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絶滅危惧落語 その1        演者順
有馬小便 : 有馬小便,桂派落語選,前田梅吉 (1911)
粟餅 : 粟餅,落語事典,青蛙房 (1969)
按摩の炬燵 : 按摩の炬燵,桂文楽全集 下,立風書房 (1974)
いが栗 : 毬栗,文芸倶楽部, 13(14) (1907)
石返し : 石返し,古典落語 第二期 3,筑摩書房 (1972)
意地くらべ : 意地競,文芸倶楽部, 11(15) (1905)
牛かけ : 南海道牛かけ,続 珍品復活 上方落語選集,燃焼社 (2002)
狼講釈 : 狼講釈,上方はなし 下, 三一書房 (1972)
お杉お玉 : お伊勢参り,上方, (112) (1940)

加賀見山 : 鏡山,上方落語全集 2,私刊 (1965)
官営芸者 : 官営芸者,昭和戦前 傑作落語全集 4,講談社 (1982)
狐つき : 女絵姿,文芸倶楽部, 15(2) (1909)
狐つき : 狐魅,文芸倶楽部, 15(7) (1909)
擬宝珠 : 塔上の若者,新愛知, (1931)
口合按摩 : 口合按摩,増補 落語事典,青蛙房 (1973)
首提灯 : 首提灯,桂枝雀爆笑コレクション 2,筑摩書房 (2006)
景品美人 : 景品美人,文芸倶楽部, 14(11) (1908)
孝行糖 : 孝行糖,講談雑誌, 4(11) (1918)
五人廻し : 五人廻し,五代目古今亭志ん生全集 1,弘文出版 (1977)
小雛助七 : 小雛助七,江戸落語便利帳,青蛙房 (2008)

地震加藤 : ほめすぎ,文芸倶楽部, 17(11) (1911)
死ぬなら今 : 死ぬなら今,林家正蔵集 上,青蛙房 (1974)
十八檀林 : 十八檀林,柳家小満ん口演用「てきすと」 9,てきすとの会 (2015)
正月丁稚 : 初音の鶯,明治期大阪の演芸速記本基礎研究,たる出版 (1994)
昭南島 : 昭南島,新作落語名人三人集,室戸書房 (1943)
女郎買 : 女郎買,落語の落,三芳屋 (1914)
しらみ茶屋 : しらみ茶屋,続 珍品復活 上方落語選集,燃焼社 (2002)
新聞見合 : 思ひ違ひ,文芸倶楽部, 11(14) (1905)
新町ぞめき : 新町ぞめき,現代上方落語便利事典,少年社 (1987)
そってん芝居 : そってん芝居,桂米朝集成 1,岩波書店 (2004)

代書屋 : 代書,上方はなし 下, 三一書房 (1972)
高宮川 : 第五回,滑稽大和めぐり,駸々堂 (1898)
狸化寺 : 狸の化寺,米朝落語全集 1,創元社 (1980)
莨道成寺 : 莨道成寺,新演芸, (9) (1948)
佃島 : 佃島,百花園, (231) (1900)
つづら泥 : 食ひ違ひ,文芸倶楽部, 16(8) (1910)
東海道御油並木 : 東海道御油並木,あまとりあ, 4(6) (1954)
道楽書生 : 時計の分銅,文芸倶楽部, 26(9) (1920)
徳利亀屋 : 徳利亀屋,講談雑誌, 13(12) (1927)
酉の市 : 酉の市,古典・新作落語事典,丸善 (2016)

長名の倅 : 長名の倅,上方演芸辞典,東京堂出版 (1966)
長屋チーム : 長屋チーム,落語事典,青蛙房 (1957)
成田土産 : 成田土産,ライブラリー落語事典 東京編,弘文出版 (1982)
二人書生 : 化物屋敷,文芸倶楽部, 13(1) (1907)

花見酒 : 花見酒,文芸倶楽部, 14(6) (1908)

水の呑み分け : 水の呑み分け,続 上方落語ノート,青蛙房 (1985)

幽霊飴 : 幽霊飴,米朝ばなし 上方落語地図,毎日新聞社 (1981)
指仙人 : 女仙人,二代目三遊亭圓遊落語全集,三芳屋 (1912)

両泥 : まぐれ当,文芸倶楽部, 13(4) (1907)

綿医者 : 綿医者,日本コロンビア (2011)

 本ページでは,寄席の定席で聴いたり,最近の落語全集で見ることができない珍しい落語100席をピックアップして,50席ずつ紹介してゆきたい.『落語事典』には1200席を超える演目が記されている.一方で,現在,演じられる古典落語の数は700席ほどと言われている.そうすると,数百席は,簡単には聴けない落語だということになる.
 これらの落語が演じられなくなった理由は一つではない.はじめから掛け捨てのつもりで作られたもの,よい噺でも継承する落語家がいなかったもの,難しいわりには面白くないもの,時代風俗が合わなくなったもの,現代のコンプライアンスに抵触するものなど,さまざまな理由で消えていったと考えられる.最初の50席では,消え行く落語のそれぞれの理由,事典類の中にだけ残る落語,新作落語の募集による落語革新の試み,失われた落語の復活再生など,ジャンルごとに分類している.続く50席は演題の五十音順に紹介する.
 いわば,忘れられた落語を紹介しようとしたため,どうしても戦前の雑誌,書籍から掘りおこしてきたものが多い.なお,一つの演題で多数の速記が残されている場合は,できるだけ古いもの,内容のよいものを選ぶようにした.また,雑誌の巻号については,雑誌によって□号,○巻□号,○巻□月号や○巻□編など,表記がまちまちのため,すべて○(□)の表記に統一した.
 本ページには,身体的特徴や職業・身分等に関して差別的表現が含まれている.古典作品の書誌や内容を正確に伝えることを目的としており,作品が出版された当時の状況を鑑み,言い換え等は最小限にとどめた.


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《 消えゆく落語には訳がある 》

001 長名の倅,上方演芸辞典,東京堂出版 (1966)
【あらすじ】
 『寿限無』と同じ筋.産まれた赤ん坊に長生きできる名前をつけてもらったら,名前が長すぎて大騒動になる.

【ひとこと】
 あにまにまゝに、しゅりしゃびて、たいへんれ、もくれもくたび、あいしゃび、しょみしゃび、しゃみだらに、あるきゃはしゃばしゃ、びしゃねびて、あななねびて(イびてにねびて)、あたんだ、あれしゅれ、ふくれふくれ、はうれ、そがさあさまさ(イそがしゃあしゃばしゃ)、ぶったい、びりき、ちゅうて、だるまはれしゅて、しょきゃ、ねくしゃ、ねばしゃ、ばしゃはしゃ、しゅうたいまんたろ(長名の倅)
 長名の倅(ながなのせがれ)は,「寿限無」の上方落語バージョンのこと.『落語事典』には項立てされていないが,『上方演芸辞典』には載っている.速記や録音はない.

【つけたし】
 2000年代に子ども向けの朗読本やテレビ番組を通じて,「寿限無」は爆発的にヒットした.今の若者は,ほかの落語は知らなくても,"寿限無寿限無,ごこうのすり切れ……"の文句はそらんじているかもしれない.しかし,オリジナルである上方版の「寿限無」は,滅んでいる.名前の言い立てすら,はっきりとは伝わっていない.サゲは,「寿限無」と同じ"コブが引っ込んだ"のほか,"お経にはまだ早い"があるという.ここでは,『上方演芸辞典』に載っている言い立てを転記した.桂米朝は,『続 上方落語ノート』青蛙房(1985)で,この言い立ては,桂南天と桂文吾から聞き取ったと書いている.字面をみても,呪文のようでさっぱり意味がわからない.おめでたいことにこじつけるヒントは何もない.
 前田勇編『上方演芸辞典』には,演題または演題とサゲのみ書かれた項目も多い.「植木屋三左右衛門」「小倉の色紙」「親子芝居」「柿の木金助」「死人茶屋」「天下茶屋」「夏の遊び」「人まね」「身延山参詣」などなど,数えあげて行けばキリがないほどある.速記が残っていれば,いったん途絶えても再生の可能性はあるが,戒名だけになった落語は手の施しようがない."お経にはまだ早い"のサゲが皮肉に聞こえる.


002 笑福亭松鶴,孝行糖,講談雑誌, 4(11), 205-214 (1918)
【あらすじ】
 孝行糖の由来を一席申し上げます.島之内大和町に吉兵衛という大工がいた.下手の大工を冷飯と呼ぶが,吉兵衛はお粥大工,重湯大工のからっ下手だが,まことに誰にでも親切で,親孝行でもあった.ある日,家主播磨屋勘六のところに,西の御番所から差紙が届いた.こわごわ出頭すると,親孝行の廉によって青緡五貫文のご褒美を頂戴した上,「末始終身過ごしのつくように目をかけてやれ」と,御奉行から言葉を賜った.それなら,今はやりの璃寛糖と芝翫糖の売り声にならって,孝行糖と売り出してはどうかと決まった.売り声はというと,「孝行糖,孝行糖,コリャ孝行糖の本来は,昔々のその昔,二十四孝のその中に,王頼子(おうらいし)という人が,親を長生きさしょうとて拵えられた孝行糖,食べてみなおいしいな,又売れた,コリャ嬉ちいな」.少し足りない男だが,一生懸命稽古して商売に出ると,大層評判がいい.他の売り子ではだめで,この男てづから買って親孝行にあやかりたいと,よく売れた.
 ある日,中之島の御蔵屋敷を通りかかると,門番が追い払った.「当家にはご不幸があるによって,門前で高声はならん」「エーイ,孝行糖,孝行糖……」「そっちへ参れ.コリャ」テケテンテンテン「コリャコリャ」テケテンテン,スッテンテン「コリャコリャ」スッテンスッテン.鳴物で合わせよった.門番,思わず持っていた棒で叩いた.「もし,どうかご勘弁を」「お前はこやつの身寄りの者か」「イエ通りがかりでございます.この男は,孝行糖売りでございます」「左様か.しかし,コリャと申せばテンテン,コリャコリャと申せばスッテンテンと叩きよる.あまり嘲弄いたすによって棒で叩いたのだ.その方,しかと申しつけてくれ」「痛い痛い,そんなに引っぱったかて歩かれやしまへんわ」「歩かれんほど叩かれたか,どことどこを叩かれたのじゃ」.頭と尻を押さえて,「こうこうとう[孝行糖],こうこうとう」

【ひとこと】
 璃寛糖売は璃寛茶、芝翫糖売は芝翫茶の熨斗目を着まして、土器茶(かわらけちゃ)の帯を締まして、股引(かるさん)を穿き、法楽頭巾を被つて、挟箱の小さいやうな物を担いで、柄の先へ太鼓を附けて叩きます 其の売り様が面白い、『エーイ璃寛糖、璃寛糖、璃寛糖の本来は、うしるの米の寒晒し、萱に銀杏、仁棘(にっけ)に丁字、テンテケテン、スッテンテン エー璃寛糖』(孝行糖)
 孝行糖(こうこうとう)は,笑福亭松鶴(4)演,今村信雄速記.口絵とも挿絵3枚.

【つけたし】
 上方での速記は,これしかない.今,大阪で演じる人がいるかどうかもわからない.三遊亭金馬(3)の代表的な売り物で,"こぉこぉと〜こぉこぉと〜"のだみ声は,一度聴いたら忘れられない.江戸前の落語ではなく,上方から三遊亭圓馬(3)が東京へ移殖したとされる.筋の運びから,細かいセリフまでそのまま東京版に移行されている.しかも,水戸様のご門前があまりにもぴったりな舞台取りなので,上方版が本家とは思えない.主人公の吉兵衛は,与太郎の役割になっている.親孝行だったり,家賃を滞納して道具箱を持って行かれたり,ろくろっ首の婿になって老母をやきもきさせたりと,東京落語での与太郎は出番が多い.写真は,老莱子(ろうらいし)の彫刻.いつまでも自分を子どもだと思う両親をがっかりさせまいと,70歳になっても派手な着物で赤子の振りをした.飴をこしらえたかまでは伝わっていないが,榧の実や銀杏葉エキスは今ものど飴の材料になっている.肉桂(シナモン)と丁字(クローブ)で香りづけすれば,今でも売れる飴になりそう.


003 橘家圓蔵,花見酒,文芸倶楽部, 14(6), 71-81 (1908)
【あらすじ】
 ちょっと飲み足りない花見客に,一杯10銭で酒をはかり売りすれば儲かるだろうと思いついた二人組,さっそく灘の生一本を2升借りた.二十銭玉を出されて釣り銭がないというのも気がきかないから,お釣りの十銭玉まで用意した.「辰,気の毒だが前を担いでくれ」と,樽酒を差しにないで向島へと繰り出した.菊屋橋まで来ると,揺られた樽から酒の匂いが後棒を担ぐ熊の鼻にぷーんときて我慢がならない.腹掛けから10銭を出して,グッと一杯やった.今度は,酒を注いでやった辰がたまらなくなって,さっきの10銭を渡して,こちらもグッとやった.向島に来ると大勢の花見客が出ている.向こうから酒好きがやってきて,一杯くれと言う.ところが樽をひしゃくでかき回しても,酒は一たらしも残っていない.「売り切れでございます…….有るかと思ったら無えんだ.無えのがどうしたんだ」「酒売らねえで,喧嘩売っちゃいけない」.売りだめを勘定しようと,腹掛けを振るうと,出たのは十銭銀貨が1枚きり.あすこで飲んで,ここで飲んで,銭が行ったり来たり,してみれば無駄がない.

【ひとこと】
 奴鰻の前でおれが買つたらう。雷門の所でお前が買つた。吾妻橋でおれが買つた、橋を渡つてお前が買つたらう 枕橋で、又おれが買つて。水戸様の所でお前が買つた。それだから十銭の銭が往つたり来たりして居た(花見酒)
 花見酒(はなみざけ)は,『文芸倶楽部』14巻6号に掲載された.橘家圓蔵(4)演.挿絵1枚.

【つけたし】
 この雑誌以外にも,「花見酒」の速記を乗せた書籍は30冊以上ある.季節感も豊かな小品で,にぎやかで明るいばかりでなく,酒飲みの習性も描かれている.1962年に出版された『花見酒の経済』(笠信太郎,朝日新聞社)という経済書がヒットしたのも,誰もが「花見酒」という落語を知っていたからこそだった.この「花見酒」が,寄席で演じられないと知って愕然とした.『新宿末広亭のネタ帳』(長井好弘,アスペクト (2008))には,新宿末廣亭で演じられたネタ帳を調べ,さまざまに解析している.2001年から2007年までの8年間で,「子ほめ」が1486回,「替り目」が1350回も演じられたのに対して,「花見酒」は2回しか演じられていない.毎年,お花見シーズンがやって来るのに,わずか2回しか演じられないのでは,すたれきった演題だと言っても言い過ぎではい.浅草の土地が詳しく出るのがわからないのか,コンビニでいつでもお酒が買えるようになったからなのか,まさか量り売りが酒類小売免許を持っていないとのコンプライアンス配慮ではなかろう.


004 古今亭志ん生,五人廻し,五代目古今亭志ん生全集 1,弘文出版 (1977)
【あらすじ】
 吉原の廻し部屋で喜瀬川花魁が来るのを待っている客と不寝番の若い衆とのやりとりを描く.最初の客は江戸っ子で,吉原のことは何でも知っていると自慢する.2人目は地方出の官員で,受取を証拠に部屋にこない花魁の玉代を返せと迫る.3人目は日本橋の在の出の田舎者.4人目は通人気取りの客.5人目は喜瀬川と一緒にいる田舎者で,喜瀬川にねだられ,4人の客に1円ずつ玉代を渡して追い返してしまう.もう1円ねだられ,喜瀬川に渡すと,「これをお前さんにあげよう」「お前にやったものを俺がもらってどうするんだ」「これを持って,4人と一緒に帰っておくれ」

【ひとこと】
 この『五人廻し』という噺は、まだェェ明治から大正の頃、吉原というのが大変さかんな時分に、この『五人廻し』という噺は誰でも演ったもんで、楽屋へ行ってひょいと帳面を見ると、ェェ誰かがきっとこの『廻し』という噺(もの)を演っているくらい流行った(五人廻し)
 五人廻し(ごにんまわし)は,『五代目古今亭志ん生全集』第1巻に収められている.古今亭志ん生(5)演.

【つけたし】
 寄席で聴く落語はどれも似た噺ばかりだが,消えゆく落語はいずれもそれぞれに消えゆく訳があるものである.と,トルストイが言ったかどうかは知らないが,廓ばなしは消えてゆく運命にある落語だろう.
 「五人廻し」は,代表的な廓ばなしで,かつては毎日のように誰かが高座にかけていたという.5人よりも多い,「七人廻し」のパターンもあったという.志ん生の速記にはないが,相撲取りが出てくる演出もある.志ん生以外にも,三遊亭圓生(6),古今亭志ん朝(3)などなど,多くの名人上手が演じている.前項の『新宿末広亭のネタ帳』によれば,8年間で2回しか「五人廻し」は演じられていない.「花見酒」にくらべれば,口演時間も長く,多くの人物が登場する難しい落語であるうえ,遊廓(写真)が廃止されて50年以上経っており,演者も客も廓を知らなくなっている.実体験に基づいた語り口でなければ,信頼して噺の世界に身を任せることもできなかろう.「お直し」「居残り」「二階ぞめき」「お見立て」「文違い」などなど,数ある廓噺の未来は明るくはない.


005 柳家小さん,石返し,古典落語 第二期 3,筑摩書房 (1972)
【あらすじ】
 疝気の起きた親父の代わりに,松公が夜鳴きそばの屋台を担ぐことになった.できるだけ寂しいところで売れと言われて,片側が石垣の屋敷町にやってきた.「小林.珍しい晩だなあ.鍋を出せ.おォい,蕎麦屋」「へえ,どこです」「上を見ろ.ここだここだ.蕎麦を総仕舞いしてやる.鍋に蕎麦をいれて,徳利に汁をいれろ」.するすると空の鍋と徳利が降りてきた.「代は,石垣を回ったところに門番がいる.そこで貰ってまいれ」.門番のところに行くと,あれは狸のしわざだといなされた.「たわけめっ.狸に商ったものを払えるか.六尺棒で足をかっぱらうぞ」
 「お父っつあん.お蕎麦を全部とられた」「お前,番町の鍋屋敷に行ったんだな.よし」.行灯を汁粉に書きかえて,もう一度番町へと出かけた.「おしるこォォォ」「小林.今度は汁粉屋が来た.これ,汁粉屋」「あ.狸が顔を出してる」「鍋に汁粉を入れろ.餅は蓋の上だ」.するするっと鍋が降りてきた.どぶのきめ石を入れると,「へい.重うございますよ.しっかりお上げになって」「これは驚いた.たいへん重いぞ…….おっ,汁粉屋,この石は何だっ」「さっきの石[意趣]返し」

【ひとこと】
 「狸が人に化けたんだ」「たってェ大きなお鍋が下がって来た……」「あれは陰嚢だ」「え? ……」「狸の きんだよ」「きん? ……あのお鍋が。はあ……どォりで大きなお鍋だと思ったけども……だって徳利が……」「狸に徳利は付き物だ」(石返し)
 石返し(いしがえし)は,『古典落語 第二期』第3巻に収められている.柳家小さん(5)演.

【つけたし】
 地味な噺で大受けするところはないが,人間国宝小さんの手にかかると,石垣の上のお屋敷から,タヌキが顔を出しているように感じられた.またまた『新宿末広亭のネタ帳』によれば,8年間で「石返し」は1回も演じられていない.すでに滅んでしまっている.


006 桂文楽,按摩の炬燵,桂文楽全集 下,立風書房 (1974)
【あらすじ】
 真冬の晩,商家の奉公人たちが,寒くって耐えられないから布団を増やしてくれと番頭さんに頼みこんだが,そのくらいの辛抱はできるだろうと,取り合ってもらえない.「番頭さんは,布団もどっさり,炬燵も入れるから暖ったかで…」「いつ私が炬燵を入れました.そりゃあ奥でも見て見ぬ振りをするでしょうが,お前さんがたも奉公,あたしも奉公.とんでもないこった」.余計におこらせてしまった.「小言は小言だよ.何とかしてやりたいねぇ.いいことを考えた.奥へ来ている按摩の米市,あいつは三度の飯より酒好きだよ.酒を飲ませて,あいつに炬燵になってもらおう.火事になる憂いはないし」と,五合の酒で,米市に炬燵がわりになってもらうことになった.
 「おい,お前たちは右の方へ.由どんはお尻にあたって.あたしは左を借りるから.長吉,お前は頭にあたんなさい.股ではさんで」「ちょっと,待ってくださいよ.そんな大勢であたるんですか.あッと,こりゃ冷たいねェ.股倉ィ足を突っ込んじゃだめだよ.あ,番頭さんもどうぞ…….番頭さんも冷えてますねえ」.みんな,昼の疲れで綿のように眠ってしまう.「奉公人ってのは辛いもんだねえ」
 あろうことか,小僧の長吉が寝小便をもらしてしまった.「米市っつァん,勘弁しとくれ.布団を取りかえるから,もう一度炬燵になっとくれ」「いえ,駄目でござんす.小僧さんがこのとおり,火を消してしまいました」

【ひとこと】
 しかし奉公ッてものァ辛いもんに違いないとめえんなァ。我々は貧乏したって家へ帰りゃァ一軒の主人(あるじ)だ。炬燵ゥ入れたいと思えば入れられるよ。奉公じゃァそうはいかないよ、へえ、万々出世だ。こうやってみんな修業して、みんな立派な旦那さまんなるんだ(按摩の炬燵)
 按摩の炬燵(あんまのこたつ)は,暉峻康隆監修の『桂文楽全集』下巻に収められている.桂文楽(8)演.文楽は,昭和7年の『講談倶楽部』22巻2号に,早くも「按摩の炬燵」を載せている.

【つけたし】
 ネタの数は多くはなかったが,文楽の演じるネタは,どれも他を寄せつけない珠玉のような輝きがあった.最後の高座となった「大仏餅」や「心眼」「景清」など,文楽作品には盲人が多く登場する.その中で,「按摩の炬燵」だけは,差別的だというおそれから放送にかけることができない.「按摩の炬燵」は,商家で働く小僧さんの悲哀,出入りの按摩,旦那と奉公人それぞれを思いやる番頭といった市井の人々が活写されている.盲人を炬燵がわりにして足を温め,小便までかけるといった部分だけ取り上げれば,放送には耐えないことになる.決して差別的な意図があるわけではない.貧困や障害に苦しむ人々がいなかったかのように隔離するのではなく,みんな一緒にそれぞれの場所を得て暮らしている.もちろん,江戸の昔はユートピアではなく,差別を助長する制度があったことは忘れてはいけない.現在知られている古典落語には,身体的特徴や特定の職業,病気などを,ことさらに取り上げたものも数々ある.現代の感覚からすると,たとえ高座にかけたとしても,とても笑えない状況になってきている.


007 有馬小便,桂派落語選,前田梅吉 (1911)
【あらすじ】
 甚兵衛さんが,隠居のところに商売の相談にやってきた.身重の妻を抱え,あれこれ商売をやったがどれもうまくいかないと嘆いている.夜鳴きうどんをやったときは,うどん玉を犬糞の上にドサッと落とし,富士の雪山のようになった奴を客に出したら,えらく怒られて屋台もお椀もみんな壊されてしまった.帰り道に,菜を積んだ荷車があったので,今度会ったときに断ればいいと黙って曳いてきた.他人のものなので名前が分からない.「名のない菜や」と売って歩いたところ,葉が取れた菜っぱだと思って誰も買わん.難波橋の上から車ごと川の中に投げ捨てたら,水に浸かった菜が勢いを戻して3つに開いた.ああ,三つ葉だと分かったがもう遅い.その後は,茶と栗と柿を「茶栗柿,茶栗柿」と売り歩いたけれど,なんぼ歩いても売れまへなんだ.これを聞いた隠居が,有馬温泉でひと儲けしたらどうかと勧めた.近ごろ電車ができて,有馬温泉は繁昌している.閑人が座敷で朝から碁将棋に夢中だ.碁将棋に凝ると階下に降りて小便するのも我慢する.そこに竹とたご桶を持って行けば,二階からでも三階からでも小便ができる.これをやんなはれ.
 「小便さそ,小便さそ」「不思議なものが参りましたな.最前より小便を催して腹がわれるようだ.一つ試してみましょう」「おい,小便さそ屋」.さっそく声をかけられた.節を抜いた長い竹筒を座敷の欄干にさしかけると,そこに用を足してもらった.代金は桶の中にコロン.「汚い商売やが,よう儲かるな.小便さそ,小便さそ」.今度はお女中が二階から声をかけてきた.「へい,なさいますのはどなたで」「ちょと私がさせてもらいます」「今日は漏斗をもって来ませんから,お女中はお断りいたします」

【ひとこと】
 △『オイオイ、小便さそや、エライ、云ひにくい名前やな、一つ頼むで、然しどうするのぢやな』 甚『今この竹を差し上げまするで、そこへ願ひます』 △『そうかナ、そんならするで』 ヂャヂャヂャ ○『今度は小生の番で』 △『難有う、お蔭で歩かずに済んだ、お金はどうして渡そうな』 甚『竹の中へ入れて貰います』 △『そんなら入れるぞ』 ガラガラガラ 甚『汚い商売やな、いやになった、オッと五十銭,汚い商売やけれども好う儲かるナ』(有馬小便)
 有馬小便(ありましょうべん)は,『桂派落語選』に収められている上方落語.発行者は前田梅吉で,東京の文進堂と大阪の登美屋が発売所になっている.

【つけたし】
 桂派連中口演とあるだけで,演者名は記載されていない.上方落語には,必要でもないところに大小便が出てきたりする.また,口汚く人をののしるようなセリフは,現代の感覚からして気持ちよいものでない.お色気は落語に欠くことのできない要素だが,過ぎたエロ(バレ噺)は,特殊な会やお座敷に追いやられている,
 「有馬小便」も,さらりと演じれば,かつての有馬温泉(写真)の風俗と相まって,珍重すべき落語だと思う.宿屋は木造の三階建てで,内湯はなく,湯治客は共同の外湯へ通った.碁将棋が熱を帯びれば,階下にある便所へわざわざ降りて行くのも面倒くさくなる.別の演出では,女の子が小用を足したため,下で竹を支えていると,こぼれた小便で手をぬらしてしまう.


008 三遊亭金馬,官営芸者,昭和戦前 傑作落語全集 4,講談社 (1982)
【あらすじ】
 世の中すべて官営ばやり.ついに,丸の内に芸者専売局ができた.さっそく,芸者を一組呼んでもらおうとすると,一等から三等までランクがあるという.ケチって三等を頼むと,本当にそれでいいのか,しつこく念を押された.やって来たのは,紺サージの断髪女で,巡査のような箱屋がついてきた.住所氏名職業年齢を申告し,くれぐれも官吏たる芸者に無礼のなきよう申し渡された.「揚代が2円,僕の手数料が50銭.継続は5割引で国益になるから,勤めて継続し給え.僕は隣室で君たちを監視しているから」
 1時間にらめっこしていてもしょうがない.できる芸事を聞くと,一等ならばピアノにバイオリン,二等は琴三味線ができるが,三等になると唱歌,剣舞にスポーツ百般だという.歌ってもらうと,"ここはお国を何百里〜".軍歌や童謡だ.では,スポーツ百般を見せてもらいたいと頼むと,ヨーイドンでどこかへ出ていってしまった.「どうじゃ.君方愉快じゃろ」「今の芸者はどこへ行ったんでしょう」「マラソンじゃから六郷まで.明日には戻るじゃろ」「私たちはどうなるんで」「継続代金を支払って待っていたまえ」

【ひとこと】
 女「なお伺いますが、芸者は一等二等三等とございますが、どれになさいますか」 ○「まるで汽車に乗るようだね。お客の請求によっては寝台付なんてえのもあるのかい」 女「そんなのはございませぬ」 ○「一等というのは幾らなんだね」 女「一等は一時間十円で……」 ○「エエッ。一時間十円……十円は……安い、安いがもったいない、二等は」(官営芸者)
 官営芸者(かんえいげいしゃ)は,『昭和戦前 傑作落語全集』第4巻に収められている.三遊亭金馬(3)演.新作落語扱いなので,『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 「官営芸者」は,1937年2月の『講談倶楽部』に掲載された速記を,『昭和戦前 傑作落語全集』に採録したもの.古くは,「士族の商法」の演題のように,徳川幕府瓦解により禄を失った士族が慣れない商売を始めて失敗するパターンだった.鰻屋でしくじれば「素人鰻」,汁粉屋でつまづけば「御前汁粉」になる.客商売とは思えない旧武士の横柄な態度を,官員の権柄づく,杓子定規で非効率なカスタマーサービスに置き換えたのが,「改良ぜんざい」「ぜんざい公社」になる.さらに,「マキシム・ド・ゼンザイ」なるおしゃれすぎてついて行けないサービスにも姿を変え,汁粉ものだけでも連綿と演じられている.士族ものでは「士族の宿屋」「士族の俥夫」,官営ものでは「官営芸者」「官営酒場」など,小役人あるところ,このジャンルはすたれない.旧ソ連などの共産国家では,そんなジョークでせめてもの憂さを晴らしていた.―「フルシチョフは無能だ」と叫んだ男が逮捕された.国家侮辱罪かい? いや,国家機密漏洩罪だ.


009 桂米之助,代書,上方はなし 下, 三一書房 (1972)
【あらすじ】
 儲かった日も代書屋の同じ顔.中濱代書事務所に飛びこんできた最初の客は,いかにも大阪のいらちという男.箱屋になるので履歴書を書いてくれとのこと.話がすぐ脱線し,とうとう松島に女郎買いに行った思い出話になってしまう.文末の署名すら自分でできないため,"自署不能ニ付代書"と書き添えた.次に来たのは上品な老人.中気がひどいので,結納の受取を代書してくれという.この老人,なかなか筆が立つ人で,看板の"中濱"の文字をくさして帰ってしまう.
 その次に来たのは郷里から妹を呼び寄せるため,トッコンションメン(渡航証明)を書いてもらいに来た済州島出身者.ところが,話を聞くと,父親の死亡届も,妹の出生届も出ていないことがわかってきた.そこで,死亡届,死亡届失期理由書,出生届,出生届失期理由書まで書いてやった.ところが,罰金を取られると聞くと,男は突然「チニーヤ、タルキマニ.内地コトバ解ラン」と言い捨ててて逃げてしまった.
 最後に来たのは,先ほどの能筆家の隠居のところの小僧さん.お手数をかけましたと,寸志を渡された.紙切れに署名捺印して欲しいと言われ,気合いを入れて書いたのに,"中"の字の心棒がゆがんでいるとか"濱"がどうだとか,隠居と同じことを言われた.代わりに小僧さんに書かせると,これが実にみごとなもの.それを持って帰ってもらうことにした.判を捺そうと見ると,脇に"自署不能ニ付代書".

【ひとこと】
 「本籍は何処や」「済州島テス」「全羅南道済州島」「カンリンミエン」「翰林面」「チヤウマウリ」「何んな字書くね」(中略)「此処に謄本持てるテス」「それ先に出しんかいな.なるほど上〓[も]里か」(代書)
 代書(だいしょ)は,『上方はなし』第46集,新作落語特輯号(1940)に掲載された上方落語.桂米之助(桂米團治(4))演,挿絵1枚.戦後に三一書房から復刻されている.『落語事典』には「代書屋」の演題で載っている.

【つけたし】
 中濱研三は,作者の桂米團治(4)の本名で,今里で実際に代書屋をやっていた.東成区役所に,"儲かった日も代書屋の同じ顔"の川柳が彫られた桂米團治記念碑がある.「代書屋」は,今も演じつがれる演目だが,ハチャメチャな済州島の客の件が演じられなくなっている.植民地時代を想起させ,朝鮮民族への差別と取られかねない部分は自主規制の対象になっている.なお,済州島翰林面ではないが,上〓[も]里は実在する地名."サンモリ"と発音する.貝殻が埋めこまれた土塀や,カラカラ回る臭気抜きがついた外後架がある,古い日本を思わせる町並みだった.

上〓[も]里:暮の日を手に置き換えたもの



010 蝶花楼馬楽,昭南島,新作落語名人三人集,室戸書房 (1943)
【あらすじ】
 大本営発表をラジオで聞いた八五郎,うれしくなって隠居さんのところに飛んできた.「ハワイの真珠湾攻撃で全世界をアッと言わせた上,香港が落ちたと聞きました.そりゃあホンコンでしょうか」「ダジャレばっかり言ってやがる」「一年持つとえばっていたシンガポールだって,植民地兵を置き去りにして,英軍は船で逃げちまった」「しかし天罰テキメン,我が軍の捕虜になって,シンガポール改め昭南島へ連れ戻されたなぞ,因果応報アザヤカじゃあないか」「さぞ印度兵も喜んだでしょうね」「いやそれが,船を見るとまっ黒になって怒ったよ」「それはどういう訳で」「考えてごらん,相手は印度人じゃあないか」

【ひとこと】
 燦たり皇軍の戦果、日章旗の向ふところ凱歌を聞かずといふことはなし……(中略)……お互ひに一つ君国のため米英をとことんまでやっける日まで、十二分のガンバリを発揮しようではございませんか(昭南島)
 昭南島(しょうなんとう)は,『新作落語名人三人集』に収められている戦時落語.蝶花楼馬(5)(林家彦六)演.挿絵1枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 戦時落語は,おもに貯蓄倹約,拠金,産めよ増やせよといったスローガン,防諜,防空などをテーマとした国策に沿った新作落語のこと.中には,苦しい中にも娯楽を楽しむ落語や,時局に沿ったように見せながらも,本心を隠したような皮肉な構成のものもある.『戦線みやげ』今日の問題社(1938)など,10冊あまりの柳家金語楼の個人集をはじめ,柳家権太楼の3冊の個人集−『ぐづり方教室』大道書房(1941),『子供の時間』大道書房(1941),『負けない男』三亜書房(1943)や,『傑作落語集』東洋堂(1940),『新作落語傑作全集』実話読物社出版部(1941),『名作落語三人選』東洋堂(1941),『花形落語家名作集』昭和書房(1942),正岡容『昭和落語名作選集』協栄出版社(1942),そして,『新作落語名人三人集』室戸書房(1943)があげられる.それにしても『新作落語名人三人集』の表紙(写真)のなんと悲しげなこと.裏表紙には三組盃が描かれており,結婚したばかりの夫が出征する場面でもあろうか.このときすでに,ガダルカナル島は陥落し,日本は敗戦へと向かっていた.さらに日本の敗色が濃くなると,落語本出版どころではなくなる.室戸書房のものが,最後の戦時落語集といえよう.
 書生っぽいからという理由で共産党を支持したという林家彦六だが,こんな時局追随の落語を演じていた.「昭南島」は,八五郎と隠居の会話というオーソドックスな構成で進む.本文にも出てくるが,昭南島とは日本占領下のシンガポールのこと.巻頭の文句といい,サゲと言い,とても現代に演じられるものではない.戦時落語の中には,支那兵を殺していい気味だといった,とんでもない文句も出てくる.あえて,当時の異常な状況を伝えるため,戦時落語をそのまま演じる試みもなされている.


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《 事典に残る落語 》

011 女郎買,落語の落,三芳屋 (1914)
【あらすじ】
 若い者が集まって,てんでにもてたとか,もてなかったとか,女郎買いの話をしていた.中の一人が,振られた意趣晴らしに飯櫃(おはち)の底を抜いて股にはめ,底は懐に入れて持ち帰ったと話した.別の一人は,薬鑵をさらってきたと自慢した.俺は金盥を背負って,上から着物をきて部屋を出たんだが,向こうから敵娼が来たんで,知らん顔して廊下の隅の段ばしごの方にひっついていると,「どうしたのよ,そんなとこに居て」と平手で俺の背中を叩いたもんだからたまらない,ボーンと音がした.「今の音は何だね」「あれか,ありゃお前との別れの鐘だよ」

【ひとこと】
 僕が『落語の落』に筆を執つたのは今から四年程前で、文芸倶楽部の増刊に掲げたのであつた、夫から引続き増刊毎に執筆して、爰(ここ)に其数(すう)三百数十種に上つた、併し之を以て落語全部を網羅したとは言へぬが、たまたま三芳屋の主人(あるじ)から出版の交渉を受けたので、ここで一と先づ打切る事とした(『落語の落』 序)
 女郎買(じょろうかい)のあらすじは,海賀変哲編,三芳屋の『落語の落』(らくごのさげ)に載っている.しっかりとした速記は残っていない.

【つけたし】
 海賀変哲が『文芸倶楽部』に不定期連載した「落語の落」と「小話一束」をまとめて,『落語の落』として出版された.落ちだけでなく,あらすじと簡単な解説を記している.「落語の落」で282席,「拾遺落語の落」を加えると339席の落語をカバーしており,明治期の落語演目を俯瞰した"落語事典"といえる.後に『落語三百題』と改題して出版されている."いろは順"の索引がついているが,当時の人はアルファベット感覚で,これで検索できたのだろう.ちなみに,「女郎買」は,"あさきゆめみ - し"ではなく,"いろはにほへと - ち"に分類される.
 「落語の落」「拾遺落語の落」「新作落語の落」などをまとめて,1997年に東洋文庫『新編 落語の落』2冊として復刊している.小出昌洋編.なお,東洋文庫版では,"今日の人権意識に照らして如何かと思われる"「三人不具」1題のみが削除されている.これを言いだしたら,もっと多くの作品を削らねばならない.古典復刻の価値が高い東洋文庫だけに,厳しい判断の末だったのだろう.
 全339席のうち,「ハイカラ」「女郎買」「をりづめ」「衛生料理」「子煩悩」「官営芸妓」「お目見え」「かたりちがい」「数珠つなぎ」の9題は,その後の"落語事典"に載っていない演目になる.いわば,明治期に失われた落語といえる.その多くは戦前の速記で内容を見ることができる."絶滅危惧落語"としては,「官営芸者」「子煩悩」「数珠つなぎ」を紹介している.「廓の穴」的な話の「女郎買」1題のみは,しっかりした速記はなく,大正期の地下出版のような艶笑小噺本『古代〓話 落語選』出版者不明 (1914)に収められている.わずか2ページの小噺だが,そちらの内容から【あらすじ】をおこした.

古代〓[だ]話:さんずいに垂



012 長屋チーム,落語事典,青蛙房 (1957)
【あらすじ】
 大家の息子が監督となって,長屋連中で野球チームを結成した.これが連戦連勝で,ついにはプロと試合をすることになった.熊さんのホームランで勝ったと思ったら,何とこれが熊さんの昼寝の夢だった.

【ひとこと】
 此の噺の原作者は鈴木金次郎と云った人だが、金馬の演出もよろしく、作を十二分にいかしている。対手チームのメンバーはその時に依って自由に出来るからいつも新らしく聞かれる(長屋チーム 解説)
 長屋チーム(ながやちーむ)のあらすじは,青蛙房の『落語事典』に載っている.鈴木金次郎作の新作落語で,『キング』7巻3号に「野球」と題する三遊亭金馬(3)の速記がある.

【つけたし】
 落語速記の大家,今村信雄が『落語事典』(元版)を編んでいる.『落語の落』を超える444題を掲載している.そのほとんどが古典落語で,中途半端に新作落語を加えている.すべてをあげると,「馬おおや」「水道のゴム屋」「妻の酒」「妻の釣」「取次電話」「トンカツ」「長屋チーム」「反対夫婦」「ぶたれ屋」の10題に加え,「くしゃみ講釈」の改作の「音楽会」と「湯屋番」の改作の「帝国浴場」になる.タイトルどおり馬が大好きな大家さんが無茶を言う「馬大家」と「音楽会」「長屋チーム」は速記が残っていない(「長屋チーム」については訂正あり).
 野球がスポーツの王様で,観るのもプレーするのも人気だった時代の噺.落語家も草野球チームを持っていた(写真).「長屋チーム」は,三遊亭金馬(3)が演じており,日東レコードからSP盤を出している.残念ながら,サゲまで演じていない.大家の息子の呼びかけで長屋チームを編成することとなり,長屋の連中が家業のチンドン屋の鳴物や豆腐屋のラッパで応援する段取りをする.明日は早いから床につくと,仲間がユニフォームを持って熊さんを迎えにきた.対戦相手の六大学選抜チームが待っているというので,自動車を飛ばして神宮球場に向かうというところで,レコードは終わっている.この項を掲載してから,雑誌『キング』に「長屋チーム」の速記があることに気づいた.こちらは,9回裏長屋チームの攻撃は,熊さんのランニングホームランでサヨナラ勝ちとなったところで,おかみさんに起こされた.それでも確かに今サイレンが鳴っているのだがといぶかると,正午のサイレンだった.
 戦後は,六大学ではなく,プロ野球チームと対戦するように改作された.いずれにせよ,どんな劇的な展開となっても,夢オチなので安心.解説には,選手のアップデート自由なので,いつも新しく聞かれるとあるが,もはや,その程度の手当では新しく聞くことはできない.
 元版『落語事典』の巻末には,落語家名鑑がついている.今とは個人情報の扱いが違っていた時代で,住所や電話番号も掲載されている.黒門町の文楽,柏木の圓生,稲荷町の正蔵,目白の小さんが,ほんとうにその地名で活字になっていると感慨深い.


013 粟餅,落語事典,青蛙房 (1969)
【あらすじ】
 8人の仲間がそろって吉原に遊びに行くことになった.土産に買った粟餅を使って何かびっくりさせる趣向はないかと考えた.役回りも決まり,中引け過ぎにある店に揚がった.みんな総初回で,病人役の信ちゃんはお職が当たって喜んでいる.友達にせっつかれて,急に腹が痛いと言い出した.ちょいと寝れば治るからと,友達に連れられて一人だけ部屋に下がると,さっそく煙草盆の灰を火鉢にあけて,代わりにきな粉を入れておいた.そして,粟餅を大便みたいな形につくねて,布団の裾にしのばせ,さっと便所に逃げてしまった.
 トンガリ役の健ちゃんが,「誰だ,あんな者連れてきたのは」「俺だよ,行きてえ奴を断る訳にいかねえ」「あの野郎は寝ぐその癖があるんだ」.それじゃあ見舞いに行こうと,部屋に行くと誰もいない.布団をめくると,とぐろを巻いている.「どうすんだよ,こんちくちょう.銭やって誰かに片付けさせろ」「遊びの場所でみっともねえ.友達づくだ,一緒に片付けよう」「冗談言うな,こんなもの片付けられるか,くそ食らえ」「食うから持ってこい」「そこにあるじゃねえか」「ちょいと,あたしも長いことこの商売をして,喧嘩もずいぶん見てきたけど,意地でこんなもん食う人は見たことないよ」.おばさんがあきれる中,たばこ盆の灰をまぶして食っちまった.そこへ信ちゃんが,はばかりから戻ってきた.「ああ,俺の食う分がねえじゃないか.こんなことだろうと思ったから,食べないうちに,お初を神棚に上げといた」

【ひとこと】
 四代目橘家圓蔵がやった.はなしがきたないので、寄席や放送ではやらない(粟餅 解説)
 粟餅(あわもち)のあらすじは,青蛙房の新版『落語事典』に載っている.速記はないが,古今亭志ん好の音源が残っている.

【つけたし】
 今村信雄の『落語事典』に遅れること12年,同じく青蛙房から『落語事典』の新版が出た.同じ書名を冠しているが,元版を改訂したものではなく,東大落語会によって全く新しく編まれたもの.上方落語を含む869題を収めていた.1973年には,369題を加えた増補版が出版された.小噺や艶笑噺も含んでいる.現在に至るまで,この増補版は,落語事典の決定版といえる.
 「粟餅」のような,いわゆる下ネタ,糞尿譚もすたれて行く題材だろうが,程度によっては受け入れられる.小学生に『うんこ漢字ドリル』が大受けしたのが,その証左だろう.寄席でやらないとあるように,さすがに食糞は向こう受けしそうにない.お座敷で,その手の噺が好きな客むけに演じたのだろう.驚いたことに,古今亭志ん好が30分以上にわたって演じた「粟餅」の音が残っている.このネタで30分はさすがに長過ぎで,しかも芸そのものが臭い.【あらすじ】は,この笑いの薄い音源をもとにした.「禁酒番屋」でも,小便を口に含めば笑いは起きるだろうが,匂いをかぐまでで止めるところで演者の見識が問われる.蔵前の歯抜き師を吉原でだます「歯抜き」という落語も,馬糞を牡丹餅に見せかけて食わせようとする趣向が取り入れられている.『文芸倶楽部』7(6)(1901)に柳亭左楽(4)の「はぬき」が載っている.


014 古今亭今輔,成田土産,ライブラリー落語事典 東京編,弘文出版 (1982)
【あらすじ】
 昔は正五九といって,正月,5月,9月に成田詣りに出かけたもので,途中,行徳,船橋などに泊まる楽しみがあるため,商人(あきんど)の旦那は,店の者ではなく,出入りの鳶頭や棟梁を連れて参詣に出たという.明日は旦那のお供で成田へ早立ちだからと,鳶頭がおかみさんにしきりに声をかけている.「明日は一番鶏だからよう,早いところ寝ちまえよ」「わかってますよ,ご飯が間に合えばいいんでしょ」「一番鶏だ.7日も家をあけるんじゃねえか.早いとこお暇乞いしちゃおうじゃないか」「まだ亀ちゃんが起きてますよ」「そうか,亀,早くいびきかいて寝ちまえ」「あいよ,ぐう〜ッ,ぐう〜ッ」「よく寝てやがんな」「ぐうッ,ぐうッ」「いびきで返事してやがん」「さっきからうるさくって,寝られやしない.そんなにお暇乞いがしたかったら,さっさとしたらいいじゃねえか」「じゃ,お言葉に甘えて,お暇乞いをしちゃおうじゃねえか」
 翌朝,親子で朝飯を食べていると,すぐ前の搗米屋が飼っているニワトリの雄鳥と雌鳥が上になったり,下になったりしている.それを見ていた亀が,「ちゃん.お米屋さんのニワトリも成田山へお詣りに行くらしいぜ」「ニワトリがお詣りになんぞ行くわけねえじゃねえか」「だって,あんなに慌ててお暇乞いをしている」

【ひとこと】
 艶笑落語で、五代目古今亭今輔が東宝名人会で演ったレコード、テープが残っている(成田土産 解説)
 成田土産(なりたみやげ)のあらすじは,『ライブラリー落語事典』に載っている.速記はなく,古今亭今輔(5)の5種のテープ・レコード(音源は同じ)が記されているが,速記については書かれていない.

【つけたし】
 『ライブラリー落語事典 東京編』は,保田武宏編.昭和56年2月までに出版された書籍とレコード・テープ音源に収められた東京系古典落語を網羅したもの.上方編は出版されなかった.長編人情噺を含む701題をカバーしている.この事典が出版されたときは,「小品助七」(小雛助七)「成田土産」「吉原綺談」(小夜衣草紙)の3席は速記に残されていなかった.その後,柳家小満ん演じる「成田詣り」(成田土産)が書籍に収められ(柳家小満ん口演用「てきすと」 25, てきすとの会 (2017)),古今亭志ん生の「吉原綺談」の音源が活字化された(五代目古今亭志ん生全集 8, 弘文出版 (1992)).残る「小品助七」については,次項に譲る.「成田土産」の【あらすじ】は,小満んの速記によった.


015 古今亭今輔,小雛助七,江戸落語便利帳,青蛙房 (2008)
【あらすじ】
 大坂島之内の芸者の小雛は,勘当された大店の若旦那助七と,駆け落ち同然に江戸に向かった.程ヶ谷の境木で,路用の金から持ち物まで奪われ,六郷から身投げしようとしたところを,今戸の新三親分に助けられた.助七が大坂に金の工面に出ている間に,小雛は新三を口説く.据え膳食わぬは男の恥,ついにいい仲になってしまう.子分もそれに気づいて,だんだんとみな寄りつかなくなる.そこに助七が戻ってきた.
 「親方のおかげでこのとおり,金が50両できました」.声を掛けても二人の様子がよそよそしく,何を言っても取り合ってくれない.(芝居掛かり)「うむ.読めた.(合方)小雛,我が身ゆえで多くの金を使いこみ,関東に出てもじきに小雛に捨てられると奴じゃと人に言われて,立派に添い遂げようと言うたのが水の泡じゃ.親方,よう助けて下すった.新三親方は立派な人じゃ,小雛が欲しけりゃなぜ欲しいと言いなはらん.立派に熨寸をつけてくれてあげまっせ」.小雛は煙管の煙をフーッと吹くと,「何をうだうだ.わてばかりが女子(おなご)じゃない.涙が出るわ」「小雛,こっちへ出よろう」.(合方止む)新三を一つ殴りつけ,「野郎,この女は俺の預かりもんじゃ」「さあ,撲つなと蹴るなと,どうなどしい」「この包みも脇差しも手前(てめえ)んだ,行きやがれ」と,助七を叩き出した.
 道に倒れこむ助七.「助七さん,何をぼんやりしているんだ.お前の留守におかみさんが親分と妙な仲になったぜ.この包みも脇差しもお前んだろ.眉間から血が出てるぜ.おっと,脇差しが抜き身だぜ,滅多なまねをしなさんなよ」.思い詰めた助七は新三に斬りつけた.「手前,血迷ったな.人殺しだ〜」.(ツケ)パタッ,パタパタパタッ.
 (♪潮来出島の……)ひとしきり立ち回りの後,「新三さん,かならず変わってくだしゃんすな」「なんの変わってよいものか」「障子に写るは二人の影,おのれ小雛め(チョン)覚えていろ」(佃の合方.柝)

【ひとこと】
 そこで,後ろへ背景を使って,えー役者の声色を使って鳴物を入れてもらいまして,で,芝居噺.ま,セリフの間はただいまでも一人でやっておりましても落語と同んなじでございますけれど,立ち回りになりますてぇと全然分かりません(中略)片っ方っつやるんでございますからな,自分だけが承知してるんですけれど,お客様の方からご覧になっていると何だか分かりません.刀を振り上げる,後ろからこう,えー抱きついてまいりまして,「人殺し〜」と言ったところで,芝居でやってると前で刀をこうやって後ろからこう抱きつくんですから,よく分かってますが,こっちは一人でやるとこうやって後ろからこうやるんですから,何をやっているんだろうあいつは,と思うかもしれません.で,こうやってきて,そんで今度はこっちんなって,一人で承知しているだけでございますからな.ですからそんなところで,ま,廃ってしまって,演り手がなくなっちゃったんだろうと思うんですが(恋の柵)
 小雛助七(こひなすけしち)は,『江戸落語便利帳』の附(つけたり)として掲載された"落後事典―長編人情噺・文芸噺編"の一つ.速記はないが,三遊亭一朝から伝わった古今亭今輔(5)の音源(恋の柵.1964年演)が残っている.

【つけたし】
 『江戸落語便利帳』は,吉田章一著の落語に関する諸項目の解説書.附録として,長編人情噺・文芸噺153編のあらすじが載っている.「小雛助七」は,「恋の柵」(こいのしがらみ)とも呼ばれる芝居噺で,芝居掛かりになってからは合方が入り,最後の立ち回りにはツケが入る.古今亭今輔の音源から,【あらすじ】と【ひとこと】を記した.観客が見ても芝居噺の立ち回りが分からないだとか,40年前に教わった噺をやると語っている.正本芝居噺の場合,後ろに飾った道具がパタリと開いて,場面が変わる.
 『江戸落語便利帳』に載っているこれ以外の人情噺については,戦前の人情噺と長編落語圓朝作品のあらすじ談洲楼燕枝作品のあらすじに記している.


016 酉の市,古典・新作落語事典,丸善 (2016)
【あらすじ】
 ふだんは静かなお酉様も,暮れの酉の市には人でいっぱいになる.源ちゃんたち一行も,酉の市に繰り出した.源ちゃんは,襟を後ろに開いて,賽銭が飛び込むのを待ち構えている.水難剣難火難を逃れさせたまえ,ただし女難は除く,と都合がいいお願いもすみ,縁起物の熊手を買うことにした.言い値でなくていいと言われて,550円のものを100円に値切りたおし,そのうえ祝儀もつけずに熊手屋をあきれさせた.手締めも済み,はずし忘れた正札を見ると100円と書いてあってがっくり.与太郎は,1つ5円のダルマのおこしを3つ20円に負けさせて,菓子屋を面食らわせる.
 向こうから,いつも御馳走になっている森田の若旦那がやって来た.お供になって,みんなで洋食屋に入った.さっそく,カツやハムを注文し,ビールで乾杯となる.ビールの泡の苦さにびっくりして,センブリの方がましだとか,口にしたウイスキーを硫酸だとか,慣れない酒が口に合わない.ナイフとフォークが出ると,「さすがお酉様の日だ,庖丁と西洋の熊手だ」と喜んでいる.カツがやってきてソースをかけろと言われれば,「宗さんおかけなさい」とトンチンカン.「あ.えらいことした.唇を切った」「ナイフの方でしゃくるからだよ」.早速の血止めにと,目の前にある油薬をなすった.「若旦那,この傷薬はしみるね」「傷薬じゃない.バタだ」「ああ馬鹿か」

【ひとこと】
 四代目三遊亭圓馬が三代目譲りということで演じていた(中略)現在は橘ノ圓満や桂夏丸などが演じている(酉の市 解説)
 酉の市(とりのいち)のあらすじは,『古典・新作落語事典』に載っている.速記はないが,三遊亭圓馬(4)の音源が残っている.

【つけたし】
 『古典・新作落語事典』は,瀧口雅仁著の落語事典.青蛙房の『落語事典』のアップデートを目指し,東京で演じられる落語662編について解説している.古典落語だけでなく,新作落語,講談系の落語も扱っている.
 四代目三遊亭圓馬の音源から【あらすじ】を書いた.「酉の市」の読み方は,"酉の祭"が転訛したため,"とりのまち"の方がよい.圓馬自身も"とりのまち"と発音している.【ひとこと】に引用したように,現在も演じ手がある.お酉様のにぎやかな感じを楽しむ歳時記的な落語.後半は「素人洋食」のような味わいで,ビールを飲んだことがなかったり,ナイフの使い方がわからない人物が登場し,中途半端なアナクロ作品になってしまっている.
 『古典・新作落語事典』に載っていて,『落語事典』や速記に見あたらない古典落語は,「尼寺の怪」「荒茶」(講釈ネタ)「池田屋」(地噺)「善悪双葉の松」(捨丸,講釈ネタ)「徂徠豆腐」(講釈ネタ)「酉の市」「噺家の夢」(深山隠れに類似)となる.「酉の市」以外は,講談から移された演目や『落語事典』出版後に流行りだした落語になる.


017 曽呂利新左衛門,初音の鶯,明治期大阪の演芸速記本基礎研究,たる出版 (1994)
【あらすじ】
 大阪のある大店のこと.大晦日の支払いもすべて済み,無事正月を迎えた.雑煮のしたくも整って,正面に旦那,続いてお家はん,店の者と,みな着座した.「あー,めでたいのう」「おめでとうございます」と番頭が返したが,権助は死にたい,丁稚は眠たい,下女は煙たいと縁起が悪い.雑煮を祝うと,丁稚の食べた餅から,五銭銀貨が出てきた.「いつも縁起が悪いことを言うが,感心じゃ.お前は金持ちになるぞ」「イエ,餅の中から金がでて,この家は身代持ちかねる」などなど,「正月丁稚」の展開が続く.
 「旦那,風呂が沸きました」「それじゃ,私から入ろうかな.あー,こりゃ大変に熱いな.丁稚(こども),少し埋めてくれ」.丁稚が手桶で水をザーザー入れると,今度はぬるすぎる.こんな所にはいれるかと,丁稚の頭をポカリ.丁稚は泣きだした.「縁起の悪い奴じゃ」「まあ,旦那様,お待ち遊ばせ.今,丁稚を打ちましたので,これを祝して寒紅梅初音の鶯とはどうでしょう」「なぜ,初音の鶯だえ」「ヘエ,丁稚が埋め[梅]に来て泣[鳴]いております」

【ひとこと】
 亭主「コリャ丁稚(こども)、押入から蒲団を出してさうパイパイしたら埃がたつわイ 丁稚「ヤグ払いませう 若者「ヘイ旦那お風呂が沸きました、どうぞお初湯(はつ)をお召し遊ばせ(初音の鶯)
 初音の鶯(はつねのうぐいす)は,『明治期大阪の演芸速記本基礎研究』に演題のみ書かれている上方落語.『ことばの花』第3冊(1892)の新年付録に演題が見られる.二世曽呂利新左衛門演.

【つけたし】
 旭堂小南陵(3)(南陵(4))の『明治期大阪の演芸速記本基礎研究』は,大阪で出版された講談速記を載せた雑誌・書籍を網羅した労作で,正編は書誌目録,続編には梗概が書かれている.圧倒的に講談の分量が多いが,上方落語についても記載がある.この本でしか見られない落語・人情噺は,曽呂利新左衛門「新世帯」,笑福亭福松「をさな遊び」,隅田川馬石「深川辰巳奇談」(以上,『ことばの花』),曽呂利新左衛門『新葛の葉』(駸々堂 (1894))になる.「初音の鶯」と一緒に新年号の付録に載ったことから,「をさな遊び」は「羽子板丁稚」だと推測する.「新葛の葉」は,「天神山」を長編にふくらませたもの.
 「初音の鶯」は,『ことばの花』の書型そのままで,『滑稽曽呂利叢話』(駸々堂 (1893))に採録されている.【あらすじ】,【ひとこと】の引用ともに『滑稽曽呂利叢話』による.「正月丁稚」のサゲにすぐ初湯の件がついている.もともとあった「正月丁稚」のバリエーションか,雑誌の正月号にあわせて改作したのか定かでない.写真は,大阪隆専寺にある二世そろり新左衛門碑.秀吉に仕えた御伽衆である曽呂利新左衛門の二世[ニセ]を称した.


018 口合按摩,増補 落語事典,青蛙房 (1973)
【あらすじ】
 5,6歳の子どもに手を引かれた按摩さんを商家の旦那が呼び込んだ.「これ仙蔵,杖と履き物は隅の方に置いておくのじゃ,大人しゅう待ってなされや」.奥へ上がると,「按摩さん,大きにご苦労様じゃ」「ご苦労[玉露],一森,喜撰とは茶にした言いようやな」「お前さん,底翳(そこひ)かい」「そこひ気がつかんか」「えらい面白い按摩はんじゃな」「尾も白いが頭も白い」.何を言っても口合(くちあい)で返す.あまりうるさいので,旦那が黙ると,按摩も一生懸命に療治に専念しはじめた.ぐっと揉まれた旦那さん,思わず,「ああ,堪える」「こたえ[お前]百までわしゃ九十九まで」「しもた」「しもた[広田]今宮天下茶屋」「ようしゃべるな」「シャーベルは兵隊さんの剣かいな」.目を悪くする前の商売は何だったか尋ねたら,「親父は炭木の問屋で,幼い時は,乳母め[ウバメ]の懐に抱かれまして上等の菓子[樫]を食べておりましたが,親父はえらい堅気[堅木]で,雑木が難船して煙が立たなくなりました.それから私が炭団をこしらえて売り始めました」「ても苦労[手も黒う]なさったな」「あ,旦さん,あんたも口合が行けまんな」
 そこに向かいの八百屋がやって来た.「按摩さん,あんたの子供とうちの息子が遊んでて,ひょっと見たら橙を一つ懐に入れた.橙の一つくらい知れとるが,いくらあの按摩が上手で面白いと言っても,子供のせいでだんだん得意が少なくなる.この後の心得や,決して怒ってやりなや」.これを聞いた仙右衛門は,せがれの仙蔵を責めると,今日は死んだお母っさんの命日なのに,花もお飾りも買えないというから,せめてダイダイを供えたいと思ったと泣き出した.これを聞いた八百屋さん,「そんなことなら言うんじゃなかった.少ないが回向料を取ってくるから,息子さんには,改めて橙をお供えさせなはれ」.商家の主人も,「わしとこも俥賃を張りこもう.ご家内の法名は?」「釈尼妙正と申します.俗名はお蔵で.私の仙右衛門とお蔵の一字を取りまして,せがれを仙蔵とつけました」「妙なこともあるもんや.親の忌日にこの子が橙盗むのも,仙蔵橙[先祖代々]か」「へい.見えん方かい[無縁法界]でございます」

【ひとこと】
 上方ばなし。上方落語界で、円都とともに長老格だった故桂南天がやった。(口合按摩 解説)
 口合按摩(くちあいあんま)は,『増補 落語事典』の増補部分に載っている上方落語.速記はないが,桂南天の音源が残っている.

【つけたし】
 『増補 落語事典』の増補分は保田武宏の編集になる.新たに採録された369題の演目には,小噺や艶笑噺も多く含まれている.速記や音源が手に入るものを除いてゆくと,自分にとって未見の落語が数十題残った.今後は,それらを探すことになる.一部をあげてみると,「医者の富」「鰻谷」「梶原鮓」「木具屋丁稚」「庚申丁稚」「子ほり奴」「仕込みの大筒」「島原八景」「菊石息子」などになる.すべて上方落語.
 さいわい,「口合按摩」は音源が残っている.口合自体が,駄洒落なので,元がわからないと面白味がない.頑張って聞き取って,いろいろ考えてやっと意味がわかったものがある.せっかくほろりとさせる部分もある落語なのだが,肝心の口合がこれだけ古びてしまうと,もはや博物館行きだろう.【あらすじ】は,音源をもとにした.あらすじに載せられなかった口合には,綱渡りの向上,上方唄「淀の川瀬」の文句取り,鈴木主水の口説きなどなどがある.聞き取り,解釈の間違いがあることはご容赦下さい.


019 幽霊飴,米朝ばなし 上方落語地図,毎日新聞社 (1981)
【あらすじ】
 六道さんのあたりに飴屋が1軒あった.ある夜,やせて青白い顔をした女がやって来て,飴を一つ買っていった.これが六日間も続いた.飴屋がいぶかしんだ.人が死んだときに六道銭を棺桶に入れる.もし,明日,銭を持ってこなければ,あの女は人間やない.翌日も,女はやって来た.「今日はおアシがありませんが,飴を一ついただけないでしょうか」.飴をタダでやって,見え隠れにあとをつけて行くと,女は高台寺の墓場に入って行く.一つの新仏の墓のところですっと消えた.子供を身ごもったまま死んだ母親の一念で,一文銭で飴を買って赤ん坊を育てていたのだ.それもそのはず,場所が高台寺[子を大事].

【ひとこと】
 アメ屋さんが「子育て幽霊飴」という看板を出し、今もその看板は残っています。このサゲをつけて、これを落語に仕立てたのが、のちに引退して高台寺の境内に風雅な茶店を営み、余生を風流ざんまいに送りました桂文の助(文の家文之助とも)という人です(『上方落語地図』 高台寺)
 幽霊飴(ゆうれいあめ)は,桂米朝の『米朝ばなし 上方落語地図』,高台寺の項に,そのあらすじが紹介されている.

【つけたし】
 『上方落語地図』は,毎日新聞大阪版に1978年から1981年まで,119回にわたって連載された記事が元になっている.落語にまつわる土地を紹介する中で,落語のあらすじも書かれている.伊勢・間ノ山の項を追加して,一冊の本として出版された.「茶目八」や「明石船」「仕込みの大筒」「鰻谷」「島原八景」といった珍しい落語も,この本の中で紹介されている.
 幽霊飴(ゆうれいあめ)は,演者はあるものの,不思議なことに速記が残っていない.幽霊子育飴は素朴なべっこう飴で,これを今でも売っている子育飴本舗みなとやの店内には,子育飴の看板が保存されているほか,壁には桂米團治師らの色紙が飾られている.


020 新町ぞめき,現代上方落語便利事典,少年社 (1987)
【あらすじ】
 由マと清やんが,新町を冷やかしている.見るのはタダだとばかり,清やんは娼妓に悪口を言ってからかっている.色が白い白玉という妓には,丸顔でなかったら心太だとか,敷島という妓には,隣が大和はん,朝日はん,ゴールデンバットはん,隅にいるのは,芙蓉[不要]はんかと,タバコ尽くしで茶化した.「敷島はん,最前から煙草ばかりくすべてんねんな,尻(けつ)から煙が出るで,一服ぐらい吸いつけ持って来なはれ.煙草ぎょうさんあんのやろ.家に置いたら煙うてじゃまになるさかい,横町の煙草屋に預けてあんねや,それで要るときは,おちょやんに銭持たせて,五匁ずつチョビチョビ取りに行ってなはんのか」「憎らしい言い方やな」.煙管掃除に余念のない妓には,「お前はんのお父っつぁんの職がそれか.お前親孝行やな,親の職忘れんがためにやってんのやな,せいぜい勉強しなはれ.婿はん持ったら,荷物担(かた)げて,羅宇〜しかえ〜」「あっち行き.悪ぞめきやなホンマに」
 由マの方は,ちょっとうっかりしていて,襖に描かれた女を娼妓と間違えたり,やぶにらみの妓を自分に気があってこっちを見ていると勘違いしている.「あの妓のお父っつぁん,タケノコ売りで損して,それで籔にらんでんのや」
 「揚がろうか.なんぼや」「いまから1円50銭が相場」「おーお高,去んで米買うとこ.二人で12銭に負からんか」「12銭! 台がなんぼやしなはんのや」「台も床几も踏まえも,足継ぎ,鞍掛何にもなし」「アホ,うちのおやまは張りぼてやあらへんで,切って血が出なんだら銭は要らんちゅうねん.三度三度,ぬくい堅い御膳が食べさせてあんねん」「やまこ張んな,三度三度お粥やろがな.三度三度お粥食わせてみ,[□□□]が抜けて[□□□]じゃい」「何でじゃい」「女三粥[界]に家なし」

【ひとこと】
 廓の一の客が、上がるともなくひやかして回っている。遣手婆とのやりとり、遊女の品定めが描写される(『現代上方落語便利事典』 新町ぞめき)
 新町ぞめき(しんまちぞめき)は,『現代上方落語便利事典』に載っている上方落語.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 『現代上方落語便利事典』は相羽秋夫編の落語事典.1955年1月1日から1985年6月30日までの間に演じられた上方落語を網羅している.古典,改作,新作のジャンル分けをしており,「新町ぞめき」は,古典落語に分類されている.『落語事典』に載っておらず,速記もない古典落語は,「鬼娘」「悔み丁稚」「地上げ」「新町ぞめき」「茶目八」「棟梁の遊び」「墓供養」になる.「棟梁の遊び」については,「勇みの遊び」の項目で触れている.
 「新町ぞめき」は,「ひやかし」とも言われる廓のスケッチで,客の様子や,娼妓とのやりとりが描かれる.決まった落ちはない.新町に限らず,松島遊廓や吉原遊廓を舞台にしても構わない.写真は,新町遊廓でひさびさに行われた太夫道中の様子で,『演藝画報』に載っていた.『現代上方落語便利事典』の記述では,細部がわからないので,【あらすじ】は,桂三助(助六)のSP版音源をもとにした.早口の上方弁で6分に収めてあるため,肝心の部分がどうしても聴き取れなかった.収録時間が尽きて,この件のあと尻切れトンボで終わっている.


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《 消えゆく旅ネタ 》

021 笑福亭松鶴,お伊勢参り,上方, (112), 56-59 (1940)
【あらすじ】
 喜六清八の二人連れ,大阪離れてはや玉造と,伊勢詣りにでかけた.奈良見物も済ませ,初瀬の観音,伊賀の名張と歩を進め,伊勢まで参りました.外宮から中道,二見,朝熊山へと参りまして万金丹も買って,内宮へやって来た.
 これから案内に連れられて宮巡りをいたします.「これが即ち鷹の宮でござります.お賽銭をお捧げなさい」「これが即ち雨の宮でござります」と八十末社をくまなく回った.これから牛谷,古市を過ぎて相の山にかかった.お杉お玉の二人が,三味線胡弓を弾いている.「やってきな,投げて行かんせ」.そばで老婆が声を掛けている.「オイ,喜ィやん,これがお杉お玉や.みな,銭を頭に当ててやろうとするが,なかなか当たらんで」.いくら銭を投げても,うまいことかわされてしまう.やけになって,仙台銭を緡(さし)のまま投げつけた.緡が切れ,額が裂けて血が流れてきた.「もし,熊五郎はん.向こう行く二人の道者.仙台銭を緡のまま投げたので,三味線は破れるし,お杉もお玉も血だらけじゃ.早う行って談判をしとくれ」.熊五郎が駆けつけ,二人の横面を張り倒した.「こりゃけしからん.私は奥州仙台の者じゃ.仙台の者が仙台銭を使うのに不思議はあるまい」「こりゃ,いくら鼻声を出して物を言うても奥州仙台じゃあるまい.貴様は大阪者じゃ」「どういう訳で」「大阪者は妙に瘡かきが多い」

【ひとこと】
 杉葉の屋根に一ト巾程の暖簾を軒に吊りましてお杉お玉は上帽子を頭に載せて、ビラビラの簪を仰山挿して、お杉が三味線を弾き、お玉が胡弓を擦っております(お伊勢参り)
 お伊勢参り(おいせまいり)は,『上方』112号に掲載された.笑福亭松鶴(5)演.『落語事典』には「お杉お玉」の演題で載っている.

【つけたし】
 伊勢神宮をめざす「東の旅」だが,神宮参拝の部分「宮巡り」を演じた速記は少ない.雑誌『上方』には,発端から「野辺」「法会」「もぎ取り」「軽業」に続き,「お伊勢参り」と題して,「宮巡り」と「お杉お玉」の部分が演じられている.途中経路は省略されているが,奈良から長谷,名張から阿保越えで伊勢に向かっていることがはっきり書かれている.さらに,六軒で伊勢街道に合流し,明星宿ではもう1人仲間が増えて,「三人旅」の速記も残っている.間ノ山(「お伊勢参り」では相の山)に小屋を構えたお杉お玉は,写真のような姿をした大道芸人で,間の山節を歌いながら,三味線と胡弓(写真では2人とも三味線)をジャカジャカ弾き鳴らしていた.見物人が放った銭をたくみによけたという.縞さん紺さん中乗りさん ここばかりじゃやてかんせ と囃した.ここ間の山ばかりではなく,牛谷などあちこちに似たような芸人が出ていたことも,速記からうかがえる.大阪者に梅毒患者が多いというサゲが弱いと感じていたところ,桂米朝の『上方落語地図』には別のサゲが書かれていた.お杉お玉が銭を撥ではね返すと,喜六たちの顔へピッシャリ.「こりゃえらい面当てじゃ」とある.女性の顔に傷をつけることも,大阪ものをおとしめることもなく,うまく落ちがついている.


022 曽呂利新左衛門,第五回(高宮川),滑稽大和めぐり,駸々堂 (1898)
【あらすじ】
 紛郎兵衛と似多八の二人が,大和国は長谷の宿場に入ってきた.定宿があると客引きを断っていたのだが,伊勢屋の番頭に定宿の名前を聞かれ,やむなく伊勢屋に泊まることになった.「わいらは大坂者だ」と,懐がさびしいのに,金持ちの振りしてぜいたくな事ばかり吹きまくる.飯を食っている間に,紛郎兵衛は女中から街道へ出る道を聞き出して,夜中に逃げる算段をした.似多八の方は,五右衛門風呂の底板をはずしてしまい,あまりに熱いので下駄をはいて湯に入る.早めに床につき,皆が寝しずまった真夜中,二人はそっと宿を抜け出した.
 せっせと駈けてきた二人がやって来たのが吉野川は六田(むだ)の渡し場.ここまで来れば大丈夫と一服していると,向こうから松明をともした山賊がやって来た.あわてて松の木に登り,息を潜めていると,山賊たちは松の木の下で,今日の獲物を広げはじめた.俺は20両,わしは30両と,合わせて100両にもなった.小便が我慢できなくなった似多八は,木の上でとうとう漏らしてしまった.「頭,何かしょぼしょぼ降ってきましたぜ」「紛さん,今度は糞(ばば)がしたくなってきた」「頭,去年の同じ月,一休みしていた時に天狗さんが出たことがありましたが,ことによると,この松の木にも天狗さんが居るのかもしれませんぜ」.山賊たちは,金を松の根方に埋めて隠した.紛郎兵衛たちは,道中差しを鼻に当てて,「天狗じゃ天狗じゃー」と叫びながら木から飛び降りた.賊が逃げたあと,掘り出した金を俺が持つ,いや俺だと,力一杯引っ張っていると,「痛ーい」の声で,はっと目を覚ました.似多八が,紛郎兵衛の金玉をつかんでいた.

【ひとこと】
 この吉野の麓で一ト休みして居た時に、お天狗さんが出ました事があッたが、事に依るとこの松の樹にも天狗さんがお居でなさるかも知れませんぜ、もしもの事があッて、天狗さんの為めに身体(からだ)ァ裂かれたら大変だ、頭、この金はこの松の樹の根元にさして埋(うず)めて置いて、今夜ァこの儘引き取らうぢやァございませんか(第五回)
 第五回こと高宮川(たかみやがわ)は,『滑稽大和めぐり』に収められている上方落語.二世曽呂利新左衛門演.『落語事典』には「天狗山」の演題で載っている.

【つけたし】
 『滑稽大和めぐり』は,『滑稽伊勢参宮』の続編で,紛郎兵衛と似多八の二人が伊勢から大和を旅する連作落語.連作にするために,「伊勢参宮神賑」とは違ったルート,違った話順になっている.紛郎兵衛と似多八の名は,『東海道中膝栗毛』の弥次郎兵衛と喜多八をもじっている.五右衛門風呂のくだりは,同じく小田原宿での有名なエピソードを借用している.サゲは「夢金」と同じと,いいところがない.さらに『滑稽大和めぐり』の「高宮川」には,おかしなところがいくらもある.長谷から六田の渡しまでは30kmも離れていて,歩ける距離ではない.また,賊がお宝を埋めたなら,わざわざリスクを冒して天狗のふりまでして,盗賊の中に飛びこむ必要はなかった.なお,「高宮川」を演じた戦前の速記はない.本来の「高宮川」は,滋賀県を舞台とする.彦根市内に高宮は実在するが,高宮川そのものは見あたらない.最後に少しだけ弁護すると,逃げた二人をわざわざ吉野川に突き当たらせたのは,本来の「高宮川」での演出を踏襲したことによる.


023 正岡容,東海道御油並木,あまとりあ, 4(6), 74-83 (1954)
【あらすじ】
 晩春の御油宿.苦み走ったいい男が,ある宿に逗留した.憂いのある面差しをした瞽女を座敷に呼んだのがきっかけで,男はその女と怪しい仲となる.ずるずると滞在を延ばすうち,とうとう男は瞽女の家に引き取られた.盲目の女が三味線をかき鳴らして稼いでくるわずかな金で,貧しいがたのしい暮らしを,ひと月,ふた月と続けた.しかし,男には京へ上ってするべき用もあったし,何より江戸には妻子もいた.心を鬼にして,何とか別れねば…….女を呼び寄せ,「どうしても,いつかは言わなきゃならないことがある.俺たちはきっぱり別れなけりゃあらねえ身の上なんだ」「エーッ,ど,どうして」「勘弁してくれ,俺ァ,穢多だったんだ」.計画が図に当たり,翌朝,二人は別れた.旅人は西へと歩きだす.女は急に駆けだしたかと思うと,河骨の花咲く夏の小川にジャブジャブと入っていった.別れの辛さに身を投げると察した男が駆け寄ろうとすると,女は小川の真ん中まで行くと,懐から火打石を取り出して,カチカチ,切り火を打って股間を清めた.

【ひとこと】
 明治大正の小説にも、島崎藤村の「破戒」をはじめ、大倉桃郎の「琵琶歌」村上浪六の「いたづらもの」と、新平民なるがゆゑの悲劇をテイマにした秀作はいといと多い。かうした「時代相」を充分以上に計算に入れて貰つた上でないと、次なる「東海道御油並木」のラストシーンの妙味は分つて貰へない(東海道御油並木)
 東海道御油並木(とうかいどうごゆなみき)は,雑誌『あまとりあ』に連載された正岡容の随筆の一つ.『落語事典』には載っていない.一連の作品は,『風流艶色寄席』(あまとりあ社,(1955))にまとめられている.

【つけたし】
 「三人旅」は,現在演じられているものばかりでなく,かつては東海道五十三次を順に演じていたと言われている(『落語事典』).『講談雑誌』20(5)(1935)に,「弥次喜多東海道膝栗毛」と題して,柳家小さん,三笑亭可楽,桂文治,蝶花楼馬楽,三遊亭金馬の連作で,江戸から京都までの旅ネタが掲載されている.これは,『東海道中膝栗毛』を落語化したもので,純粋な「二人旅」とは言えない.そうなると,「発端」「朝這い」「鶴屋善兵衛」「おしくら」「京見物」くらいしか残っていないことになる.これでは,いかにも少なすぎる.不足を埋めるピースの一つが,「東海道御油並木」になる.十代目桂文治の実父である初代柳家蝠丸[ -1943]が,たまに演じていたという.継ぎ手がなく,戦前に滅んだ落語ということになるが,身分差別の点でも現代に復活することは不可能だろう.


024 桂文我,南海道牛かけ,続 珍品復活 上方落語選集,燃焼社 (2002)
【あらすじ】
 紀州加太の淡島さんを参詣した喜六清八の二人組,吉野へ足を伸ばすことにした.山の中で日が暮れてきて,やむなく一分の大金を払ってサービスの悪い宿屋に泊まるはめになった.菜っ葉のおかずで飯を食い,寝たか寝ないかという時分,おもてを伊勢参りの連中が通る物音がした.それ,朝だと宿屋の主人にたたき出されると,まだ真夜中.夜道をとぼとぼ歩く二人の向こうから,牛に乗った男がやってきた.この先は狼がいて,歩いて行っちゃ食われるぞと脅してきた.またも一分払って牛に乗ると,その牛が暴れ牛.突然駈け出し,喜六清八を木の枝にぶつけて振り落とし,どこかへ行ってしまった.
 森の中にある小屋から明かりが漏れている.喜六が中をのぞくと,男女が痴話喧嘩の最中.女は出刃包丁をとりだすと,男の腹を刺して飛び出していってしまった.今度は清八がのぞくと,刺された男は立ち上がっているではないか.「すんまへん.あんさん,生きてますのんか」「見られたらしかたない.あの娘は庄屋の娘で,男に捨てられ,気がおかしくなってしまった.わしが捨てられた男に似てるもんやさかい,わしを呼び出しては,意趣晴らしに出刃で突くねん.お庄屋が渡している出刃は,木に銀紙が貼ってある偽物やから,怪我はせえへん.お庄屋にこの出刃を持っていくと,一分の金を下さるのや」「けったいな商売ですな」
 男に宿屋のてんまつを説明すると,「この辺は盗人村と呼ばれてて,宿屋も牛方もみんなぐるや.お前たち一分ずつだまし取られたのや」「わたいらは,これからどないしたらよろしいやろ」「教えてほしいか」「へえ」「一分,出しなはれ」

【ひとこと】
 風呂は昼間に沸かしたままやさかい、もう水に近いぞ。飯も昼間に炊いたさかい、冷とうなってるやろ。おかずに魚なんかあらへんわい。菜っ葉の煮(た)いたのが鍋に入ってるさかい、それをおかずに飯を食え。飯を食うたら、二階へ上がって寝てしまえ。寝る蒲団が冷たいと、文句を言うなよ。半年も干してないのやさかい。行灯も消せよ、油がもったいない(南海道牛かけ)
 南海道牛かけ(なんかいどううしかけ)は,『続 珍品復活 上方落語選集』に収められている上方落語.桂文我(4)演.『落語事典』には,「牛かけ」の演題で載っている.他の速記はない.

【つけたし】
 東の旅は伊勢参宮神賑,西の旅は兵庫渡海鱶魅入,北の旅は池田の猪買い,南の旅は南海道牛かけと,旅ネタの口慣らしで演題があげられるのだが,「牛かけ」を演じる人はいなかった.二世曽呂利新左衛門の『滑稽伊勢参宮』と題する本で,伊勢亀山あたりを舞台にかえて「牛かけ」をつかみ込んでいるので,内容はだいたいわかっていた.文我師の演出とは異なり,色情狂の娘に刺されるのは,暴れ牛に振り落とされた喜六で,わいはもう死んだかと嘆くと,出刃庖丁が作り物だった.聞くと,女は村の誰彼かまわず斬りかかってくる.この庖丁を庄屋に持っていくと,金に替えてくれるという.そんなら,庖丁は酒屋の切手のようなもんですな.そうや,切れ物持参とかいてある,がサゲになる.落語の中には,菓子や酒の切手が出てくるので,何とか通じるサゲではないだろうか.気が利いたこのサゲがないと,気の抜けたビールのような感じがする.
 なお,「牛かけ」とは,暴れ牛が駆けるのではなく,牛の藪入りとも呼ばれる行事のことで,春先まで預けた牛を引き取って,牛をきれいにかざりつけて1日骨休めする行事をさしている.旅ネタではあるが,和歌山から吉野へむかう山中だとわかるものの,具体的な地名は出てこなかった.


025 三遊亭圓左,毬栗,文芸倶楽部, 13(14), 105-114 (1907)
【あらすじ】
 野州の山中で道に迷った旅人が,一人の毬栗坊主に出会った.辻堂の縁側に腰掛け,何かを一心不乱に唱えている.いくら声をかけても,ぶつぶつ言っているだけで,こちらを見ることさえもしない.気味が悪くなって,そこを逃げ出すと,ようやく1軒のあばら屋が見つかった.何とか泊めてもらえないかと頼んでも,家には病人がいるからだめだと断られた.事情を聞くと,元は麓に住んでいたのだが,夜中に恐ろしい坊さんが娘の枕許に現れては,娘は死の苦しみに襲われるので,医者も手に負えない.こんな因果者は村に置けないと,村を追われて,こんな山の中にいるのだという.それでも構わないからと,ヒエを炊いた飯やらオタマジャクシの煮付で,無理やり夕飯を済ませて,板の間に横になった.八つの鐘が鳴ると,娘の枕許に昼間見かけた坊主が現れ,何やら呪いをかけているではないか.夜が明けると,坊主はかき消すようにいなくなった.この化け物に心当たりがあるからと,親父に言い残し,昨日の辻堂へ駆け戻った.「ヤイ坊主,お前のせいで,かわいそうに娘さんは今朝息を引き取ったぞ」「エッ,あの娘は死にましたか」と言うや,坊主の姿はグズグズと崩れ,白骨になってしまった.先の家に夢中で戻ったところ,「まあ喜んで下さい.あなたが出たあと,娘の按配が良くなってきました」.もう一晩たつと,娘は元のからだに戻ってきた.「どうか,この娘を嫁にもらって下さい」と親父に請われ,里に戻って婚礼をあげた夜のこと,天井裏でネズミが騒ぐと,何かが落ちてきた.「アイタッ」.見ると鼠穴に詰めておいた毬栗だ.ウーム,まだたたっているか.

【ひとこと】
 娘の枕許に年の頃四十五六になります、鼻筋のツンとした、鉄坪眼の眉毛のふっさりした髯の茫々と生へて頭は毬栗といふ奴で、鼠の着物に破(や)れた衣を着た坊主が娘の頭(つむり)の上へ手をかざして、別に撫でるでもなく、ただ斯うかざしているだけだが、娘はたッての苦しみでございます(毬栗)
 毬栗(いがぐり)は,『文芸倶楽部』定期増刊号"講談落語 怪談揃"に掲載された.三遊亭圓左(1)演.挿絵1枚.『落語事典』には,「いが栗」の演題で載っている.騒人社の『落語名作全集』にも,圓馬名で「いが栗」が載っている.この速記は,戦後に出版された楽々社の『落語選集 凄艶妖怪編』や金園社の『落語全集』などに転載されている.その他,子供向けの本や若者向けの文庫本にも「いが栗」が採られている.

【つけたし】
 噺の舞台は野州ではなく,甲州の山中で演じることもある.速記ではおなじみの噺なので,あまり珍しいという印象はなかった.かつて,滅んだ落語を復活させる企画をNHKが放送したことがある.たしか,「やかんなめ」「七面堂」「無筆の女房」などが"復活"した.この「いが栗」は,桂歌丸が演じたと記憶している.幽鬼のようになって生きていた「いが栗」の坊主ではないが,ふたたび命を吹き込まれた「いが栗」は,まだまだ生き長らえるだろう.この噺,上方では「五光」と題する.サゲ際が大きく違っており,坊主のいたお堂が松,桜,桐で彩られ,雨があがって後光が射している.花札の"五光"と"後光"をかけたものになっている.好みではあろうが,趣向に落ちるよりも,あっさりした江戸前の演出を私自身は推したい.


026 楽語荘同人,狼講釈,上方はなし 下, 三一書房 (1972)
【あらすじ】
 旅興行で御難にあった泥丹坊堅丸,芸州は海田市にやって来た.床屋に飛びこみ,どこかに落語を聴いてくれそうな家はないかと尋ねると,聴いてくれるどころではない,庄屋の娘をたぶらかして鞆の宿屋に置き去りにしたひどい噺家があって以来,噺家が来たら誰彼かまわず簀巻きにして海に放り込むというではないか.そこで,知恵を授けてもらい,軍談読みとの講釈師の触れ込みで庄屋のところに紹介してもらった.歓迎された堅丸先生,風呂に入って,飯を食えるだけ食うと,便所へ行くふりして裏から逃げ出した.どっこいさのさ.
 床屋の親爺に教わったとおり逃げたつもりが,慣れない夜道のこと,だんだん山の中に迷いこんでしまった.すると,前から横からパッパッと光るものがある.これが狼の目玉.2,30匹もの狼に取り囲まれてしまった.「ウー,貴様は講釈師と偽って,食い逃げするとは悪い奴だ.殺してしまえとの親方の命令.今から食ってやるからそう思え」「もし,狼さま,講釈を演れるのは本当でございます.ここで演りますよってに,命ばかりはお助けを」「早う,やれ」
 一席うかがいまするは,難波戦記の抜き読みで.頃は慶長の19年も改まりまして,明くれば元和元年5月7日のことでござります…….最初のうちこそ,難波戦記かと思ったら,だんだんと口からでまかせの五目講釈.ひとしきり語り終え,前を見ると,狼は一匹残らずいなくなっていた.
 「お頭,ただいま戻りました」「おお,ご苦労.噺家を食い殺してきたか」「どういたしまして,あいつは剣呑でなりません」「どうして」「あの噺家,口から仰山鉄砲を放しました」

【ひとこと】
 白旗を持ったる腕を、海へざぶんと実盛が斬落せば、この腕二十尋余りの大蛇となり、日高の川をやすやすと渡りて、道成寺に鐘の下りあるを僥倖(さいわい)、七捲半キリキリと捲き、残りたる首を江州瀬田の唐橋へグッと出せば、田原藤太秀郷は心得たりと三人張重藤造の弓に、蕪根の矢を番(つが)え、ヒョッピキヒョーと切て放てば過たず、平親王将門の顳(こめかみ)に発矢と中り、馬より頭顛倒(づってんころり)と落ちたる所へ、今年二十六歳鉄砲の達人と呼ばれたる、早野勘平馳け来り、猪かと思えば南無三宝(狼講釈)
 狼講釈(おおかみこうしゃく)は,『上方はなし』第35集(1939)に掲載された上方落語.入込噺として,楽語荘同人名義になっている.戦後に三一書房から復刻されている.

【つけたし】
 『上方はなし』は,大阪落語の衰退を憂いた笑福亭松鶴(5),桂米團治(4)等が楽語荘に集まり,まさに孤軍奮闘といってもよい努力をして発行した落語専門雑誌.49集まで出版して力つきた.「百年目」「たちぎれ」「菊江仏檀」といった大ネタだけでなく,旅の噺も載っている.入込噺は,前座(ヘタレ)が客を呼び込む景気づけの噺.こういうネタも,『上方はなし』が残してくれたおかげで,今日でも全容がきっちりわかる.
 旅興行に出てもお客が不入りだと,御難と称して,現地で一座を解散して,散り散りになることがある.「不動坊」の不動坊火焔先生も,中国筋で御難にあって,広島で死んでしまった.「狼講釈」は,御難の噺家が主人公だし,しかも,立て弁の講釈の技術も求められるので,やりたくないネタなのかもしれない.泥丹坊堅丸先生,芸州から佐賀武雄に流れて「べかこ」でしくじった上,ついには天草の果ての「深山隠れ」で行方不明になってしまう.やはり,あまりゲンのいい落語ではない.


027 三遊亭金馬,佃島,百花園, (231), 1-15 (1900)
【あらすじ】
 3,4人の友達が船をあつらえて,お台場沖に釣りに出かけた.青畳のような穏やかな海で,どしどし釣っているうち,日が暮れてきた.沖にポツリと現れた雲がみるみる大きくなると,海が波立ってきた.船頭は力いっぱい櫓を押して戻ろうとするが,恐ろしい風が吹いてきて,船が流されはじめた.船はぐうっと天に打ち上げられたかと見ると,次は地の底に落とされたよう.へとへとになってしばらく漂っていた末,ジャリッと船が砂に打ち上げられた.「船頭さん,ここはどこだろう.無人島か,ことによると人食いの島じゃねえか」「色がまっ黒で,眼の光った恐ろしい奴がいます.ことによるとアメリカじゃねえか」.こうなりゃ命がけだ.「手前たちは,御地に参った日本人で….わかりますか….ここは,な,なんという国でございます」「べらぼうめ,ここは佃島だ」

【ひとこと】
 無人島(むにんじま)てへのがありますから……そんなとこへ来ると、帰ることができねへといふが……恐ろしい開けねへ島へ来ると、人を食ふなんてへことが有ります……そんなとこへ来た日ニャア、大変でございます(佃島)
 佃島(つくだじま)は,『百花園』231号に掲載された.三遊亭金馬(1)(三遊亭小圓朝(1))演,石原明倫速記.

【つけたし】
 名作「佃祭」の影にかすんで,「佃島」はまったく聞いたことがない落語になってしまった.サゲがわかってしまえば,あとは何もいいところがないと言う人もあろう.ぶつかっただけでお互いの人格が入れ替わったり,ひょんなことで異世界に移動したりするストーリーは,今でも多く創作され,読者に受け入れられている.佃島といえば,大坂から移住した人々が根づいた離れ小島の異界だし,最後まで江戸の風が吹いていた土地でもあった.
 令和の今,お台場に釣りに出かけた末,真っ暗闇の向こうにちらちらと明かりが見える佃島に流れ着いたとなれば,そこはもはや高層マンションの建ちならぶ湾岸エリアではない.「ここは佃島だ」で,江戸時代にタイムスリップしたと悟り,奈落に落とされた気持ちになるだろう.もはや,百年かけても今に戻ることはできない.


028 翁家さん馬,徳利亀屋,講談雑誌, 13(12), 104-113 (1927)
【あらすじ】
  麹町三丁目に亀屋という呉服屋があった.ある朝,小さな風呂敷包み提げた,みすぼらしい身なりの老人が現れ,古道具の大道商いをしたいので店の脇の空き地を貸してくれと言ってきた.じゃまにならねばいいと承諾すると,爺さんは,風呂敷から汚らしい貧乏徳利を取り出した.あんな物を売るのかしらと見ていると,老人は徳利を逆さにして振るった.すると箒が出てきた.ざっと掃き終わると,今度はゴザ,毛氈を出した.また,さっと振るうと,掛け物,置物,仏像と品物が次々と出てくる.店の者があきれて見ているうち,ぼつぼつ夕方になり,今度は売れ残った品物から順に徳利に収め,最後にあたりを箒で掃くとポンと徳利に入れた.「今日はおかげさまで,場所柄もよく,たいそう商いができました」.立ち去ろうとしたところを,亀屋の主人が呼び止めた.「最前から見ておりまして,不思議でなりません.どうか,徳利の中を拝見させていただけないでしょうか」「お安いことですが,少し曰くのあるものゆえ,手前の家でご覧いただきましょう」「旦那様,何だか得体の知れないお爺さんですから,お出かけは見合わせた方がよいと存じます」「構わないよ.羽織を出しとくれ」.爺さんが足を止めたのは飯田町で,ずらりと旗本屋敷が並んでいる.「御前様,お帰り遊ばせ」.案内された座敷で,亀屋の主人が待っていると,打ってかわった姿に着替えた隠居が現れた.思わず座布団から降り,平伏した.「イヤ,窮屈になさらんで下さい.さあ,存分に徳利の中をごらん」.手に取ってみても,中は真っ暗で何も分からない」「はは.たって見たければ中にお入り」.半信半疑で足をあてると,スポッと体が入ってしまった.中は広々としている.老人に日光から京大阪,日本中を案内してもらった.
 八王子の在,二人の百姓が麦畑を荒らす変な男に気づいた.着物はぼろぼろ,髭ぼうぼうで貧乏徳利をぶら下げている.「オイッ」「アレアレ,ここは一体どこでございます」「しっかりしろ,ここは八王子の在だ」.あわてて麹町に戻った亀屋だが,自分の家が見つからない.「亀屋なんて呉服屋は聞いたこともないな.なあ,爺さん」「いや,俺がまだ子どもの頃だ.俺の爺さんから聞いたことがある.何でも亀屋の主人が,変な老人について行ったっきり,戻ってこなかったそうだ.百年も前の話だなあ」.その後,亀屋はつぶれてしまい,跡形もないのだった.なにしろ,この徳利が怪しいと,割ってみると,中から小判が1枚と錦の裂れが出てきた.これを元手に小布屋を始め,八王子で我に返ったというので八王子に移り,商売替えをして宿屋を始めた.昔を忘れないがため,屋根へ徳利の看板をあげた.人呼んで徳利亀屋,今も繁昌しております.

【ひとこと】
 百『…手も足も垢だらけ、着物を見ろヤイ、ボロボロで若布(わかめ)を着て居る様だ、貧乏徳利をブラ提げてやァがるが、何だんベエあいつは、山男かナ、何んか嬉しがつて独言を云つて居るぞ、狐にでもつままれたのでねえか、気ィ付けてやんべい、コレイ何処ン野郎だ』 旦『ヤーッ田子の浦ですかな、朝日の昇る具合、寄せて来る小波(さざなみ)に映つて綺麗ですなァ』 百『何を云やァがるんだ、麦畑に小波が寄せて堪るけえ、確ッかりしろやい、ドヤしてやんべえ』(徳利亀屋)
 徳利亀屋(とっくりかめや)は,『講談雑誌』13巻12号に掲載された.翁家さん馬(7)(桂文治(8))演,口絵とも挿絵4枚.

【つけたし】
 いわゆる壺中天の奇談.徳利亀屋が八王子に実在しただけに,よりミステリアスな感じがする.玉井の可楽名義の「徳利亀屋」(『名作落語全集』6,(1930))や.談洲楼燕枝(2)の「徳利亀屋」(『文芸倶楽部』18(9)(1912)),柳家小さん(3)の「徳利の中の旅」(『文芸倶楽部』24(10)(1918))などの速記がある.いずれも,細部が違っているが,不思議な徳利や,謎の爺さんの正体,その行動の目的は,結局わからずじまいだ.この速記では,徳利の爺さんが旗本の隠居らしいことや,徳利を割って中の金を得たというのが,他と違うポイントになっている.徳利の中にいくらでも物が詰めこめるのは,中と外の区別がない,クラインの壺のような造りをしていたのだろう.徳利が飛行装置になっており,日本中を旅して回ったが,ふっと里心がついて,麹町に戻ってみたら誰も知る人が居なくなっていたというパターンが,もっと恐ろしい.うかうかと落語の旅にかまけているうちに,周りがどんどん先の方へ行ってしまい,ふと気づくと自分の人生がわずかになっていたと考えると,身につまされてくる.


029 三遊亭圓遊,女仙人,二代目三遊亭圓遊落語全集,三芳屋 (1912)
【あらすじ】
 馴染みの羽衣花魁が,3年前,突然木曽の方へ旅立ってしまった.若旦那と幇間の善中は,不思議なことに三晩続けて同じ夢を見た.夢の中で,木曽の山奥で仙人になっている羽衣花魁に会った.穢れた俗世間の食べ物を絶って,汽車に乗りこんだ二人は木曽へと向かった.途中,篠ノ井で一泊,木曽の山道を歩いてさらに一泊し,三日目にいよいよ山中に入る.3,4里も進むと谷川にぶつかった.その水を飲むと,不思議と疲れが抜けて元気が出てくる.さらに6,7里も山に分け入ると,道が二手に分かれていた.左の方は獣道みたいだから,右の道を進んで行くと,向こうから木こりの爺さんがやって来た.「お前さんがた,道に迷いなすったのか.これから先は猪谷(いのししだに)に蟒蛇山(うわばみやま),その先は道はねえ.狼や蟒蛇が出るとことろだ」「恐ろしいことで.実は仙人に会いたい一心でここへ来ました」「なに,仙人に会いたい.仙人はそっちの細道を四,五里行ったところだそうだが,途中に棲んでいる天狗に体を引っ裂かれるから,誰も行かねえて.大事に使えば一生ある命だ.よく考えなさっせい.それ,猪が来るぞ」
 死んでも花魁に会いたいと,若旦那は細い方の道をどんどん進んでいった.2里ほど行くと,木の葉をつづったような物を着て,髪の毛を腰まで振り乱した女がいた.「お前は羽衣」「若旦那に善中さん,よく訪ねて来てくんなました」「花魁,私も仙人になりたい」「お前はん達は仙人にはなれない因縁ざますから,思い切って帰ってくんなまし」.若旦那はワッと泣きだした.「若旦那,やつれなんしたね.ちょっと待ちなまし」.羽衣仙人が天に指をさし,呪文を唱えると,空から清らかな果物が降ってきた.若旦那と夫婦になる望みだけは叶えられないから,お店を持つ金をあげようと,再び天に指をさして呪文を唱えた.すると,今度は金の入った袋が降りてきた.「お仙人様の指はたいした指でげすなぁ」「若旦那,ほかに望みはありんせんか」「他でもないが,その指を切ってくれないか」「なに,指を切れ……お前はんよっぽど疑ぐり深いねぇ」

【ひとこと】
 お前方は何処へ行きなさるのか、大方道に迷つて此処へ来なすつたのだらうが、これから一里も行くと猪谷と云ふのがあつて、それを越ると蟒蛇山に行き当つて、それから先は道も何もない山ばかりさ、マアこの道へ知らない者が行けば狼に食われるか、蟒蛇に飲れるか、どつちにしても帰つた者はない処だよ (中略) 麓まで送つてやりてえが、私はこれから向ふの谷合の鬼婆ァに用があつて往かれねェが、日が暮れねェ内に早く山を下りるが宜ひ(女仙人)
 女仙人(おんなせんにん)は,『二代目三遊亭圓遊落語全集』に収められている.三遊亭圓遊(2)演.浪上義三郎速記.『落語事典』には,「指仙人」の演題で載っている.

【つけたし】
 不思議な味わいのある旅の噺.二代目圓遊は,初代の芸風を受け継いで,カリカチュアライズした演出を取ることが多い.今の視点からはアナクロに感じる描写を除いてみれば,この噺はもっと評価されてもよさそうだ.見知らぬ土地の風俗や習慣,名物,祭りなどの土産話を聞いて,実際に行ってきたような気分にさせてくれるのも,旅ネタの楽しみの1つだろう.「指仙人」は,この点で仙境の旅ガイドになっている.実在した列車の時刻が書かれていたりして,きわめて具体的でありながら,木曽山中のルートは逆にあいまいになっている.地獄の門番のような杣人が,4〜5里先にあると教えた仙境が,奇妙なことに天狗の住み処よりも手前に位置していたりする.教わって行けるものでなく,ふとした拍子にたどり着くのが仙境だろう.「鉄拐」という落語でも,中国八仙の一人,鉄拐仙人に商家の番頭が偶然出くわしている.写真中央は,八仙のうちで唯一の女性仙人の何仙姑.鉄拐のような,ボロをまとって杖をついた老人ではなく,天女のような姿をして,手には蓮の花を持っている.
 江戸時代の遊女は,客に自分の真心を示すため,指を切って渡したことがあるという.本当に指がなくなっては大変だから,屍体の指を使うことがあったらしい.指切りの習慣と,お宝を産みだす指が欲しいの両方をかけているが,気持ちいいサゲではない.「指を切ってくれ」だけで終わらせて,そんな便利な指が欲しいことだけを強調した方がすっきりする.


030 林家正蔵,死ぬなら今,林家正蔵集 上,青蛙房 (1974)
【あらすじ】
 しわいやの吝兵衛さん,一代で財をなすには,ずいぶんと非道なことをしてきた.地獄の沙汰も金次第と言うから,三百両の金を頭陀袋に入れてくれと遺言すると,ころりと往生した.ところが,親類の大反対にあって,本物ではなく,芝居の小道具の小判を入れて埋葬してしまった.閻魔の庁に呼び出された吝兵衛さんの前で,生前の悪行が浄玻璃の鏡に映し出される.苦り切った閻魔大王の懐に百両を放り込むと,風向きが変わってきた.見る目嗅ぐ鼻から赤鬼青鬼までワイロをつかって,吝兵衛さんはみごと極楽行きとなる.時ならぬ小判景気でみんなが浮かれていると,この小判が偽物とわかり,閻魔大王以下,獄卒まで全員が牢屋に入れられてしまった.今,地獄には誰もおりません.死ぬなら今.

【ひとこと】
 びィびィびィ……と、ボタンを押しますとな、武装をした警官がトラックに乗っかって、だァッと閻魔の庁へ押し寄せるというと、閻魔大王、馬頭牛頭、見る目嗅ぐ鼻、冥界十王、青鬼赤鬼……残らずを縛って牢屋へ入れてしまいました(死ぬなら今)
 死ぬなら今(しぬならいま)は,『林家正蔵集』上巻に収められている.林家正蔵(8)(林家彦六)演.

【つけたし】
 閻魔大王はじめ,悪鬼が地獄からいなくなったので,「死ぬなら今」だというサゲは,それほどひねりが利いた印象でもない.実際の高座でも,突然鳴り響くブザーのところで,客席がざわめいていた記憶がある.噺がおもしろいと言うよりも,古典落語に電気仕掛けの道具が入り込んできた違和感が笑いを生んだのだろう.
 林家彦六(正蔵(8))は,持ちネタが豊富で,寄席の進行に合わせて軽い演目をさらりと演じたり,他の演者と重複しない珍しいネタを高座にかけていた.「死ぬなら今」もそんな演目の一つだったのだろう.『林家正蔵集』にも,「風の神送り」「村芝居」「中沢道二」「蛸坊主」「三百植木」「松田加賀」「伽羅の下駄」といった珍しい演題がならんでいる.このうちのいくつが,正蔵師と一緒に冥土へ旅立っていったのだろうか.


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《 文藝倶楽部の文芸復興 》

031 三遊亭圓流,思ひ違ひ,文芸倶楽部, 11(14), 237-255 (1905)
【あらすじ】
 新聞は便利で安いものです.亭主に死別したおきよが家に戻ってきている.「きよや,お前もまだ23歳だ.私にかまわないで結婚しなさい」「お父さんこそ,後添いをおもらい下さい」「あれが死んでからもぅ3年か.しかし,そんな話はよそう.新聞を取ってくれ」.頼んでおいた求婚広告が載った紙面を見て,父はニンマリ.それから3日後,新聞社に出むいて,応募の手紙を手にした.「なに,年は二十三,容貌は並,ぜひ結婚したし.明日は日曜なれば日比谷公園六角堂で待ち受け願う」.翌日,すっかりめかし込んだ父親は,手紙に書かれたとおり,新聞を持って,六角堂で待っている.すると,えび茶の袴をはいて,傘で顔を隠した若い女が近づいてきた.新聞のすき間から,日傘の中の顔をのぞき込むと.「おぉ,きよか」「あらまあ,お父様」「お前,新聞を見たのか」「貴方があの……」「きよや,亭主を持つなら新聞の広告はよせ」

【ひとこと】
 五十一番求婚、年五十三歳容貌は四十一、二より上に見えず月の収入百五十円を下らず、別に厄介なし。十七、八歳より二十五、六歳までの相当教育のある婦人と結婚を望む(思ひ違ひ)
 思ひ違ひ(おもいちがい)は,三遊亭圓流(三遊亭金馬(2))演の新作落語.挿絵2枚.「新聞見合」の演題で知られている新作落語で,『落語事典』には載っていない.少年向けにアレンジしたものが,戦後に出版されている.また,三芳屋から出た金馬の個人集が,2018年に復刻されている.

【つけたし】
 「思ひ違ひ」の速記の前半には,「おもと違い」という落語がついている.おもとという女と,植木の万年青(おもと)の質入れの勘違いで進む噺で,本題との関連性は薄い.新聞広告と言えば,「太郎,連絡をくれ.母」とか,「すし店員急募.応面談03-xxxx」などと書かれた三行広告は,最近とんと見なくなった.今は,名作映画の案内とかゴルフ会員権の売買ぐらいしか思い浮かばないが,かつては一般紙に結婚相手を探す広告も載っていたのだ.この噺の場合,親娘ともに独身なので,特段問題はない設定となっている.初婚ではないとはいえ,23歳の娘が53歳のおじさんと結婚前提につき合おうとするのは,理解しがたい.親爺さんの方が17歳の娘とつき合おうというのは,パパ活の募集にしか見えない.


032 語吝,意地競,文芸倶楽部, 11(15), 283-291 (1905)
【あらすじ】
 意地っ張りの勘蔵がいきなりやって来て,今日中に30円を貸して欲しいと言いだした.主人が,30円とまとまってはすぐには用意できないと断ると,「借りられるまでは三日でも五日でも玄関を借りて動きません」「お前は今日中に金が要るんじゃないのか.いったい何に要るんだい」「理由を聞くからにはお貸しになるんですな.実はおそろしい強情なのがございまして」「お前さんより強情な人がいるのかい」.この強情者の家で,証文なし利息なしで30円を借りたが,その時,自分は今月中に返すと口約束した.だから,晦日の今日,約束どおり返したい.このまま居座って餓死されかねないと,何とか金を都合した.「証書もいらないから,都合のいい時お返しなさい」「それほど仰るならお借りしましょう.本当にあなたの強情には驚く」
 先方の家で金を出しながら,無理して用意してきたともらすと,「誰が無理して返せと言った.借りたところに返してこい.貸した奴もそうだ.いったん貸さないといった金を貸すべらぼうがあるもんか」「でも,自力で返せるのはいつになることやら」「誰が返せって言った」「どうぞ,ご勘弁を」「話が分かればいい,じゃあ,牛肉で飯を食べていけ」と言われるが,勘蔵は牛が嫌いだった.「食わずに帰れるもんなら帰ってみろ.口を割っても食わせてやる」.息子の岩公が気を利かせて,「じゃあ鶏肉も買って来ましょう」.今度は勘蔵が,「死ぬ気で牛を食うから,鶏肉は死んでも食わない」
 ところが,牛肉を買いに出かけた岩公が,暗くなっても戻って来ない.探しにでると,路地の角で,知らない男と岩公がにらみ合っている.二人は出会い頭で出くわして,どっちも道を譲らないのだった.「岩,てめえは早く牛を買ってこい」「ここを退いては,相手の意地が通っちまう」「俺が代わりに立っててやる」

【ひとこと】
 ○『その算段が気に入らねえ。何処で何う算段したか知らねえが、借りて来た金なら、そこへ行ッてこの紙幣(さつ)を叩ッ返(けえ)して来い。勘『でも貸した方でも心切で貸してくれたんですから。○『心切も糞もあるもんか、己(おれ)の心切を無にする金なんぞ貸しやがッて、目先の見えねえ篦棒もあるもんだ。勘『貸さないと云ふのを無理に借りたので。○『一旦貸すまいと思ッた金を、中途で貸す奴があるものか、生地(いくじ)のねえ。勘『だッて。○『何がだッてだ、貸す奴も貸す奴なら借りる奴も借りる奴だ。勘『然うですかねえ(意地競)
 意地競(いじくらべ)は,語吝こと岡鬼太郎作の新作落語.挿絵1枚.『落語事典』には「意地くらべ」の演題で載っている.

【つけたし】
 最初の勘蔵が強情かと思ったら,つぎつぎと上手が現れる.すっかり古典落語化しており,柳家小さん(5)の名演が残されている.語吝という仮名を使って,『文芸倶楽部』の懸賞落語へ投稿したように見せかけているが,実際は劇評家として知られた岡鬼太郎が求めに応じて掲載したもの.一般読者の応募を促すためのサクラだった.この作品を含め,信心(さうかく),女福引(双角),酒専売(紅毛子),包み娘(さる松),落ち天(魔王)の6作品を投稿している.
 柳家小さんの口演では,金を渡そうとして突き返され,隠居のところへ返しに戻ったら,「七所借りして下げたあたしの頭はどうしてくれる」とどやしつけられる.嘘も方便,無尽にでも当たったとでも言って返せと知恵をつけられ,もう一度金を返しに行く.


033 大橋亭わたる,化物屋敷,文芸倶楽部, 13(1), 251-262 (1907)
【あらすじ】
 職工の八五郎が嫁を世話され,住む家を探している.叔父さんに紹介されたのは,借り手が居つかない化物屋敷と噂されている家だった.引っ越してきたその晩,八五郎が夜中に目を覚ますと,どこからともなく「ウーンウーン」というかすかな声が聞こえる.八五郎は気を失ってしまう.叔父さんも噂が心配で,見に来てくれた.横っ面を張り倒され,意識の戻った八五郎は,「叔父さん.出たんです.ウーンとうなると,黒煙がぱぁっと」「そりゃ,ランプに油煙が落ちたんだ」.一緒に耳を澄ますと,たしかにうめき声がする.「ウーム」「叔父さんまで呻っちゃいけねえ」
 翌朝,押入の下をどんどん掘ると,土管があって,その下に二間四方ほどの箱があった.もぐってみると階段があり,鉄の扉がついている.錠を壊して中に入ると,プンといやな匂い.「ウーン」という声の方を提灯で照らすと,死人のような顔色をした痩せた男女がいた.地上に引き上げ,医者に診せたところ,ひと月ほどで口がきけるようになった.「この女の亭主は,私の朋友でございまして」「ハハア,その人は,鬼原と言いはせぬかな」「さようでございます」「鬼原が急にいなくなってから,この家にいやな噂が立つようになったが」「はい.私は,この婦人といい仲になっておりました.それを鬼原が気づきまして,ある日,鬼原が急に戻ってきて,私たちを縛り上げ,あの地下室に閉じ込めたのです.生米をかじり,生きながらえてきましたが,気力もぬけて,最後は苦しみもなく夢うつつになっておりました」「たとえ間男したとしても,法律てえものがある.鬼原を探して告訴しなさい」「私どもがあの穴へ入れられるのは当然です」「どうして」「間男を見つけられたとき,穴があったら入りたいと申しました」

【ひとこと】
 鬼原の申しますには、この穴は空気も通うし、米も水も沢山に壺の中にあるから、一年や二年生きていられぬことはない(化物屋敷)
 化物屋敷(ばけものやしき)は,大橋亭わたるが投稿し,第二等に当選した懸賞新作落語.挿絵1枚.「二人書生」という演題で,今も演じられる.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 落語というよりも,猟奇小説のような描写になっている.何年も幽霊屋敷の噂が立つ理由づけに,巨大な地下室,空気穴,水に食料など大がかりな道具立てを用意している.現行の「二人書生」は,もっとあっさりしていて,貧乏書生が安下宿に入った晩,うなり声が聞こえた.縁の下に埋められた男女を見つけ,すぐにサゲになる.


034 みよしの家,まぐれ当,文芸倶楽部, 13(4), 278-284 (1907)
【あらすじ】
 下谷万年町の汚い長屋に住むずぶ六という車夫,この不景気に梶棒を離して泥棒に鞍替えした.はじめて盗んだ荷物を風呂敷に背負って駆けだしたところ,書生さんに激しくぶつかってしまった.「コラッ.急げば人に突き当たって相手の骨を折ってもいいと言う規則でもあるのか!」.さんざんにやり込められ,商売を聞かれたずぶ六さん,答えに窮した.「貴様,ふざけやがって.我が輩は泥棒じゃぞ」「エッ,旦那.実はわっちも泥棒で」「今日が開業じゃが,碌なものはなかった.壊れた水瓶に鉢巻きした七輪,ガラクタばかりじゃ」「不思議なこともあるもんですね.わっちの入った家も豚小屋同様,ガラクタ道具を一包みだけ盗みました」「それは愉快.では,そこらで一杯やらんか」.浅草あたりの縄のれんでガブガブやって気が大きくなった二人は,吉原に繰り出した.翌朝,勘定が足らず,二人とも丸裸.酒っ気のない薦被りができあがった.「まァ仕方ない.旦那,家にでもお出でなさい」
 ずぶ六の家の前まで来た書生さん,なぜか中に入ろうとしない.実は昨晩,書生が泥棒に入ったのはずぶ六の家だった.「何でェ.七輪が鉢巻きしようが,ふんどししようが,俺の勝手だ.たった今返しておくれ」「君,今返せと言ったって,薦一枚きりじゃないか.今から家に帰って夕方までに届けよう」「その手は桑名の…….逃げようったてそうは行かない」.ずぶ六さん,書生の家までついていった.「フーン.ここがお前さん家かい.もう沢山で」「まあ入りなさい.遠慮はいらんよ」「実は,昨晩入ってしまいました」

【ひとこと】
 「ハハハ済まんことをしたね、何がってお前ン所へ昨晩泥棒が入りやせんか」「えっ泥棒!」……(略)……「怒るなマー何も悪気があって入った訳じゃなし,ほんのまぐれ当たりじゃ」(まぐれ当)
 まぐれ当(まぐれあたり)は,みよしの家が投稿した懸賞新作落語.第二等に当選した.挿絵1枚.『落語事典』には「両泥」の演題で載っているが,懸賞落語であることは書かれていない.

【つけたし】
 演題の「まぐれ当」とは,引用文に書かれたとおり.二人の泥棒がお互いの家に入ったということで,今は「両泥」の演題で演じられている.登場人物の書生は,書生と言っても,苦学生ではない.一戸建ての家に住んでいて,酒のせいで妻が出ていってしまっている.書生ゴロのような奴で,ずぶ六さんは見つけられなかったけれども,多少の財産はあるのかもしれない.
 写真は,1905年に『文芸倶楽部』に載った新作落語の募集記事.旧態たる落語界の改善のため,読者から新作を求め,優秀作は落語研究会で口演するとの告知になっている.1905年の12号に「包み娘」が掲載されたのが最初の作品で,以後何年間か懸賞落語の募集は続いた.


035 篠原春雨,景品美人,文芸倶楽部, 14(11), 285-290 (1908)
【あらすじ】
 京橋にある銀座屋という呉服屋の主人は商売熱心.今度,17,8歳のすこぶるつきの美人を福引の一等賞品に出すと決め,大々的に広告を打った.世間は大評判で,買う客やら,観る客やらでごった返した.
 「おや,お帰んなさい.その女中さんは?」「ウム,とんだ儲けものさ」「何ですか,いい年をしてみっともない」.親子喧嘩がはじまった.「モシ,ちょいとお待ちなさい.妾は銀座屋の福引景品なの」「それで,この人をどうするつもりです」「そうさな,倅にも嫁がいることだし,絵はがき屋の郵さんに世話しようと思うが」「あれは堅くていい男です.それはいいお考えです」「まさか景品だとは言えないから,懇意の娘だということにしよう」.この話を聞いた郵さん,喜んで女を嫁に迎え入れた.
 2ヶ月ほどたったある日,郵さんが浮かない顔でやってきた.「あの女には勘弁ならないことがあります.朝昼晩と寝てばかりで,いい着物を着たがる,夜遊びに出るは,毎晩男が呼び出しに来るは.浅草公園あたりにまごついていた女じゃないですか.それに,お景物がついています」「エッ,お景物.とうとう一件を話しましたか」「何です? お景物というのは,妊娠しているのですよ.お前の家はどこだと聞いても,あいまいなことばかり言って.ご隠居さんのお流れじゃないんですかい」「冗談言っちゃいけない.それなら打ち明けるが,あれは,福引の景品で,只もらったんだ」「只でもらった女ですか,道理で見切りものだと思った」

【ひとこと】
 今日こちらの隠居様が銀座屋でお買い物なすって、福引き券を曳いたの。ところがちょうど一等にあたったのよ。それであたし、こちらへご厄介になるような事になったんですわ。化粧道具も直ぐ届けるはずなんですわ(景品美人)
 景品美人(けいひんびじん)は,篠原春雨が投稿した懸賞新作落語.第二等に当選した.挿絵1枚.『落語事典』には載っていない.投稿者の篠原春雨は,その後,『講談倶楽部』に40編以上の新作落語を発表している.

【つけたし】
 募集広告(写真)に懸賞金が明記されるようになった.結局,一等の十円を射止めた作品はなかった.海賀変哲『新作落語の落』の「景品美人」の項には,"金馬が研究会の席上で、折々演ずる"と書かれている.書き捨てでないため,ここに載せることにした.前項の「まぐれ当」とくらべると,内容的にも会話の運びも,まったく劣っている.現代でも,海外旅行,限定品などなどさまざまな景品商法は盛んだが,生身の人間を景品につけるという設定は時代感覚がずれてしまい,今演じられることはできない.といっても,ポイントを貯めて,デート権がつくなんて商法は,今もしっかり行われている.


036 石井祁山,女絵姿,文芸倶楽部, 15(2), 262-269 (1909)
【あらすじ】
 道楽が過ぎる息子を親爺がしかっている.「うちは,この界隈でも指折りの,先祖代々続く染物屋だ.お前のような道楽者が出ては,おととし亡くなった母親にあわせる顔がない」「はい.今度こそは,堅くなります」「よし,もう寝なさい.そうだ,昨日竹内さんの注文をきいたか」「はい.結城を紺無地に染めてくれとのことで」「ほう,紺無地とはめずらしい.杉や,焼き唐辛子を肴に一杯飲むから,酒を持ってきておくれ」.ひとりでチビチビ飲んでいると,さっき買ってきた掛け軸に目が行った.「芸者らしい女の立ち姿で,実に見事だ.俺も若いときに洲崎に遊びに行ったもんだが,これを見ていると芸者を揚げているような気になるね」.旦那がとろとろっと寝たかと思うと,掛け軸から女がスッと抜け出て,「ちょいと旦那,起きなさいよ」「おや,芸者じゃないか.さっぱり分からないな.お前さんどこから来たんだい」「絵師よ.最初は,博覧会に出すつもりだったけど,ある外国人のところに行ったの」「おや,ラシャメンかい」「夜中に口を利くものだから嫌われて,縁日にでたの」「苦労したね」「そうして質に入ったけど流れてね.それでお前さんのところに来たの」「そうかい,よく来ておいでだ」.掛け軸の精とは気づかず,話が食い違ったまま.夜中に話し声がするので,息子が襖のすき間から覗いてみた.「オヤ,誰もいないじゃないか.座って寝ぼけるのも変だな.お父さん,起きなさいよ」「なんだい,お客様に尻を向けて.失礼じゃないか」「そうだ,狐がついたんだ.狐は知らないことを聞かれると落ちると言うから…….お父さん,背中には何があるかい」「灸の痕だ」「うまいね.じゃあ,腕には?」「おっ母さんの名がかいてあるよ」「アレ,のろけていやがる.油揚げは?」「嫌いだよ」「狐じゃないな.もしかすると,むじながついたかな.それじゃ大禁物の焼き唐辛子はどうです」「あるなら,もっと持って来とくれ」「おや,正気なのかな.じゃあ,竹内さんの結城はどう染めるか分かってますか.縞ですか?」「無地だ」「むじな! そうして色は?」「紺」「アッ,狐もついている」

【ひとこと】
 一口に『蛙の子は蛙』と申しまして、子は親に似るものでございますが、しかし随分名家の師弟でありながら下らぬ人物が出るようなことも聞いております(女絵姿)
 女絵姿(おんなえすがた)は,石井祁山が投稿した懸賞新作落語.第二等に当選した.挿絵1枚.『落語事典』には「狐つき」の演題で載っている.清文堂書店の『滑稽落語選集』(1933)に収められた橘家小圓蔵名義の「蛙の子」が典拠となっている.

【つけたし】
 「応挙の幽霊」に似た落語.『落語事典』には,「蛙の子」で速記が載っているが本題がわからないとあるが,引用のとおり,冒頭の文句が『蛙の子は蛙』で,親の血は争えないという意味になる.つまり,この速記が初出と言うことがよくわかる.速記には,市区改正とか,三越の光琳祭りとか,際物的な書きぶりがある.それを除けば,親爺・軸の精・息子が,三者三様に話が食い違いながら展開する面白い噺だと思う.


037 牛歩迂人,狐魅,文芸倶楽部, 15(7), 278-285 (1909)
【あらすじ】
 王子に年古く住むキツネ夫婦が,王子稲荷にたのんで人間にしてもらえた.おこん吉兵衛と名乗り,赤い屋台で会計には鈴を鳴らすといった稲荷の趣向を取り入れ,稲荷寿司屋をはじめた.材料の油揚げは市内各地のお稲荷さんからタダで届くので,安くてうまいと評判になる.ある日,表で,この狐め,とののしる声がした.ハッと思った夫婦がこわごわ見ると,狐つきの男がぶったり蹴ったりされている.「人間てえものは,なんという馬鹿だ.狐つきなぞは迷信なのに,撲って追い出そうとしている.狐にかけちゃ,俺たちの方が得意だ.ひとつ説得してやろう」と,前に出てきた.「おい,お前はどこの眷属だ」.これから狐問答がはじまった.狐つきの男も善戦するものの,キツネ夫婦の狐づくしの博識に次第にやり込められ,「今日限り退散いたします.狐筆でわび証文を書き,きつねのかみそりで坊主になり,きつねのからかさを一ついただいていきます」と言うと卒倒した.ジギタリスを飲ますと目を覚まし,「ありがとうございます.夢から覚めたようです」と礼を言うと,吉兵衛夫婦も喜んで,思わず〓(かい).狐つきだった男,「真似をされては面目ない」

【ひとこと】
 ご自分達でご自分達を欺す証拠には土佐国には、犬憑と云ふが有りますし、(中略)米国では鯨憑と云ふのができるわけです、早く人らしくなりなさい、人間のくせに動物の真似をなさる事はありますまいと、コンコンと、夫婦の者に説諭されました(狐魅)
 狐魅(きつねつき)は,牛歩迂人が投稿した懸賞新作落語.第二等に当選した.挿絵1枚.『落語事典』には「狐つき」の演題で載っている.大文館の『新落語全集』(1932)に収められた三遊亭小遊三名義の「狐つき」が典拠となっている.

【つけたし】
 作者のうんちくが爆発している.すさまじい数の稲荷や狐づくしが書き連ねられていて,落語に仕上げたいのか,うんちくを披露したいのかわからないほど.大文館の「狐つき」は,原作よりもずいぶんとマイルドな物になっている.サゲも狐の伝統的な鳴き声(コンカイ)を使っている.もし,"快"や"解"といった文字とかけているとしたら動かしがたいが,キツネなら思わず知らず"コン"と叫んでしまったで十分だと思う.なお,狐筆はキツネノエフデというキノコの一種.キツネノカラカサも菌類で,キツネノカミソリはヒガンバナ科の植物の名前.強心剤のジギタリスは,キツネノテブクロからとれる.

〓(かい):口偏に歳


038 みよしのや,食ひ違ひ,文芸倶楽部, 16(8), 283-288 (1909)
【あらすじ】
 「オイ,金公.大きなつづらを背負いこんでどこへ行くんだい」「やー,兄貴か.実は,どの字だ」「白酒買いじゃあるまいし,入れ物持参の泥棒なんてあるかい」「俺が質に入れたものを,越後屋から盗みだしゃ沢山なんだ」「越後屋なら俺も出したいものがあるんだ.俺が一番,工夫をしてやろう」「越後屋とくれば戸締まりは厳重だぜ」「このつづらを越後屋の前に放り出して,『泥棒泥棒』と叫ぶんだ.そうして,つづらの中に入って隠れていると,越後屋は欲張りだ,品物さえ戻ればもともとだと,つづらを土蔵の中へ運ぶだろ.時を見計らってつづらから出て,手当たり次第につづらに詰めこんでスタコラヨイヤサと来るわ」
 「さあ,越後屋へ来た.怒鳴れよ」「エー,泥棒や泥棒」「泥棒を売りに来たんじゃねえ」.つづらの中で息を殺しているうち,二人ともグーグー寝込んでしまった.越後屋の方は,「泥棒」の声で外に出てみると,泥棒の影はない.大きなつづらが一つ.金太の名が書いてある.「旦那,こりゃ,金さんのつづらです」「金公のだと.あんな家に入るとは,風流な泥棒もあるもんだ.今夜のうちに届けてやんなさい」
 目が覚めた二人,あたりを物色しはじめた.「越後屋の蔵も,外は立派だが,中はひどいね.あ,俺の半纏だ.袷も俺んだ.鍋や釜まである.かかあの奴,いつの間に質に入れやがったんだ」.つづらに放り込む物音で,おかみさんが目を覚ました.「オヤ.金さんじゃないかい」「アッ.かかあまで質に置きやがった」

【ひとこと】
 「エー,シッの残り物はいりませんか」「何を言ってるんだい、シッてえな売り物ぢゃないよ……(略)……なぜそんなことを言うんだい」「売らずにおいてこの陽気にふやけてしまうとろうずに成るから」(食ひ違ひ)
 食ひ違ひ(くいちがい)は,みよしのやこと高橋敏弥が投稿した懸賞新作落語.第二等に当選した.挿絵1枚.『落語事典』には「つづら泥」の演題で載っている.

【つけたし】
 この演目は,「つづら泥」として現代に定着している.しっかり者とうっかり者の二人の会話も面白く,原作ですでに完成の域に達している.「つづら」という落語は別話で,間男をした質屋の旦那をつづらに入れて店に持ちこみ,金をゆすり取る噺.なお,用例は,越後屋の前で大声を出し,静かにしろとたしなめられたにもかかわらず,"シッ"でさらにふざけている場面."ろうず"は,ダメになった品物のこと."ろうずもの"とよく言った."lose"から来ているのだと思っていたら,"蘆頭"という漢語が由来だとのこと.


039 俄茶之助,ほめすぎ,文芸倶楽部, 17(11), 269-276 (1911)
【あらすじ】
 八の息子の六と,お店のいたずら息子は同い年で,遊び仲間だ.ある日,六がコブをいっぱいこさえてきた.聞くと,お店の息子に殴られたという.カッとなった八は,相手の子を殴ってしまった.あとから番頭がやって来て,八は主家を出入止めになる.この話を聞いた隠居が,加藤清正のエピソードを説いて聞かせた.「智仁勇そなえた加藤清正公は,太閤秀吉の覚えがめでたかったが,だれかが讒言したものか,突然閉門を申しつけられたことがある.いつの日か疑いが晴れるだろうと,清正公は自分の家に引きこもっていた.ある日,グラグラグラグラ天地も裂けるばかりの大地震が起こった.この時だ,八っつぁん.勘気を受けていることも忘れ,我が身のことも忘れ,清正公は桃山御殿へ駆けつけた.太閤殿下は,いたく喜ばれ,ただちに御勘気御免となった.どうだい,感心したかい」.これを聞いた八は,火事が起きないかと,毎晩,火事装束で寝る始末.ある晩,ヂャンヂャンヂャンと半鐘が鳴りだした.「しめたっ,お竹.あとは頼んだぞっ」「あなた,火事はお向かいじゃありませんか」.聞く耳も持たず駆け出し,お店の戸をドンドン叩いた.「火事だって.いったいどこだい.おい,お前の家の近くじゃないかい.ちっと変だな」「変でも何でも,太閤は感心だ.清正公が飛んで行くまでに庭へ出て待っていたんだ」「ムム.お前は,地震加藤もどきで飛んできたんだね.礼を言うよ」「旦那,そう言われちゃ面目ない」「わしのせがれも小さいのだから,この先ともに面倒を見てやっておくれ」「清正のつもりになって,腕白の代まで仕えます」

【ひとこと】
 我が身のことも打ち忘れ、桃山御殿をさして、一散にタッタッタッタ。ここを九代目がやったが好かったね。つぶれた家の破風の所から、こうやって、鎧を着て出てきたときの格好はいまだに忘れないよ(ほめすぎ)
 ほめすぎ(ほめすぎ)は,俄茶之助が投稿した懸賞新作落語.第三等に当選した.挿絵1枚.『落語事典』には「地震加藤」の演題で載っている.

【つけたし】
 「地震加藤」は,歌舞伎の演目で,引用部にあるように,九代目團十郎が桃山御殿の門を入ってくる場面が見どころになっている.この落語は,桂文之助の作とされるが,こちらがオリジナルになる.投稿者の俄茶之助は,東京府大森に住む貴田健一とあるので,文之助のペンネームではない.また,応募の際には,芝居の外題である「地震加藤」をつけたりはしないだろう.「地震加藤」の速記は,『文の助の落語』(三芳屋)や『おなかの逆立ち』(加藤新進堂)に掲載されている.文之助の速記にある"私が死んでも、せがれの代までつとめておくれ"の方が,"腕白(関白)の代まで"のサゲの文句が利いてくる.
 なお,写真の伏見桃山城の天守閣は観光施設として建てられたもので,慶長地震で倒壊した指月伏見城は山麓にあった.


040 三遊亭金馬,時計の分銅,文芸倶楽部, 26(9), 294-300 (1920)
【あらすじ】
 安下宿に部屋を借りた凹川と凸山の二人の書生,もう3ヶ月になるのに一文も下宿代を入れない.凸山の留守に,主人が催促に来たが,凹川は金は凸山に預けてあると言って,まったく取り合わない.下宿代ばかりか,吉原から馬を引っ張ってきた遊興代まで立替させている.困った主人は,下宿代を払うまでは食事もださないと強談判になったところに,凸山が戻ってきた.朝から上野,浅草,日比谷と公園を歩いてきて腹が減ったと,飯を催促する始末.凸山は,柱時計を指さして,こないだ友人の家で時計の分銅が左右に振れるのを30分間数えられるか5円の賭けをして,負けてしまった.なかなか30分は言えないものだね.と聞いた主人は,私ならできると,5円の賭けに乗ってしまった.時計を見ながら「あっちに行ったり,こっち行ったり」と夢中になって唱えているすきに,二人は荷物をまとめて逃げてしまった.女房が声をかけても,主人は「こっち行ったりあっち行ったり」と繰り返している.「さあ,30分だ! 凸山さん」「お前さん,しっかりおしよ」「あれ,二人はどうした?」「下宿代はすっかり片がついたと言って,玄関を出ると凸山さんはあっちへ,凹川さんはこっちへ行きましたよ」「エッ,それじゃぁ二人とも,あっち行ったりこっち行ったり」

【ひとこと】
 毒々しい絵看板だの、眼球(めだま)の大きな役者の写真なんかを見ていた所でつまらないから、早速浅草を立去つて、電車に乗らうと思つたが余り混雑で乗れんから、テクシーで日比谷へ行つたよ(時計の分銅)
 時計の分銅(とけいのふんどう)は,三遊亭金馬(2)演の新作落語.挿絵1枚.『落語事典』には「道楽書生」の演題で載っている.

【つけたし】
 雑誌には書かれていないが,これは,益田太郎冠者作の新作落語.益田太郎冠者は,実業家益田太郎のペンネームで,「堪忍袋」「かんしゃく」の作者でもある.「道楽書生」の演題で『圓左新落語集』小槌会(1906)のほか,「あちたりこちたり」の演題で少年向け落語全集に掲載されている.
 眼玉の役者とは,目玉の松ちゃんこと尾上松之助のことで,戦前にかけて活動写真で大活躍した.テクシーはもちろん,タクシーに乗らずにテクること.


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《 失われた落語の復活 》

041 中川清,莨道成寺,新演芸, (9), 26-30 (1948)
【あらすじ】
 大阪の莨の吉助,雁首が7つもついた七味煙管が自慢のタバコ好きだ.甚兵衛さんに「お前は,日本一の莨好きやとうぬぼれているけれど,紀州の煙の長太には,かなわんと思うで」と言われたものだから,吉助,さっそく紀州へと向かった.
 「煙の長太さんはお宅か.日本一の吉助が,莨の試合にやってきた」.さっそくタバコ部屋へ案内され,タバコの吸いくらべがはじまった.きついタバコを10服,20服と続けざまに吸っていると,さすがの吉助も頭がくらくらしてきた.やけになった吉助は,箱いっぱいのタバコの葉を囲炉裏の中にぶちまけると,煙の中に頭を突っ込んだ.「これでどうじゃ」「えらいことしよったな.ちょっと待ってなされ」.長太は,自慢の煙管を取りに部屋に戻った.そのすきに,煙に紛れて吉助は逃げ出した.太い竹筒の煙管を抱えて長太が戻ってくると,吉助がいない.「さては逃げたな,まだ遠くへ行くまい.こりゃ,やーい」.吉助は,後も振り返らずどんどん逃げると,日高川に出た.「船頭さん,急いで船を出しとくれ.ヤニで固まった男が来ても,決して渡してくれるな」.案の定,おくれて長太が渡し場にやってきた.「もう今日は船は出さん.親の遺言じゃ」「ははーん.あいつに頼まれたな.こっちにも考えがあるわい」.長太は日高川にドボンと飛び込むと,キセルをシュノーケルのようにして川を渡った.道成寺は折しも鐘供養の最中,駆けこんできた吉助は,鐘の中に隠れた.そこにやってきた長太,吉助が見つからず,去っていった.
 鐘を持ち上げると,「旅の人.もう大丈夫じゃ.出て来なはれ」「やれ,助かった.さて一服」「うだうだ言いなはんな.あんた,莨のために命を落とすところ.しばらく莨はつつしんで,身も心も清姫としなはれ」「えへっ.私も安珍しました」

【ひとこと】
 この作品は原作(註:江戸小咄)を基として長いものに作りかへてみました。新作と言つても現代の感じとは凡そ遠いものですが、古典形式の作品と言つても良いと思ひます。時代にとり残された藝術とも言ひ得る上方ばなしには歌舞伎や人形の如く動かされぬ型の様なものまで、できてゐるのですから、東京落語とは、多少違つた態度で臨むことが要るでせう。(莨道成寺 あとがき)
 莨道成寺(たばこどうじょうじ)は,『新演芸』第9号に掲載された中川清の投稿.扉絵1枚.『桂米朝集成』第1巻, 岩波書店(2004),『米朝落語全集 増補改訂版』第8巻, 創元社 (2014)に再録されている.

【つけたし】
 「煙草好き」で知られる噺の類話.その点では,それほど珍しい落語ではないかもしれないが,上方落語らしくはめものを入れて,道成寺の趣向でサゲまで作り直している.投稿者の中川清は,後の三代目桂米朝.正岡容のすすめにより,1947年にいったん桂米團治(4)の内弟子になったものの,ふたたび郵便局員として勤めていた頃の発表になる.地の文が少なく,会話だけで構成されていて,筋立て明瞭,しかもクスグリもしっかり入っている.読んで抜群に面白い作品にしあがっている.のちに数々の滅んだ落語をよみがえらせていった桂米朝だが,落語復活の活動の原点がここにある.


042 桂米朝,狸の化寺,米朝落語全集 1,創元社 (1980)
【あらすじ】
 こないだの大雨で切れた狐川の堤防を直そうと,火の玉の竜五郎がひきいる黒鍬連中が村にやってきた.31人がいっぺんに泊まれるところは,化け物が出ると噂される寺ぐらいしかない.化け物に恐れをなす竜五郎ではない.さっそく,タヌキの糞だらけの荒れた庭草をきれいに刈り,堂内をすっかり掃除すると,寺は見違えるようになった.飯も終え,一同は丸太の枕で横になった.頭の竜五郎はひとり,化け物の正体を見あらわそうと,たばこ盆を引き寄せ,寝ずの番をはじめた.昼の疲れも出て,さすがの竜五郎もうとうとし始めると,ぽいと飛び出してきたのは紺絣の着物を着た女の子.くわっと眼をむくと,「竜五郎さん,噛もかあー」.油断のない竜五郎,抜き打ちにさっと斬りつけると,黒い獣のようなものが奥に逃げ込んだ.「みんな起きろ.化け物がでやがった.さあ,明かりをつけて探せ探せ」.見ると,3体だった阿弥陀さんが4体になっている.「よし.かんてき持ってきて,阿弥陀さんの鼻先でくすべろ」.最後の一体の阿弥陀様,鼻をぴくぴくさせたかと思うと,くしゃみ一発,タヌキの正体をあらわして,本堂を逃げ回った.「天井へ上がった.燭台を上へ」.欄間には,羽衣をまとった天人像がぐるっと彫られている.それっと,棒でつつくと,全部の天人がいっせいに抜け出て,天井をぐるぐる回りながら天人の舞を舞いはじめた.さすがの竜五郎もあっけにとられ,呆然とみていると,天人の一人が舞いながら,「ああ,金がすれる」

【ひとこと】
 欄間に天人が彫りつけてありまして、羽衣を身にまといました天人の彫物がぐるっと、部屋を取り巻いてます。竜「このへんやなあ」と、じいーっと見てると、そん中で一人の天人がじーっと横目使てる奴がある(狸の化寺)
 狸の化寺(たぬきのばけでら)は,『米朝落語全集』第1巻に収められている上方落語.桂米朝(3)演.タヌキのカット絵1枚.『落語事典』には「狸化寺」の演題で載っている.桂米朝以前の速記は残されていない.

【つけたし】
 ほとんど滅んでいた噺を,東京で活躍していた三遊亭百生から教わり,桂米朝が復活させた.復活にあたっては,わかりにくい部分や冗長なところを省き,現代人におもねることなく,古典の味わいを残したものに仕上げるのが米朝流のやり方.百生のサゲは,「天人の舞とはみにくいものじゃ,キンがすれてる」だったが,桂米團治(4)の記憶にあったサゲを採用している.写真は,神奈川県で見かけた天人の彫物.よく見ると,下ぶくれの顔だちで,天人にしておくのはもったいない.金も彩色もかなりはげてきている.衣に変えた八畳敷きの睾丸が,天井にすれて痛くなるまで舞うとは,タヌキの必死さが伝わってくる.


043 桂米朝,水の呑み分け,続 上方落語ノート,青蛙房 (1985)
【あらすじ】
 ひとくち口に含むだけで,どこの水か当てる男が評判で,大勢の人がいろいろな水を持ってくる.最初のは? お前の家の鉄瓶の湯ざまし,金気になじみがあった.次は? 糺の森の水.ただスーとしていた.つぎつぎと当てて行く.最後に,大阪西の御番所の井戸水を出したところ,これがわからない.「さあ,これはどこの水じゃ」「はて,うーむ」「さあ,はっきりと言わんかい」と責め立てられ,「恐れ入りました.白状つかまつります」

【ひとこと】
 私もこの三つを並べてやってみようと何度も思ったのだが、さてお客を前にして喋る……となると、これはなかなか難しいはなしである。第一うまくやれたとして、元来「うん、なるほど……」とか「うーむ、しゃれてるな」とかいうような受け取り方をして貰うはなしだから、決して大きな笑いにはならない。三つが三つともその種の作品なので、次第に誰もやらなくなったに違いない(――わけ三題)
 水の呑み分け(みずののみわけ)は,桂米朝(3)著『続 上方落語ノート』に収められている上方落語の小咄.速記はない.

【つけたし】
 桂米朝の記憶に基づいて書かれたもので,速記ではない.西町奉行所の水は,拷問で気絶した被疑者にぶっかける気つけの水のこと.あまりの責めに,とうとう白状したという次第.正岡容『随筆寄席囃子』(1944)に紹介されている「水の飲み分け」では,「胸のあたりで二段に分かれたゆえ,養老の滝の水なりと見破」った.『落語事典』も,その記述を踏襲し,美濃養老の滝としている."美濃"の滝ではなく,大阪"箕面"(みのお)の滝が,途中で二段に割れていた.大阪人にとっては常識で,「蛇含草」や「そうめん喰い」にも出てくるクスグリだ.もちろん米朝は,箕面の滝としている.
 「水の呑み分け」だけでは一席の落語として短いため,「煙草の呑み分け」「飯の食い分け」とつなげて演じるプランだったらしい.似たような構成をとる噺に「明石飛脚」があり,雪隠飛脚,うわばみ飛脚に続けて一席としている.「水の呑み分け」の方は,【ひとこと】で引用したように,残念ながら高座にかけるには至らなかった.「煙草の呑み分け」は,『講談速記落語集』明文館(1892),『新作落語扇拍子』名倉昭文館(1907)に速記が載っている.煙草の産地をつぎつぎと当てさせられ,ああ,せわしない.一服しよう,となる.「飯の食いわけ」は,いろんな米の産地を当てられたくやしさに,あちこちの米を混ぜて炊いたところ,わかった,大仏様の仏餉(ぶつげ)じゃ,となる.いかにもしゃれたサゲだが,文字ならわかっても,耳で聴いてはわかりにくいだろう.


044 桂米朝,そってん芝居,桂米朝集成 1,岩波書店 (2004)
【あらすじ】
 堺の叔父さんが危篤だというので,出入りの磯七を呼んで,急いで髷を整えてもらおうとする.ところが,芝居好きの磯七は,月代を剃りながら,忠臣蔵の大序から,二段目の松切りと,すぐに芝居の話に脱線してしまい,なかなか仕事がはかどらない.しかも,髷の縛りどころが悪く,額の前にぶらりと髷が下がってしまう始末.
 飛田のあたりは追いはぎが出るというので,旦那は褌いっちょになり,寒さしのぎに,口に唐辛子を放り込んで,駕籠に乗りこんだ.鷹の爪が効いて,体が汗ばむくらい.口の中の辛さに,「ほぉー,ほぉーっ」と熱い息を吐きながら,飛田の森にさしかかると,案の定,覆面の浪人があらわれた.駕籠屋はさっと逃げてしまう.追いはぎが,駕籠の垂れをぐっと上げ,「褌だけは助けてやる.身ぐるみ脱いでこれへ渡せ」.髷を額に垂らした旦那が見上げて,「ほぉーう」「ああ,もう済んだあとか」

【ひとこと】
 まず、元結をハサミに見立てた扇子でパチンパチンと切って、髪をいっぺんザンバラにする…………今度は扇子を櫛にして、それで梳いていって、次に髪を寄せてゆく………………さらに小拍子を鬢付けにして髷のところを塗り上げて固めて作ってゆく…………で、立てた髷をいっぺん糸で結んで、ハサミでその余った糸をパチン、パチン……(そってん芝居)
 そってん芝居(そってんしばい)は,『桂米朝集成』第1巻に収められている上方落語.桂米朝(3)筆.シグサ写真多数.速記は残っていない.

【つけたし】
 桂米朝は,昭和18年に新宿末広亭で初代桂小南が演じたものを,一度だけ聴いている.当時でも,この噺を知っている落語家は少なかったという.小南の高座の記憶を頼りに演じたものが,『桂米朝集成』に載った文章になる.高座にかけたことはないのだろう.他の演者の速記もない.前半は髷を整えてゆく段取りを演じるのが難しく,後半部は「蔵前駕籠」にそっくりで,滅びてしまうのも無理はない.写真は,大津絵の「げほうの梯子剃り」."げほう"とは,落語でいう"ちょうず"のこと.福禄寿が長い頭を剃ってもらっており,ザルのような毛受けを手にしている.「片側町」という床屋の落語でも,客が毛受けを手に持っていたと記憶する."そってん"という奇妙な演題は,頭を剃刀で剃る"剃天"と書くこともあったそうだが,途中で入るはめものの三味線"トッテントッテン"とも呼応している.


045 三田純一,鏡山,上方落語全集 2,私刊 (1965)
【あらすじ】
 「鏡山」の舞台の幕が開いた.花見に勢揃いする腰元たち.「局岩藤,中老尾上,皆も大義」の姫のセリフに,「お姫様のくせに褌しやがって」,ちょくちょく客が突っこみを入れている.「不義者見つけた」と主税が花道から声をかけた.「不義とは何ぞ証拠のありそうなこと.証拠見ましょうか」「オーイ.証拠出せ.寝間の下の紙」「要らんこと言うな」.軍次兵衛が,証拠の艶書を取り出した.ところが前の幕で,軍次兵衛が落とした手紙を尾上がすり替えておいたものだ.そうとは知らぬ岩藤,「尾上殿,読み上げ召され」「三好長慶をかたらい南殿の間へ忍びこませ……」「あわてておやじ手紙探しとる.今さら探してもあらへんぞ」「尾上殿,そりゃ,文が違いました」「それなら,両人は不義者でござりませぬ」.太鼓が鳴って,お姫様一行はお立ちになった.
 舞台に残ったのは,岩藤,尾上と軍次兵衛の3人.岩藤と軍次兵衛に冷たくあしらわれ,尾上は花道の七三に下がると,袂から手紙を出して,お前らの企みは私が出たらという思い入れ.「胸がスーッとしたな.尾上が出なんだらワイが出る」「お前が出たかて何になる」.「いらざる尾上が出しゃばって.あの長慶は何しておやる」.そこへ医者の長慶が駆けこんできた.南殿に忍びこんだ褒美をやろうと言われて,長慶が体を近づける.岩藤は,軍次兵衛の刀を引き抜くや,長慶を斬り殺す.「針の穴より,堤のくずれ」「して,邪魔になる尾上めは」.桜の花びらが散る中に立つ岩藤.鐘がボーン.「軍次兵衛様,お腰のものを,汚しましてござります」で幕になるのが本筋だが,毎日のことなので岩藤が軍次兵衛に「お腰をば」と言わずに,「軍次兵衛様……お耳をば」と申します.すると,軍次兵衛の耳許でボシャボシャささやくシグサで,要らんこと言っている.「桟敷の三つ目にな,十七,八の娘が,立て膝して弁当食うてる」「何?」.もう一度大声を張り上げると,殺された長慶がムクッと頭を上げて,「えっ……そらまた,どこにだんねん」

【ひとこと】
 幕があきますと、桜の吊枝、宮道具、正面に鳥居がございます。鋲打ちの乗物、お姫様が乗っております。上手におりますのが局岩藤(いわふじ)、下手におりますのが中老尾上(おのえ)、沢山の腰元がならんでおります。花道から、主税(ちから)が求女(もとめ)・左枝(さえだ)の不義を云い立てまして、そこへ追うて出ます。軍次兵ェが出まして、医者の長慶を殺しまして幕になるのでございます。こう説明いたしまして、これから、一つお芝居をご覧に入れます(鏡山)
 鏡山(かがみやま)は,『上方落語全集』第2巻に収められている上方落語.三田純一編.『落語事典』には「加賀見山」の演題で載っている.

【つけたし】
 歌舞伎の『鏡山旧錦絵』の筋を再現しながら,客の突っこみを聞かせる芝居噺.花見の場面は,上方では今も演じられるが,東京では省略されるという.この芝居の見どころ,岩藤が尾上を草履でしたたかに打ちつける草履打ちの場は,このあとに来る.
 演芸評論家の三田純市が,戦前の『上方はなし』のひそみにならい,『上方落語全集』を自費出版した.5年で60冊規模を目指したものの,実際には「莨の火」「鏡山」「らくだ」の3冊で力尽きている.資金と労力の提供がないと,個人の意欲だけではいかんともしがたいのだろう.「鏡山」は,桂小文治(2)の所演を文字化したもので,これが唯一の速記になる.


046 桂枝雀,首提灯,桂枝雀爆笑コレクション 2,筑摩書房 (2006)
【あらすじ】
 看板にひかれて上燗屋の出店に立ち寄った酔客,一杯10銭と聞いて,さっそく注文する.ぬるすぎると文句を言うと,今度は燗がつきすぎる.飲みかけを酒で埋めさせたり,タダのこぼれ豆や,つけ合わせのおからなどを選って食いちらかしたりする.値の張るニシンは一口かじって,固いと戻す始末.25銭の飲み代にツケが利かないとなると,五円札を出してきた.口開けの上燗屋には釣りがないため,酔客が出店の道具屋に買い物に出た.たまたま見つけた仕込み杖を気に入り,これを買って飲み代を支払った.
 仕込み杖を抱えて家に帰った男,戸口を細めに開けたまま床についた.夜中に通りかかった泥棒が,これ幸いと開いた戸口から中をのぞき込んだ.男は仕込み杖を抜くと,待ってましたとばかり,泥棒の首をスパーッと斬った.泥棒は,皮一枚でつながった首を押さえて,外に駆けだした.そこに「火事や,火事やー」と,野次馬が提灯を掲げて走ってくる.「ええい,じゃまじゃ,退きさらせ」.野次馬が泥棒を小突くと,首がごろごろっと転がり落ちた.手探りで首を探しあてると,これを前にぐっと突きだし,皆と一緒に「火事や,火事や」

【ひとこと】
 『熱いわーい、熱いわーい』言うて不足言いながらも『飲んで飲めんことないわい』ゴボッ、ゴボッ、ゴボッと飲んで、そしたらまた『冷や入れぇ』って言ってまた冷や入れましたやろ。豆はいかれてるわ、あんたまあ、鰊かじりさしやわ、あんたもう。まあまあ二十五銭だけもろときまひょか(首提灯)
 首提灯(くびちょうちん)は,『桂枝雀爆笑コレクション』第2巻に収められている上方落語.桂枝雀(2)演.笑福亭松之助から桂枝雀に伝わったという.『落語事典』には東京の「首提灯」(くびぢょうちん)とは別の演題として整理されている.

【つけたし】
 上方落語の「首提灯」は,こんな噺.前半は「上燗屋」として独立して演じられ,後半は首を斬り落とされる泥棒が主人公になる.前半の酒飲みとのつながりはなく,殺人の動機もあいまいなまま.そのため,「首提灯」として通して演じられる方が少ない.幕末の殺伐とした世相を背景にした東京の「首提灯」は,前半の侍との口論をリアルに演じる.後半の首がとれてしまう非現実を,火事の騒ぎとあいまって,勢いでカバーしている.「上燗屋〜道具屋〜首提灯」といった,辻噺を思わせる木に竹を接いだような展開が,上方落語らしいといえば,そうも言える.写真は,法善寺横丁にある西田當百の川柳碑,"上かん屋へいへいへいとさからはず".「上燗屋」の中でもよく使われる.


047 桂文我,しらみ茶屋,続 珍品復活 上方落語選集,燃焼社 (2002)
【あらすじ】
 茶屋遊びにはまった若旦那が,何か変わった遊びはないかと思案している.道で出会った乞食に,明日まで薬瓶に一杯のシラミを集めてくれと頼んでおいた.翌日,これを懐に入れ,いつものお茶屋にあがると,芸者幇間の前で,近ごろ凝っている首筋占いをはじめた.皆を一列に並べると,手拭いで目隠しをさせ,一人ずつ占いながら,襟元からシラミをふりかけていく.次第に体がかゆくなってきた幇間の一八,しゃべりながら,体のあちこちを叩いてかゆみをごまかそうとする.首筋のシラミを見つけ,驚いて扇子でつぶすが,あとからあとからシラミがわいてでる.「何や,座っていられんようになってきましたたさかい,ちょっと踊らせてもらいます」.「夜桜」に合わせて踊りながら,シラミをつぶす所作がある.「わぁ,これはたまらん.若旦さん,ちょっと中座させてもらいます」.一八だけでなく,みんなすっくり,座敷を出ていってしまった.
 「どうしたんや,皆でていって」「何や,急に身体中から虱がゴソゴソでてきて.それで,風呂に入って着がえて参りました」「はっはっは.それ,わしの仕業や」「え,首筋占いのとき,襟元へ虱をゴソッと」「堪忍して.埋め合わせにお膳の支度がしてある.さあ,飲み,飲み」「滅相な,虱のあとで,ノミは結構ですわ」

【ひとこと】
 しっかりした声が出てるのも、この首のお蔭やな。こんな女子(おなご)は、運がええぞ。あんたには、これから……。(袖から壜を出し、詰めを取る)周りに人がゾォーロ、ゾォーロと……。(壜の虱を、首筋へ振りかける)集まってくる。これからが楽しみやな(しらみ茶屋)
 しらみ茶屋(しらみぢゃや)は,『続 珍品復活 上方落語選集』に収められている上方落語.桂文我(4)演.他の速記はない.

【つけたし】
 残念なことにというか,幸いなことに生きたシラミを見たことがなく,気色悪さや痒さを実感できない.戦後のDDTの散布により,シラミ被害は激減したが,今も,アタマジラミやケジラミはしぶとく生き残っている.何本もの足が生えた姿は,千手観音にたとえられる.「誉田屋」で,シラミだらけの宿屋に泊まった翌日,別れた娘に会えた老夫婦は,これも観音様のおかげと感謝する.
 「しらみ茶屋」は,もともと上方落語だが,文の家かしく以後,上方での演者はなかったという.一方,東京では,雷門助六(8)がこのネタを得意にしていた.人形振りのあやつり踊りの名手であった助六は,「夜桜」を座り踊りしながら,見つけたシラミを右に左にと処理する所作がみごとだった.助六の演出では,シラミをチーチーと呼んだり,社長が主人公だったりして,どこか新作落語の匂いがした.サゲ際もだいぶ違っている.いたずら好きの社長が骨相占いと称して,シラミを振りかけたまではよかったが,瓶の口が欠けて自分もシラミの洗礼を受けてしまう.それを見つけた一八が,「ほらごらんなさい,犯人が口を割った」となる.文我演出では,一人一人の占いのセリフが的確で,シラミを振りかけるきっかけにもなっている.文我師は,東京系の速記を含め,古い文献から多くの"絶滅危惧落語"を掘り起こして演じている.現代の観客向けに再構築された姿は,発刊中の『桂文我 上方落語全集』や口演録音に譲ることとして,こちらはできるだけ速記のままの姿をお伝えしたい.


048 柳家小満ん,十八檀林,柳家小満ん口演用「てきすと」 9,てきすとの会 (2015)
【あらすじ】
 今は好きな絵を描いて隠居している先生を,お客が訪ねてきた.先生は,若い頃,お寺で修行をしたという話ですが,その頃の話を聞かせて下さい.檀林の修行というのは大変なもので,一つの寺を抜けるのに3年はかかる.お前は子だくさんのようだから,一人くらい出家させたらどうだい.最初は,下谷の幡随院がいいだろう.次は鴻巣の勝願寺がいい,あそこには大力無双の仙石権兵衛の墓があった,という風に,一つ一つの寺の思い出を語ってゆく.結城の弘経寺では,「肌寒し己が毛を噛む木葉経」という句を詠んだものだ.次の飯沼の弘経寺は隠居檀林と言って,ここまで来ると普通の坊さんは年を食って,ここで終わってしまう.じゃあ,最後の大本山増上寺の後は,どこに抜けるんでしょう.さあ,お前のせがれだ.増上寺へ入っても,せいぜい七つ坊主になって,裏門から出て赤羽橋へ抜けるだけだ.

【ひとこと】
 取り分け滝山大善寺の十夜法会は<八王子のお十夜>といって、もう連日連夜、大層な人出と成るが、《一夜一夜 月おもしろの 十夜かな》という、この句は五日の弦月から十五日の満月までの念仏法要の夜空が偲ばれて、哀れがあっていいなあ、そうしてお盆へ御籠りをする人には、夜半にお粥が振る舞われてこれを<十夜粥>というが、《運び来る 僧みな若し 十夜粥》(原石鼎)、なンという句もある(十八檀林)
 十八檀林(じゅうはちだんりん)は,『柳家小満ん口演用「てきすと」』その9に収められている.他の速記はない.

【つけたし】
 『柳家小満ん口演用「てきすと」』は,柳家小満ん(3)による口演台本を,ファンが自費出版したもの.すでに42冊,550席以上の作品を収めており,古今東西最大規模の落語集となっている.収められた演目の中には,「御盆」「小いな」「嵩谷」「初夢」などの"絶滅危惧落語"が含まれている.東の小満ん,西の文我,両師の紡ぎ出す作品に目が離せない.
 「十八檀林」は,平成22年7月13日,お江戸日本橋亭「柳家小満んの会」のためのもの.関東十八檀林とは,浄土宗の学寮で,武蔵,下総,常陸,相模などに点在している.艶笑噺「鈴ふり」のマクラに,十八檀林の寺を順に修行して行く大変さを描く場面がある.寺の名前は全部出てくるが,サゲはない.小満んは,先生と呼ばれる老人とそれを訪ねてきた客の会話の形に再編して,「十八檀林」を一席ものに仕立てている.引用したわずか数行だけでも,驚くほど情報量が多い.小満んの噺には,このような登場人物が独り言のようにもらす蘊蓄がふんだんで,他の追随を許さない.
 もともとの話は,赤羽に抜けるというサゲでストンと落としていたという.いくら有馬様のお屋敷や水天宮があったとしても,赤羽だけでは通じない.赤羽橋ならば,大江戸線の赤羽橋駅があるので,馴染みがある地名だろう.深い駅から地上へ出ると,東京タワーが目の前にそびえている.念を入れて,小満ん師はマクラで赤羽橋を仕込んでいる.また,先生とあるのは,与謝蕪村のことで,実際に蕪村は弘経寺に寄宿していた.こんな仕掛けを作って遊んでいる.ちなみに十八檀林とは,下谷の幡随院,鴻巣の勝願寺,川越の蓮馨寺,小金の東漸寺,岩槻の浄国寺,生実の大巌寺,滝山の大善寺,江戸崎の大念寺,館林の善導寺,本所の霊山寺,結城の弘経寺,飯沼の弘経寺,深川の霊巌寺,新田の大光院,水戸の常福寺,小石川の伝通院,鎌倉の光明寺,芝の増上寺の十八ヶ寺のこと.写真は,茨城県江戸崎の大念寺.山門に関東十八檀林の文字が見える.


049 柳家三語楼,塔上の若者,新愛知 (1931)
【あらすじ】
 近ごろはスピードの時代,言葉も変わってきている.「あんた,ナスはどうしたのよう」,暮れに茄子とは変だと思ったら,ボーナスを半分倹約している.言葉さえ省略されるので,「ナスでダイヤのブローチを買ってよ.買わなきゃ煙突に登ってよ」.煙突に登るスポーツの時代でもあります.
 ぶらぶら病にかかった若旦那の病気の原因を聞き出すため,仲のよい幇間の弁孝が呼びよせられた.お礼の時計を目当てに,必死の説得をはじめた.両親に心配をかけるのは大変な親不孝だと言われ,それなら教えてやろうということになり,円タクに乗って浅草寺に着いた.実は,あの五重塔のてっぺんにある擬宝珠がなめたくてたまらない,何とか話をつけてくれ.弁孝が伝法院にかけあった.しばらく考えていた大僧正,病気になるほど思い詰めるとはよくよくのこと,費用を出すなら許そうということになった.足場が組み上がると,するすると上まで登った若旦那,擬宝珠をペロペロなめだした.そこに両親も駆けつけてきた.「見なさい,婆さん.血統はあらそえないもんだな」.二人ともあちこちの擬宝珠をなめまくっていた.「お父さん,お母さん,ご心配をおかけしました.五重塔は沢庵の味がしましたよ」「それはお前が親こうこうだからだろう」「若旦那,塩は甘い方でしたか.五升塩でしたか,三升塩ですか」「ナーニ,ろくしょう[緑青]の味がした」

【ひとこと】
 父「私たちは若い時から道楽で、京の五条の橋のもなめたよ」 弁「ヘエ,どんな味で」 父「牛若弁慶の味さ」 母「私はニコライ堂のをネ」 弁「ヘヘーあれは何んな味で」 母「ヤソ教の味でしたよ」(塔上の若者)
 塔上の若者(とうじょうのわかもの)は,新聞『新愛知』1931年1月3日〜4日の2日間掲載された.柳家三語楼(1)演.カット5枚.『落語事典』には「擬宝珠」の演題で載っている.

【つけたし】
 沢庵が何升の塩で漬けるかわからなくても,"緑青"のサゲは十分に通じるだろう.本題はスッキリした「擬宝珠」でいいはずなのだが,この速記のように「塔上の若者」とか,「金の味」(三遊亭圓遊,百花園(1892))や「舐めたい病」(滑稽親玉名人落語十八番,大文館(1919)),「舐めたい」(司馬龍生,講談雑誌(1926))と,どれもひねった演題をつけている.初代圓遊が演じる「擬宝珠」は,噺の筋とは無関係の文明開化の入れ事が多く,聴いては楽しいだろうが,読んでは無駄ばかりのように感じられる.時代の流れに敏感な柳家三語楼は,英語混じりのモダンな演出が得意だった.この速記でも,岡辰式,四ツ角でストップ,洋傘,労働争議などの表現がちりばめられている.残念ながら,マンガ風のドタバタ劇になっており,用例に出てくる擬宝珠の味も,全然味覚とは関係ない.三語楼の頃は落語の世界観と世相とがギリギリ歩調を合わせられる時代だったのだろう.今,古典落語と言えば,江戸から大正時代ごろまでの,現代とはかけ離れた世界でのできごとになっている.そのため,圓遊や三語楼に見られる際物的表現が洗い流された,雑味のない演出が主流だ.「擬宝珠」という落語,もとを正せば両親の方がクレージーだったり,意外性のある落ちがついていたりしていて,無くすにはもったいないネタだ.ちかごろ,柳家喬太郎が「擬宝珠」を復活させたのも当然な気がする.
 ところで,銅のサビである緑青はどんな味がするのだろう.かつて,高濃度の硫酸銅液で色づけした山菜を販売した業者が摘発されたことを覚えている.銅イオンはバクテリアなどに対して毒性があるため,台所シンクのぬめり取りや船底の防汚剤などに広く使われている.そんなものだからこそ,若旦那も中毒になるのかもしれない.ところが,緑青の雨水がしたたる場所を好んで殖えるコケがいるという.写真の本門寺五重塔ではじめて見つかったので,ホンモンジゴケと名づけられている.落語好きが発見者だったら,ギボシゴケとつけただろうに.


050 柳家喬太郎,綿医者,日本コロンビア (2011)
【あらすじ】
 体全体が苦しくてたまらないと,男が町医者に駆けこんできた.レントゲンを撮ってみるとひどく悪い.さっそく手術となる.腹を切開し,ダメになった内臓をひとつひとつ取り出してしまう.代えの臓器が来るまでのつなぎに,ありあわせの綿をつめておいた.綿が入って,すっかり体が軽くなったように感じた男は,友達を呼んで,全快祝いだと強い酒を飲みだした.煙管で吸ったタバコの火玉が,喉をとおって,アルコールがたっぷり染みた綿の上にポトリ.体内でバーッと燃え上がった.「苦しい.気持ち悪い」.あわてて水を飲むと,やっと火が消えた.「いったいどうしたんだい?」「ああ.胸が焼けた」

【ひとこと】
 ウーッとこう吸い込んだもんですから,この火玉が,火皿から,中ぁ通りまして吸い口から,口ン中にポンと落っこった.この火玉がね,喉から,中へコロコロッと…….怒ってますか? 大丈夫ですか? 一応古典落語なんでございますよ(綿医者).
 綿医者(わたいしゃ)は,柳家喬太郎演.速記はない.2011年9月1日,本多劇場での口演のDVDが発売されている.

【つけたし】
 桂小文治が演じていた上方ばなしというが,その音源も速記もなかった.演者の柳家喬太郎によると,"落語事典の粗筋から掘り起こした古典"とある.内臓を取り出しても生きているというナンセンスな設定だが,患者が無類の酒好きで,煙管でタバコを吸う習慣があると,着火の伏線にしている.実際にアルコール綿に火をつけてみたことがあるが,パチパチ音を立ててよく燃え上がった.
 喬太郎師は,古典落語だけでなく,新作落語の創作,明治期の人情噺の復活など,オールラウンダーの活躍をしている.なかでも,「火打ち駕籠」のような,過去と現代が多元的に交錯する作品は,日常を描くことに腐心する創作落語を置き去りにしていった.落語界のタグボートでは荷が重いだろうから,パイロットボートとしてすいすいと新たな世界を自由に進んでほしい.


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 掲載 220101 / 最終更新 220107

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