右(1)演の,夜半の下駄の音(よわのげたのね)は,大正8年4月定期増刊号"おばけと幽霊"に掲載.挿絵1枚.
 大正15年7月号で,発端部からから結末まで5席にわけて演じられている.演者は,圓馬(3),圓生(5),圓橘(4)(小圓朝(3)),圓右,圓楽(3)(正蔵(8))の5人.挿絵各2枚.


 三遊亭圓右,宮の越検校,文芸倶楽部, 15(14), 214-230 (1909)
 宮の越検校(みやのこしけんぎょう)は,『文芸倶楽部』明治42年10月定期増刊号"続怪談揃"に掲載.三遊亭圓右(1)演.挿絵2枚.
 文桂という按摩,客の物を盗んだため,江戸の豊の市のもとで修行しなおせと,故郷の豊橋を追い出される.箱根山中の辻堂で雨宿りする.居あわせた旅人の疝癪を療治していると,金を持っている様子.急所に鍼をうって,金を奪って逃げる.
 文桂は如才ない男で,盗んだ金で療治があったように見せかけ,師匠に気に入られる.5年のちには,宮の越検校の位を買うほどの出世.先代宮の越の娘みつを養育し,盆の施行をする.盆の迎え火を焚いていると,乞食が現れ,おみつの手をつかむ.家人が出てくると,乞食の姿はなく,おみつが「文桂よくも俺を殺したな」と語り出す.
 年老いた按摩を呼んだ与吉は,世間話のうちに,宮の越検校は豊橋出身の元文桂という名だと知る.箱根で殺された父の死骸に残っていたのが,文桂の名札.奉行所に訴え,宮の越は召し捕りになる.


 三遊亭小圓朝,有松屋美代吉,文芸倶楽部, 16(10), 56-73 (1910)
 三遊亭小圓朝(2)演の,有松屋美代吉(ありまつやみよきち)は,圓朝の「松と藤芸妓の替紋」の抜読.『文芸倶楽部』明治43年7月定期増刊号"情話くらべ"に掲載.挿絵1枚.


 三遊亭圓馬,人来鳥お歌,文芸倶楽部, 17(2), 56-71 (1911)
 三遊亭小圓朝,お松御殿,文芸倶楽部, 18(9), 67-82 (1912)
 三遊亭圓右,榛名の捕物,文芸倶楽部, 23(14), 164-186 (1917)
 いずれも,圓朝の大長編「後開榛名の梅が香」の抜読.
 三遊亭圓馬(2)演の,人来鳥お歌(ひとくどりおうた)は『文芸倶楽部』明治44年1月定期増刊号"娘揃ひ"に掲載.挿絵1枚.草三を追って信州へ向かうお歌の災難の場面.
 三遊亭小圓朝(2)演の,お松御殿(おまつごてん)は『文芸倶楽部』明治45年6月紀念増刊号"講談落語廿五名家選"に掲載.挿絵1枚.木曽福島のお松の方のお藤殺しと幼い登太郎の仇討の部分.恒川半三郎が罪を引き受けるのではなく,登太郎の罪は許されるという結末をつけている.
 三遊亭圓右(1)演の,榛名の捕物(はるなのとりもの)は『文芸倶楽部』大正6年10月定期増刊号"古今探偵腕くらべ"に掲載.挿絵2枚.


 三遊亭圓喬,江戸娘,文芸倶楽部, 17(2), 119-140 (1911)
 三遊亭圓右,雪の夜嵐,文芸倶楽部, 21(6), 151-163 (1915)
 三遊亭圓右,腰元お梅,文芸倶楽部, 22(14), 128-147 (1916)
 「菊模様延命袋」が3回に分けて演じられている.圓喬の「菊模様延命袋」の速記はネットで読める.
 橘家圓喬(4)の江戸娘(えどむすめ)は,明治42年1月定期増刊号"娘揃ひ"に掲載された.お袖が役者の菊五郎と僧義当の妾になり,どちらの子ともわからない子供を宿し,義当に掛けあうが,羅切の跡を見せられ追い返されるという,「菊模様延命袋」の冒頭の部分.
 雪の夜嵐(ゆきのよあらし)は,大正4年4月定期増刊号"人情くらべ"に掲載された.三遊亭圓右(1)演.挿絵1枚.菊五郎の養子に引き取られた丑之助.嵐雛助の息子の重助とは同い年の19歳で,仲が良い.酔った弟子の新兵衛が雛助の後家を口説いたが,こっぴどく突っぱねられ,廊下に寝込む.戸棚から出てきた丑之助を後家が口説く.目を覚ました新兵衛が丑之助を押さえつける.打ちどころが悪く,新兵衛は死んでしまう.戻ってきた重助が後始末し,七之助は出家し,江戸延命院日当となる.
 腰元お梅(こしもとおうめ)は,大正5年10月定期増刊号"政談五人娘"に掲載された.三遊亭圓右(1)演.挿絵2枚.延命院に墓参に来た旗本の越本のお梅を納所の柳全がはらませる.堕胎するため池上にむかうが,途中で雷に会い,介抱したごろつきの七之助の言葉に従って,ともに暮らす.七之助は,お梅と赤子を連れて,延命院にゆすりに行く.対応した柳全は元御家人で,悪いことにかけては七之助よりも上手.お梅は入水.七之助はもらった100両も博打で取られ,下総で蓮華往生の片棒を担ぐ.


 三遊亭小圓朝,四つ目小町,文芸倶楽部, 17(2), 205-222 (1911)
 三遊亭小圓朝(2)演の四つ目小町(よつめこまち)は,圓朝の代表作「塩原多助一代記」の抜読.『文芸倶楽部』明治44年1月定期増刊号"娘揃ひ"に掲載.挿絵2枚.四つ目小町と言われた藤野屋のお花と多助の婚礼の部分.婚礼衣装の振袖をナタで切り落とすシーンが眼目.


 土橋亭りう馬,迷子札,文芸倶楽部, 17(6), 113-130 (1911)
 迷子札(まいごふだ)は,『文芸倶楽部』明治44年4月定期増刊号"白浪集"に掲載された.土橋亭里う馬(7)(司馬龍生(7)改め)演.挿絵1枚.この速記は導入部で,フルバージョンの「迷子札」(翁家さん馬(5)演)はネットで読める.
 日雇取りの多吉,病気の母を抱えて年越しの金がない.大晦日の晩,出来心で盗みに入った手習師匠の保科利助に諭され,利助から金や品物,子供の幸八からは迷子札を渡される.家に戻ると母は死亡.四十九日の墓参で紙入れを拾い,持ち主である本郷の絹屋に届ける.礼金を差し出されるが,迷子札に済まないと受け取らない.このことが縁で,絹屋の奉公人となる.


 古今亭今輔,辰巳のお仲,文芸倶楽部, 18(6), 79-91 (1912)
 古今亭今輔(3)の辰巳のお仲(たつみのおなか)は,『文芸倶楽部』明治45年4月定期増刊号"名妓揃"に掲載された.挿絵1枚.
 木場の髪結,平吉は,出入りの旦那衆に連れられて船遊びに出かける.別の船で遊んでいた武士をからかったため,怒った武士が船に乗り込んで刀を振り回す.木場の旦那衆は水に飛び込んで逃げたが,船に残ったのは櫓下の芸者お仲と,船べりにつかまっていた平吉ばかり.平吉は武士に腕を落とされ,死んでしまう.許婚者のお石は,平吉の家に嫁いで,残された父親の看病をする.しかし,金に詰まり,お仲の宅を訪れ,自分も芸者にしてくれと頼む.お仲は,無証文で30両を貸してやる.看病の甲斐なく,義父が死ぬ.義理立てに再びお仲を訪れ,芸者となる.お仲の留守に,お石に初めてのお座敷がかかる.なんと,お客はお仲.お石を身請けして,両親のもとに返してやる.このことで,辰巳のお仲の名はいっそう高くなった.


 談洲楼燕枝,御所車花五郎,文芸倶楽部, 19(6), 92-113 (1913)
 談洲楼燕枝,西海屋,文芸倶楽部, 19(14), 100-119 (1913)
 いずれも「西海屋騒動」の抜読.「西海屋騒動」の速記は,「唐土模様倭粋子」の演題でネットで読める.談洲楼燕枝(2)の演じる「御所車花五郎」は大正2年4月定期増刊号"花づくし"に掲載された.挿絵2枚.悪政を行う信州松代の町奉行郡伴蔵らを元力士の御所車花五郎が成敗するくだり.
 同じく談洲楼燕枝(2)の演じる「西海屋」は大正2年10月定期増刊号"拾遺怪談揃"に掲載された.挿絵2枚.西海屋では主人が死に,幼い息子の松太郎は武州白子の直十に預けられ,番頭の清蔵が主人となっている.清蔵は旧恩を忘れ,西海屋を乗っ取る計画.妻のおていを毒殺せんと,飯炊きの嘉助を抱き込む.嘉助は実は忠僕で,計画をおていに漏らす.しかし,おていは病に倒れ,清蔵に締め殺される.さらに松太郎も毒殺せよと命じる.嘉助は,後日の証拠となる報酬の証文を書かせる.直十の家には,おていの幽霊が現れる.そこに嘉助が訪れ,仇討の相談となる.


 三遊亭小圓朝,塩原の怨霊,文芸倶楽部, 19(14), 55-65 (1913)
 「塩原多助後日譚」の抜読.塩原の怨霊(しおばらのおんりょう)は,『文芸倶楽部』大正2年10月定期増刊号"拾遺怪談揃"に掲載.三遊亭小圓朝(2)演.挿絵1枚.『三遊亭円朝全集』には,三遊亭金馬(小圓朝(2))の演じる「塩原多助後日譚」が載っている.
 「塩原の怨霊」は,田舎者の喜六から預かった金を,証文がないのをいいことに番頭の角右衛門は返却しない.翌日,喜六の水死体が塩原の河岸に流れ着く.それからは炭屋塩原の没落がはじまる.角右衛門の女房は変死,角右衛門も喜六の幽霊に水中に引き込まれる.


 談洲楼燕枝,片手屋,文芸倶楽部, 20(10), 83-94 (1914)
 片手屋(かたてや)は,『文芸倶楽部』大正3年7月定期増刊号"善悪かゞみ"に掲載.談洲楼燕枝(2)演.挿絵1枚.奇談の類.
 三島の小間物屋,三国屋嘉兵衛には子供がいない.19歳の太吉を将来の跡取りと見込んで,江戸までの仕入れに同行させる.神奈川宿の定宿には,おきくという嘉兵衛お気に入りの女中がいる.夜中に小便に立った太吉は,宿の女将とお梅という女中の密談を立ち聞きする.女将の簪をおきくの葛籠に隠し,おきくに泥棒の罪をなすりつけて辞めさせようという企みだった.翌日,大森までやってきて,太吉は主人に昨晩見たことを話す.嘉兵衛は一人で神奈川に戻り,太吉は江戸馬喰町の宿屋で主人を待つことにする.
 嘉兵衛は宿の主に後妻の企みをあばいて意見をする.そのとき,安政の大地震が太吉を襲う.嘉兵衛が馬喰町に駆けつけると,太吉は左手が梁の下敷きになったまま倒れている.やむなく,道中差しで左腕を切り落とし,太吉を助ける.おきくの難儀を救った善根で助かったのだと,おきくを養女に迎え,太吉を婿として店を譲った.のちに,太吉夫婦は相州畑で片手屋という煙草屋を開いた.


 朝寝坊むらく,姉の手,文芸倶楽部, 20(14), 133-145 (1914)
 姉の手(あねのて)は,『文芸倶楽部』大正3年10月定期増刊号"新怪談揃"に掲載.朝寝坊むらく(三遊亭圓馬(3))演.挿絵1枚.サゲがついており落語の体裁だが,『落語事典』に載っていないため,ここであらすじを紹介する.
 丸山応挙の描いた,幽霊が鏡にむかって櫛を入れて覗きこんでいる絵がある.京都錦小路の屋敷に姉妹が暮らしていた.姉のおきぬを妹のおさよが看病している.姉の亭主が妹に手をつけてしまった.これを悟った姉は修羅の炎で病は重くなるばかり.ある日,旦那に会いたいと願うと,手が離せないのでこちらへ来いとのお達し.無理に体を洗い,鏡台に向って痩せこけた顔にお白粉を塗り,髪に櫛をあてる.まさに幽鬼のよう.私の命はもう長くない,この後は旦那もお前にやるから面倒を見ておくれ,とジロリとにらむ.おきぬはもはや歩けないため,おさよが背負って廊下に出るが,数歩も歩けずバタリと倒れこみ,おきぬは絶命する.おきぬの両手がおさよの乳にくっついて離れない.手首を切ってお絹の死骸を埋葬する始末.もはや旦那と夫婦にはなれないと,おさよは高野山を目指して家を出る.三十石の船中で,おさよはざんげ話をする.これを聞いた男,堺妙国寺の住職に相談すると,尼にならないでもよいとの意外な回答.たたりなどあるか,もう姉の手は切れている.


 談洲楼燕枝,恋のもつれ,文芸倶楽部, 21(6), 23-48 (1915)
 談洲楼燕枝,花婿の怨,文芸倶楽部, 25(14), 216-239 (1919)
 「千人塚の由来」の抜読.談洲楼燕枝(2)演の,恋のもつれ(こいのもつれ)は,『文芸倶楽部』大正4年4月定期増刊号"人情くらべ"に掲載.挿絵2枚.同じく,燕枝(2)演の,花婿の怨(はなむこのうらみ)は,『文芸倶楽部』大正8年10月増刊号"奇談怪談 びっくり競べ"に掲載.挿絵2枚.柳亭燕枝(談洲楼燕枝(2))の「千人塚の由来」の速記はネットで読める.
 「恋のもつれ」は「千人塚の由来」の発端.小町娘のおてるに恋した醜男の山口兵馬が,小指を切って手代の源七に仲立ちを頼む.小指を怪我した身代わりの美男子を兵馬と思い込ませ,結婚がまとまる.兵馬を一目見たおてるは婚礼の場を飛び出して,両国橋から飛び込む.それを救ったのが身代わりの高岡佐次馬.
 「花婿の怨」は,その続き.おてるが急病だといつわって婚礼を日延べする.娘可愛さにおてると高岡を内祝言させ,兵馬にはおてるが病気といつわり続ける.山口出入りの商人の一言で,自分がだまされたと知った兵馬は,主の金を盗んで手代に謝礼を用立てたことが明らかになることを恐れ,怨みを飲んで切腹する.山口家は改易になる.おてるの生んだ赤ん坊は,小指がなく兵馬に瓜二つ.子供のくせに家に火をつけたりする.和泉屋の主は,孫を刺し殺して自殺する.和泉屋は微禄し,裏長屋住まいとなる.


 三遊亭圓右,孝子の鑑,文芸倶楽部, 21(14), 129-152 (1915)
 圓朝の「英国孝子ジョージスミスの伝」の抜読.三遊亭圓右(1)演の,孝子の鑑(こうしのかがみ)は,『文芸倶楽部』大正4年10月定期増刊号"めでたづくし"に載っている.挿絵2枚.


 三遊亭圓右,福禄寿祝盃,文芸倶楽部, 23(2), 63-78 (1917)
 圓朝の「福禄寿」を.三遊亭圓右(1)が演じている.福禄寿祝盃(ふくろくじゅいわいのさかずき)は,『文芸倶楽部』大正6年1月定期増刊号"大当利宝船"に載っている.挿絵1枚.


 三遊亭圓右,上方芝居,文芸倶楽部, 23(6), 140-155 (1917)
 三遊亭圓右(1)演の,上方芝居(かみがたしばい)は,『文芸倶楽部』大正6年4月定期増刊号"講談落語百物語"に掲載.挿絵1枚.「長崎の赤飯」の別題ともされている.たしかに筋立ても似ており,滑稽な部分がほとんど.怪談噺に仕立てるため,「長崎の赤飯」のようなハッピーエンドにしなかったのかもしれない.
 石町の伊勢屋長右衛門の一人息子の久次郎は,吉原通いにふけっている.一度,吉原から離れさせようと,上方の出店に旅に出される.大坂では,島の内の芸者春吉と馴染みになり,夫婦約束をする.江戸の母親が病気という手紙が来たため,必ず帰ると約束して江戸に戻る.江戸では再び吉原通い.春吉は乞食の姿に身を変えて,苦労の末,伊勢屋を訪れる.久次郎は死んだと言われ,権助と一緒に寺詣りに出かける.途中,銭湯に入って,もとの美しい春吉に戻る.案内された久次郎の墓の前で,春吉はノドを突く.自分の汚い姿を見て,若旦那は死んだと嘘をついたんだと聞いた春吉は,吉原の方をにらんで死ぬ.
 半蔵松葉屋で遊ぶ久次郎の前に,血まみれの春吉が現れる.久次郎は昏倒して大騒ぎ.そこへ,春吉が死んだという使者が来る.気に病んだ久次郎は病死してしまう.


 三遊亭圓右,見えたか甚兵衛,文芸倶楽部, 23(10), 197-206 (1917)
 三遊亭圓右(1)演の,見えたか甚兵衛(みえたかじんべえ)は,『文芸倶楽部』大正6年7月定期増刊号"金持くらべ"に掲載.挿絵1枚.「塩原多助」のような倹約立志伝."見えたか"のあだ名は,家に灯火をともさず,来客には火打ち石の火花ではき物を探させ,"見えたか","見えたか"と尋ねるため.
 越後の関川から江戸へ出てきた甚兵衛さん,米屋に奉公する.1文でお店のサンダラボッチを買って,夜なべでサシをこしらえ,サシで得た金でワラジをこしらえ,と,次第に小金をためる.続いて三河屋という炭屋に奉公し,粉炭を集めたりして主人の信頼を得る.結婚し,三河屋ののれんを分けてもらう.ただ金を貯めるだけでなく,身投げには無利息で金を貸して助けてやる.お礼に鰹を持ってくると,醤油代がかかるし,奉公人がぜいたくになると突き返す.娘婿が新しいワラジが欲しいと言うと,掃きだめなどから拾ってこいと説諭する,などのエピソード.


 入船亭扇橋,百万長者,文芸倶楽部, 26(4), 249-257 (1920)
 百万長者(ひゃくまんちょうじゃ)は,『文芸倶楽部』大正9年3月号に掲載.沖の暗いに白帆が見えるの角書.入船亭扇橋(8)演,浪上義三郎速記.挿絵1枚.帆の絵と一体で書かれた演者名は入船亭船橋とある.
 承応3年10月,ふいご祭りが近づいてくるが,暴風続きでミカンを全く出荷できない.五十嵐文左衛門は,千両借りて33,200籠のミカンを1籠1匁で仕入れる.取り戻した船を幽霊丸と名づけ,全員死装束で江戸へ乗り出す.
 江戸の問屋が値段を聞くと,1籠30匁の高値.とても買えないと断られると,江戸っ子は弱きを助け,儀式の物には金に糸目をつけないと親に聞かされてきた.他人を助け,自分も助かろうと嵐をついて死ぬ覚悟でやってきたという.これを聞いた問屋の遠州屋六兵衛,一生の馬鹿のしおさめと全部を買いつける.これを見た四日市の問屋も1万籠引き受けようというと,遠州屋,1割の口銭33匁で願いましょう.
 文左衛門は,もうかった金を船頭に渡し,吉原で大遊び."沖の暗いのに白帆が見ゆる あれは紀伊の国蜜柑船"の文句に節をつけると,船頭が変てこな振りで踊った.これぞカッポレの由来.


 三遊亭圓右,流の白滝,文芸倶楽部, 27(2), 239-257 (1921)
 流の白滝(ながれのしらたき)の抜読.『文芸倶楽部』大正10年1月増刊号"凄い女強い男"に掲載.三遊亭圓右(1)演.悪坊主茶屋女の角書.挿絵2枚.熊谷土手での毒殺と芝の待合でのゆすりの場面.橘家圓喬(4)演の「流の白滝」の速記はネットで読める.


 林家正童,中村鷹十郎,文芸倶楽部, 29(9), 258-276 (1923)
 中村鷹十郎(なかむらたかじゅうろう)は『文芸倶楽部』大正12年7月号に掲載.林家正童(林家正蔵(5))演.怨みの鏡の副題.挿絵4枚.百歳でなくなった沼津の正蔵の遺稿として掲載.『江戸落語便利帳』に「役者三面鏡」として載っている噺がこれ.
 信州磯田村の豪農,高山源右衛門のところに世話になっている旅役者の中村鷹十郎,手をつけた下女のおりんが妊娠してしまう.鷹十郎は磯田村を逃げ出し,三河から伊勢,大和,大阪と旅興行を続け,江戸へ戻る.猿若町の顔役のおかげで,大阪下りの名代として看板を上げると,大入りの評判.錦絵を土産に各地に礼状を送る.これを見た高山源右衛門,おりんと赤ん坊の吉松の3人で江戸の鷹十郎を訪ねる.芝居の木戸番に追い払われ,楽屋口の駕籠にすがるが,鷹十郎は取り合わない.三右衛門は堅川に飛び込み,おりん親子も鷹十郎の家の井戸に飛び込んで死んでしまう.女房が霊に取りつかれる.鷹十郎が楽屋の鏡をのぞくと,死んだ3人の顔が映っている.鷹十郎は出家して,磯田村に供養の三地蔵を建立した.


 柳亭左楽,鹿児島男子,文芸倶楽部, 29(14), 221-226 (1923)
 柳亭左楽(5)演の,鹿児島男子(かごしまだんし)は,『文芸倶楽部』大正12年10月増刊号"武勇人情捕物奇談"に掲載.挿絵2枚.『落語事典』に「逸見十郎太」の題で載っている芝居噺では,この速記と違い,逸見十郎太は情夫の首を切り落とし,芝居がかりで妻に引導を渡す.桂文治(6)が得意にした一連の西南戦争落語の一つ.雑誌『あまとりあ』2巻13号(1952)に,桂文治(6)が久々に演じた芝居噺を正岡容が紹介している.
 牛鍋屋の2階で飲んでいる2人の車夫.1人は酒癖が悪く,鹿児島出身とおぼしき隣客にからむ.友達の留吉という男が,船宿の娘おしげといい仲になったが,結婚が認められず,心中をはかった.泳ぎの達者な留吉は助かったが,女の行方は知れない.3年後,神田まで乗せた粋な女はおしげだった.西郷の腹心,逸見十郎太に助けられ,今は逸見の妾になっていた.留吉とおしげは元の仲となった.この話を聞いていた隣客こそが逸見十郎太.にっこり笑って妾宅に戻る.留吉をつかまえ,手討ちにするかと思ったら,2人に金をやって夫婦にしたという,鹿児島男子という話.


 三遊亭圓右,美人の生埋,文芸倶楽部, 30(14), 278-291 (1924)
 三遊亭圓右(1)による,圓朝の「松の操美人の生埋」の抜読.『文芸倶楽部』大正13年10月号に掲載.浦賀奇談の角書.挿絵2枚.


 入船亭扇橋,主思ひ,文芸倶楽部, 31(3), 136-154 (1925)
 入船亭扇橋(8)による「阿部川原風仇浪」の発端の抜読.『文芸倶楽部』大正14年2月号に掲載.挿絵2枚.父親を殺され,駿府の祖父宅へ引き移る遠藤一家.足手まといになると,盲人の弟が墓前で自害するまで.春錦亭柳桜(1)演の「阿部川原風仇浪」の速記はネットで読める.



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 新百千鳥, 1号〜4巻4号, 1〜4篇,駸々堂 (1895〜1900)
 旭堂南陵の『明治期大阪の演芸速記本基礎研究』(たる書房 (1994))に,大阪駸々堂から発行された一連の講談落語雑誌,『百千鳥』,『ことばの花』,『講談速記』,『新百千鳥』の全容が示されている.雑誌連載時から,各話を切り離して合本すれば書籍化できるような体裁で版組されており,実際に多くの落語・人情噺が単行本化されている.落語家では,翁家さん馬,曽呂利新左衛門の2人が代表選手で,そのほかに東京の春錦亭柳桜(「黒手組戸沢助六」,「旗本五人男」),三遊亭圓朝(「荻の若葉」)などの作品が『百千鳥』に連載されている.いずれもネットで閲覧可能.
 『ことばの花』,『講談速記』については,実物を見ることはまず不可能.東京大学近代日本法政史料センター (明治新聞雑誌文庫)が所蔵する『ことばの花』第14号には,桂文楽(4)の「片思恋嫉刃」が掲載されている.
 『新百千鳥』については,1号(明治28年)から第4巻(明治32年)と,それ以後に発行された4冊(巻次なしの1〜4篇)(明治33年)までが紹介されている.このうち,21冊(1号〜2巻5号)について国立国会図書館でデジタル化されており,下記の5作品が閲覧できる.「滑稽大和めぐり」(3巻4号)は,単行本がネット公開されているので,『新百千鳥』の落語速記はすべて閲覧できることになる.ここでは,『新百千鳥』についてのみ,掲載された落語・人情噺のあらすじを紹介する.
 


 三遊亭花遊,貞女の仇討,新百千鳥, 7〜12号 (1896)
 三遊亭花遊名義の3席の人情噺が,『新百千鳥』に掲載されている.貞女の仇討(ていじょのあだうち)は,三遊亭花遊口演,曽呂利新左衛門補述,丸山平次郎速記.『新百千鳥』7〜12号に連載.全19回.展開は早いが,ありきたりのパターンに終始する.
 上野の花見で酔った武士に絡まれた甲府の商家の娘,お絹を,山形藩の浪人,山田道則が助ける.翌日,手土産を持って礼に行くと,礼金を見た山田は激怒する.甲府に戻ったお絹は,山田に恋患い.番頭が江戸に出て掛け合いに行くと,ちょうど山田の母が死んだところ.以前の礼にと,葬式一切の面倒を見る.このことを恩義に感じ,婿入りを承諾する.
 単身甲府へ向かう山田.小仏峠で鉄砲を持った追いはぎ3人を何とか斬り殺す.駆け込んだ蒲鉾小屋に住んでいたのも実は刺客.危うく殺されそうになるところを村瀬の飯炊き半蔵に救われる.お絹の継母,お牧は森慶太郎と密通しており,お店乗っ取りの邪魔になる山田を殺そうとしていたのだった.無事,甲府に着いた山田はお絹と祝言をあげる.お牧は今度は,山田を毒殺しようとするが,誤って主人の村瀬を殺してしまう.ここに居られぬと思った山田はお絹に書き置きして,江戸へ出奔する.
 お絹も家を出て江戸の山田と暮らす.2人は貧乏に苦しむ.加えて,山田は眼病に冒される.お絹は自ら小田原の遊廓の竹屋に身を売って薬料をこしらえたが,目の見えない山田は森慶太郎に殺され,金も奪われてしまう.情け深い竹屋の主人は,お絹を駕籠へ乗せて江戸へ帰す.ところが藤沢で駕籠屋がお絹に襲いかかる.それを救ったのが,お尋ね者の袴垂次郎吉.次郎吉は,以前,甲府の村瀬の家に押し入って捕まったことがあり,主人の村瀬に許してもらい,さらに金をもらった恩義があった.次郎吉は,仇討の助けをすると約束して別れる.
 江戸に着いたお絹は,殺人現場に残っていた手紙から,敵が森慶太郎だと知る.山田の葬式を終え,小田原の竹屋に戻る.
 次郎吉は,一時,真鶴の磯五郎親分のところに身を寄せる.磯五郎の妻のお留は,以前,駿府二丁町に出ていた遊女で,次郎吉とは所帯を持つ約束をした間柄.自然と寄りが戻り,このことを密告によって知った磯五郎は,次郎吉を闇討ちして瀕死の重傷を負わす.次郎吉は,通りがかった向山の久太郎親分に救われる.お留は尼にさせられ,体よく監禁される.次郎吉の傷は治ったが,カラ馬鹿になってしまう.元の磯五郎の家で,下男として使われ,子分にも馬鹿にされる.ある日,磯五郎に額を割られ,次郎吉は正気に戻る.馬鹿のままを装い,次郎吉は磯五郎をニセ捕り物に連れ出し,斬り殺してしまう.磯五郎の金を奪って,小田原のお絹を身請けする.
 森慶太郎は,お牧を殺していた.顔を焼いて江戸に出て,易者になりすましている.お絹と次郎吉は,江戸で森慶太郎の行方を探すうちに,はからずも忠僕の半蔵に出会う.半蔵は森が易者になっていることを知っていた.お絹,半蔵,次郎吉は,森の家に乗り込み,敵を討つ.しかし,仇討は法度のため,3人は捕縛される.3人のいずれも,自分が殺したと自白する.奉行の根岸肥前守は,もともと凶状持ちの次郎吉の自白を取りあげ,他の2人を赦免する.次郎吉は三宅島へ遠島,お絹は尼となり夫の菩提を弔い,半蔵は故郷の上総へ戻った.


 二世曽呂利新左衛門,噺家一人旅,新百千鳥, 11〜15号 (1896)
 噺家一人旅(はなしかひとりたび)は,丸山平次郎速記.『新百千鳥』に5回にわたって連載.大坂の噺家の泥丹坊堅丸が,一人で備前,備後の中国筋から,佐賀,長崎まで旅をする連作.泥丹坊堅丸が落語国の原住民かどうかわからないが,現在でも「べかこ」や「狼講釈」では泥丹坊堅丸が主人公になっている.だいたい落語家一人では興行が成り立たないので,一人旅はあり得ない.師匠をしくじって大坂にいられないとか,旅回りの一座が不入りで解散したあげくの一人旅という設定なのだろう.しかも,「べかこ」では,お女中に無礼を働き,城中にしばられるし,「狼講釈」では,落語家と名のるとひどい目に逢うため講釈師に化けてタダ飯を食ったあげく,狼に襲われてしまう.いずれも噺家が御難にあうため,ゲンのよくない噺とされていたという.「深山隠れ」では,天草の乱を生き延びた女盗賊に泥丹坊師匠は捕らえられたっきりで,もはや生死もはっきりしない.


 三遊亭花遊,尽きぬ縁,新百千鳥, 14〜16号 (1896)
 尽きぬ縁(つきぬえん)は,丸山平次郎速記.『新百千鳥』14〜16号に連載.全9回.登場人物や地名は違っているが,『江戸落語便利帳』に載っている「奇縁の血刀」と同じ内容.途中,「お藤松五郎」とよく似た場面がある.この人情噺から「お藤松五郎」が独立したと言われている.
 新発田藩の金森半之丞の長男の健太郎と妻の芳との間に娘ができたため,半之丞は柳橋の芸者のお藤を後妻に迎えて向島に隠居した.間もなく半之丞は病死する.お藤は美男子の次男,芳次郎に言い寄る.これが嫌さに芳次郎は兄の健太郎宅に寝泊まりする.芳次郎を憎んだお藤は,芳が産んだ長男竹次郎は芳次郎の胤だと吹き込んで,健太郎をたきつける.健太郎は芳を枕橋で殺してしまう.赤ん坊の竹次郎は通りかかったそば屋の吉兵衛が引き取る.吉兵衛宅へ顔の青い女がやってきて,乳をあげて立ち去る.翌日も乳を与えに現れたこの女に聞くと,近くに住む金蔵を訪ねよと答える.さっそく金蔵宅を訪ねると,例の女がぼんやりしている.芳の魂が金蔵の妻を操っていたのだ.赤子を亡くしていた金蔵夫妻は,竹次郎を引き取って育てる.
 一方,芳次郎は身の潔白を立てるため,書き置きを遺して切腹する.健太郎は,兄姉の証拠にと,笄に加え,竹次郎には大刀,お初には小刀を託し,自身は廻国に出る.前非を悔いたお藤が,歌沢の師匠になってお初を育てる.
 成長したお初は,米吉の名で柳橋から芸者に出る.これを茅町の中島屋が引き取り,待合を持たせる.竹次郎の方は,一中節の芸人になり,都松之助と名のっていた.お藤が松之助をひいきにしており,旦那の留守に二階にあげて寝かせてしまう.折悪しく旦那の中島屋がやってきて,松之助に嫌みを言い,盃を投げて額を切る.悔しがる松之助に,米吉は夫婦になろうと持ちかけ,翌日に会う約束をする.
 翌日,米吉は中島屋に見つかり,料亭生稲の二階に引っ張り上げられる.そうとは知らない松之助は,様子を見に人を遣わすと,お藤は剣もホロロのあいさつ.通りかかった生稲の二階からは中島屋らの嬌声.逆上した松之助は,大刀を持って米吉の家に上がりこむ.殺意を察したお藤は,刀を取りあげる.その刀を見て,松之助が竹次郎ではないかと怪しむ.そこへ米吉が戻ってくる.お藤は,2本の笄を見比べ,疑いが確かだと知る.突然,小刀をのどに突き刺して自害.2人が姉弟だと告げる.お藤の亡骸を葬り,2本の刀を菩提寺に納めに行く.それを受け取ったのが納所坊主となっていた父の金森健太郎.何という尽きぬ縁.


 二世曽呂利新左衛門,滑稽伊勢参宮,新百千鳥, 2巻1号〜2巻5号 (1897)
 滑稽伊勢参宮(こっけいいせさんぐう)は,丸山平次郎速記.『新百千鳥』2巻1号から5号まで連載,全7回(席).大阪の紛郎兵衛と似多八の二人連れが伊勢参りをする連作.主人公の名前も,十返舎一九の"膝栗毛"をもじっており,いわゆる「東の旅」というよりは,伊勢参りの滑稽読み物とでもとらえた方がよさそう.噺の並びも,現行の「東の旅」とはずいぶんと違っている.おそらく続編の『滑稽大和めぐり』を意識したのか,2人の通るルートは,暗峠から奈良へ向かわず,通常は帰路に描かれる東海道鈴鹿峠を越えて明星宿へ出ている.


 三遊亭花遊,桃太郎団子,新百千鳥, 2巻3号 (1897)
 桃太郎団子(ももたろうだんご)は,丸山平次郎速記.『新百千鳥』2巻3号に掲載.麻布の「おかめ団子」を,蔵前の桃太郎団子に置きかえただけ.



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 東錦, 1号〜29号, 三友舎・鳳林館 (1892〜93)
 『演芸腕競 東錦』は,第8号を除く28冊を伝統芸能情報館が所蔵している.わずか2年間の短期間に29冊の作品が,16号までは三友舎,17号からは鳳林館から出版されている.29号の出版から約2ヶ月後の明治27年1月には『新東錦』の第1号が出版されているので,『東錦』は29号で終刊ではないかと思われる.講談と人情噺・落語がほぼ半々の割合で収められている.多くの人情噺は,他の書籍・雑誌で補えるが,数作はここでしか見ることができない.以下に演題一覧をまとめる.
 なお,『江戸落語便利帳』に載った文芸ものを除く人情噺のほとんどは,ネットで公開されているか,もしくは,本ページで紹介した4種の雑誌で閲覧できることになる.漏れた作品のうち,「芝居の喧嘩」,「すててこ誕生」,「宗〓(みん)の滝」,「戸田の渡し」,「年枝の怪談」,「へらへらの万橘」,「本所七不思議」の7作品は,戦後出版された書籍に掲載されている.空き家の悲鳴(あきやのひめい),幽霊長屋(ゆうれいながや)は,『新撰怪談揃』(神谷竹之輔編,三芳屋 (1912))に掲載されている(国会図書館蔵).二人茂兵衛(ににんもへえ)は,雑誌『都にしき』に3回にわたって連載されている(国会図書館蔵).小雛助七(こひなすけしち)の1作品だけは,速記が見あたらない.古今亭今輔(5)の芝居噺口演(1964年)がCD化されており,内容を知ることができる.

掲載号 記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01:1 浮寝の仇夢   松林伯圓  
02:1 五稜郭後日の碑   松林伯知  
03:1 岩出銀行 血汐の手形 ゲントウ 英人ブラック  
04:1 越後騒動 忠士の誉   桃川如燕  
05:1 深緑磯の松風 フカミドリイソノマツカゼ 三遊亭圓生  
06:1 大石良雄幼智伝   伊東燕尾  
07:1 北国奇談 梅の大木 ホッコクキダンウメノタイボク 春錦亭柳桜 前編
08:1 伊賀越後日仇討   真龍斎貞水 未見
09:1 忍ヶ岡加賀屋奇談 シノブガオカカガヤキブン 土橋亭龍馬  
10:1 続越後騒動記   桃川如燕  
11:1 松前屋五郎兵衛   邑井一  
12:1 北国奇談 梅の大木 ホッコクキダンウメノタイボク 春錦亭柳桜 後編
13:1 伊達模様高尾の遺装   放牛舎桃林  
14:1 忍ヶ岡恋の春雨 シノブガオカコイノハルサメ 桂文楽  
14:2 髪切 カミキリ 桂文楽  
15:1 金烏玉兎 倭国入船   松林伯圓  
15:2 侠客牛の五兵衛   松林伯知  
15:3 新作落語 七福神詣 - 三遊亭圓生  
15:4 三題噺 サンダイバナシ 三遊亭圓生  
16:1 傾城新話 〓[こがね]の薫物 アリワラトヨマツ 三遊亭圓生  
17:1 孝貞二葉松 コウテイニヨウノマツ 桂文楽  
17:2 大岡政談 被縛地蔵由来   蓁々斎桃葉  
18:1 田宮坊太郎実伝   真龍斎貞水  
19:1 朝鮮人難波廼夢   放牛舎桃林  
20:1 奇縁の血刀 キエンノチガタナ 春錦亭柳桜  
20:2 おかめ団粉 オカメダンゴ 春錦亭柳桜  
21:1 西洋義犬伝   松林伯知  
21:2 身替り ヒモノバコ 三遊亭圓遊  
22:1 一粒金袋円   邑井貞吉 前編
23:1 一粒金袋円   邑井貞吉 後編
24:1 襤褸錦故郷公衣   邑井吉瓶 前編
24:2 廻因果   春乃家芳癡  
25:1 襤褸錦故郷公衣   邑井吉瓶 後編
25:2 廻因果   春の家芳癡  
26:1 弁天小路の仙吉 ベンテンコゾウセンキチ 三遊亭圓橘 前編
26:2 廻因果   春の家芳癡  
27:1 弁天小路の仙吉 ベンテンコゾウセンキチ 三遊亭圓橘 後編
27:2 廻因果   春の家芳癡  
28:1 小堀政談   邑井吉瓶 前編
29:1 小堀政談   邑井吉瓶 後編

〓[みん]:王偏に民の旁
〓[こがね]:金偏に滿の旁


 英人ブラック,岩出銀行 血汐の手形,東錦, 3号 (1892)
 快楽亭ブラック(1)の岩出銀行 血汐の手形(いわでぎんこうちしおのてがた)は,石原明倫速記.97ページ.全8席,口絵1枚,挿絵2枚.全く同じ速記が,『幻燈』に収められており,ちくま文庫『快楽亭ブラック集』(2005)で読むことができる.


 三遊亭圓生,深緑磯の松風,東錦, 5号 (1892)
 三遊亭圓生(4)の深緑磯の松風(ふかみどりいそのまつかぜ)は,石原明倫速記.147ページ.全9席,口絵1枚,挿絵2枚.筋に大きな起伏はなく,とりとめのない会話が人情噺らしい.
 旗本の用人奥村弥十郎には美しい妻のお沢と義理の娘のお松がいる.下役の近藤悦太郎はお沢に横恋慕し,二人はいい仲になる.家来の繁蔵の密告で,奥村に跡をつけられているとも知らず,二人は飯田町へ駆け落ちする.奥村は,お沢を取り押さえているところを後ろから近藤に斬られる.目の覚めたお沢は自害する.奥村家は没収となる.
 12年後,乳母に育てられたお松は,金貸しに旦那を取れと迫られている.浪人の近藤は,無尽に当たった女隠居の金を盗む.分け前をもらった石工の磯吉は,コツへ向かう途中,吾妻橋から身投げをしようとしたお松を助ける.お松は,深川の材木問屋,奥州屋金三郎の妾として家に入る.恵比須講の晩に奥州屋に忍び込んだ磯吉は,店のものに縛り上げられるが,お松の口添えで放免となる.後日,暇乞いに来た磯吉とお松の仲を怪しんだ奥州屋は,怒って妾宅を飛び出す.追いかけた磯吉は,奥州屋を殺してしまう.
 その後,お松は深川芸者となっている.米つきとなった繁蔵に偶然巡りあい,客の渡辺周蔵が,仇の近藤悦太郎だとわかる.雪の日,お松は近藤のスキを見て刺し殺す.奥村の家は再興する.


 春錦亭柳桜,北国奇談 梅の大木,東錦, 7,12号 (1892)
 春錦亭柳桜の北国奇談 梅の大木(ほっこくきだんうめのたいぼく)は,いわゆる加賀騒動のこと.前編は第7号,今村次郎速記.88ページ.全7席,口絵1枚,挿絵2枚.後編は第12号,今村次郎速記.116ページ.全6席,口絵1枚,挿絵2枚.
 発端は加賀3代前田利経公が捨子を育てたことに始まる.増長した捨五郎が殿の命をねらって処刑される.その後,捨五郎火と呼ばれる妖火が才川(犀川)に現れる.たたりがあると止められたが,それを撃ち落としたのが鉄砲の名人大槻長次兵衛.ほどなく長次兵衛夫婦に生まれたのが才九郎.後に加賀家を乗っ取ろうとする大槻伝蔵(内蔵助).
 大槻伝蔵は,次第に5代吉徳公に重用される.殿の妾に紹介したお貞に瀬之助が生まれ,これを跡目にしようと画策をはじめる.悪の一味が次第に集まってくる.伝蔵と密通したお貞,老女の岩城.武芸の達人で,妹君中姫の中老である浅尾.殿に恨みを持つ泳ぎの達人鳥居又助.浪人村の暴れん坊,安宅豪右衛門.まずは,殿の妾のおせやに毒を飲ませ,お世取りの嘉次郎を出家させて追い落とす.筑摩川を馬で渡る吉徳公を,水中で待ち受けていた鳥居又助が刺し殺す.跡を継いだ宗辰公を毒殺.万事に用心する重広公も,親戚のお宅で岩城が吸い物にハンミョウを入れて毒殺してしまう.
 大槻伝蔵を疑う家老の湯原藤右衛門や今井田無理右衛門は,犯人と証拠を探しに国を出る.江戸で河童と呼ばれる男の噂を聞きつけ,ついに又助を捕縛.岩城の持ち物からは,暗号の書かれた短冊が見つかる.蛇責めにあった浅尾は,毒蛇を食いちぎり,五穴から血を流して絶命.豪右衛門は捕り手と激戦の末切腹,伝蔵は牢死する.お貞,瀬之助母子も,幽閉され死亡.前田家の跡目は,嘉次郎君が乗り出して相続する.


 土橋亭龍馬,忍ヶ岡加賀屋奇談,東錦, 9号 (1892)
 土橋亭里う馬(5)の忍ヶ岡加賀屋奇談(しのぶがおかかがやきだん)は,今村次郎速記.112ページ.全10席,口絵1枚,挿絵2枚.入れ墨庄三と毒婦お歌の,よくあるストーリー.須磨明石の名所が詳しい.
 加賀藩士稲垣庄兵衛は,浪人となるにあたり,息子の庄三を出入り商人の加賀惣に預ける.庄三は,15歳の小僧のくせに店の金に手をつけ,博打を打つ始末.これがばれて,店を追い出される.23歳になった庄三,明石の名所の案内にかこつけ,3人連れの侍から金子を盗み取るが,姫路の宿でその侍に捕まる.話を聞いた稲垣は,盗人が息子の庄三とわかり,あえて手討ちにする決意をする.しかし,居あわせた御行の秀松という植木屋の口利きがあり,連れの侍が小刀で庄三の額に十文字の入れ墨をして放免する.
 加賀惣の主人,惣兵衛は芸者あがりのお歌を後妻に迎える.庄三は,入れ墨を消して店に舞いもどっている.番頭の庄兵衛と名を変えた庄三とお歌は通じており,店を乗っ取ろうと企てる.加賀屋の一人息子の惣七は,小歌の色仕掛けをたしなめるような堅物だったが,向島の花見の帰りに吉原の松人花魁となじんで以来,二千両の金を浪費する.庄兵衛は加賀侯預かりの笠牛の香合を惣七が持ち出したと,濡衣をきせて,まんまと惣七を勘当させる.
 もと加賀屋の番頭忠助は,名古屋で紙屑屋に落ちぶれてしまっている.乞食のような姿でたずねてきた惣七の話をきいた忠助は,若旦那を助けるために金策に出る.困った忠助は,男の懐から金を盗もうとして捕まる.男は御行の秀松で,庄三の悪事を聞いて,忠助に金を恵む.一方,庄三とお歌は,主人を殺して店を乗っ取っている.江戸へ出てきた御行の秀松は団子坂の待合で庄三をゆする.庄三から百両をもらって安心したところを,毒を飲まされて秀松は血を吐いて死ぬ.秀松の持っていた百両の封印が目明かしの目にとまり,庄三に疑いがかかりはじめる.惣七は加賀屋に乗り込むが,庄三に額を割られて追い出されてしまう.逃げる惣七が突き当たった武士は稲垣庄兵衛だった.まだ悪事がやまないと知った稲垣は,加賀屋に乗り込み,庄三の首を斬り落とす.お歌は死刑となり,惣七は加賀屋を継ぐ.


 桂文楽,忍ヶ岡恋の春雨,東錦, 14号 (1892)
 桂文楽(4)の忍ヶ岡恋の春雨(しのぶがおかこいのはるさめ)は,今村次郎速記.74ページ.全8席,口絵1枚,挿絵2枚.全く同じ速記が,『難波戦記烈婦の入城』に収められ,ネットで本文を読むことができる.


 桂文楽,髪切,東錦, 14号 (1892)
 桂文楽(4)の髪切(かみきり)は,今村次郎速記.40ページ.全3席,「忍ヶ岡恋の春雨」の附録.全く同じ速記が,『大石良雄伝』に収められ,ネットで本文を読むことができる.


 三遊亭圓生,〓[こがね]の薫物,東錦, 16号 (1893)
 三遊亭圓生(4)の 〓の薫物(こがねのたきもの)は,今村次郎速記.傾城新話の角書.157ページ.全9席,口絵1枚,挿絵2枚.この速記は,そのまま『黄金の薫物』の演題で出版されており,ネットで読める.

〓[こがね]:金偏に滿の旁


 桂文楽,孝貞二葉松,東錦, 17号 (1893)
 桂文楽(4)の孝貞二葉松(こうていにようのまつ)は,今村次郎速記.92ページ.全8席,口絵1枚,挿絵2枚.全く同じ速記が,『伊達政宗青葉の誉』に収められ,ネットで本文を読むことができる.


 春錦亭柳桜,奇縁の血刀,東錦, 20号 (1893)
 春錦亭柳桜の奇縁の血刀(きえんのちがたな)は,酒井昇造速記.84ページ.全6回,口絵1枚,挿絵2枚.附録に,「おかめ団粉」がつく.「奇縁の血刀」は,別に紹介した「尽きぬ縁」と人名や地名こそ異なるが同内容.エピソード順を変えて,怪談の"乳もらい"からスタートし,殺人の理由は後から説明することで,ドラマチックにしたてている.
 お茶の水で女を斬り殺した現場を目撃した麦飯売りの甚兵衛,引き続いて殺されそうになった赤ん坊を侍から引き取る.女手がないため乳の代わりに甘酒を買って戻ると,見知らぬ女が赤ん坊に乳を与えていた.声をかけても女は黙って出て行く.翌日も乳を上げに来たところを問いただすと,左官の金蔵を訪ねよという.金蔵の妻のお由は霊に導かれて乳をやっていたのだった.(乳もらい)
 与力の斎藤茂十郎の後妻おみつは,次男の福太郎に言い寄るがはねつけられる.長男の賢次郎の妻と福太郎が姦通しているとおみつにたきつけられ,かっとなった賢次郎は,妻の幾をお茶の水で斬ったのであった.身の証を立てるために自害した福太郎の遺書によって真実を知った賢次郎は,娘のお藤には小刀を与え,おみつに託す.金蔵に預けた竹次郎には大刀を与え,自分は廻国に出る.
 成長したお藤は芸者となり,旦那の中村屋は待合を持たせる.ある晩,二階に一中節の都松五郎が休んでいたのを知った中村屋は,盃を投げつけて松五郎の額を切る.お藤と松五郎は約束をしたのに,食い違って会えず,誤解と疑念がふくらむ.松五郎は,刀を持ってお藤の家に乗り込む.(お藤松五郎)
 その刀を見て,松五郎とお藤が兄妹だと知ったおみつは自害する.2人が墓参に訪れた鳥越の長寿院の住職は,父の斎藤賢次郎であり,はからずも親子が対面する.


 三遊亭圓橘,弁天小路の仙吉,東錦, 26,27号 (1893)
 三遊亭圓橘の弁天小路の仙吉(べんてんこうじのせんきち)は,今村次郎速記.前編は95ページ.全4席,口絵1枚,挿絵2枚.後編は88ページ.全5席,口絵1枚,挿絵2枚.
 小石川に住む中奥御番の藤蔭兵庫には子がなかった.妾の茂との間に仙十郎が生まれ,その後に本妻との間に金太郎が生まれた.乳母として仙十郎を育てた茂が病死する際,仙十郎が妾腹であることを伝えた.金太郎に家督を継がそうと考え,仙十郎はわざと放埒に励もうと決める.剣術の弟子仲間の早川三郎に誘われて吉原に行くと,町奴の香車組に絡まれる.花魁の瀬川から借りた銀の煙管を武器に香車組をやっつける.これが縁で,仙十郎は松葉屋の瀬川に通い詰める.
 仙十郎は廃嫡にはならず,座敷牢に入れられる.下女のお鍋を丸めこんで,座敷牢を抜け出した仙十郎は,雪の中を瀬川に会いに行く.そこで,弁天小路の親分が瀬川を身請けすると聞き,親分がやってくるのを土手で待ち伏せる.駕籠から出てきたのは,もと屋敷に奉公していた金十郎.恋敵とは思いのほか,悪の根である瀬川を断って仙十郎のを戒めるのが目的であった.仙十郎は金十郎の跡目を継ぎ,身請けした瀬川と夫婦になって弁天小路の仙吉と呼ばれる.
 早川三郎は,師匠の稲置甚太夫の留守に,娘のお松を口説く.お松は仙十郎の許婚者であった.師匠に鉄扇で打ちすえられたのを恨みに思い,師匠を殺してお松を妻にしようと企む.船頭の与吉をおどして抱き込み,十三夜の月見の帰り舟に乗った稲置をお茶の水の堀端で突き殺す.返す刀で与吉を殺そうとするが,与吉は水をくぐって逃げ去る.捕縛を恐れた早川は,その晩のうちに金をさらって情人のお亀とともに逐電する.顔を切り刻まれた稲置の死体は仙吉の乗る舟に拾い上げられ,中洲に仮埋葬される.逃げた早川を討つため,お松は深川芸者になる.
 3年後の十三夜,霊に導かれるように中洲を通った舟に乗ったお松は,父親のしゃりこうべを見つける.卯の日参りに出かけた仙吉は,許婚者のお松に出会い,早川が仇だと知る.その後,深川のお松に入りびたるようになり,これを気に病んだ瀬川は病気になる.幇間の孝升がお松のことをすっぱ抜き,離縁を勧める手紙を見た瀬川は逆上し,焼火箸をのどに突きたてて自害してしまう.
 金がなくなり男がすたってきた仙吉のために,お松は麹町の両替商で百両をかたり取る.しかし,すぐに足がつき,仙吉は上総へ,お松は熊谷へ逃げる.途中の板橋で野幇間になった孝升と連れになり,熊谷の茶店に休む.茶店の婆は早川と逃げたおかめだった.稲置殺しの犯人の与吉を探しているところだとおかめを欺き,さらに二十両を渡して安心させる.そのすきに,孝升が仙吉と与吉を上総から連れてきて,お松とともに早川を討つ.お松は出所後,仙吉と夫婦になる.弁天小路の仙吉が転じて,後に弁天小僧と呼ばれるようになった.

 掲載 150101/最終更新 151001

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