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神奈川県 その3   
はなしの名どころ
指物師名人長二(あらすじ)
湯河原の温泉は、相州足柄下郡宮上村と申す處にございまして、當今は土肥次郎實平の出た處といふので土肥村と改まりまして、城堀村にある實平の城山は、眞鶴港から上陸して、吉濱を四五丁まゐると向うに見えます。吉濱から宮上村まで此間は爪先上りの路で一里四丁ほどです。…(中略)…文政の頃は藤屋が盛んでしたから、長二と兼松はこの藤屋へ宿を取りました。
 (「指物師名人長二」)
  鈴木行三編,『圓朝全集』 第九巻,春陽堂(1927)
 
地点名 出典と登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
土肥 どい 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 湯河原の旧名.土肥実平に始まる土肥氏一族の墓は城願寺内.
"当今は土肥次郎実平の出た所というので土肥村と改まりまして"(指物師名人長二)
土肥一族墓 0012
湯河原 ゆがわら 伊香保, 長二 (他 東京14件) 全19件11題 足柄下郡湯河原町 万葉集 "あしかりの土肥の河内に出づる湯の世にもたよらに子ろが言はなくに".いで湯を歌ったただ1つの歌.
"湯河原は打ちみと金瘡にはいいというから、ゆっくり湯治をなさるがいい"(指物師名人長二)
万葉歌碑 0206
湯河原:宮上 みやかみ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上 五所神社の宮の西.ビャクシンは神社の向かいにある.
"宮上村は湯河原のことで、この方は戸数三十余、人口二百七十ばかりで、田畑が少のうございます"(指物師名人長二)
宮上のビャクシン 0010
湯河原:宮下 みやした 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮下 五所神社より南方が宮下.
"この社を境にして下の方を宮下村と申し、上の方を宮上村と申すので"(指物師名人長二)
宮下バス停 0012
湯河原:五所明神 ごしょみょうじん 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮下 頼朝が戦勝祈願をしたという古社.その故事にちなむ武者行列もでる.
"千歳川の下に五所明神という古い社があります"(指物師名人長二)
五所神社 0206
湯河原:城堀村 しろほりむら 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町城堀 ビャクシンは天然記念物.七騎堂は頼朝に従って敗走する七人を祀る.謡曲「七騎落」の舞台.
"一昨日おせゆッ娘が塩梅がわりいって城堀へ帰ったから、当分手伝えに来たのさ"(指物師名人長二)
城願寺 七騎堂とビャクシン 0206
湯河原:城山 しろやま 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上,宮下 山頂に土肥城があった.アジサイの時期に行ってみたがまだ早かった.
"城堀村にある実平の城山は、真鶴港から上陸して、吉浜を四五丁まいると向うに見えます"(指物師名人長二)
土肥城址碑 0206
湯河原:伊藤屋 いとうや 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上 1888(明治21)年創業.1892年,圓朝が「指物師名人長二」執筆の際に投宿した.
"湯河原温泉へ湯治に参り、温泉宿伊藤周造方に逗留中、図らず長二の身の上にかかる委しい事を聞出しまして、このお話が出来上ったのでございます"(指物師名人長二)
伊藤屋旅館 1303
湯河原:藤田屋 ふじたや 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上 玄関前のしだれ桜が有名な老舗旅館.
"温泉宿は湯屋(加藤広吉)、藤屋(加藤文左衛門)、藤田屋(加藤林平)、上野屋(渡辺定吉)、伊豆屋(八亀藤吉)などで"(指物師名人長二)
藤田屋旅館 0012
湯河原:湯屋 ゆや 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上 冨士屋と藤田屋の間の川沿い.今はない.
"温泉宿は湯屋(加藤広吉)、藤屋(加藤文左衛門)、藤田屋(加藤林平)、上野屋(渡辺定吉)、伊豆屋(八亀藤吉)などで"(指物師名人長二)
     
湯河原:藤屋 ふじや 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上 冨士屋が正しい.創業150年余りの旅館で,震災時の建物が残っていたが廃業してしまった.
"文政の頃は藤屋が盛んでしたから、長二と兼松はこの藤屋へ宿を取りました"(指物師名人長二)
冨士屋旅館 0010
湯河原:伊豆屋 いずや 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上 「名人長二」本文通り,今も六代目の八亀氏が経営する.
"温泉宿は湯屋(加藤広吉)、藤屋(加藤文左衛門)、藤田屋(加藤林平)、上野屋(渡辺定吉)、伊豆屋(八亀藤吉)などで"(指物師名人長二)
伊豆屋旅館 0010
湯河原:上野屋 うえのや 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上616 創業300年の老舗.ここが儘根の湯の源泉.
"温泉宿は湯屋(加藤広吉)、藤屋(加藤文左衛門)、藤田屋(加藤林平)、上野屋(渡辺定吉)、伊豆屋(八亀藤吉)などで"(指物師名人長二)
上野屋旅館 0010
湯河原:天野屋 あまのや 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町宮上 旧館敷地は1998年に博物館に貸与されたが,漱石の「明暗」にも描かれる庭と一部の建物はまだ残っていた.川向こうに建てた新館で営業していた天野屋も廃業してしまった.
"当今は伊藤周造に天野某などいう立派な宿も出来まして、何れも繁昌いたします"(指物師名人長二)
天野屋旧館ポンプ櫓 0010
湯河原:惣湯 そうゆ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 以下,湯河原の源泉名.惣湯は落合橋そば.
"温泉は川岸から湧出しまして、石垣で積上げてある所を惣湯と申します"(指物師名人長二)
     
湯河原:河中の湯 かわなかのゆ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 日光湯本でも同じだが,涌き口ごとに名前をつけていたようだ.
"当今は河中の湯、河下の湯、儘根の湯、下の湯、南岸の湯、川原の湯、薬師の湯と七湯に分れ"(指物師名人長二)
     
湯河原:河下の湯 かわしものゆ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 "河下の湯、儘根の湯、下の湯、南岸の湯、川原の湯、薬師の湯と七湯に分れ"(指物師名人長二)      
湯河原:儘根の湯 ままねのゆ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 古手の湯治旅館.上野屋に接する."儘根の湯、下の湯、南岸の湯、川原の湯、薬師の湯と七湯に分れ"(指物師名人長二) ままねの湯 0010
湯河原:下の湯 しものゆ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 "下の湯、南岸の湯、川原の湯、薬師の湯と七湯に分れ"(指物師名人長二)      
湯河原:南岸の湯 みなみぎしのゆ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 "南岸の湯、川原の湯、薬師の湯と七湯に分れ"(指物師名人長二)      
湯河原:川原の湯 かわらのゆ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 "川原の湯、薬師の湯と七湯に分れ"(指物師名人長二)      
湯河原:薬師の湯 やくしのゆ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 湯河原温泉の別名でもある.
"薬師の湯と七湯に分れ"(指物師名人長二)
     
湯河原:上野山 うえのやま 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 湯河原の東に位置する山とあるが,温泉街の東ではなく北.寺は上野山葉上院と号する.
"西は西山、東は上野山、南は向山、北は藤木山という山で囲まれている山間の村で"(指物師名人長二)
上野山楊柳観音 0206
湯河原:藤木山 ふじきやま 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 湯河原の北に位置する山という.
"西は西山、東は上野山、南は向山、北は藤木山という山で囲まれている山間の村で"(指物師名人長二)
     
湯河原:本沢 ほんざわ 長二 全1件1題 足柄下郡湯河原町 湯河原の別名(総名)とある.
"総名を本沢と申して、藤木川、千歳川などいう川が通っております"(指物師名人長二)
     
湯河原:藤木川 ふじきがわ 長二 全1件1題 湯河原町の温泉街を通る だるま滝は栖鳳橋そばの小滝.圓朝のいう小滝はどこか不明.
"この先の山をちっと登ると、小滝の落ちてる所があるだ、そこの蘆ッ株の中へ棄てられていたのだ、背中の疵が証拠だ"(指物師名人長二)
だるま滝 0010
湯河原:千歳川 ちとせがわ 長二 全1件1題 湯河原町の南端を通る 藤木川・千歳川は落合橋で合流.
"総名を本沢と申して、藤木川、千歳川などいう川が通っております。この藤木川の流れが、当今静岡県と神奈川県の境界になって居ります"(指物師名人長二)
千歳川 0012
小谷 こだに 長二(弘文志ん生) 全1件1題 足柄下郡湯河原町か 志ん生(5)の「名人長二」に出てくるが不明      
箱根 はこね 明治の地獄, 長二, 鶴殺 など (他 東京74件, 上方15件) 全102件70題 足柄下郡箱根町 箱根の名物,寄木細工.「熱海土産」でも湯治場に売りにくる.写真はスライド式のからくり箱.
"藤沢宿を矢張り七つ立ちに致し、箱根の関所を門締り頃に越え、箱根の山中の立場に休みまして"(鶴殺疾刃庖刀)
箱根細工からくり箱 1003
箱根の関所 はこねのせきしょ 熱海, 名人く, 鶴殺, 初島 (他 東京9件) 全13件10題 足柄下郡箱根町箱根 資料をもとに関所が復元され,2007年に公開された.資料館が併設されている.高台の見張所から関所全体を見おろすことができる.
"箱根宿のお茶屋に頼んで、とうとう箱根の関を越して小田原へまいり"(熱海土産温泉利書)
箱根の関所 1311
箱根山 はこねやま 熱海, お民 (他 東京71件, 上方10件) 全83件41題 足柄下郡箱根町 東海道小田原箱根間には3ヶ所,箱根三島間には4ヶ所の一里塚があった.あわせて箱根八里.写真の一里塚は,畑宿そばのもので最近復元された.左側にケヤキ,右側にモミの木が植えられている.
"その頃は中々むずかしく、箱根山は番所があって容易には通れません"(熱海土産温泉利書)
箱根山一里塚 1311
はた 初島 全1件1題 足柄下郡箱根町畑宿 畑宿名産はいまでも寄木細工.石川仁兵衛は,寄木細工の祖とされる.墓は畑宿を下ったところの墓地にある.
"皆日金の峠を越して箱根の畑へおいで遊ばしますが、只今ではどちらへ参っても道路がよくって、難所という所はございません"(敵討霞初島)
石川仁兵衛墓 0109
箱根七湯 はこねしちとう 蝦夷錦 (他 東京4件) 全5件3題 足柄下郡箱根町 個別名としては湯本,木賀しか出てこない.堂ヶ島入口には圓朝のしのぶ碑があった.
"湯治に参りまするにも湯本の福住から七湯を廻って、一度に千両ずつもつかったという贅沢の暮らしを致した者でございます"(蝦夷錦故郷之家土産)
     
木賀 きが 黄薔薇 (他 東京2件) 全3件2題 足柄下郡箱根町木賀 箱根七湯の一.旅館は数軒しかない.
"江沼は箱根の湯治場の木賀に五週間ほど療養いたしましたので、大きに身体の具合も良いから、最早帰ろうと思います"(黄薔薇)
木賀湯滝温泉源泉 9902
湯本 ゆもと 蝦夷錦, 初島 (他 東京4件) 全6件5題 足柄下郡箱根町湯本 箱根七湯の一.ここからが箱根"登山"鉄道の本領,スイッチバックに80‰の急勾配.
"その翌晩は箱根の湯元へ御一泊になりまして、また後へ少しお戻りになって熱海へと、三、四十里ばかりの道を六、七日がかりで"(敵討霞初島)
湯本温泉 1311
湯本:福住 ふくずみ 蝦夷錦 全1件1題 足柄下郡箱根町湯本 創業350年の湯本の老舗旅館.擬洋風建築の旧館は文化財指定.
"湯治に参りまするにも湯本の福住から七湯を廻って、一度に千両ずつもつかったという贅沢の暮らしを致した者でございます"(蝦夷錦故郷之家土産)
福住旅館 0109
湯本:宗蓮寺 そうれんじ 明治の地獄 全1件1題 足柄下郡箱根町湯本 臨済宗早雲寺(そううんじ).北条氏の菩提寺.早雲はじめ北条五代,飯尾宗祇の墓がある.「能祇法師」をご覧あれ.
"圓朝が先だって箱根に逗留中、宗蓮寺で地獄極楽の絵を見まして、それから案じつきましたお短い落としばなしでございます"(明治の地獄)
早雲寺 飯尾宗祇墓 0307

掲載 030803/最終更新 131217

   表の項目の説明

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