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群馬県 その1   
はなしの名どころ
塩原多助一代記(あらすじ)
塩原多助後日譚(あらすじ)
霧陰伊香保湯煙(あらすじ)
後開榛名の梅が香(あらすじ)
後の業平文治(あらすじ)
どつぷり日は暮れて、木の間隱れに田舎家の灯がちらちら見えまして、幽かに右の方は五段田の山續き、左は吾妻山、向うは草津から四萬の筆山、中を流るゝ山田川の水勢は急でございまして、皀莢瀑と字いたします、本名は花園の瀑と云ふ巾の七八間もある大瀑がドーッドッと岩に當つて砕けちる水音。林の蔭に付いて下る道があります。気味の惡い處にさいかち橋が架けてあります。
 (「霧隱伊香保湯煙」)
  鈴木行三編,『圓朝全集』 第三巻,春陽堂(1927)
 
地点名 出典と登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
群馬県 ぐんまけん 黄薔薇 (他 東京7件) 全8件7題 群馬県 "大事な人が職を辞して群馬県下において自滅しましたも皆お前さんゆえだ"(黄薔薇)      
上野 こうずけ 伊香保, 多助, 草三, 孝子 など (他 東京30件, 上方2件) 全53件37題 群馬県 "恩人の文治殿を、明日の遠島船の出帆の場に切り込み、同人を助け出して上州あたりへ隠そうという積りでござろうな"(後の業平文治)      
武尊山 ほたかやま 多助, 上野, 下新田 全1件1題 利根郡みなかみ町(旧水上町) 数坂峠の西ではなく北に相当する.「塩原多助一代記」では穂高山.
"ここは追貝村の入口で、西の方は穂高山、東の方は荒山、北の方は火打山で、南の方は赤城山、山また山の数坂峠"(塩原多助一代記)
武尊山 9707
小川 おがわ 多助, 草三, 上野, 下新田 など 全4件2題 利根郡片品村東小川 上州東口とある.東入(ひがしり)は,片品川沿岸の地域名.
"山道を小川村へ二里ばかり下りて、横にまた四、五町はいって見ますと、屋根には板の上に石をのせて嵐を防ぎ、実に見るかげもない山住まい"(塩原多助一代記)
東小川トウモロコシ街道 0308
須賀川 すかがわ 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 利根郡片品村須賀川 須賀川の大崖も難所で,以前は上道や片品川沿いを通っていた.
"ようよう振り切って出立しますと、こなたは親子三人で須賀川の堤まで送ってまいりました"(塩原多助一代記)
須賀川バス停 9707
千鳥 ちどり 多助, 草三, 上野, 太助伝 全3件2題 利根郡利根村千鳥 上州東口千鳥村は,「後開榛名の梅が香」にも使われる.例によってバス便はか細く,日に7本.
"おらァ今金はあるが、千鳥村へ田地の掛け合いに来たんだから"(塩原多助一代記)
千鳥バス停 9707
千鳥:薬師堂 やくしどう 草三 全1件1題 利根郡利根村千島か 架空だろう.
"上州東口の千鳥村と申す所の、山の中にあります薬師堂へ身匿しをいたしました"(安中草三)
     
追貝 おっかい 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 利根郡利根村追貝 国道120号から東へ入る.現役ではないだろうが,バス停の向こうに車井戸が見える.
"にきびの出るほど欲しくって堪らないから、うかうかと思わず知らず追貝村までかの百姓の跡をつけて来ました"(塩原多助一代記)
追貝バス停 0308
浮島の観音 うきしまのかんのん 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 沼田市(旧利根郡利根村高戸谷) 吹割渓谷の中島に観音堂がある.左甚五郎作という.
"大泉小泉という堀割の岩間に浮島の観音というのがあって、赤松が四、五本川べりへ枝を垂れ"(塩原多助一代記)
浮島観音堂 0308
大泉小泉 だいせんこせん 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 沼田市(旧利根郡利根村) 圓朝ものでは常に大泉小泉.吹割の滝のことだろう.激流のすぐ脇を遊歩道が通っている.おっかなびっくり滝壺に近づく.
"大樹は生い茂っておりまして、大泉小泉という堀割の岩間に浮島の観音というのがあって"(塩原多助一代記)
吹割の滝 0308
翁の碑 おきなのひ 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 沼田市(旧利根郡利根村) "夏来ても只一つ葉のひとつかな".利根村役場の向かい,民家の庭先にある.
"赤松が四、五本川べりへ枝を垂れ、そこに塚があって翁の詠んだ「夏来ても只一つ葉の一つかな」とう碑があります"(塩原多助一代記)
芭蕉句碑 0308
片品川 かたしながわ 多助, 上野, 太助伝, 下新田 全1件1題 沼田市(旧利根郡利根村) 「上野下野道の記」では高科川とあるが,他の用例は片品川.
"この大泉小泉の堀割から堅品川という利根の水上へ、ドッドッと岩へあたって落とします"(塩原多助一代記)
片品川 0308
広瀬川 ひろせがわ 太助伝 沼田市(旧利根郡利根村)か 「塩原太助伝」では,芭蕉句碑そばで片品川に注いでいるように記述,「上野下野道の記」の丸木橋はこの川にかかっているのか.
"東に片品川、鮎、広瀬川、翁の碑あり"(塩原太助伝)
     
高鳥 たかとり 上野, 太助伝 沼田市(旧利根郡利根村高戸谷) 高戸谷(たかとや).国道120号から西へ山側へ入る.リンゴ栽培がさかん.
"須賀川より千鳥村、逢貝村、高鳥村通りて大原村に休む"(塩原太助伝)
高戸谷 0308
大原 おおはら 多助, 上野, 太助伝 全3件1題 沼田市(旧利根郡利根村大原) 大原で見るべきところは諏訪神社ぐらい.
"うかうかと大原村という所へ掛かりました所が、大きにくたびれましたから茶店に腰を掛けて休んでいると"(塩原多助一代記)
諏訪神社 9707
数坂峠 かつさかとうげ 多助, 草三, 上野 全2件2題 沼田市(旧利根郡利根村〜白沢村) 数坂峠(かつさかとうげ).椎坂峠開通前の日光道.「塩原多助一代記」冒頭の殺しの場面.沼田側7番カーブから登る.登り口は失われたが,しばらく行くとトレースが現れる.途中に石地蔵があるが迷いやすい.
"山また山の数坂峠、大樹は生い茂っておりまして"(塩原多助一代記)
数坂峠 0306
高平 たかひら 多助, 上野, 太助伝 全2件1題 沼田市(旧利根郡白沢村高平) 「塩原多助一代記」では,多助は高平まで納品に行かされ,帰りに待ち伏せされ殺されかける.天然記念物の五葉松の巨木がある.
"おう、多助か、どこぇ往くんだ。はい、高平まで豆を付けて参りやす"(塩原多助一代記)
高平の書院 0308
一本松 いっぽんまつ 太助伝, 後日譚(岩波) 全1件1題 沼田市(旧利根郡白沢村上古語父) 上古語父交差点の北.正縁塚に立つ.塩原多助青の別れの松と伝える.現在は三代目の松.次項の物見の松も同じもののはず.
"思い切って村を出で沼田原の一本松へ青馬を繋いで"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))
二代目一本松の切り株 0308
物見の松 ものみのまつ 多助, 上野 全2件1題 沼田市(旧利根郡白沢村上古語父) 一本松と同じものだろう.
"この原中に物見の松という松の木があります、これは戦の時に物見をした松だと申す事でございます"(塩原多助一代記)
     
沼田原 ぬまたはら 多助, 後日譚(岩波)など (他 上方1件) 全5件3題 沼田市か 沼田郊外一本松あたりの台地だろう.
"銭を二分と一貫受け取り、沼田原まで来ると、この原中に物見の松という松の木があります"(塩原多助一代記)
     
庚申ヶ原 こうしんがはら 多助(弘文志ん生) 全1件1題 沼田市か 原作で言う沼田原のこと      
元村 もとむら 多助, 太助伝 全3件1題 沼田市か 沼田城下に描かれている.
"曳き慣れたあおという馬を曳いて御城下の元村へ参りまする。道は三里あまりで、上下六里の道でございます"(塩原多助一代記)
     
沼田 ぬまた 多助, 後日譚, 草三, 上野 など (他 東京5件) 全12件7題 沼田市 沼田城下の塩原太助(上毛かるた).
"多助はかねての心願通り沼田の家を立派に再興いたし、分家の家も立てまして、今日まで塩原の家は連綿といたしております"(塩原多助一代記)
     
沼田城 ぬまたじょう 多助, 後日譚(岩波) 全3件3題 沼田市 土岐家3万5千石で幕末.典型的な崖城で天守を持たない.現在は沼田公園となり,再建した鐘楼が目立つ.
"塩原角右衛門はその前年の九月三日に小川村を出立いたしまして、沼田の御城下に泊まりまして"(塩原多助一代記)
沼田城鐘楼 0308
原町 はらまち 上野, 後日譚(岩波), 下新田 全1件1題 沼田市か 沼田市内に近そうな記述.今の原町は当時は原村.原新町の東木戸は原町木戸,用水は原町用水と呼ばれる.
"お作さんに原町の油屋から婿を取ったところがその婿が心掛の悪い奴で"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))
     
関根 せきね 上野, 太助伝 沼田市か 沼田から3里.さらに1里18町行くと横塚とあるが,沼田−横塚間は約1里18町しかない.
"沼田城下に出て〔三里〕関根村に出"(塩原太助伝)
     
横塚 よこづか 上野, 太助伝 沼田市 "〔一里十八〕横塚村、高平村に行き"(塩原太助伝)      
赤根村 あかねむら 後日譚 全1件1題 沼田市恩田町 「下新田日記」にあるように,赤根村の恩田氏ではなく薄根在の恩田が正しい.
"この釜までを赤根村の恩田某というへ質入れいたしました由にござります"(塩原多助後日譚)
     
中山峠 なかやまとうげ 後日譚(岩波), 下新田 全1件1題 渋川市〜吾妻郡高山村 三国街道.峠の鞍部ははっきりしない.ここの南,通り抜けできない旧道に入ってすぐに塩原太助接待茶屋跡.峠には聖護院門跡,道興准后の歌碑.
"切餅に一貫の銭が欲しくって茂久の川と中山峠を越して来やァしねえ"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))
中山峠道興准后歌碑 0306
中山 なかやま 後日譚(岩波) 全1件1題 吾妻郡高山村中山 三国街道中山宿.本宿と後発の新田宿からなる.大ケヤキを背にした新田本陣の保存はよい.
"上州高崎から金子渋川と三国街道を参って中山宿から別れて沼田の城下に一泊いたし"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))
中山新田本陣 0306
茶屋 ちゃや 後日譚, 下新田 全1件1題 吾妻郡高山村茶屋ヶ松 塩原太助寄進の銅釜(太助記念館で展示)をかけた茶屋があった.銅釜には塩原と轡紋(○に+)の文字.
"塩原多助の休息所というものを一手で拵えまして、そこへ雇い人を置いて旅人の接待をいたさせまして、大きな茶釜に湯をいつもたぎらせておきます"(塩原多助後日譚)
松が茶屋跡 0306
塚原 つかばら 後の文治 全1件1題 利根郡みなかみ町(旧月夜野町上津) 三国街道塚原宿.今は主要道から外れているのでひっそりしている.
"さて中山道高崎より渋川、金井、横堀、塚原、相俣より猿が原の関所を越えて永井の宿"(後の業平文治)
塚原 0306
上村 かみむら 後日譚 全1件1題 利根郡みなかみ町(旧新治村)か 多助の知り合い源右衛門が住んでいる.「塩原多助後日譚」のみの用例.
"昨日の晩方だったが、上村の源右衛門がおらがにいうには"(塩原多助後日譚)
     
下新田 しもしんでん 多助, 後日譚, 上野, 太助伝 全7件2題 利根郡みなかみ町(旧新治村羽場) 実在の塩原太助の出身地.公園や記念館もあり,いちおう観光スポット.
"その元は上州沼田の下新田から六百文の銭をもって出てまいりました身代でございます"(塩原多助一代記)
塩原太助像 9910
中新田 なかしんでん 後日譚(岩波) 全1件1題 利根郡みなかみ町(旧新治村)か "七月二日の法事の仕方を住主に頼み、中新田の五八の家を仮りの旅借と定めまして"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))      
東陽寺 とうようじ 後日譚(岩波) 全3件1題 利根郡みなかみ町(旧新治村)か 太助の墓がある浅草の東陽寺と勘違いしたか.
"檀那寺の東陽寺は至って貧寺でございますが多助が養父角右衛門のために一大法会を営みます"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))
     
庚申塚 こうしんづか 多助, 後日譚, 下新田 全3件2題 利根郡みなかみ町(旧新治村)か 宝暦4年というが見あたらない.圓朝が「下新田日記」の旅で実際に見たもの
"庚申塚の前へ来ると馬は足が自然に前に進みませんのは、丹治が待ち伏せしている事を知り"(塩原多助一代記)
     
馬頭観音の碑 ばとうかんのんのひ 後日譚 全2件1題 利根郡みなかみ町(旧新治村)か "手軽く足場を組んで台石を据え、その上に馬頭観音の碑を乗せて目塗りの漆喰まで仕上げになりました"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))      
須川 すかわ 多助, 太助伝 全1件1題 利根郡みなかみ町(旧新治村須川) 三国街道須川宿.たくみの郷として,すっかり整備されている.
"どうかして再びかどわかそうと思い、須川村という所へ宿を取って様子を伺っております"(塩原多助一代記)
須川宿 9910
相俣 あいまた 後の文治 全1件1題 利根郡みなかみ町(旧新治村相俣) 須川の北.ダム湖の赤谷湖にさえぎられて道が変わっている.サカサザクラは上杉謙信が逆さに差した杖から芽吹いたもので,県天然記念物.
"相俣より猿が原の関所を越えて永井の宿、これを俗に三宿と申しまして、そろそろ難所へかかります"(後の業平文治)
相俣のサカサザクラ 9910
猿が原 さるがはら 後の文治 全1件1題 利根郡みなかみ町(旧新治村猿ヶ京) 猿が京.三国街道の関所があり,ホテル内に門が保存されている.
"相俣より猿が原の関所を越えて永井の宿、これを俗に三宿と申しまして、そろそろ難所へかかります"(後の業平文治)
猿が京関所跡 9910
永井 ながい 後の文治, 下新田 全1件1題 利根郡みなかみ町(旧新治村永井) 三国街道永井宿.現在の三国街道(国道17号)から外れているので,町並みとしては変わっていない感じ.さらに奥には木造の法師温泉.
"相俣より猿が原の関所を越えて永井の宿、これを俗に三宿と申しまして、そろそろ難所へかゝります"(後の業平文治)
永井宿 9910
三国峠 みくにとうげ 後の文治, 後日譚(岩波) (他 東京1件) 全3件3題 利根郡みなかみ町(旧新治村)〜新潟県湯沢町 群馬新潟県境.バスの便はなくなったので新潟県側の浅貝から徒歩.
"そうそう三国峠を越えれば浅貝宿、三里で泊まるのは少し早いが、浅貝宿へ泊まるとしよう"(後の業平文治)
三国峠 0110
大戸 おおど 多助 全1件1題 吾妻郡中之条町大道 大道(だいどう).大戸(おおど)は別項目.須川から中之条への間道でバスはここまでで終わり.近くにはしゃべり石という奇妙な名所がある.
"丹治はおかめの手を取って須川へ出て、それより大戸村へ出て、それより岩本村へかかり"(塩原多助一代記)
大道バス停 9707
岩本 いわもと 多助 全1件1題 吾妻郡中之条町岩本 大道の南.「塩原多助一代記」の道中付け.
"大戸村へ出て、それより岩本村へかかり蛇平へ出る"(塩原多助一代記)
岩本バス停 9707
蛇平 じゃだいら 多助 全1件1題 吾妻郡中之条町四万 寺社平(じしゃだいら).「塩原多助一代記」の道中付け.四万方向へ抜ける.鯉のぼりの旗竿が空へ向かっている.
"それより岩本村へかかり蛇平へ出る。これは上州吾妻郡の四万の山口と申す所へ抜けてまいる間道で"(塩原多助一代記)
寺社平 9707
四万 しま 伊香保, 西洋人情咄 全1件1題 吾妻郡中之条町四万 世のちり洗う四万温泉(上毛かるた).共同浴場は入湯無料.ここからは「霧陰伊香保湯煙」の舞台.
"四万てえ所がありますが、ここから九里ばかりありますが、これは子供の虫と癪にはてきめん効くってえので皆が行きます"(霧陰伊香保湯煙)
四万温泉河原の湯 9707
四万:山口 やまぐち 伊香保, 多助 全2件2題 吾妻郡中之条町四万 四万の温泉.やまぐち館は創業300年の老舗.
"とうとう四万の山口へ参りましたが、ただいまは車道が開けましたので西の方の岸へ橋をかけまして下道を参ります"(霧陰伊香保湯煙)
     
四万:関善平 せきぜんぺい 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町四万 旅館 積善館.創業300年で本館は県の重文.「霧陰伊香保湯煙」の主人公が投宿.
"ある御大臣様お供で関善へ参りましたが、ただいまでは三階造りの結構な新築でございます"(霧陰伊香保湯煙)
旅館 積善館 9707
四万:筆山 ふでやま 伊香保, 多助 全2件2題 群馬県か 不明.四万の裏山のようだ.
"向こうは草津から四万の筆山、中を流るる山田川"(霧陰伊香保湯煙)
     
天狗坂 てんぐざか 伊香保 全1件1題 群馬県か 四万へ向かう道に設定.
"なに車が利くし、道はできてじきに往かれます、天狗坂てえのが少し淋しいが、それから先は訳はねえ"(霧陰伊香保湯煙)
     
日向見川 ひなたみがわ 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町四万 四万川の上流.四万温泉から薬師堂を経てさらに北に遡る.
"中を流るる山田川、その川上は日向見川より四万川へ落ちる水であります"(霧陰伊香保湯煙)
日向見川 9707
荒川 あらかわ 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町か 不明.日向見川と並ぶ四万川の支流との説明.
"日向見川と荒川というのが二筋に別れて来ます。これは信州と越後の境から落として参り、四万川と称え、流れの末が下山田川に合して吾妻川へ落とします"(霧陰伊香保湯煙)
     
沢渡 さわたり 伊香保, 孝子 全2件2題 吾妻郡中之条町上沢渡 沢渡温泉.草津の仕上げ湯として知られる.
"中の条を降りまする、左へ曲がると沢渡、右へはいるとかの四万の道でございます"(霧陰伊香保湯煙)
沢渡温泉 9707
下沢渡 しもさわたり 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町下沢渡 沢渡温泉の東.
"ここから折田へ二里、折田を離れて下沢渡へ参ると、これ迄中の条から二里でございます"(霧陰伊香保湯煙)
     
四万川 しまがわ 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町四万〜中之条町 上流は日向見川で,四万から折田を通って吾妻川に注ぐ.
"中を流るる山田川、その川上は日向見川より四万川へ落ちる水であります"(霧陰伊香保湯煙)
四万川甌穴 9707
山田 やまだ 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町山田 四万川の右岸.次項以下のさいかち滝などがあることになっている.
"気味の悪い所にさいかち橋が架けてあります。これを渡るとすぐ山田村"(霧陰伊香保湯煙)
     
さいかち橋 さいかちばし 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町山田か 四万川にかかり,山田へ渡れる設定.
"林の蔭について下がる道があります。気味の悪い所にさいかち橋が架けてあります"(霧陰伊香保湯煙)
     
皀莢滝 さいかちだき 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町山田か 山田に不動滝はあるが,皀莢滝は見つからなかった.
"山田川の水勢は急でございまして、皀莢瀑と字いたします"(霧陰伊香保湯煙)
不動滝 9707
花園の滝 はなぞののたき 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町か 皀莢滝の本名と説明している.
"本名は花園の瀑という巾の七、八間もある大瀑がドォーッドッと岩に当たって砕けちる水音"(霧陰伊香保湯煙)
     
折田 おりた 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町折田 四万川,山田の対岸.
"ここから折田へ出る道が極まっていて楽でがんす"(霧陰伊香保湯煙)
折田神社 9707
五段田 ごたんだ 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町五反田 折田の北の山側.先ほどの大道からの間道がつながる.
"幽かに右の方は五段田の山続き、左は吾妻山、向こうは草津から四万の筆山"(霧陰伊香保湯煙)
     
山田川 やまだがわ 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町山田あたりの四万川 山田あたりの四万川の別名らしい.
"中を流るる山田川、その川上は日向見川より四万川へ落ちる水であります"(霧陰伊香保湯煙)
山田川か 9707
下山田川 しもやまだがわ 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町下沢渡あたりの下沢渡川 山田川とは別の川で,これと合流後,吾妻川に注ぐという説明.
"四万川と称え、流れの末が下山田川に合して吾妻川へ落とします"(霧陰伊香保湯煙)
     
原町 はらまち 伊香保 全1件1題 吾妻郡東吾妻町(旧吾妻町原町) 現在の群馬原町を指すと思う.
"首でも引ん捻って押めえて、本当に原町の警察署へしょぴいてッて"(霧陰伊香保湯煙)
JR群馬原町駅 9707
吾妻山 あがづまさん 伊香保, 多助 全2件2題 吾妻郡中之条町,東吾妻町 吾嬬山(かづまやま),標高1181m.山田から西の方に遠く望む.
"左は吾妻山、向こうは草津から四万の筆山、中を流るる山田川"(霧陰伊香保湯煙)
吾嬬山 9707
中之条 なかのじょう 伊香保, 多助 全2件2題 吾妻郡中之条町中之条町 某首相の出身地.気さくに片手をあげた銅像もありまして…….
"伊勢町より中の条という所に掛かった時にはもう二時少々廻った頃"(霧陰伊香保湯煙)
中之条町交差点 9707
伊勢町 いせまち 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町伊勢町 中之条の中心地.北に伊勢宮がある.某元首相,官邸で伊勢町の方と八木節を熱唱とか.さすが気配り宰相.
"伊勢町より中の条という所に掛かった時にはもう二時少々廻った頃"(霧陰伊香保湯煙)
     
青山 あおやま 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町青山 「霧陰伊香保湯煙」の道中付け,伊香保−四万間,中之条の東.
"市城村青山村に出まして、伊勢町より中の条"(霧陰伊香保湯煙)
     
市城 いちしろ 伊香保 全1件1題 吾妻郡中之条町市城 同じ道中付け.青山の東.
"吾妻郡で市城村という所の、これは筏乗りで市四郎という誠に田舎者で骨太な人でございます"(霧陰伊香保湯煙)
JR市城駅 9707
吾妻川 あがつまがわ 伊香保, 多助, 草三 全4件3題 吾妻郡東吾妻町(旧東村)〜中之条町,渋川市あたり 四万川が中之条で合す.渋川で利根川に注ぐ.草津温泉排水で酸性だった.
"吾妻川の真中の所へずうと一体に平らな岩が突き出していて"(霧陰伊香保湯煙)
吾妻川 9707
吾妻川の橋 あがつまがわのはし 伊香保 全1件1題 吾妻郡東吾妻町(旧東村)〜中之条町市城 市城から東村の新巻に渡す.「霧陰伊香保湯煙」では,五町田から橋を渡る道中付けと渋川から吾妻川を遡る道中付けが出てくる.
"五町田の宿を出まして右へついてはいって、これから川を渡りますが、吾妻川には大きな橋が架かっている、これは橋銭を取ります"(霧陰伊香保湯煙)
舟渡跡 9707
五町田 ごちょうだ 伊香保 全1件1題 吾妻郡東吾妻町(旧東村五町田) 東村の中心地.村上の対岸.
"五町田の宿を出まして右へついてはいって、これから川を渡ります"(霧陰伊香保湯煙)
     
村上 むらかみ 伊香保, 多助 全2件2題 渋川市(旧北群馬郡小野上村村上) 岩井堂は岩壁に食い込む投げ入れ堂.道路を挟んで,草津方面へ向かうバスでいつも混雑する大ドライブイン.
"男子村へ出まして村上へかかりまして、市城から青山伊勢町中の条"(霧陰伊香保湯煙)
岩井堂 9707
村上山 むらかみやま 伊香保 全1件1題 渋川市村上あたり 村上の裏山といったところ.
"あの村上山の景色はありませんねえ、どうも山がつながっていて、あの間にチョイチョイ松が、どうも大きな盆栽でげす"(霧陰伊香保湯煙)
     
男子 おのこ 伊香保, 多助 全2件2題 渋川市(旧北群馬郡小野上村小野子) 小野子.村上の東.
"それから、男子村へ出まして村上へかかりまして"(霧陰伊香保湯煙)
     
子持山 こもちやま 伊香保, 多助, 草三 など 全4件3題 沼田市,渋川市 沼田市と渋川市(旧小野上村)との境.小野子山の東.1296m.
"男子子持の両山の景色などはよいねぇ……ああ子持で思い出したが、お嬢さんはお身大きくおなりでしょうね"(霧陰伊香保湯煙)
子持山 0306
男子山 おのこやま 伊香保, 多助, 草三, 上野 全4件3題 渋川市,吾妻郡高山村 小野子山.高山村と渋川市(旧小野上村)の境.1208m.
"中の条より村上村に出、男子山の根方を通り、男子村と申す恐ろしい六里余の道を越し"(塩原多助一代記)
小野子山 9902
横堀 よこぼり 後の文治, 多助, 後日譚 など 全4件3題 渋川市(旧北群馬郡子持村横堀) 三国街道の宿.本陣跡や民家石垣が残る.北牧と同じデザインの街灯,名前が言えずもどかしい,誰そや行灯?を整備.
"男子村と申す恐ろしい六里余の道を越し、横堀という所へ登って来ると、雪がチラリチラリ降り出しました"(塩原多助一代記)
横堀宿 0306
北牧 きたもく 伊香保, 多助 全2件2題 渋川市(旧北群馬郡子持村北牧) 三国街道の宿.三筋の宿街路が吾妻川に直角に北へ向かっていた.
"金子から橋を渡り北牧へ出まして、角屋で昼食をして、よほど後れました"(霧陰伊香保湯煙)
北牧宿 0306
金井 かない 伊香保, 後の文治, 太助伝 全2件2題 渋川市金井 三国街道の宿.本陣の地下牢が児童公園に残る.「霧陰伊香保湯煙」の金子は金井の誤り.
"さて中山道高崎より渋川、金井、横堀、塚原、相俣より猿が原の関所を越えて永井の宿、これを俗に三宿と申しまして、そろそろ難所へかかります"(後の業平文治)
金井本陣の地下牢 0306
茂久の川 もくのかわ 後日譚(岩波) 全1件1題 渋川市南牧, 北牧 三国街道南牧−北牧間の吾妻川を指すだろう.杢の渡しがあった.
"切餅に一貫の銭が欲しくって茂久の川と中山峠を越して来やァしねえ"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))
杢の渡し跡 0306
はし 伊香保 全1件1題 渋川市南牧〜北牧 前項の杢の渡しの位置.『梅花無尽蔵』(だったか)には杢の橋の記述がある.
"金子から橋を渡り北牧へ出まして、角屋で昼食をして、よほど後れました"(霧陰伊香保湯煙)
     
白井 しろい 多助, 太助伝, 下新田 全1件1題 渋川市(旧北群馬郡子持村白井) 白井宿は,用水と町並みを整備した.しかし観光客の流れは,隣接する道の駅にとどまっている.
"白井八崎の難所を越え、ようやくの事で岩上という所へかかります"(塩原多助一代記)
白井宿 0306
八崎 はっさき 伊香保, 多助, 上野, 下新田 全2件2題 渋川市(旧勢多郡北橘村八崎) 八崎(はっさき)宿.白井八崎と並べて出てくることが多い.白井からの沼田街道西通りと合流する.
"何を遣ったらよかろう、八崎から幸いよい鮎が来たから贈りたいものだ"(霧陰伊香保湯煙)
八崎局前バス停 9902

掲載 050128/最終更新 130223

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