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        圓朝地名図譜

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上野下野道の記 本文
 下新田日記 | 初日 | 2日目 | 3日目 | 4・5日目 |
下新田日記 本文

上野下野道の記
 圓朝には,「上野下野道の記」と「下新田日記」と題する2編の紀行文がある.「上野下野道の記」は,圓朝の代表作「塩原多助一代記」の取材手控にもかかわらず,雅趣あふれる俳句・川柳・狂歌がちりばめられており,読み物としても抜群におもしろい作品となっている.もともと「塩原多助一代記」の取材旅行であったため,「塩原多助一代記」に重複して出てくる地名が多い.
 角川書店版『三遊亭円朝全集』第7巻所載のものは,春陽堂版全集を再録したものであり,岩波書店版『円朝全集』別巻2所載のものは,「下新田日記」と同様に『演藝世界』(明治35年)に連載された「沼田道の記」を再録したものである.圓朝自筆の原本は,條野採菊が所蔵していたもので,一部の写真が春陽堂版全集に掲載されている.この原本は,採菊の息子の鏑木清方の手に渡ったが,現在の行方はわからないという.
 もうはるか昔のことになってしまうが,1989年頃から「上野下野道の記」に登場する土地を,折にふれて訪れてきた.それから30年以上経過し,訪問当時の様子も大きく変わってきている.圓朝の旅から150年を期に,情報をアップデートすることとした.圓朝の旅の様子を追体験するには,本文を読むのが一番と考え,春陽堂版の本文を,読みやすいように多少表記に手を加え,テキスト化している.なお,同じ作品でありながら,春陽堂版と岩波書店版の異同はかなりある.岩波書店版の底本である『演藝世界』では,冗長な地名の記述を省略している部分が数ヶ所(宇都宮,日光など)ある.また,活字への書き下しやルビの振り方についても,春陽堂版の方が正しい点が多いと判断した.個別の判断は,各テキストに書くようにした.

 「上野下野道の記」には,明治9年の初秋に東京を立ってから,日光から山深い金精峠を越え,沼田に至って塩原太助の消息を聞き,帰路は前橋,足利から船路をたどる足かけ16日にわたる道中が詳細に記されている.題もそのまま,圓朝の足跡をたどったのが,この「上野下野道の記」.

 なお,柴田是真翁から聞いた炭屋塩原にまつわる怪談に興味を持った圓朝が,不思議な縁で太助の菩提寺から,芸界出入りの太助遠縁を訪ねあて,取材旅行にでるところまでは,「塩原多助旅日記」に書かれており,同じく全集に収められている.

下新田日記
 永井啓夫著『三遊亭円朝』増補版には,「上州沼田 下新田日記」と題する紀行文が載っている.
 これは,「塩原多助一代記」が圓朝の代表作として認知された後,明治26年の旅日記である.「上野下野道の記」で果たせなかった下新田訪問と太助の後裔との面会を果たしている.いってみれば,「上野下野道の記」を補完するような紀行文である.

 今度の旅では日光へは寄り道していない.鉄道を利用して直接沼田を訪れ,下新田の塩原本家で法要を営み,すぐに帰還するというあわただしい旅になっている.記録性はあるが「上野下野道の記」のような雅味には欠ける.

 永井氏の解題によると,原本は焼失したが,『演藝世界』に連載されたものがあり,それをほとんど改訂せずに掲載したという.しかし,残念なことに『三遊亭円朝』掲載のものには,欠行や欠字があった.また,理由は記されていないが,新版の『三遊亭円朝』では,この紀行文は削除されており,読むことができない.塩原家の親族構成など地誌・紀行の観点から見て不必要な記述があるが,圓朝の筆致を正確に再現するために,閲覧が容易とは言えない『演藝世界』誌に掲載された「下新田日記」をできるだけ忠実に再録し,本編との対照の便を図った.「下新田日記」に登場する土地の訪問は,「上野下野道の記」から遅れること10年あまり,1999年頃から訪問している.こちらも,「上野下野道の記」と同様に再訪を行っている.

 なお,岩波書店版『円朝全集』別巻2(2016)に,「上州沼田 下新田日記」として採録された.ようやく,圓朝の二大紀行文を同時に味わえるようになった.