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人情噺・長編落語 書籍        演者順
あきやのひめい  空家の悲鳴:新撰怪談揃,三芳屋 (1912)
あだうちぎきょうのそうしち  敵討義侠の惣七,文明林 (1899)
あだむすめこのみのはちじょう  仇娘好八丈,金桜堂 (1890)
あべかわらかぜのあだなみ  阿部川原風仇浪,三友舎 (1892)
あべかわらこうしのあだうち  阿部川原孝子の仇討,大川屋 (1919) new

いまもようみつぐみさかずき  明治摸様三組盃,大淵濤 (1892)

うしわかちょうじ  牛若長次,博多成象堂 (1898)
うめわかれいざぶろう  梅若礼三郎,明文館 (1892)

えんどうまんごろう  遠藤万五郎,三友舎 (1893)

おおしまやそうどう  大島屋騒動,駸々堂 (1892)
おかやまきぶんふでのおもかげ  岡山紀聞筆野面影,鶴声社 (1894)
おたまうし  於玉牛,駸々堂 (1894)
おとみよさぶろう  お富与三郎,駸々堂 (1893)
おにのなみだ  鬼の涙,イーグル書房 (1889)
おわかいのすけ  お若伊之助:圓馬十八番,三芳屋 (1925) new
おんなうらない  女占ひ:女幕のうち,すみや書店 (1907)
おんとなさけ  恩と情,中村鐘美堂 (1893)
おんなたばこ  女煙草,中礼堂 (1891)

かいかのさきがけ  開化の魁,明文館 (1892)
かいだんいずのきちまつ  怪談伊豆の吉松,市川路周 (1896)
かいだんうれしののもり  怪談嬉野森,跡部正直 (1891)
かいだんさよぎぬ  怪談小夜衣,大川屋 (1916)
かいだんぼたんどうろう  怪談牡丹燈籠,三芳屋 (1914) new
かいだんゆきおろし  怪談雪颪,イーグル書房 (1889)
かいめいきだんしゃしんのあだうち  開明奇談写真廼仇討,日吉堂 (1886)
かねづつみ  黄金包,駸々堂 (1890)
かみきり  髪切:大石良雄伝,太刀川文吉 (1896)
からもようやまとすいこ  唐土模様倭粋子,滑稽堂 (1883, 84)
かりまくら  かり枕,イーグル書房 (1890)
かんだたけたろう  神田武太郎,菅谷与吉 (1900)
かんのんぎょうげんせのりやく  観音経現世利益,駸々堂 (1895)
かんいんこぞう  官員小僧,中礼堂 (1890)
かんいんこぞう  官員小僧,駸々堂 (1891)
がんきろうきゆう  巌亀楼亀遊:名妓伝, 博文館 (1910) new

きくもようえんめいぶくろ  菊模様延命袋,金松堂 (1892)
きつねとのうやくしゃ  狐と能役者:圓窓落語集,石渡正文堂 (1927) new
きみしらずつるのかくしは  君知らず鶴隠羽:翁家さん馬講談集,駸々堂 (1893)

くさばのつゆ  草葉の露,日就社 (1886)
くもきりごにんおとこ  雲霧五人男,金桜堂 (1886)
くるわのたてひき  廓の立引,鈴木金輔 (1893)
くるわぶんこ  廓文庫,駸々堂 (1889)
くるわぶんこありわら  廓文庫在原:名妓伝, 博文館 (1910) new
くろてぐみとざわすけろく  黒手組戸沢助六,駸々堂 (1890)

げきじょうみやげ  劇場土産,銀花堂 (1891)
げっきゅうでん  月宮殿,駸々堂 (1893)
げんとう  幻燈,三友舎 (1892)

こいじのやみ  恋路の闇:扇拍子,東京堂 (1897)
こいのいきづくり  鯉魚之活作:講談速記 落語集,明文館 (1892)
こうじょおさと  孝女お里:孝子伝,博文館 (1913) new
こうていにようのまつ  孝貞二葉松:伊達政宗青葉の誉,鳳林館 (1896)
こがねのたきもの  黄金の薫物,太刀川文吉 (1896)
こがねのはな  黄金の花:女幕のうち,すみや書店 (1907)
ごしょぐるまはなごろう  御所車花五郎,綱島書店 (1924) new
こすのと  越の戸:噺の種 曽呂利茶室落語,駸々堂 (1891)
こっけいかぐはなちょうべえ  滑稽嗅鼻長兵衛,駸々堂 (1892)
こっけいやまとめぐり  滑稽大和めぐり,駸々堂 (1898)
ごにんこぞううわさのしらなみ  五人小僧噂の白浪,大川屋 (1892)
ごにんさばき  五人裁判,駸々堂 (1894)
こまちむすめうわさのたかおか  小町娘噂之高岡,駸々堂 (1889)

さいかいや  西海屋:女幕のうち,すみや書店 (1907)
さいかいやそうどう  西海屋騒動,三芳屋 (再版1903) new
さくらそうごろう  佐倉宗五郎:新撰怪談揃,三芳屋 (1912)
さくらそうごろうじつでん  佐倉宗五郎実伝,イーグル書房 (1891)
さよごろも  小夜衣:大丸屋騒動,日本館 (1901)
さわらのきさぶろう  佐原の喜三郎,青木嵩山堂 (1898)
さんじっこくなんせんのはじまり  三十石難船の始り:お臍の宿替,立川文明堂 (1923)

しおばらたすけごにちものがたり  塩原多助後日譚,芳村忠次郎 (1901)
しおばらのおんりょう  塩原の怨霊:新撰怪談揃,三芳屋 (1912)
しぐれのかさもり  時雨の笠森,聚栄堂 (1889)
しずおかみやげいんがづか  静岡土産いんぐわ塚,文事堂 (1891)
じっせついちなんにじょのつか  実説一男二女之塚:古穴怪談 元禄塚,イーグル書房 (1893)
しのぶがおかこいのはるさめ  忍ヶ岡恋の春雨:難波戦記烈婦の入城,太刀川文吉 (1896)
しまちどりおきつしらなみ  島鵆沖白浪,滑稽堂 (1883, 84)
しもうさみやげさくらぞうし  下総土産佐倉双紙,三友舎 (1890)
しゃちゅうのどくばり  車中の毒針,三友舎 (1891)
じゆうのいもとせ  自由の妹と背:滑稽曽呂利叢話,駸々堂 (1893)
しゅびのまつ  首尾の松:女幕のうち,すみや書店 (1907)
しょうじきやすべえかんのんぎょう  正直安兵衛観音経,三友舎 (1891)

すみえのふじ  墨絵之富士,文事堂 (1887)
すみだがわほまれのこま  角田川誉の駒,明文館 (1892)
すみだのはな  隅田の花,明文館 (1892)

せつなるつみ  切なる罪,銀花堂 (1891)
せんにんづかのゆらい  千人塚の由来,松本金華堂 (1910)

たかおかさじま  高岡左次馬,松本金華堂 (1910)
たかはしせいきち  高橋清吉,日吉堂 (1900)
たびげいしゃ  旅芸者:新作落語口演集,国華堂書店 (1916) new
たまがわやしきふるあなかいだん  玉川屋敷古穴怪談:古穴怪談 元禄塚,イーグル書房 (1893)

ちゃわんやしき  茶碗屋敷,三友舎 (1891)
ちゅうしかがみ  忠士鑑:講談速記 落語集,明文館 (1892)

つきにさけぶたにまのうぐいす  月に叫谷間の鶯,郎月堂 (1896)
つるぎのはわたり  剣の刃渡,文錦堂 (1895)

てんがんきょう  天眼鏡,駸々堂 (1890)

とけやらぬしものせきみず  解やらぬ下関水,駸々堂 (1890)
ともちどり  友千鳥,三友舎 (1892)
とんだやせいだん  富田屋政談:柳枝落語集,三芳屋 (1911)

ながれのあかつき  流の暁,三友舎 (1891)
ながれのしらたき  流の白滝,日吉堂 (1893)
なにわおおしおのつき  浪速大潮月,駸々堂 (1894)
なもたかおえくぼのあいがめ  名高尾笑靨藍瓶,駸々堂 (1891)

ににんもへえ  二人茂兵衛:女幕のうち,すみや書店 (1907)

ねことねずみ  猫と鼠:落語名人くらべ,日吉堂 (1913) new

のこるつきかげ  残る月影,文明林 (1900)

はたもとごにんおとこ  旗本五人男,駸々堂 (1892)
はつねのうぐいす  初音の鶯:滑稽曽呂利叢話,駸々堂 (1893)
ばらのはな  薔薇の花,駸々堂 (1893)
ばらむすめ  薔薇娘,三友舎 (1891)

ひだりじんごろう  左甚五郎,駸々堂 (1912)
ひだりじんごろうびじゅつのほまれ  左甚五郎 美術の誉,駸々堂 (1889)
ひょうばんむすめ  評判娘,イーグル書房 (1893)
ひよくづか  比翼塚:小圓朝落語全集,三芳屋 (1916)

ふじびたい  新作富士額:講談速記 落語集,明文館 (1892)
ふたりいのすけ  二人猪之助:翁家さん馬講談集,駸々堂 (1893)
ふたりおわか  二人於若,島田喜十郎 (1892)
ふらんすさんにんおとこ  仏国三人男,金蘭社 (1890)
ぶんしちもっといはなしのしゃしん  文七元結情話之写真,駸々堂 (1887)

ぼたんどうろう  牡丹燈籠:怪談恋物語,国華堂 (1910) new
ぼたんどうろう  牡丹燈籠:新撰怪談揃,三芳屋 (1912)
ぼたんどうろう  牡丹燈籠:評判講談 10,大日本雄弁会講談社 (1932) new

まいごふだ  迷子札,色香出版局 (1890)
まつごろう  松五郎:評判名作落語 落語十八番, 三輪書店 (1932) new
まよいご  迷ひ子:腕くらべ落語家,三芳屋 (1917) new

みうらやあげまき  三浦屋揚巻:名妓伝, 博文館 (1910) new
みとこうもんさいごくじゅんゆうき  水戸黄門西国巡遊記,駸々堂 (1895)
みとみつくにきょう  水戸光圀卿,小野彦三郎 (1894)
みなしご  孤児,金桜堂 (1896)

やえあおいうわさのてんいち  八重葵噂天一,三友舎 (1892)
やおやおしちこいのひがのこ  八百屋お七 恋廼緋鹿子,駸々堂 (1891)
やなぎかげつきのおぼろよ  柳影月の朧夜,金泉堂 (1890)
やまとうたしきしまものがたり  倭歌敷嶋譚,金桜堂 (1889)

ゆうれいながや  幽霊長屋:新撰怪談揃,三芳屋 (1912)
ゆきのせがわ  雪の瀬川,中礼堂 (1890)

よしあしぐさそのふのさきわけ  善悪草園生咲分,牧野惣次郎 (1885)
よしわらきだんあまよのかね  芳原奇談雨夜鐘,駸々堂 (1891)
よつやかいだん  四谷怪談,一二三館 (1896)

りきゅうのちゃ  利休の茶:圓右小さん新落語集,三芳屋 (1911)

  本ページでは,国立国会図書館デジタルコレクションで館外から閲覧可能な人情噺や長編落語を中心に,そのあらすじを演者順に紹介しています.   国立国会図書館デジタルコレクション
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  本ページの書影は,国立国会図書館の許諾を受け,国立国会図書館ホームページから転載したものです.


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 春錦亭柳桜(1),雲霧五人男,金桜堂 (1886)
 春錦亭柳桜(1)[文政9〜1894]は,幕末から明治にかけて活躍した落語家.嘉永4年に師の名前である3代目柳橋を継いだ.1878年に柳橋の名を長男に譲り,麗々亭柳叟,さらに春錦亭柳桜を名乗った.人情噺にすぐれており,圓朝の芸の尊敬の的であったと書かれている.柳桜の速記は数多く残されており,「阿部河原風仇浪」は自ら創作したもの.特に「四谷怪談」は,今読んでも恐ろしさを覚える.
 雲霧五人男(くもきりごにんおとこ) 速記本文 は,伊東専三編集.本文には雲霧男全伝とある.全14編,209ページ.口絵2枚,ほぼ各編に挿絵1枚.伊東専三の序文.国会図書館版では,193〜199ページが欠となっているが,ページ付けが飛んでいるだけで本文自体に欠はない.句読点なしの文語体でびっしり書かており,口演速記ではない.このような形式が,「怪談牡丹燈籠」の大ヒットにより口演速記に置きかえられる.「雲霧五人男」自体は講談の長編ネタで,演者によってバリエーションがある.ここでは,万沢の関所破りから,雲霧一味の最期までを描いている.雲霧仁左衛門を首領とする因果小僧六之助・木鼠吉五郎・木兔(木菟)の権次・洲走の熊五郎・お去場伝次が五人男で,ほかに達磨の長次・山猫三次の子分が登場する.
 甲斐国茨沢の豪農文蔵の家族が,万沢の関所を通らず間道を抜けたことを知った達磨の長次らは,大岡越前の手先を騙って文蔵らを捕縛.蔵から一万両を盗み取る.大岡の家来は旅人に化けて万沢の間道を通る.おとり捜査にひっかかった達磨の長次らは捕縛される.長次の供述により,五人男らの人相・素性が明らかになる.雲霧仁左衛門は1万両を子分に分け与え,これからは堅気になれ,今後は仲間同士が出会っても知らぬ顔をせよと説いていた.
 分け前を使い果たした洲走の熊五郎,呉服商金兵衛と名を変えた木兔権次を頼る.権次の紹介で本郷の金貸し,島屋の飯炊きになる.島屋に呼ばれた按摩は実は因果小僧.按摩に化けて悪事を重ねていた.島屋の妻のお柳と手代の惣介が密通していることを知った熊五郎と因果小僧は,二人を向島に誘い出し,お柳を殺し金を奪う.さらに,二人は島屋に忍び込み主人を殺して金を盗む.熊五郎は自分の顔を傷つけ,人相を変えて高飛びする.熊五郎を島屋へ紹介した木兔権次は捕縛される.
 越後高田の新志代(死次第)権三郎の賭場を荒らした山猫三次,新志代の2代目を継ぐ.茶屋女のお蓑に横恋慕し,強姦しようとするが,親分と気づかず間に入った藤三に止められる.その後,山猫三次は落ち目になり,逆恨みでお蓑夫婦と藤三を殺す.藤三の幽霊に悩まされ,弱り切った山猫三次は捕縛される.三次が江戸へ護送されると聞いた熊五郎は,三次を奪って逃がそうと大宮宿の本陣に忍び込む.駕籠の中は三次にあらず石が一つ.これは大岡越前の計略.からくも逃げた熊五郎は,由比ヶ浜でお去場伝次に出会う.伝次の妻と共謀して伝次を殺し,宿屋の主に収まる.そこに休んだのが島屋の息子と惣介.帳場の熊五郎を見かけて役所に届け,ついに仇の熊五郎を討つことができた.
 島屋殺しの後,上方へ逃げていた因果小僧は江戸へ舞い戻り,吉原の桔梗屋に登楼.桔梗屋主人は実は雲霧仁左衛門.背中の彫物で因果小僧と気づき,人目につく振る舞いを戒め,金を与えて損料屋を開かせる.増長した因果小僧は仁左衛門をゆする.ついに,仁左衛門は鈴ヶ森で因果小僧を斬り殺す.彫物が証拠となり,木鼠吉五郎と雲霧仁左衛門に捕り方が迫る.抜け穴からいったんは逃げ出した仁左衛門だが,自首をして,木鼠吉五郎,木兔権次とともに泰然と処刑される.


 春錦亭柳桜(1),倭歌敷嶋譚,金桜堂 (1889)
 倭歌敷嶋譚(やまとうたしきしまものがたり) 速記本文 は,酒井昇造速記,全10回,本文144ページ.口絵3枚,挿絵5枚.慶長から元和年間というかなり古い時代設定,大久保彦左衛門のお裁きに,唐突に累物語がくっついている.主人公の敷島の働きどころがほとんどない.
 京橋に吉原があった時代,三浦屋で枕探しがあり,証拠の品が遊女敷島のところから出る.身に覚えのない敷島は自害をはかり,仕組んだ善四郎にとどめをさされる.死骸は葛籠に入れて宇多川に捨てられる.田舎に住む敷島の兄を呼びつけ,敷島は間夫の重三郎のところへ逃げたと言いくるめる.重三郎は網打ちの船頭から,葛籠に入った女の自殺死体を拾った話を聞く.着物の紋を調べてみると,確かに敷島.敷島の父の与平は郡奉行に変死を訴え出る.奉行の青木主礼は三浦屋の客で,多額の借金がある.三浦屋から金をもらうかわりに,裁判で三浦屋を勝たせる約束をする.その結果,原告の与平と船頭は牢に入れられる.与平は牢内で舌をかんで自殺する.このことをもみ消すため,青木は重三郎や敷島の兄も捕縛し,拷問にかけて,敷島を船中で殺したという供述書に爪印を捺させる.
 敷島の伯父の茂次平は,青木の悪事を元木八幡に参詣に来た二代将軍に直訴する.これを聞きつけた大久保彦左衛門が,青木の屋敷に乗り込み,3人の容疑者を引き取る.青木のところに妾にやられた三浦屋の遊女,錦太夫の密告もあり,すべての悪事が露見する.三浦屋は断絶,青木は鳥居家にお預けとなるが,牢番をだまして殺し,大坂へ逃げ,最後は秀頼方に仕えて戦死.
 三浦屋の遊女玉遊は,故郷である下総の羽生村へ帰る.4年後に敷島を殺した善四郎が訪ねて来て,二代目与右衛門として婿に入り込む.疱瘡でひどい顔になってしまったもらい子の助松を鬼怒川で殺す.目撃者があって2人とも獄門になる.遺児の累も疱瘡で助松同様の醜い顔となる.30年後,病で倒れた虚無僧を介抱し,3代目与右衛門として引き取る.しかし,与右衛門は女をこしらえ,累を殺す.祐天聖人が累の怨霊を鎮める.


 春錦亭柳桜(1),時雨の笠森,聚栄堂 (1889)
 時雨の笠森(しぐれのかさもり) 速記本文 は,酒井昇造速記.全10席,194ページ.口絵2枚,挿絵3枚.夢廼家さむる序文.すててこ踊りで歌われる谷中美人笠森おせんを題材にする.表紙絵から想像されるようなラブストーリーなどではなく,3人姉妹がつぎつぎと死んでゆく陰惨な因縁噺.
 草加の名主山本忠右衛門は博打好きの上,非道忠右衛門と呼ばれるような無慈悲な男.金に困ると次々に娘を売ろうとする.長女のおせんは,谷中笠森稲荷の茶屋に25両で引き取られ,笠森おせんの評判をとる.次女のおみわは,隣家に30両で引き取られ,武家奉公する.忠右衛門は,病気の甥を見殺しにして,死骸を"桶"に詰めて千住大橋から捨ててしまう.とうとう,女房は悪事を暴き立てる.忠右衛門は獄門になり,女房は大橋から飛び込んで死んでしまう.残された三女のお富は,以前に忠右衛門に金をだまし取られた"桶川"の五平に引き取られる.五平の女房お兼は伊之助と密通しており,五平の病に乗じてお富を吉原に売る.思いのほか五平が回復してきたので,伊之助とともに五平を扼殺する.湯灌の時に,遊び人の六蔵に見とがめられ,お富の身売り金の半分を強請られる.
 お富は金貸しの隠居,儀徳に身請けされる.実は儀徳は泥棒で,与力宅に忍び込んだ時の傷が元で捕まり,牢死する.桶川に戻ったお富は,色仕掛けで六蔵から事情を聞き出し,義父の仇のお兼を殺す.お富はおせんとともに茶店女になる.おみわは奉公先の今村丹下に見染められ,正妻を持たない約束で妾となる.
 久々に三人姉妹が出会い,儀徳の不浄金などを使って川施餓鬼を催す.ところが,三女のお富が千住の川に落ちて施餓鬼は中止となる.水死体は"四斗樽"に入った状態で見つかる.殿様の命で妻を取ると聞いた次女のおみわは,丹下を恨んで自害する.死骸は"味噌桶"に入れて庭に埋める.下男が身代わりになって捕まる.丹下の婚礼の席に幽霊が現れて祝言は中止,その後も怪異が続く.裁判の場で,丹下は自供する.おみわは確かに自殺とわかり,養父に金を渡すことで決着する.長女のおせんに養父の太兵衛が恋わずらいし,次第に狂ってくる.おせんは恋人の家に身を隠す.そこを見つけて暴れ込む太兵衛,逃げるおせん."糠味噌桶"に落ちたところを,のど笛にかみつき,食い殺す.満足した太兵衛は川に飛び込み水死する.


 春錦亭柳桜(1),仇娘好八丈,金桜堂 (1890)
 仇娘好八丈(あだむすめこのみのはちじょう) 速記本文 は,酒井昇造速記.全14席,193ページ.登場人物の口絵4枚,挿絵5枚.夢幻散子の序文.『新日本古典文学大系 明治編』に復刻されている.白子屋政談というより,芝居の「髪結新三」の原作.
 豪商の紀伊国屋文左衛門から独立した白子屋だが,主人が病気で倒れ,女房のお常が支配するようになる.500両の持参金目当てに,桑名屋の番頭の又四郎をお熊の婿にとる.お熊には手代の忠八といういい人がいる.
 髪結新三の計略で,忠八はお熊を連れ出す.忠八は新三に蹴倒されて置いてけぼり.お熊を自分の長屋に閉じ込め,手籠めにする.弥太五郎源七親分が,お熊を取り返しに乗りだすが,新三は取り合わない.今度は家主が乗りだし,お熊を取り返す.家主は白子屋からの謝礼を立てん棒にし,鰹を片身ぶら下げて帰る.(髪結新三)
 これを遺恨に思う源七は,新三を閻魔堂橋で殺す.血のついた着物を見られ,罪のない居酒屋老夫婦まで殺す.お熊の弟の庄之助が捕まり,拷問にかかって自白する.以前白子屋から500両を盗んだ火車の八五郎が相牢となり,庄之助を助ける.大岡越前の調べで,居酒屋に残された蓑の丈から,庄之助ではなく源七が真犯人と明らかになる.
 貧乏医者の玉井玄貞を抱き込んで,毒薬を調合させるが,忠義の久助に気取られて,又四郎毒殺は失敗に終わる.大山詣りの跡をつけ,羽田の海岸で忠八らは又四郎を殴り殺して海に捨てる.車力の善八は,毒殺未遂の件を奉行所に訴えるが,久助の証言があいまいで,敗訴する.善八は,高輪で気の狂った又四郎を見つける.桑名屋に置くこともできないため,戸塚へ運ぼうとするところを御用聞きに見つかる.治療により又四郎は回復し,大岡越前の再吟味が開かれる.白子屋下女のお菊が,心中に見せかけるように,又四郎の首へ傷をつけたと証言したことが決め手となり,玉井元貞,お常,お熊,お菊は受牢となる.いったんは郡上まで逃げおおせた忠八だが,後に自訴し,お熊はじめ関係者は処刑される.


 春錦亭柳桜(1),黒手組戸沢助六,駸々堂 (1890)
 黒手組戸沢助六(くろてぐみとざわすけろく) 速記本文 は,酒井昇造速記.全10席,本文182ページ.挿絵4枚.「百千鳥」3〜12号(1889-90)に掲載.以下の「百千鳥」関係の巻次は,国会図書館蔵本ほか,『明治期大阪の演芸速記本基礎研究』(旭堂小南陵,たる書房 (1994))による.
 芝居のモデルの1人,蔵前の札差坂倉屋助七と団(弾)左衛門の鞘当て.振袖火事で一時出牢した助六が,真っ先に牢に戻り名をあげる.娘の揚巻を吉原に売った金を女衒と新右衛門らにだまし取られる新兵衛.揚巻の身請をめぐり,浪人新右衛門を道場破り.町奴,夢の市郎兵衛の売り出し.牛若小僧伝次,捕縛に際し,新兵衛の荷籠に証拠の盗金を隠す.新兵衛,それを身請金とする.黒手組メンバーは嫁を持たないルールを破り,助六,やむなく揚巻を嫁に取る.出牢して新兵衛を訪ねた伝次に助六は金を恵む.身請金が盗金とわかり,新兵衛が捕縛される.伝次が名のって出て,新右衛門の悪事を証言.町奴金神長五郎の加勢により,新右衛門捕縛.助六,剃髪する.


 春錦亭柳桜(1),下総土産佐倉双紙,三友舎 (1890)
 春錦亭柳桜(1),佐倉宗五郎実伝,イーグル書房 (1891)
 下総土産佐倉双紙(しもうさみやげさくらぞうし) 速記本文 は,酒井昇造速記.全11席,本文214ページ.口絵3枚,挿絵4枚.痩々亭骨河道人の序文.イーグル書房から出版された佐倉宗五郎実伝(さくらそうごろうじつでん) 速記本文 は,同じ速記でありながら小相英太郎速記とある.冒頭部の前説4ページ分多いのだが,ノンブルを一部重複させており,同じく214ページ.
 将軍家光死去にともなう父親の殉死により,若殿堀田上野介が老中となり江戸詰.領国佐倉は,国家老の杉山弾正などの悪臣による増税で農民は塗炭の苦しみ.樽屋五平は突然,苗字帯刀と土地を没収.賄賂を送ると復職し,寸法の大きい桶を発注される.この桶で年貢米を計ることを命令.農民が樽屋を打ち壊す.杉山弾正の義父の堀田大和が乱を抑え,杉山に意見.大和は毒殺される.樽屋一人に罪をかぶせ,磔刑となる.
 名主連を欺いて,年貢米の2割増しに印形をつかせる.農民は将門山に集まり一揆の相談.木内宗吾がそれを戒める.宗吾ら7人の名主が国家老杉山弾正から郡奉行と順を追って願書を出すが,いずれも却下される.やむなく,農民らは江戸上屋敷,続いて下城の堀田正澄に訴える.江戸家老は,いったん宿に下がれと命じる.宗吾ら7人の名主はこれを怪しんで,知り合いの家に避難する.その晩,農民は一網打尽に捕まる.残った名主は勘定奉行に訴えるが却下.宗吾は直訴を決意.
 宗吾は妻を離縁するため密かに佐倉へ戻る.途中,甚兵衛の協力で,夜間は鎖のかけられた船を出してもらい,印旛沼を渡る.宗吾の妻は離縁を拒否,同罪となる覚悟を示す.三枚橋の下に隠れ,将軍墓参の際に直訴.松平伊豆守がこれを受け取り,裁く.宗吾と樽屋五平の息子の供述により,杉山弾正らは死罪などの処分を受ける.宗吾は堀田に引き渡される.宗吾と妻は磔刑,4人の子供は打ち首となる.
 4人の子供の首を引き取った僧孝善,城主を呪って印旛沼に入水.堀田正澄の子供2人は怪死,堀田正澄は発狂する.ある晩,宗吾の霊に導かれたのか,馬に乗って江戸から佐倉に行ってしまう.これを謀反とみなされ,改易処分となる.佐倉宗吾は神と祀られる.


 春錦亭柳桜(1),女煙草,中礼堂 (1891)
 女煙草(おんなたばこ) 速記本文 は,佃与次郎速記.全7席,本文105ページ.口絵1枚,挿絵2枚.愛裙逸人の序文.はじめの方は,「おさん茂兵衛」に似た展開.
 煙草の買い出しに出た彦兵衛,なじみの間々田の茶店に休んでいると,博打好きの亭主安五郎に女房のお時が虐待され,自分もはずみで殴られる.土地の親分の仲介で,一晩10両でお時に酒の相手を頼む.お時は亭主に愛想がつきたと親分に訴え,2人で江戸へ逃がしてもらう.知り合いに入ってもらい,井筒屋主人にわびると,50両を縁切りに渡され解雇される.その金を元手に煮売り酒屋をはじめたが,火事で焼け出される.鮫ヶ橋に引っ込むと,彦兵衛が病気で寝込む.隣人に誘われて,お時はやむなく芝切り通しに夜鷹に出る.
 銀座の百足屋の主人が仲間にむりに押し込まれて,夜鷹のお時の所に入る.金だけ渡してあわてて出るとき,紙入れを忘れる.翌日,お時が店に紙入れを届ける.百足屋のおかげで病気治療を受け,井筒屋に詫びがかない,再び煙草屋を開く.女房が評判で繁盛する.
 3年後,お時の居場所をかぎつけた安五郎が乗り込んでくる.家主が訴え,大岡裁き.結局は,安五郎に50両をやって解決.


 春錦亭柳桜(1),怪談嬉野森,跡部正直 (1891)
 春錦亭柳桜(1),暮鐘雪森下,やまと新聞附録 (1889〜90)
 怪談嬉野森(かいだんうれしののもり) 速記本文 は,小相英太郎速記.全13席,214ページ.口絵2枚,挿絵4枚.能言者鸚□生の序文.森家のお家騒動を描いており,怪談は冒頭に出てくるだけ.『やまと新聞』の附録に連載された暮鐘雪森下(くれのかねゆきのもりした)が初出で,同じ速記を単行本にしている.
 トラフグの太十,女犯の罪で居候している妙石を鼠取りで毒殺して100両を奪う.3年後,幽霊が現れ,女房のお滝は狂死,太十は捕縛され牢死する.残された子供のうち,長女お艶は待合茶屋嬉野の看板娘となる.
 森家の用人木田政兵衛がなじみになり,お艶は妊娠する.うまいこと主人の森半右衛門の妾にあてがい,生まれた伝吉郎を森の子供と思い込ませる.森は病死し,お艶は髪を下ろして鏡台となり,森家に残る.若殿新三郎の後見人,森佐兵衛を抱き込むことに成功する.邪魔な用人,村松瀬平を森佐兵衛に譫言して追い出す.村松はひどい眼病を患うが,(「男の花道」の)土生玄碩の治療で回復する.
 鏡台院らは,新三郎を毒殺して伝吉郎を跡取りにする計画.ハンミョウを飲ませるよう命じられた藤兵衛は,妻である鏡台の妹に相談する.ところが,ただちに鏡台に密告され,藤兵衛は肛門から小柄で内臓をえぐられて殺害される.殺人を目撃していた者があり,これを知った村松らは奉行所に訴え出る.一方,鏡台院側も他の用人を追い出そうと,辰ノ口評定所に訴える.目撃者の証言と遺言書がにせ物だと明らかにされ,鏡台や政兵衛らは処罰される.


 春錦亭柳桜(1),茶碗屋敷,三友舎 (1891)

 茶碗屋敷(ちゃわんやしき) 速記本文 は,青山浅次郎速記.全2席,本文38ページ.口絵2枚,挿絵1枚.孤竹小史の序文.邑井吉瓶の「鳥居又助復讐奇談」と「鹿政談」がついている.「井戸の茶碗」のことだが,磨くと光るというサゲではなく,茶碗を老中の田沼に遣るかわりに細川家の上屋敷を白金から神田橋へ替地となるという内容.『名人名演落語全集』に復刻されている.


 春錦亭柳桜(1),旗本五人男,駸々堂 (1892)
 旗本五人男(はたもとごにんおとこ) 速記本文 は,酒井昇造速記.全13席,本文186ページ.挿絵4枚.「百千鳥」3〜12号(1889-90)に掲載.に五人男というものの,座光寺源三郎ただ1人の物語.
 旗本の座光寺源三郎,50両の金ができず,吉原の繁浦に心中を持ちかける.繁浦は客に金策を頼む.明け方に客の安兵衛が50両を持ってきたときには,繁浦はのどを斬り,座光寺は切腹するため刀を取りに行ったところだった.繁浦が自分のために死んだと勘違いした安兵衛も死ぬ.座光寺は50両を手にし,小普請組となる.
 座光寺は,繁浦に似た顔立ちのおこよを見染める.おこよは女太夫のため,密会が露見することは死罪を意味する.易者の梶井左膳に相談し,大胆にもある旗本の養女として家に入れてしまう.このことをかぎつけた小屋者の長五郎が梶井を強請るが,梶井の方が悪党が上で,軽く追い返される.腹の虫の治まらない長五郎は,仲間の鏝塚半次とともに,梶井の留守に押し込み,家人を殺して金を奪う.殺しに気づいた半次の女房お柳に口止め料をたんまり取られる.この女は子殺しの凶状がある悪婆.半次とお柳は捕まり,長五郎はからくも逃げる.半次らの供述により,おこよとその父は獄門,座光寺は斬罪に処せられた.


 春錦亭柳桜(1),阿部川原風仇浪,三友舎 (1892)
 春錦亭柳桜(1),遠藤万五郎,三友舎 (1893)
 春錦亭柳桜(1),阿部河原孝子の仇討,大川屋 (1919)
 阿部川原風仇浪(あべかわらかぜのあだなみ) 速記本文 は,今村次郎速記.全15回,244ページ.口絵3枚,挿絵8枚.今村次郎の序文.三友舎の遠藤万五郎(えんどうまんごろう) 速記本文 は,冒頭に「阿部川原風仇浪」第10回の仇討エピソードを持ってくるなど,原作からの変更が見られる.大川屋の阿部河原孝子の仇討(あべかわらこうしのあだうち) 速記本文 は,「遠藤万五郎」の再発.
 広瀬軍蔵によって殺された父の仇を討つため,兄妹ら一家は美濃の郡上から駿府の祖父宅へ移住.叔父の妻のおこよは二丁町へ身売りして,生活費を作るとともに,仇の広瀬軍蔵が立ち寄るのを待つ.兄妹(大太郎と梅)は沢田角右衛門に武芸を仕込んでもらう.12年後,おこよは登楼した軍蔵を見かけて通報.遠藤万五郎と改名した大太郎と梅は阿部河原でみごと仇を討つ.大太郎は沢田の娘を妻とし,主家へ復職がかない,梅は沢田の養女となる.静岡が噺の舞台となるため,新しい地名が多く出てくる.


 春錦亭柳桜(1),八重葵噂天一,三友舎 (1892)
 春錦亭柳桜(1),実説天一坊,やまと新聞附録 (1890〜91)
 八重葵噂天一(やえあおいうわさのてんいち) 速記本文 は,今村次郎速記.全19席,235ページ.口絵3枚,挿絵8枚.木葉天狗の次郎坊(今村次郎)の序文.将軍の落としだね天一坊を担ぎ出そうと,悪党が次第に集まってくる.天一坊自身は彼らに翻弄される役回り.
 将軍吉宗がまだ源六郎といった時分,腰元のさわに手がつき,さわは妊娠する.男子ならば召し出すというお墨付きと守り刀を頂戴し,さわは実家の和歌山在へ帰る.子供を厄介者と思った産婆の母は,赤子をもみ殺して死産させてしまう.嘆くさわからお墨付きのことを聞いたが,後の祭り.赤子を寺に納めた帰り,浪人夫婦(藤井六之助)の産を手伝い,男子をもらい受ける.さわは寺に嫁ぎ,男子は法沢として育てられる.源六郎はついに八代将軍となる.
 法沢はお墨付きを持って実父を探す旅に出る.信州大門峠で追いはぎに襲われるが,これは父,六之助の仲間だった.越後守門山の浪人アジト住友様之助をたずね,さらに江戸へ回り,ついに易者赤川全龍と名のっている父に再会する.様之助の金を元手に行列の支度を調え,赤川は家老になりすます.邪魔なさわは殺してしまう.大坂の町に天一坊一行が現れて大騒ぎになる.城代や老中の調べで,お墨付きは実物ということがわかる.行列は江戸へ向かって移動しはじめた.
 隠密捜査を命じられた大岡越前守は,さわの不審死をきっかけに,死産した赤子の位牌と赤川が和歌山に忘れた易書の二品を手に入れる.江戸に入る直前,六郷の渡し場で,お墨付きを先に渡し,天一坊らは残らず捕縛される.関係者全員が処刑される.


 春錦亭柳桜(1),お富与三郎,駸々堂 (1893)
 お富与三郎(おとみよさぶろう) 速記本文 は,今村次郎速記.全8席,160ページ.芝居でもなじみのお富与三郎.お富の悪婆ぶりが意外.金原亭馬生(10)が,木更津,稲荷堀,島抜けを演じている.
 女郎買いの度が過ぎて,与三郎は懲らしめの勘当となり,木更津に行く.木更津でお富といい仲になり,旦那の赤間源左衛門に体中を切られる(木更津).江戸に戻った与三郎が,今度は博打のため久離切っての勘当になる.蝙蝠安と強請かたりの毎日.玄冶店でお富に再会し,蝙蝠安を殺す.お富ともども捕縛され,佐渡の水替え人足に送られる.嵐の晩に佐渡を抜け出す(島抜け).信州で赤間源左衛門を殺す.江戸の母親に会う.強請稼業をしているお富の家に泊まる.その晩,お富は自分かわいさに与三郎を絞殺する.お富は獄門となる.


 春錦亭柳桜(1),四谷怪談,一二三館 (1896)
 春錦亭柳桜(1),夏柳夜半伏魚梁,やまと新聞附録 (1888)
 四谷怪談(よつやかいだん) 速記本文 は,故人柳桜の口演,酒井昇造速記.全10席,本文172ページ.増補として3ページの解説がついている.口絵2枚.一二三館主人の序文.もっともよく知られている鶴屋南北の「東海道四谷怪談」とは違ったストーリー.怪談と言うよりもスプラッター.恐ろしすぎる.『やまと新聞』の附録に夏柳夜半伏魚梁(なつやなぎよわのふせやな)のタイトルで4回にわたって連載されたものが原本.
 四谷左門町の田宮又左衛門の娘おみのは醜い顔立ち.小物の伝助の子供を宿し,駆け落ちし,武家屋敷の飯炊きになる.死体の始末を犯人の足軽高田大八郎に命じられる.捨てきれず,実家に持ち帰る.おみのは,赤ん坊を生むと死んでしまう.これがお岩誕生の由来.
 成長する間にお岩は疱瘡で醜い顔となる.大八郎は追いはぎの罪で死刑になる.残された大八郎の子は,後にお岩の入り婿となり,田宮伊右衛門と改名する.元与力の伊東快甫の娘お花と艶書のやりとりが露見し,お岩を離縁してお花を引き取れと詰め寄られる.仲人が勧めてもお岩は頑として離縁を承知しない.女衒の長兵衛は,使い込みして逃げた伊右衛門の借金の肩代わりとだまして,本所へ夜鷹に売りとばす.死にそうなほど折檻を受けてもお岩は夜鷹に出ない.旧知の中間角助が,伊右衛門とお花が夫婦になっていると漏らす.だまされたと知ったお岩は,形相が変わり,伊右衛門の一味をとり殺すと叫び,宙に浮いたまま飛びさる.
 あわてて女衒の長兵衛宅へ行くと,妻が生まれたばかりの赤子の手足を引き裂き,自分の口に庖丁を突き立てて自害している.さらに怪事は続く.伊東快甫は病に倒れ,膿に無数の鼠がたかって食い殺される.仲人の川井の娘お玉は,二階から落ちて忍び返しにのどを突き立てたまま塀に宙づりになる.お玉の枕屏風の上からお岩がのぞき込んでくる.川井が斬りつけると,そこにいたのは妙善坊主.こんな風に関係者は次々と狂って死んで行く.魚籃観音の僧によってお岩の霊は竹筒に封じられる.一人残った伊右衛門は,お裁きを受けて処刑される.田宮の地所にお岩稲荷が勧請される.


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 柳亭燕枝(1),島鵆沖白浪,滑稽堂 (1883, 84)
 初代談洲楼燕枝[天保9〜1900]は,圓朝とならび,明治を代表する落語家.市川団十郎と親交が深かったことから,柳亭燕枝(1)から談洲楼に亭号を改めた.よく筆が立つ人で,狂歌の引用などを見ても教養があふれている.その一方,衒学的・文語的な表現が多く,読みにくいと感じられる.全集が出版され,今でも作品が演じられる圓朝にくらべて,燕枝の作品を目にする機会はほとんどない.『名人名演落語全集』第1巻には,燕枝の全作品リストが載っている.現在手軽に見ることができるのは,下記の三題のほか,復刻されている「西海屋騒動」の一部,「続噺柳糸筋」の長編人情噺と数題の落語に過ぎない.没後の顕彰のされ方で圓朝とは大きく差がついてしまっている.下記の人情噺に加え,三題噺・小噺を含む燕枝作品は,「燕枝作品のあらすじ」に別掲している.

 島鵆沖白浪(しまちどりおきつしらなみ) 速記本文 は,柳亭燕枝演,伊東専三編集.佐原喜三郎大坂屋花鳥の角書.上下2巻通しで79丁.全38回.ほぼ毎回に挿絵.伊東専三(橋塘)・團柳楼燕枝の序文.句読点なしの文語体で,速記ではない.時折,編者の見聞きなどの文がはさまれる.各回に対句風の題名がついている.「島千鳥」は燕枝の代表作で,三宅島を島抜けした佐原の喜三郎,大坂屋花鳥(かちょう)ら5人の悪党を描く.梅津長門を逃がす吉原の火事,海上の船幽霊あたりが聞きどころ.柳枝(3)の「佐原の喜三郎」も同話で,こちらの方が登場人物がはるかに生き生きとしていて面白い.なお,三日月小僧のエピソードは,「三日月次郎吉」のものと同じ.実在する佐原の喜三郎は,八丈島に遠島になっており,没年は弘化2年である.

 佐原の穀屋平兵衛の連れ子喜三郎は,毎日遊び歩いては家に寄りつかない.とうとう勘当となり,土浦の皆次親分を頼って博徒の群れに入った.本心は義弟の吉次郎に家督を譲らんがための放蕩であった.
 文政12年,お金とお虎(後の大坂屋花鳥)母子は,借金のため成田に流れてきた.芸者で身を立てようとした矢先,不動様の門前で紙入れを掏られてしまう.菊蔵は,立て替えた五両の証文の文字を五十両に書きかえていた.喜三郎が間に入り,十両で引き取らせたのだが,土浦の皆次に遺恨のある芝山の仁三郎親分が許さない.菊蔵らは喜三郎を待ち伏せし,袋だたきにした.深夜,お虎が単身仁三郎の物置に乗り込んで,血まみれけの喜三郎を担ぎ出した.傷のいえた喜三郎は,芝山の屋敷で仁三郎を斬り殺し,江戸へと出奔する.
 手のひらの傷から三日月小僧と呼ばれたスリがいた.2年後の天保2年,三日月小僧は,喜三郎の紙入れを掏ろうとしたが,逆に取り押さえられる.仁三郎との喧嘩の原因となった成田のスリが,三日月小僧のしわざだとわかった.スリをやめろと説ききかされ,金を渡されて放免となった三日月小僧だが,あっけなく捕縛されてしまう.豪雨の晩を選び,裸で泳いで佃島の寄場から洲崎へ渡った.小僧を殺して衣類を奪うも,再び加役に捕縛され,三宅島送りとなる.
 同じく天保2年,喜三郎を訪ねて江戸に出たお虎は,大坂屋の遊女花鳥となる.喜三郎に面ざしの似た梅津長門となじみになるが,貧乏旗本の梅津は遊ぶ金に困窮する.12月20日,吉原がよいの与兵衛を辻斬りし,金を奪った.岡っ引きの竹蔵が死体を見つけ,大坂屋に捕り手が集まり捕縛の機会をうかがっている.花鳥は,ひそかに用意した火薬に火をつける.盃洗で捕り手と切り結んだ梅津長門は,2階から炎の中に飛びおりてまんまと逃げおおせた.伝馬町に送られた花鳥は,石抱きの拷問に耐え,子殺しお亀から牢名主を譲られる.新入りの囚人お兼の話から,梅津が無事だと知る.梅津と関係していたお兼に嫉妬し,寝ているお兼の顔に濡れ紙をあてがって殺す.三宅島に遠島となった花鳥ことお虎は,島司の木村大助の妾におさまった.
 千住の妓楼小菅屋は,後妻のお熊と目明かしの湯屋重に乗っ取られ,主人の武兵衛は毒殺されてしまう.跡取りの勝五郎は,湯屋重によって島送りにされてしまった.
 湯島根生院の全念は,料理屋のお花を寺に引き入れて楽しんでいる.これに気づいた遊び人の手塚の太吉が,たびたび金をせびりに来た.納所の玄若は,百両の礼金で手塚の太吉を絞め殺す.全念と2人で死体を捨てに出たところ,花鳥の起こした火事に出くわし,死体を放り出して逃げだす.差し担いに使っていた孟宗竹が証拠で玄若は捕縛され,島送りになる.
 天保4年の春船で八丈島へ送られる途中,喜三郎は三宅島に下ろされた.ひとり水汲みに出た喜三郎は,三日月小僧に出会い,島抜けの計画を聞く.出船禁制の7月13日の晩,島司の木村大助を斬り殺し,5人は隠していた船で海にこぎ出した.暴風雨や船幽霊におびやかされながらも,5人の乗った船は銚子在貝根村に漂着した.以下,5人の末路が描かれる.
 妻のお吉に一目会えた勝五郎は,小菅屋に乗り込み,三日月小僧とともに湯屋重,お熊をなぶり殺しにする.女郎たちの証文を帳消しにして,2人は自訴した.
 喜三郎とお虎が江戸に向かう途中,小金ヶ原で雲助に脅かされている男に出会った.男は弟の吉次郎,雲助は憎き菊蔵だった.菊蔵を惨殺した喜三郎は,吉次郎に家督を譲るためにやくざになったことを打ち明けた.江戸に出た喜三郎のところに,乞食姿の玄若がやってきた.酒を飲ませ泊めてやったところ,殺したお冬の亡霊が現れ,玄若は悪事を口走る.これを見たお虎は玄若を刺し殺す.ある日,大坂屋の客だった棒大の番頭卯兵衛に出会い,お虎は卯兵衛を色仕掛けでたぶらかした.喜三郎が棒大の店先に上がりこみ,間男の内済金を強請ろうとする.そこに現れたのが春木童斎こと梅津長門.春木の屋敷で,長門の辻斬りや花鳥らの島抜けの話を打ち明けたところを盗み聞きしていたのが,春木の下女のお峯.お峯は長門に殺された与兵衛の娘だった.お峯の訴えで長門は捕縛.これを伝え聞いた喜三郎も自訴した.
 天保5年3月,長門,勝五郎,三日月の3人は斬首.遅れて天保12年,お虎は雨の中,首斬り浅右衛門により片手斬りとなった.喜三郎は,弘化3年1月の丸山火事で一時出牢したところ,病死した.


 談洲楼燕枝(1),善悪草園生咲分,牧野惣次郎 (1885)
 善悪草園生咲分(よしあしぐさそのふのさきわけ) 速記本文 は,談洲楼燕枝演述,雑賀豊太郎編輯.全40回,62丁.洋妾お花 鬼清吉 刺墨阿市の角書.口絵2枚,挿絵4枚.文語体で書かれており,口演速記ではない.外国人も出てきたりして波瀾万丈の展開.とは言うものの,抜き読みできるような山場はない.
 飛鳥山の花を楽しむ親娘に絡んできた武士3人を,阿波藩の浪人,来島清二郎は斬り殺す.府中宿で枕探しをした婆(刺墨お市)を来島は逃がしてやるが,逆に毒酒を飲まされ,日野の原中で両刀と有り金を奪われてしまう.水戸家の御用金千両を紛失した落ち度のため,戸田孫四郎は浪人となった.八王子で剣術指南をする戸田が苦しむ来島を助ける.来島は戸田の門弟になる.道場の同輩,跡部伴蔵が戸田の娘花敷を口説き,屋敷を追い出される.来島は日野の原で商人を殺して戸田の帰参の金を調達した.帰参がかなうこととなり,来島は花敷の婿となる.伴蔵は魚屋の藤吉から婿取りのことを聞く.その晩,戸田は賊に殺され,帰参の金も奪われてしまう.賊の片割れの藤吉を捕らえ,伴蔵が下手人と分かる.来島夫妻は伴蔵を探しに甲州へ発つ.
 清二郎は,甲州の親分,成島大五郎のもとに身を寄せる.成島と敵対する大塚の勇蔵の弟,熊五郎をひねりつぶし,鬼清吉と呼ばれるようになる.恋の遺恨もあり,成島は大塚の勇蔵一派にだまし討ちされる.親分が殺されたとの注進を受け,清吉と用心棒の保科虎之助が乗り込み,勇蔵らを殺す.甲府では旗本の隠居に化けて強請を働く刺墨お市を捕らえ,仲間にする.成島の跡目を継いだ清吉は,飢饉に乗じて非道な金貸しをする豪農幸左衛門を農民とともに襲い,証文を焼いたりして,評判があがる.捕縛の手が迫ると聞き,清吉は罪を負って村を立ち退いた.清吉夫妻の乗った富士川下りの船が転覆し,清吉は親切な商人に救われるが,お花は流されてしまう.下流を通りかかったお市がお花を助ける.お花と清吉は互いの無事を知るよしもない.
 戸田の屋敷から盗んだ金を元手に,上州の生糸商に姿を変えた糸屋半右衛門(実は伴蔵)は,裏では悪事を働き金を蓄えている.芸者を連れて箱根に湯治している糸半,相宿になったのがお市・お花に英人ミルシム.伴蔵はお市らを酒匂川原に誘い出し,お花を強姦しようとする.跡をつけてきたミルシムが,ピストルを撃って伴蔵を追い払う.ミルシムと横浜に同行したお花は,洋妾お花と呼ばれる.蚕の種紙の密輸が露見しそうになり,ミルシムは英国に帰国.お市はこれをネタに,取引先の富士屋才蔵から三百両を強請ったが,お市の留守中お花だけが逮捕されてしまう.
 糸半は深川芸者の大和を身請けしようとする.これを苦にした大和は間夫の久七と逃げ,死のうとするところを救ったのが岡村龍達(実は虎之助)と小間物屋正兵衛(実は鬼清吉).清吉と芸者屋の女将になっていたお市が再会.久七の父の久兵衛は,清吉が富士川で流されたところを救った恩人だった.お市は自首して罪をかぶり,お花は釈放される.大和ことお園と妹の花柳ことお柳は,清吉が飛鳥山で助けた娘であり,しかも,その父親は日野の原で彼が殺した商人であった.父親を殺され,母も病死したため,花柳界に身を沈めていたのだ.清吉は妻の父を殺した伴蔵を討った上で自分も討たれると懇願した上,花柳を身請けし,お園を久七に添わせる.大和は手紙を書いて糸半こと伴蔵を上州から呼び寄せた.伴蔵を討った清吉は,自首して死刑になった.


 談洲楼燕枝(1),墨絵之富士,文事堂 (1887)
 談洲楼燕枝(1),静岡土産いんぐわ塚,文事堂 (1891)
 談洲楼燕枝(1),怪談伊豆の吉松,市川路周 (1896)
 墨絵之富士(すみえのふじ) 速記本文 は,丸山平次郎速記.情話写真の角書.全11回,222ページ.口絵3枚,挿絵13枚.静岡土産いんぐわ塚(しずおかみやげいんがづか) 速記本文 ,怪談伊豆の吉松(かいだんいずのきちまつ) 速記本文 の題でも出版されている.
 静岡の塗物問屋遠州屋の娘お山は,夫がありながら,店の金を持って番頭の竹蔵と逐電した.しかし,韮山の山中で盗賊日金の勘五郎に襲われ,竹蔵は谷底へ蹴落とされる.お山は勘五郎の妻となり,吉松をもうける.吉松10歳の時,道に迷って泊まった旅人は,盗みを働いた勘五郎を殺してしまったことを問わず語りに話した.この旅人を幼い吉松は毒殺する.吉松が生まれながらの悪人と悟り,お山は狐ヶ崎で自殺すると書き置きを残して家出する.
 お山の娘,お静は多淫の性.17歳の時,役者尾上菊寿と駆け落ちしたが,金だけ持ち逃げされ,宿屋に置き去りにされる.菊寿に逢わせるとだまされ,お静は女衒の甲州岩の妾となり,品川に暮らす.美人のお静を3年も手元に置いたまま売らなかったため,妻のお藤ははげしく嫉妬し,夫の旧悪をなじる.甲州岩はお藤を絞殺し,汽車に轢かせて証拠を隠滅した.野州熊が持ち込んできた儲け話に乗った甲州岩は,お静を八王子の女郎に売ろうと連れ出す.一枚上手のお静は,日野の原で甲州岩を刺し殺す.そこに,木陰から様子をうかがっていた菊寿が現れ,よりの戻った二人は横浜で暮らしはじめる.しかし,菊寿は病におかされてしまう.高価な薬を買うため,お静は高島町の遊廓に身を売ったが,その甲斐もなく菊寿は死ぬ.お静は藤沢在の大尽金山大六に身請けされ,妾となる.
 菊寿の墓参で出会ったお静と吉松は結ばれる.お静の手引きで,吉松は大六と妻のお民をひそかに殺し,お民の兄の高山をだまして,大六宅を乗っ取った.これをかぎつけた甲州熊がたびたび強請にやって来るようになる.有り金さらって逃げた二人だったが,甲州熊が捕縛され,二人にも追っ手が迫る.箱根の温泉で吉松は逮捕され,静岡の獄舎に送られる.運よく牢屋の火事に紛れて逃げ出し,甲州熊をぶち殺す.
 義父の竹蔵とは知らずに女房となったお静改めお花,病の床での竹蔵の物語にすべてを知る.これを知った吉松とお静は狐ヶ崎で自殺.因果塚が建てられる.出家して跡を追ってきた竹蔵は,尼となっていたお山と再会する.


 談洲楼燕枝(1),仏国三人男,金蘭社 (1890)
 仏国三人男(ふらんすさんにんおとこ) 速記本文 は,談洲楼燕枝聞書とある.速記者名はなし.編集人として記されている長島伝次郎は,燕枝の本名.ということは,燕枝の自筆だろう.全10席,本文144ページ.口絵1枚,挿絵4枚.痴嚢狂夫の序文.ここに,フランス法律学士某氏に口授されたとある.本文末尾に初編と書かれているように,話としては未完.ただし,後半のあらすじが1ページほどにまとめられている.フランスの翻案もので,人名と地名の一部(仙伝寺など)が日本のものに置きかえられている.
 ナポレオン3世の時代,フランスアニエール村に,もらいものを弱者に配り,慈善小僧とあだ名される乞食,野中捨松がいた.小金をためて学校に入学を願うも,誰からも教育を受けさせてもらえない.これを哀れんだ富山賢二が自分の弟子にする.捨松は勉学に頭角を現し,罹災聖人にも教えを受ける.ある日,寺男の作助が村人から1000フランの寄進が集まったと漏らす.その日,罹災の甥で絹商人の久七が泊まり,博打で儲けた1000フランを寄付したいと申し出る.しかし,罹災は不浄の金だと言って受け取らない.実は捨松は大悪人だった.罹災と作助を殺し,1000フランと寄進簿を盗む.寄進簿を久七のポケット奥底に隠し,盗みの証拠に見せかけた.翌日,列車に乗ろうとサンザーアル駅に現れた久七は,持っていた1000フランと寄進簿が証拠で逮捕される.捨松だけが久七を弁護してみせたが,久七はギロチンにかけられる.師の死を嘆き続ける捨松を見かねて,村人は外国への遊学を勧める.これに乗じて捨松はまんまとインドへ出国した.
 15年後,船中で医者から死を宣告された松下舎人は,名僧蓮寿(三人男の一人)に,2名の殺人と久七に濡衣を着せたことを懺悔し,蓮寿に60万フランの為替を渡して被害者縁者への謝罪を願う.蓮寿への懺悔がきっかけか,はたまたマルセーユの宿屋の奉公人,菊子の献身的な看病のおかげか,松下(実は捨松)の病気は快復する.とたんに,60万フランが惜しくなり,先回りして為替を回収する.菊子の父は零落した男爵,白林厚だった.爵位ほしさに,白林に60万フランを謝礼に渡し,婿養子(白林寧)となる.
 美人の糸子を我がものにしようと,白林はパリ郊外ワンサンヌ(ヴァンセンヌ)の別荘に糸子を軟禁してしまう.叔父の蓮寿に結婚の許しを請うが,蓮寿は白林の悪計を見抜き,きびしい言葉で追い返す.吉野伯爵の娘,花子は,派手好きで役者ともひそかに交遊している.探偵をやとって証拠をつかんだ白林は,花子をゆすり,結婚を迫る.一方,糸子の母のお縫は,侠客の大力の英蔵(三人男の一人)に,娘を取り返してくれと頼む.
 (以下あらすじの要約)白林は伯爵の婿となり,妻の菊子と父を毒殺せんと惣助に話すと,これを聞きつけた蓮寿が二人を救う.白林はローマの全権公使に登りつめる.しかし,英蔵は白林の手下の惣助を撲殺し,ついに白林をも絞殺する.


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 桂文楽(4),雪の瀬川,中礼堂 (1890)
 桂文楽(4),廓の立引,鈴木金輔 (1893)
 4代目桂文楽[天保9〜1894]は,しっとりとした廓ばなしを得意とした,江戸っ子に愛された落語家.デコデコが口癖で,デコデコの文楽とも呼ばれる.速記中にも1回デコデコが出てくる.

 雪の瀬川(ゆきのせがわ) 速記本文 は,佃与次郎速記.全6席,本文96ページ.口絵1枚,挿図1枚.文楽の十八番.『名人名演落語全集』に復刻されている.江戸情緒たっぷりの演出.若旦那は身投げをするまで困窮するのだが,助けられた屑屋のなけなしの銭をせびったり,やってくる瀬川のために上等な食い物をあつらえたりする.どう見ても身代を譲れるほど改心しちゃいない.一方,三遊亭圓生(6)の演じる「雪の瀬川」では,堅物で世間知らずの若旦那が,幇間のリードで瀬川に夢中になって,しまいには勘当されるいきさつが描かれており,若旦那に同情できる演出になっている.

 廓の立引(くるわのたてひき) 速記本文 は,佃与次郎速記.全7席,110ページ.深情春話の角書.口絵1枚.多田省軒の序文.内容は「雪の瀬川」で,中礼堂版とほとんど同じ紙型を使っている.中礼堂版「雪の瀬川」の最後の2ページの結末部を,1席追加して詳しく語っている.


 伊東燕尾・桂文楽(4),大石良雄伝,太刀川文吉 (1896)
 桂文楽(4),髪切,東錦, 14 (1892)
 『大石良雄伝』は,伊東燕尾の講談.明治29年3月12日改題印刷.ほかにもう1席,文楽(4)の「髪切」を収めている.
 髪切(かみきり) 速記本文 は,今村次郎速記.全4席.本文39ページ.この速記のもとは,『東錦』14号に載ったもの.
 明和年間の奇談.加賀家の姫君が飛鳥山の花見の帰り,髪切に襲われる.腰元の髷が風とともに真っ二つ.さらに,山伏風の男が警護の指を斬って消え去る.茶道具商の河内屋の忰,藤治郎,疱瘡の跡のせいで破談になったが,あきらめきれない.夜中に橋を九十九渡ると異形の者が現れ,願いを叶えるという.橋を渡り終えると,築地波除稲荷に住む異形の法印に出会い,娘との結婚を願う.見合いの日に髪切が現れ,娘の髷が斬られる.縁談は破談となり,藤治郎と結婚となる.しかし,髪切を頼んだという噂が流れ,藤治郎と法印は捕縛される.天機を漏らすことになると髪切の法については黙秘したまま処刑されてしまう.カマイタチのような髪切のナゾは残ったまま.

太刀川文吉
大石良雄伝
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
1 大石良雄伝   伊東燕尾  
2 髪切 カミキリ 桂文楽(4)  


 松林伯知・桂文楽(4),難波戦記烈婦の入城,太刀川文吉 (1896)
 桂文楽(4),忍ヶ岡恋の春雨,東錦, 14 (1892)
 『難波戦記烈婦の入城』は,松林伯知の講談.明治26年発行,明治29年4月20日改題再版印刷.ほかにもう1席,文楽(4)の「忍ヶ岡恋の春雨」を収めている.
 忍ヶ岡恋の春雨(しのぶがおかこいのはるさめ) 速記本文 は,今村次郎速記.全8席.本文74ページ.口絵3枚が「忍ヶ岡恋の春雨」のもの.この速記のもとは,『東錦』14号に載ったもの.口絵1枚,挿絵2枚.単行本と同じ図.
 明治時代の設定.筋立てがどうこうと言うより,流れるような語り口を楽しむ気の詰まらない噺.こういうものを江戸前の人情噺と呼ぶのだろう.恋人宇之助の留守中に母娘は金五郎宅に寄宿.娘のおかねに横恋慕したは,妻子を離縁して言い寄る.これが嫌で家を飛び出し,芸者小兼になる.再び小兼に言い寄る金五郎.とうとう,俥に乗った小兼を斬りつけ逃亡.宇之助が戻り,小兼は廃業して夫婦になる.業病を受けた金五郎が尋ねて来る.昔を忘れ,金五郎を薬師堂の堂守とする.再婚した元妻娘が薬師堂を訪れる.

太刀川文吉
難波戦記烈婦の入城
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
1 難波戦記烈婦の入城   松林伯知  
2 忍ヶ岡恋の春雨 シノブガオカコイノハルサメ 桂文楽(4)  


 放牛舎桃林・桂文楽(4),伊達政宗青葉の誉,鳳林館 (1896)
 桂文楽(4),孝貞二葉松,東錦, 17 (1893)
 『伊達政宗青葉の誉』は,放牛舎桃林の講談.明治26年発行,明治29年4月20日改題再版印刷.ほかにもう1席,文楽(4)の「孝貞二葉松」を収めている.
 孝貞二葉松(こうていにようのまつ) 速記本文 は,今村次郎速記.全8席,本文92ページ.この速記のもとは,『東錦』17号に載ったもの.口絵1枚,挿絵2枚.単行本と同じ図.
 これも気の詰まらない噺.二度の火事で微禄した半兵衛が,家財を売り払い上総の縁者を頼る.その縁者に金をだまし取られ,眼病まで患う.娘が袖乞いした金を目当てに,悪漢が半兵衛夫婦を殺し,娘をかどわかす.娘はショックで気絶.娘の祖父が通りかかり,不動の霊験で蘇生.ハッピーエンド.舞台は江戸と上総鳴戸村(山武市).なぜ「孝貞二葉松」のタイトルなのかはよくわからない.

鳳林館
伊達政宗青葉の誉
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
1 伊達政宗青葉の誉   放牛舎桃林  
2 孝貞二葉松 コウテイニヨウノマツ 桂文楽(4)  


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 五明楼玉輔(3),開明奇談写真廼仇討,日吉堂 (1886)
 3代目五明楼玉輔[嘉永1〜1918]は,初代馬きんの息子.2代目馬きんから五明楼玉輔を継いだ.一時期,講釈師として活躍しており,「角田川誉の駒」は内容的には人情噺と言うよりはむしろ講談.
 開明奇談写真廼仇討(かいめいきだんしゃしんのあだうち) 速記本文 は,伊東専三編集.全20回,51丁.登場人物の口絵,挿絵4枚.伊東専三の序文.本文には二世五明楼玉輔とある.出版の明治19年には,すでに玉輔は3代目となっている.さらに,この噺は3代目の自作である.残念ながら,速記本が流布する以前の作品のため,口調は味わうことができない.晋の与譲の故事にならい写真に刃を刺すアイデアが,現在も「指切り」「写真の仇討」として生かされている.
 勝海舟の遣米使節に同行して米国留学で西洋医術や写真術を学んだ医者の松木彦之丞.渡米中に父親は病死,母親は弟子の源庵,伝次とともに失踪したと知る.このことを伝えた芸妓小糸は腹違いの妹であると,米国から送った写真によってわかった.一橋家の森川左門の治療のため箱根の湯治に同行すると,神経病の男に出会う.この男こそ,父を毒殺した霞小僧伝次で,母親のお絹はハンミョウの毒で死亡,自らも殺した父の亡霊に悩んでいたのだ.そうとは知らず,実業家長崎屋与市と名を変えた伝次を治療し,記念に写真を撮る.妹小糸の身請けの相談に出むくと,按摩になっていた源庵に出会う.写真を見て,長崎屋与市が仇の伝次とわかる.たまたま同宿していた長崎屋与市を問い詰める.彦之丞は,写真にナイフを刺し,小糸の身請け金を肩代わりすることで罪を許すと提案する.しかし,罪の露見を恐れた伝次は,夜中に彦之丞をピストルで撃とうとして失敗.捕えられ,ピストル自殺する.


 五明楼玉輔(3),角田川誉の駒,明文館 (1892)
 五明楼玉輔(3),隅田の花,明文館 (1892)
 角田川誉の駒(すみだがわほまれのこま) 速記本文 は,赤阪金蔵速記.34ページ.挿絵2枚.隅田の花(すみだのはな) 速記本文 も同じ速記.老中として名を残した阿部忠秋と天下のご意見番大久保彦左衛門が出てくる講談.滑稽味の多いところが落語家らしい.ちょっと聞くとわからないような地口が,じんわり面白い.おやめ団子,天保八ツ当り,目から鼻へ抜ける奈良の大仏の兄弟など.
 正月の御稽古始の席で,へつらうことなく三代将軍家光を打ち負かした阿部豊後守.将軍の不興を買い,以後言葉をかけられない.9月の観菊の席でも,詠んだ歌をへつらいだとののしられる.切腹を図るが,家臣の平田軍右衛門にとめられる.平田は戦国時代をともに戦った大久保彦左衛門に相談する.家光は面体をかくし,市中で辻斬りをする.弁慶堀で中間を襲うが,逆に家臣もろともやり返される.翌日,彦左衛門,将軍をかたる辻斬りを豊後守が退治したと報告.家光,やむなくこれを褒めて,豊後守を許す.将軍寵愛の枝垂桜の鉢に制札.家臣,恐れて取り扱えない.彦左衛門,枝垂桜をほうびに所望し,これを打ちすえ,将軍を諫める.寛永9年の大洪水に,将軍自ら出馬.濁水を馬で乗り切れとの下知.ただ,豊後守と平田の主従2騎が見事乗り切る.


 五明楼玉輔(3),観音経現世利益,駸々堂 (1895)
 観音経現世利益(かんのんぎょうげんせのりやく) 速記本文 は,丸山平次郎速記.本文55ページ.口絵1枚,挿絵1枚.柳橋(4)の「正直安兵衛観音経」と同話で,それよりもコンパクトにまとまっている.
 奥州小菅村で正直安兵衛と呼ばれる男,旗本復興のための30両を持って江戸へ旅立つ.両国川開きの人ごみで大事な金を盗まれる.身投げするところを木鼠吉五郎という盗人に救われ,35両二分をめぐまれる.国に帰って,観音経の一節を教わる.吉五郎の石塔を建て,観音経の回向を欠かさない.
 吉五郎は捕縛されるが,なぜか吉五郎の書類に将軍印が捺されていない.吉五郎に陰徳があると察した奉行は彼を放免する.吉五郎は剃髪して諸国を回る.偶然に安兵衛宅を訪ねる.自分の名の石塔に気づき,2人は再会する.


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 翁家さん馬(5),文七元結情話之写真,駸々堂 (1887)
 5代目翁家さん馬[弘化4〜1914]は,東京の噺家だが,京都や大阪で活躍した.「百千鳥」などの駸々堂の雑誌ににたくさんの落語・人情噺を連載しており,それが駸々堂から単行本化されて出版されている.さん馬に限らず,駸々堂の雑誌−書籍システムにのって世に出た作品は多い.そのおかげで,上方の出版社を通じて東京の人情噺を読むことができる.

 文七元結情話之写真(ぶんしちもっといはなしのしゃしん) 速記本文 は,丸山平次郎速記.明治19年版権免許,明治20年9月改題,12月出版.全5編,本文72ページ.登場人物の口絵1枚,挿絵5枚.竹園居士の序文.開化風の演題がついてはいるが,その名の通り「文七元結」.速記によって,話芸が写真のように紙に写されているという意味.
 正作(長兵衛)が博打で取られて戻っても娘のお鶴が家にいたり,文七があっさり角海老楼を思い出したりと,ずいぶん現行と違っている.百年かけて噺が洗い上げられたことがよくわかる.


 翁家さん馬(5),廓文庫,駸々堂 (1889)

 廓文庫(くるわぶんこ) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全32回,本文186ページ.口絵5枚,挿絵8枚.「在原豊松」のこと.小判をくべるハイライトの部分は一緒だが,後半の筋立ては,三遊亭圓生(4)の「黄金の薫物」とは違っている.
 蔵前の札差の奉公人,豊松が佐野の大尽に対抗して,得意先を回って集めた100両を火鉢にくべてしまう.その後も,実家の金を持ち出して遊女在原のところに通い,勘当となる.身請けの日,豊松に義理立てして在原は自害する.佐野の大尽は,貧乏ゆえ幼い在原を養女に出した実の父だった.豊松らは在原の供養を行い,許婚者のお玉と結婚する.


 翁家さん馬(5),小町娘噂之高岡,駸々堂 (1889)

 小町娘噂之高岡(こまちむすめうわさのたかおか) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全29席,167ページ.口絵5枚,挿絵10枚.六葩道人の序文.
 醜男の高岡孝十郎が小町娘のお君に惚れ,悪番頭の甚八がだまして取り持つあたりはよくあるパターン.身代わりに芸者上がりの小綱を送り込むが,暗闇で高岡は小指を食いちぎってしまう.お君の婚礼に高岡が乗り込むが,小指があるため,甚八の悪事が露見.逃げる途中の怪我で,甚八の膝に人面瘡ができてしまう.見世物に出された甚八は,次第に心神喪失状態になる.捨てられた甚八を小綱と愛人の伝次が殺すと,甚八の幽霊が現れる.伝次は狂死.高岡は小綱を殺し,自らも自害.これを見たお君夫婦は廻国に出る.二人が死んだと思って建てた石塔は,お行の松のほとりに移され,根岸順礼塚と呼ばれた.


 翁家さん馬(5),天眼鏡,駸々堂 (1890)

 天眼鏡(てんがんきょう) 速記本文 は,丸山平次郎速記.本文144ページ.口絵2枚,挿絵4枚.「百千鳥」3〜7号(1889)に掲載.「ちきり伊勢屋」を全7席で長講している.高輪の駕籠かきの件から先が,現在とは違う展開.
 白井左近の予言にもかかわらず死ぬことのなかった伊勢屋伝次郎は,友人と駕籠かきになる.なじみの幇間からもらった着物を質入れに行く.すると,首くくりを助けた娘は質屋の養女になっていた.恩義を感じ,密かに伝次郎に着類を渡し続ける.これが義父に露見しそうになって,盗人に取られたと言い訳.質預けの帳面から伝次郎が捕縛される.根岸肥前守のお裁き.娘が駆け込み訴えして真相が明らかになる.伝次郎を養子にするが,何かと気詰まりなので千両で手切れとなる.伝次郎は,これを元手に千歯こきのようなものをこしらえて富を築く.元の呉服屋として繁盛した.


 翁家さん馬(5),迷子札,色香出版局 (1890)
 迷子札(まいごふだ) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全64席,194ページ.駸々堂も出版社の連名になっている.各回に大ぶりの挿絵.丸山平次郎の序文.『江戸落語便利帳』にあらすじが乗っている『文芸倶楽部』(里う馬)の速記は,導入部のもの.その後,大岡政談になる.
 日雇取りの太吉,病気の母を抱えて年越しの金がない.大晦日の晩,出来心で盗みに入った手習師匠の穂積利助に諭され,利助から金や品物,子供の利吉からは迷子札を渡される.家に戻ると母は死亡.初七日の墓参で紙入れを拾う.持ち主である本郷の絹屋に届けたことが縁で,奉公人となる.働きぶりがよく,ついには番頭となる.娘のお玉の婿となり,絹屋彦右衛門を継ぐ.
 娘のお絹も17歳となる.小僧の権太郎を連れての王子稲荷の参詣帰り,ならず者の武士に襲われたところを,浪人の安田幸八が救う.安田は礼の金も反物も受け取らない.これをのぞき見したのが番頭の六蔵.自分がお絹の婿になるつもりだったため,主人をたき付け,権太郎を追い出す.お絹は家出して安田の家へ行こうとする.お絹が金を持っていると勘違いした駕籠かきの丑松に殺される.翌朝,お絹が戻らないため,絹屋は安田の家に掛け合いに行く.町方の調べで反物が出てきて,安田は捕縛される.大岡越前は,他に犯人がいると見抜くが,安田は何の自供もしない.お絹から盗んだ紋入りの櫛を売り払ったことから,丑松に足がつく.権太郎の証言で安田の無罪が明らかになる.しかも,安田は絹屋に迷子札をあげた利吉であった.番頭は解雇,権太郎は復職,安田は後見となる.安田が浪人したのは,お蔵番をしている際に五十嵐小文治に刀を盗まれたためであり,安田は刀の詮議に出る.
 絹屋は,買い出しの帰り,熊谷土手の地蔵堂で侍に殺され,金を奪われる.それを見ていた僧の話で,犯人が刀を盗んだあの五十嵐とわかる.料理屋で隣り合わせた侍の中に五十嵐がおり,安田は五十嵐を捕らえる.


 翁家さん馬(5),八百屋お七 恋廼緋鹿子,駸々堂 (1891)
 八百屋お七 恋廼緋鹿子(やおやおしちこいのひがのこ) 速記本文 は,丸山平次郎・島田喜十郎・柳田周吉速記.全12席,本文264ページ.挿絵4枚.回によって速記者が違っている.「百千鳥」23〜30(1890)に掲載.小堀家のお家騒動とお七の火付けの話.八百屋お七と恋仲になるのは吉三ではない.圓喬(4)の演じた「封文小堀水茎」(やまと新聞附録)とほぼ同内容.
 旗本小堀源十郎の遺児左門は13歳のため,家督相続できない.いったん旗本の次男石川弥平次を準養子に迎えるが,自分の妾に男子が生まれたため,左門を幽閉し,左門の味方の用人らを追い出してしまう.秘密を知った女中のお杉が,左門を逃がし,書き置きを鏡の裏に血糊で貼りつけて自害する.湯灌場小僧の吉三らがお杉の死骸の始末をしようと,鑑札を盗んだまではよいが,焼き場でドジを踏み,棺桶から変死体が飛び出す.
 左門を匿う伝太夫は貧窮し,息子の伝吉は家を出る.伝吉に目をかけた八百屋久四郎の娘がお七.お杉の家族が引き取った荷物から,証拠の書き置きが発見され,吉三や小堀弥平次らが捕らえられる.江戸に舞い戻った吉三は,本郷丸山本妙寺に火をつけ,金を盗む.火事で圓浄寺に預けられたお七は,寺で養生していた左門に恋する.吉三にそそのかされたお七は,左門に会いたさに自分の家に火をつける.騒ぎに乗じて火事場泥棒をした吉三は,火盗改めにつかまる.吉三の証言で,お七は火あぶりとなる.


 翁家さん馬(5),芳原奇談雨夜鐘,駸々堂 (1891)
 芳原奇談雨夜鐘(よしわらきだんあまよのかね) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全8席,本文175ページ.挿絵3枚.「百千鳥」2巻1〜8号(1891)に掲載.「小夜衣草紙」と同工.
 微禄した常陸屋喜右衛門,美人のお仲に旦那を取ることにする.ごろつきの長次と権蔵,元御家人の森田信之助を加賀家御用達の若旦那にしたてて,お仲を田舎の女郎に売る計略.お仲は信之助に惚れる.常陸屋,50両で質に取った刀剣の目ききを頼まれる.150両の価値があると踏んで,信之助に換金を依頼.お仲を売る代わりに刀剣を持ち逃げしてしまう.
 刀の返金のため,お仲は吉原に身売り.橘として,たちまち売れっ子になる.信之助の父が死に,侍に戻り跡を継ぐ.朋輩と吉原に行くと,相方は橘.信之助は橘にわびて,起請を交わす.組頭の娘,お梅が信之助に恋患い.断り切れず婚約する.信之助の朋輩が橘に手切れの交渉に出むく.その晩,橘は舌をかみ切って自殺.信之助に知らせに戻る途中で人魂が現れる.
 お梅との婚礼の晩,蛤の吸物が紛失するなどの怪異.お梅に橘が乗りうつる.死霊を芝神明の弁天に封じ込めて解決.


 翁家さん馬(5),名高尾笑靨藍瓶,駸々堂 (1891)
 名高尾笑靨藍瓶(なもたかおえくぼのあいがめ) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全3席,本文60ページ.口絵1枚,挿絵1枚.内容は「紺屋高尾」.講談師の石川一夢の娘が高尾高野に嫁いでいるとあり,高尾高野という店がお玉ヶ池に実在したらしい.


 翁家さん馬(5),官員小僧,駸々堂 (1891)
 官員小僧(かんいんこぞう) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全72席,本文365ページ.挿絵5枚.
 講談でも演じられる演目で,原作者(と思われる)土橋亭里う馬(5)の速記の約2倍の分量となっている.エピソードを加えて伸び縮みさせられるのだろう.地理的には滅茶苦茶な設定.北海道からいつの間にか海を渡って本州に登場人物が移動していたり,追っ手をまくために秋田から弘前を経て花巻まで逃げたりしている.


 石川一口・翁家さん馬(5),明治摸様三組盃,大淵濤 (1892)
 明治摸様三組盃(いまもようみつぐみさかずき) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全10回,本文166ページ.挿絵3枚.講談師の石川一口(1,3,5,8,10回)とさん馬(2,4,6,7,9回)がほぼ交互に語り継ぐリレー講談.雑誌「ことばの花」第7冊(1892)が初出.大言壮語の嫌な奴だった主人公が,次第にまともな人間に描かれてくる.
 宇都宮から江戸へ出てきた元士族の樋上清一家,呉服屋を開く.息子の篤太郎は,酒好きな上,大言壮語ばかりで商売をしないばかりか,美人の客に浴衣を勝手に値引きする始末.女は柳橋の芸者小富で,料亭に毎日呼んでは祝儀を切る.とうとう勘当され,一時身を寄せた小富のところも飛び出す.どこへもまともに勤めが続かず,軽蔑している教師になる.給料は4円50銭.数ヶ月後,小富に呼び出され,大坂の官員の妾にされそうだから,一緒に逃げてくれと訴えられる.それを断り,出世したら会いに行くと約束する.
 ある日,警察署から採用の声がかかり,大坂へ出向く.判事にでも見いだされたかと期待していると,四等巡査に任じられる.給料はやっぱり4円50銭.福島の貧民に1円の金を恵み,子を学校へあげるよう説き聞かす.なぜか,大阪府知事に招かれ,たらふく馳走になる.酌に出てきた女は,知事の妾となった小富.小富の周旋で巡査になったのだった.彼を見込んだ知事は小富を篤太郎に添わせ,大学教師に取り立てる.その後,篤太郎は次々と出世を遂げる.


 翁家さん馬(5),二人於若,島田喜十郎 (1892)
 二人於若(ふたりおわか) 速記本文 は,島田喜十郎速記.全3席,本文52ページ.口絵1枚.丸山竹園の序文.お若が二人というと,圓朝の「因果塚の由来」を思わせる.お若が,出入りの大工の猪之助に恋わずらい.猪之助は神奈川の仕事場へ行かされる.六郷まで追いかけてきたお若と夫婦になり,妊娠する.報告に江戸に戻ると,お若は病気という.二人のお若が対面すると,神奈川のお若が消え失せる.これは離魂病のせい.患っていたお若は回復し,猪之助と夫婦になる.神奈川と離魂病が出てくるあたり,圓朝の「因果塚の由来」との関連が見られる.
 別に小品の上方版の「波平行安」がついている.

駸々堂
翁家さん馬講談集
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
1 二人於若 フタリオワカ 翁家さん馬(5)  
2 波平行安 ナミノヒラユキヤス □福亭□□ 演者名を翁家さん馬から修正.判読不能


 翁家さん馬(5),梅若礼三郎,明文館 (1892)
 梅若礼三郎(うめわかれいざぶろう) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全7席,本文44ページ.挿絵2枚.細かい部分まで,現代の「梅若礼三郎」とそっくり.


 翁家さん馬(5),大島屋騒動,駸々堂 (1892)
 大島屋騒動(おおしまやそうどう) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全12席,本文268ページ.挿絵4枚.「百千鳥」第3巻1〜9号(1891)に連載したもの.
 大岡政談.江戸の大書店大島屋の息子伝次郎が武家の娘に恋患い.二人の間を割こうとする番頭の計略で娘は板の間稼ぎの汚名を着せられる.縁談は破談となり,伝次郎は吉原通いの末に勘当.悪だくみが露見して番頭は追放.ある日,大島屋は身投げした男を助け,奉公人に迎える.この男,実は獄門の金蔵という大悪党.松阪へ発った主人を2人の子分を使って途中で殺し,店を乗っ取る計画.これを便所で盗み聞きした小僧の松三郎,かわいそうに腹下しながらも主人を追いかける.ようやくたどり着いた沼津の八丁畷で,雲助に落ちぶれた若旦那と再会.代わりに若旦那が父親を追いかけるが,大島屋主人は小夜の中山の断崖から突き落とされたところ.一方,松三郎は江戸へ戻る途中,再び追いはぎに遭って川へ突き落とされる.金蔵は,大島屋の留守に後妻と楽しもうと計画していたが,あいにく本店から義母のとせがやってきて帰らない.業を煮やした金蔵は,とせを刺殺する.放逐されていた番頭を使って死体を始末させようとするが,小心者の番頭は死体を捨てられず露見.崖から落ちた大島屋主人は,山守の熊右衛門に助けられる.川に突き落とされた松三郎は,漁師の熊右衛門に助けられる.大島屋主人,番頭,松三郎の3人が証人となり,金蔵らは大岡越前守に断罪される.
 大島屋に取り入るために身投げをしたり,同じ役柄で2人の熊右衛門がいたりと,穴が目立つ.地理的には,追いはぎに遭って飲まず食わずの小僧が,箱根の関所を越えて,沼津の八丁畷まで行けたのが不自然.川崎の八丁畷が関の山.


 翁家さん馬(5),翁家さん馬講談集,駸々堂 (1893)
 『翁家さん馬講談集』 速記本文 には,さん馬(5)に加えて,桂小文枝の落語が載っている.明治26年の出版,「百千鳥」に速記が掲載されたのが明治24年なので,初代の桂小文枝[元治1〜1910],後の3代目桂文枝であろう.
 二人猪之助(ふたりいのすけ)は,丸山平次郎速記.全2席,本文53ページ.挿絵1枚.「百千鳥」2巻9〜10号(1891)に掲載.さん馬(5)の「二人於若」が,離魂病によってお若が二人になるのに対して,「二人猪之助」は,狸が猪之助に化けてお若のもとに通うという「お若伊之助」.現行では,伊之助に寝こかしを喰わされたと勘違いして,あわてものの鳶頭が根岸を往復する.こちらでは,猪之助が撃ち殺されたことを母親に知らせようとして,何度も往復する.
 君知らず鶴隠羽(きみしらずつるのかくしは)(作品名の読みは推定)は,丸山平次郎速記.全3席,本文32ページ.挿絵1枚.「百千鳥」2巻2〜7号(1891)に掲載.江戸人情噺の「お藤松五郎」とそっくり.両国の話を京都先斗町に置きかえている.東京版が,芝居がかりに刀を持ち出すところで切るのに対して,元士族の菅野新七が君鶴の旦那を斬り殺しす場面を描き,さらに捕縛,処刑されるという結末をつけている.

駸々堂
翁家さん馬講談集
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01 二人猪之助 フタリイノスケ 翁家さん馬(5) 百千鳥2巻9〜10号(1891)
02 羽団扇 ハウチワ 翁家さん馬(5) 百千鳥2巻1号(1891)
03 紫檀楼古木 シタンロウフルキ 翁家さん馬(5) 百千鳥2巻5号(1891)
04 鹿政談 シカセイダン 翁家さん馬(5) 百千鳥3巻3号(1891)
05 一両損 サンポウイチリョウゾン 翁家さん馬(5) 百千鳥2巻6号(1891)
06 滑稽旗本 カワイヤ 翁家さん馬(5) 百千鳥2巻8号(1891)
07 若夫婦 コバナシ 翁家さん馬(5) 百千鳥2巻8号(1891)
08 五月の鯉 カミナリノベントウ 翁家さん馬(5) 百千鳥2巻8号(1891)
09 君知らず鶴隠羽 オフジマツゴロウX 桂小文枝(1) 百千鳥2巻〜7号(1891)
10 厄払い ヤクハライ 桂小文枝(1) 百千鳥2巻1号(1891)
11 はてな チャキン 翁家さん馬(5) 百千鳥2巻7号(1891)
12 時は金女房の貞節 シバハマ 翁家さん馬(5) 百千鳥29号(1890)


 翁家さん馬(5),左甚五郎 美術の誉,駸々堂 (1889)
 翁家さん馬(5),左甚五郎,駸々堂 (1912)
 明治22(1899)年に出版された左甚五郎 美術の誉(ひだりじんごろうびじゅつのほまれ) 速記本文 は,島田喜十郎速記.全7席,47ページ.口絵1枚.「百千鳥」1〜2号(1889)に掲載.竹の水仙と三井の大黒のエピソード.後に出版された版と,ほとんど字句まで同じ.結語の部分が異なっている.
 大正元(1912)年に出版された左甚五郎(ひだりじんごろう) 速記本文 は,美術の誉の角書.速記者の記載なし.278ページ.口絵1枚.大正文庫の1冊.いくつかの甚五郎のエピソードが連ねられている.左甚五郎が,宿代の代わりに竹の水仙を彫る話.江戸で棟梁勝五郎に拾われ,三井の大黒を彫りあげる話.仙台公に生きた鷹を彫る話.江戸城の折れた桜の枝を継いで上覧を得る話.みごと陽明門の作事を成し遂げるが,地元の頭領のそねみにあい,右手を失う話からなる.適度に改行された文章体裁もあって,現代の速記としても違和感がないほど読みやすいストーリーになっている.


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 土橋亭りう馬(5),官員小僧,中礼堂 (1890)
 『古今東西落語家事典』にも,5代目土橋亭りう馬に関する記述は少ない.明治26(1893)年に38歳でなくなったとある.彼の死後,明治28年に紫遊が6代目の里う馬(柳朝(3))を襲名した.『官員小僧』と下記の『古穴怪談』の出版年がそれぞれ明治23年,明治26年なので6代目誕生以前,4代目(明治14,5年燕路(3)襲名)以後の時期にあたる.

 官員小僧(かんいんこぞう) 速記本文 は,前半が酒井昇造,後半が佃与次郎の速記.明治新話の角書.全12席,200ページ.挿絵5枚.初春亭新昇の序文."私が函館へ二度参りまして調べてまいりました"とある.函館と仙台,石巻,白石など東北地方が舞台となっている.盗みはすれども非道はしない義賊官員小僧と,芸者と駆け落ちして身を持ち崩したひよっこ悪党清次郎の成長物語とからなる.官員小僧は自首後小樽で余生を送るのに対して,清次郎は運命のいたずらで次々と人を殺してしまう.
 表紙にもなっている賭け碁の場面が印象的.


 土橋亭りう馬(5),古穴怪談 元禄塚,イーグル書房 (1893)
 土橋亭りう馬(5),実説倭往来,やまと新聞附録 (1892)
 書名は『古穴怪談 元禄塚』 速記本文 だが,実際には2席の噺を収めている.元禄年間の梅川忠兵衛の事件にまつわる塚の由来と古穴怪談の2席ということだろう.表紙に"当時名代のはなし家土橋亭里う馬口演"とあるので,5代目の土橋亭里う馬ではないだろうか.
 実説一男二女之塚(じっせついちなんにじょのつか)は,土橋亭りう馬口演,今村次郎速記.全11席,本文91ページ.挿絵があるが本文とは無関係.『江戸落語便利帳』に載っている実説倭往来(じっせつやまとおうらい)がこの噺.はじめに,新口村で見つけた一男二女之塚を現地取材したとある.歌舞伎の忠兵衛は柔弱な男だが,こちらは剣の腕も立ち,度胸もすわった男.
 鴻池の娘,お貞が恋患い.相手は飛脚屋の亀屋忠兵衛.家柄が釣りあわないともめたが,ようやく婚礼の運び.当時,婚礼には水掛や石投げの悪習があり,一文も出さなかった亀屋に,長町支配の緑川寅蔵の配下のものが暴れ込む.忠兵衛が一人で取り押さえ,この功をもって大坂三郷取締の役人に引き立てられる.父親の磯右衛門の治療費を支払うために,娘のおうめが新町に身売り.暗峠で侍の金井が磯右衛門を殺し,身売りの金を奪う.仇と知らず,新町の遊女梅川(おうめ)と金井が馴染みとなる.忠兵衛の出世をねたみ,同心の川村八右衛門が新町に誘い,恥をかかそうとする.忠兵衛は掛取の三百両の封印を切って祝儀に配る.忠兵衛は,磯右衛門殺しの探索で梅川に近づく.遺恨はさらに深まる.磯右衛門殺しを知った熊蔵が,金井に取り入る.金井は闇夜に熊蔵を殺すが,小指を食いちぎられてしまう.さらに通りかかった忠兵衛の十手で刀が折れてしまう.刀と小指を証拠に,忠兵衛は金井に武士らしく切腹を迫る.金井も承知し,梅川に親殺しを打ち明ける.忠兵衛の妻のお貞が,気を回して梅川を身請けする.忠兵衛に謀られたと思った金井は,川村とともに忠兵衛を闇討ちする.しかし,2人ともに忠兵衛に斬られる.忠兵衛は町奉行に自首する.取り調べに当たったのは川村の実兄で,忠兵衛を責め殺そうとする.緑川寅蔵は,忠兵衛を救い出すため,仲間の新助を牢に送り込み,囚人そろって牢破りをさせる.忠兵衛は新口村の親に会って事情を説明.寺の境内で切腹する.そこに現れたのが妻のお貞と梅川.2人とも喉を切って自害する.寺に一男二女の塚を建てた.

 本文では,玉川屋敷古穴怪談(たまがわやしきふるあなかいだん)となっている.全18席,本文124ページ.登場人物の口絵2枚.梨本新作速記とだけあり,演者名は書かれていない.「元禄塚」とは異なる語り口と体裁.口演速記ではなく,小説だろう.
 八王子の商家で起きた死体なき殺人事件.娘が行方不明となった後,裏庭の穴から,夜な夜な女の泣き声がする.穴からは,血のついた娘の髪の毛と片袖が見つかる.目撃証言により,実母が死刑判決を受ける.母親には夢遊病の奇癖があり,夢うつつで娘を殺してしまったと思い込む.実は娘は死んでおらず,恋人と駆け落ちしていた.泣き声と証拠の品は,娘との結婚を反対された恋人が,乳母を巻き込んで仕掛けたもの.怪談に乗じて娘の叔父が,本家乗っ取りをくわだて,偽証により本家の妻を殺人犯に仕立てたのであった.一人も殺していないのに,恋人も分家の主も死刑となる.

イーグル書房
古穴怪談 元禄塚
記載された演題 統一した演題 備 考
1 実説一男二女之塚 ジッセツヤマトオウライ  
2 玉川屋敷古穴怪談 タマガワヤシキフルアナカイダン  


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 三遊亭圓生(4),友千鳥,三友舎 (1892)
 4代目三遊亭圓生[弘化3〜1904]は,圓朝の高弟.三遊亭圓喬から圓生(4)を継いだ.圓朝亡きあと,三遊派の総帥として一派を統べた.落とし噺では師の圓朝をしのぐといわれたほどであった.「しめこみ」「木乃伊取り」などの速記が復刻されている.人情噺にもすぐれており,残された速記を読んでも,その口調に圧倒される.
 友千鳥(ともちどり) 速記本文 は,酒井昇造速記.全9席,本文138ページ.口絵2枚,挿絵8枚.松永の町人の序文.筋立ては大したことがないが,饒舌な話術でねじ伏せるような噺.
 木の間寛次郎は捕り方に追われて根津遊廓に逃げ込む.妹の紅梅が相方に出たおかげで,捕り方から逃げる.翌晩,父の吉兵衛が訪ねてきたので,田舎者の客(実は松金幸二郎という悪党)からせびった小遣いを渡して帰す.廓の外で寛次郎と幸二郎が出会ったところ,追っ手がかかり,別々に逃げる.
 幸二郎は,小田原の女郎のために家の金を持ち出した辰之助から50両を奪い取る.50両持ち出されて身投げをしようとする辰之助の親爺の辰右衛門に,盗んだばかりの50両をめぐむ.神奈川で探偵に追われて飛び込んだのが辰右衛門の家.そこに帰って来たのが辰之助.幸二郎は前非を悔いて捕縛される.
 寛次郎は小梅で駆け落ちものの紙入れを拾って,見え隠れに家を探る.翌晩,紙入れをネタにゆすりをかけていると,入ってきたのは父親の吉兵衛.説諭を受けて寛次郎は翌朝自首する.


 三遊亭圓生(4),黄金の薫物,太刀川文吉 (1896)

 黄金の薫物(こがねのたきもの) 速記本文 は,今村次郎速記.花柳奇談の角書.全9席,157ページ.口絵3枚.長嘯遊人の序文.明治26年出版届,明治29年改題印刷.明治26年『東にしき』16号に掲載されたものを利用している.「在原豊松」の演題で知られる噺.
 蔵前の札差の奉公人,豊松が流山の大尽に対抗して,得意先を回って集めた100両を火鉢にくべてしまう.その後も,実家の金を持ち出して遊女在原のところに通い,勘当となる.たまたま実家の番頭が不義を働いていたので,店を救うことになり勘当が許され,在原と夫婦になる.
 大きな波乱はないが,圓生の話芸は楽しめる.


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 春風亭柳枝(3),唐土模様倭粋子,滑稽堂 (1883, 84)
 3代目春風亭柳枝[嘉永5〜1900]は,初代柳亭(談洲楼)燕枝の弟子で,燕枝に代わり,柳派の頭取として一派を率いた.百花園の速記など20席あまりが復刻されており,没後,三芳屋から個人集『柳枝落語会』(1907)が出ている.「七面堂の詐偽」が他と重複しない噺.

 唐土模様倭粋子(からもようやまとすいこ) 速記本文 は,伊東専三編集.前後編の2冊.全34回,通しで73丁.登場人物の口絵1枚,挿絵32枚.伊東専三の序文.「怪談牡丹燈籠」出版よりも古く,速記ではない.談洲楼燕枝(1)の代表作で,『名人名演落語全集』 第1巻に,「西海屋騒動」の題で,導入部の速記とその後のあらすじが載っている.本作の出版よりも後,1897年に『毎日新聞』に連載したもの.「唐土模様倭粋子」は,その名の通り,「水滸伝」の登場人物名を取り入れている.花五郎改め魯心が花和尚魯智深,九紋龍新吉が九紋龍史進,黒船風理吉が黒旋風李逵,金髪挿のお蓮が潘金蓮,一丈背の小さんが一丈青扈三娘,林屋忠右衛門が林冲など.「西海屋騒動」では,この趣向はなくなっており,源平合戦の登場人物が織りこまれている(お静,頼朝冠二,義野の常五郎など).
 悪政を行う信州松代の町奉行郡寒蔵らを花五郎が成敗する.花五郎は捕縛されるが,魯心として仏門に入り,助命される.寒蔵の妾のお光は松代を逃れるが,追分原で辰五郎に殺され,金を奪われる.残された赤子の理吉は,軽井沢の宿屋,志村屋に育てられる.兄の新吉は侠気強く,魯心に武芸を習う.弟の理吉は店の金を持ち出し博打にふけったため,高崎の酒屋へ養子に出される.義理の父が仇の辰五郎と知り,これを殺して金を奪い,娘のお柳と出奔する.武州松山で駕籠かきに襲われ,お柳はさらわれてしまう.理吉は魯心に救われ,江戸の廻船問屋西海屋に奉公することになる.
 西海屋では主人が死に,愚鈍な息子の武太郎を番頭の慶蔵が後見する.慶蔵は身投げを救われた旧恩を忘れ,西海屋を乗っ取る計画.武太郎を品川の遊びに連れ出し,船中で殺害する.さらに慶蔵は武太郎の妻のお清を毒殺せんと,飯炊きの嘉助を抱き込む.嘉助は実は忠僕で,報酬の証文を書かせた上,計画を裏で邪魔する.殺すと見せかけ,遺子の武松を魯心に託す.お清は病に倒れ,慶蔵に蹴り殺される.晴れて妾のお蓮を妻に迎え,慶蔵は西海屋主人となる.
 若い理吉はお蓮といい仲になり,お蓮を連れて安房へ逃げ,9年後に親分株となって江戸へ戻ってくる.そこで出会ったのが柳橋の芸者小さん,実はお柳だった.その日のうちにお蓮を女郎に売り飛ばし,お柳を妻に迎える.新吉は江戸で九紋龍と二つ名を持つ御用聞きになっている.新吉が捕縛に来ると聞き,一足先にお柳とともに川越へ逃げ出す.逃げる途中に立ち寄った庵室の主はお柳の母のお山だった.悪事露見を恐れた理吉は,お山と女房のお柳を殺してしまう.武松は江戸に出て,魯心の師である大原真三郎道場で修行する.その道場の飯炊きがなんと嘉助.西海屋は没落しており,慶蔵の行方もわからない.証文が手に入り,真三郎と武松は慶蔵を探しに旅立つ.大磯の茶店をする慶蔵・お蓮のもとに,偶然,理吉,武松ら,魯心,新吉が勢揃いする.武松は慶蔵を討ち,お蓮は真三郎に殺される.理吉は前非を悔いて自害する.


 春風亭柳枝(3),佐原の喜三郎,青木嵩山堂 (1898)
 佐原の喜三郎(さわらのきさぶろう) 速記本文 は,宮津起一速記.全25席,272ページ.口絵1枚.表紙は佐原喜三郎.個性のある5人の悪党,佐原の喜三郎,大坂屋花鳥,三日月小僧庄吉,小菅勝五郎,僧玄若がそれぞれ運命の糸で結ばれ,三宅島で出会い,嵐の中を島抜けする.師匠の談洲楼燕枝(1)の得意演目で,「島鵆沖白浪」とは人名など,細部が異なっている.金原亭馬生(10)が,「大坂屋花鳥」の演題で,吉原の火事の場面を演じた速記が残され,柳家三三が通し口演を行っている.
 天保2年,湯島麟祥院(金性院とも)の和尚は,料理屋のお花を引き入れて楽しんでいる.これに気づいた遊び人の多吉が,たびたび金をせびりに来た.納所の玄若は,多吉を絞め殺し,和尚と死体を捨てに出たところ,花鳥の起こした火事に出くわし,死体を放り出して逃げだす.差し担いに使っていた竹が証拠で捕縛され,島送りになる.
 佐原の穀屋本郷武右衛門の連れ子喜三郎は,毎日遊び歩いは家に寄りつかない.とうとう勘当となり,土浦の皆次親分を頼って博徒の群れに入った.実は義弟の吉次郎に家督を譲らんがための放蕩であった.
 お虎(後の大坂屋花鳥)母子は,借金のため成田に流れてきた.芸者で身を立てようとした矢先,不動様の門前で紙入れを掏られてしまう.菊蔵は,立て替えた5両の証文の文字を50両に書きかえていた.喜三郎が間に入り,10両で引き取らせたのだが,土浦の皆次に遺恨のある柴山の仁三郎親分が許さない.菊蔵らは喜三郎を待ち伏せし,袋だたきにした.深夜,お虎が単身仁三郎の物置に乗り込んで,血だらけの喜三郎を担ぎ出した.傷のいえた喜三郎は,柴山の屋敷で仁三郎を斬り殺し,江戸へと出奔する.
 三日月小僧は,喜三郎の紙入れを掏ろうとしたが,逆に取り押さえられる.スリをやめろと説ききかされ,放免となった三日月小僧だが,あっけなく捕縛されてしまう.暴風雨の晩を選び,裸で泳いで佃島から洲崎へ渡った.小僧を殴り倒して衣類を奪うも,再び加役に捕縛され,三宅島送りとなる.
 喜三郎を訪ねて江戸に出たお虎は,大坂屋の遊女花鳥となる.喜三郎に面ざしの似た梅津長門となじみになるが,貧乏旗本の梅津は遊ぶ金に困窮する.天保2年12月21日,吉原がよいの山住伍兵衛を辻斬りし,金を奪った.岡っ引きの竹次郎が死体を見つけ,大坂屋に捕り手が集まり機会をうかがっている.花鳥は,座敷に火をつける.梅津長門は,2階から炎の中に飛びおりてまんまと逃げおおせた.伝馬町に送られた花鳥は,石抱きの拷問に耐え,子殺しお亀から牢名主を譲られる.新入りの囚人お兼の話から,梅津が無事だと知る.梅津と関係していたお兼に嫉妬し,寝ているお兼の顔に濡れ紙をあてがって殺す.三宅島に流された花鳥ことお虎は,島司の壬生大助の妾におさまった.
 千住の妓楼小菅屋は,後妻のお熊と目明かしの湯屋重に乗っ取られ,主人の武兵衛は毒殺されてしまう.跡取りの勝五郎は,湯屋重によって島送りにされたしまった.
 八丈島へ送られる途中,病気の喜三郎は三宅島に下ろされた.ひとり水汲みに出た喜三郎は,三日月小僧に出会い,島抜けの計画を聞く.出船禁制の7月13日の晩,島司の大助を斬り殺し,5人は隠していた船で海にこぎ出した.暴風雨や船幽霊におびやかされながらも,5人の乗った船は銚子在伊賀伊根浦に漂着した.
 妻のお吉に一目会えた勝五郎は,小菅屋に乗り込み,三日月小僧とともに重吉,お熊をなぶり殺しにする.女郎の証文を帳消しにして,2人は自訴した.
 喜三郎とお虎が江戸に向かう途中,大和田の原で雲助に脅かされている男に出会った.男は弟の吉次郎,雲助は憎き菊蔵だった.菊蔵をなぶり殺しにした喜三郎は,吉次郎に家督を譲るためにやくざになったことを打ち明けた.江戸に出た喜三郎のところに,業病に冒され乞食姿の玄若がやってきた.酒を飲ませ泊めてやったところ,玄若は悪事を口走る.これを見たお虎は玄若を刺し殺す.大坂屋の客だった大文字屋の番頭宇兵衛を呼び出し,お虎は宇兵衛を色仕掛けでたぶらかした.喜三郎が大文字屋の店先に上がりこみ,間男の内済金を強請ろうとする.そこに現れたのが春木道斎こと梅津長門.春木の屋敷に乗り込んだ花鳥は,長門の辻斬りをすっぱ抜き,女を作ったことの恨み文句をぶつけて金を強請った.これを盗み聞きしたのが,春木の下女のお菊.お菊は長門に殺された伍兵衛の妹だった.お菊の訴えで喜三郎と花鳥は捕縛となる.
 勝五郎,三日月,花鳥の3人は死刑,長門は切腹の処断となった.喜三郎は,火事で一時出牢したところ,病死した.


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 麗々亭柳橋(4),柳影月の朧夜,金泉堂 (1890)
 4代目麗々亭柳橋[万延1〜1900]は,3代目麗々亭柳橋(春錦亭柳桜(1))の長男.19歳で柳橋を継いだが,若くして亡くなった.落語では,「雪とん」「おかめ団子」などの速記を読むことができる.

 柳影月の朧夜(やなぎかげつきのおぼろよ) 速記本文 は,酒井昇造速記.全11席,本文196ページ.口絵3枚,挿絵3枚.夢幻居士の序文.惚れた男を思いきれず,自殺して祟りをなす芸者小雛の噺.お店大事と若旦那との仲を割いた番頭は焼け火箸でのどを突く.若旦那に会わせると小雛をだまして神戸へ連れ出した箱屋松五郎の一家は全滅.8歳の娘は,自分が自殺したと同じ両国橋から転落.病気で体のきかなくなった松五郎の妻は水瓶に頭からはまって溺死.松五郎は牢内で病死.若旦那は小雛の霊の導きで2代目小雛と関係するが,できた子供は死産.


 麗々亭柳橋(4),正直安兵衛観音経,三友舎 (1891)
 麗々亭柳橋(4),恩と情,中村鐘美堂 (1893)
 正直安兵衛観音経(しょうじきやすべえかんのんぎょう) 速記本文 は,青山浅次郎・今村次郎速記.全8席,104ページ.口絵2枚,挿絵3枚.奥村柾兮の序文.中村鐘美堂の恩と情(おんとなさけ) 速記本文 も同じ速記を利用している.
 奥州小菅村で正直安兵衛と呼ばれる男,旗本復興のための50両を持って江戸へ旅立つ.両国川開きの人ごみで大事な金を盗まれる.身投げするところを小鼠吉五郎という盗人に救われる.50両をめぐまれ,自分の後生を弔ってくれと頼まれる.国に帰って,観音経の一節を教わる.吉五郎の石塔を建て,観音経の読経を欠かさない.
 ここで役者に似た泥棒,八百蔵新助(「八百蔵吉五郎=両国百景」)の挿話.新助も吉五郎も捕縛されるが,なぜか吉五郎の書類に老中印が捺されていない.吉五郎に陰徳があると察した奉行は彼を放免する.吉五郎は剃髪して諸国を回る.偶然に安兵衛宅を訪ねる.自分の名の石塔に気づき,2人は再会する.


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 司馬龍生(7),敵討義侠の惣七,文明林 (1899)
 7代目司馬龍生[弘化4〜1920]は,越後新潟などを旅回りしていた.圓朝の弟子で圓新,その後,司馬龍生から7代目土橋亭里う馬を名乗った.里う馬時代に三芳屋から『落語忠臣蔵』と題して,忠臣蔵の登場人物列伝のようなめずらしい噺を出版している.このように落語・人情噺とも講釈ともつかない噺が多い.
 敵討義侠の惣七(あだうちぎきょうのそうしち) 速記本文 は,三遊亭圓朝校閲,三遊亭圓新改め司馬龍生口演とある.全20席,227ページ.口絵2枚.贅言道人の序文.ただし,校閲者名は出淵岩治郎となっており,圓朝の本名出淵次郎吉とは違っている.だいたい,亡くなる前の年に圓朝自身が校閲するとは考えにくい.噺は,実在した侠客,新飯田の惣七の伝記.前半は惣七とはほとんど関係のない仇討話がついている.実際の事件をもとにしたらしく,冗長な展開も刈り込まれていない.下記のあらすじは多くのエピソードを省略している.その代わり,新潟の地名が非常に詳しい.
 三春藩中,松江右膳の娘おすまが自分になびかないため,清見らはおすまを強姦する.これを知った右膳はおすまの首を斬る.清見らは右膳を闇討ちする.右膳の長男,右一郎お勝夫婦は仇討の旅に出る.
 清見は越後与板で国蔵一家の用心棒となる.清見は右一郎らが乗った信濃川下りの舟を転覆させ,2人を殺そうとする.お勝は旧家来の長兵衛に救われ,新飯田で暮らす.下流に流されてしまった右一郎は上田で書道指南となる.2人は互いが死んだものと思っている.長兵衛には惣七という聡明な子がある.長兵衛を訪ねてきた家来仲間の新平には兼松という子がある(後編は兼松が主人公).右一郎は新平からお勝の無事を知る.再会を果たした2人のところに現れた源蔵を締め上げ,清見の居所を聞き出す.右一郎に斬られた清見は信濃川に飛び込み,行方知れずとなる.
 惣七は博徒となり,賭場を荒らしては度胸の良さでのし上がって行く.人殺しはするが盗みはしない.大野の穀物商の息子と遊女の心中騒ぎをまとめて,最初に声をかけられた大野の親分木山治六の顔をつぶしてしまう.木山の子分を殴り殺したことから,惣七はいったん江戸へ逃げ,スリの親分となっている兼松の世話になる.捕方が迫り,兼松は川越で捕縛,妻の小富は隅田川へ飛び込んで逃げる.牢破りをした兼松は,清水峠で狼に襲われながらも,浪人に救われる.今度は兼松は惣七に世話になる.2人は,浪人の娘を折檻した商家を強請る.信濃川の船中に寝込んでいる惣七を木山が刺し殺す.惣七の遺児の年蔵に右一郎の息子の縫之助が剣術を仕込む.3年後,阿賀野河畔本所で年蔵は木山を討つ.


 司馬龍生(7),残る月影,文明林 (1900)
 残る月影(のこるつきかげ) 速記本文 は,三遊亭圓朝校閲,司馬龍生口演とある.義侠仇討の角書.全9席,本文112ページ.口絵3枚.天野機節の序文.その他に,柳亭種彦(三世)の「小夜時雨」がついている.「義侠の惣七」の続編で,小富と兼松が主人公.
 捕方に追われて隅田川へ飛び込んだ小富は,野沢志摩守に助けられ,その妾となる.殿に取り入り,正妻を追い出す.諫言した用人の佐藤丈太夫は殿に斬り殺される.丈太夫の遺児のお豊は武家にもらわれたが,ひどい継子いじめにあい,雪の戸外に放り出される.お豊をもらい受けたヤクザの岩蔵は,新飯田の歳蔵(惣七の息子)の妻にあてがう.武家の娘らしく,歳蔵の寝込みを襲った侠客を追い払う.
 亡霊におびえ,乱心した殿を見限った小富は,金を盗んで逐電する.刑期が短縮され,佃島から娑婆へ出てきた兼松と小富が再会する.しかし,金に困り,小富は新宿の女郎になる.医者の宮内から毒薬をもらい,宮内に試して殺す.坊主の釈善からは身請の金200両を奪って逃げ出す.釈善に居場所を突き止められると,兼松と小富はこれを殺し,放火して逃げる.秩父の山中で,小富は鉄砲で誤って撃たれ絶命する.撃ったのが宮内の甥だと知る.さらに,惣七親分が殺されたこと,歳蔵がその仇を討ってから死んだことなどを聞き,因果を思い知り,出家して関係者の菩提を弔った.
 


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 英国人ブラック,草葉の露,日就社 (1886)
 初代快楽亭ブラック[1858-1923]は,本名ヘンリー・ジェームズ・ブラック.オーストラリア生まれの英国人.初の外国人噺家として明治12年頃高座に上がるようになった.日本人妻と結婚して帰化する.一時の爆発的な人気が陰り,50歳の時には自殺未遂までに至った.人情噺というよりも,外国種のミステリー小説を紹介したとも言える.主要作品はちくま文庫で復刻されている.海外からSPレコードの録音技師がやってきた際,吹き込みを取り持ち,当時の名人たちの生の声を残してくれた.自身も「蕎麦屋の笑い」「ビール賭け」のSP盤を出している.
 草葉の露(くさばのつゆ) 速記本文 は,英国ブレドン(Braddon)女史の原作(Flower and Weed)をブラックが口述.市東謙吉筆記.前編後編の全10回,本文218ページ.口絵1枚,挿絵6枚.饗庭篁村,春の舎朧の序と市東謙吉の自序がついている.
 ロンドン郊外に住むイングルシオワ侯爵の娘ルーシールは,幼なじみのいとこ,ブルーノが海外から2年ぶりに戻ってくるのを楽しみに待っている.ある日,馬に乗って散策中,草むらに倒れているみすぼらしい娘ベスを見つける.屋敷に連れ帰って懸命の介抱をし,家庭教師のマルジュルらとともに読み書きや針仕事などを教える.ベスの熱病がうつり,一時は重体におちいったがようやく快復する.転地療養のため,ウイマーツ(Weymouth)で3月の保養をする.その間,ブルーノの用意した船遊びをしたりして愉しく過ごし,ブルーノとの結婚を約束する.しかし,船中でベスとブルーノが親しく話している姿を見てしまい,嫉妬心を起こす.
 ベスの居所を探り当てたトムが屋敷の庭に現れる.ベスは下卑た男のトムとの結婚を悔いており,彼女の心はもはやブルーノにある.しかし,ブルーノはベスが結婚していたことを知り,彼女のことを忘れようとする.煩悶するベスはやつれてくる.国会議員になったブルーノが久々に戻り,クリスマスを盛大に祝う.パーティに紛れてトムはイングルシオワ邸に潜み,深夜,家捜しをはじめる.ベスは彼を逃がそうとするが,ナイフを取り出したため,大声をあげてしまう.駆けつけたブルーノが刺されそうになった時,ベスは2人の間に入り,身代わりに殺されてしまう.ブルーノはベスへの愛情をルーシールに告白する.彼女は彼を許し,2人は結婚する.

 英国人ブラック,劇場土産,銀花堂 (1891)
 劇場土産(げきじょうみやげ) 速記本文 は,英国龍動の角書.英国人ブラック口演,福島昇六速記.全15席,本文218ページ.挿絵8枚.寄席で話している雰囲気があり,日本と英国の習慣の違いをマクラにしていたりする.筋立ては単純で,まったく意外性がない.
 田舎町ルイスの豪農の箱入り娘,17歳のガーツルドがはじめてロンドンに出る.叔母に連れられていったアデルフィ劇場に出ていた下っ端の役者スメルリーに一目惚れ.手紙と花を差し入れたことがきっかけで,交際が始まり,2人は結婚する.スメルリーは親の財産か,妻の美貌を利用して女役者にして安楽に暮らす目論見だった.案の定,親の許しも得られず,スメルリーは博打と酒浸りの日々.イギリスのしきたりで,離婚することもできない.とうとう,ガーツルドは女役者となると,たちまち大人気を博す.スメルリーには十分の手当をして別居生活を送っている.
 ガーツルドの舞台を見てジョンブラウン男爵が惚れ抜いてしまう.ある日,もっと金をくれとスメルリーがガーツルドを殴ったことを知り,彼に殺意をいだく.男爵は髪を染め田舎者に変装して,博打場の奥でスメルリーを刺し殺す.スメルリーと接点のない男爵には,捜査の手は及ばない.1週間後,ガーツルドに求婚するが,彼女は彼が犯人と見抜いていた.男爵はピストルで脅して結婚を迫る.
 結婚により動機が明らかになり,男爵の屋敷に捜査員が訪ねてくる.2人はただちにパリへ逃亡するが,現金が底をつく.男爵はガーツルドとの結婚を後悔し,友人の家に外泊する.翌朝,ガーツルドはロンドンの自分の屋敷に戻ってしまう.ジョンブラウンは,パレ・ロワイヤルのサロンにいるところを探偵に見つかり,ピストル自殺する.


 英人ブラック,薔薇娘,三友舎 (1891)
 薔薇娘(ばらむすめ) 速記本文 は,探偵小説の角書.英人ブラック講述,今村次郎速記.全10章,292ページ.口絵3枚,挿絵8枚.吐鳳散士の序文.編集者の手が入っていて,日本人でもわからない漢語が多く,口演の雰囲気はまったくない.一例として,"金鳳卵を孵し玉樹花を開かん","有情無情無意有意鉄石も鎔け金城も傾く程","愛情の心は時とすると宗王の仁".ドイツによるフランス皇太子暗殺計画を,警視総監の命を受けた探偵大村馨が阻止する話で,犯行の舞台となるダックリメテーション公園は,ブローニュの森にあるアクリマタシオン庭園のこと.犯行グループの花売り娘や10歳のロシア娘と大村との恋や,大村の別の顔である仮面力士と刺客とのバトル,黄色の表紙の暗号手紙など,ミステリーの味付けがいろいろとある.
 かくれんぼに興じる幼い皇太子を公園の穴に誘いこみ,炭酸ガスで窒息死させる暗殺を実行せんと,犯行グループはその機会を狙っている.炭酸ガス製造が化学者の西野,皇太子を手なずけるのが公園の花売り娘のお梅の役割.花屋の主の雲井遠(後半では雲井近)は,犯行そっちのけで仮面力士に挑んで大けがを負う.雲井の母は息子に負けない怪力の持ち主だが,探偵が乗った馬車に愛猫を見つけ,跡を深追いしてるうちに,別の探偵に家捜しされてしまう.犯行の当日,コーコ売りに化けた西野は,待ち伏せしていた大村らに捕らえられる.しかし,花売りのお梅は,富豪の家庭教師に化けて国外に逃亡していた.


 英人ブラック,流の暁,三友舎 (1891)
 流の暁(ながれのあかつき) 速記本文 は,英人ブラック講演,今村次郎速記.全45回,261ページ.口絵7枚,挿絵12枚.芳川春濤の序文.ちくま文庫『快楽亭ブラック集』(2005)に収められている.『倫敦の双子』と改題して再版.
 フランス革命の嵐をイギリスに逃れた沢辺男爵は,次第に田舎娘のおせんに惹かれるようになり,彼女を妻に迎える.ナポレオン時代を迎え,沢辺は妻を捨ててフランスに戻る.残されたおせんは双子を産む.乳も出ず,生活に窮するようになる.おせんの婆は双子の片方をテームズ川へ捨てる.運よく漁師に拾われ,丈治と名づけられる.質屋に奉公し,番頭としてまじめに勤めていたが,ある日,丈治は見知らぬ婆に,兄弟の次郎吉と間違われる.ごろつきの次郎吉にせびられ,とうとう店の金に手をつけてしまう.やむなく,主人の留守に次郎吉を店へ呼び出し,毒酒で殺す.次郎吉の死体を自分が自殺したように見せかけ,丈治は店の有り金を盗んで出奔する.丈治は逃げ切れるのか.沢辺男爵の旧悪は露見するのか…….


 英人ブラック,車中の毒針,三友舎 (1891)
 車中の毒針(しゃちゅうのどくばり) 速記本文 は,探偵小説の角書.英人ブラック演述,今村次郎速記.全14回,189ページ.口絵3枚,挿絵8枚.水石隠士の序文.ちくま文庫『快楽亭ブラック集』(2005)に収められている.
 深夜の乗合馬車,眠っているかと見えた若い婦人は死んでいた.乗り合わせた画家の加納元吉は,車内で真鍮の針を拾う.友人の伊東次郎吉は,針に毒が仕込まれていることに気づく.さらに,探偵を気取って調べるうちに,殺されたお勝は私生児ながら,遺言により莫大な遺産が入るはずだったことがわかる.驚いたことに,加納の絵のモデルをしているお延は,お勝の妹であり,お勝亡きあとは彼女が全財産を相続する権利があるのだった.加納らが駆けつけるが,一足先にお延は何者かに連れ去られてしまっていた…….


 英人ブラック,切なる罪,銀花堂 (1891)
 切なる罪(せつなるつみ) 速記本文 は,今村次郎速記.全15回,234ページ.口演者名は,英人ブラックとなっている.口絵4枚(うち3枚は本文と同じ.1枚はブラックと思われる肖像),挿絵14枚.話し言葉になっており,読みやすい.メスマ(メスメル)の動物磁気ばりの人体エレキ(催眠術)を贋物と断じているが,手際を見る限りホンモノ.舞台はベドフード村(Bedford.後にはベルフワード:Belford),ロンドンとリバプール.ロンドンから1時間程度の距離で,リバプールにも通じていることから,ベッドフォードシャーのベッドフォードだろう.
 ベドフードの金満家斎藤幸造と化学者高山との雑談中,12年前の女役者の死因を飲み薬に混ぜたガラス粉だと鑑定したという話が伏線となる.人体エレキで評判の天国のショーを見にいくと,術にかかった助手,お花が斎藤を栄三郎だと叫ぶ.それを聞いた斎藤は劇場を飛び出す.
 翌朝,お花を訪れた斎藤との会話で事件の全容が明らかになる.かつて斎藤は,女役者のお松と一緒になるため家を飛び出し,自分も役者となり栄三郎と名のっていた.アル中のお松に手を焼いた栄三郎を助けるお花.苦境の中,栄三郎とお花は不倫関係となる.お花は,お松の薬にガラス粉をまぜて胃病を悪化させて殺す.そのことを知った栄三郎は,死んだお花を置き去りにして逃げ出す.お花は旅芸人となり,恋しい栄三郎を探していた.
 人体エレキの一件で,栄三郎が斎藤だと明らかになり,斎藤は逮捕される.すぐに腕利きの広川に弁護を依頼する.しかし,お松の死後,すぐに逃亡したことを怪しまれ,斎藤は殺人罪で死刑になる公算が高い.そこで,真犯人であるお花を探す.公判がせまる中,お花の潜伏先をリバプールで探りあてる.しかし,お花は死病に冒されており,もし証人喚問されれば,斎藤を共犯と偽証して道連れにする覚悟という.高山の娘のおきくがお花に会い,斎藤と結婚しないことを約束をして説得する.お花の証言により斎藤は無罪となる.最期の時を迎えたお花は,過去を悔い改め,斎藤とおきくの結婚を認めて死亡する.半年後,斎藤とおきくは結婚する.


 快楽亭ブラック(1),幻燈,三友舎 (1892)
 英人ブラック,岩出銀行 血汐の手形,東錦, 3 (1892)
 幻燈(げんとう)は,「岩出銀行血汐の手形」の方の演題で知られた日本初の指紋(掌紋)が証拠になる話.国会図書館は所蔵していない.ちくま文庫『快楽亭ブラック集』(2005)に収められている.雑誌『東錦』に掲載された,岩出銀行 血汐の手形(いわでぎんこうちしおのてがた)は,「幻燈」と同じ紙型.石原明倫速記.97ページ.全9席,口絵1枚挿絵2枚.あらすじを再掲する.
 山田又七少年は,母が病気のため,ロンドン橋のたもとで物乞いをしていたが,ある紳士のポケットからはみ出ていた財布を盗んでしまう.岩出銀行の経営者岩出義雄は,自分の財布を盗んだと自訴した又七を引き取る.銀行の仕事と教育を仕込まれた又七と岩出の娘,おまさは恋仲になり,結婚の約束をする.又七からこのことを聞いた岩出は,又七をその場で追い出し,200円を渡した上,二度と敷居をまたぐことを許さない.
 その晩,岩出は執務室内で何者かに背中を刺されて殺されていた.リバプールにいた又七青年が逮捕される.彼は解雇の理由を述べず,裁判で死刑が決まる.おまさは,岩出の弟の竹次郎に助命を依頼する.殺人現場に血のついた手形があったことを知った竹次郎は,捜査官に依頼し,銀行関係者を一室に集め,手形を1人ずつ幻灯機で写して犯人のものと照合する…….


 英人ブラック,剣の刃渡,文錦堂 (1895)
 快楽亭ブラック(1),神田武太郎,菅谷与吉 (1900)
 石井ブラック,曲芸師,講談倶楽部, 10(7)〜10(10) (1920)
 剣の刃渡(つるぎのはわたり) 速記本文 は,英人ブラック講演,今村次郎速記.全14回,本文191ページ.口絵1枚,挿絵3枚.柳煙痴史の序文.ちくま文庫『快楽亭ブラック集』(2005)に「かる業武太郎」として収められている.神田武太郎(かんだたけたろう) 速記本文 としても再発された.こちらは探偵実話の角書.この話は,1920年にも「曲芸師」と題して『講談倶楽部』誌上に3回(10巻7,8,10号)にわたって連載された.全7席,挿絵3枚.新たに書き起こされたもので,単行本とは表現が異なっている.
 ロンドン郊外,初秋の晩方.突然男が窓から入ってきて,主人の松本儀平を突き飛ばし,発明品の設計料を奪って逃走する.儀平は打ちどころが悪く,頓死してしまう.犯人の後を追った娘のお静は,男が軽業小屋に逃げ込むのを見届ける.舞台に立つ世界亭東一が犯人だと声を立てるが,東一は証拠不十分で保釈され,行方しれず.軽業小屋の呼び込みをしていた山中清兵衛親子と男装したお静は,東一の飼い犬の後を追う.スラム街を抜け,場末の屋敷に入った清兵衛親子は東一らに捕まってしまう.あやうく逃げたお静に,スラムのならず者が襲いかかる.そこを救ったのが紳士の神田武太郎.武太郎の強い押しに負けて,お静は結婚の約束をする.しかし,武太郎は東一の別の顔であった…….


 石井ブラック,孤児,金桜堂 (1896)
 快楽亭ブラック(1),高橋清吉,日吉堂 (1900)
 孤児(みなしご) 速記本文 は,英国実話の角書.石井ブラック口演,今村次郎速記.全3回,本文174ページ.口絵2枚,挿絵3枚.秋郊庵錦羅の序文.ディケンズのオリバー・ツイストの翻案もの.日吉堂の高橋清吉(たかはしせいきち) 速記本文 も同内容.原作の遺産争いの謎解きはなく,強盗未遂から先は一気にまとめてしまっている.舞台はリーズ,ロンドンとヒャンデン村(架空)で,原作の地名はまったく出てこない.
 養育院を追われ葬儀屋に奉公した高橋清吉少年,同僚のひどいイジメにあってロンドンへ逃げ出す.腹の減った清吉を救ったのがチビ吉.連れて来られたのはスリの親方藤五郎のアジト.スリの現場から逃げ出したため,犯人と間違えられて捕まる.これが間違いだったとわかり,福田勇吉ご隠居のお世話になる.つかの間の幸せだったが,お使いに出た清吉を見つけたのが盗賊関田文六の妻のおみね.再び藤五郎のところに連れ戻される.
 手伝わないと殺すと文六に脅され,地方の素封家福田善吉の家に忍び込まされる.悪に染まるのがどうしてもイヤな清吉は逃げだそうとして,文六に撃たれる.何も取れずに藤五郎のところに戻った文六,おみねが清吉をそそのかしたと聞き,おみねを撲殺する.藤五郎一味は全員つかまってしまう.清吉は福田勇吉の孫,善吉の甥とわかり,勇吉に引き取られる.


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 三遊亭圓馬,迷ひ子,腕くらべ 落語家,三芳屋 (1917)

 迷ひ子(まよいご)は,三遊亭圓馬(2)演,浪上義三郎速記.『腕くらべ 落語家』に収められている.
 宝暦3年のこと,神田祭の雑踏で迷子になった男の子を,下総屋の妻,お沢が連れ帰った.訳をきくと,名前は芳蔵で年は9歳.父親は大阪で材木問屋を営んでいたが,大水で材木を流してしまった.親子3人で江戸に出てきたところ,迷子になったという.芳蔵は下総屋に奉公することになった.9年後,芳蔵を拾ったお沢は亡くなっている.下総屋金次郎は,仲人口に騙されて後妻をもらった.しかし,お民は身持ちが悪く,出入りの医者玄南と密通している.妻の不貞に気づいた旦那も,芳蔵ら店の者も心を痛めている.これに感づいたお民は,二百両をくすねて玄南と出奔した.雪降る夜道で,突然変心した玄南は,お民を匕首で刺した.それと同時に,物陰から別の男が出てきてお民に襲いかかる.玄南はお民の懐から二百両を奪い取った.
 その晩のこと,道に迷った芳蔵はあるボロ家に泊めてもらう.話を聞くと,幼いときにはぐれた実母のお里の家であった.この9年の間に,妹のお光が生まれ,父親は病死していた.火事で焼け出され,眼病にもかかってしまう.親切な名主の世話で押上に逼塞していたのであった.母の眼病を治そうと,13歳のお光は寒中に水垢離をする.その姿を見て,主人のお民を襲った身でありながら,思わず母子の名乗りをあげた.翌日の明和2年12月27日,芳蔵は奉行所に自首した.これを知った玄南は,何食わぬ顔で下総屋に悔やみに訪れた.下総屋の一人娘のお照も芳蔵のことを案じている.芳蔵の評判のいいことを知った奉行は内偵を進める.年明けから金遣いの荒い玄南に捜査の手が及び,ついにお民殺しの廉で玄南は捕縛される.お里の眼病も癒え,お沢の実家の秋田屋の媒酌で,お里は下総屋の後添に入り,芳蔵とお照の祝言,秋田屋の孫の新太郎とお光の許婚の約束と3つの祝いが重なった.


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 橘家圓喬(4),菊模様延命袋,金松堂 (1892)
 4代目橘家圓喬[慶応1〜1912]は,名人の名を欲しいままにした噺家.その一方,狷介な性格だったと言われており,人望は篤いとは言えなかった.いわば孤高の存在.若くして肺病に冒され48歳でなくなった.「鰍沢」「首屋」など多数の速記を残している.個人集としても,三芳屋から『圓喬落語会』(1908),『橘家圓喬落語集』(1910),没後に『名人圓喬落語集』(1927)を残している.はじめの2冊はネットで閲覧できる.その声柄や芸風の一端は,「魚売人」「菖蒲売りの噺」などのSP音源からうかがうことができる.
 菊模様延命袋(きくもようえんめいぶくろ) 速記本文 は,酒井昇造速記.全8席,本文129ページ.口絵1枚,挿絵2枚.鴎游漁史の序文.菊五郎の落としだねと言われた谷中延命院の僧日当を主人公に,江戸時代に行われたという残忍な蓮華往生を取り入れている.
 京都の駕籠屋藤助の娘のお袖を妾にしたいと,菊五郎と本国寺の義当という身分ある坊主の申し出を.2人から金を受け取って承知してしまう.案の定,2人は鉢合わせ.義当に詫びに行くが,お袖など知らないと言い張り,しまいには羅切の跡を見せて追い返す.生まれた子供,丑之助は菊五郎が引き取って養育する.
 役者になった丑之助は,大阪で人を殺してしまう.江戸へ逃げ,出家し延命院の日当となる.元御家人で朋輩の柳善が御殿女中の下女の梅の戸と関係し,妊娠する.梅の戸は池上の堕胎婆へ行く途中,悪党の七之助に連れ去られる.七之助は延命院にゆすりに出かけるが,悪党の格が違う柳善に百両でけりをつけられる.博打で取られた七之助はふたたび柳善に泣きつく.下総法蓮寺の蓮華往生の一味になれと紹介される.母親に暇乞いに行くと,母親は蓮華往生に旅だったという.あわてて法蓮寺へ行くが,母親は既に蓮華往生で突き殺されていた.七之助は寺社奉行へ駆け込み,一味は捕縛.お女中を寺へ引き込んでいた日当も捕まる.


 橘家圓喬(4),流の白滝,日吉堂 (1893)
 橘家圓喬(4),月に叫谷間の鶯,郎月堂 (1896)
 流の白滝(ながれのしらたき) 速記本文 は,今村次郎速記.全26回,132ページ.表紙には毒殺事件とある.口絵1枚.春の家主人芳痴の序文.『やまと新聞』1893年6月18日〜7月18日までの26回の連載が初出.ストーリーを忘れてしまうほど達者な口調.郎月堂の月に叫谷間の鶯(つきにさけぶたにまのうぐいす) 速記本文 も同じ速記.末尾に,"今日で流れの白滝は大尾でございます"と書かれたまま出版されている.
 追銭の酒手を断って駕籠屋に置いて行かれた山本利八,女客(お仲)に別の駕籠を譲ってもらい,熊谷に向かう.女は40両を駕籠に忘れたことに気づき,男を追いかける.居合わせたのが相州屋与七と医者の栗原の2人連れ.栗原も毒薬を別の駕籠に忘れたことに気づき,あわてて取りに戻る.毒薬を金だと思って雲助の妙心がくすねておいたもので,与七に毒を飲ませる.与七は熊谷の土手で血を吐いて死ぬ.通りがかったお仲は,与七の懐にあった100両をくすね,その金で芝に白滝という待合を開く.
 3年後,お仲は妙心に見つかり,ゆすられた末,角海老へ身売り.与七の弟の弥三郎は番太郎に落ちぶれてはいるが,倹約して30両を貯めている.吉原へ使いに出たとき,若い衆の言葉に乗って角海老に登楼する.相方は白滝.あいかわらず妙心は廓に来ては白滝へ30両の無心.白滝が死のうとするところを,弥三郎がため込んだ30両を提供して命を救う.利八,熊谷で40両を拾った駕籠屋(与七の弟要蔵)に声をかけられる.金を忘れたのが吉原の白滝だとわかり,利八は白滝を身請けする.
 溝掃除をしている弥三郎を,身請けされたお仲(白滝)が声をかけて,金を返したいから訪ねてくれとのこと.ちょうどその晩,妙心がお仲の家に忍び込もうとし,間違って弥三郎が捕まってしまう.利八の番頭が賄賂を使ってもらい下げる.お仲と弥三郎は結婚する.妙心にだまされて要蔵は栗原の屋敷に連れ出されて監禁される.辛くも逃げだし,妙心を追いかける.妙心が逃げ込んだ先は弥三郎の家.妙心はお仲を刺し殺して捕まる.お仲の書き置きで,与七の金を奪ったのが妻のお仲だとわかる.妙心は処刑.


 園部紫嬌・橘家圓喬(4),大丸屋騒動,日本館 (1901)
 橘家圓喬(4),小夜衣,やまと新聞付録 (1891)
 圓喬(4)が「大丸屋騒動」を演じたわけでなく,園部紫嬌の講談『大丸屋騒動』に,付録として圓喬(4)の小夜衣(さよごろも) 速記本文 がついている.今村次郎速記.『やまと新聞』1891年8月13日の附録に載った「菊模様延命袋」最終回の空きスペースに圓生(4)の「白薩摩」と,この「小夜衣」が載っている.騒人社第5巻,三遊亭小圓朝名義の「小夜衣」も,同じ速記を流用したかと思えるほど似ている.内容は,忠臣蔵の大序,枇杷葉湯の由来のほうの「小夜衣」で,「小夜衣草紙」のほうではない.


 三遊亭圓喬(4),怪談牡丹燈籠,三芳屋 (1914)
 三遊亭圓喬(4),怪談牡丹燈籠,毎夕新聞 (1910.7.6-11.11)
 橘家圓喬(4)が演じた「怪談牡丹燈籠」が三芳屋から単行本化されている.もとは,『毎夕新聞』に104回にわたって連載されたもの.今村次郎速記.連載中に紙名が『毎夕新聞』から『東京毎夕新聞』に改題している.連載前日の7月5日には予告が載っている.第1回,「牡丹燈籠」発端の「刀屋」に入る前に,「牡丹燈籠」創作のいきさつがついている.圓朝が谷中に住んでいた頃,新幡随院あった濡仏に施主相川幸助と記してあるのを見た.その由来をたずねたところ,支那の牡丹燈籠(牡丹燈記)に似ていることから,はじめ「金香炉牡丹燈籠」と題したが,後に「怪談牡丹燈籠」と改め,道具入りで演じたということが書かれている.


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 三遊亭圓右(1),評判娘,イーグル書房 (1893)
 三遊亭圓右(1),三人娘,やまと新聞附録 (1893)
 初代三遊亭圓右[万延1〜1924]は,明治15年に圓右を名乗った.芝居噺や人情噺をよくしたという.1924年,2代目圓朝襲名の許しを得たが,肺炎となり,10月に病床で襲名したものの噺を演じることなく11月に没した.「火事息子」「文七元結」など10席あまりの速記,「よいよいそば」「鍋草履」など多数のSP音源を残している.
 評判娘(ひょうばんむすめ) 速記本文 は,今村次郎速記.全11席,本文124ページ.挿絵11枚.骨皮道人の序文.『江戸落語便利帳』に載っていない噺.翻案物らしいが,原作は未詳.『やまと新聞』の附録に連載された三人娘(さんにんむすめ)が初出で,同じ速記を単行本にしている.
 3人の評判娘(お花,おかを,おつや)の運命を描く.人物関係は入り組んでいる.お花の父を誤って撃ち殺した茂三郎は,証拠の鉄砲を川に捨て,娘のお花と駆け落ち.しかし,倉橋はお花を捨てる.兄の殺人の嫌疑を晴らすため,妹のおかをは小泉を頼る.小泉の妻のおつやはこれを誤解し,倉橋と大阪へ駆け落ち.倉橋の父死去の報せを受け取り,銀行頭取を相続するため,おつやを捨てて東京へ戻る.後を追ったおつやは遭難,顔に大けがを負って別人の容貌になる.新聞記事で,おつやが死亡したと信じた小泉は,おかをと再婚.一方,おつやは,偶然実子の安雄の乳母になる.誰もおつやと気づかない.安雄は病死.出張先で,芸者に身を落としたお花に出会った小泉は,倉橋が犯人だと知る.東京へ戻り,証拠の鉄砲を捜索させる.それを目撃した犯人の倉橋,先回りして鉄砲を探そうとしたところを捕縛される.
 舞台は,東京と大阪.特に新しい地名は出てこない.


 田村奈良吉編,扇拍子,東京堂 (1897)

 『扇拍子』には3席の噺が収められている.そのうち,恋路の闇(こいじのやみ) 速記本文 が人情噺.納谷直次郎速記.全9席,本文110ページ.雑誌『華の江戸』2〜10号(1896)に五月闇(さつきやみ)として連載された速記を書籍化したもの.納谷直次郎・市村惇士速記.双子の姉妹を追いかけるストーカー男の滅亡を描いている.舞台である静岡市と横須賀付近の地名が多数出てくる.後に圓朝名義でも出版されており,筋書きなどは圓朝作品のあらすじに譲った.

東京堂
扇拍子
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
1 恋路の闇 コイジノユメ 三遊亭圓右(1) 個別演題として追加
2 あわゆき ユキトンX 三遊亭圓遊(1)  
3 袴着 ダイブツモチ 三遊亭圓朝(1)  


 森暁紅編,圓右小さん新落語集,三芳屋 (1911)
 『圓右小さん新落語集』 速記本文 は,初代圓右と3代目小さんが交互に演じている.「利休の茶」は秀吉公に気に入られた利休を曽呂利新左衛門がしくじらせようと画策する滑稽噺.初代春錦亭柳桜が演じる「利休の茶」が一冊の本になっている(利休の茶,三友社 (1890)).そのため,落語だがここに特記した.

三芳屋
圓右小さん新落語集
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01 芝浜 シバハマ 三遊亭圓右(1)  
02 三人無筆 サンニンムヒツ 柳家小さん(3)  
03 義太夫かたり テンタク 三遊亭圓右(1)  
04 能祇法師 ノウギホウシ 柳家小さん(3)  
05 初音の皷 ハツネノツヅミ 三遊亭圓右(1)  
06 恵比寿講 イチブチャバン 柳家小さん(3)  
07 王子の狐 オウジノキツネ 三遊亭圓右(1)  
08 お七 オシチ 柳家小さん(3)  
09 縁切榎 エンキリエノキ 三遊亭圓右(1)  
10 高砂や タカサゴヤ 柳家小さん(3)  
11 利休の茶 リキュウノチャ 三遊亭圓右(1)  
12 小噺 コバナシ 柳家小さん(3)  
13 出刃庖丁 ホウチョウ 三遊亭圓右(1)  
14 菊江の仏壇 キクエノブツダン 三遊亭小圓朝(2)  
15 浮れ三番 ウカレサンバ 三遊亭金馬(2)  


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 三遊亭金馬(1),塩原多助後日譚,芳村忠次郎 (1901)
 初代三遊亭金馬[安政4〜1923]は,後の三遊亭小圓朝(2).圓朝や三遊派の噺を後世に伝えた.三芳屋から2冊の個人集『小圓朝落語会』(1908),『小圓朝落語全集』(1916),玄誠堂書店から『小圓朝の落語』(1921)を出している.出版者の芳村忠次郎は演者である三遊亭金馬の本名.息子は地味ながら端正な芸で知られる三遊亭小圓朝(3).

 塩原多助後日譚(しおばらたすけごにちものがたり) 速記本文 は,西島冷香速記.本文145ページ.口絵5枚.病床の圓朝の枕頭で演じたものを速記したと金馬の前書きに書かれている.角川版・春陽堂版の圓朝全集に載っている.「塩原多助一代記」のあらすじ,圓朝逸事がついている.筋書きなどは,圓朝作品のあらすじに譲った.


 三遊亭小圓朝(2),小圓朝落語全集,三芳屋 (1916)
 『小圓朝落語全集』 速記本文 は,三遊亭小圓朝講演,浪上義三郎速記.圓朝作の「奴勝山」や「女の子別れ」「芸妓の奇遇」「比翼塚」の人情噺が載っている.「芸妓の奇遇」は,「松と藤芸妓の替紋」の抜き読みのような短い噺.「比翼塚」は,『江戸落語便利帳』の「小紫権八」のこと.1席は小圓治時代の三遊亭小圓朝(3)の速記.
 武芸にうといため浪人となった平左衛門,病気で家計が成り立たない.娘のおむらが琴を弾いて物乞いをしていると,乱暴者に連れ去られそうになる.これを救ったのが白井権八郎.金を恵んだ上,医者を紹介され,平左衛門の病気も治る.
 今度は,白井家に金が必要と聞き,おむらは三浦屋に身を売り200両をこしらえる.その金を届けようとした平左衛門は,何者かに殺害され金を奪われる.権八は三浦屋の小紫(おむら)に通い詰めて勘当される.ある日,辻斬りをして得た200両を小紫に届けて,権八は切腹する.権八が殺したのは,平左衛門殺しの犯人で,知らずに敵を討っていたのだった.小紫も後を追って死ぬ.これを哀れんだ三浦屋主人が,目黒に比翼塚を建てた.

三芳屋
小圓朝落語全集
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01 きめんさん キメンサン 三遊亭小圓朝  
02 三軒長屋 サンゲンナガヤ 三遊亭小圓朝  
03 臼井の夢 ウスイノユメ 三遊亭小圓朝  
04 田能久 タノキュウ 三遊亭小圓朝  
05 奴勝山 ヤッコカツヤマ 三遊亭小圓朝  
06 女の子別れ コワカレX 三遊亭小圓朝  
07 煙草の競争 タバコズキ 三遊亭小圓朝  
08 中村秀鶴 ナカムラナカゾウ 三遊亭小圓朝  
09 千両蜜柑 センリョウミカン 三遊亭小圓朝  
10 松竹梅 ショウチクバイ 三遊亭小圓朝  
11 猫忠 ネコタダ 三遊亭小圓朝  
12 天災 テンサイ 三遊亭小圓朝  
13 雛鍔 ヒナツバ 三遊亭小圓朝  
14 芸妓の奇遇 ゲイシャノキグウ 三遊亭小圓朝  
15 写真の指切 シャシンノアダウチ 三遊亭小圓朝  
16 星野屋 ホシノヤ 三遊亭小圓朝  
17 比翼塚 コムラサキゴンパチ 三遊亭小圓朝  
18 巣鴨の狐 オボン 三遊亭小圓朝  
19 狸の遊び タヌキノアソビ 三遊亭小圓治 個別作品として追加


 神谷竹之輔,新撰怪談揃,三芳屋 (1912)
 『新撰怪談揃』は,神谷竹之輔編.講談落語の怪談10席を収める.国立国会図書館デジタルコレクションから個人送信サービスによって閲覧できるようになった. 速記本文 『江戸落語便利帳』では,本書から2席を採録している.
 「塩原の怨霊」は,小圓朝(2)演.『円朝全集』に採録されたものとは別の口演.
 「幽霊長屋」は,怪談を得意とした柳亭左龍(2)の口演で,『落語事典』にもあらすじが載っている.
 「佐倉宗五郎」は,林家正蔵(5)の口演.宗五郎の幽霊に悩まされ,殿様が発狂する場面.
 「空家の悲鳴」三遊亭圓新(司馬龍生(7))の口演で,桑港奇談の角書.サンフランシスコの空き家に現れた老婆の幽霊を回向したというだけの噺.
 橘家圓喬(4)の「牡丹燈籠」は,お札はがしの前半部.

三芳屋
新撰怪談揃
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01 小夜衣 邑井一 講談
02 小幡小平次 桃川如燕 講談
03 塩原の怨霊 シオバラタスケゴニチモノガタリ 三遊亭小圓朝
04 貝坂の怪 西屋麟慶 講談
05 幽霊長屋 ユウレイナガヤ 柳亭左龍
06 佐倉宗五郎 シモウサミヤゲサクラゾウシ 林屋正蔵
07 空家の悲鳴 アキヤノヒメイ 三遊亭圓新
08 血染の願書 田辺南龍 講談
09 精霊会 桃川燕玉 講談
10 牡丹燈籠 カイダンボタンドウロウ-オフダハガシ 三遊亭圓喬


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 柳亭燕枝(2),千人塚の由来,松本金華堂 (1910)
 2代目柳亭燕枝[明治2〜1935]は,小三治(2),小燕枝などを経て明治34年に燕枝.後に先代同様に2代目談洲楼燕枝となった.人情噺を得意とし,「安中草三」のSPレコードを出している.速記は「茗荷宿屋」など数席復刻されている.弟子に唄い調子の明るい高座,「蟇の油」「野ざらし」を得意とした春風亭柳好がいる.
 千人塚の由来(せんにんづかのゆらい) 速記本文 は,今村次郎速記.全12席,203ページ.口絵1枚.未完で,千人塚の由来も明らかにされない.後編は『高岡左次馬』と題している.国会図書館は所蔵していない.
 山口兵馬は生まれついての醜男.和泉屋の小町娘おてるへ恋こがれ,小指を切り落とし手代の源七に仲立ちを頼む.浪人の高岡左次馬が小指を怪我しているのを幸い,兵馬の身代わりに頼み込み,和泉屋に買い物におとずれ,顔を見せる.おてるは高岡を兵馬と勘違いする.兵馬が殿様の金を盗んでこしらえた礼金を持って源七は逐電.婿の兵馬を一目みて,花嫁のおてるは川へ飛び込む.兵馬は自害する.おてるを救ったのが高岡.2人の間に生まれた赤子には,兵馬が乗り移っており,和泉屋は孫を殺してしまう.このあと,和泉屋は瓦解する.
 兵馬の異母兄弟に庄次郎とおのぶがいる.敵と知らず,おのぶは高岡に惚れる.仲働きのおすぎは,按摩の沢悦からもらった毒薬で,おてるの顔を醜くする.おてるの病気を治すため,おのぶと関係する.おのぶの父は,おてるを追い出す.沢悦が毒を盛ったことを知った高岡は,沢悦に続き,おのぶとその両親,女中の5人を殺して出奔する.庄次郎は敵討に出るが,眼病に倒れる.
 井上重蔵と名を変えた高岡は,ある豪農と懇意になり,村人に手習いと剣術を教える.この豪農こそ,自分が殺したおのぶ親子の兄の嘉右衛門であった.このことを密告したおすぎと関係し,高岡は雪の赤沢山で嘉右衛門を亡きものにしようと斬りかかる.次作,「高岡左次馬」に乞うご期待.

 柳亭燕枝(2),高岡左次馬, 松本金華堂 (1910)
 高岡左次馬(たかおかさじま)は,今村次郎速記.全12席,200ページ.口絵1枚.天理図書館が所蔵.書誌とあらすじは,天理図書館所蔵本による.
 井上重蔵こと高岡左次馬は,伊東嘉右衛門をまんまと伊豆の赤沢山で殺害するが,それを目撃していたボロ竹にゆすられる.このままだと高岡に殺されると察したボロ竹は姿をくらます.高岡もかねてから密通していた嘉右衛門の後妻のおすぎを連れて,伊勢へと逐電する.残された息子の吉太郎は,眼病を治そうと身延山に祈願する.そこで出会ったのが,いとこの伊東庄次郎.彼も,父の嘉兵衛(山口兵部),妹のおのぶを高岡に殺されており,ともに敵討を誓い合う.
 先に出発した庄次郎は,山中で道に迷い,題目坂の十蔵という博打打ちの小屋に泊まり合わせる.庄次郎の剣の腕を見こんだ十蔵は,ライバルの勝沼の勘作を決闘にかこつけ,だまし討ちする計画を明かし,助太刀を懇願する.庄次郎は,卑怯な十蔵を斬り殺すが,子分との斬り合いのさなか,崖から転げ落ちてしまう.単身十蔵のもとへ乗り込んだ勘作は,傷ついた庄次郎を見つける.勘作は,山口兵部の元家来であった.勘作の娘の水垢離のおかげで,庄次郎は回復し,再び敵を探しに勝沼を旅立つ.
 伊勢から京都へ流れてきたおすぎと高岡だが,おすぎは嘉右衛門の霊にとりつかれてうなされる.霊にさいなまれるおすぎを残して,高岡は京都を立ち退く.一方,高岡に捨てられた身重のおてるは,両国橋から飛び込もうとしたところを,医者の片山道玄に助けられる.療治の甲斐あって毒抜けしたおてるは,綾瀬村に住む植木屋五兵衛夫妻を頼る.ここで,魚籃観音の縁起と「四谷怪談」のあらすじが挿入される.五兵衛の妻,おたけが営む水茶屋を手伝うおてるは,器量がよいため評判となる.ある晩,ごろつきにかどわかされ,隅田川の獅子ヶ淵で手籠めになりそうなところを,鬼薊清吉こと梅吉に救われる.ここで獅子ヶ淵の由来がはさまれる.月満ちて産まれたおてるの子は,高岡左次馬にうり二つ.産後の肥立ちが悪くおてるが死ぬと,病弱な五兵衛も後を追うように亡くなってしまう.
 梅吉は,おてるが死んだことも知らず,彼女に金を恵むため,商家に賊に入る.そこで梅吉と鉢合わせしたのが,新米泥棒の儀助.彼の身の上話,「傾城瀬川」と似たエピソードが挿入される.ある商家の旦那が,堅物すぎる一人息子を案じて,少しは遊びを覚えさせようとしたところ,幇間の計略がぴたりとはまって,とうとう1300両を使ってしまう始末.元奉公人の儀助は,勘当された若旦那を助けようとして,ついついて泥棒に入ってしまった.
 清吉は儀助に金をやり,別の家から盗んだ五十両をおたけに渡す.しかし,女乞食におちぶれたおすぎを家に招き入れたところ,せっかくの金を持ち逃げされてしまう.金を失ったおわびに,おたけは隅田川に身投げをはかる.それを抱きとめたのが和泉屋(おてるの父,嘉右衛門の弟)の知り合いの伊豆屋主人.彼から源七が高崎にいることを聞きつける.その話を木陰で聞いていたのが,庄次郎と眼病の癒えた吉太郎.
 源七の営む宿屋に高岡が偶然泊まり合わせる.源七の旧悪を知っている高岡は,源七のところに居候するだけなく,たびたび金をせびる.いっそ大ばくちでがっぽり稼ごうと,二人は連れだって出かける.実は,お互いどこかで相手を殺してしまおうという魂胆だった.高崎のはずれの庚申堂を通りかかると,おすぎが高岡にむしゃぶりついてきた.これを斬り殺し,ついでに源七も殺してしまう.庄次郎と吉太郎がその場に駆けつけ,仇討の名のりをあげる.高岡は,何の証拠があって敵呼ばわりするのかと,しらを切る.そこへ現れたのが生き証人のボロ竹.とうとう高岡は二人に討たれる.山谷の圓乗寺(圓常寺が正しい)に高岡の首を葬ると,後からつぎつぎと無縁の仏が集まってきて,ついには千人塚を建てることになった.


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 春風亭柳枝(4),柳枝落語集,三芳屋 (1911)
 4代目春風亭柳枝[明治1〜1927]は,3代目柳枝の弟子で,師匠の死後,小柳枝から柳枝を襲名する.『百花園』の速記など十数席が復刻されており,三芳屋から個人集『柳枝落語集』『柳枝落語全集』が出ている.

 『柳枝落語集』 速記本文 に収められた10席の噺のうち,「富田屋政談」が人情噺.目次は冨田屋だが,本文では富田屋.読みは"とんだや"で,"とみたや"ではない.この速記は,『百花園』に載った春風亭柳枝(3)の「富田屋惣吉」を流用したもの.しかも6席のうち,大岡調べにあたる第5席を省略している.ほかの速記も,すべて『百花園』からの流用ばかり.「富田屋政談」のあらすじは,『江戸落語便利帳』に書かれたとおり.高利貸しに責められ,妹を吉原に売るが,その金を高利貸しの番頭に奪われる.別の義父殺し事件と合わせて,大岡越前が犯人を見つけ出す.

三芳屋
柳枝落語集
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01 五目講釈 ゴモクコウシャク 春風亭柳枝(4)  
02 無学者 ウキヨネドイ 春風亭柳枝(4)  
03 洒落小町 シャレコマチ 春風亭柳枝(4)  
04 神仏論 シントウノチャワン 春風亭柳枝(4)  
05 竹に虎 タケニトラ 春風亭柳枝(4) 桂文治(6)
06 性は善 トウナスヤセイダン 春風亭柳枝(4) 春風亭柳枝(3)
07 美人の乳 ナメル 春風亭柳枝(4)  
08 白木屋 シロキヤ 春風亭柳枝(4) 春風亭柳枝(3)
09 子別れ コワカレ,3 春風亭柳枝(4) 春風亭柳枝(3)
10 富田屋政談 トンダヤセイダン 春風亭柳枝(4) 春風亭柳枝(3)
11 近江八景 オウミハッケイ 春風亭柳枝(4)  
12 物識先生 モッカドゴンスイ 春風亭柳枝(4)  


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 三遊亭圓馬(3),お若伊之助,圓馬十八番,三芳屋 (1925)
 3代目三遊亭圓馬[1882〜1945]は,前名の朝寝坊むらく時代に『むらく新落語集』『むらく落語全集』『むらくの落語』を出版している.むらく時代に,橘家圓蔵を殴打する事件を起こすなど東京に居づらい事情があり,大阪に移って橋本川柳を名のった.雑誌には川柳時代の速記も残している.その後,1918年に圓馬を襲名して『圓馬十八番』を出している.『圓馬十八番』 に収められた噺には,「茶漬幽霊」「お若伊之助」など上方の味わいが濃いネタが含まれている.その「お若伊之助」は,現行のものとは筋立てがちがっている.先代の五明楼玉輔が得意にしていたネタで,船場の油屋で起こった事実談を元にしているという.登場人物は油屋のおさだと出入りの伊三郎だが,東京で馴染みのお若と伊之助に置きかえて演じるとある.現行の「お若伊之助」は,お若をたぶらかした狸を鉄砲で撃つところまでで,お若が離魂病で二体になる設定はない.
 お若が離魂病にかかる筋立ては,圓馬の師匠筋である三遊亭圓朝の「因果塚の由来」にも見られる.どちらがオリジナルか即断できない.明治25年には,神奈川で離魂病になったお若に出会う翁家さん馬の「二人於若」(駸々堂)が出ている.『百花園』に春風亭柳枝(3)の「お若伊之助」が載ったのは明治30年になる.圓朝の「離魂病」(三芳屋)が出版されたのは,それらに遅れた大正2年になる(雑誌初出は明治30〜31年).圓朝の「離魂病」(因果塚の由来)の後半部の展開は圓朝らしからぬところがあり,圓朝作を疑われたこともある.順に並べると,東京では狸塚の「お若伊之助」が明治20年代には柳派でも演じられていた.大阪でも同じく明治20年代には離魂病をプロットとする「お若伊之助」が存在し,東京系の翁家さん馬は舞台を神奈川に移した「二人於若」を出版した.一方,圓馬によれば明治期に五明楼玉輔(3)がこの噺を得意にしており,大阪を舞台にする「おさだ伊之助」がオリジナルだいう.こうならべてみると,既存の「お若伊之助」に,明治の香りが高い離魂病や横須賀海軍の様子を取り入れた後半部をくっつけ,圓朝オリジナルの「因果塚の由来」を作ったのではないか.
 江戸からやって来た大工の政五郎は,船場の油屋という豪家の世話になり,大勢の職人を使うような棟梁株になった.やはり江戸からやって来た伊之助という男は,細工物ができるので,油屋の茶席の普請にかかっている.役者にもないようないい男の伊之助を見掛けたお若は,伊之助に惚れてしまった.毎日伊之助の姿を見ようと障子を開けてのぞくお若のことが職人の間で噂になった.ある日,政五郎が伊之助を呼び出し,お店のお嬢さんに悪い噂が立ってはいけないから,罪のないお前には悪いが大阪を離れてくれと頼んできた.政五郎の頼みを快諾した伊之助は,紹介状と50両の金を手に,京都で修業しようと,政五郎の家を出た.京都行きの三十石船に乗ろうと八軒家にさしかかると,「待っとくなはれ.伊之助はん」と足袋はだしの娘が駆け寄ってきた.
 京都の大工,寅五郎の家に伊之助がやって来た.お若という娘に惚れられ,手切れ金まで貰ったのだが,帰れと言うなら身を投げて死ぬとまで言われ,やむなく娘を連れてきたと話した.それを聞いた寅五郎,ここで生木を裂くわけにもいかず,しばらくすれば油屋の方で何か言ってくるだろうと,二人を迎え入れた.ところが,油屋の方からは何の音沙汰もない.1年半後,二人に赤ん坊が生まれた.孫の顔を見せて油屋に詫びようと,政五郎の家を訪れた.伊之助を見たおかみさんが言うには,「尽きせぬ縁だ,お前に焦がれたお若さんは今にも死にそうで,京都へお前を呼ぼうとしていたところだ」という.油屋から戻ってきた政五郎は,子供を抱いたお若を見てびっくりする.再び油屋に駆けつけた政五郎は,床についているお若を見て混乱する.そこへお若と伊之助がやってきた.お若が増えたのは狐狸妖怪のしわざかと訝しんだが,そんなことはない.お若があまりに伊之助を慕ったため,体が二つになった俗に言う離魂病だということ.事実あった大阪のお若伊之助のお話.

三芳屋
圓馬十八番
記載された演題 統一した演題 備 考
01 但馬の殿様 ノウキョウゲン
02 お若伊之助 オワカイノスケX
03 二日酔 ズッコケ
04 提灯屋相撲 ハナイカダ
05 お見立 オミタテ
06 嫁違ひ カカアチガイ
07 子供の洋行 コドモノヨウコウ 新作
08 茶漬幽霊 サンネンメ
09 大黒の頭巾 ダイコクノズキン
10 一両損 サンポウイチリョウゾン
11 三方芽出たい ムツマチガイ
12 涙の茶 オチャクミ
13 淀五郎 ヨドゴロウ
14 逆さの蚊帳 サカサノカヤ
15 夏の医者 ナツノイシャ
16 嘘馬尾 ウマノス
17 犬の字 イヌノジ
18 柳田の勘忍 ヤナギダカクノシン
19 盃の飛脚 サカズキノトノサマ


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 三遊亭圓窓(5),狐と能役者,圓窓落語集,石渡正文堂 (再版1927)

 狐と能役者(きつねとのうやくしゃ)は,『圓窓落語集』に収められている.1927年の時点に三遊亭圓窓を名のっていたのは,5代目圓生の弟の圓窓(村田仙治.俗に5代目)になるが,この圓窓は1922年に5代目圓蔵を襲名した5代目圓生と考える.この作品集の後半に収められている6席は,同じ石渡正文堂から『落語全集』(1931)として出版されており,その中の1席「天麩羅」は,同じ速記が5代目圓生演の「天麩羅」として雑誌『糧友』に掲載されている.また,平凡社の『古今東西落語家事典』には,5代目圓生の速記集として『圓窓落語集』(1925)が挙げられている.
 これは誰もやるものはない古い話で…….宮島の能を勤め終えた能役者中村喜太夫が,広島へ戻ろうと船に乗った.あいにくの干潮のため,浅瀬で潮待ちをするのも退屈だと,ひとりで江波に上陸した.茶店で酒を飲んだ中村が,橋弁慶をうたいながら月の夜道をぶらぶら歩いてゆくと,十八,九の美人に声をかけられた.こいつは通行人を化かすおさん狐だと感づいた中村は,素知らぬ顔で娘と広島へ同道する.ときおり娘の方を振り返ると,そのたびに中村の顔が熊坂だったり,翁,般若,娘と変わっている.驚いたおさんが,自分はおさん狐だと明かした上,その術を教えてくれと頼みこんだ.中村の家に伝わる一子相伝のこの袋をかぶって,なりたい者を念じれば,化けることができると教えた.この嘘を信じた狐は,能面を入れる袋をもらうと姿をかき消した.
 2年後,中村が江戸へ向かう途中,近江のある宿に泊まった.すると,中村喜太夫といいながら笑い合う声が聞こえた.これは怪しからん,事によっては斬り捨ててくれんと,主人を呼んで問いただした.当地は伊吹山の麓ゆえ,特産のモグサに狐が小便をかけてダメにしないよう,ときどき狐狩りをする.先日の狐狩りの時,袋をかぶってピョコピョコ動いている狐を退治した.その袋には中村喜太夫の名が書かれていた.今晩お泊まりのあなた様の持ち物に,中村喜太夫という荷札がついていたので,つい笑ってしまったのだと語った.これを聞いた中村は,あの狐は娘か何かに化けて狐狩りを逃れたつもりで殺されたのだと思いいたった.哀れに思った中村は,この狐をねんごろに供養した.


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 三遊亭小圓朝,牡丹燈籠,評判講談 10,大日本雄弁会講談社 (1932)
 『評判講談』第10巻 速記本文 には,大島伯鶴の「関口武勇伝」とともに三遊亭小圓朝名義の「牡丹燈籠」が載っている.速記者名の記載なし.出版時点で2代目小圓朝は亡くなっており,2代目の息子が3代目を継いでいる.しかし,これを3代目の口演とは受け取りにくい.小圓朝昔ばなし(青蛙房『三遊亭小圓朝集』)には,牡丹燈籠の出版について触れられておらず,昭和に入ってから3代目が「牡丹燈籠」を通しで演じたとは,考えにくい.なお,2代目小圓朝は『講談雑誌』に「牡丹燈籠」を通しで演じている.この本は,圓朝の「怪談牡丹燈籠」と圓喬(4)の『怪談牡丹燈籠』を参考に,作家が書き改めた読みものではないかと考える.突き合わせてみると,一言一句違わない箇所がいくらも見つかる.


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 三遊亭圓寿,開化の魁,明文館 (1892)

 開化の魁(かいかのさきがけ) 速記本文 は,山田都一郎速記.本文24ページ.挿絵1枚.他に寄合話と題する読み物がつく.『古今東西落語家事典』に,圓朝の弟子で圓寿という人が記されている.発行年からするとこの落語家かもしれない.
 「開化の魁」と題しているが,実際は「明治模様三組盃」の抜き読み.若旦那の篤太郎が芸者の小勝に浴衣を安売りする場面と,貧乏教員になってから小勝に鰻を馳走になる場面.


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 柳亭左楽,五人小僧噂の白浪,大川屋 (1892)
 五人小僧噂の白浪(ごにんこぞううわさのしらなみ) 速記本文 は,一二三居士速記.全32話,316ページ.登場人物の口絵2枚,挿絵7枚.鉄骨散史の序文.故人の柳亭左楽[安政3-1889]の傑作を浮世亭苦楽補綴・口演となっている.祐天小僧など小僧の肩書をもつ5人の悪党が活躍する侠客物.『続・明治期大阪の演芸速記本基礎研究』に紹介されている「祐天小僧」(さん馬演)や「祐天吉松」と似た筋立てやプロットがある.
 両国の雑踏でかんざしをすろうとした男(吉五郎)を許して金を与えた骨董商常陸屋の娘のお花,その男に恋患い.亀戸天神に飾られた掛け軸の修復が縁で,経師屋清兵衛の弟子の吉五郎と再会する.吉五郎はお花の婿となる.主人の名代で参加した寄合の流れで,吉五郎は吉原の遊女滝川と出会う.次第に深くなり,ついには店の金を使い込み,小川町の武家屋敷から500両を盗む.
 吉之助が水戸へ逃げる途中,イカサマ博打で吊し上げられていた大蛇小僧の六三郎に出会う.2人は水戸の増田屋福松親分に厄介になる.吉五郎は不動祐天の刺青をいれ,祐天小僧と呼ばれる.六三郎は剣術市販の業平小僧金三郎を頼って江戸へ向かう.7年後,吉五郎も,お花とまだ顔も見ぬ子供に会いたさに江戸へ出る.途上,悪僧戒典に身請けされている滝川(お滝)の妾宅へ忍び込み,戒典を追い出し,300両を奪う.常陸屋を訪ねるが,主人夫婦は殺され,お花と子供は行き方しれず.
 呉服太物上州屋の小僧の忠治は,蔵の窓から忍び込んだことがばれて,店を追い出される.これが後に風窓小僧と呼ばれるきっかけ.数年後,もと朋輩の清吉(清兵衛の息子)に出会い,意気投合して吉原へ行く.忠治は清吉の持っていた売上金300両を盗んでドロン.
 ぼっとなった吉五郎は,花の飛鳥山で土器を売る子供に出会う.この子こそ,息子の吉太郎だった.親子対面するが,吉之助の旧悪があらわれそうになり,八王子の銀蔵のもとへ逃げる.吉之助が江戸へ出ている間に,銀蔵は吉太郎を追い出し,お花を女郎に売り飛ばしてしまう.博打で取られた銀蔵は夜逃げの準備.そこへ弟の戒典があらわれ,吉之助秘蔵の不動の掛軸をもって,にせ祈祷師として甲州路を流して行く.猿橋でスリに失敗してリンチ寸前の風窓小僧を助け,合流する.
 お滝は深谷で茶屋を開いているが,それは表の顔.裏では旅人を殺して金を奪っている.そこへ泊まりあわせたのが金五郎と六三郎.清吉に恵んだ300両が戒典から奪った刻印つきだったため,清吉は牢に入れられたと聞く.吉五郎は自訴する決意で江戸へ向かう.入れ違いに訪れたのは,飢えでよれよれの吉太郎.飯と金を与え,金五郎らも川越代官へ自訴を決意.吉之助は自訴の前に八王子を訪ね,銀蔵らの離散を知る.金五郎らが護送されている桶川宿本陣に地雷火をしかけ,火事に乗じて4人は逃げ出す.
 戒典らは八王子に不動堂の寄進を受ける.甲州屋の娘お梅をさらって女郎に売るために岩淵へ向かう.留守居の銀蔵こそ,常陸屋夫婦を殺して吉之助秘蔵の不動掛軸を盗んだ犯人だった.吉之助と金五郎は銀蔵をなぶり殺しにし,お梅を追いかける.難所藤橋で追いつく.戒典は富士川に落ちて死ぬ.お梅も富士川へ身を投げる.忠治を殺そうとした時に現れ,それを止めたのが鳴戸小僧大三郎(彼の出番はここだけ).
 しばらくぶりに品川の女郎屋に戻ってきた主の吉之助,抱えの女郎白梅がお梅だと知り,六三郎に殺害を依頼する.白梅にほだされた六三郎は逆に吉之助のことを明かす.手入れに会い,六三郎,お滝は捕縛される.吉之助は,偶然,吉太郎とお花に再会する.吉之助捕縛.残った金五郎らも自訴.五人小僧とお滝は獄門.


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 春風亭柳條,怪談小夜衣,大川屋 (1916)
 怪談小夜衣(かいだんさよぎぬ) 速記本文 .春風亭柳枝校閲,春風亭柳條講演とある.吉原奇説の角書.大川屋の出した八千代文庫の1冊.本文201ページ.梗概つき.春風亭柳條と言っても何代目か不明.年代的にはおじいさんの小勝(5)あたりだが,柳枝の弟子ではない.大川屋書店のものなので,演者も内容も鵜呑みにはできない.会話に地の説明がついているが,内容的には面白い.水増しのためか,途中に「吉住万蔵」がまるまる入っている.なお,橘家圓喬(4)の「小夜衣」は,残念ながら怪談ではなく,枇杷葉湯の由来の落語.
 商家の若旦那濱田源次郎は,はじめて行った吉原の花魁小夜衣と相愛となる.お決まりの金の浪費.親同士で許婚者と決めていた武家の娘,お雪をたまたま見かける,たちまち小夜衣をお雪に乗り換える.楼主に掛け合って,手切れを渡して起請を取り返す.小夜衣はのどを突いて自害.許婚者のお雪との婚礼を進めようとすると,蛤吸物が消えたり,若旦那が小夜衣の声で非情を訴えるなど,さまざまな怪事が起こる.宝剣捨丸のおかげで霊が一時鎮まるが,霊の手引きで捨丸が奪われ,濱田の家は没落.ここで宝剣捨丸の由来が説明される.別の人情噺「捨丸」と同じ内容.成田不動へ参拝する途上,謎の坊主に小夜衣の怨霊を退散させてもらう.


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 二世曽呂利新左衛門,解やらぬ下関水,駸々堂 (1890)
 ここからは上方の噺家になる.残された人情噺は数席しかない.開化の新作・改作,講談を含んでも,東京のものにくらべて,質・量ともに少ないのが残念.
 二世曽呂利新左衛門[弘化1-1923]は,上方の噺家.多才な人物で多くの速記を残している.雑誌「百千鳥」に連載した多くの噺が駸々堂から出版されている.ただし,1冊ものとするために水増ししたり,他の噺をつかみ込んだりした噺も多く,当時演じられていた上方落語そのままのものではない.芸名は,噺家の始祖とも言える秀吉に仕えた曽呂利新左衛門の二世(にせ)という意味.SPレコードにも10席ほどの音を残している.
 解やらぬ下関水(とけやらぬしものせきみず) 速記本文 は,丸山平次郎速記.全5席,本文87ページ.挿絵3枚.「百千鳥」2〜7号(1889)に掲載.噺の運びをすっきりさせた文我(3)の速記もある.あらすじは以下のようになる.
 下関の商家の若旦那の利兵衛と稲荷町の遊女梅吉が馴染みとなる.欲深な義母のお熊は,阿波の旦吉との身請けを勝手にまとめる.利兵衛は許婚者のお君とお店の与助を添わせるよう書き置きを残し,大阪のしるべを頼って梅吉と駆け落ちする.しかし,頼みの長兵衛が見つからず,四ツ橋から身投げを図る.それを侠客の太吉が救い,自宅に引き取る.一方,番頭伊八は主家を乗っ取ろうとたくらみ,悪婆お慾らと共謀して与助を締め殺す.その場を目撃した仲仕の熊五郎がお慾に分け前をねだる.そこへ巡査が踏み込み,4人は捕縛される.利兵衛は上関に住む叔父を頼って旅立つ.利兵衛と太吉の妻のお悦の留守に,太吉と梅吉が密通.それを知ったお悦は激怒するが,逆に離縁されてしまう.お悦は自殺.幽霊が太吉の家に現れる.騒動の中,巡査が踏み込み,太吉は捕縛される.梅吉は尼となって廻国に出る.
 明治の時代設定がかえって現代ではなじめない.梅吉と番頭の場面が交互に描かれ,筋立てがわかりにくい印象を与える.


 二世曽呂利新左衛門,黄金包,駸々堂 (1890)
 黄金包(かねづつみ) 速記本文 は,丸山平次郎・島田喜十郎速記.全5席,本文75ページ.挿絵2枚.「百千鳥」8〜12号(1889〜90)に掲載.一応は仇討の物語だが,唐突に化け猫が出てきたりして,荒唐無稽な展開.舞台は大阪に加えて,龍野の揖斐川が出てくるところがめずらしい.
 福井から鼠の忠次を頼ってきた定助夫婦.大阪で紙屑屋をはじめる.ある日,屑から百両が出てきたので,表書きにある田中乾の家を訪ねると,貸家札が貼ってある.化け猫が女房を喰い殺す.残された定助は,白犬にもらい乳をして犬太郎を育てる.
 忠次親分からぼた餅の差し入れ.百両を盗んだ按摩の休庵が,毒入りのぼた餅を食って死ぬ.忠次は鼠の妖術を使って捕り方から逃れる.
 住吉大社の前で乞食をしていた定助親子を忠次が襲い,定助は殺される.通りかかったのが山道宇根留(ふざけた名前だ).忠次は逃げてしまう.犬太郎は剣術をならい,仇の忠次を探しに旅立つ.播州龍野の渡し守をしていた忠次を見つけ,追いかける.逃げ込んだ屋敷の老女は,母を殺した化け猫だった.鼠の忠次は猫ににらまれ身動きできない.犬太郎が鼠と猫を退治する(ふざけた設定だ).屋敷の門番はなんと田中乾.百両をようやく返却する.


 二世曽呂利新左衛門,噺の種 曽呂利茶室落語,駸々堂 (1891)
 『噺の種』 速記本文 は,丸山平次郎速記.曽呂利茶室落語(そろりちゃのまばなし)は,第2話以降の各話に書かれているランニングヘッドなのだが,第1話のみ演題自体がなく曽呂利茶室落語とだけある.第1話の内容は「田能久」.1913年に駸々堂から出版された『茶室落語』 速記本文 では,「大蛇の復讐」と題がついている.「百千鳥」創刊号から「曽呂利茶室落語」として連載.
 越の戸(こすのと)は,丸山平次郎速記.上下2席,33ページ.芸者の小梅と大阪に出てきた卯川,遊んでいてはと車夫になる.重い脚気にかかり一度は死を覚悟するが,不動尊を祈願したおかげもあり快復する.旧知の田中和一郎に出会い,西南戦争討伐に同行する.大金を得て大阪に戻り,車夫の親方となる.餌差町の不動尊像にかかっていた金メッキの御縄が盗まれたと聞き,代わりのお縄を奉納する.三味線で越の戸(小簾の戸)の一節,車夫に嬉しき不動のちから じっと手に剣何にも云はず 二人りしてする金の紐(癪にうれしき男のちから じっと手に手を何にも言わず 二人して吊る蚊帳の紐).

駸々堂
噺の種 曽呂利茶室落語
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01 曽呂利茶室落語 タノキュウ 曽呂利新左衛門  
02 一枚起請 シャシンノアダウチ 曽呂利新左衛門  
03 鍬ぬすびと クワヌスット 曽呂利新左衛門  
04 鬼も十八 イドニミズ 曽呂利新左衛門  
05 白歯 ソクハツデッチ 曽呂利新左衛門  
06 千里の薮 タケニトラ 曽呂利新左衛門  
07 鶯宿梅 オウシュクバイ 曽呂利新左衛門  
08 菅公の木像 コバナシ 曽呂利新左衛門  
09 妾の内幕 テギレデッチ 曽呂利新左衛門  
10 腕くひ スネカジリ 曽呂利新左衛門  
11 ふしみの兄 ダイマルヤソウドウ 曽呂利新左衛門  
12 刀剣かひ タメシギリ 曽呂利新左衛門  
13 焼物取 ヤキモノトリ 曽呂利新左衛門  
14 越の戸 コスノト 曽呂利新左衛門  
15 線香の立切 タチキリ 曽呂利新左衛門  


 二世曽呂利新左衛門,滑稽嗅鼻長兵衛,駸々堂 (1892)

 滑稽嗅鼻長兵衛(こっけいかぐはなちょうべえ) 速記本文 は,丸山平次郎・柳田周吉速記.全7席,本文137ページ.挿絵2枚.「百千鳥」23〜26号(1890)に掲載.もちろん「鼻利き長兵衛」をベースにしている.一冊の本にするために他の噺もつかみ込んでいる.
 借金で故郷を捨てた長兵衛が,江戸へ出るまでに「狸賽」だ「煮売屋」だ「いが栗」だとさまざまあり.江戸で空き家を借りる.隣家の紛失物や武家の家宝を自慢の鼻で嗅ぎ出す.といっても,どちらも品物が隠された場所をたまたま目撃しただけのこと.武家へ取り立てられたため朋輩に恨まれ,殺されそうになり,故郷へ帰る.


 二世曽呂利新左衛門,月宮殿,駸々堂 (1893)

 月宮殿(げっきゅうでん) 速記本文 は,滑稽笑話の角書.丸山平次郎速記.全6席,本文95ページ.挿絵2枚.「百千鳥」3巻7〜9号(1891)に連載したもの.一冊の本にボリュームアップされており,現行の「月宮殿星の都」とは話の作りが違っている.「つづら」「鰻の天上」などが取り入れられている.


 二世曽呂利新左衛門,滑稽曽呂利叢話,駸々堂 (1893)
 『滑稽曽呂利叢話』 速記本文 は,「百千鳥」に連載した落語をまとめたもの.すでに単行本化された落語もここに再掲されている.
 「奉公始」は,山出しの権助が芝居作者の家の会話を取り違え,主人は狐の化物だと勘違いする噺.棒屋(ぼうや)は「提灯屋」に似ためずらしい噺.東京では圓馬(4)が演じていた.初音の鶯(はつねのうぐいす),は「正月丁稚」に鶯のサゲをつけたもの.

 自由の妹と背(じゆうのいもとせ)は,川上音二郎(浮世亭○○)口演,丸山平次郎速記.上下2席,38ページ.挿絵1枚.ロシア虚無党の若夫婦.監獄の夫にダイナマイトを差し入れるが,夫は焼死,妻は水死.あの世で2人が出会うとジュー,と「お七の十」.

駸々堂
滑稽曽呂利叢話
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
1 高野駕籠 コウヤカゴ 曽呂利新左衛門 百千鳥2巻1号(1891)
2 猿後家 サルゴケ 曽呂利新左衛門 百千鳥2巻2号(1891)
3 吹替息子 ヒモノバコ 曽呂利新左衛門 百千鳥2巻4号(1891)
4 奉公始 ホウコウハジメ 曽呂利新左衛門 百千鳥2巻7号(1891)
5 自由の妹と背 ジユウノイモトセ 川上音二郎 百千鳥2巻3-4号(1891)
6 鴈風呂 ガンブロ 曽呂利新左衛門 百千鳥3巻6号(1891)
7 三枚起請 サンマイギショウ 曽呂利新左衛門 ことばの花2集(1891)
8 棒屋 ボウヤ 曽呂利新左衛門  
9 初音の鶯 ハツネノウグイス 曽呂利新左衛門 ことばの花3集(1892)


 二世曽呂利新左衛門,於玉牛,駸々堂 (1894)

 『於玉牛』 速記本文 は,丸山平次郎速記,石井貞次郎復文.上下2席,55ページ.口絵2枚.「お玉牛」はおなじみの話だが,道に迷った武士とその娘が,田舎の村に宿を借りるところから詳しく描かれており,この噺だけで一冊の本となっている.


 二世曽呂利新左衛門,滑稽大和めぐり,駸々堂 (1898)
 丸山平次郎速記.全8回,220ページ.口絵1枚.紛郎兵衛と似多八を主人公にした連作形式.演題はつけられておらず,第X回とあるのみ.前作,『滑稽伊勢参宮』(インターネット未公開)では,上方の旅ネタ「伊勢参宮神乃賑」から大きく外れることなく伊勢神宮へ向かっている.まず大津で「走り餅」,矢橋で「小烏丸」,水口で「軽石屁」,関で「牛かけ」,その後「七度狐」「これこれ博打」「お杉お玉」で伊勢に至る.本来,「南海道牛かけ」は紀州へ向かう別系統の噺なのだが,ここにつかみ込んでいる.
 『滑稽大和めぐり』 速記本文 は,伊勢からの帰り道に,大和路を見て回る.「宿屋仇」「王子の白狐」「こび茶」「うんつく酒」「夢金」のアレンジ,「常太夫義太夫・これこれ博打」「万金丹」「奈良名所・瘤弁慶」の順となっている.もともと大津の「瘤弁慶」を奈良に持ってくるなど,地名は本来の落語に出てくるものではない.
 曽呂利新左衛門には,この他に,噺家の泥丹坊堅丸が中国地方から九州を旅する『噺家一人旅』という本もあるという(国会図書館は所蔵せず.「新百千鳥」11〜15号(1897)に連載したものが読める).内容は,「猿丸」「狼講釈」「べかこ」と「深山隠れ」の4席.確かに,今の落語でも泥丹坊堅丸という奇妙な名前の人物が出てくるのは,海田市を舞台とする「狼講釈」と佐賀武雄の「べかこ」.


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 桂南光(2),五人裁判,駸々堂 (1894)
 桂南光は,後の桂仁左衛門[安政1-1911]のことだろう.出版当時は2代目南光.落語,人情噺ともにすぐれていたという.(電気踊りの)小南(1),三木助(2),(ずぼら,諸芸の)南天(1)といったそうそうたる弟子を育てた.

 五人裁判(ごにんさばき) 速記本文 は,丸山平次郎速記.本文49ページ.口絵2枚.もう1席,「猿後家」がついている.「五人裁判」は,「五人政談」のこと.「上方はなし」や文我師の珍品集にも載っている落語.
 百姓久兵衛,酒屋治兵衛,番頭伝兵衛,船頭幸兵衛,女衒金兵衛が登場.「もう半分」と同工で,久兵衛の娘の身売り金を伝兵衛が着服.それを見ていた幸兵衛が西の御番所に駆け込み訴え.奉行は,治兵衛に身請け金を出させ,幸兵衛にほうびの金を授ける.正直の幸兵衛に上悟る.

駸々堂
五人裁判
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
1 五人裁判 ゴニンセイダン 桂南光  
2 猿後家 サルゴケ 曽呂利新左衛門  


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 笑福亭松鶴(3),浪速大潮月,駸々堂 (1894)
 3代目笑福亭松鶴[弘化2-1909]は,松喬から明治11年に松鶴を継いだ.月亭文都,文團治(2)らと浪花三友派を興し,寄席紅梅亭に陣取って桂派と対抗した.晩年は講釈師に転じている.水戸光圀に関する2冊は,演者に対して疑義がある.
 浪速大潮月(なにわおおしおのつき) 速記本文 は,山田都一郎速記.全10席,155ページ.口絵1枚.夭秦園主人の序文.若き大塩平八郎を主人公とする.
 紀州田辺藩の家臣,竹上庄左衛門とその後妻との間に男子が生まれたため,長男庄一郎は次第にうとまれる.ある日,金比羅参りに家出するが,大阪で所持金をすられてしまい,身投げしようとする.そこを助けたのが,旧家来の久七.貧乏ゆえ,妹のお花を新町の女郎に売って25両をこしらえる.
 庄一郎は,曽根崎の松坂屋で古着の羽織を買う.受け取った小判が,自分の店から盗まれた刻印付きの金と知り,与力の大塩平八郎に相談する.大塩は紀州家の家臣と聞いても少しもひるまず,庄一郎を捕縛する.庄一郎は久七が盗んだものと推量して,何もしゃべらない.このことを知った久七は,大塩の屋敷に乗り込む.紀州家に照会した上で取り調べたのかと詰問され,大塩は答えられない.あわてて,新町,大川町と一晩中捜査したところ,犯人は松坂屋の伜だと判明する.大塩は,松坂屋の出した盗難届を紛失届に改めさせ,450両を久七に渡し,庄一郎に家督を継がせて庄左衛門は隠居するよう勧める.


 笑福亭松鶴(3),水戸光圀卿,小野彦三郎 (1894)
 水戸光圀卿(みとみつくにきょう) 速記本文 は,東小三郎速記.全8席,207ページ.口絵1枚.南海散士の序文.漢詩などが入っていて,口演速記ではない.内容も,滑稽味の強い講談.本作の冒頭に次回作「水戸黄門西国巡遊記」のあらすじが紹介されている.「水戸黄門西国巡遊記」が講釈師今昔亭桃太郎の作品であることから,本作も松鶴のものか疑わしい.
 常陸国太田に隠居していた水戸光圀卿が,佐々木助三郎と渥美格之丞を供につれ,諸国を漫遊する.江戸伝馬町の宿屋で,部屋を代えろと強談する田舎武士を懲らしめる.今戸の煮売り屋で,佐倉宗五郎の子別れの軸に讃を書いて,通りかかった老中に500両で売り,価値のわからなかった主人らをビックリさせる.これから,飢饉の施行のための資金調達にかかる.増上寺の砂利に庶民とともに座して参拝し,与力をからかう.参拝の大名から500両ずつの寄金を得る.富坂の料理屋に上がりこみ,綱忠へ手紙を渡してくれと殿様を呼び捨てにする.水戸家の家臣や料理屋との滑稽.水戸家からは2000両の寄進.総計3600両を集める.虱1匹1朱の立て札を立て,両国芦島(のちの回向院)で虱の施行を開く.衣類の裏で貧乏の程度を見きわめて,それに応じて金を渡す.また,虱を手土産に,老中らに働きかけ,神田の備蓄米を放出して難民を救う.
 一方,逼塞した淀屋辰五郎が大名への貸し金の取り立てに江戸に来ていることを知ると,集金の協力をする.銀座に寺子屋を開き,借用書を看板に貼りつけると,江戸中の評判になる.黄門様が後ろ盾にいるため,大名たちはやむなく返金する.
 東海道御油宿では,観音の手に磁石を仕込み,金銀を吸いつけて布施をだまし取る坊主や代官を懲らしめる.結末部は,兵庫で楠正成の墓を築き,水戸へ戻って死去するとあっさりまとめている.


 笑福亭松鶴(3),水戸黄門西国巡遊記,駸々堂 (1895)
 水戸黄門西国巡遊記(みとこうもんさいごくじゅんゆうき) 速記本文 は,速記者名なし.全6席,185ページ.口絵1枚,笑福亭松鶴の講演となっているが,本文に繰り返し桃太郎(わたくし)と書かれているように,講釈師今昔亭桃太郎が演じたもの.語り口は「水戸光圀卿」よりは固い.地名がたくさん出てくるが,ずいぶんといい加減.西は彦根までで,西国へは行っていない.
 牧川宿旗野八幡で権柄づくな宮守を戒める.鹿島神宮の要石を掘り起こそうとするが,夜叉と鬼神の争いを目の当たりにし,発掘をあきらめる.八幡の薮不知に単身乗り込み,童顔白髪の怪人に追い払われる.厳しく年貢を取り立てる掛川の悪代官を懲らしめる.岡崎で淀屋辰五郎に雁風呂の由来を聞き,江戸に同道して大名旗本から借金を取り立てる.


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 お臍の宿替,花谷碧泉編,立川文明堂 (1923)
 大正期の作品集だが,『お臍の宿替』には,上方できの落語,小噺が載っている 速記本文 .中に1席だけ,落語事典には載っていない人情噺風の作品「三十石難船の始り」が収められている.演者の笑福亭梅香は,出版年次からすると6代目になる.
 郡山藩中の大沢軍八が,剣術の遺恨から岡田幹之進を討って立ち退き,北の新地のお茶屋の旦那に収まっていた.ある日,天満天神で,12歳くらいの迷子の娘をあずかり,そのまま養女とした.芸を仕込んで小糸として芸者に出したが,ある日,小糸は娼妓になりたいと懇願してきた.やむなくお糸の名前でひろめをすると,あの芸妓が店に出たと人気となる.しかし,2年ほどで梅毒に冒されてしまう.有馬温泉で療養したのだが,病は重くなるばかり.もう家に帰ろうと,駕籠に乗せて十三の渡しまで来ると,突然,京都が見たいと言いだすので,おぶって京都に向かう.水が飲みたいと言うので,新川の河原に下りた.ここで小糸は,自分の本名は操といい,日本橋で死んだ母の遺言にしたがって迷子になって,大沢軍八という仇を探しているのだと打ち明けた.これを聞いた父親は,その軍八とは俺のことだと名のって,弱った小糸を水に突き落とす.通りかかった三十石船も関わり合いになると,小糸を見捨てて行ってしまった.翌年,同じ場所で三十石船が難破をした.家に戻った軍八は,女房に小糸は有馬で死んだと嘘をつく.女房が二階に上がると,髪を振り乱した小糸がいて恨み言を言うではないか.軍八が斬りつけると,倒れていたのは我が女房.これから女房と娘の幽霊がしじゅう現れるという怪談噺.

立川文明堂
お臍の宿替
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01 土産蝋燭 ロウソク 林家正三
02 京阪阪神箕面三電車親子争論 笑福亭松輔 新作.松輔作
03 端歌尽し 桂三二 小噺
04 唐饅頭 マンジュウコワイ 三遊亭朝之助
05 電車掌 笑福亭福吉 新作
06 真田小僧 サナダコゾウ 春風亭志のぶ
07 不動産 林家正助 小噺
08 煙草容屋 桂花之助 小噺
09 粗忽者 船遊亭しん猫 小噺
10 近江屋 オウミヤデッチ 桂三勝
11 節分 ドモノマメマキ 桂南天
12 痳病醤油 リンビョウショウユ 笑福亭小篤
13 漢学女郎屋 ダイガクロウ 桂三枝
14 すッぽん屋 ドモノスッポンヤ 柳亭芝鶴
15 動物園 ドウブツエン 桂春輔
16 寒月照梅花 林家正楽 新作
17 新刑法 桂三輔 新作
18 反故染 ホウグゾメ 縁喜亭福輔
19 歌道 ドウカン 桂柳左衛門
20 端歌好 立花家圓丸 小噺
21 十徳 ジットク 立花家小圓丸
22 初音の皷 ハツネノツヅミ 桂鶴之助
23 曽我桜 ウエキヤソガ 桂春三郎
24 家庭料理 桂扇之助 新作.碧泉作
25 大名気質 コバナシ 桂篤三郎 小噺
26 洗浄剤 スドウフX 柳叟改メ互楽亭語楽
27 三十石難船の始り サンジッコクナンセンノハジマリ 笑福亭梅香 怪談人情噺
28 節分 ヤクハライ 桂三筋
29 七草 ナナクサ 三遊亭朝之助
30 新玉 露野五郎 小噺
31 天然 桂文竹 小噺
32 蕎麦うどん オスワドン 船遊亭しん橋
33 通樋竹屋節右衛門 トヨタケヤ 笑福亭福吉
34 夫婦喧嘩 桂三舛 新作
35 親子茶屋 オヤコヂャヤ 笑福亭圓篤
36 うめ しん生改船遊亭しん橋 新作.水落実作
37 下駄の損料 桂春輔 新作
38 津田三蔵 松平学圓 講談
39 住吉駕籠 クモカゴ 笑福亭梅香
40 一枚起証 シャシンノアダウチ 桂三升
41 五光 ゴコウ 林家正楽
42 新鉄砲屋 船遊亭しん橋 弥次郎改作
43 五人廻し ゴニンマワシ 三遊亭朝之助
44 裸長屋 桂春輔 新作
45 たらちね タラチネ 三遊亭朝之助
46 囃舌嫁 桂春輔 新作
47 片眼の嫁入 カンチノヨメ 桂春輔
48 出戻り養子 ロクロクビ 林家正楽


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 浮世亭○○主人川上音二郎口演,講談速記 落語集,明文館 (1892)
 浮世亭○○[文久4〜1901]は,本名川上音二郎.自由党壮士.オッペケペー節で知られる演芸家,演劇人,政治活動家.一時期,曽呂利新左衛門の弟子で浮世亭○○と名のっていた.
 『落語集』 速記本文 は,講談速記の角書.48ページ.明治25年10月5日改題出版とある.元版は『蘆のそよぎ』(明文館 (1892)).扉に浮世亭○○主人川上音二郎口演とあるが,浮世亭○○のものは1席のみ.他に講談1席,橘家圓喬(4)の講談風時事ネタ,曽呂利新左衛門・桂文枝(2)・桂小文枝(2)の小品・小噺が載る.一部,速記者名が記されていない.

 鯉魚之活作(こいのいきづくり)は,浮世亭○○演,山田都一郎速記.次項,「薔薇の花」の浪花橋の騒動と西洋料理屋の場面の抜き読み.挿絵1枚.

 忠士鑑(ちゅうしかがみ)は,橘家圓喬(4)演,山田都一郎速記.上下2席.挿絵2枚.西南戦争で熊本城籠城の谷干城から建白書を託され,城を抜け出た谷村圭助.西郷軍桐野利秋に捕まるも,逃がされる.使命を果たし城内に戻る.しかし,桐野へ密命を語ったことなどを苦にして切腹.城内に碑が建てられた.主人公の名前からして間違っている.谷村計介は実際は田原坂で戦死.

 新作富士額(ふじびたい)は,1ページにも満たない小噺.津の観音境内の茶店にいるのは白髪染めでくっきり富士額を描いた愛嬌こぼれる年増.役者で言えば岩井半四郎といったところだな.イエ,額は半黒.

明文館
講談速記落語集
記載された演題 統一した演題 記載された演者 備 考
01 自由饒舌 鯉魚之活作 バラノハナ 浮世亭○○ 「薔薇の花」の抜き読み
02 碁盤裁   東雲斎喜一 講談
03 忠士鑑 チュウシカガミ 橘家圓喬  
04 暦浴室 コヨミブロ 曽呂利新左衛門  
05 新作富士額 フジビタイ 曽呂利新左衛門  
06 当るところまで ツジバッケ 桂文枝  
07 迷ひの染色 ソメイロ 桂小文枝  
08 煙草の呑分け タバコズキ 桂文枝  
09 大黒のよみ切 コバナシ 桂文枝  
10 夏の夜噺 ホタルノタンテイ 曽呂利新左衛門  


 川上音二郎,薔薇の花,駸々堂 (1893)
 薔薇の花(ばらのはな) 速記本文 は,山田都一郎速記.全7席,130ページ.表紙に講談速記第四集,本文には自由饒舌の角書がある.最後の2ページに全体の梗概がまとめられている.
 薩摩出身らしき紳士,芸者の小歌が来るのが遅いと盃洗を投げつけてなじる.小歌も負けじと口論となり,楼主に追い出される.悔しさに御堀端で身投げしようとした小歌を助けたのは,書生の今村道之助.女を貧家へ連れて帰る.女は自由党国事犯の妹で,母の薬代のために芸者になったと名のる.道之助も処刑された今村百之助の長男で,おなじ自由党員と名のる.その夜,二人は契る.そこへ警部が踏み込み,発布されたばかりの保安条例によって,道之助は拘留されてしまう.場面代わって,浪花橋の上で,少年を数人の書生が取り囲んで暴力沙汰.そこへ割って入った別の書生,訳をたずねると,借りた本を薬代に売ってしまい,弁償しないためという.何あろう,この男は今村道之助.今も貧乏な道之助,1円80銭の本代を値切りに値切り,なけなしの50銭払って,少年を救う.そこへ声をかけてきた番頭に連れられ,西洋料理屋にあがる.彼を誘ったのは控訴院の判事,潮田又之進で,浪花橋の騒動を見ていたという.金がありながら少年を助けようとしなかったことに激怒して,道之助は潮田に殴りかかる.潮田はその理屈に感じてひたすらわびる.道之助が素性を明かしたところ,潮田はびっくり.今村百八郎とは旧知の仲で,娘のお蝶と道之助は許婚者だった.道之助を自由党員と知りつつ,自宅に住まわせる.潮田の家来の渡辺は,3年も音沙汰のない小歌は男ができたはず,それよりも,お蝶と結婚し潮田の財産をもとに代議士に立つよう勧める.道之助とお蝶との結婚の日,お蝶を介添えした女中は小歌だった.煩悶する道之助.お床入りの晩,手水に立とうとすると,雪洞を下げて先導したのが小歌.とうとう,廊下の端で道之助を大喝し,胸ぐらを取って来た.雪洞が消えて真の闇…….結末はというと,お蝶は正妻,小歌は側妾として,道之助は出世,だそうで.
 途中,川上音二郎のオッペケペー節が挿入されている.これ以上語ると拘留されるというような言い回しがあり,言論の自由を求めること自体が危険思想だった時代を感じさせる.


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 三遊亭花遊, 牛若長次, 博多成象堂 (1898)
 牛若長次(うしわかちょうじ)は,丸山平次郎速記.全15席,215ページ.登場人物の口絵1枚.国会図書館に所蔵されていない.書誌とあらすじは,伝統芸能情報館所蔵本による.目明かしの息子の牛若長次が,敵役の三河屋を殺害する売り出しから,ついに自害するまでのストーリー.三遊亭花遊名義の3席の速記は,『新百千鳥』で読める.
 藤沢宿で旅籠屋を営みながら金貸しをする三河屋吉右衛門.柔和な男ぶりだが,もとを洗えば,上州無宿,生首の勝蔵という凶状持ち.それに対するは,周蔵という目明かし.裏では博打うちの顔を持っている.暮れの29日になっても周蔵の子分の藤蔵が2両の金を返さないので,手代の金蔵を催促につかわす.7つになる藤蔵の娘が死んでも,弔いも出せない貧乏所帯にもかかわらず,金蔵が口汚くののしる.すると,近所の百姓が集まってきて,金蔵は追い返される.かつて周蔵に世話になったことが,かえって気にくわない吉右衛門.藤蔵の家に自ら乗り込み,娘の死骸にかけた着物を引っぺがして持ち帰る.周蔵は手先を集め,吉右衛門を召し捕りに乗り出そうとする.それを,17歳になる長次が,私怨で十手風を吹かせたとなると自分の売り出しに触ると留めた.単身家を飛び出した長次を,伯父の久五郎が正月2日まで待てと諫める.2日の早朝,久五郎は一人で吉右衛門を説諭し,マゲを切れと迫る.吉右衛門の妻のお三も,お切りなさいと言いながら,脇差をそっと吉右衛門に渡す.突然斬りつけられた久五郎が体をかわすと,そこへ長次が乗り込んできた.吉右衛門とお三を斬り殺してしまうが,吉右衛門には,人殺しと牢破りの罪があったことが白日のものとなり,長次は無罪となった.
 ここから,吉右衛門こと勝蔵の過去の話.勝蔵は,横恋慕した上州川俣村の古着屋の娘を殺し,受牢の身.相牢の浄念をおどして,自分だけ牢破りを果たす.頼りにした江戸千住の顔役の仲立ちで,居酒屋の後家のお幸と一緒になる.一年後,ボロをまとった浄念が店にやってきて,金をせびる.お幸は,勝蔵がそんな悪人とは知らなかったよと,色仕掛けで浄念をたらしこみ,匕首で刺し殺す.その後,お幸は浄念の亡霊に苦しめられ,旧悪を口走るようになる.やむなく,勝蔵はお幸を絞め殺してしまう.藤沢へ流れ着いた勝蔵は,周蔵の世話になって,三河屋の後釜にすわる.
 27歳になった長次は,背中の牛若丸の彫り物から,牛若長次と呼ばれるようになっていた.お山という遊女を剣術使いの近藤金次郎と張り合う.お山は醜男の長次に取り合わない.振られた長次が居酒屋で朝酒を飲んでいると,金次郎らが通りかかる.いつかはぶつかる運命の両者.お互いが手の内を探ろうと,木剣試合となる.剣を構えて向かいあううち,二人は長次の腕の方が勝っていることを悟る.しかし,殺気だった弟子らが取り囲んでおり,どちらが勝っても血を見ることは必定.長次はわざと相打ちの引き分けで,この場を収める.近藤と弟子は,長次を殺すために鍋山にこもる.死を覚悟して単身鍋山に乗り込もうとすると,偶然,近藤がうどん屋に一人で降りてきていることを知る.そこを襲い,近藤の首を切って名主に預け,長次は甲府へ高飛びする.
 3年後,藤沢に戻ってきた長次は,お山の所へ通いだす.心中イヤでたまらぬお山は,長次を酔わせ,三味線の糸で刀を抜けなくしたところを,近藤の弟子らが襲いかかる.鞘ぐるみで太刀を受け止めた長次は,お山,弟子の業平孝太郎,相撲取りの閂の伊之助をみな殺しにする.長次は,上方から流れ流れて,江戸へたどり着く.
 浅草代地の友吉を頼った長次は,博打で暮らしを立てている.ある旗本がかどわかしてきた芸者の小六を,うまいこと助け出し,一緒に暮らす.そこへ尋ねてきたのは,小六(お六)の義理の父の清吉.癩病で死期が近い.清吉を二階に置いて以来,なぜか博打で取られてばかり.友吉にそそのかされた長次は,紅梅餅にねずみ取りの毒を仕込み,清吉に食わせて博打に出てしまう.すると,再びツキが戻ってきた.これを気取った小六が問い詰めると,親爺を毒殺したことを告白し,俺を殺せと匕首を渡す.しかし,小六は,堅気になって罪滅ぼしをしてくれと長次を諭す.小六の留守に,長次はのどを突いて自害した.


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 嵯峨野増太郎,岡山紀聞筆野面影,鶴声社 (1884)
 岡山紀聞筆野面影(おかやまきぶんふでのおもかげ) 速記本文 は,全25席,48丁.登場人物の口絵と挿絵10枚.竹亭緑水の序文.文語体で書かれており,速記ではない.柳亭燕枝(1)の「岡山奇聞筆命毛」の好評に乗じて出版されたもの.「岡山奇聞筆命毛」は,宮武外骨の「明治奇聞」によると,岡山藩主池田治政の乱行を描いたところ,池田家の抗議があり絶版になったという.そこで,他の出版社が名前と設定を変えて便乗した.実際は根も葉もない作り話で,ご本格での吉原通い,裸踊り,妾の禿頭がお決まりのパターン.『芳譚雑誌』に載ったオリジナルから人名こそ変えているが,細かい表現まで丸パクリした劣悪な書籍.
 出羽国の藩主最上越後守勝冬は,幕府の命もはばからず,吉原に通い詰め.悪臣吉備津藤内と神村佐治馬は,美人の筆野を妾にあてがって最上に取り入る計画.筆野は殿の寵愛深く,吉備津は出世.忠臣岡山三郎兵衛が諫言するも国へ帰される.家老日向元三郎は,この話を聞き,岡山を同道して殿を諫める機会をうかがう.岡山は面体を隠し,深夜,殿に同行する吉備津を両国橋で斬り殺すが,筆野はますます増長する.無礼講と称し殿をたきつけ,奥方に裸踊りをさせる.その晩,奥方は自害.殿の息子兄弟は,筆野を斬ろうと部屋に近づく.待ち伏せていた筆野の一派にあわや殺されそうになる.危機を救ったのは,覆面の岡山,中老の初植,筆野の父.奥方の墓参の折,毒入り菓子で息子らを亡き者にする計画を立てる.夢で大蛇に締め付けられたり,乗ろうとした駕籠が自然発火したりして,墓参が延期になる.筆野は夢で締められた体が痛み,次第に殿の寵愛も冷めてくる.毒殺をあきらめて,墓参に行くと,墓前で卒倒してしまう.そこに現れた実父に強く戒められる.神村は発狂して自刃.筆野の病も重く,危篤状態.それにもかかわらず,筆野は髪を整え化粧しているとの噂.殿が密かに見舞いに行くと,カツラが脇に置かれヤカン頭であった.殿は隠居し,家督を長男に譲る.


 落語改良会口話,鬼の涙,イーグル書房 (1889)
 鬼の涙(おにのなみだ) 速記本文 は,落語改良会口述,芳流散史速記.夢廼舎主人の序文には自身が小説を口述したとある.全15席,192ページ.口絵2枚,挿絵6枚.
 横須賀の商用帰りに追いはぎに遭った古着商が金沢の金丸屋に泊まり,事情を語る.主人の文蔵は,奉公人の忠七が怪しいと,酔って寝ている忠七の懐を探ると,刻印つきの金が出てくる.縛り上げられた忠七にすがりつく養女のお君.実はお君は忠七の後妻のお勝の子で,病に倒れた忠七ともども文蔵に引き取られたもの.お君は養女とは名ばかりで,文蔵に妾扱いされていた.忠七は打ち首になる.
 金丸屋に泊まった甲州屋金蔵が殺され,お君が姿を消す.後日,泊まり合わせた女順礼をお君と見間違え,文蔵は混乱する.事情を聞くと,生後まもなく別れ別れになった双子の姉のお君を捜しているとわかる.父の忠七は死罪,姉は客を殺して蓄電したと話しているところへ,お君の生首を加えた飼い犬が飛び込んでくる.
 ここで順礼お信の身の上話.お信の祖母のお貞は,見知らぬ男に強姦されお勝を生む.お貞は尼になる.成長したお勝も見知らぬ男に強姦され,双子のお君とお信を生む.これを憎んだ大伯母のお梅は,お勝らを追い出し,自分は男を引き入れ勝手放題.お勝はお君を連れて忠七に嫁ぎ,お信は旧知の半作の養女になる.これを聞いた文蔵は涙を流してわびる.お貞,お勝,お君と親子三代を犯したのも,忠七に追いはぎの罪をなすりつけたのも,旅人の甲州屋を殺して金を奪ったのも,そしてお君を殺して犯人に仕立てたのもすべて文蔵の犯行と打ち明ける.そこへ飛び込んで文蔵に斬りつけたのが甲州屋の娘のお袖.しかも,文蔵は甲州屋の伯父でもあった.文蔵は自害.お信とお袖は,お貞とお梅と同じ尼寺に出家する.


 落語改良会編,怪談雪颪,イーグル書房 (1889)
 怪談雪颪(かいだんゆきおろし) 速記本文 は,落語改良会口演,梨本新作速記.表紙には怪談雪嵐とある.序文は著者である夢廼舎主人.全20席,185ページ.口絵2枚,挿絵7枚.
 出羽国大井沢の猟師新兵衛は,雪の降りしきる山中で旅人に声をかけられる.大金を見せて道案内を頼まれる.金に目がくらみ,旅人を撃ち殺して金を奪う.ソリに忘れた判取帳を女房が見つける.何とか言いつくろい,東京に出て宿屋をはじめる.
 小町と評判の娘お初に,醜男の吉岡利七が求婚する.千円の持参金で承諾してしまう.お初には越後屋丹三郎という色男があり,2人は上野の山で心中の約束.上野に来た丹三郎がは,狂犬に襲われ何とか逃げる.血染めの上着を見つけたお初は,丹三郎が死んだと思い,不忍池に飛び込もうとする.通りかかった浮川武重が止め,自宅に連れ帰る.浮川はお初を蔵に軟禁し,丹三郎が死んだと思い込ませ,女郎になれと脅す.そのころ新兵衛は夏の庭が雪山に見えたりと,旅人の亡霊に悩まされる.利七,30両でお初を浮川からもらい受け,新兵衛宅へ届ける.お初は祝言を泣く泣く承知する.
 祝言の晩,新兵衛は亡霊を見て気絶,浮川は刃物を持って乱入,お初は家から逃げ出し,偶然丹三郎に出会う.後日,新兵衛らは丹三郎があの旅人の息子であり,番頭の利七が店の金を盗んで逐電していたことがわかる.新兵衛は自首.妻は持参金を返し,丹三郎に過去を詫び,お初と丹三郎は夫婦になる.


 落語会編,かり枕,イーグル書房 (1890)
 かり枕(かりまくら) 速記本文 は,落語会口演,梨本新作速記.全20回,182ページ.三遊亭圓朝閲とある.登場人物の口絵1枚,挿絵8枚.落語会員の序文.前2作とくらべて凡庸だが,山中の女所帯の場面はミステリアス.
 小町娘と業平男と呼ばれたおもとと庄次郎が結婚.まもなく,2人とも癩病に冒されはじめる.夫婦養子を迎えて跡継ぎとし,2人は老母を残して廻国に出る.旅先で男の子が生まれるが,将来を案じた2人は泣く泣く赤子を神社に捨てる.子授けを祈願する男に拾われる.
 迎えた夫婦養子には静雄,お花の二子が生まれる.法学を修めた静雄は代言人となる.趣味の銃猟で山中に迷い,謎の女所帯神垣家に泊まる.聞くと主人は何者かに殺害され,凶器の鎌が証拠で親類の時田が逮捕されている.時田の息子信次は,神垣の娘ひなと結婚したのだが,信次が癩病を発病して以来,ひなは実家に戻っている.廻国のたびに時田を訪れた夫婦連れの順礼,捨て子の信次が癩病を発病したと知り,書き置きを残して近くで自殺してしまう.ひなの妹,ゆきは静雄に恋患い.神垣家の長男専太郎は,静雄の後輩でもあった.書き置きを見た静雄は,そんなこんなで神垣殺しの真犯人探しに乗り出す.
 神垣家に仕えていたおくまを訪ねあて,もうすぐ神垣殺しが捕まるとカマをかける.留守から戻った夫の勘次,静雄を撃ち殺そうとするが失敗.夫婦は逮捕され,裁判の席で神垣殺しと犯人偽装工作をを自白.時田は釈放される.静雄,時田に信次は自分の従兄弟にあたると説明し,東京に引き取って治療する.信次の病も快方に向かう.静雄はおゆきと,専太郎はお花と結婚する.


  本ページの書影は,国立国会図書館の許諾を受け,国立国会図書館ホームページから転載したものです.
  速記本文の多くは,国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能です.   国立国会図書館デジタルコレクション

 掲載 140101/最終更新 240101

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