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はなしの名どころ
名人くらべ(あらすじ)
荻の若葉(あらすじ)
後の業平文治(あらすじ)
熱海土産温泉利書(あらすじ)
此の五宿と申すのは石原村に上下、布田も上下があり、外に黒龍といふ宿があつて五つになりますから五宿と申します。…(中略)…是から下布田村の横町を曲つて三町許まゐいると田畠、それから河原道を又五六町參りますと多摩川の流で、先觸が出て居りますから最う船を繋つて待つて居ます。
 (「名人くらべ」)
  鈴木行三編,『圓朝全集』 第七巻,春陽堂(1926)
 
地点名 出典と登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
武蔵 むさし 皿山, 名人く, 初島, 蓮華 (他 東京30件) 全35件20題 東京都,埼玉県,神奈川県 旧国名.
"うん成程、武州の者で、長らく国許へ参っておったか"(菊模様皿山奇談)
     
武蔵野 むさしの 緑林(青圓生) (他 東京11件) 全12件12題 東京都,埼玉県 圓朝原作には登場しない.「試し酒」では,野見尽くせぬ盃      
東京府 とうきょうふ 乳房榎, 草三 (他 東京5件) 全7件7題 東京都 今の東京都.東京市15区と郡部.
"先年東京府からお役人が御出張になりまして測量なさいましたそうです"(怪談乳房榎)
     
井の頭弁天 いのかしらべんてん 乳房榎 全4件1題 三鷹市井の頭4 井の頭池に浮かぶ弁天堂.源頼朝の創建にかかる.神田上水の起点.
"落合と申しますのは、井の頭の弁財天の池から流れます神田上水と玉川上水の分水とが、ここにて互いに落ち合い一つになりますからの名でございます"(怪談乳房榎)
井の頭弁天 0812
五宿 ごしゅく 名人く, 長二, 荻の若葉 全3件3題 調布市 甲州街道布田五宿.上下石原,上下布田,国領の5つの宿場が隣接していた.
"後の者はぶらぶら歩きで、四ッ谷通りから新宿へ掛かり、五宿へ出ます"(名人くらべ)
     
国領 こくりょう 名人く, 荻の若葉 全2件2題 調布市国領町 「名人くらべ」では国龍の表記.布田五宿の最も江戸寄り.
"この五宿と申すのは石原村に上下、布田も上下があり、外に黒龍という宿があって五つになります"(名人くらべ)
     
国領:橋本 はしもと 名人く, 荻の若葉 全2件2題 調布市国領町か 国領の料理屋.「名人くらべ」の鮎取り.
"明日川へゆくには弁当ごしらえはこれこれにしてよこせと橋本へ誂えて"(名人くらべ)
     
下布田 しもふた 名人く, 荻の若葉 全2件2題 調布市布田 国領の西.布田二丁目あたり.大正寺には下札村の碑があるらしいが,檀家と信者しか入れない.
"これから下布田村の横町を曲がって三町ばかりまいると田畠、それから河原道をまた五、六町参りますと多摩川の流れで"(名人くらべ)
下布田公園 9211
上布田 かみふた 名人く, 荻の若葉 全2件2題 調布市布田 下布田の西のわずかな町.布田天神への参道.狛犬は寛政8(1796)年銘.
"この五宿と申すのは石原村に上下、布田も上下があり、外に黒龍という宿があって五つになります"(名人くらべ)
布田天神社 0205
下石原 しもいしわら 名人く, 荻の若葉 全2件2題 調布市下石原 上布田の西.見るところはない.
"この五宿と申すのは石原村に上下、布田も上下があり、外に黒龍という宿があって五つになります"(名人くらべ)
     
上石原 かみいしわら 名人く, 荻の若葉 全2件2題 調布市上石原 下布田の西.上石原一丁目あたり.かつては比較的大きな宿だった.
"この五宿と申すのは石原村に上下、布田も上下があり、外に黒龍という宿があって五つになります"(名人くらべ)
     
多摩川 たまがわ 替紋, 名人く など (他 東京17件) 全23件14題 東京都 「名人くらべ」は調布市内の多摩川名産鮎取りの場面.京王多摩川駅付近には鮎料理屋もあった.筏流し船着き場の名残りの筏の松は,多摩川原橋左岸.
"旦那、金八は鮎が極くすきでげすが、多摩川の鮎はほんに柔らかで本当に堪りません"(名人くらべ)
多摩川筏の松 0812
矢ノ口 やのくち 荻の若葉 全1件1題 稲城市矢野口 鮎の産地として登場.鶴川街道に面したバス停わきには石仏があり,あたりはブドウ畑.
"下へ往くともう少し鮎が小せエが矢ノ口から押立までの所はでけいのが捕れやすが登戸、二子下ると小さく成やす"(荻の若葉)
矢野口下宿バス停 0812
押立 おしたて 荻の若葉 全1件1題 府中市押立町,稲城市押立 鮎の産地として登場.府中市押立町5の土手下に市の建てた渡船碑がある.多摩川対岸も押立と呼ばれる.
"下へ往くともう少し鮎が小せエが矢ノ口から押立までの所はでけいのが捕れやすが登戸、二子下ると小さく成やす"(荻の若葉)
押立渡し碑 0812
日野の渡 ひののわたし 熱海 全1件1題 立川市錦町5〜日野市日野 甲州街道,芝崎から日野へ多摩川を渡る.1926年に日野橋が架橋.碑は立川市の錦町下水処理場の角.
"誠に思いがけなく金造さんにお目にかかりました、もう少しで日野とかいう渡しを渡ってしまいますところ"(熱海土産温泉利書)
日野の渡し碑 9808
日野 ひの 熱海 (他 東京2件) 全3件3題 日野市 日野宿の名主佐藤邸は現在,日野館という蕎麦屋になっている.日野には鮎寿司を商う店もあった.
"だんだんとまた髪結床があると聞き聞き、遂に日野の原へ来る道に"(熱海土産温泉利書)
日野館 9808
八王子 はちおうじ 熱海, 名人く, 長二, 蓮華 など (他 東京33件) 全39件26題 八王子市 甲州街道八王子十五宿.実際に落語に登場するのは「徳利亀屋」.絹織物でも出てくる.
"柳のさとと申すは何者じゃ、存じておるか。へい八王子の千人同心だと申す事でございます"(指物師名人長二)
八王子駅絹の舞モニュメント 0903
八王子:権五郎稲荷 ごんごろういなり 熱海 全1件1題 八王子市新町5 竹の花公園の中にある永福稲荷.相撲取りの八光山権五郎が勧請した.ここに一里塚があった.
"竹の原権五郎稲荷と申して一むら茂る森が見えます"(熱海土産温泉利書)
永福稲荷 9709
八王子:横山町 よこやまちょう 熱海, 初島 (他 東京1件) 全3件3題 八王子市横山町 八王子の入口,横山宿.小野篁の子孫,武蔵七党の一,横山党の根拠地.
"横山町一丁目の熊床で聞いたが少しも分りません"(熱海土産温泉利書)
横山町バス停 0903
八王子:八日市町 ようかいちまち 熱海 (他 東京2件) 全4件3題 八王子市八日町 横山宿の西.八日町.月並み市が立った.アーケードで覆われ薄暗い.
"仕方がないから下て八日市町二丁目へ来まして、紋床で様子を聞いて見ましたが、少しも分りませんから"(熱海土産温泉利書)
八日市宿跡碑 0903
八王子:大横町 おおよこちょう 熱海, 長二 全2件2題 八王子市大横町 八日町の北,大善寺へ連なる町.
"わっちは今大横町の千床で聞いて肝を潰したんですが、わっちがその髪結の金造なんで"(熱海土産温泉利書)
大横町山車庫 0903
八王子:薮横町 やぶよこちょう 熱海 全1件1題 八王子市 八王子十五宿の内ではない.俗称か.
"薮横町の長床で聞いたが分りません"(熱海土産温泉利書)
     
八王子:按摩横町 あんまよこちょう 熱海 全1件1題 八王子市 八王子十五宿の内ではない.俗称か.
"按摩横町の政床で聞いても分らんから仕方なしに立ち帰って"(熱海土産温泉利書)
     
八王子:元横山町 もとよこやまちょう 熱海 全1件1題 八王子市元横山町 南北に分けられた横山宿の北側.写真は横山氏最後の七代時兼の供養塔とされる(妙薬寺).
"八日市場と八幡町の横町を大横町といいます。これは元横山村と申しました"(熱海土産温泉利書)
横山氏供養塔 9709
八王子:極楽寺 ごくらくじ 熱海 全1件1題 八王子市大横町7-1 浅川そば,大横町に現存.極楽寺はいつ行っても表門が閉まっている.
"そのお寺の前を少しまいると、こちらに極楽寺という浄土宗のお寺があります"(熱海土産温泉利書)
極楽寺 9709
八王子:大善寺 だいぜんじ 熱海 (他 東京2件) 全3件2題 八王子市大横町 十八檀林の一.大横町11あたりから大谷町1019に移転した.境内に織物技法を授けた機守神社がある.
"その横町をはいると、左側の真中に観池山大善寺というがあります。十八檀林の立派なお寺で、仁王門なぞがございます"(熱海土産温泉利書)
大善寺と機守神社 9812
八王子:八幡町 はちまんちょう 熱海 全1件1題 八王子市八幡町 八日町の西.八王子宿の中心.
"髪結床で聞いたら分かるだろうと思い、先ず八幡町四丁目の中床へ来まして"(熱海土産温泉利書)
八幡町織物協同組合 0903
八王子:寺町 てらまち 熱海 全1件1題 八王子市 横山町の南部.寺は数軒ある.南へ橋本に通じる.
"ゆっくりお話をいたしましょう。とお浜の手を取って寺町の金造の宅へ連れてくるという"(熱海土産温泉利書)
長心寺を望む 9812
浅川 あさかわ 熱海 (他 東京1件) 全2件2題 八王子市 八王子市街の北を区切って東流する.極楽寺は浅川沿い.
"前には幅広の河原あさ川の流れがあり、甲州から秩父の山々が見えます"(熱海土産温泉利書)
浅川 0903
中野 なかの 熱海 全1件1題 八王子市 八王子,大横町の北,浅川を渡ったあたりの集落.岩のようなものは鮎の彫刻.ちゃんと文字でもアユと書いてある.
"前は浅川の河原にて、遙か向うに奈良村、根付村、中野村等がかすかに見えるばかりにて、人ッ子一人通りません"(熱海土産温泉利書)
中野橋から中野方面 9812
原中野 はらなかの 熱海 全1件1題 八王子市 中野のうちか,不明.
"それから原中野上中野などという村がつながって見えます、好い景色の所で"(熱海土産温泉利書)
     
上中野 かみなかの 熱海 全1件1題 八王子市 中野のうちか,不明.
"それから原中野上中野などという村がつながって見えます、好い景色の所で"(熱海土産温泉利書)
     
奈良村 ならむら 熱海 全1件1題 八王子市 浅川の北にあたるが,全く不明.楢原では違いすぎ.
"前は浅川の河原にて、遙か向うに奈良村、根付村、中野村等がかすかに見えるばかりにて、人ッ子一人通りません"(熱海土産温泉利書)
     
根付村 ねつけむら 熱海 全1件1題 八王子市 浅川の北にあたるが,全く不明.
"前は浅川の河原にて、遙か向うに奈良村、根付村、中野村等がかすかに見えるばかりにて、人ッ子一人通りません"(熱海土産温泉利書)
     
子安村 こやすむら 熱海 全1件1題 八王子市子安町あたり 興林寺は,子安の内.興林寺に音が似る次項の光蓮寺は日蓮宗だろう.
"これからのそのそ十二三町へだたっている子安村へまいりました"(熱海土産温泉利書)
子安 浄土宗興林寺 9812
八王子:光蓮寺 こうれんじ 熱海 全1件1題 八王子市か 八王子市内には該当する寺がない.
"死人をこうして置いちゃァ都合が悪いから、光蓮寺の和尚を頼んで、ちょいと仮に埋めておき"(熱海土産温泉利書)
     
八王子:一の宮 いちのみや 熱海 全1件1題 八王子市か 多摩市には一ノ宮がある.八王子から2kmといったところではない.
"その頃一の宮に万平親分というのがありました。これは八王子から十五、六町ございます所で"(熱海土産温泉利書)
     
拝島 はいじま 熱海 全1件1題 昭島市拝島町 島と聞けば間夫のいる拝島を思う女郎子供の話.拝島の町は駅から遠い.大日堂,日吉神社と拝島のフジが古く,拝島大師が売り込んでいる.
"島といえば拝島という所が八王子にあって、私はその拝島を忘れたことはないの。海もない八王子に島があるか"(熱海土産温泉利書)
拝島のフジ 0405
拝島の寄場 はいじまのよせば 熱海, 初島 全2件2題 昭島市拝島町 人足寄場のように読めるが,そうではなく村連合の組合村のことだろう.
"おさわ、若旦那はとうとう拝島の寄場へやられたとよ"(熱海土産温泉利書)
     
玉川上水 たまがわじょうすい 乳房榎 (他 東京5件) 全8件4題 東京都 羽村の取水堰から延々と東流し,井の頭池をかすめ,「怪談乳房榎」の新宿落合で神田上水と合する.
"落合と申しますのは、井の頭の弁財天の池から流れます神田上水と玉川上水の分水とが、ここにて互いに落ち合い一つになりますからの名でございます"(怪談乳房榎)
玉川上水取水堰 9808
青梅 おうめ 多助, 初島 (他 東京4件) 全6件5題 青梅市 金剛寺境内にある青梅の地名の発祥となった梅.
"きたない着物は南部でできた表に、青梅飯能辺でできました裏を付けますと一対の夫婦で"(塩原多助一代記)
金剛寺の青梅 9807
高尾山 たかおさん 乳房榎 (他 東京12件) 全13件7題 八王子市高尾町 天狗や四六のガマがいたりいなかったりする.斜度最大のケーブル,リフト,徒歩と自由自在にアクセスできる.写真は「湯屋番」で脳を冷やす琵琶の滝.
"滝を浴びには少し変だが、私も滝に縁のある高尾山へ参詣に"(怪談乳房榎)
琵琶の滝 9808
小仏峠 こぼとけとうげ 蓮華 (他 東京2件) 全3件3題 八王子市〜神奈川県 甲州街道,神奈川県境の峠.駒木野からバスで終点まで行けばあとは40分で登れる.朝一番の運動にオススメ.
"八王子へまいってあれから小仏峠を越し、笹子峠を越すという難所を通って甲府へ行き"(火中の蓮華)
小仏峠 9808
大島 おおしま 熱海 (他 東京4件, 上方1件) 全6件6題 大島支庁大島町 伊豆大島.近くは1986年に大噴火.熱海側から見えるという記述なので,こんな感じで.
"あの絶えず烟が出ているあれが大島でござりますか"(熱海土産温泉利書)
大島遠望 1304
三宅島 みやけじま 後の文治, 闇夜の梅, 長二 (他 東京3件, 上方1件) 全10件7題 三宅支庁三宅村 流罪の説明.業平文治,穴釣三次が流される.
"今文治が遠島ときまりましたのは三宅島でございます"(後の業平文治)
三宅島遠望 1306
三宅島:神着 かみつき 後の文治 全1件1題 三宅支庁三宅村:神着 島内5ヶ所の集落の内,島北部.御笏神社は神着の氏神で延喜式内社.
"先ず島へ船が着きますると、付添の役人は神着村大尽佐治右衛門へ泊るのが例でございます"(後の業平文治)
御笏神社 9503
三宅島:坪田 つぼた 後の文治 全1件1題 三宅支庁三宅村:坪田 島東部.ここの溶岩は1940年と1962年の三七噴火によるもの.赤と黒のまだら模様.
"島内は坪田村、阿古村、神着村、伊豆村、伊ヶ島村の五つに分れ"(後の業平文治)
赤場暁 9503
三宅島:阿古 あこ 後の文治 全1件1題 三宅支庁三宅村:阿古 島南部.この溶岩流は1983年のもの.阿古集落を直撃し,鉄筋造りの学校になだれ込んでいる.
"島内は坪田村、阿古村、神着村、伊豆村、伊ヶ島村の五つに分れ"(後の業平文治)
噴火後の阿古市街 9503
三宅島:伊豆 いず 後の文治 全1件1題 三宅支庁三宅村:伊豆 島北西部.侠客小金井小次郎は,遠島の地で島民に尽くした.名のつく井戸が残る.まるで業平文治.
"島内は坪田村、阿古村、神着村、伊豆村、伊ヶ島村の五つに分れ"(後の業平文治)
伊豆岬燈台 9503
三宅島:伊ヶ島 いがしま 後の文治 全1件1題 三宅支庁三宅村:伊ガ谷 伊ヶ谷(いがや).島西部.生島新五郎は,絵島事件で正徳4(1714)年に流罪になった歌舞伎役者.新しく見えるのは再建された墓石のため.
"島内は坪田村、阿古村、神着村、伊豆村、伊ヶ島村の五つに分れ"(後の業平文治)
生島新五郎墓 9503
三宅島:陣屋 じんや 後の文治 全1件1題 三宅支庁三宅村 江戸期の壬生家役宅跡.この島役所は築500年近い島最古のもの.
"七寺院ありて、戸数千三百余、陣屋は伊ヶ島にありまして、伊豆国韮山郡代官太郎左衛門の支配"(後の業平文治)
島役所跡 9503
三宅島:雄山 おやま 後の文治 全1件1題 三宅支庁三宅村 たび重なる噴火を記録した火山.2000年の大噴火で島民全員が避難し,2005年にやっと帰還を果たした.
"この島は伊豆七島の内で横縦三里、中央に大山という噴火山がありまして"(後の業平文治)
雄山 9503
八丈島 はちじょうじま 後の文治, 蝦夷な, 長二 (他 東京7件, 上方2件) 全12件11題 八丈支庁八丈町 三宅島とならんで流罪の説明.特産は死罪になるとき白木屋お駒の着ていた黄八丈.辛子で食べる島ずし,アシタバやくさやが名物.源為朝の故地も見どころ.八丈小島でなくなった為朝の銅板像は疱瘡除けのまじないとして知られ,徳川将軍も信仰したという.八丈小島が無人となった現在は本島の歴史民俗資料館に収蔵.為朝神社には耳あと石,腰掛け石などがある.
"この事件は落着になり、玄石と茂二作夫婦は八丈島へ遠島になって、玄石は三年目に死去し、茂二作夫婦も四五年の内に死去いたしたのは天罰"(指物師名人長二)
玉石垣 1306
小笠原 おがさわら 文治, 後の文治 (他 東京3件, 上方1件) 全6件5題 小笠原支庁小笠原村 業平文治が小笠原島に漂着する.オウムを相手に話しかける鸚鵡小町のプロットが取り入れられている.新潟から小笠原へ漂流する経路はどう考えても無理がある.空港がないため,実際に行くには,今でも最低5日はかかる超難関ポイント.
"遥かあなたにあたり微かに一つの島が見えまする。これぞ当時は八九分通り開けて居りますが、小笠原島でございます"(後の業平文治)
     

掲載 040514/最終更新 140115

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