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栃木県   
はなしの名どころ
怪談牡丹燈籠(あらすじ)
霧陰伊香保湯煙(あらすじ)
黄薔薇(あらすじ)
英国孝子ジョージ・スミスの伝(あらすじ)
……立退く道ハ宇都宮の明神樣の後山を越え、慈光寺の門前から付いて曲り、八幡山を拔けてなだれに下りると日光街道、それより鹿沼道へ一里半行けば、十郎ヶ峰といふ所、それよりまた一里半あまり行けば鹿沼へ出ます。
 (「怪談牡丹燈籠」)
  鈴木行三編,『圓朝全集』 第二巻,春陽堂(1927)
 
地点名 出典と登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
栃木県 とちぎけん 黄薔薇, 後日譚(岩波) (他 東京2件) 全4件4題 栃木県 "栃木県なる野木と真間田の間に乙女村という所がある"(黄薔薇)      
下野 しもつけ 多助, 後日譚, 八景 など (他 東京14件, 上方1件) 全20件12題 栃木県 「上野下野道の記」との重複が約半数.
"手前の先祖は下野の国塩谷郡塩原村の郷士塩原角右衛門"(塩原多助一代記)
     
塩原 しおばら 伊香保, 道中の馬子, 多助 など (他 東京2件) 全6件5題 那須郡塩原町 塩原多助も先祖はここの出身.多助というお土産店があった.もう1つの用例の「道中の馬子」は「猿丸」のこと.
"旦那様御都合まで参りやしょうか、加沼へ行かっしゃるのか、それとも塩原かね"(道中の馬子)
塩原温泉郷 9706
塩釜 しおがま 奴勝山 全1件1題 那須郡塩原町下塩原 塩原温泉郷の南部,塩釜温泉.仙台高尾の出身地といわれる.
"この者の生まれは下野国下塩原塩釜村"(奴勝山, 三遊亭円朝全集, 角川書店(1975))
塩釜温泉銘板 9706
大田原 おおたわら 草三(弘文志ん生) (他 東京2件) 全3件2題 大田原市 圓朝原作には出てこない.志ん生(5)は「弥次郎」でも大田原を登場させている      
宝木 たからぎ 草三, 上野 全1件1題 宇都宮市宝木本町あたり 「上野下野道の記」以外に「後開榛名の梅が香」の帳付けチャリ場にも宝木がでてくる.金井−宝木間の距離が怪しいが,同じ地名とした.このバスの行先は……,ろまん亭ちっく村もよかったのでは.
"金井村から三里廿四丁へえりました宝木村と申す所の百姓滝左衛門と申します"(安中草三)
宝木バス停 0804
宇都宮 うつのみや 牡丹, 伊香保, 多助, 草三 など (他 東京31件) 全38件21題 宇都宮市鶴田 「牡丹燈籠」の最後は宇都宮に舞台を移す.幕軍派の宇都宮は戊辰戦争で町は焼かれる.宇都宮といえば釣天井だったが,最近は餃子で売り込んでいる.駅前の餃子像,冗談で作ったとしか思えない.
"私の甥にあたる戸田様の御家来で野沢源作という者が宇都宮の藩中だから、それへ頼もう"(塩原多助一代記)
餃子像 0804
八幡山 やわたやま 牡丹 全1件1題 宇都宮市塙田5 このあたり,「怪談牡丹燈籠」終局の舞台.一帯は八幡山(はちまんやま)公園となっている.伝説の初代横綱明石志賀之助の碑が蒲生神社境内にある.塙田八幡神社の鳥居のあたりの土手が改修されて雰囲気が変わった.
"宇都宮明神の後ろ道にかかりますと,昼さえ暗き八幡山、まして真夜中のことでございますから、二人は気味わるわる道の中ばまで参ると"(怪談牡丹燈籠)
塙田八幡宮鳥居 8308
宇都宮:慈行寺 じこうじ 牡丹 全1件1題 宇都宮市塙田1-3 浄土宗慈光寺.戦災で焼けた赤門で親しまれていたので,赤門寺と呼ばれる.赤い柱の山門だったが,2008年に再建された.石段を横切るようにヒガンザクラの巨木が生えている.
"宇都の宮の宿外れに慈光寺という寺がありますから,その寺を抜けて右へ往くと八幡山"(怪談牡丹燈籠)
慈光寺山門 1207
宇都宮明神 うつのみやみょうじん 牡丹, 上野 全1件1題 宇都宮市馬場通り1-1-1 二荒山(ふたあらやま)神社.下野国一之宮.宇都宮の地名の由来.まさに宇都宮の中心部の高台に鎮座.
"立ち退く道は宇都宮の明神様の後山を越え"(怪談牡丹燈籠)
二荒山神社 0804
宇都宮:杉原町 すぎはらちょう 牡丹, 上野 全1件1題 宇都宮市本町あたり 宇都宮の中心.今は杉原町の町名はなくなっている.「怪談牡丹燈籠」の大詰,孝助仇討の場面.
"兄の宅は杉原町の越後屋五郎三郎だから、暫くあすこに匿われていたところ、母といふのは義理ある後妻だが"(怪談牡丹燈籠)
旧杉原町銘板 9805
宇都宮:池上町 いけがみちょう 牡丹, 上野 (他 東京1件) 全2件2題 宇都宮市池上町あたり 町の中心部.栃木県道路元標がある.
"さて相川孝助は宇都宮池上町の角屋へ泊まり、その晩は九ツの鐘の鳴るのを待ちかけました"(怪談牡丹燈籠)
池上町張番木戸跡 0804
宇都宮:橋 はし 牡丹 全1件1題 宇都宮市池上町,本町 池上橋.太鼓橋で,釜川にかかる名橋だった.現 都橋.大通り(県道10号)をはさんで,大谷石づくりの親柱が両側に架かっている.
"池上町と杉原町の境に橋がありまして、その下を流れます水の音のみいたしております"(怪談牡丹燈籠)
都橋 1207
十郎ヶ峰 じゅうろうがみね 牡丹, 上野 全1件1題 宇都宮市鶴田 「牡丹燈籠」の最終場面,仇討の舞台.鹿沼街道北側の字名.丘になっていて山頂には三角点がある.
"十郎ヶ峰の向こうの雑木山へ登って、鉄砲を持って待っている所へ、かくとは知らず孝助は、息をもつかず追っかけてきて"(怪談牡丹燈籠)
十郎ヶ峰 1207
鹿沼 かぬま 牡丹, 道中の馬子, 上野 全2件2題 鹿沼市 「道中の馬子」は「猿丸」のこと.鹿沼土は水はけの良い軽石.「おもと違い」に出てくるはず.卵の殻とのセットは懐かしい風景.
"それより鹿沼道へ一里半行けば、十郎ヶ峰という所、それよりまた一里半あまり行けば鹿沼へでます"(怪談牡丹燈籠)
鹿沼一の鳥居跡 9808
雀の宮 すずめのみや 牡丹, 上野 全1件1題 宇都宮市雀の宮 日光街道の宿.雀宮神社は,奥州配流の藤原実方の霊が雀となって都に戻ったという来由.
"幸手、栗橋、古河、真間田、雀の宮をあとになし、宇都宮へ着きました"(怪談牡丹燈籠)
雀宮神社 0804
間々田 ままだ 牡丹, 黄薔薇, 上野 (他 東京4件) 全6件3題 小山市間々田 逢の榎は間々田宿の南入口(駅よりは北)に建つ.日光街道の中間点に当たる.
"その夜は真間田の青木儀三郎方へ一泊致しまして"(黄薔薇)
逢の榎あと 0805
乙女 おとめ 黄薔薇, 上野 全1件1題 小山市乙女 「上野下野道の記」の旅の2年前,コレラを予防するため,乙女の人々は3日3晩酒を飲み続けたという.乙女河岸は,小山評定の後,家康が関ヶ原にとって返した時にも使った.その後も重要な河岸に位置づけられた.
"小さい鞄を提げ、片手には洋傘を杖にし、やっとのことで彼の栃木県下の乙女村まで参ってみると"(黄薔薇)
乙女河岸 0805
友沼 ともぬま 黄薔薇, 上野 全1件1題 下都賀郡野木町友沼 「黄薔薇」お万の誘拐の場面.友沼からさらに野木,古河紺屋町へと連なる.
"友沼村は上中下とある長いあいだをとっとと綱曳き後押しで急ぎ、漸く松並樹へ出でてこれから欅並樹にかかります"(黄薔薇)
     
法音寺 ほうおんじ 黄薔薇, 上野 全1件1題 下都賀郡野木町友沼962 真言宗地蔵山法音寺.境内に芭蕉句碑.今はもう赤い門ではなくなっている.
"乙女村という所まで参りました。当所には地蔵山法恩寺と申す赤い門の寺があります"(黄薔薇)
法音寺 9004
野木 のぎ 黄薔薇, 上野 全1件1題 下都賀郡野木町野木 「黄薔薇」お万の誘拐の場面.
"エエ野木でごぜえやす、光仁天皇のお子さまを祭ったんですから随分立派な社で"(黄薔薇)
大平山道標 0805
野木神社 のぎじんじゃ 黄薔薇, 上野 全1件1題 下都賀郡野木町野木 光仁天皇の子が祭神とある.莵道稚郎子のこと.「黄薔薇」お万の誘拐の場面.
"その野木の社の裏手の方に影が見えましたから、猶更車を急がせて跡を追って参ります"(黄薔薇)
     
野木神社:乳房いちょう ちぶさいちょう 黄薔薇, 上野 全1件1題 下都賀郡野木町野木 野木神社境内にある.坂上田村麻呂の蝦夷征伐を記念して植えたという.乳の下がった銀杏の前には,縫い物の乳房が今でも少数ながら奉納されていた.
"正面は野木の社で右の方に銀杏の老木がありまして、その根方に小さい駒寄を囲み額が幾つも掛かってあります。是は乳の出ない婦人が願掛けをして納めるので乳房銀杏とか申します"(黄薔薇)
銀杏と願掛け乳房 0805
生井 なまい 後日譚(岩波) 全1件1題 小山市下生井,上生井 野木の北.旧思川沿いに下生井上生井の集落がある.日光山近裏道沿いに太平山を示す道標が立っている.
"野州の生井と申す船場に中田屋という積問屋があります"(鹽原多助後日譚, 円朝の世界, 岩波書店(2000))
下生井旧思川 0805
渡良瀬川 わたらせがわ 伊香保, 上野 全1件1題 足利市あたり "次第次第に夜が更けて来る、渡良瀬川の水音高く聞こえるようになると"(霧陰伊香保湯煙)      
藤岡 ふじおか 孝子 全1件1題 栃木市(旧下都賀郡藤岡町) 足尾鉱毒事件を訴えた田中正造の分骨が,渡良瀬川近くの藤岡にまつられている.
"船渡を出たのは二時頃で、道が悪いから藤岡を越す頃はもう日の暮れ暮れで、雨がぽつりぽつりと降り出しました"(英国孝子伝)
田中霊祠 9708
こう 孝子 全1件1題 栃木市(旧下都賀郡藤岡町甲) 「英国孝子伝」で死体を車で曳いてさまよう場面.
"こちらは都賀村、甲村の高堤で、この辺は何方を見ても一円沼ばかり、その間には葭蘆の枯葉が茂り、誠に物淋しい所でございます"(英国孝子伝)
9708
都賀 つが 孝子 全1件1題 栃木市(旧下都賀郡藤岡町都賀) 甲村の続き.だんだん死体が腐って悪臭を放ちだす.
"積んで来た荷の中の死骸が腐ったも道理、小春なぎの暖い時分に二晩留め、又打ちかえって寒くなり、雨に当たり、いきれましたゆえ、臭気甚しく、鼻をうつばかりです"(英国孝子伝)
都賀 9708
壬生 みぶ 黄薔薇, 上野 全1件1題 下都賀郡壬生町 栃木から楡木を結び,例幣使街道へつながる壬生道.栃木特産の干瓢は,壬生藩主が栽培を奨励したことに始まる.記念碑は市内精忠神社にある.
"次の日は壬生から栃木にかかり"(黄薔薇)
干瓢発祥二百五十周年記念碑 0804
金井 かない 草三 全1件1題 上都賀郡西方町金井か 「安中草三」,宿改めの場面.宝木の近くには宇都宮の金井があるが,都賀郡なのでこの宝木をあげる.金井薬師は鎌倉期のふっくらした鉄仏.
"下野国都賀郡、エー金井村"(安中草三)
金井薬師堂 9808
栃木 とちぎ 蝦夷錦, 草三, 黄薔薇 など (他 東京13件) 全16件8題 栃木市 かつての栃木県庁所在地.四角い県庁堀が残る.写真の背後には,史蹟橡木県庁址碑と大正期に建てられた旧栃木町役場庁舎(栃木市役所別館).栃木は蔵の町として観光にも力を入れている.
"六月六日に栃木の戸田公の陣屋へ押し入り"(蝦夷錦故郷之家土産)
県庁堀と栃木市役所別館 9706
大平山 おおひらやま 蝦夷錦, 蝦夷な, 孝子 など 全3件3題 栃木市 筑波山を離れた天狗党が一時集結した.「蝦夷錦古郷之家土産」はその当時の噺.
"水戸の浪士田丸稲之右衛門が筑波山と太平山に立て籠もって"(蝦夷なまり)
大平山神社 9706
富田 とみた 黄薔薇 全1件1題 栃木市(旧下都賀郡大平町富田) 例幣使街道の宿場.交差点あたりに,多少宿の名残りがあるとのこと.「黄薔薇」の道中付け.
"栃木から富田まで、それから八木、太田、木崎、芝玉村を経て"(黄薔薇)
富田交差点 9706
犬伏 いぬふせ 草三 (他 東京1件) 全2件2題 佐野市犬伏上町,中町,下町 例幣使街道の宿場.宿の東はずれにある米山から見通せる.
"栃木へ懸かり、犬伏天明梁田八木戸崎より堺に出で"(安中草三)
犬伏宿を望む 9708
佐野 さの 孝子, 上野 (他 東京2件) 全3件3題 佐野市 佐野源佐衛門常世,佐野次郎左衛門を生んだ町.天明は別項扱いとした.佐野東照宮は惣宗寺(佐野厄よけ大師)内.なぜかおみくじ売り場の扱い.
"この荷を積んでどうか佐野まで急いでやってくれと、酒を呑ませ、飯を喰わせ、五十銭の酒手を遣りました"(英国孝子伝)
佐野東照宮 0804
天明 てんみょう 草三, 上野, 後日譚(岩波) 全2件2題 佐野市天明町あたり 天明(てんみょう,もしくは,てんめい).天明鋳物は,佐野の特産として名をはせた.
"犬伏天明梁田八木戸崎より堺に出で、これより前橋にかかり"(安中草三)
正田家鋳物工場跡 9708
田沼 たぬま 牡丹 全1件1題 安蘇郡田沼町 田沼というと,どうも石灰ダンプのほこりっぽい町と思ってしまう.もとは一瓶塚稲荷の門前町で,銅鳥居は美品.
"それより先は田沼道、奈良村へ出る間道、人の目つまにかからぬ抜け道"(怪談牡丹燈籠)
一瓶塚稲荷 鋳造鳥居 9807
奈良 なら 牡丹 全1件1題 安蘇郡田沼町戸奈良か 田沼の先の奈良は不明.戸奈良ではないか.
"それより先は田沼道、奈良村へ出る間道、人の目つまにかからぬ抜け道"(怪談牡丹燈籠)
戸奈良を望む 9807
瑞穂野 みずほの 伊香保 全1件1題 足利市瑞穂野町 瑞穂野村の万福寺.
"どうせ館林へ出て足利まで往くのなら、瑞穂野村へは通り道で遠くもねえから"(霧陰伊香保湯煙)
     
万福寺 まんぷくじ 伊香保 全1件1題 足利市瑞穂野町983 満福寺.真言宗豊山派.圓朝ものには,よくひょっこりと寺名が出てくる.
"この瑞穂野村てえ所に万福寺というお寺があるんだ"(霧陰伊香保湯煙)
満福寺 9708
梁田 やなだ 伊香保, 草三 全2件2題 足利市梁田町あたり 「霧陰伊香保湯煙」では八名田.例幣使街道の宿で,八木梁田と隣接.
"松五郎は八木八名田辺へ参っては天下御禁制のてなぐさみをいたしてぶらぶら暮らしております"(霧陰伊香保湯煙)
     
小生川 おぶかわ 太助伝 足利市福富町小生川 梁田のうち.地蔵尊の台石には小生川の文字が見える.
"野州梁田郡小生川村船頭常八"(塩原太助伝)
梁田の耳だれ地蔵 9708
八木 やぎ 伊香保, 草三, 黄薔薇 (他 東京1件) 全4件4題 足利市福居町あたり 八木節の堀米源太碑(墓と書いてある)は堀米町の定性寺にある.裏面はビクターレコードのマーク.
"犬伏、天明、梁田、八木、戸崎より堺に出で、これより前橋にかかり"(安中草三)
八木節元祖 堀込源太翁之墓 9808
福井町 ふくいちょう 伊香保 全1件1題 足利市福居町 福居.もとは八木宿.
"今おちぶれてこっちへ来て居ると云うので、福居町に居ると云って時々遊びに来る"(霧陰伊香保湯煙)
東武線 福居駅 8911
猿田 やえんだ 伊香保, 多助, 上野, 太助伝 全2件2題 足利市猿田町 "さるた"あるいは"やえんだ".「英国孝子伝」では,扇橋からの猿田船に死骸を載せて古河まで運ぶ場面に利用されている.
"足利に猿田という所があって、そこに早川藤助という出船宿があります"(塩原多助一代記)
猿田 9708
猿田:山王の森 さんのうのもり 伊香保 全1件1題 足利市猿田町か 猿田に今あるのは上宮神社.山王社は不明.
"猿田村の取り付きに山王さまの森が有ります、その鎮守の正面に空家が有りましたからこれを借り"(霧陰伊香保湯煙)
     
足利 あしかが 伊香保, 蝦夷錦, 孝子 など (他 東京3件) 全8件7題 足利市 鑁阿寺(ばんなじ)は足利を代表する寺院,大日様として信仰を集める.足利市宅跡として国史跡.隣接して足利学校.
"いずれ果ては足利あたりの機織女か、横浜の茶焙じ婆アが落だろうよ"(蝦夷錦故郷之家土産)
鑁阿寺太鼓橋と楼門 0411
足利:栄町 さかえまち 伊香保, 上野 全1件1題 足利市栄町 圓朝は栄町の知人原田与左衛門宅を訪ねる.八木梁田から遊廓が移転してきていたが,今は住宅地.原田氏は足利銀行の創業者という.
"足利の栄町六十三番地に、ちょっとした空家が有りましたから、これを借受け、ままごと所帯のように小滝と二人で暮らして居りました"(霧陰伊香保湯煙)
栄町 9904
足利:江川 えがわ 伊香保 全1件1題 足利市江川町 足利の町名.「霧陰伊香保湯煙」の発端,奥木佐十郎の住まい.
"足利の町から三十一町、行道山の方へ参ります道に江川村という所が有ります。ここに奥木佐十郎と云って年齢六十に成るごく堅人がございます"(霧陰伊香保湯煙)
江川を望む 9904
足利:塩町 しおちょう 伊香保 全1件1題 足利市か 「霧陰伊香保湯煙」にちらりと登場.足利のはずだが不明.
"塩町という所に、相模屋という料理茶屋が有ります"(霧陰伊香保湯煙)
     
行道山 ぎょうどうさん 伊香保 全1件1題 足利市月谷町,松田町 浄因寺の山号.ハイキングコース.寝釈迦は意外なほど小さい.
"足利の町から三十一町、行道山の方へ参ります道に江川村という所が有ります"(霧陰伊香保湯煙)
行道山浄因寺 寝釈迦像 0005
大前 おおまえ 縁切榎 全2件1題 足利市大前町か 桐生近くの"大前".足利の大前,あるいは大間々町とも考えられる.
"お前さんに話した上州の桐生のわきの、あの何と云ったね…おおそれ大前てい所、そこに叔母さんがある"(縁切榎)
大前を望む 9808
飛駒 とびこま 多助, 後日譚 全5件2題 安蘇郡田沼町飛駒 飛駒(ひこま).道連れ小平が,飛駒出身の男から証文を頭突きで奪う山口屋のゆすり.
"ここに下野国安蘇郡飛駒村に吉田八右衛門という人が、後に多助の荷主に相成ります"(塩原多助一代記)
飛駒 9904
日向 ひゅうが 太助伝 阿蘇郡田沼町飛駒か 飛駒の尾根向うに小日向(おひなた)があるが"ひゅうが"とは読まない.
"下野国安蘇郡飛駒村字日向、炭荷主吉田屋八右衛門太助贔屓にする"(塩原太助伝)
小日向バス停 9807
足尾 あしお 草三 全1件1題 日光市(旧上都賀郡足尾町) 足尾銅山は閉山しても,精錬施設は他に代えがたい.廃墟のようであり稼働しているようでもある.
"近く男子山子持山の両山が見え、その間に日光足尾庚申山、遥か向こうは吾妻川"(安中草三)
足尾精錬所 0308
庚申山 こうしんざん 伊香保, 草三 全3件2題 日光市(旧上都賀郡足尾町) 庚申山を遠望する用例.以下3件を『南総里見八犬伝』をひいた上で榛名山のこととしたのは,演者である金馬(1)の勘違い.
"男子山と子持山の間から足尾庚申山が見える"(霧陰伊香保湯煙)
庚申山 9810
石門 せきもん 後日譚 全1件1題 日光市(旧上都賀郡足尾町) 榛名山にも石門があるが,庚申山の一ノ門のことだろう.他にも初ノ門,めがね岩など岩潜りの場所がある.
"実に霊山でありまして、石門があり、蝋燭岩があり、奥の院は誠に神寂まして、恐ろしくもまた物凄うございます"(塩原多助後日譚)
庚申山 一ノ門 0407
蝋燭岩 ろうそくいわ 後日譚 全1件1題 日光市(旧上都賀郡足尾町) 『八犬伝』には,第二の石門,燈籠石,洪鐘石とある.蝋燭岩は一ノ門そばの燈籠岩のことだろう.このあたり現地に説明標がない.
"実に霊山でありまして、石門があり、蝋燭岩があり、奥の院は誠に神寂まして、恐ろしくもまた物凄うございます"(塩原多助後日譚)
庚申山 燈籠岩 0407
奥の院 おくのいん 後日譚 全1件1題 日光市(旧上都賀郡足尾町) 『八犬伝』に拠る.実際には奥の院はない.見晴らしの所の石祠跡がそれに近そう.
"実に霊山でありまして、石門があり、蝋燭岩があり、奥の院は誠に神寂まして、恐ろしくもまた物凄うございます"(塩原多助後日譚)
     
日光 にっこう 粟田口, 伊香保, 多助 など (他 東京29件, 上方1件) 全40件25題 日光市 「上野下野道の記」には,日光名物として日光羊羹,日光下駄,栗山桶,ひき物細工,毛皮などが出てくる.
"私どもは日光から山越しをして来ましたが、ここに茶か何かありますが、いただけましょうか"(塩原多助一代記)
日光塩羊羹 0605
霧降滝 きりふりのたき 伊香保, 上野, 一雅 (他 東京1件) 全3件3題 日光市 かつての滝見茶屋のところに駐車場と展望施設.そこから観瀑台まで徒歩.滝は上下二段になっている.
"日光へいった時に霧降の滝へゆく途中で大雨大雷に出会い、ひどく困ったが、あの時を思えば霧降の滝壺まで下りたっけねぇ"(霧陰伊香保湯煙)
霧降滝壺 9208
輪王寺:相輪塔 そうりんとう 上野, 一雅 全1件1題 日光市山内 相輪木棠[とう].ここから日光社寺見物が始まる.神仏分離により,圓朝の訪れた年に鐘楼辺から移設された.
"わたしはこの先生に、日光の日暮門の所や、双輪燈や何かの所を描いて貰いたいのだ"(応文一雅伝)
輪王寺相輪塔 9005
東照宮:陽明門 ようめいもん 上野, 一雅 (他 東京11件) 全12件8題 日光市山内 日光の象徴.「上野下野道の記」ではその彫刻類を細かく説明.
"わたしはこの先生に、日光の日暮門の所や、双輪燈や何かの所を描いて貰いたいのだ"(応文一雅伝)
陽明門 龍と息の彫刻 0005
東照宮:眠り猫 ねむりねこ 上野, 長二(弘文志ん生) (他 東京17件, 上方2件) 全20件12題 日光市山内 圓朝原作には出てこない.奥社の入口,回廊の蟇股にある小さな彫刻.左甚五郎の作.ガイドが叩くのか柱がはげちょろ      
中禅寺 ちゅうぜんじ 多助, 太助伝 (他 東京12件) 全13件5題 日光市中宮祠 中禅寺湖畔の中禅寺のことだろう.1902(明治35)年の足尾台風では,中禅寺も被災して移転した.
"日光の中禅寺の奥へ三里入ると温泉がありますから、商いながら参りました"(塩原多助一代記)
     
鶴の湯 つるのゆ 多助, 太助伝 全1件1題 日光市湯元 湯元温泉の源泉の一.湯ノ湖岸,湯元温泉へ曲がるところの道路上.
"その頃は開けませんから、湯場も鶴の湯と川原の湯と二ヶ所で、宿屋もあります"(塩原多助一代記)
     
川原の湯 かわらのゆ 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 日光市湯元 湯元温泉の源泉の一.湯ノ湖岸に近く,湖水位に応じて温度が変わったらしい.
"その頃は開けませんから、湯場も鶴の湯と川原の湯と二ヶ所で、宿屋もあります"(塩原多助一代記)
     
男体山 なんたいさん 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 日光市 "かれこれ一里半ばかり登りますと、西の方は日光の男体山、こちらは白根山が見えまする"(塩原多助一代記) 男体山を望む 9810
日光の山 にっこうのやま 草三 (他 東京6件) 全8件5題 日光市 圓朝ものの地名としては項立てしなくてもよいかもしれない.長屋に住む剣術師が天狗と試合をしたところ.
"近く男子山子持山の両山が見え、その間に日光足尾庚申山、遥か向こうは吾妻川"(安中草三)
     
金精峠 こんせいとうげ 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 日光市〜群馬県利根郡片品村 「塩原多助一代記」の冒頭,険路の金精峠越え.案内者は「木乃伊取り」の権助を思わせる磯之丞氏.金精道路の開通は1965年まで待たねばならない.頂上には金精社.
"これから金精峠と申して実に難所で、樹木は榧松とあすなろうの大樹ばかりで、かれこれ一里半ばかり登ります"(塩原多助一代記)
金精峠金精社 9810
負釣山 おいずるやま 上野, 太助伝 日光市 金精山南東部の岸壁.修験者が身一つで登り,後に笈吊を引き上げたという.
"南東男体山西の方白根山、負釣山見ゆる"(塩原太助伝)
金精山笈吊岩 9810
白根山 しらねさん 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 日光市,群馬県利根郡片品村 標高2577mで,関東以北の最高峰.五色沼から金精山に回ってしまい,登頂する元気はなかった.
"かれこれ一里半ばかり登りますと、西の方は日光の男体山、こちらは白根山が見えまする"(塩原多助一代記)
日光白根山 9810
荒山 あらやま 多助, 上野, 太助伝 全1件1題 日光市,群馬県利根郡片品村 数坂峠の東.活動する日光白根山を指すだろう.
"ここは追貝村の入口で、西の方は穂高山、東の方は荒山、北の方は火打山で、南の方は赤城山、山また山の数坂峠"(塩原多助一代記)
     

掲載 040806/最終更新 121215

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