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群馬県 その4   
はなしの名どころ
後開榛名の梅が香(あらすじ)
黄薔薇(あらすじ)
塩原多助一代記(あらすじ)
雨夜の引窓(あらすじ)
南町から烏川の邊(ほとり)へ參りますると、ドードツと渦卷立つて押流す處の急流でございます。空は晴れて一點の雲もなく、月は煌々(きらきら)と河流(ながれ)に映り、聖石までありありと見ゆる。
 (「黄薔薇」)
  鈴木行三編,『圓朝全集』 第七巻,春陽堂(1926)
 
地点名 出典と登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
安中 あんなか 皿山, 草三 (他 東京10件) 全14件4題 安中市 「安中草三」は土地の侠客をモデルにした噺.草三の記念碑は,石川左近将監忠房を生前に祀った生祠の階段下にある.
"文化文政の頃、上州安中に草三郎と申す饅頭屋でおとこだてがありました"(安中草三)
草三之碑 1210
安中城 あんなかじょう 草三 全1件1題 安中市安中3あたり 安中3北側の高台一帯が城址.安政2(1855)年,安中城から碓氷峠まで藩士を走らせた日本のマラソン発祥地.
"草三郎は栗山佐平に髻を取られ、ずるずると城中へ引いてゆかれます"(安中草三)
安中藩安政遠足之碑 0006
安中:東光院 とうこういん 草三 全1件1題 安中市安中3-22 天台宗十輪山東光院.墓地に草三の妻である歌のものと伝える墓がある.
"ただいま東光院の本堂の後ろ、左の坂を上ると五つ目の小さい墓で、真道妙善信女という戒名"(安中草三)
東光院 0006
安中:熊野権現 くまのごんげん 草三 全1件1題 安中市安中3-22 安中城の鬼門を守る熊野神社.倒れかけた大ケヤキがある.
"願掛けをしては蚕が殖えたからと石を上げますので、三十六ヶ村総鎮守の熊野権現の石坂不動の下へ引きました"(安中草三)
熊野権現 0006
安中:明光寺 みょうこうじ 草三 全1件1題 安中市安中3-1か 真言宗妙光院がモデルか.山門が印象的な寺.草三が師の恒川半三郎のために,この寺から三百両盗んで用立てる.
"実はね、十九日の晩に明光寺さまへ泥棒がへえって、板倉さまから本堂再建のために納まった三百両てえ大金を盗んだァだが"(安中草三)
明光院 0006
安中:丸田屋 まるたや 草三 全1件1題 安中市安中2-5 やくざの足を洗って饅頭売りとなった草三に饅頭を卸す.現存する18代続く菓子屋.かつては草三まんじゅうという商品も扱っていた.
"途方に暮れている所へ、安中宿の丸田屋清五郎という饅頭屋の旦那に逢い"(安中草三)
丸田屋の安中草三最中 0006
正願寺 しょうがんじ 草三 全1件1題 安中市か 破戒僧が登場する.架空だろう.
"でっぷり肥った見上げるような坊さんで、これは正願寺の玄道和尚という金持ちで、安中の女郎屋に小金を貸し、剣術は今井田流の免許取りで"(安中草三)
     
正徳寺 しょうとくじ 草三 全1件1題 安中市か 歌の胴体を埋葬.おそらく時宗長徳寺のことだろう.
"胴骸の方は正徳寺へ葬りになりました。これは貞樹法玄信女という戒名で"(安中草三)
     
上野尻 かみのじり 草三 全1件1題 安中市安中1あたり 上野尻郵便局のところの大木戸址より西が上野尻.
"安中の宿はずれ上野尻という所で、これから先は原市、左へ出るとただいまは開けましたが磯部という所で"(安中草三)
安中大木戸址 0006
野尻 のじり 草三 全1件1題 安中市 "他に行き所もない親子のものを、この野尻の観音堂の照念さまというお比丘さんの所へその作四郎さんが連れてゆくと"(安中草三)      
下野尻 しものじり 草三 全1件1題 安中市安中4あたり 安中3,4の境の東木戸跡より東が下野尻.
"下野尻から安中へかかりますと、ここは海道ゆえ、往来の人がわいわいと騒ぎ立って見ている"(安中草三)
東木戸跡 0006
下野尻:観音堂 かんのんどう 草三 全1件1題 安中市安中4-9 馬頭観音堂.「安中草三」の登場人物である照年尼が建て,隠棲したという.このあたり事実とフィクションがないまぜ.
"通照和尚の弟子になり、名を照念と改めまして、罪滅ぼしのため観音堂を建てたという。下野尻村に只今参りますと、右の方へはいります所に、いまだにかなり大きなお堂が残っております"(安中草三)
観音堂 0006
水車の重兵衛 みずぐるまのじゅうべえ 草三 全1件1題 安中市安中5 重兵衛は実在の人物.水車は九十九川そばの城下堀.城下橋のそばにあった.
"その水を取って車を仕掛けて米を搗いておったので、今に水車の重兵衛と申します"(安中草三)
水車跡と城下堰 0006
板鼻 いたはな 草三, 黄薔薇 (他 東京1件) 全3件3題 安中市板鼻 中山道板鼻宿.保存されている木島本陣の書院は,和宮降嫁の際の宿泊所.
"原市の若蔵、板鼻の龍太という悪漢に一杯乗せられました"(安中草三)
板鼻宿本陣書院 0006
板鼻の渡 いたはなのわたし 皿山, 草三 全3件2題 安中市中宿 碓氷川を中宿へ渡す.鷹之巣橋のやや上流.鷹之巣の名にふさわしくチョウゲンボウの繁殖地.
"板鼻の渡で逢った方の名は確か草三郎さんといったようだ"(安中草三)
板鼻の渡 0006
秋間 あきま 草三 (他 東京1件) 全2件2題 安中市下秋間など 秋間といえば梅林が有名だが,それは奥の上秋間で噺とは無関係.
"秋間村の入口の小高い所へ石を立て、二間四面の立派なお宮ができました"(安中草三)
     
秋間:自性寺村 じしょうじむら 草三 全1件1題 安中市下秋間 下秋間のうち.自性寺焼という特産の焼き物がある.
"秋間の内、自性寺村という所に二つの用水がございます"(安中草三)
自性寺 0006
秋間:自性寺 じしょうじ 草三 全1件1題 安中市下秋間 こちらは寺.自性寺村に描かれている.今,秋間には自性寺という寺はない.郷原の自性寺に訊くと,秋間の自性寺だったという言い伝えもあるという.
"恒川もそれから引き続いて多病でございまして、仕方がないから彼の自性寺という寺へ参って書き物をいたして、朝の内は村方の子供を集めて手習いを教えております"(安中草三)
郷原の自性寺 0006
下秋間 しもあきま 草三 全1件1題 安中市下秋間 雉子ヶ尾峠を越えた南方,秋間川沿い.
"中室田から神山へ出で、三里余の雉子峠を越して、ようようと下秋間村までまいります"(安中草三)
     
箕輪 みのわ 草三 全1件1題 高崎市(旧群馬郡箕郷町西明屋)あたり 箕郷町は箕輪と車郷の合併で成立.長野氏の箕輪城は武田信玄に攻め落とされる.土塁,堀などが残る.
"先刻三の輪村でちょっとというから些かでも遣りましたが、そう再度無心をいわれては迷惑いたす"(安中草三)
箕輪城本丸跡 9906
カシキ かしき 草三 全1件1題 高崎市(旧群馬郡箕郷町) 不明.旧箕郷町の柏木沢か金敷平ではないか.
"小鳥村からカシキに出ます所の手前が水沢でこれを曲がると地蔵越えといって、近いけれど余程道の悪い所で"(安中草三)
     
柏木 かしわぎ 草三 全1件1題 高崎市(旧群馬郡箕郷町)か カシキと同じ地名か.
"種ヶ島の鉄砲を柏木村にて人に借り、玉込めなして一目散に半三郎の跡を慕って追いかけました"(安中草三)
     
小鳥 ことり 草三 全1件1題 高崎市上小鳥,下小鳥 飯塚町内にある三国道と清水越の新道との追分には八坂大神を祀る.下小鳥には越後を示す道標も残る.
"高崎から榛名の表山へ出るには、安中へ出ては道が悪いから、伊香保へはいる道に小鳥村というのが有りまして"(安中草三)
小鳥への追分 0006
金山寺 きんざんじ 皿山(三一正蔵芝居噺) 全1件1題 高崎市か 高崎市内に設定された,芝居噺の架空地名.中国五山の金山寺の名を借りている.
"拙者は、あそこにそびえ立っておりますな、天道山金山寺という寺の一間を借りて"(菊模様皿山奇談(楼門の場),八代目林家正蔵 正本芝居噺考,三一書房(1993))
     
高崎 たかさき 伊香保, 草三, 黄薔薇 など (他 東京10件) 全20件18題 高崎市 白衣観音慈悲の御手(上毛かるた).高崎のランドマークといえる白衣観音の近くには,観音像と同様私財で作った洞窟観音があるが,激しく無気味.片や天に聳え,片や地に潜む.ポジとネガのよう.
"前橋高崎辺から生糸を引いて横浜の外国商館へ売り込み、しあわせに利益を得ました"(蝦夷なまり)
白衣観音 0804
高崎:元町 もとまち 黄薔薇 全1件1題 高崎市本町か 以下数件,「黄薔薇」の地名.本町(もとまち)のことだろう.高崎市街のやや北部,江沼が投宿.
"元町の堺屋という旅店へ宿を取りまして、宿中を尋ねましたが心当たりが無い"(黄薔薇)
本町 9910
高崎:連雀町 れんじゃくちょう 黄薔薇 全1件1題 高崎市連雀町 高崎市の中心部.道路元標は連雀町の交差点にあるが,見た目オリジナルと思えない.
"その頃はまだ盆踊りが盛んにある時分、連雀町からかけて太鼓を叩き一杯の盆踊り、見物も大そう出る"(黄薔薇)
高崎市道路元標 9910
高崎:南町 みなみまち 黄薔薇 全1件1題 高崎市南町 高崎市街の南部.ここから江沼は烏川を越えて決闘に望む.
"南町から烏川のほとりへ参りますると、ドードッと渦巻立って押し流すところの急流でございます"(黄薔薇)
南町 9910
高崎:頼政神社 よりまさじんじゃ 黄薔薇 全1件1題 高崎市宮元町 鵺退治の源三位入道頼政を祀る.頼政は高崎城主の大河内氏の祖.黄薔薇の文章の印象では,神さびた古社との期待が大きかったが,道路際でちょっとがっかり.鳥居は赤くない.
"烏川の縁へついて北の方に頼政神社の赤い華表が見えまする"(黄薔薇)
頼政神社 0804
烏川 からすがわ 粟田口, 黄薔薇 全2件2題 高崎市 高崎市街を南流し,利根川に合する.頼政神社から聖石にかけての烏川が「黄薔薇」の舞台.
"南町から烏川のほとりへ参りますると、ドードッと渦巻き立って押し流すところの急流でございます"(黄薔薇)
     
高崎:聖石 ひじりいし 黄薔薇 全1件1題 高崎市聖石町 聖石橋そば,烏川の河川敷内にある巨石で浅間山の噴出物.上に水神の石碑と鳥居が立っている.決闘の月夜のシーン.
"空は晴れて一点の雲もなく、月はきらきらと流れに映り、聖石までありありと見ゆる"(黄薔薇)
聖石 0804
烏川の渡 からすがわのわたし 黄薔薇 全1件1題 高崎市 「黄薔薇」では,聖石橋そばの渡しを深夜に越えて対岸の清水山の根方に向かう.
"この渡しを越え、田圃道を廻り、石橋を渡り、段々と清水の観音山の根方まで参ると"(黄薔薇)
     
高崎:清水観音山 きよみずかんのんやま 黄薔薇 全1件1題 高崎市石原町 高崎市街西方,山上に清水観音を祀る.山麓で江沼と美濃部が決闘,江沼は自害.
"明夜この清水の観音山の根方の庚申塚のもとにおいて、夜の十二時を合図に出会致して、一言申し聞けたい事がある"(黄薔薇)
観音山参道 0006
倉賀野 くらがの 草三, 八景 (他 東京1件) 全3件3題 高崎市倉賀野町 中山道の宿.例幣使街道を分ける.近くに「鉢の木」の故地,佐野常世神社.
"倉ヶ野の大黒屋へ泊まり、その翌日は道を急いで鴻巣泊まりと志し"(安中草三)
脇本陣跡 9906
新町 しんまち 草三 全1件1題 高崎市(旧多野郡新町) 中山道の宿.新町側の見通し燈籠,明治天皇行在所,芭蕉句碑などがある.阿菊稲荷の水盤には文政6年の銘,表面は冰香の深彫り.
"恒川半三郎は乳児を抱き水沢を立ち出でて高崎より新町へ出で、本庄宿へ掛かります"(安中草三)
阿菊稲荷水盤 9906
新町河原 しんまちがわら 皿山 全1件1題 高崎市(旧多野郡新町)あたりか 神流川の河原.見通し燈籠は再建したもの.
"新町河原で渡辺祖五郎を殺害した春部梅三郎という者はいずれへ逃げた。あ、あっちへ逃げて……それから秩父へ出たんで"(菊模様皿山奇談)
神流川見通し燈籠 9805
神名川 かんながわ 太助伝 佐波郡玉村町あたり 登場するのは,八丁河岸−五料間.古戦場碑は本能寺の変を受けて出兵した前橋・厩橋城の滝川一益と小田原北条方との激戦に係る.
"八丁川岸、神名川渡舟あり"(塩原太助伝)
神流川古戦場碑 9805
玉村 たまむら 蝦夷錦, 蝦夷な, 草三, 黄薔薇 (他 東京1件) 全5件5題 佐波郡玉村町 例幣使街道の宿.宿の規模が大きく,飯盛女で有名.圓朝ものでも玉村宿の女衒が登場する.玉村八幡の社殿は永正4(1507)年建の重文.
"山女衒の半助が、お録を引き取って上州屋玉村の玉斎方へ売り込みましたが、ここでお録は小玉と名を改めて店へ出ます"(蝦夷錦故郷之家土産)
玉村八幡宮 9906
五料 ごりょう 多助, 太助伝 全1件1題 佐波郡玉村町五料 例幣使街道,利根川右岸の宿.客死した千代寿丸の御霊信仰によるという.千代寿丸がらみの史跡は五料,柴に点在.
"それより五料と申す所に日光一の関所がございます。当今は馬車道になりましたが、その頃は女は手形がなければ通られぬ"(塩原多助一代記)
     
五料:関所 せきしょ 多助, 太助伝 全1件1題 佐波郡玉村町五料 利根川を渡る五料の関所.旅人の手形とともに江戸行き船の荷改めをした.天明の噴火で場所を移した.現在は門の礎石と井戸が残っている.
"五料村、日光一ノ関あり"(塩原太助伝)
五料関所入口門の礎石 9906
しば 黄薔薇 全1件1題 伊勢崎市柴 例幣使街道,五料の対岸すぐの宿.関根本陣の門と松が残る.
"玉村から芝、木崎、太田と出て参りました"(黄薔薇)
柴宿本陣跡 9906
伊勢崎 いせさき 引窓, 多助, 上野, 太助伝 (他 東京4件) 全7件5題 伊勢崎市 銘仙が特産.大正時代に作られた煉瓦造りの鐘楼があったが,戦時供出と戦災より失われていた.北小学校脇に復元されている.その隣は伊勢崎織物会館.銘仙織出す伊勢崎市(上毛かるた).
"どうしよう、伊勢崎まで行けようかね。お母さん、この辺にはいい宿屋がないから、伊勢崎の銭屋へ泊まりましょう"(塩原多助一代記)
旧時報鐘楼 1108
伊勢崎:銭屋 ぜにや 多助, 上野, 太助伝 全2件1題 伊勢崎市 銭屋は伊勢崎市内の旅館.
"お母さん、この辺にはいい宿屋がないから、伊勢崎の銭屋へ泊まりましょう"(塩原多助一代記)
     
伊与久 いよく 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 伊勢崎市(旧佐波郡境町伊与久) 「塩原多助一代記」でおえいを攫う場面.
"私は与久村の者だから駄賃より出越して来たんだから、ここで下りてくだせえ"(塩原多助一代記)
伊与久三区集会所 8911
保泉 ほずみ 多助, 上野, 太助伝 全2件1題 伊勢崎市(旧佐波郡境町保泉) 保泉(ほずみ).いかにも雷銀座.
"これから百々村へ出まして、与久村から保泉村へかかります"(塩原多助一代記)
保泉より 0411
宮子原 みやこはら 太助伝 伊勢崎市(旧佐波郡境町保泉)あたりか 木島,伊与久を経て保泉に至る十町手前の原とある.
"子供を乗し駕は宮子原で下したる由白状に付三人拘引さるる"(塩原太助伝)
     
百々 どうどう 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 伊勢崎市(旧佐波郡境町百々) おえいを攫った犯人の一人が百々の倉八.
"これから百々村へ出まして、与久村から保泉村へかかります"(塩原多助一代記)
百百 8911
雉子間 きじま 上野, 太助伝 伊勢崎市(旧佐波郡境町木島) 木島(きじま)が正しい.薬師堂内の像はどう見ても薬師仏でない.
"百々村、雉子間村、与久村、保泉村の〔十町〕程手前の原中に馬を止めて"(塩原太助伝)
木島薬師堂 0411
さかい 多助, 草三, 上野, 太助伝 全2件2題 伊勢崎市(旧佐波郡境町) 例幣使街道の宿.刀を盗んだ丁稚が顔の痣をあざけられ,町民99人を斬殺した血刀があるという.まるで「吉原百人斬り」.
"久下村より中瀬に出て、渡しを越えて、ようよう堺という所まで来ますと、七つ下りになりまして、足が疲れて歩かれません"(塩原多助一代記)
境町道路元標 0411
江田 えだ 多助 全1件1題 太田市(旧新田郡新田町中江田)など 「塩原多助」,おかめ親子をかどわかす犯人の出身地.新田義貞と鎌倉倒幕を起こした江田行義の館跡が原形を保っている.
"悪者三人は、百々村の倉八と太田の金山の松五郎、今一人は江田村の源蔵で"(塩原多助一代記)
江田館 9906
横堀村 よこぼりむら 引窓 全1件1題 伊勢崎市(旧佐波郡境町)あたりか 不明.中瀬の渡(深谷市)から伊勢崎へかかるわきとある.
"丁度宝暦十年の頃、武州中瀬の渡しから伊勢崎へかかるわきに横堀村と云う村がございました"(雨夜の引窓)
     
木崎 きざき 多助, 黄薔薇, 上野, 太助伝 (他 東京1件) 全4件3題 太田市(旧新田郡新田町木崎) 例幣使街道の宿.木崎は女郎が多く,「おさん茂兵衛」にも出てくる.
"沼田下新田の百姓角右衛門は、私用がありまして木崎までまいって帰りがけ、保泉村という所で計らず岸田右内の妻おかめの災難を助け"(塩原多助一代記)
木崎神社 0411
戸崎 とざき 草三 全1件1題 太田市(旧新田郡新田町木崎) 木崎のことではないか.
"犬伏、天明、梁田、八木、戸崎より堺に出で、これより前橋にかかり"(安中草三)
     
桐生 きりゅう 伊香保, 縁切榎, 多助 など (他 東京9件) 全14件10題 桐生市 本町に蔵造りの町並みが続き,北の外れが天満宮にあたる.
"清左衛門は三年あとに亡くなりましたゆえ、そのせがれが桐生から帰って来ました所"(塩原多助一代記)
桐生の町並み 9808
小倉峠 おぐらとうげ 伊香保 全1件1題 桐生市堤町〜川内町か 宅地造成にかかり小倉峠は廃道という.現地未調査.今の桐生市川内町が東小倉,西小倉で,堤町西に峠という名のバス停がある.さらに山側の宅地が旧道の峠と推測される.
"可愛い男に新田山通い小倉峠が淋しかろ"(霧陰伊香保湯煙)
     
太田 おおた 伊香保, 黄薔薇, 上野 など (他 東京1件) 全3件3題 太田市 寛政の三奇人,高山彦九郎の出身地.神社がある.圓朝の泊まった芭蕉屋は本町20(今井金吾,今昔三道中独案内,JTB出版(1978)).例幣使街道太田宿には,芭蕉屋も松の屋旅館も本陣跡もない.穀三(こくさぶ)旅館は,ホテル古久三として名前が残る.建物裏庭に穀三の名がある瓦などが並べられている.
"太田に芭蕉屋という宿屋がございます。これへ泊まる事になりました"(黄薔薇)
穀三の瓦 0804
太田:金山 かなやま 多助 (他 東京4件) 全5件4題 太田市 太田金山子育呑龍(上毛かるた).太田の北方.整備されすぎの感の金山城址と新田神社がある.「霧陰伊香保湯煙」の新田山は別称.
"悪者三人は、百々村の倉八と太田の金山の松五郎、今一人は江田村の源蔵で"(塩原多助一代記)
新田神社大ケヤキ 9906
新田山 にったやま 伊香保 全1件1題 桐生市 仁田山.金山のこと.
"可愛い男に新田山通い小倉峠が淋しかろ"(霧陰伊香保湯煙)
     
館林 たてばやし 伊香保, 草三, 八景 など (他 東京8件) 全13件9題 館林市 ここでの武勇伝をまねて首を落とされるのが「館林」.十八檀林の一,善導寺は駅前再開発で3.5kmほど東方へ移転した.
"どうせ館林へ出て足利まで往くのなら、瑞穂野村へは通り道で遠くもねえから"(霧陰伊香保湯煙)
十八檀林善導寺跡 0902
茂林寺 もりんじ 三題噺 (他 東京12件) 全13件7題 館林市堀工1570 寺宝の分福茶釜が拝観できる.参道にも洋館の甲冑よろしくタヌキがならんでいる.
"釜は上州茂林寺の什物を西村道也が写したといういい釜でござりました"(貴紳の散歩・壮士の洋行・女子の梅見, 三遊亭円朝全集, 角川書店(1975))
茂林寺 9906
川俣 かわまた 伊香保, 蝦夷錦 全2件2題 邑楽郡明和町川俣 忍から利根川を渡り日光に至る街道に設けられた川俣関所.関所跡の碑は川俣の対岸の埼玉県羽生市にある.
"今夜一晩船の中ではどうで寝られませんな、東京からスイと来て上州の川俣村までいくにやぁ随分退屈は退屈でげすな"(霧陰伊香保湯煙)
川俣関所 9906

掲載 060825/最終更新 130223

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