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絶滅危惧落語 その2        演者順
甘井羊羹 : 甘井養閑,臍の宿替,杉本梁江堂 (1909)
荒川の桜 : 荒川の桜,圓左新落語集,小槌会 (1906)
勇みの遊び : 勇みの遊び,講談雑誌, 3(11) (1917)
伊勢小僧 : 伊勢小僧,文芸倶楽部, 28(9) (1922)
猪退治 : 猪退治,名作落語全集 8, 騒人社 (1930)
おかべ : をかべ,百花園, (228) (1899)
お行の松 : お行の松,娯楽世界, 7(3) (1919)
乙女狐 : おとめ狐,講談倶楽部, 3(6) (1913)
鬼の面 : 鬼の面,ヨシモト, 3(4) (1937)
音曲質屋 : 音曲質屋,三遊亭一口演説,野村銀次郎 (1890)

柿取り : 柿取,文芸倶楽部, 13(6) (1907)
上方芝居 : 上方芝居,文芸倶楽部, 23(6) (1917)
我来也 : 我来也,娯楽世界, 9(4) (1921)
黒玉つぶし : 黒玉潰し,速記の花,関西速記学会 (1892)
庚申待 : 庚申待,文芸倶楽部, 6(5) (1900)
乞食の遊び : 乞食の遊び,講談雑誌, 7(4) (1921)
五十五銭 : 五拾五銭,講談雑誌, 2(11) (1916)
小玉の奉公 : 小玉の奉公,改良落語,駸々堂 (1890)
木の葉狐 : 木の葉狐,演芸倶楽部, 2(8) (1912)
子煩悩 : 子煩脳,演芸倶楽部, 2(10) (1912)
小町 : 小町,文芸倶楽部, 29(6) (1923)

匙加減 : 匙加減,文芸倶楽部, 7(10) (1901)
芝居寿司 : 芝居寿司,圓遊新落語集,磯部甲陽堂 (1907)
写真の仇討 : 一枚起請,笑福亭松鶴落語集,三芳屋 (1914)
三味線鳥 : 三味線鳥,百花園, (186) (1897)
数珠つなぎ : 珠数繋ぎ,娯楽世界, 9(9) (1921)
新右衛門狸 : 新右衛門狸,落語五人全集,丸亀書房 (1925)
酢瓶 : 酢瓶,文芸倶楽部, 19(13) (1913)
雪踏 : 雪踏,娯楽世界, 5(3) (1917)
そうめん : 丈長そうめん,小三治新落語集,三芳屋 (1911)

大師廻り : 大師廻り,新選落語集,春江堂 (1939)
館林 : 武勇生兵法,文芸倶楽部, 29(6) (1923)
狸の娘 : 狸の娘,文芸倶楽部, 22(14) (1916)
茶碗屋政談 : 唄裁判,講談倶楽部, 8(8) (1918)
綱七 : 綱七,名作落語全集 5, 騒人社 (1930)
とろろん : とろゝん,文芸倶楽部, 20(8) (1914)

長襦袢 : 歩き出す振袖,娯楽世界, 7(6) (1919)
長尻 : 薮医,小せん新落語集,三芳屋 (1911)
成田の初まいり : 成田の初まゐり,圓遊の落語,三芳屋 (1914)
にゅう : にゆう,花筺, (12) (1890)

初夢 : 初夢,娯楽世界, 4(1) (1916)
人身御供 : 人身御供,講談雑誌, 4(13) (1918)
棒屋 : 棒屋,娯楽世界, 2(5) (1914)

耳じがじが : 短気息子,改良落語,駸々堂 (1890)
無筆の女房 : 無筆の女房,講談雑誌, 1(4) (1915)
名画の虎 : 名画の虎,講談雑誌, 4(2) (1918)

焼物取り : 焼物取り,桂文團治落語集,三芳屋 (1916)
吉野御殿 : 芳野御殿,娯楽世界, 3(4) (1915)
夜の手習 : 夜の手習,落語の根本,寧静館 (1893)

淋病醤油 : 痳病醤油,お臍の宿替,立川文明堂 (1923)

 本ページでは,寄席の定席で聴いたり,最近の落語全集で見ることができない珍しい落語100席をピックアップして,その1に引き続き50席を紹介する.『落語事典』には1200席を超える演目が記されている.一方で,現在,演じられる古典落語の数は700席ほどと言われている.そうすると,数百席は,簡単には聴けない落語だということになる.
 これらの落語が演じられなくなった理由は一つではない.はじめから掛け捨てのつもりで作られたもの,よい噺でも継承する落語家がいなかったもの,難しいわりには面白くないもの,時代風俗が合わなくなったもの,現代のコンプライアンスに抵触するものなど,さまざまな理由で消えていったと考えられる.これで都合100席を取り上げることができたが,折をみてさらに100席を追加したいと考えている.
 いわば,忘れられた落語を紹介しようとしたため,どうしても戦前の雑誌,書籍から掘りおこしてきたものが多い.なお,一つの演題で多数の速記が残されている場合は,できるだけ古いもの,内容のよいものを選ぶようにした.また,雑誌の巻号については,雑誌によって□号,○巻□号,○巻□月号や○巻□編など,表記がまちまちのため,すべて○(□)の表記に統一した.
 本ページには,身体的特徴や職業・身分等に関して差別的表現が含まれている.古典作品の書誌や内容を正確に伝えることを目的としており,作品が出版された当時の状況を鑑み,言い換え等は最小限にとどめた.


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051 桂文之助,甘井養閑,臍の宿替,杉本梁江堂 (1909)
【あらすじ】
 「この近所に徳島からやって来たお方で,もとは砂糖の製造をしていた甘い名前の人は知りませんか」.広い大阪のことではあるが,甘井養閑というお医者ではないかと教えてもらった.訪ねてみると,甘井養閑が出てきて,「これはどなたかと思うたら,お国の徳兵衛さんではありませんか.つもる昔話がありますから,どうぞ家に逗留して下され」.女房のおさとに息子の閑蔵を紹介した.「ところでお嬢さんのお光さんは,さぞご成長のことでござりましょう」「お光は,尼ヶ崎の城下に居ります」「どこかにご縁づきなすったので」「いえ,お光は病身でして,尼になっております」「へえー,やっぱりお寺持ちでござりますか」「イエ,庵持ちで」

【ひとこと】
 徳兵『エエ閑蔵さんと云ふのは 養閑『ハイ、当時(ただいま)家内(これ)との仲に出来た悴でござりますので 徳兵『成程、あなたが甘井養閑さん、御家内がおさとさん、御子息が閑蔵さん余程甘いお名前ばかりで……… それはそうと、お国にござる時にお光さんと云ふお子がござりましたが(甘井養閑)
 甘井養閑(あまいようかん)は,『臍の宿替』に収められている上方落語.桂文之助(2)演.『落語事典』には「甘井羊羹」の演題で,補遺の部分に載っている.

【つけたし】
 ここからは,50題の絶滅危惧落語について,演題の五十音順に紹介する.
 「甘井養閑」は,上方落語の小品で,この速記のほか,甘い医者(桂文左衛門),甘露の家庭(小雀)の速記が知られている.養閑(羊羹),おさと(砂糖),閑蔵(甘草),お光(蜜),庵持ち(餡餅)と,甘いものづくしの趣向に終始している.桂文屋の本名が,苦い薬の陀羅助で,妹がお里,兄が勘三だという.偶然の一致か,このことを元に「甘井羊羹」が創作されたか.甘井養閑の出身地の讃岐国では,特産の和三盆を製する.城下町の尼崎は,今も"尼"と呼ばれている.尼の城下(白下)は,真っ白な上白糖に対して黒砂糖の白下糖を指す.尼崎城の近くでは,甘露寺という名の寺や,老舗の水飴屋を見ることができる.


052 三遊亭圓左,荒川の桜,圓左新落語集,小槌会 (1906)
【あらすじ】
 旦那と出入りの大工,幇間の3人が,柳橋から船を仕立てて花見に出かけた.千住大橋で船から上がり,車に乗り換え,荒川の土手に差しかかった.「こういう結構なところを車に乗ってちゃつまらない話だ.ここで降りようじゃないか」「実に何ですね,桜のトンネルをくぐるようです」「棟梁にこの先の墨染桜をお目にかけたいね」.茶店で一杯やっていると,幇間の一八が泥だらけになって戻ってきた.「旦那,実に驚きました.学校帰りの子どもをからかっていると,5,6人で棹でもって殴ってくるんで,畑の中を逃げると,こんどは野荒らしだってんで泥だらけの草鞋を叩きつけられて斯くの如く……」.茶店の出す"村醒"のような水っぽい酒でも,何杯も飲めば酔ってくる.一八が,手頃なサクラの枝を折ったところ,後ろから,「オイコラ」の声.巡査に捕まって,たっぷり油を絞られた.すっかり遅くなったと,待たせてあった船に急ぐ.「ちょいと枝ぶりの面白いのを引っこ抜いた.こいつを土産にしよう」「棟梁,そんな棒のようなものを振り回して危ないよ」「大丈夫.棒ふりや蚊になるまでの浮き沈み…….大丈夫」.棟梁大分酔っている.
 船が鐘ヶ淵あたりに来ると,急に水が渦巻き,船がぴたりと動かなくなってしまった.「こいつは主のしわざだ.みなさん静かにして下さい」「何だ.これっぱかりの事に驚いてどうする」「棟梁,危ないよ.立っちゃダメだ」「船が回ろうがどうしようが,主の頭をこの棒で突っついてやる」.渦巻いているところを棒でグッと突くと,棟梁は渦の中にグイッと引き込まれてしまった.とたんに,水面が真っ赤になって,不思議にも波が収まってきた.「ああ.棟梁には気の毒なことをした.船頭さん,アレは棟梁が主に食いつかれた血かね」「あそこの主は緋鯉だそうで」「道理で棒ふり[ボウフラ]が飲まれてしまった」

【ひとこと】
 昨年圓左(てまえ)が荒川へ花見にまゐりました、あの辺はトントどうもその未だ左程に開けません、なれども結構な桜が沢山に厶います、本年は又それより十倍増しで繁昌で厶いませう、昨年まゐりました時に図らずもそのエーありました事をちょっと一席にまとめてお喋りをいたします(荒川の桜)
 荒川の桜(あらかわのさくら)は,『圓左新落語集』に収められている.三遊亭圓左(1)演,浪上義三郎速記.他の速記はない.

【つけたし】
 桜の名所としての荒川は,桂文楽の「鶴満寺」など2題の落語に出てくる.荒川のサクラというと,熊谷の荒川堤の桜が有名だが,これは,東京都内の荒川のこと.荒川放水路の工事によって,荒川堤のサクラは衰退してしまっている.近年,放水路の土手にサクラを植えたり,五色桜大橋(写真)と名づけたりと,かつての桜の名所を盛り上げようとしている.鉄道はとおっていないが,池袋と西新井を結ぶ都バスが頻繁に走っているので,その気になれば行きやすい場所にある.実際には,ジョギングや犬の散歩をする地元の人ばかりで,わざわざサクラを見に来た人は一人も見かけなかった.


053 金原亭馬生,勇みの遊び,講談雑誌, 3(11), 197-204 (1917)
【あらすじ】
 まだ写真店になる前の吉原のこと,さまざまな客が格子先を冷やかしている.やって来たのは威勢のいい職人衆が12,3人,幅の広い段ばしごを上がる.「お前のところは初回だ」「花魁は目が高うございます.いつぞやのお客様なんぞと言うと,かえって御散財を願うようなこって」「そうかい,俺の敵娼はけめ子てんだ」「手前どもにはけめ子は居りませんが」「この前,名古屋で買ったのよ」,若い衆に酒だ肴だと豪勢なあつらえものをする.「若い衆から風呂番まで,ズーと祝儀を出すから,まとめて渡すよ,全部で五十銭」「ご冗談様で」.若い衆をからかっている.酒がやって来た,芸者が繰り込んできた.「皆さん今晩は」「おい,今ガラガラッてたのは雷か」「イヤですよ,貴方どこかでお見かけしたことがあるような.そうそう,花屋敷の猩々に似てらして」「口が悪い奴が入ってきたな.お前こそ,もと両国にいたろ」「悪いことはできませんねぇ.しばらく裏河岸にいたんですよ」「そうじゃねえ.向う両国で,裸で熊と相撲取っていた」「およしなさいよ.さあ,入らっはい,入らっはい」「まるで見世物の口上だ.さあ,弾いとくれ」.三味線を取り出し,お座付きも済んで,これからワッとお陽気になろうという,勇みの遊びというお噺で.

【ひとこと】
 其れはまだ写真店にならぬ前の吉原の景況、先づ水道尻辺りから、引けの拍子木をチョ−ンと打込んで来る、其処へ『火の用心さつしやりませう、二階を廻らつしやりませう』『なーべ焼ーきうどん』『白玉おしろーこ』『お稲荷(いなーり)さん』『按摩ー鍼ー』『按摩上下八百文ー』『按摩ー鍼イ』種(いろ)んな按摩が来る、其の内に一番手、二番手、段々に繰り込んでくる(勇みの遊び)
 勇みの遊び(いさみのあそび)は,金原亭馬生(6)(古今亭志ん生(4))演.口絵とも挿絵2枚.『落語事典』には載っていない.他の速記も見たことがない.

【つけたし】
 吉原の遊びのスケッチ落語.当時の遊びの雰囲気がよくわかる.悪口を叩いているが,喧嘩にはならず,相手もうまくやり返している.上方落語の「棟梁の遊び」は,東京の「突き落とし」と同工のプロットで,「勇みの遊び」とは全く違った噺.財布を忘れたため,翌朝ついてきた付き馬を公衆便所に置き去りにする.そこだけが「突き落とし」と違っている.吉原は泥深いお歯黒溝に囲まれていたが,新町は川で囲まれていたからだろう.『落語全集』(大文館(1929))に,「偽棟梁」という演題で速記が残っている.


054 三遊亭圓馬,伊勢小僧,文芸倶楽部, 28(9), 278-286 (1922)
【あらすじ】
 ある大阪の小僧さん,友達が伊勢詣りに行ってきたと聞いて,うらやましくてたまらない.お店の金を持ち出して,抜け詣りに飛び出した.ひと月ほどたって,小僧の定吉が戻ってきた.おこった主人は,定吉を蔵へ放り込んでしまう.心配した婆やのおきくが,毎日握り飯を差し入れてくれた.定吉のことなどすっかり忘れてしまった旦那,一週間もたってから,もう死んでしまったかもしれないとおどかされ,あわてて蔵の扉を開けた.すると,目の据わった定吉が座っている.「こら,伊勢屋太郎兵衛.俺は天照皇大神宮であるぞ.ここを通りかかって立ち寄った.これからは,小僧を大切にして御馳走を食わせよ」.婆やの入れ知恵で大神宮が憑いたふりをしているのだ.しばらく食っては寝ていた定吉が,おもむろに言うには.「大分厄介になったぞ.その礼に儲けさせてやるから,屋敷に社を建てよ」.近所の人がやってきては,米やら金やら寄進した.15日後,大神宮は伊勢へ帰ると言い出した.貢ぎ物を金に換え,賽銭と合わせると560両にもなった.「半分は定吉の両親にやれ.残り半分は婆やのおきくにやれ」.道楽者の亭主で難儀したおきく,「これで故郷に帰ることができます」「その金はどうする」「近所へおはらいを出します」

【ひとこと】
 大神宮様変なお呪詛(まじない)をやる、奇態にそれが癒つたといふので大層な評判、毎日毎日参詣の人が絶えない、伊勢屋の表へ商人がズーつと列んで、此方の方へ飴屋が列んで、彼方(あっち)にやァ機関屋(からくりや)が出ている、肥後守の小刀を売つている それァどうだか知りませんが(伊勢小僧)
 伊勢小僧(いせこぞう)は,三遊亭圓馬(3)演.口絵とも挿絵3枚."伊勢小僧と云ってお古いお噺でございますが、古きを温ねて新しきを知るといふ事もございます"とあるが,『落語事典』には載っていない.他の速記も見たことがない.

【つけたし】
 演者の三代目圓馬は,大阪に移住して東京落語を演じていた.大阪を舞台としているが,『上方演芸辞典』にもこの噺は載っていない.蔵の中に小僧が閉じ込められるのは,「蔵丁稚」(四段目)という落語に似ており,神様がのりうつって店員の待遇改善を訴えたり,近隣から貢ぎ物が来たりするのは,「御神酒徳利」や「紋三郎稲荷」と似ている.サゲの伊勢神宮のお祓いとかけるのは,「富久」と同工.神様が落ちて,ただの小僧に戻っただけでなく,朋輩から貢ぎ物をむしり取った形になった定吉は,その後,ひどい目にあわなかっただろうか.


055 三笑亭可楽,猪退治,名作落語全集 8,騒人社 (1930)
【あらすじ】
 信州松本藩の城主,松平丹波守が江戸へ出府の途中,碓氷峠で休憩していると,向こうから二人の足軽が,下手な浄瑠璃を大声で語りながらやってきた.気になった殿様,二人を呼び止めて一段語らせた.豊沢大助が口三味線を弾き,もう一人の竹本久蔵が妙ちくりんな顔で浄瑠璃を語る様子を気に入り,ほうびに金千疋を遣わした.江戸城中で上田伊賀守にあった松本の殿様,「貴殿には豊沢,竹本という良い御家来をお持ちだ」ともらしてしまった.遊芸を披露した罪で,二人がとがめられるかもと案じた松平様,とっさに「碓氷峠の山中に現れた手負い猪を,両人が退治いたしたのは,実にあっぱれな腕前」とごまかした.上田の殿様,屋敷に帰るとさっそく両名を呼び出した.さては,碓氷峠の一件がばれたかと,恐る恐る御前に出ると,猪退治の模様を語れとのご下命.知らないことをいいことに,松本城主に襲いかかった暴れ猪を討ち取った武勇伝を身振り手振りで大げさに語った.かかる手柄を口外せぬとは慎み深い者どもと喜んだ殿様は,百石で二人を士分に取り立てた.「いや,ホラの本家は松本の殿様だ」「おかげで我々が出世したのは,ししのホラ売りだろう」.この二人の子孫は,大阪で義太夫語りと三味線弾きになっている.

【ひとこと】
 碓氷峠へ差しかかりますると、ワーワッというおびただしい人声がいたしますから、何事ならんと小高きところに立ち上がり、はるか向こうを見てあれば、小山のごとき大猪、牙を鳴らし、風を生じてすでに丹波守様御同勢の中へ駈け入り、みるみる間に数十名を前後左右へはね飛ばし(猪退治)
 猪退治(ししたいじ)は,『名作落語全集』第8巻に収められている.三笑亭可楽名義の速記で,時代からすると七代目になる. 講談社の『評判落語全集』などにも「猪退治」が載っているが,すべて同じ速記を流用している.『落語事典』には「猪退治」(いのししたいじ)の演題で載っている.

【つけたし】
 中山道の難所,碓氷峠の山中が舞台となる.「碓氷の夢」や「猿丸」という落語も碓氷峠を舞台とする.松本藩の殿様は,芸事に理解があり,他藩の足軽の身を案じる機転が利く人物に描かれている.峠のふもとの横川には,中山道の関所が設けられていた.関所も廃止され,鉄道が通るようになってからの横川と言えば,釜めしの駅弁が飛ぶように売れていた,今は碓氷峠越えが廃線になり,訪れる人も少ない横川の関所資料館には,偶然にも猪退治を記した掛け軸が展示されていた.


056 桂文治,をかべ,百花園, (228), 29-45 (1899)
【あらすじ】
 和泉国岸和田の城主,岡部美濃守は吉良上野介に満座の中で恥をかかされ,思わず立腹したが,ぐっと我慢してその場は別れた.1年後には,御子息の大助に家督を譲り,美濃守は渋谷の下屋敷に隠居した.ある日,吉良に使者を立て,5月27日には粗茶を献じるので,屋敷へのお出でを願った.吉良は喜んで,「ようやくお気がつかれた.茶ばかりであるまい,御馳走が出て,帰りには目録を進ぜるだろう」.当日は昼食も取らずに,呉服橋のお屋敷を出立した.岡部家の玄関に着くと,手を取らんばかりにお座敷に迎え入れられ,重役が「今日はようこそ御入来下さいました.主人が参りますまで,しばらく御休息遊ばされますよう」と言うなり,スーッと下がってしまった.五つ時から待たされ,茶の一杯も出ない.八つ,七つ,腹は減るし,便所に行こうにも,襖が止められて出ることもできない.六つの時計が鳴ると,唐紙が開いて,岡部が槍をピタリと吉良の鼻先に突きつけた.「いかに上野……」(ここから芝居掛かりで,団蔵・左団次の声色.舞の合方)
 「昨年,満座の中で恥をかかされ,その場で討ち取ろうと思ったが,殿中で刀を抜けば,身は切腹家は断絶,ぐっとこらえたが,今は隠居の身の上,その方を斬っても我一人の切腹ですむこと.いざ,立ち上がって勝負なされい」と詰め寄った.吉良は,「老耄し身に覚えのないこと,役に立たぬ犬とおぼして,ご勘弁くだされ」と詫びた.「岡部美濃は犬畜生を突く槍は持たぬ.誰そあるか,鮑貝で冷や飯を食わせい」とさんざんはずかしめて,不浄門より追い払ったと,芝居ならばこんな按配でしょう.
 岡部は十分意見をして,御馳走料の目録を添えて吉良を帰された.「くれぐれも諸大名が貴殿を恨みますゆえ,以後お慎みなされ」.吉良は駕籠に頭から這いこんで,ほうほうの体で屋敷に戻った.慌てて小用をたした吉良は,急いで飯を命じた.おかずに目もくれず,飯を十八膳も平らげ,ようやくお平の蓋を取った.「この中のものは何である」「急場のことゆえ,豆腐でございます」「豆腐は食わん.おかべにはもう懲り懲りした」

【ひとこと】
 団「サ、先づ先づ、余りと申せば御短慮千万、かくのごとく御謝(おわび)いたす……アノ上野は、役に立たぬ親爺ヂヤ、ありや犬ヂヤ、畜生ヂヤと思し召され………ササ犬つく這ひに両手をついて、誤つておりますれば、御勘弁な下さりようならば、有りがたう存じまする、 左「ヤァ、少将とも申す者が意気地のないことではある………かやうな卑怯な人を殺すは、大切なる刀の穢れ、一命(いのち)を助けてくれいとならば、助けても呉れやうが、人と思へば堪忍ならぬ、人の皮着た畜生とあらば、助けて返すこともあらふ………」(をかべ)
 をかべ(おかべ)は,『百花園』228号に掲載された.桂文治(6)演,石原明倫速記.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 講談ネタ.240号で終刊となる『百花園』は,この頃になるとネタ不足に陥り,珍しい落語に加え,まとまりのない落語が載るようになる.「をかべ」は,六代目文治得意の芝居噺で,途中から役者の声色でセリフを語っている.速記ではその声音まではわからない.この噺,いくら「忠臣蔵」の悪役とはいえ,吉良の殿様を理不尽なほどいじめている.タイトルのおかべは豆腐の別名で,白壁に見えることからその名がついた.写真は,江戸の庶民に愛された八杯豆腐.シンプルに酒と醤油で豆腐を煮た料理で,「豊竹屋」の朝飯にも供された.


057 三遊亭圓左,お行の松,娯楽世界, 7(3), 45-56 (1919)
【あらすじ】
 近江屋の旦那が幇間の初公を問い詰めている.「こないだ上がった料理屋から書付が来ているが,お前に預けた紙入れはどうした.それから,芸者衆の祝儀も渡ってないらしい.怪しいから一軒残らず調べさせた」「それはそれは行き届いたことで」「太え奴だ.初公は泥棒だからと言って,親類残らず出入り止めにしてやる」.俺の言うことを聞けば勘弁してやると,計略を話した.今日吉原に上がったら,酔ったふりをして寝てしまえ.そして,花魁にやった五十両の金を夜中にそっと盗むんだ.金がなくなったことに気づいた花魁が騒ぐに違いない.そうしたら50両をもう一度やる,つまり50両を100両にして遊ぶんだ.
 言われたとおり,初公は空イビキをかきながら,花魁の小引き出しから金を盗むと,また高イビキ.ひどい奴もあるもんで.夜も明けかけた頃,旦那は初公を起こし,妓楼を出て,お行の松の根方まで連れ出した.「五十両はどうした」「大変だ,忘れて来ました」「そうか,初公,俺をなんと見る.近江屋とは表向き,俺は偽金使いだ」.洒落にこしらえた札があまりうまくできたので,紙幣をこしらえては使い,今日の身代になった.「ゆうべ花魁にやった金は,こしらえ損ないの偽金だ.お前に盗ませるからいいと思ったが,あれが1枚でも使われたら俺は終わりだ.俺はここで腹を切って死ぬから,お前は家に行って女房に離縁状を渡してくれ」「旦那,刃物を振り回すのはやめて下さい.実は昨晩やりました.だから,これに懲りて偽金使いはおよしなさいませ」「初公,貴様がゆうべやったかやらねえか,俺はよく見て知っていたんだ.これが偽金か.どこへ行っても通る本物だ」「ああ,それで安心した,3枚くすねておいた」

【ひとこと】
 酒は飲んでも飲まいでも勤むる処は屹度勤むる、アハハハ、俺は大役があるんだ、先づお芝居ですると、黒天鵞絨の四天,朱鞘の大小を落し帯(ざし)、蔵を切り破つて出るのが俺の役廻り(中略)黒羽二重の対服,宗十郎頭巾を真深に冠つて黄金作りの大小を落帯、曲者待つたと云ふのが旦那の役廻り」 旦「何を云つてやがる、余計な事ばかり云やァがる、あっちへ行つて寝て了へ」(お行の松)
 お行の松(おぎょうのまつ)は,『娯楽世界』7巻3号に掲載された.三遊亭圓左(2)演,浪上義三郎速記.口絵とも挿絵2枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 これは亡父圓左がこしらえた話とある.よく似ている「星野屋」よりもストーリー性が低い.出入り止めにしかけた幇間を,ふたたび計略にはめて一体何の意味があったのか.お行の松と言えば,「お若伊之助」の寮があった場所.大きく傘を広げたような初代お行の松は枯れてしまい,幹だけが保存されている(写真).その代わりという訳でもなかろうが,噺に出てくる狸塚がこしらえられた.


058 笑福亭松鶴,おとめ狐,講談倶楽部, 3(6), 63-71 (1913)
【あらすじ】
 源助と喜六の2人が,桜の宮に花見に繰り出した.目当ては花ではなく,花見に浮かれた美人の女子(おなご)をナンパすること.しかし,声をかけても,全然うまくいかない.土手から立小便すると,寝ていたキツネの頭にかかった.「悪い奴じゃな.あの二人連れ,最前から往来の人に悪いことばかりしおって,しかも,私に小便をかけるとは」.洫(いじ)の藻を頭に乗せると,ポイッと可愛らしい娘に化けた.「お二人さん,待っとくんなはれ.私は隣町の米屋の米ですよ」.娘が言うには,一緒に花見に来た旦那は酔いつぶれてしまい,顔見知りのあなたとどこかで一杯飲みたいからつきあってくれと,願ったりかなったりの申し出.女は一足先に,岩国屋にあがって待っていることになった.「源やん,結構やなあ」「アホ,あれは人間やない.最前,小便したとき,狐がさっと逃げたろ.あの女は狐が化けたのや.小便なと飲まされるかわからへん」「小便飲まされては,どもならん」「いい考えがある.ここというきっかけで手水に行って逃げてしまおう」
 岩国屋にあがった2人は,狐の化けた女とタイの天ぷらで一杯飲みはじめた.狐釣で負け飲みとひとしきり遊ぶと,手水へ行くといって二人とも逃げてしまう.誰もいなくなったのをさいわい,狐は本性を現して,鉢に首を突っこんで,魚をばりばり食いはじめた.障子のすき間から部屋をのぞきこんだ板場の男衆が腰を抜かした.キツネが上がりこんでいると聞いた主人は,割り木をつかむと,部屋に乗りこんだ.「このド狐め.お客の残りはみんな施してやっているに,なんでこんないたずらをする」「はい,決して貴方の家にいたずらに来たのではござりません.日頃の恩返しに客人を二人連れて来ましたので,それに支払いをさせますから」「貴様,狐でありながら,人間に化かされることがあるかい.二人の男は,とうに逃げてしもうたわ」「エーッ.こんなことならまじないをしておけばよかった」「どんなまじないや」「眉につばをつけておくのを忘れました」

【ひとこと】
 狐『アノ狐釣と云ふのはどんな事をするのです △『どんなことと云ふて、ここへ酒盞(とさん)をこう置いて、この上へ御盃を置いて、よろしいか、釣ろよ、釣ろよ、信田の森の、狐どんを釣ろよ、かいかいつるやかいつるやで、この酒盞の盃をばチョッと取つたら貴女の勝で、私の方で罰に酒を飲む、この盃で三杯飲む、若しこの罠の中へ貴女が手を突込んで取り損なつたら貴女に盃に三杯お酒を飲んで貰うので(おとめ狐)
 おとめ狐(おとめぎつね)は,『講談倶楽部』3巻6号に掲載された.笑福亭松鶴(4)演,大河内翠山速記.挿絵1枚.目次では「をとめ狐」となっている.『落語事典』には「乙女狐」の演題で載っている.

【つけたし】
 『講談倶楽部』に載った数少ない上方落語.「高倉狐」(王子の狐)はこれの改作だと書かれている.人間と狐が問答するあたり,「王子の狐」とは全然違った展開になっている.おそらく,話したそのままを速記したのではなく,他国の読者でもわかるように編集していると思われる.それでも,迂闊目(うかめ),洫(いじ),酒盞(渡盞,とさん)といった,あまり聞かない言葉がポンポン飛び出してくる.拾い食い,強姦する,占めるといった,女性に対するデリカシーのない言い回しは,ちょっと引いてしまう.狐釣の文句や遊び方は,「親子茶屋」のそれとは違っている.「親子茶屋」では,目隠し鬼のような遊びだが,「おとめ狐」では,ワナをかいくぐる遊びになる.速記からだけでは伝わらないが,手拭いのようなもので丸いワナをつくり,そこを通して盃をつかむのだろう.キツネ役の人が,キツネの振りでもすれば,なおのこと場が盛り上がるだろう.


059 桂圓枝,鬼の面,ヨシモト, 3(4), 14-16 (1937)
【あらすじ】
 おもちゃ屋の店先で,小僧さんが一点を見つめたまま動こうとしない.主人が尋ねたところ,自分は能勢の妙見の裏の沼というところの生まれで,早くに父に死に別れ,9歳の時に大坂に奉公に来た.以来3年間,お給金は全部母親に仕送りしてきた.お店に母親にそっくりな面を見つけたが,もしお面を買うと,母親に金が送れなくなってしまうので立ち去りかねていたと言う.その気持ちに感じいった主人は,ただでお面を小僧にやった.小僧の徳松は,お面を自分の手文庫にしまって,朝晩声をかけていた.このごろ徳松の様子がおかしいと,手文庫を開けてみた番頭さん,こんな面よりも鬼の面の方が喜ぶだろうと,だまって取りかえてしまった.
 なつかしい母親が鬼になってびっくりした徳松は,主人が止めるのを聞かず,握り飯をもって故郷へ駆けていった.子供ながら一念はすごいもの,夜には能勢の山までやって来た.たき火をしていた老人に声をかけ,茶をもらって握り飯を使わせてもらう.老人が言うには,これから留守番をしていて欲しい,上から声がかかったら,土瓶を持って行ってくれと頼まれた.たき火の火照りが強いので,持ってきた鬼の面をかぶって待っていると,声がかかった.「ヘーイお茶」と面をかぶったまま土瓶を運ぶと,中の男どもはワッと逃げ去ってしまう.博打をしていたらしく,金札(きんさつ)が残っている.かしこい徳松のこと,金札かき集めて庄屋に持って行った.これが近所の評判になった.「相手が子供でも鬼が怖いものかいな」「渡辺綱という偉い侍でさえ怖がったんや」「何,綱が怖がった.そいで,あの子が金札持って帰ってきたんか」

【ひとこと】
 「早よう帰つて来とくなはれや」と、徳松は、弁当を開いて、たき火にあたつてますが、どうも、顔ばかりほてりますので何んとかいい思案はないかと思ひ附いたのが、懐に入れてありました鬼の面、それを冠つて、たき火にあたつて居りますと、上の方から「オーイ」と呼ぶ声(鬼の面)
 鬼の面(おにのめん)は,桂圓枝(2)演.挿絵1枚.吉本興業の宣伝小冊子『ヨシモト』に載っている.

【つけたし】
 面白い噺なのだが,まともな速記がない.ここで紹介するのはわずか3ページの文章だし,「孝子仮面」という気持ち悪い演題の速記もある(桂仁左衛門『はら皷』 登美屋書店(1910)).小僧の故郷は,"沼"ではなく,"野間"が正しい.なぜ小僧が鬼の面をかぶっていたかの理由づけと,"金札"というわかりにくいが,変えることのできないサゲがネックになる.お面については,炎の熱さをさえぎるのではなく,防寒のためにかぶるパターンもある.サゲ際の速記の説明は少し変で,伝説では,羅生門に鬼がいると聞いた渡辺綱は,羅生門で鬼の片腕を斬り落とし,証拠の金札を立てて戻った.綱は鬼を怖がってはいない.また,金札には別の意味もあり,閻魔の庁の裁きで地獄行きが鉄札,極楽行きが金札を渡される.ほうびの金をもらって,"道理で金札つかんだ"が,しっくりしたサゲになる.


060 三遊亭花遊,音曲質屋,三遊亭一口演説,野村銀次郎 (1890)
【あらすじ】
 常盤町に新内屋音曲質入所と看板をあげた店ができて,たいそう繁盛している.「番頭さん,ひとつ本朝廿四孝を預かって下さいませんか」「そんなお古いものはいけません.今時分,"回向しょうとて"なんぞ,やるお方はありませんから」「噺家の名寄せでこしらえましたので,一円お貸しなすってください」「なるほど.ともかく一つおやりなすってごらんなさい」.三味線を借りた客は,噺家づくしの義太夫を語った.
 浮世落語名寄せと人の愛するは姿優しき柳橋へ圓遊として一ト間を立ち出で……
 「もし,そりゃ,いくらやっても質物にはなりません」「どういう訳で」「浄瑠璃ばかりならよろしいが,間に入る声色は,根が盗みものですから」「そりゃまたなぜで」「それを取りますと弾き合いを食います」

【ひとこと】
 鼻光正一菅の屋に圓喬桂の文楽や玉輔漢語面白ひ名学ジャガラもあるならば可楽とたつた一ト声のお声を岸の家菊びしと圓朝の前へドウとふし柳亭小柳に三好町(音曲質屋)
 音曲質屋(おんぎょくしちや)は,『三遊亭一口演説』に収められている.三遊亭花遊演.飯塚八太郎名で,同内容の本も出版されている.

【つけたし】
 この手の落語は,次々と現れる客が得意の一節を聞かせて,それを店が値踏みしたりする構成が多いが,この噺では客は一人しか現れない.「本朝廿四孝」では,奥庭狐火の段,八重垣姫が"翼が欲しい羽が欲しい"と身もだえるセリフがもっとも有名だろう."回向しょうとて"も有名な部分で,"回向しょうとてお姿を画には書かしはせぬものを、魂返す反魂香、名画の力もあるならば、可愛いとたった一言の、お声が聞きたい聞きたいと、画像(えぞう)の傍に身を打ち伏し、流涕こがれ見え給う"という文句になっている.【ひとこと】に引用したのは,ちょうどその部分になる.せっかくの名台詞も,もはやオリジナルが分からくなっているので,明治時代の噺家折り込みではさっぱり通じない.現役の相撲取りでもタレントでもいいが,作り替えて再生するには,途方もない労力がかかる.
 『三遊亭一口演説』には,この噺のほか,「雷獣の話」「粥野郎」「荷なげ」「熊の膽」「山川白酒」「素人車」といった興味をそそる演題がならんでいる.音曲小噺の「粥やろう」は,三遊亭圓生(6)の「豊竹屋」の枕で聴くことができる.


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061 曽呂利新左衛門,柿取,文芸倶楽部, 13(6), 148-156 (1907)
【あらすじ】
 車夫の重助一家と隣家の弁護士青木黒造は,どちらも元士族ながら,暮らしぶりは違っている.7歳になる重助の次男が柿を取ってくれとねだるので,女房のみつは,隣家の塀から飛び出た柿の実を1つもいでやった.すると,兄の重吉の方も取ってくれとせがんで,兄弟喧嘩となる.そこに重助が帰ってきた.女房の方は,飛び出た柿の実を取るのは勝手だと言い張ったが,「俺も昔は徳川の禄をはんだ武士,泥棒をするようなものは家におけぬ」と女房を突きだしてしまう.この騒ぎを知った青木は,ノコギリで柿の木を切り出した.「この木があるから,夫婦別れなどが起きるのだ」「先生,止めて下さい」「ならば離縁を取り消すか」.重助は,しぶしぶ女房を呼び戻した.
 翌日,青木の家では担当事件のまとまりがつかず,晦日の掛取の支払いができない.用人の周造は,居留守をつかって,掛取を追い返していた.そこへ,重助の女房が昨日の礼にやってきた.「先生は今日は他行でございます」「お帰りになりましたら,みつが礼に参ったとお伝え下さい」「周造,今,お出でになった重助の御家内をなぜ家へ通さないのだ」「はい,あれもかき取りでがす」

【ひとこと】
 なるほど人様のものを取れば泥棒だが、今日の法律にして見ると、この裏の地面と青木さんの庭の地面と、その境ひに立つた塀、その塀から内の方へ出ている枝にでけた柿を一ツ取つたのぢや。まるきり枝ごと切つても法律上構はぬぢやないか(柿取)
 柿取(かきとり)は,二世曽呂利新左衛門演.挿絵1枚.『文芸倶楽部』定期増刊号"落語十八番"に掲載された.曽呂利の新話とあり,他の速記は見あたらない.

【つけたし】
 隣家から飛び出してきた物を勝手に切ってもいいのだろうか.3つの落語に実例がある.柿の実をもぎ取るのが,この「柿取り」で,桜の枝を折り取ってしまうのが「鼻ねじ」と言う落語,そして,地面から生えてきたタケノコを食べてしまうのが「たけのこ」(かわいや)という小噺になる.車夫の女房が言うには,隣家から自分の家に飛び出た柿の実は,法律上もぎ取っても許されると言っている,それどころか,枝を切るのも勝手次第だと主張している.「鼻ねじ」でも,"塀ごしに隣の庭へ出た花は捻じよが手折ろがこちら任せじゃ"と短冊に書いて隣家にあてつけている.柿とタケノコの話は,市民向け法律講演では有名なエピソードで,多くの人が一度は聞いたことがあるはずだ.民法は明治29年に施行されているので,この速記が載った当時から変わっていないのではないか.
 民法89条1項 天然果実は、その元物から分離する時に、これを収取する権利を有する者に帰属する。
 民法233条1項 隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
 同第2項 隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。
 残念ながら,柿の実を取ることや桜の枝を勝手に切るのは法律上NGで,タケノコは自由に掘り取ってもOKということになっている.空腹の侍が,顔を出したタケノコを煮て食べたのはセーフだった.ただ,むいたタケノコの皮を「かわいや〜」と隣家に投げつけたのは,まずかった.
 廃掃法第16条 何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない。


062 三遊亭圓右,上方芝居,文芸倶楽部, 23(6), 140-155 (1917)
【あらすじ】
 日本橋石町の質屋伊勢屋長右衛門に久次郎という一人息子があった.悪い友達に誘われ,吉原に入りびたっている.このままでは勘当だが,ひとまず頭をつけて上方の出店に預けることにした.芝居見物でごろつきに絡まれ,間に入った人と仲直りに十人ほど芸者を呼んだ.その中の一人,島之内の春吉という芸者に若旦那が惚れ,夫婦約束までする仲になった.そこに,江戸から手紙が着いた.母親が病気だと書いてあったため,来年の3月には迎えをよこすと約束して,久次郎は江戸に戻った.母の病気も治ると,悪友に誘われ,またぞろ吉原に通いはじめる.春吉のことを放ったまま夏になってしまった.
 ある日,老婆の女乞食が,若旦那に会いたいと伊勢屋を訪ねてきた.女の姿を透き見した旦那は,久次郎は昨冬に死んだことにして,わらじ銭で追い返そうとした.せめて墓参だけでもしたいと言われ,困った旦那は,菩提寺の麻布長安寺を頼ることにする.適当な仏を見つくろってくれと書いた手紙を権助に持たせ,乞食に同道させた.旅の用心で乞食の格好をしたまま伊勢屋に行ったことに気づいた春吉は,権助を待たせて,湯に入って売れっ子芸者の姿に戻った.あまりの変わりように驚いた権助だが,言われたとおり麻布の寺に案内した.若旦那のものだと言われた墓前で,春吉は匕首を取り出し,プツッとのどを突いた.権助が駆け寄り,実は若旦那は生きていて,吉原の常磐木花魁に夢中になっていることを打ち明けた.恨みを抱いたまま,春吉は息絶えた.
 宵のうちは騒がしかった吉原の半蔵松葉も,お引けを過ぎるとしんとなっている.久次郎が夜中にふと目を覚ますと,敵娼の常磐木がいない.廊下の突きあたりに,ぼんやりと女が一人立っている.「若旦那,お久しぶり」「お前は春吉じゃないか」.喉から胸にかけて血みどろの姿を見て,久次郎は卒倒してしまう.そこに伊勢屋から使いがやって来て,春吉が死んだことを伝えた.これがもとで,久次郎は病気になり,春吉のことを言い続けて亡くなった.

【ひとこと】
 エーッ口惜しい、さういふ不実の若旦那とは知らず、乞食のやうな姿(なり)をして態々江戸まで尋ねて来れば、他に増す花が出来て其の女子(おなご)の許へ通ひつめ、家の人には乞食と云はれ、若旦那は死にはつたと嘘吐(つ)いて寺まで連て来るとは何といふ情ない人達や、モシあんた、吉原と云ふ所はどちらの方に当つて居ますかいな(上方芝居)
 上方芝居(かみがたしばい)は,三遊亭圓右(1)演.口絵とも挿絵2枚.『文芸倶楽部』定期増刊号"講談落語 百物語"に掲載された.『落語事典』には「長崎の赤飯」のバリエーションとして説明されている.

【つけたし】
 上方に行った若旦那が芝居見物がきっかけで女を見染めるので「上方芝居」の演題がついているが,芝居見物の場面はない.「長崎の赤飯」は,勘当になった若旦那が長崎で商家に奉公すると,その家の娘に見染められ赤ん坊までもうける.江戸の方では,若旦那を呼び寄せ,無理に嫁を取らせようとする.そこに長崎から身重の嫁が尋ねてきた.すっかり嫁を気に入った旦那は二人を結婚させる.ハッピーエンドで終わる「長崎の赤飯」とちがって,「上方芝居」では,女も自害し,主人公も病死する怪談仕立てになっている.自害寸前に若旦那が駆けつける演じ方もある.むしろ,人情噺の「松竹梅対の島台」が落語の「長崎の赤飯」で,「上方芝居」は別話とした方がすっきりした整理に思える.


063 三遊亭圓馬,我来也,娯楽世界, 9(4), 114-120 (1921)
【あらすじ】
 支那の我来也という神出鬼没の怪盗は,仕事のあと,必ず壁に"我来也"と書いて立ち去ってゆく.誰も我来也の人相を知らないので,怪しそうな奴は軒なみ検挙することにした.「その方は我来也だろう」「とんでもないことでございます.忍術も何も存じません.俗に言うかっぱらい,下駄だの傘だの表に出ているものをさらいます昼鳶で」「下駄一足でも盗んだら,牢に入れても差し支えないのだ.たわけめ」.こそ泥は牢に放り込まれてしまった.もし我来也となれば死罪は逃れない.困って牢内から声をかけた.「もし,お役人様.もし我来也と見なされますと,命がありません.せっかく稼いだ宝が,埋もれてしまうのは惜しゅうございます.川岸の4番目の杭に網があって,中にカワウソの皮で作った袋がありますので,どうぞ使って下さい」.半信半疑で役人が探してみると,本当に宝があった.今度は,南に6里の山腹にあるお宮の松の根方に石の櫃があると聞いて探すと,今度も本当に宝があった.またたく間に役人は成金になった.最後の一つは11里も山に入ったところで,私が行かなくちゃ番人が空けてくれないので,一晩だけ牢から出してくれないか,朝には戻るからと言われて,気味が悪いが,これまでのことがあるので,夕方に錠を開けて出してやった.翌朝,やきもきしていると,ようやくこそ泥が戻ってきた.ほっとして,ふたたび牢へ放りこんだ.昼飯を食おうと役人が家に戻ると,家一杯に荷物が届いているではないか.もう一つ驚いたことには,昨晩,何軒も泥棒に入られ,どの家にも"我来也"と書かれていた.こそ泥は我来也ではなかったと,警察署長は男を放免した.うまく巧んだもので,これが忍術,朝帰ってきたから帰る[蛙]の術でございましょう.

【ひとこと】
 其の晩この警察署の周囲(まわり)へ泥棒が入つて、夜の明ける迄に十四五軒も荒したが皆我来也と云ふ印がしてあつた、かうなるとここの署長さんも驚いた、あの賊が確かに牢に居るのに 十五軒も荒して皆な我来也としてある、して見るとあいつは我来也ぢゃないわいと、ここに嫌疑が霽(は)れて出獄することになつた、事実調べたらやはりこの賊が我来也であつたと云ふ(我来也)
 我来也(がらいや)は,『娯楽世界』9巻4号に掲載された.三遊亭圓馬(3)演,秋月末男速記.口絵とも挿絵2枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 中国の説話を元にした珍しい噺.芝居でする自来也というのは,我来たる也,我来也の方が本当らしゅうございます,とある.自来也転じて児雷也が,ガマを操る忍術使いのキャラクターとして定着している.考えてみれば,下駄を盗むようなこそ泥が,莫大なお宝を隠しているのは変だと思わなかったのだろうか.わざわざ蛙の術を使わなくても,ドロンと消えることもできた.


064 笑福亭福松,黒玉潰し,速記の花,関西速記学会 (1892)
【あらすじ】
 お茶屋の2階で,旦那が芸者幇間をあげて,面白おかしく騒いでいる.その隣の四畳半では,客の膝に娼妓がもたれかかって,愚痴をこぼしている.「あんたのような浮気な人はありゃしません.一日も早う夫婦になりたいと,辛い勤めもしておるのやおへんか」と涙をこぼしている.その様子を,そうっと一八がのぞいて,旦那に注進した.「ちょっと旦那,あの敵娼(ひめ)えろう泣いてまっせ.客は豚に当て身食らったような顔してるくせに」「貴様,幇間していて,そんな事ではいかんな.客が欺されてるのじゃ.女の横を見てみい,湯飲みの茶を塗って,泣いた真似しとるのじゃ」「ほんに,目の端に茶殻がついたある」
 一八は,釘を打った竹でもって,湯飲み茶碗を引っぱってきてしまった.「旦那,見なはれ,涙探してまっせ」.今度は,湯飲みに墨を流しこみ,元どおり女のそばに押しやると,「あんたが余所で浮気ばかりしてからに,他の朋輩(こどもし)さんへ面目ない」「イヨー,塗りおった塗りおった」「そう泣くな.気分良う遊ぼうと思って上がったのに.まあ,気分直して飲み直し…….ウワー,お前の顔,何かそりゃあ」「どうせ,わたいはこんな顔やよって」「いっぺん,鏡見い,鏡を」「オー,いややの」「その顔なんじゃ」「あんまり人を泣かしはるもんやから,とうとう黒玉すりつぶしました」

【ひとこと】
 女「真個(ほんま)にハア若旦那、善い加減に浮気して置きなされ、お母アはんの手前かて大抵気苦労な事やないし 一八「旦那一寸見なされ、涙探して居ます探して居ます 旦那「そんな悪い事をしてやるない、返して置いてやれ 一八「ヘエ返して遣ります、オイその硯箱をちょっとこっちへ貸せ……この墨打ち明けて置いて遣らう、これを塗りをッたら真黒な涙に成ります(黒玉潰し)
 黒玉潰し(くろたまつぶし)は,『速記の花』に収められている上方落語.笑福亭福松(1)演,高山林平・石井貞次郎速記.他の速記はない.

【つけたし】
 出版社の関西速記学会は,速記術の普及を計る目的で大阪に設立された組織で,会主の丸山平次郎は,落語速記を多数残している.
 「黒玉つぶし」は,「お茶くみ」と似たプロットで,印象が薄い.目の周りを真っ黒にしてもなお,黒目が溶けたとうそぶくのが女郎らしいといえば女郎らしい.速記の中に,幇間が,大盃の底に1円金貨を放り込んだ酒を続けざまに飲まされる件がある.一方,女郎は,早く一緒になって眉を落としたいと口説いている.明治に入って,お鉄漿の習慣は急にすたれてきたが,眉を剃る習慣はまだ残っていたことがわかる.


065 談洲楼燕枝,庚申待,文芸倶楽部, 6(5), 169-177 (1900)
【あらすじ】
 飛騨高山からさらに奥に入った山家の冬の夜,囲炉裏の正面には名主様,周りを客人が取り巻いて,庚申待の夜話をはじめた.口火を切ったのは,諸国武者修業の侍.「丹波の山奥の百姓家に泊まった時のこと.そこの娘のおくまが恐ろしい力持ちで,谷川で洗濯していたところ,毛むくじゃらの化け物が手を伸ばしてきた.その手をつかんで石に叩きつけると,大きな狢(むじな)だった.天麩羅にして食ったら,領主に誉められ,妾に出世した.女ムジナ食って玉の輿に乗る……だ」「お武家様が冗談おっしゃってはいけない」.次は六十六部が話しだした.「私のは,大名の大奥にあった文字割怪談と言うので.お中という妾が悪い奴で,御家騒動が起きた.忠義の侍がお中を唐竹割りで真っ二つに斬り,自分も切腹した.翌晩から幽霊が出まして……」「わかった.その幽霊は"もうしもうし"と言って出たんだろう」
 「私が順礼になった因縁話をしましょう.亭主の武平は町道場を開いておりましたが,静波多平という人も町内に道場を開き,腕はなくとも弟子をよく取り立てて流行ります.そこで,三本勝負を申し込んだところ,あろうことか亭主が負けてしまいました.多平に武平は敵わない」「もう,嘘はよろしくない.山伏さんのお話をうかがいたい」「我は美濃国恵念寺の坊主でした.高齢の師匠が精のつくものを食べたがるので,自然薯を掘っては食べてもらっておりました.ある雨の日,山芋を掘っていると"坊主"と太い声がする.見ると山の芋が口をきいて……」「坊主坊主山の芋か」
 ここらで講釈師の先生,ひとつお願いします.すると,『三国志』長坂橋のくだりを語りはじめた.「橋の上に立ちはだかった張飛が,棒を捨てて手を叩いたのを見て,曹操がこれを偽物だと見破った.あれは,銚子[張飛]の代り目だろう」「先生の講釈はどぶろくの催促でしょう」
 次は,猿回しさん,あなたの番だ.「江戸は御成街道を歩いていると,めまいがして鼻血が出てきた.気の利いた人が,私の盆の窪の毛を三本抜いてくれやした.すると,背中の猿がその三本の毛をおしいただいて,大願成就かたじけないと申しました」「猿曳きさんのは考え落ちだ.今度は法印様の番だ」「私は安問屋新兵衛と申す質屋でしたが,人の物を預かる商売が恐ろしくなり高田派の法印となって,安新と名のりました.紀州へ来たとき,ある大家の娘に惚れられました」「清姫とは言わないか」「混ぜっ返さないで下さい.隙を見て逃げ出すと,女が追ってくる.道場寺に逃げ込むと貧乏寺で鐘がない」「水瓶に隠れたら,なめくじがついていたと言うのではないかい」「イエ,和尚が真言秘密の法を唱えていると,大蛇ではなく白蛇が垣根を破って入ってきた.呪文とともに和尚が何か投げつけると,白蛇はたちまち去っていった.見ると四文銭が一つ落ちていた」「ハテ,なぜ」「私が元質屋だけに,白蛇四文の利が怖いというので……」「法印様もほらを吹く」
 ひとわたり話も出つくしたので,庄屋の娘さんにも話してもらいましょうとなった.「春の日永の七草摘みで,向こうから来た美男子のお小姓といい仲になりました」「庚申待はしたいものだ.娘の悪事が知れた」「そのお小姓が婿になる約束をいたしました.持参金が三千両,田地が15町……」「これは是非,婿にもらいたいものだのう」「そして子供が二人できて,お父っつあんも大喜び……」「まだ婿になる前からか」「今夜の話は,お嬢様に落ちを取られました.これが本当の孝心[庚申]待の話でしょう」

【ひとこと】
 家来の張靖を呼び、汝は我が顔によく似てあるを幸ひ、暫く鎧蛇棒を貸し与ふるに依ッて、この橋上に立ッて我が名乗を揚げよ、然らば敵の付き来る事はあるまじとて、玄徳の跡を慕ふたり、張靖は恐々ながら橋の上に立ち燕……人……張……飛…………と呼ばはれば、震へる声は耳にも入らず、ただ張飛の面影に似ている丈を目標(めど)として、崩れ立つ魏の同勢、張靖はこれを見てこんなことなら重い蛇棒は入らぬ事だと、丈八の蛇棒を捨てて逃げる敵を見て手を打ッて大いに笑ふ(庚申待)
 庚申待(こうしんまち)は,談洲楼燕枝(1)演,小野田翠雨速記.挿絵1枚.燕枝没後の掲載.新作落語と冠している.『落語事典』では「宿屋の仇討」とは別話の扱いとなっている.

【つけたし】
 旅館に泊まった一行が騒ぐ「宿屋の仇討」に対して,「庚申待」は庚申の晩に集まった村の連中がホラ噺を披露する演出になっている.庚申の日にできた子供は泥棒になるという俗説から,60日に一度の庚申の晩は,夜明かしで酒を飲んだりした.庚申に音の似た甲子の晩も,甲子大黒を祀る似たような風習がある.禽語楼小さんの「甲子待」や古今亭志ん生(5)の「宿屋の仇討」など,「庚申待」系統の速記も多く残っている.初代談洲楼燕枝の残した数少ない落語速記が,「庚申待」になる.多くの人情噺を創作し,歌舞伎にも明るかった燕枝の演出は,他の「庚申待」とはずいぶんと違ったものになっている.侍の女房を寝取ったという嘘つきは出てこない.多くの挿話は燕枝らしく辛口で,落の説明が難しい.「坊主坊主山芋」は子どものはやし言葉にありそう.銚子の代り目は,落語「三国誌」と同じ.前半の講談は他では見たことがない.蛇がなめくじにやられる小咄もあるが,それは古いと別のサゲにしている."白蛇四文の利が怖い"は,"百で四文の利が怖い"だろう.月にすれば4%だろうが,質物を取っておきながら,年利5割はたしかに怖い.


066 三遊亭圓左,乞食の遊び,講談雑誌, 7(4), 52-58 (1921)
【あらすじ】
 浅草雷門に二人そろって出ている乞食が,60両もの大金が入った財布をひろった.これで足を洗って素人になろうと,馬道の古着屋ですっかりなりを改めた.髪も結って,湯に入ると,気が大きくなった.いつももらいに出ている吉原はまずいから,コツの女郎屋にあがった.一人は親の道楽で乞食になったので女郎屋のしきたりも知っているが,もう一人は腹からの乞食,酒をがぶがぶ飲んで,手づかみで肴を食い荒らしてしまう.「この魚は不思議だ,骨に肉があるぜ」.しまいには座敷で手鼻をかむ始末.びっくりした敵娼は部屋に寄りつかない.二人で部屋に寝ていると,だんだん喉がかわいて我慢がならなくなってきた.「水が飲みてえが勝手がわからねえ」.弱っていると,廊下を誰かが通った.「どうぞお通りの旦那様,ご面倒さまながら水を一杯いただかせて下さいまし」.もう一人が,「オイオイ,そんなことを言わねえでも,御慈悲深い方だ,下さる時には下さるよ」

【ひとこと】
 『又二人揃つて来たぜ、出ないよ』『お手元は…』『うるさいね』『右や左のお旦那様』『出ないと云ふに』『ハイどうぞや』『オイオイ無理にお願ひ申すな、お慈悲深い旦那様だぞ、そんな事を云はなくつてもな、下さる時には下さる』 これを聞くと気の毒になつて、『オイやるよ』(乞食の遊び)
 乞食の遊び(こじきのあそび)は,三遊亭圓左(2)演,浪上義三郎速記.挿絵7枚.『落語事典』には載っていない.『むらくの落語』に圓馬(3)の「乞食の女郎買」が載っている.

【つけたし】
 「○○の遊び」や「○○の女郎買い」と題する噺は,「坊主の遊び」「三助の遊び」「万歳の遊び」「大神宮の女郎買い」「大男の女郎買い」「蛙の女郎買い」など,数々ある.なかでも,「乞食の遊び」は,『落語事典』にも載っていない珍しい噺.サゲは秀逸だが,内容的にはなかなか現代の高座で演じることは難しそうだ.
 マクラに親孝行,丹波の荒熊,節季候(せきぞろ)などの乞食,門付けの話題を振っている.サゲのセリフは,上げたり下げたりしながら二人組の乞食が銭をもぎどる常套句として紹介されている.


067 金原亭馬生,五拾五銭,講談雑誌, 2(11), 165-170 (1916)
【あらすじ】
 定吉を使いに出してしまったので,やむなく,忘れ物や落とし物ばかりしてしまう長松に集金に行かせることにした.掛金を55銭と口で言っても忘れてしまうだろうからと,片手を握って5銭,もう片手を握って50銭と目安を教え,両手の指を離してはいけないと言いつけた.お使いの途中,犬の喧嘩をけしかけたら,着物が泥だらけになってしまい,思わず手を放してしまった.お店に戻って,片手で5銭,もう片手を握って50銭だと教わった.ところが,間もなく長松が戻ってきた.「ずいぶんと早いな,勘定はちょうだいしたか」「まだなんです.旦那様,いくらか負からないもんでしょうか」「おかしいな,先方は負けろなどとおっしゃる家でないが.何かい,負けろと言われたら大変だから,念のために聞いておくのかい」「後生ですから,5銭負けてやって下さい」「そんな事をしたら元が切れます」「それなら50銭負けてやって下さい」「5銭負からないものが,どうして50銭負かるものか」「どっちか負けてくれませんと,向こうへ行って格子が開きません」

【ひとこと】
  主「仕様のない奴だな、お前が犬にかまふからいけないのだ,真正(ほんと)に仕様のない奴だ、宜いか、一銭、二銭、三銭、四銭、五銭、十銭、二十銭、三十銭、四十銭、五十銭、しつかり握つて行けよ、道草を食て居ちやァいけません、早く行つてこい」 長「とうとう旦那に叱られちまつた……ヤアまだ居やァがるな、てめえのお陰で旦那に叱られちまつたぞ」(五拾五銭)
 五拾五銭(ごじゅうごせん)は,金原亭馬生(6)(古今亭志ん生(4))演,今村信雄速記.口絵とも挿絵2枚.『落語事典』には「五十五銭」の演題で載っている.

【つけたし】
 愚かだが無邪気な小僧が出てくる小噺程度の落語.愚か者の説話あたりにルーツがありそう.これ以外の速記を見たことがない.1,2,3と握って数えて行くのではなく,開いてゆけば,両手がフリーだった.


068 桂文枝,小玉の奉公,改良落語,駸々堂 (1890)
【あらすじ】
 又兵衛さんのところに吉兵衛が相談にやって来た.聞けば,肩が凝ってたまらないという.先日,上町の叔父が亡くなって,二貫目の遺産が小玉で入ってきた.「これが来てからというもの,泣かぬ日はございません」「金もろうて泣く人もないもんじゃ」「けれど,小玉もって泣かぬ親はないと申します」「ニワカやがな」.留守中に泥棒に取られないように,財布に入れて首からかけて歩いているのだと.それでは,肩が凝るのも当たり前,いっそ,その小玉を奉公させればいい.利子は少ないけれども,知り合いの両替屋に頼んできてやろうということになった.
 両替屋へ行って,「ただいま又兵衛がお頼み申しましたものを連れて参りました」というと,頼んでいた丁稚と勘違いしてしまった.生まれはどこだとか,親はあるか,年はいくつとか聞かれると,小玉に情が移った吉兵衛は,そのつど人間に対するような,とんちんかんな返事をする.二貫目と聞いて,ようやく小玉銀だったとわかった.さっそく天秤に乗せてみて,「これはちょっとも欠(かん)[貫か]がございませんな」「ちょっとも疳のない奴でございます」「はい,目[匁]をかけて使います」

【ひとこと】
 両替屋「サア此方へお出しなさい 吉兵「ヘイ.こりゃ何うで当分の中(うち)は日が暮になッたら宅(うち)へ戻りたうなるだらうけれどもそこを辛抱して御当家におとなしう居てくれよ. 両替屋「これ阿呆らしい事を云ひなさるな日が暮に行(い)なれては何うもなりませんぜ(小玉の奉公)
 小玉の奉公(こだまのほうこう)は,『改良落語』に収められている上方落語.桂文枝(2)(桂文左衛門)演,丸山平次郎速記.

【つけたし】
 銀貨の小玉と人(子供)との勘違いに終始する噺.雑誌『百千鳥』5号に掲載された「桂の巻」から単行本化された.
 江戸時代のお金の数え方は難しい.1枚2枚と数えられる銭貨や一朱,一分などの金貨銀貨のほかに,日常では使わない大判小判,そして,この落語に出てくる小玉のような重量で取引する貨幣があった.大ぶりの丁銀に対して,端数の調整にも使われる小ぶりの小玉銀があった.小玉銀は,豆板銀の方が馴染み深い呼び名だろう.その名のとおり,丸っこい形をしていて刻印が打ってあった.重さの単位が,貫と匁(目)で,1貫が約3.7kg,1000匁が1貫であった.2貫というと7.4kgになるので,そりゃあ首からさげていれば肩も凝る.時代によって銀の純度が違うので,重さ=価値ではなかった.やはり,難しい.
 ついでに,銭の1貫は江戸時代は(通用での)1000文のことで,明治時代では1/10円,10銭のこと.匁(もんめ)は真珠を量る時の正式な単位で,今でも肉などの重さを示す時に使う人がいる.「池田の猪買い」でも,猪の肉を500匁とか買ってくる.斤については,中華料理を注文する時に訊かれるが,日本人が使っているのを聞いたことはない.1斤は約600gなのに,パンの1斤はそれよりずっと少ない.さらに脱線すれば,農業もメートル法とは無縁の世界だ.覚えてしまえば何のことはないが,1町歩=10反,1反=10畝,1畝=30坪,1坪=約3.3平米になる.偶然のようだが,1町歩は約1ヘクタール,1尺は約1フット(フィート)になっている.1文にもならない雑学.


069 古今亭今輔,木の葉狐,演芸倶楽部, 2(8), 120-128 (1912)
【あらすじ】
 浜町の志賀山という踊りの師匠が,山の手でのおさらいから戻る途中,代官町を通りかかった.夜道で悪い奴に襲われやしないかと,あたりを見回した.やって来た二人組は,いたって恐がりで,キツネやタヌキが出ないかとびくびくしている.「もし,あなた方」.急に声をかけられて二人は飛び上がって驚いた.「あなた方は私が人間に見えますか」「おい,勝,女にしかみえねえなあ」「私は人間ではありません.王子稲荷の使い姫です」.二人は腰を抜かしてしまった.「あなた方を化かそうとしたのではありません.代官町には犬が多く,怖くて通れません.どうか,送っていただけないでしょうか」「犬ならお安いご用だ」.二人は棒や石で犬を追っ払って,女を送ってやった.
 志賀山は,木の葉を拾って3枚ずつ渡した.「あなた方には木の葉に見えましょうが,私がこれを小判に見えるようにしておきますから,どうぞお使い下さい」.こいつはいいと,2人は吉原に上がって,酒だ肴だと大散財した.翌朝,若い衆が5両2分の勘定を取りにやって来た.釣りはいらないと,6枚の木の葉を渡した.「これは何でございますか」「若い衆,小判がわからないかい」「お出しになったのは木の葉です…」「おい,ゆうべ,眉毛にツバでもつけやしないかい」「冗談おっしゃってばかり.あなた方にはこれが小判に見えますか」「若い衆には木の葉に見えるとよ」「あなた方には何に見えます」「俺たちが見てもやっぱり木の葉だ」

【ひとこと】
 世の中にはさまざま化ける物があります。雀海中に入つて蛤となり。冷飯が薙刀と化け鮑貝が猫のお椀と化け、蠶様(おこさま)が蝶と化け、ちやうがはんと化ける。化けた為に裸となる。これらは貴人(あなた)方の御存じない化方でございますが、動物の中で一番能く化けるのが狐狸ださうで勿論狐といふものは悪い化方を致しますが、狸は又化けても罪のないもの(木の葉狐)
 木の葉狐(このはぎつね)は,古今亭今輔(3)演,今村次郎速記.挿絵1枚.

【つけたし】
 「木の葉狐」については,柳家小さん(4)などの速記が残っているが,最近演じられた速記はない.通常の展開では,キツネが人を手玉に取ったり(九郎蔵狐),人がキツネをだましたりする(王子の狐).この噺は人が人をたばかり,木の葉が木の葉のままで終始する点で,どこも現実離れしたところがないのに面白い.なお,引用の冷飯草履はワラでできた粗末な草履で,薙刀草履は長くつかって薙刀のように反りかえった草履のこと.中国では雀が変じて蛤になるとされていた.山芋は変じて鰻となる.山芋と海苔で,鰻の蒲焼きもどきになる.


070 柳家つばめ,子煩脳,演芸倶楽部, 2(10), 117-124 (1912)
【あらすじ】
 一人息子の亀太郎を横浜の兄のところに1週間ほど預けた帰り道,同じ年頃の男の子が電車に轢かれるのを見かけて,主人の利兵衛は気が動転してしまった,「横浜にも電車があるよ.おまけに横浜じゃ,若い男が女を乗せて,ビールをラッパ飲みしながら自動車を乗り回しているじゃないか.ああ,連れて行かなきゃよかった」「おい,横浜へ電話をかけて,亀坊が外に出るときは前後左右人をつけろと言ってやんな.何だい,2時間しないと電話が開かねえだと.電話くらい不便な物はねえ」「亀太郎はもう14歳です.いったい貴方は亀をどうなさるお積もりですの」「好きにさせます.女郎買いがしたいと言えばさせてやり……」「何おっしゃってるんです.14になったら,堀留のお店に奉公させると言ったのは貴方ですよ.それとも中学校に入れるのですか」「あいつに難しい学問がさせられますか.商人は学問より人を使うことを覚えなきゃなりません」「ホラご覧なさい.奉公にやるのが至当です」.そこへ横浜の兄貴が座敷に上がってきた.「お兄さん,こんなわからない女はありませんよ」「悪いが,たいそうやかましいんで,話はそこで聞いていた.亀坊はぜひ奉公がしたいとよ」「兄さんが無理に勧めたんでしょ.全体あなたは子どもの頃から情愛が薄い.たって出せというなら,私が奉公に行きます」.もう,訳がわからない.泣く泣く,亀太郎を奉公に出すことになった.
 暑いにつけ寒いにつけ,利兵衛は亀坊が心配でたまらない.ある日のこと,日暮れを待ちかねて堀留の家の前をいったりきたり.「我もまた〜,いざ言問はん都鳥〜.言問はん〜」「竹どん,あの人何か聞きたいことがあるのかねえ」「あれは謡というんだ.あれ,なんか亀どんのお父さんのようだ.早く行ってきな」.「おお,亀か.たいそう陽に焼けて黒くなったな.明日からお使いは夜にしてもらえ.これは藤村の羊羹だ.お前一人に食べさせたいが,朋輩に憎まれると損だ.みんなに分けてやんな」.毎日菓子を届けるもんで,喜んだのは店の小僧さんたち.「明日はマグロの鮨にしてもらいな」
 「いざ言問はん〜」「あ,来た来た,亀どんはどうしたい.久兵衛さんのお使いだって.しょうがないなぁ.誰か行ってお鮨をもらってきな」.小僧が飛び出し,袖をつかんで,「もしもし.お鮨をください」「何をなさるんです.私は謡をうたって歩く乞食です」

【ひとこと】
 夫「うちで甘(うま)い物を喰はせれば亀太郎にも甘い物を喰はせなけりやぁならない理窟だ。併し待てよ一人前二十五銭の刺身を総菜にするかしねえか分らねえ‥‥定吉、貴様大急ぎて堀留へ行つてな、お惣菜を見て来い‥‥何だか分つたか」 定「へー、お昼のお惣菜はひじきに油揚でございます」 夫「ナニ、ひじきに油揚だ。吝嗇(しみったれ)だなァ、甚(ひど)い物を喰はせる、鰻飯にでもすれば宜いのに。コレコレ刺身は止めだ止めだ何を貴様達の主人の悴が奉公先でひじきに油揚を喰つてたのに、鮪の刺身を食つて済むか、罰当りめ」(子煩脳)
 子煩脳(こぼんのう)は,柳家つばめ(1)演,今村次郎速記.挿絵1枚.『落語事典』には載っていないが,『落語の落』には「子煩悩」の演題で掲載されている.

【つけたし】
 明治の新作落語だが,事典に載るほどメジャーな噺だったらしい.息子に大甘な親爺の馬鹿げたセリフが聞きどころ.マクラに,最近の学校は教科がやさしくなり,先生が生徒の機嫌を取るようになったと,100年も前からすでにゆとり教育が始まっていたことが分かる.


071 柳家三語楼,小町,文芸倶楽部, 29(6), 252-258 (1923)
【あらすじ】
 熊さんが隠居に,器量がよくて名高い女は誰だと尋ねた.それなら小野小町が第一,よく穴がないなどと言うが,それは一点も非の打つところもないというのだ.歌も書も上手で,絵に描く草紙洗の小町,雨乞小町などは絶頂といったところだ.ところが,自惚れが強いのが傷で,年を取って卒塔婆小町と言って,老残の姿を描かれている.深草の少将という人は随分小町に迷って,小町の方も百夜通えという難題を出したんだ.夜遅く忍んで行っても,小町は奥に引っ込んでしまっている.そこで,カラタチの垣根のはずれに置かれた牛車の車輪の歯に傷を一本つけたんだ.小町が御用で外に出るときに車輪を見るだろ,十日目には10本の筋がついている.さては一夜も休まず通って来られしかと喜んだんだ.ところが,いよいよ百日目という晩は大雪だった.深草の屋敷をそっと抜け出して,雪道を歩いて行ったが,垣根のところまで来ると雪はますます強くなってきた.さすがの少将も,雪の中に突っ伏すと,そのままお果てなさった.「お果てなさったとは何です」「つまり少将がみまかったんだな」「身体が曲がったんで」「息の根がとまったんだ」「あっしは契りを楽しみに,隠居のしわくちゃな顔が動くのを我慢して見ていたのに」「それっきりでお終いだよ」「通って死ぬなんて容易なことじゃねえんだ.私の伯父なんざ通って死んだんだ」「へえー.お前の伯父はそんな粋な人だったのかい」「そんなに物を食っちゃいけねえと言ったのに食い過ぎて,はばかりに通い詰めたんだ.初めのうちはあっしが背負って連れて行ったが,終いには垂れ流し」「少将が小町の元に通ったのと,お前の伯父さんが便所に通った話とは大きな違いじゃあねえか」「なに,違うもんか.どっちも皆こいの道だ」

【ひとこと】
 処が生憎その日は少し腹の工合が悪い。差込みが来る。しかし九十九夜納め、今宵一夜で思ひが叶ふのだ。どうでも行かなければ男の顔が立たないといふんで相変らず少将が深草の里から出掛けたな雪の中を歩いて行くんだ(小町)
 小町(こまち)は,柳家三語楼(1)演,今村信雄速記.『文芸倶楽部』定期増刊号"奇想天外 滑稽笑ひ競べ"に掲載された.口絵とも挿絵3枚.

【つけたし】
 百夜通いの逸話にサゲをつけたもの.『落語事典』には,「道灌」の一部とされているが,この速記では掛け軸の根問いなどの「道灌」らしいくだりは全くついていない.深草の少将は,伏見区深草の欣浄寺の地に住んでいたとされる.本堂前には小町姿見の池や深草の少将が歩いた小道がある.小野小町の屋敷は山科区の随心院とされる.深草からは5km以上の峠越えになり,今でも歩いて1時間以上かかる.灯りもない夜道を何時間もかけて,誠意のしるしを残すだけのために通ったのだ.深草の少将は,日参した証拠にカヤの実を一つずつ置いたという.随心院には,糸を通して束ねる穴が開いたカヤの実が展示されている(写真).


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072 桂文治,匙加減,文芸倶楽部, 7(10), 48-57 (1901)
【あらすじ】
 立派な医者ではあるが,嫉妬深いため,妻に出ていかれること24回.もう誰も細君を周旋する人がいない.ところが,嫉妬深いところに縁づきたいという娘が現れた.嫉妬深い人ほど自分をたしなむだろうし,私も焼き餅焼きだからちょうどいいと,結婚を望んだ.医者の方も喜んで,さっそく話がまとまった.
 結婚当座は仲良かったが,次第にいつもの嫉妬が現れだした.家内がだんだんきれいになるのは,きっと誰かいい男ができたに違いない.妻の方は旦那の顔色が変なことに気づき,翌日は化粧も落とし,髪もぼさぼさ,寝巻き姿で帰りを待った.いつもより1時間も早く帰宅した医者の方は,案に相違した妻の姿を見て呆気にとられた.「はい,ただいま」「今日はどちらにいらっしやったのです」「いつもどおり病家に参ったのではないか」「お隠し遊ばすな.あなたはこの頃どこかにお楽しみができたのに違いございません」.お茶をくれと言えば,「お酒を飲んできたからのどが渇くのでしょう.どこで寝ていらしったんですの.帯にはさんだ時計の紐が右に寄っています.どこで帯を解いたのでございます」.これまでと逆に旦那の方がやり込められてしまった.「あなた,身に覚えがないとおっしゃいますが,覚えのないことを家内に言われたらうるさく思し召しますか」「うるさい.イヤになります」「我が身つねって人の痛さをと言うことがあります.御家内に身に覚えのないことを仰いましては,何度家内をお持ち遊ばしても無駄なこと.この上は,ちと悋気をおたしなみ願います」「これは参った.僕はもそっと洋行して勉強いたして来よう」「まだ勉強なさるのですか」「そりゃ,僕から見れば,お前の方がよほど匙加減が上手だ」

【ひとこと】
 妻『オヤお帰りあそばせ、大層今日はお早うござりましたねェ』 医『アー然やうか、毎(いつ)もより一時間早く帰ッて参ッた(中略)明日から成りたけ奮発致して遅く帰ります』と恐ろしくご立腹、妻『良人(あなた)、何を仰しやいます、遅くお帰りを願ッたのではござりません、お早いからお早ひと申し上げましたのでござります』 医『早いと言はんでも早いのは、僕は知ッてをるよ』 妻『夫れでは妾(わたく)しが困りますではござりませんか』 医『コレ、困るやうな悪いことは何をいたした』(匙加減)
 匙加減(さじかげん)は,桂文治(6)演,翠雨生速記.挿絵1枚.

【つけたし】
 医者が妻に言ったセリフが,今度は新妻によって鸚鵡返しにやり返される上,帯の時計の場所まで指摘されてしまう.この妻は嫉妬深いというよりも,旦那よりも一枚上手の思慮深い人間だろう.だったら,こんな男に嫁がない方がいいのに."匙加減"は,調味料の分量のことだけだなく,薬の調合の按配や,人使いの善し悪し・手心を加えることに対しても使われる.


073 三遊亭圓遊,芝居寿司,圓遊新落語集,磯部甲陽堂 (1907)
【あらすじ】
 遊んでばかりいないで,何か儲けたらどうです,と言われた若旦那,上下に臼を据えて米を搗くとか,くだらないことばかり考えている.とうとう,ぜいたくな芝居寿司を考案した.これが大がかりで,貴族院・衆議院の先生に先供を願い,銘木で作った鮨の箱を金の天秤棒で担ぎ出すという.一流の鳴物師をずらりと控えさせ,柝を合図に狂言鞨鼓で歩み出す.割りゼリフで,御物見にお姫様と女中衆が到着する.御物見下で待っていると,今度はお年寄りが出てきて,「すしやさん」と声をかけるのがきっかけ,鳴物が早渡りに変わる.テレツクテンテンテレツクテンテンテン.「お鮨は何があると聞かれたら,小鰭の鮨や鯛の鮨,海苔の鉄火に烏賊の鮨,鮨を召しませ鯖の鮨,とくるよ.一ついくらと聞かれたら,鉄砲巻が千円,烏賊の鮨が3千円,鮪の寿司が5千円.これで儲けて鮨屋銀行の頭取になるよ」「そんな変な声を出す者が社長になれますかい」「鮨で儲けた頭取だから,声は五色(ごもく)でございましょう」

【ひとこと】
 ○「君が一夜の契り草 △「音色も高きエテン楽 □「結びし夢に仇解て ×「見晴す夜半の四方殿 ○「御殿にあらで草々も ○「御姫様には御物見えへ ○「先ず 大勢「入らせられませう 姫「皆も来や なぞと揃つて出て行く(芝居寿司)
 芝居寿司(しばいずし)は,『圓遊新落語集』に収められている.三遊亭圓遊(1)演.

【つけたし】
 圓遊の自作だろう.サゲは,さまざまな人の声柄をまねた五目と,色とりどりの具が入った五目寿司をかけている.芝居がかりの鮨屋は妄想レベルにとどまっている.好きが昂じて実際に寿司屋を開き,やってきた客が面食らうという展開ならば,新作落語にもある.古典の類似作に,「芝居風呂」がある.こちらは芝居の趣向をこらした銭湯の中で,客と三助の立ち回りがあったりする.


074 笑福亭松鶴,一枚起請,笑福亭松鶴落語集,三芳屋 (1914)
【あらすじ】
 喜六が叔父さんに訴えかけている.「このとおり起請までもらった娼妓にだまされた.私(わて)から取った金をほかの男に貢ぎやがって,悔しくてたまらん.これから行って,あいつを殺してしまおう」.叔父さんは,喜六をなだめた.昔,晋の国に予譲という人があった.主君の仇を討とうと,顔に漆を塗り,墨を飲んで喉をつぶして,乞食の姿で土橋の下に潜んでいると,敵が馬に乗って通りかかった.ところが,馬が凶事を察し,どうにも動かない.橋の下を探すと,怪しい非人が隠れていた.「おお,予譲か.私を主君の仇とそこまで思うならば,討たれてやろう.なれど,今討たれては世の乱れとなる.時節を待て」と,証拠に着ていた衣服を裂いて渡した.これに予譲が大剣を突き立てると,なんと血がたらたらと流れ出たという.これにならって,お前も何かに小刀でも突き立ててやれと説いて聞かせた.「あいつからもらった物は何もありゃしません」「起請は本人の書いたものだろう.それへ出刃を刺せ」「それではやってやります.出刃を貸しておくんなはれ.よう私を馬鹿にしやがった」.ブスッと起請に刃を突き立てると,人の一心は恐ろしいもの,起請に血がにじんできた.「ソレ見い,お前の一念が通じて,血が出てきた」「何の叔父さん,私の指を切ったんで」

【ひとこと】
 叔「今起請が取つてあると云ふたぢやないか、それは本人の書いたものだろ、それへ出刃でも突き刺してやれ」 喜「ヘイ、夫れなら叔父(おっ)さん肌身離さずここに持つて居りますね」 叔「馬鹿ッ、そんな物を持つて歩く奴あるかい」 喜「此の起請を書きよつた時には、妾の心は此の通りだすといつて書きよつたので私にこんな物を書いときやがつて、他に男を拵へて私から取つた金を其の男にドシドシ入れてけつかるかと思ふと、アア口惜しい、ヒヒヒヒヒ」
 一枚起請(いちまいぎしょう)は,『笑福亭松鶴落語集』に収められている上方落語.笑福亭松鶴(4)演.『落語事典』には「写真の仇討」の演題で載っている.

【つけたし】
 晋の予譲の逸話は,紀元前5世紀のこと.智伯に取り立てられた予譲は,主君を殺した趙襄子をつけ狙う.一度は捕まったものの趙襄子に放免され,今度は顔を漆で侵して人相をかえ,喉をつぶし,趙襄子が通りかかるのを橋の下で待ち受ける.鬼気迫る表情で衣に剣を突き立てる姿が,浅草寺の奉納絵馬に描かれている.
 今はもっぱら「写真の仇討」の演題で,娼妓の写真に刃物を突き立てる.「一枚起請」の方が古い型で,起請に恨みの刃が向かう.曽呂利新左衛門『噺の種』(1891)など,上方では一枚起請の型で演じられた速記が多い.一方,すでに1886年には『開明奇談写真廼仇討』と題して,写真という当時の先端アイテムを前面に出した長編も発表されている.遊女が格子の内にならぶ張見世から,明治になって写真見世にかわってからは,手札代わりに写真を使う方が無理がない設定になっただろう.チラシのように書き散らした起請より,魂を抜き取られると信じられた写真の方が,効果は大きそう.


075 橘家圓喬,三味線鳥,百花園, (186), 59-60 (1897)
【あらすじ】
 小鳥を飼うのを愉しみにしている殿様があった.二上がり,三下がり,本調子,なんでもさえずる三味線鳥という鳥があると近習から聞き,莫大な金を出して買い求めた.ところが,慣れない場所に来たせいか,いっこうに鳴かない.「兵太夫,これへ進め.三味線鳥は鳴かぬな.その方,二百金をよろしくいたしたな」.大層なお怒りで,鳥かごを放り出された.小屋に下がった兵太夫,鳥を前に「殿様の勘気をこうむるは至極もっとも.戦場で死ぬならば武士のならい,小鳥一羽で一命を捨てるとは.言うようもなきおのれわな」「チン……チリリリリン」

【ひとこと】
 武士は戦場万場往来して、すわといふ時に君の御馬前で生命(いのち)を塵芥(あくた)のごとく軽んずる、それはもー武士のならいとは言ひながら、わづか小鳥一羽くらいにしてこの一命を捨てるとは(芝居掛り)皆んなーその方…………から起つたこと………いはうやうなき己れーわな………(三味線鳥)
 三味線鳥(しゃみせんどり)は,『百花園』186号に掲載された.橘家圓喬(4)演,吉田欽一速記.挿絵1枚.

【つけたし】
 皮肉で粋なサゲの小噺.名人圓喬をリスペクトする昭和の名人六代目圓生は,スタジオ録音の「鶉衣」でこの噺の実演を残している.『圓生全集』別巻上の解説によると,圓喬しか演り手がなく,こんな噺と馬鹿にする人もあるだろうが,こういう噺が一人前にできればたいしたものだと書いている.『百花園』の落語をすべて復刻した『明治大正落語集成』に,圓喬の「三味線鳥」「黒焼」(遠眼鏡の黒焼),「附焼刃」(材木丁稚)は採録されていない.かかる珍しき噺を演じたるに,あたら短きがゆえに陽の目を見ぬとは,チェー口惜しや.チンリンチンリン.


076 三遊亭圓馬,珠数繋ぎ,娯楽世界, 9(9), 44-54 (1921)
【あらすじ】
 まだ市ヶ谷に監獄があった頃の話で,たった今刑期を終えた仙吉という男が,差し入れやら何くれとなく世話になった老夫婦に礼に来た.「昔の悪い仲間が迎えに来なかったことはかえって幸いなこと,もう決して悪いことはしなさるな」.疲れた仙吉はその家で寝込んでしまった.夜中に起こされ,夜道を歩いていると,屋敷の塀外に伸びた松の枝に,紐をかけて首をくくろうとする男がいた.仙吉はその老人に駆けよった.「私は三河島の農家で,このところの不作続き,やけ酒びたりの暮らしをしておりました.婆さんが病に倒れ,上の娘が女郎になると言ってくれたので,新宿へ連れて行って,身代金を手にして戻る途中,酒屋の匂いにつられてつい一杯やってしまったのが悪うございました.金の入った包みを置き忘れてしまったのです.娘や婆さんに合わす顔がないと,首をくくろうとしたところ,あなたに救われたのです」.これを聞いた仙吉は,2時間ばかり待っていてくれと言い残すと,塀を越えて屋敷の庭に忍び込んだ.中では,主人の女房おさよと情夫の新吉がなにやら密談している.聞けば,横浜で手に入れた毒薬を酒に入れて旦那を殺してしまおうと物騒な相談.そこに旦那様のお帰りの声がした.新吉はあわてて店の方に引っ込む.おさよは,「一杯召し上がれ」と,旦那に毒の入った酒を注いだ.「その酒飲んじゃァいけねえ」.思わず仙吉が声をかけ,女の悪だくみを暴露した.主人は,番頭の新吉とおさよを家から追い出した.いったん盗みに入ったからには,自分を賊として突きだしてくれと言うのをとどめ,主人は爺さんに150円を恵んだ上,仙吉を番頭に取り立てた.仙吉は人に先立ってよく働いた.
 3年後の恵比須講の晩,仙吉が宴席の後片付けをしていると,庭をミシリミシリと歩く足音がする.これは泥棒だと,あとをつけて行くと,二人の賊は主人が休んでいる離れに忍び込んだ.金文庫に手をかけたところを,新吉が飛び込んで,男を殴り倒し,逃げようとする女の襟髪をつかんだ.仙吉は帯をはずすと,二人を数珠つなぎに縛りあげた.二人の顔をひょいと見た新吉は,「旦那,大きな犬が入って来ました.どうしましょう」「その犬はお前さんに任せるから,どうにでもしておくれ」.新吉は二人を納屋に連れて行き,こんこんと諭した.「お前さん達は,新吉さんとおさよさんだね,旦那は,縄付きを出したくなくって,私に任せなすった.私も元は悪いことをしてきたが,今は改心して,こうして引き立ててもらっている.お前さん達も心得違いをせず,正直に働きなさい」「仙吉さん,あなたが神様か仏様に見えます」「冗談言っちゃいけない」「イエ,ご覧なさい,私たちはこのとおり数珠つなぎでございます」

【ひとこと】
 仙「お前さんと、番頭の新吉さんと、お二人でお飲みなすつたが宜いんでござんせう」 主「ウム、お前さんは妙な事を言ひなさるな、オイおさよや、お前この酒を飲んで見な」 女「イエ私はお酒は」 主「宜いぢやァないか、平素(ふだん)飲まない者ぢやァない、好きなんだから‥‥飲めないかい」 仙「それァ旦那飲めますまいよ、迂闊にやァ飲めねえ酒です、ねえ旦那,悪い事は出来ねえものでございます(中略)塀を乗越へ、奥へ忍んで来ると、怪しい男女(ふたり)がヒソヒソ話、罪な事とは思つたが、様子を聞けば、飛でもねえ悪企み、旦那に毒を飲まして」(数珠繋ぎ)
 珠数繋ぎ(じゅずつなぎ)は,『娯楽世界』に掲載された.三遊亭圓馬(3)演,今村信雄速記.口絵とも挿絵2枚.『落語事典』には載っていない.『講談雑誌』9巻9号(1923)にも,三遊亭圓左の「数珠つなぎ」が載っている.

【つけたし】
 人情噺にサゲをつけたような落語.三遊亭圓馬(3)が1925年に『娯楽世界』に連載した長編人情噺「おわか幸吉」にも,「不義の毒酒」と題する同じようなシーンがある.


077 蝶花楼馬楽,新右衛門狸,落語五人全集,丸亀書店 (1925)
【あらすじ】
 八丁堀に錺屋(かざりや)の新右衛門という職人が住んでいた.世話好きがあだになって,他人の借金に判をついたため,江戸にいることができなくなった.知り合いを頼って上総の久留里に移り住んだところ,読み書き算盤ができるというので重宝がられた.今日しも,庄屋の婚礼の世話を終え,夜道を戻っていると,目の前にタヌキが現れた.親方の持っている折詰の肴を病気の親に食べさせてやりたいと頼むではないか.気前よく折りごとやると,夜中にタヌキが礼に来た.そこで,女房の妹の"おたの"という触れ込みで化けてもらい,家事の手伝いをさせた.新右衛門のところに,若い娘がいると,近所の若い者がつぎつぎとやって来ては世話を焼く.ところが,手でも握ろうものなら,そこは元タヌキ,ガリガリッと顔をひっかいて追い返してしまう.村中が顔にひっかき傷のあるものばかりになって,おたのは化け物だと噂が立つようになった.
 ある日,江戸から借金のかたがついたと手紙が届いた.女房を先に江戸に帰し,新右衛門は村に残って後片付けをする.しかし,肝心の金が工面できない.タヌキに寺が欲しがっていた七条の袈裟に化けてもらい,10両で売りこんだ.まんまと10両を受けとり,急いで家に帰ると,早々とタヌキも戻っている.タンスの奥にしまわれるところを,あわてて逃げてきたという.「ところで,狸の金玉は八畳あるというが見せてくれないか」「仲間がうるさいもんで,親方にだけには内々にご覧に入れましょう」.新右衛門が手伝って,睾丸を引っ張った.「なるほど,なかなか大きなもんだな.ぇえ? もうこれっきりかい.これじゃ一畳しかないぜ」「七畳は袈裟にしました」

【ひとこと】
 新「和尚が吝嗇で中々金を持つて居るのだ、平常(ふだん)能く話に出るが古金襴で七条の袈裟と云ふものがあるさうだ、どうかその袈裟を欲しいと云ふのだ、俺も虚偽(ほら)を吐(ふ)くと云ふ理由(わけ)でも無へが、幾らか親類の古着屋がありますからさう云つて置きませうと云つたんだが,どうだへ七条の袈裟に化てくれねへか 狸「どう云ふ風に化ますので 新「古金襴と云ふのだからピカピカ光つて居ればいいのだ 狸「そんな事ならわけはございません……(新右衛門狸)
 新右衛門狸(しんえもんだぬき)は,『落語五人全集』に収められている.蝶花楼馬楽(3)演.『落語五人全集』は,盛陽堂からも同内容で出版されている.「新右衛門狸」は,袖珍落語集(磯部甲陽堂(1913))が先行書だが,そちらには演者名が書かれていない.

【つけたし】
 サゲからできあがったような落語.袈裟には腰に巻く五条や肩から懸ける七条のほか,もっと細かい布でできた二十五条の袈裟などもあるという.七条の袈裟は,2枚の長い布と1枚の短い布をつないだ一条の裂が七本からできている.細かいことが分からなくても,サゲは十分に通じるだろう.千葉県の久留里が落語の舞台になるのは珍しい.3万石の小藩ながら,高台に城があり,上総掘りで掘られた井戸から水が湧いている.


078 入船亭扇橋,酢瓶,文芸倶楽部, 19(13), 73-82 (1913)
【あらすじ】
 亭主が死んで半年たった日のこと,仲人の佐兵衛さんが未亡人を呼び出して,再婚を勧めてきた.女は,できることなら残った財産で女手ひとつでできることがないかと尋ねる.そこで,佐兵衛は家業の酢づくりを伝授した.炊いた米一升に水一升を瓶に入れ,この薬を混ぜておいて,目張りをする,すると瓶の中でブツブツと音がしはじめ,一晩おくとこれが酢になる.ただ,作り手と性があわないと,いつまでも酢にならない.その時は,私の言うことをきいて,再婚しなさい.これを聞いて,女はさっそく酢づくりに取りかかった.心配でじっと見ていると,ブツブツと音がしだした.「あら,うれしいねえ.これを明日,佐兵衛さんとこに持って行くと二円になる.それを元手にまた酢を作れば,どんどん儲かるよ.そうしたら奉公人を置いて,着物も買って芝居見物しようかね.向島に男を囲って,ちょいちょい会いに行くよ.でも,男がいいから,惚れる女が現れて,私の留守に家に引っ張りこむじゃないか.まあ,我慢ならないよ」.いきなり上がり込んで,胸ぐらつかんどいて,思いきり突き飛ばすと,酢瓶が土間へ転がり落ちて,二つに割れてしまった.

【ひとこと】
 この薬を混ぜて、目張りをして板の間へ置くのだ。スルと段々時間が経つに従つて、瓶の中でブツリブツリブツリと音がして来る、さうなればしめたものだ 夜の明けるまでには立派な酢が出来上がるが薬を混ぜて目張りをして、いつまで経つても瓶の中で音がしない事がある、これは其の人の性が合はないのだから、いくら資本(もと)を掛けても無駄だから、よす方がいい(酢瓶)
 酢瓶(すがめ)は,入船亭扇橋(8)演.挿絵1枚.『講談雑誌』4巻10号(1918)にも,入船亭扇橋の速記が載っている.

【つけたし】
 酢ができるのを待ちながら,つぎつぎと夢想がふくらんで行くのが聞きどころ.いまも鹿児島県霧島市では,壺に仕込んだ黒酢づくりが盛んで,あちこちでびっしりと並んだ壺畑を見ることができる.蒸し米と水,麹を壺に入れ,水面を振り麹で覆って発酵をうながす.麹が米を糖化し,さらにアルコール発酵から,酢酸発酵へと進んで酢になってゆく(写真).壺の中で,さらに半年から5年も熟成させると,しだいに色が濃くなり,香り高い黒酢ができあがる.その間,竹の枝で撹拌する作業が欠かせないという.発酵によって,プクプクと気泡が出るのは間違いないが,けっして一晩で酢になるわけではない.


079 三遊亭圓右,雪踏,娯楽世界, 5(3), 60-70 (1917)
【あらすじ】
 大工の熊五郎のおかみさんが,元,勤めをしていた時分の客に出会って,ちょっと寄ってお行きよと家に誘った.亭主の留守にあがりこむのを渋っていた金さんだが,おかみさんは元客商売だけあって,うまいこと家に引っ張り上げた.今日は早出居残りで帰ってこないからと,一杯飲み始めたところに,亭主が戻ってきた.「おい,おたつ,居ねえのか」「アラ,帰ってきたよ.窮屈だが,この戸棚にお入り」
 男を戸棚に押し込むと,「オヤ,早かったねえ」「雨が降って仕事が半チクになったんで,棟梁のところでご馳走になってから,帰りに友達と一杯やってきたんだ.おや,ここに見慣れねえ雪駄がある」「さっきの雨で山田屋の番頭さんに下駄を貸してやったんだよ」.盗られちゃいけないなと,雪駄をつかんだまま上がりこんだ.「なんで日の暮れないうちに締まりをしたんだ」「心持ちが悪くて寝てたんだよ.何か持って行かれないように締まりをしたんじゃないかい」「おかしいじゃないか.そこに酒の道具が出ているのは何だ」「本所の伯父さんが来たんだよ.夜になっちゃ困るから帰ったところなんだよ」.戸棚の前に座りこんで,何を言ってもどこうとしない.腰が痛いから按摩を呼んでくれと言い出したが,今,外に出るわけにいかない.「第一おかしいのはこの雪駄だ.ちょっと定のところに行って番頭さんのか聞いてくる」「およしよ,くだらない.あたしが腰を叩いてやるからさ」.おかみさんが腰を叩いたり,さすったりしているうちに,熊五郎は雪駄を持ったまんま寝てしまった.
 そこに棟梁が訪ねてきた.おたつは事情を話して,男を逃がしてくれと頼みこんだ.頭は二人に小言を言うと,金公の雪駄と熊五郎の草履を持ちかえさせ,男を逃がしてやった.「ヤイ,この雪駄を持って誰のだか,定のところで調べてやる」「お前さん目が覚めたのかい.いったい雪駄雪駄と言って威張ってるけど,どこにあるんだい.酔っ払って自分の麻裏つかんで寝てしまってさ」「何,おやおや.これは俺の麻裏だ.これが俺の草履なら,いま戸棚から出たのも俺かしら」

【ひとこと】
 たつ「お隣のお内儀さんを頼んで幸斎を呼びに行てて貰つたんだが、今日は居ないんだよ」 熊「居るよ」 たつ「居やァしないよ」 熊「今俺が帰つて来る時に表で遇つたから、オオ按摩さん何処へ行くんだといつたら今帰りだと云つた、あいつは勘のいい按摩だ、杖を振廻しながらスタスタ家へ帰つた行つて」 たつ「帰つたて家に居やァしないよ」 (中略) たつ「けれどもさ、按摩なんぞ止して寝てお終ひよ、酔つたところを揉むと毒だよ」 熊「毒ぢやァねえよ」 たつ「ぢやァ跡で揉んで貰うとして、疲れてるだらうからお湯に行つといでよ」 熊「いけねぇ、それこそ毒ぢやァねぇか」 たつ「仕様がないねぇ、ぢやァ一寸小便(ちょうず)に行つといでよ」(雪踏)
 雪踏(せった)は,『娯楽世界』5巻3号に掲載された.三遊亭圓右(1)演,今村次郎速記.口絵とも挿絵2枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 ほかでは見たことがない落語.「風呂敷」と「紙入れ」をない交ぜのようにしたストーリーになっている.「紙入れ」でも,自分の女房を寝取られるぐらいだから紙入れに気づくまいとおおらかにサゲるパターンと,ひとひねりして,寝取られた亭主はおおかた俺のような顔をしているだろうと,新吉の背筋を凍らせるパターンもある.「雪踏」の亭主は,「粗忽長屋」のように,寝ていたのも自分ならば,戸棚から出たのも自分になる,不思議だなあといった体になっている.だいいち,頭が戸棚を開けても熊が目を覚まさないならば,はじめから金公は勝手に出ていけばいいだけだ.雪駄の持ち主が山田屋の番頭と違って困るのは,おかみさんだけだ.


080 柳家小三治,丈長そうめん,小三治新落語集,三芳屋 (1911)
【あらすじ】
 昔は我慢会などと言って,負け惜しみの競争をしたり,瀬戸物を食べたりする悪者食いの番付ができたりした.八五郎もその手合いで,腹一杯食わないと食った気がしないと,大食い自慢をする.「親類からどっさりもらった素麺が,まだ3箱も残っているよ」「3箱じゃ少ないが,我慢しておこう」「じゃあ,明日ゆでておくからお出でなさい」
 八五郎を困らせてやろうと,大和の名物丈長素麺を,折らずに長いままゆでて待っていた.「姐さん,こんにちは,夕べの雨で雨漏りかい」「生憎さま.この桶や小鉢はみんな素麺だよ.八さん,のこらず食べられるかい」「片っ端から片付けらい.素人は,いきなり素麺を汁につけちまうが,それじゃあ汁が薄まっちまう.素麺をグッと持ち上げ水を切り,一尺なら汁に三寸つけて,二尺なら五寸五分くらい…….おや,長えなあ.中腰食いだ.いっそ立ち食い,えい,首へかけてと.こうなりゃ,箸をもって二階食いだ」「オイオイ,素麺が二階からぶら下がっているよ.いったい汁は何寸つけるんだい」「こう長いときは,寸法はいらねえから,刷毛でなすっておくんなさい」

【ひとこと】
 「素麺の食ひ方を知らねへ奴ァ、御馳走になりやすと突然(いきなり)猪口と箸を手に取らァ、それじゃァ素人だァ」「なぜダィ」「なぜと言つて素麺の碌々水の切れねー奴を煮汁(つゆ)へ突込むから二度目にやァ煮汁が薄くならァ」「どうするの」「箸ばかり手に取つて左の手は膝へ載せて置くのだ、素麺をズイと上げたら水をボチャボチャ切らせるんだ(丈長そうめん)
 丈長そうめん(たけながそうめん)は,柳家小三治(4)演.演者の四代目小三治は,後に二代目柳家つばめを襲名している.『小三治新落語集』にはメガネをかけたハイカラな肖像が載っている.『落語事典』には「そうめん」の演題で載っている.小三治は『東京』の2巻8号(1925)でも「素麺」を演じている.また,『糧友』9巻7号(1934)には,橘家圓蔵名義の「丈長素麺」が載っているが,ほぼ小三治の速記を流用している.

【つけたし】
 大食い自慢が手痛い目にあうのは,上方落語の「蛇含草」と同工である.「蛇含草」では,餅好きの男が,餅箱ごと食べると大口をたたくが,のど元まで餅がつまって,ついには動けなくなってしまう.男が繰り出す曲食いの一つに,額にいったん当ててワンバウンドさせる箕面の滝食いというのが出てくる.上方落語「そうめん食い」の本来のサゲも東京とは違っている.あまりに素麺が長く,二階にまで登ったところ,バランスをくずして転げ落ちてしまう.残った素麺が白い滝のように垂れ下がった.箕面の滝みたいやな.道理で,いっぺん腰をうった.かつて,箕面の滝の中断に岩棚が出っ張っていて,一度腰をうつさまが名高かったことを踏まえる.「そうめん」は,このサゲを言うためにあるような落語で,箕面の滝がキーストーンになっている.当代の文我が,自分の工夫を入れて復活している.
 大和三輪では長い素麺は見つからなかったが,安城市和泉で手延べ長そうめんを製している.冬場に作られる乾麺と違って,夏場の湿った風で半生に戻して作られる.写真のように,3m以上ある長さのまま流通しており,適当な長さに折ってからゆでる.


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081 笑福亭松輔,大師廻り,新選落語集,春江堂 (1939)
【あらすじ】
 出入りの魚屋の魚喜を抱き込んで,大師廻りにかこつけて南で遊ぶ算段をした.魚喜がうまいこと親旦那を説き伏せたおかげで,若旦那は大師廻りに出かけることができた.ところが,親旦那も一緒についてきてしまう.それなら,太融寺の雑踏でまこうとしたがうまくゆかない.どんどろ大師でもダメだった.次の小橋ならば,裏門の茶店で一服している隙にまいてしまおうと,急いで表門に出た.もう米もババ銭も要らないと,せいせいしたところに親爺が現れた.「魚喜さん,えろう早かったな.次は天王寺さんじゃ,はぐれぬように来なされ」「魚喜,コラ」「もうしょうがおまへん,亀の池を親旦さんが覗いている所を後ろからボーン」「そんなことしたら親父が死ぬがな」「若旦那,親父の一人や二人」.天王寺は大変な雑踏.一生懸命人混みをかき分けて親父をまくと,車を雇って天王寺の停車場へ走らせた.汽車に乗って湊町から南地へと急いだ.親父の方は,「どこでまきよるかしらんと思うたら,天王寺まで引っ張って来よった.わしも久しぶりに小指(これ)の方で遊んで行こうか」.親父も車を雇うと,相生町の中筋に東の方から乗りこんで来た.西からは若旦那と魚喜の車がやって来て,おんなじお茶屋の前で梶棒がゴトン.「や,お父さん」「これ,せがれよ,お大師さんのおっしゃった事に愚かはないのう」「何でございます」「落つれば同じ,谷川の水じゃ」

【ひとこと】
 少時(しばらく)すると魚喜が羽織の一枚も引掛けて鬱金木綿の小さい袋へ米を入れてやつて来ました。 喜『ヘエ若旦那お待せ申しました』 若『早速内裡(うちら)へ入つて親父を説付て来てんか』 喜『ヘエ畏りました…… 親旦那さん今日は』 親『オウ魚喜さん今日は商売はお休みかナ』 喜『エエお大師さんの御命日は毎月休みまして大師廻りを致しますので……』 親『然うかいナ夫は殊勝な事じや、然しお前さん所は法華宗じやないかナ』(大師廻り)
 大師廻り(だいしめぐり)は,『新選落語集』に収められている上方落語.笑福亭松輔演.『落語事典』には「大師めぐり」の演題で載っている.

【つけたし】
 拙作ながら大師廻りと言うのを一席ご覧に入れるとある.図は『演藝画報』に載っていた大師巡りの様子.装束に身をつつみ,首から数珠をかけ,手には報謝の米が入った袋をぶら下げている.毎月21日の弘法大師の命日には,大阪市内21ヶ所の大師寺を巡拝する習慣があった.沿道の家では鐘をたたいて巡拝客を迎えた.屋台店や接待が出て,大変にぎわったという.ところが,明治の廃仏毀釈で生国魂神社内の生玉十坊が廃寺となり,大阪市外に移転した寺もあった.このような速記が残るという事は,寺の入れ替えをして21の数を保ったとわかるが,寺の変遷ははっきりしない.速記に出てくる太融寺,善福寺(どんどろ大師),興徳寺(小橋),天王寺,そして末尾21番目の三津寺などは大師廻りの寺で間違いない.現在は三十三ヶ所とか八十八ヶ所など,もっと大きな数の巡拝を行っていて,大師廻りの習慣はなくなっている.サゲの雰囲気は,「親子茶屋」と似ている."博打はならんぞ"と収まった顔で息子をいましめる「親子茶屋」のように,「大師廻り」では大事なことでも悟ったかのようなセリフで落としている.雨や霰と別々に降った水がみな一つの水に集まるように,出自や身分が違っても死ねば一つに帰すという御法談と,東西違った方角から来て鉢合わせした二組を一緒にしたところがサゲの面白さ.


082 桂文治,武勇生兵法,文芸倶楽部, 29(6), 180-191 (1923)
【あらすじ】
 武芸流行の折,町人も町道場にせっせと通って剣術を習っている.筋がよいと誉められた熊蔵さん,武者修行に出たいと言いだした.「武者修行は芝居の絵空事とは違って,辛いことの方が多いものだ.面白いことといえば,こんなことがあった.昔,わしが武者修行の途中,上州館林を通ったとき,盗賊がある大家の土蔵に立てこもって出てこないという.そこで,わしは一命を賭けると証書を書いて,賊を生けどろうと申し出た.まず,汁かけ飯を三杯,唐山湯を五杯飲んで,長丁場に備えた.ここらが修行者の心得だ.炭俵を一俵,薪を一本借りて,土蔵の扉を開けるや俵を投げこんだ.明るさに目がくらんだ盗賊が俵へ斬りつけたすきに,賊の利き手を薪で打って刀を落とすと,賊の胸ぐらを取って投げつけた.起き上がってくるところを取って押さえた.これが早速(さそく),頓智頓才と言うわけだ」.その話を聞いた帰り道,横町の居酒屋が大騒ぎになっている.
 「居酒屋で職人と侍が喧嘩になって,酔った侍が職人を叩っ切っちまった.酔いが覚めた侍は,表に人だかりがしているのを見て,裏の蔵に立てこもってるんだ」.これを聞いた熊さん,居酒屋の主人にトラブル解決を申し出た.先生の真似をして,汁かけ飯を3杯に唐山湯を5杯もらうと,俵と薪を借りた.「賊は昨夜から今夜にかけて,もうかもうかと待ち構えている」「泥棒でなくてお侍で,さっき入ったばかりですよ」.土蔵の入口に来ると,「炭俵に斬りつけたすきに身どもが飛び込んで…」と計略を大声でしゃべってしまう.土蔵の中の侍は,油断なく居合い腰で待っていると,観音扉が開いて炭俵が投げ込まれた.「こん畜生めっ」と薪を持って殴ってくるやつを,刀を払って抜き打ちに斬ると,熊公の首が表へコロコロッ.「アッ,先生嘘ばっかり」

【ひとこと】
 武術修行をいたすものは、一眼(がん)二左足(さそく)三体(たい)といつて、一眼といへば眼(まなこ)の配り方二左足と、左足が能くなくつてはならない、三体とは身体の備へ是は貴公も能く心得て居らんければ相成らん(館林)
 武勇生兵法(ぶゆうなまびょうほう)は,桂文治(8)演.口絵とも挿絵4枚.『文芸倶楽部』29巻6号に掲載された.『落語事典』には,「館林」の演題で載っている.

【つけたし】
 サゲをどうするかがポイントとなる落語.おなじ『文芸倶楽部』に掲載された橘家圓蔵(4)の「館林」はじめ,ほとんどすべての速記は,おっちょこちょいの町人を侍が投げつけている.コロコロッと転がった首が「先生嘘ばっかり」と苦情を言う方が圧倒的に面白い.落語に合理性を求めては,タヌキがサイコロに化ける落語や,信心でワラジがぞろぞろ出てくる噺だってできなくなる.


083 柳家小さん,狸の娘,文芸倶楽部, 22(14), 63-75 (1916)
【あらすじ】
 大岡越前守が,まだ前名の忠右衛門と言って山田奉行だったころの話,伊勢山田の在柏木村の名主の治右衛門には,14歳になるおたまという娘がいた.妻が死に,治右衛門は古市の女郎だったおきちを後妻に迎えた.おきちには,連れ子のおぶんという娘がある.おたまとおぶんが17歳の時,風邪が元で治右衛門が死ぬと,おぶんを跡取りにしたいと願っているおきちは,おたまを折檻するようになった.
 ある雨の降る秋の晩のこと,ピカピカ光るナタを提げた鬼女がおたまの寝室に入ってきて,明け方まで夜具を剥ごうとしたり,冷たい手を喉に伸ばしたりする.まんじりともできず夜が明けると,おきちはいつにも増して用事を言いつけてくる.これが二日続いて,おたまの体は綿のように疲れてしまった.三日目の晩,おたまは母の形見の匕首(あいくち)を握りしめ,布団の中で体を固くしていると,はたして鬼女が現れ,おたまの胸元に手を入れてきた.おたまは,匕首で鬼女の胸元を突き上げて殺してしまった.物音に驚いた家人が集まり,大騒動になった.死んでいたのは赤だの白だのの布でできた異様な服を着た継母のおきちで,そばには般若の面が落ちていた.
 検死役人の取り調べによって,おたまは奉行所に引かれていった.大岡奉行は,たまが殺したのは狸であろう.狸はきちを食い殺し,きちに化けていたのだと裁いた.納得いかないおぶんが,狸だという証拠はあるのかと,奉行に食い下がった.「四十を越えたその方の母が,あのような異様な姿で主人たる治右衛門の娘を病に落とすはずがあるまい」「お言葉でございますが,狸ならばもう正体を現しそうなものでございます」「奉行に向かって小理屈を申す奴だ.その方も狸の類連で,親狸の恨みを晴らさんとの心だな.ぶんを拷問にかけて正体を見届けろ」と命じると,その剣幕に驚いたおぶんは,すごすご引き下がった.村のものが,「お奉行のご威光は恐れ入ったもんだ.おぶんの子狸め,とうとう尻尾を出しやがった」

【ひとこと】
 今回は政談に関した娘の噺といふ御註文、どうも落語の方には種が乏しうございますが、しかし無いといつて引下るのも外聞が悪いといふ訳 何かと種々(いろいろ)考へました所、狸の娘といふ大岡政談の落(さげ)を附けた古い話のあるのを思ひ出してこれを一席申上る事に致しました、勿論高座ではかつてやつた事のないもの、未熟の所は幾重にも御詫を致して置きます(狸の娘)
 狸の娘(たぬきのむすめ)は,柳家小さん(3)演.口絵とも挿絵4枚.『文芸倶楽部』定期増刊号"政談五人娘"に掲載された.

【つけたし】
 小さんも初めて演じたという珍しい落語.大岡能登守は正徳2(1712)年から享保元(1716)年まで山田奉行を勤めた.山田奉行所跡が整備公開されており,中には奉行所の模型や,大岡忠相の人形(写真)も飾られていた.この落語の前半には,池田大助(佐々木政談)に似たマクラや,将軍がサイコロの目の由来を尋ねる「将軍の賽」という小噺がついている.


084 桂文の助,唄裁判,講談倶楽部, 8(8), 206-216 (1918)
【あらすじ】
 堺筋清水町に,茶碗屋と砂糖屋が軒を並べていた.丁稚が黒砂糖を干していたところ,茶碗屋の丁稚の撒いた水が砂糖にザブッとかかった.これを聞きつけた主人の八兵衛がカッとなって,若い衆を茶碗屋にねじ込ませた.「これは済みません.家来の粗相は主人の粗相,どうぞご勘弁を.ところで,砂糖はどこに干しなはった」「大道に干した」「そんなら家の丁稚は悪ない.大道は天下の往来,道をば泥棒してるも同じこっちゃ.去にィ」.すっかりやり込められて戻ってきた.ますます怒った主人は,翌朝早く,茶碗屋の戸が開いたのを見届けると,飼っている犬を割木でなぐりつけ,茶碗屋の店へ追いこんだ.錦手の鉢やら茶碗やらが粉みじんに壊れ,茶碗屋六兵衛のほっぺたに犬が噛みついた.「お前とこの犬のせいで,店がめちゃめちゃだ.元どおり償(まど)え」「今聞けばうちの犬とか.大名衆ならいざ知らず,町人がみだりに犬は飼わぬもの.町内に湧いた犬じゃ.理屈なら犬に言え」
 これからというもの,明けても暮れても喧嘩が絶えない.見かねた家主が間に入って説得したが,らちがあかない.とうとう西の御番所に願書を出した.お白洲に出ても,二人は喧嘩している.あきれた奉行は,「両名の者,手を出せい」.二人が手を出すと,ピンと手錠をかってしまった.「家主源兵衛,両名を手錠のままその方に預けおく」.往来を二人が手をつないで歩くのを,町内の人は笑いながら見ている.本町橋まで来ると,八兵衛が小便がしたくなった.「すまんが着物の前をまくってくれ」「わっ,飛ばしりがかかるがな」.しばらく行くと,今度は六兵衛が声をかけた.「八兵衛,ちょっと待ちぃ」「小便か」「今度は,ばばや」.一つの雪隠に向かい合わせで座るはめになる.「お家主さん,気の毒だすが,おいどを拭いて下され」.お互い,相手の家には入れないので,やむなく家主方に寄せてもらい,食事は両家から届ける始末.片手じゃまともに飯が食えないし,手水場に行くのも不自由だ.両人,ほとほと参ってしまった.「なあ,六兵衛」「何や八兵衛」「もう,臭うてしゃあない.仲直りせんか」「それもそうやな」.もう二人で笑うしかない.役人も仲直りしたことを陰で見ていた.再び奉行所から差し紙が届き,お奉行様の前に出た二人.「両名,仲直りをいたしたか」「両三日,仲を直してございます」「それは重畳である.仲直りの証拠にここで歌をうたえ」.急に言われて弱った二人は,「人の通らぬ山中を……」という数え歌を歌いはじめた.「一つとやァ,人の通っている町中を,茶碗屋の八兵衛さんと」「砂糖屋の六兵衛さんと手をひいてェ」.役人は手錠を放り出して,「この錠かいな」

【ひとこと】
 三度の食事は双方の家からそれぞれ送つて参ります 片一方の手で飯を食ふのですから食はうとするとこつちが動くやらあつちが動くやら、依つて飯を溢(こぼ)すやら、お菜(かず)を引繰返すやら、深夜(まよる)になり、六兵衛が小便(ようた)しに行かうと思うても八兵衛が起きぬ、八兵衛が行きたうても六兵衛が起きぬと云ふやうな事で、終ひには大小便垂れ流しといふ始末、さすがの両人も殆んど根負けをして了ひました(唄裁判)
 唄裁判(うたさいばん)は,桂文の助(2)演の上方落語.早津久馬速記.カットとも挿絵2枚.『文の助の落語』にも収められている.宮原流水・市川半三郎速記.『落語事典』には「茶碗屋政談」の演題で載っている.

【つけたし】
 師匠の曽呂利譲りで,他の人はあまり演じないとある.『臍の宿替』杉本梁江堂(1909)には,曽呂利新左衛門の「茶碗屋裁判」が載っている.「唄裁判」のルビの一部は編集側が振ったらしく,間違ったところがある.地名では,本町橋(ほんちょうばし),日本橋(にほんばし),上本町(かみほんまち),土橋筋(どばしすじ)が違っている.いがみ合っていた商家の主が,手錠をかけられ互いの世話をしたり,子どものように歌を歌ったりと,滑稽ではあるが,これを演じるのは難しいのではないか.サゲも,数え歌の文句がわからないと通じない.
 演者の桂文之助は,京都高台寺下に文之助茶屋を開いて,悠々自適の隠居生活を送った.今は,場所を八坂の塔のそばに移したが,あいかわらず繁昌している.甘酒にわらび餅が名物だ.


085 桂三木助,綱七, 名作落語全集 5,騒人社 (1930)
【あらすじ】
 芝居噺のはじまり.舞台にいる与四郎は,実は藤原鎌足の子の淡海であった.眼を悪くし,阿波の国志度の浦で海女のお舟(実は腰元錦木)の世話になっている.藤原鎌足の家臣,澤田新九郎は,漁師の綱七に身をやつして,淡海の居場所を探している.浜に落ちていた藤原淡海の名が記された臍の緒を見つけ,漁師小屋の後ろに隠れて様子をうかがう.下手からは,代官と漁師の若者頭,帆柱の金蔵がやって来た.代官は,藤原淡海と腰元の錦木を捕らえれば,ほうびの金は望み次第だと淡海の絵姿を渡した.絵姿にピンときた金蔵は,お舟を待ち受ける.花道からやって来たお舟の袖を捕らえ,「コレお舟どん,大金儲けがあるのじゃが,半口乗ったらどうじゃ」.絵姿を見たお舟はびっくり.「お尋ね者の腰元錦木,奥にいる与四郎とは藤原淡海のことじゃな」.そこに綱七が割って入り,金蔵を投げ飛ばして,「澤田新九郎政輝とは俺のことじゃ.今のうちに,若君様を小舟に乗せてちっとも早う」「お尋ね者の澤田新九郎,若い奴らみな来いヤイ」.上手から漁師大勢現れ,綱七と立ち回りがはじまる.花道から漁師一人走ってきて,「金蔵さま,お舟は殺(ば)らした.淡海は船に乗せて入鹿に渡した」「おお,でかした.早う行け」.あとを追おうとする綱七の腰を漁師がつぎつぎ捕まえた.綱七,漁師の手を払うと,15,6人の漁師がひっくり返る.「オオそうじゃ」.ここで舞台がぐるりと回る.
 海岸ではザンバラ髪になった綱七が漁師と大立ち回りの最中.漁師は逃げ去り,大岩の上の綱七は,沖をぐっとにらんで,「南無観世音菩薩,澤田が命は龍神に供え奉る.何とぞ船を戻し給え」.綱七は腹かっさばいて,臓腑を海に投じると,不思議や船が戻ってきた.「澤田か.委細のことは錦木より聞いた.ヤ,そちは腹を切ったか」「しょせん助からぬこの命,この船に乗って落ち給え」.淡海は船に乗り,さらばさらばと別れゆく.本吊りがコーン,波音大きく幕となる.
 「にぎやかな芝居ですな.何という芝居だす」「これは,綱七の腹切りですがな」「綱が腹切って海へ飛びこんだら,何になります」「おおかたスサになりまっしゃろ」

【ひとこと】
 芝居噺流行の風潮に棹さした俄か拵への、濫造品でせう。その落げも頗る辛(から)いのです。然し大阪芝居噺としては、没する事の出来ない尤物であります。この濫造品を完璧に近き演出上に大成を遂げた、逝ける桂文我は誠に当時その権威を示したものです。それでは何がそんなに六ヶ敷いといふにこの噺の中に這入る囃と鳴物です。現今大阪でもこの鳴物を完全に記憶しそしてキチッと入れ得る囃方は三四名しかありません(綱七 註)
 綱七(つなしち)は,『名作落語全集』第5巻に収められている上方落語.桂三木助(2)演.挿絵1枚.

【つけたし】
 芝居噺のサゲは,「本能寺」のイナゴが飛び出し青田,のようにパターン化されているが,「綱七」では,綱が切れ切れになったら,壁塗りに使うスサになるだろうというオリジナルのサゲになっている.スサと言えば,田舎家の荒壁で竹小舞の間に塗り込んであるワラを思い出しがちだが,上塗り壁には麻や紙も使ったという.「綱七」の筋立ては,「姫競双葉絵草紙」という芝居を元にしている.琵琶湖のほとりで浪七が腹を切って照手姫の乗った船を呼び戻するのが,「綱七」に呼応している.また,志度の浦には海女の珠取りの伝説が伝わっている.淡海公が面向不背(めんこうふはい)の珠を海中に投げ入れて,海神の怒りをしずめた.淡海公との間に子を設けた海女は,子の房前のために,沈んだ珠を探しに海中に潜る.珠を見つけた海女は,おのれの乳房を掻き切って珠を隠し,海面に出たところで息絶えた.海女の墓が志度寺に残され,写真のように珠取りの伝説を堤防に描いたレリーフもあった.さらに「綱七」は,小栗判官照手姫の檀風(だんぷう)に加え,海女の珠取り伝説も踏まえており,複雑な背景を持つ落語と言える.


086 古今亭今輔,とろゝん,文芸倶楽部, 20(8), 270-283 (1914)
【あらすじ】
 伊勢参宮に出かけた江戸っ子の三人組,馬子の案内で,鞠子の一力という宿に泊まることになった.主人の挨拶には,今晩は宿場の寄合が開かれるので,終わるまで客は二階の一間で待っていてくれとのこと.座敷には大坂者や相撲取りなどが集まっている.鞠子名物のとろろを麦飯で召し上がるかと女中が尋ねた.「姐や,麦飯でいいから早いとこ持ってきておくれ」
 銘々にお鉢が来たが,肝心のとろろがなかなか来ない.ケンツク喰わすのも野暮だから,唄でも歌って催促しようと言うことになった.兄ィ分の八五郎が甚句を歌う.「泊まり合わせのこの家の二階,麦の馳走は良けれどーも,何もなくては食べられぬ,押してけ持ってけ三段目……」「兄ィ,押してけ持ってけって言ったら,持ってっちまった」「冗談言うな」.次は,巫女(いちこ)の婆さんが,口寄せをはじめた.「寄り来るは,神の初めが伊勢神宮,天照皇が大神宮……南部の鮭が鼻曲り,奥州仙台孫太郎虫……慈悲じゃ情けじゃお願いじゃ,どうぞとろろを手向けて下されや」「縁起の悪い婆ァだ.大坂の旦那,一つ義太夫を頼むよ」「デデンデンデン,ジャジャジャ,ウーム,ウーム」「大丈夫かい,そんなに唸って」「ここは毬子の宿屋にて,あまた御客の泊り合せ,中に交りし江戸っ子3人,馬鹿か利口か知らねども……」「オイオイ,とろろの催促じゃねえ,3人の悪口だ」「麦の馳走は良けれども,おかずが無うては食べられぬ,何で食べようこの麦を,オッオッオオオ」「巫女も義太夫も泣いちゃしょうがねえ.お関取,お願いします」「イヤ,わしは祭文語りで」.前の宿にホラ貝と錫杖を忘れてきた祭文語りは,「カッタンカッタン」と声色で錫杖の音を出しはじめた.「麦の馳走は良けれども,何か無くては食べられぬ,お察しあれや宿屋の主人,何で食べよぞングエこのンウレむぎをングエ……」.亭主が摺鉢をもって「とろろん,とろろん」

【ひとこと】
 熊『成程毬子の名物はとろゝか、結構だ結構だ持つて来な』 女『左様でごぜえますか』モウ一つ伺(うかげ)えますが、トルルーでごぜえますと‥‥』 文『まだボロボロ云つてやがる』 熊『文次止さねえかい、可哀想に姐やが真赤になつてらァ』 文『何だつて姐や』 女『ヘエ、トルルーでごぜえますとハア飯(まんま)が麦飯でごぜえますが、御客様によるとハア麦飯なんぞ食へねえといふし、江戸の方は米の飯より食つたことがねえ、何だこんな物を持て来やがつてと、えかく腹ァ立つ方がありますがァ、麦飯でも宜うごぜえますか』(とろゝん)
 とろゝん(とろろん)は,古今亭今輔(3)演,今村次郎速記.挿絵1枚.

【つけたし】
 「とろろん」には,旅ネタの要素が沢山つまっている.馬子とのやりとり,宿の田舎訛りの女中との会話の滑稽,知らない国の者同士の交流,そして,最後の芸尽くしの楽しさ.なくすには惜しい落語だ.今も,東海道鞠子宿にはとろろ料理の店が並んでいる.麦飯に味噌味のダシで溶いた自然薯をかけて食べる.茅葺き屋根の店がまえの丁字屋には,大きなとろろの摺鉢が展示してあった(写真).最後に出てくるのはデロレン祭文で,浪花節の源流とも言われる大道芸だ.錫杖でリズムを取り,ホラ貝で合いの手を入れる.ホラ貝を吹く代わりに,口で「デロレンレンレン」と合いの手を入れることもある.サゲは,ホラ貝を忘れた祭文語りの代わりに,宿の主人がとろろ汁を突き出しながら,"デロレンデロレン"と合いの手を入れた.


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087 三遊亭金馬,歩き出す振袖,娯楽世界, 7(6), 127-136 (1919)
【あらすじ】
 八王子で織物の仲買をしている男が,東京で品物もよく売れ,ふらふらと吉原の橋本楼に上がった.紫という花魁に丸め込まれ,居続けしてしまう.このことを知った女房は,憎いは紫という女郎だと,東京の方をにらんで舌をかみ切って死んでしまった.織りかけの反物が,べったりと赤い血で染まった.戻ってきた夫が後悔しても遅い.反物の血が落ちないので,菊模様に染め上げて売ってしまった.これが振袖となって柳原の古着屋に流れつくと,横山町の袋物屋の若い者が,魅せられるように買って,長襦袢に仕立てた.これに袖を通すと,酔ったような気分になり,橋本楼に上がる.敵娼の紫に入れあげ,ついには店の金を使い込んでしまった.せっかく買った着物を無駄にするのはもったいないと,長襦袢や羽織を欄干にかけて,吾妻橋から身投げする.通りかかったならず者が,これを質屋で金に替えた.これが流れて,柳原の古着屋にぶら下がると,今度は組糸問屋の若旦那の目に止まる.この男も橋本楼の紫花魁に入れあげ,吾妻橋から身を投げてしまう.3度目は小間物屋の主人が長襦袢を買い,またも橋本楼に上がった.さすがに,紫花魁も気味が悪くなり,因縁の長襦袢と新しい長襦袢を交換してもらった.この長襦袢が来てからというもの,客足が減ってくる.小間物屋の客も顔を見せなくなる.思い出すのは最初の袋物屋の半七のこと.すっかり姿を見ないがどうしているだろう.すると,夢か現か,枕許に半七が現れた.翌日,紫は布団の中で死んでいた.紫の持ち物は古道具屋や古着屋に売り払われた.
 屑屋の長兵衛が聖天町を流していると,何かこちらに気のありそうな年増に声をかけられた.これを着ていた娘が亡くなり,引き取って欲しいと出したのは,菊模様の長襦袢.色事ではなく期待はずれだったが,引き取ってほどいてみると,振袖を縫い込んだ物だった.惜しいことに血のシミがついている.洗ってもシミは落ちない.衣紋竹に通して,行灯のそばに干しておくと,女郎屋のようななまめかしい感じがする.色事一件のことを聞いていた隣家の吉兵衛が,夜中に壁の穴からのぞいてみると,振袖が動き出した.行灯を提げたままふらふら歩いている.びっくりした吉兵衛は,大家を叩き起こして一緒にのぞいた.相変わらず振袖は座敷を行ったり来たり.「振袖が行灯を提げて歩くとは不思議じゃないか」「ナーニ,柳橋に行ってみろ,箱屋(はこ)が提灯を提げて歩く」

【ひとこと】
 二人は手に手を取て廓を抜け出し吾妻橋まで迯(にげ)て参りました、橋の真中へ来ると半七は、「紫、私の家は此処だよ」と云ふと欄干から川の中へスーと煙(けむ)のやうに入つて行きました 紫は「アレ半七さん待て下さい私も行くから」と云つて欄干から川の中へ例の長襦袢を着た儘ドブーンと飛込で了ひました、処が翌日になると橋本楼では大騒ぎ、寝て居ると思つた紫が冷たくなつて死で居る、別に病気のやうでもなかつたし、と云つて殺されたと云ふ様子もない、只不思議なのは胸の上で両手を合せて居る(歩き出す振袖)
 歩き出す振袖(あるきだすふりそで)は,『娯楽世界』7巻6号に掲載された.三遊亭金馬(2)演,今村信雄速記.口絵とも挿絵2枚.『落語事典』には「長襦袢」の演題で載っている.『講談倶楽部』15巻12号(1925)にも,「長襦袢」の演題で金馬の速記が載っている.

【つけたし】
 「歩き出す振袖」は,雑誌掲載用の演題で,「長襦袢」が本題だろう.怪談仕立てのため,長襦袢の因縁が3回も続く長い噺になっている.箱屋は,芸者の三味線を箱に入れて背負い,座敷への夜道を同道する.手には弓張提灯を持っていた.紫花魁が死ねば,織屋の女房の恨みは晴れた気もする.そもそも,血に染まった遺品を金に替えたのが間違いの元だった.


088 柳家小せん,薮医,小せん新落語集,三芳屋 (1911)
【あらすじ】
 ある雪の晩,番頭が言うには,旦那はたぶん親類にお泊まりになるだろから,早く締まりをしましょう,また藪医の元白が来ると夜どおし話が終わらないからと言っているところに,案の定,元白が戸を叩いた.雪の中やって来たので一服させてくれと言われては,追い返すこともできない.絶対に返事をしたり,話し相手になるなと店の者に命じて,元白を迎え入れた.すると,さっそくしゃべり出した元白.定吉が小声で「何言ってやがんでィ.藪医め」.これを元白が聞き逃さない.「藪医者と言われて本望でござる」「ヘエー先生,藪医者と言われてうれしいんですか」「定どん,相手になっちゃいけないよ」「そもそも風のないときには竹はすっと立ったままだが,風が吹くと動き出す.それで下手な医者を藪というが,実はそうではない.但馬国に藪井先生という名医がいて,薬でもって盗人を治したという話がある」「薬で盗人とは不思議ですな先生……」「オイ,定どんが引っぱり込まれたぜ」.力を入れると咳が出る薬を調合して,泥棒が仕事にならず改心したという話を聞いて,「医者というものは難しいもんですな」「いかにも.医道には外科と本道があって……」「オヤ.外科と本道の講釈はじまりそうだ」「まあ,私にまかせておきなさい」.番頭が乗り出した.
 「先生,いらっしゃいまし」「おお.番頭どんか.先ほどはご帳合のさなか,挨拶をひかえておった」「先生,手前どもは一向構いませんが,この頃は物騒で,角蔵(かどぐら)のところに追い剥ぎが出ると言うこと,昨日も隣町の若者が追い剥ぎにあったそうでございます」「それは物騒千万.おいとまいたすで,ご主人によろしく」と出ていった.ヤレヤレと戸を締めて,寝ようとしたとき,表の戸をドンドンドン.「元白老でござる」.いつもは落ち着いている元白がずいぶんせわしない.「御免を.オー寒っ」「オヤ,先生,襦袢一枚で.やっぱり追い剥ぎがでましたか」「いやそうではない.着物は拙宅へ脱いでおいた.これからゆっくりと,外科と本道のお話をいたそう」

【ひとこと】
 或るときだつたね。元白が話込んで、なかなか帰りさうにもしない。そこで思いついて、下駄へ大きな艾(もぐさ)で灸をすゑてやつたんだ。すると元白め、急に思ひ付いたやふに、話を途中でフッツリ切つて、イヤ意外に長座を致しました。また明晩伺ひますから、左様ならばと立つて、門口で下駄の上へ足を乗せて、ヒヨイと考込んだ、ハテナ下駄に大分と暖かみがある、して見ると未だ上つてから、間が無かつたと見えると、また上り込んで来た(藪医)
 薮医(やぶい)は,『小せん新落語集』に収められている.柳家小せん(1)演.『落語事典』には「長尻」(ながっちり)の演題で載っている.

【つけたし】
 女郎買いが過ぎたせいで脳梅毒に冒され,36歳で亡くなった初代柳家小せんは,廓噺を得意とした.マクラを省略していきなり本題に入る近代的な語り口は,文明開化の風物を取り入れただけの明治期のモダンさとは一線を画している.「藪医」(長尻)のような噺でも,小せんの巧さは十分に伝わってくる.なお,外科に対する本道は,今で言う内科のこと.「話の医者」という演題で,『演藝画報』(1911)にも小せんの速記を見ることができる.


089 三遊亭圓遊,成田の初まゐり, 圓遊の落語,三芳屋 (1914)
【あらすじ】
 お店の小僧は,口から先に産まれたようなおしゃべりで,店の主人も手を焼いている.今日は天気もいいことから,若旦那のお供で,深川の不動さんへ初詣に行くことになった.お詣りもしない内に,小僧は勝手に伊勢平楼の玄関をくぐってしまった.仲居さんに丁寧にお辞儀されては,若旦那もあがるしかない.「料理は,見繕いで二人前,丈は小さくっても一人前食べますから,お早く願います」と,自分の分まで注文して,お毒味だとちゃっかりお酒まで飲む始末.すると,庭を通った島田の美人に目が行った.「若旦那,いい女ですよ.あれは芸者ですよ」「どこのお嬢さまか分からんものを,失礼なことを言うもんでない」「イエ,こないだ両国にお使いに行ったときに,写真屋の店先に飾ってあった写真と同じです.書生さんが,あれを揚げて愉快しようなんて言ってました.わたしも,宿入の時に花を一本つけてやろうかな」「生意気なことをいうな」
 仲居に聞いてみると,はたして新橋板新道の小花という芸者で,今客が帰ったところだという.「どうです,小僧の先見明らかなものでしょう.じゃあ,その芸者と幇間を呼んで,お膳も早くこしらえて」と勝手に芸者を呼んでしまった.「今に芸者がここへ来ましょう.先方で気があれば,貴方にも気がある.これで結婚すれば,あの小僧は結びの神だと言われるんだ.しっかりしろ,色男」「何て口のききようだ」「あの芸者は女がよくって親孝行,貴方は学問があって人使いがうまい.好一対のご夫婦です.貴方はなんと月日のよいところに生まれたんでしょう」「黙って聞いていれば,人を上げたり下げたりしやがる」「今日ばかりは貴方をほめて差し支えない.まだ不動さんへ参詣しないから,貴方に先に護摩をあげたんです」

【ひとこと】
 「会席はこれだから好いな主も家来も喰物は同じだから、これで割前が出ないんだから有難い、ヤア大勢繰込んで来ました、ナル程お銚子にお椀、コリャ私のですかエー手伝ひませう……お膳にお膳、重いと軽い、これを翻訳すると、おデンやおデン甘いと辛い……」「そんな事を翻訳しなくッても好い」「エー手前の役目、先づお毒味頂戴、チョット一杯注いぢやつたな、こつちから御見舞申しやせうか……オウ好い御酒だな、これから見ると先づ一合の定価は十銭位だな」(成田の初まゐり)
 成田の初まゐり(なりたのはつまいり)は,『圓遊の落語』に収められている.三遊亭圓遊(2)演.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 「成田小僧」は長い噺で,後半は人情噺風になる.前半部(上)は普通,「鼠穴」と同じく夢落ちで,"夢は小僧の疲れだ"で下げている.「成田の初まいり」は,「成田小僧」の上に別のサゲをつけたような落語になっている.初代圓遊ゆずりの能弁で,おしゃべり小僧を生き生きと演じている.お金がからむと,いつも宿下がりのお小遣いをあてにするあたり,こまっしゃくれていても可愛いところもある.『圓遊の落語』には,もう1題,「陰陽」と題する他で見ない噺が載っている.


090 三遊亭圓朝,にゆう,花筺, (12), 1-16 (1890)
【あらすじ】
 浅草駒形に半田屋長兵衛という茶器の鑑定家がいた.たびたび万屋五左衛門から招待されるが,金に飽かせて道具を飾り散らしている万屋が気にくわないので,ずっと断っている.代わりに馬鹿の弥吉を遣って懲り懲りさせてやろうと,弥吉を呼び寄せ,にわか仕込みの道具のレッスンを授けた.「自慢の松花堂の醋吸三聖は,袋一文字が紫印金,箱書きは小堀権十郎だ.結構なものだが,その掛物に傷をつけろ.孔子に老子に釈迦は仏だから,ちとご祝儀の席には向きません.軸ににゅうがありますと言っておけ」「ずくにゅうか」「道具屋でにゅうを知らん奴もねえ.傷のことをにゅうと言うのが道具屋の通言だ.腰のものは,惜しいことには揚物でございます.天麩羅じゃねえぞ.傷のことはにゅうだよ」
 万屋の裏門から入った弥吉は,下草を踏みつけ,苔庭で足をすべらせて石燈籠を押し倒す大騒ぎ.障子に穴を開け,万屋が伽羅を焚いて香を嗅いでいるのを覗いていると,「これは驚いた.石燈籠を倒し,松ヶ枝を折っちまった.ヅカヅカ入っちゃいけない」「アハハ.かねがねお招きの半田屋長兵衛で」「へえー,これは.左様とは知らず,恐縮千万.先生の御入来がないと朋友にも外聞悪く思います.どうもお身なりの工合,袴の穿きよう,お履物がどーも不思議で.我々が縮緬羽二重を着ますのが,恥ずかしいことで」「揚物が分かるか.素人は天麩羅だと思うだろう.掛物を見せなよ.破きゃあしないから.インキンタムシのついた箱は河原崎権十郎で,孔子に障子に……」.主人五左衛門は驚いて,水屋の方へ飛び出した.「ハハ,逃げて行きやがった.さっき食っていた煙の出てる饅頭はと.食いかけが残ってる」と香炉から火のついた香をすくって,口に放り込んだ.「オオ,熱つつつつ」「乱暴な人だ.口の中に傷ができましたろう」「イエ,にゅうができました」

【ひとこと】
 今日は万屋の家へ始めて往くのだから故意(わざ)と裏口からお這入りに成り萱門を押破て散々に下草をお暴(あら)しに成ました所の御胆力(たんりき)ドーモ誠に恐入りました事で今日の御入来(じゅらい)ハ何とも何うとも実に有難い事で(にゆう)
 にゆう(にゅう)は,雑誌『花筺』の12号に掲載された.三遊亭圓朝(1)演,酒井昇造速記.挿絵1枚.ページは作品ごとに新たに起こされている.この速記は,『圓朝全集』や『明治大正落語集成』に採録されている.圓朝には,別バージョンの「にゅう」も流布している.

【つけたし】
 自作の怪談噺や人情噺で知られた三遊亭圓朝の落とし噺は珍しい.「にゅう」は,司馬龍斎作と伝える.茶道や道具類にも精通していた圓朝好みの落語で,ここまで仕上げたのは圓朝の手によるはず.にわか茶人が,馬鹿の振る舞いを,通人の行き着くところと曲解する様は.滑稽であるが,背伸びする自分の姿を映す鏡のようでもある.だから,相当な茶の心得がなければ,この噺を怖くて演じることができなかろう.オークションサイトを見ると,道具の状態の説明に,ニュウとかホツとかの用語が今も当たり前に使われている.写真は,茶庭に置かれる関守石.これを越えて庭に立ち入ると,弥吉になれる.


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 091 談洲楼燕枝,初夢,娯楽世界, 4(1), 231-240 (1916)
【あらすじ】
 大晦日の夜,大雪となった.昼は紙屑買い,夜は車夫をしてようやく暮らしている老夫婦が嘆いている.「こう降られちゃ,仕事に出ることもできねえ.大家さんに泣きついても,店賃の催促をされるだけだ.おや,表の戸が倒れたよ」.見ると,鞄を提げた若者が倒れている.中に入れて火に当たらせると,足先からだんだん溶けてきて,鞄だけが残った.鞄の中は札と銀貨で一杯だった.「おや不思議だ,ニコニコ笑ったら,だんだん若返ってきた.お前の白髪が真っ黒になって,皺がなくなった」「きよや,玄関にお客様だよ」「奥様,三越が参りまして,旦那様と奥様のお召し物ができたと持って参りました」.旦那は,それを着て車に乗って年始回りに出かけた.「たけや,髪結いさんを呼んできておくれ.明日は市村座の見物だから」.そこに向島の別荘の件で,棟梁が訪ねてきた.「大晦日までに仕上げろとの事で,何とかできましたが.旦那様は美しいご婦人とご一緒にどこにお出かけで…」と,芸者遊びをすっぱ抜いた.戻ってきた旦那と,焼き餅を焼いた奥さんが大げんかとなる.「屑屋だった昔を思い出しなさいよ.こうなったのも雪男が転がり込んで……」「こら,人に聞かれては大変だ.長者になったら長者らしい品を作れ.下等婆ァめ」「どうせ下等さ,紙屑買いの,マッチの箱貼り婆ァさ」「もう離縁するから出て行け」「そんなら,死んで取り殺すから覚えておいで」
 「どうしたい,婆さん,夢でも見たのか.なに,雪男の残した金でぜいたくして,俺が芸者狂いだと.おとといの晩に乗せた客が急病で,家ににあげて看病して,店まで送ってやったが,そんなことがあったんで夢を見たんだろう」と話していると,その客が礼にやって来た.二人のお陰で大事な金も無くさずにすんだ,ついては,私も支店を持つことになったから,二人を引き取り,親と思って孝行をしたいと,思いがけない申し出.「おい,婆さんや,また夢じゃないかい」

【ひとこと】
 夫「早く出て行け、馬氏婆め」 妻「馬氏婆とは何の事です」 夫「馬氏と云ふのは始、唐土周の世の賢人太公望と云ふ人の女房の事だが、太公望は釣棹の針に餌も附けず、毎日釣をして居るのを、女房の馬氏が愚人と罵り,我から離別を乞ふたが、其の後太公望が文王に見出され、軍師になつて、多くの家来に侍(かしづか)れ、車に乗つて行くのを、馬氏は路傍(みちばた)に乞食となつて居たが、車に近附て詫(あやま)り、元へ返してと云つた時に、太公望は、盆に水を一ぱい盛らして路傍に排(あ)け、是れが元へ返るなら、汝(きさま)も返してやらうと云つた、是が覆水盆に返らずの諺だ」(初夢)
 初夢(はつゆめ)は,『娯楽世界』4巻1号に掲載された.談洲楼燕枝(2)演,今村次郎速記.口絵とも挿絵2枚.『落語全集』(大日本雄弁会講談社(1929))にも,春錦亭柳桜名義の速記が載っている.

【つけたし】
 初代談洲楼燕枝の作とある.初春にかけるおめでたい噺だが,できすぎの感じがする.金の入った鞄を開けたとたん,どんどんと若返り,金持ちになって行く描写は面白い.喧嘩のさなかの馬氏のうんちくは,いかにも談洲楼燕枝の作品らしい.


092 五明楼春輔,人身御供,講談雑誌, 4(13), 77-88 (1918)
【あらすじ】
 源十と佐吾蔵の二人が馬鹿話をしながら,田舎道を歩いている.「おらにおっ惚れた女っ子がこさえてくれたものがある.ただの肥たごでねえだ.真鍮のたががはまっていて,二人の比翼紋が彫りつけてあるだ」「これは偉いもんだ.えらいと言えば,名主の茂左衛門どのは気の毒だなあ」.この村には人身御供の習慣があり,毎年,誰かの家に白羽の矢が立つのだ.ある年,江戸から来た修行者が神様を封じてやるという言葉を信じたところ,秋口になったら杢左衛門の家はつぶれて,娘は行方知れず,田畑は壊滅となってしまった.今年は,名主の娘で,16になるお花に白羽の矢が立った.名主の家には,もう一人,お松という娘がいる.去年の暮れ,地蔵堂で苦しんでいた母子を名主が助けたところ,母親は医者に診せた甲斐もなく亡くなってしまい,娘のお松が一人残されたのだった.お花と同い年なものだから,四十九日が済んでもそのまま居続けている.
 名主の家に着いた2人は,酒をご馳走になる.輿を担ぐ役割の2人は陰気でならず,江戸で覚えてきたという虫拳を打って気を紛らわしている.奥では,お松が名主に自分をお花の代わりに人身御供に出してくれと懇願していた.「実は,昨晩,俺の夢にも観音様が現れて,お前を身代わりにあげろとおっしゃった.俺の心の迷いだと思っていたが,一つ,お前に頼むべえ」.お松は,お花の白装束を借りて,白木の輿の中に入った.輿を担いだ源十と佐吾蔵たちが,杉木立の山道を一里も登ると,古い社に出た.扉を開き,輿を据えると,一同は,跡も振りかえらず逃げるように村へ帰ってしまった.その晩は,車軸を流すような雨となった.
 夜が明け,名主の茂左衛門は作蔵を供に連れて,山を登っていった.「夕べの雨風で,こんな大きな木が倒れている」「どこかで女の声がするな」.お宮に駆け寄ってみると,社の壁も輿も壊れてしまっている.中でお松が,一心不乱に観音経を唱えている.「お松,無事だったか」「ああ,旦那様.昨晩,天地が振動して,輿はバラバラとなりました,酒樽ぐらいの太さの蛇が現れ,私を一呑みにしようとしました」「それからどうした」「観音様のお告げのとおり,小指を出して九字を切って,一心に呪文を唱えましたら,蛇の姿が消えました」「ああ,わかった.蛇が逃げたのは,お松どんが小指を出したからだ」

【ひとこと】
 左『ああに、直に覚えるよ、わけ無しだァよ、こう右の手を左のはァ袖口から袂へ入れるだァ……宜いかね それから口でシイ――と云ひながら一緒(どうじ)に出すだァ、そうら、かう云ふ具合に……』 ○『あんだねえその母指(おやゆび)を出したのは』 左『母指(これ)がはァ蛙(けえろ)だァ』 △『ヘェ……母指が蛙かね……その命指(ひとさしゆび)はあんだね』 左『これかね,これははァ蛇だァね、それから小指(これ)ははァなめくじだァ』 源『ヘエーー、それぢやあ三すくみだァね』(人身御供)
 人身御供(ひとみごくう)は,五明楼春輔(柳亭燕枝(3))演,浪上義三郎速記.口絵とも挿絵3枚.『娯楽世界』10(6)(1922)と『講談雑誌』7(1)(1921)にも,柳亭小燕枝演の「人身御供」が掲載されている.

【つけたし】
 このたび私が申し上げます落語は,ただ他の者が話さない落語だ,とある.虫拳のやり方が細かく書かれている.ナメクジが蛇の天敵だというのは,「弥次郎」などでも登場する基本知識.女に惚れられた弥次郎が,道成寺ならぬ貧乏寺の水瓶の中に隠れたところ,蛇体と化した女が巻きついてきた.蛇が溶けてしまったのでよく見ると,水瓶にはナメクジがいっぱい.


093 朝寝坊むらく,棒屋,娯楽世界, 2(5), 39-49 (1914)
【あらすじ】
 今年はあいにく町内で新年会を開けなかったが,ちょうど引札が入ったのが幸い,この店へあがって一杯飲んで騒ごうということになった.ところが,町内の若い者は,誰ひとり引札が読めない.「俺は,親爺の遺言だから読まない」「お前の親爺は生きてるじゃねえか」.通りかかった信濃屋の隠居に読んでもらった.ああ,これは棒屋の開店だ.「誰だ,料理屋の開店と言ったのは.ご隠居さん,万一棒がないときには,いかように遊ばさるるとも恨まないってえのかい」.みんなで無さそうな棒を買いに行って,ひどい目に遭わせてやろうということになった.
 「おう,ここだここだ」「のれんに棒屋と書いてある」「読めねえくせに知ったかぶりするな」.「御免よ.この引札はお前ん所のだろう.もし棒がないときにはいかようにされても構わねえって書いてあるね」「ええ,どんな棒でもございます.何がご入り用で」「貧乏だ」「へ? オイオイ,貧乏を持ってきな」.長い栗の棒を取り出してきて,これは槍の柄にします.貧乏やりくりと申します.「貧乏あるとよ.あいつ,長い棒を持って弱ってやがる」「棒屋,こいつは酔ってて気に障ったろうが,勘弁してくんねえ」「どういたしまして,お一人でも余計お客様がお入りなさるのは有難いことです」「俺には泥棒を見せてくれ」.先が曲がったひねくれた棒を取り出した.泥棒は気が曲がって,先で物を引っかけて取る.木の種類は,"ちょうえき"だと,また一本取られた.次に店に入って,吝嗇(しわんぼう)だと言うと,柿の種を砕いて固めた棒を出してきた.しわんぼう柿の種と申します.吝嗇には握り手がついております.別の奴が篦棒を注文すると,長い棒を出してきて,馬鹿とのろまを担います,と言い抜けた.最後の男は,つんぼうを注文した.「これでございます.金槌の代わりに釘を打ちます,金聾と申しまして」.たくさん棒を並べられて,ただ帰るわけにはいかなくなった.「棒屋さん,1本ずつ買っていこうと思うがどうだい」「これは見本でございます,そう沢山こしらえる物ではございません」「そりゃそうだ.つんぼうなんて売れが遠いだろう」「いいえ,耳が遠い」

【ひとこと】
 四方のお客様方益々の御健勝の段奉賀候、弊店事此度棒屋を開業仕つり候間、ドシトシと御注文被下度、棒一通りは、天秤棒を初め、六尺棒、麺棒、心張棒に至るまでも残らず取揃へ有之候間、何品なりとも仰せ附け願い度、万一御註文の品々切の節は、如何様に遊ばさるるとも決して申し分無之候、一通りの棒は店に飾り置き候間、皆様御誘ひ合され賑々しく、ひやかし旁々御光来の上お求めの程を偏へに願ひ上げ奉り候、浅草三筋町棒屋長兵衛(棒屋)
 棒屋(ぼうや)は,『娯楽世界』2巻5号に掲載された.朝寝坊むらく(三遊亭圓馬(3))演,今村信雄速記.口絵とも挿絵2枚.肖像写真あり.

【つけたし】
 今まで書いたことのない,珍しくって面白いものを演れというリクエストに対応したもの.「棒屋」は,三代目圓馬から四代目圓馬に伝わっている.「提灯屋」と同じく,隠居に読んでもらったチラシを持って,店に押しかけて行く.しかし,【ひとこと】に引用したチラシの文句,漢字だくさんで読みにくい.
 どうしても「提灯屋」とくらべてしまう.「提灯屋」が,若い衆の出す紋描きの判じ物がわからず,提灯をタダでどんどん持って行かれるのに対し,「棒屋」はどんな注文にも実物の棒を出して応じている.「提灯屋」の主のように強情なところもなく,字の読み書きできるというのが癪にさわるだけだ.棒の謎解きがピンとこないのと,サゲが使えないため,この噺は途絶えてしまうだろう.こんな注文を考えてみた.流行性感冒で二本棒を垂らした小僧がノレンのすき間から顔を出し,フォンドボーだと小僧の袂からシチュー味のスナック棒が出てきた.STAP細胞ならないだろうとの注文に,「STAP細胞は,ありま〜す」.


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094 桂文三,短気息子,改良落語,駸々堂 (1890)
【あらすじ】
 あるお店の若旦那,家にこもって読書のほかは,お茶とお花ぐらいしかしない大人しい人物.ところが,人並み外れたかんしゃく持ちで,家人も近寄れないほど.一人の丁稚がもっぱら世話をしている.今日も,花を活けていると,ゆっくりたわめればいいのに,グッと力を入れるから,次から次と花を折ってしまう.「小僧,水を持ってこい」「何でごわす」「水持ってくるのじゃ」「何でごわす」.3度目にはもう,近くの木バサミをつかむと,丁稚に投げつけていた.きわどくかわした木バサミは,畳にグサッと突き立った.それを見て,丁稚はワーッと泣き出してしまう.泣き声に気づいた番頭が,一緒に詫びに入った.「丁稚の粗相は,番頭の私の粗相でございます.どうぞお気を鎮めて下さいませ」.チラリと畳に刺さった木バサミに目が行くと,「丁稚,丁稚と言っても,実家へ帰りましたら貴方と互角でございます.命までという証文は取りません.何かあったら,そばへ呼び寄せ,耳のはたで『貴様しくじったぞ』とおっしゃれば,ぶったり叩いたりするより慎むものです.今日,旦那さまがお帰りになったら,このことをつぶさに申し上げます」と,一本ぐっと決めた.もともと大人しい若旦那は,ポロポロ涙を流して,今後気をつけるから堪忍してくれと,番頭にだけは頭が上がらない.
 数日後,お茶とお花の会があり,来客が詰めかけている.あの丁稚は膳部を運ぶ役を与えられた.怖い怖いと思うと,なおさらうまくいかないもの,若旦那の前でお椀をひっくり返してしまった.「こりゃ丁稚……」.すかさず番頭が若旦那の袖を引いた.若旦那は丁稚を呼び寄せると,耳元で何かボシャボシャ.丁稚はウワーッと泣き出した.「私が若旦那にご意見したからこそ.いつもならゲンコで殴られていたところじゃ」「殴られた方がよほどましでございます」「若旦那様は,耳元で何とおっしゃったんだ」「耳をジガジガとしがみました」

【ひとこと】
 番頭「馬鹿め……慈悲されると糞たれるとハ貴様のことぢゃ、私(わし)がこないだ若旦那さまに御異見を申したなればこそ……平日だつたら拳骨(すこ)の二つも撲(は)られているのぢゃ……何だ泣きくさつて横着者(たおしもの)め 丁稚「エー 頭はられる方が余程ましで御座います 番頭「若旦那さま耳の辺(はた)で何おっしゃったんだ 丁稚「エー耳をジガジガッと噛(しが)んででした
 短気息子(たんきむすこ)は,『改良落語』に収められている上方落語.桂文三(2)演,丸山平次郎速記.『落語事典』には「耳じがじが」の演題で載っている.

【つけたし】
 演者の二代目桂文三は,提灯屋の文三と呼ばれた.この本が出た翌年,32歳で亡くなっている.墓(写真)は大阪寿法寺にある.
 昨今はやりの,切れやすい大人が主人公になっている.「耳じがじが」のタイトルではサゲを割ってしまう.「だくだく」「ぞろぞろ」のように,「じがじが」だけでもいいかもしれない.雑誌『百千鳥』8号に掲載された「桂の巻」から単行本化された.最近,当代桂文我の速記が書籍化されている.
 諄々と若旦那を真綿で首の要領で追い詰めて行く番頭のセリフが聞きどころで,埋もれた落語にしておくにはもったいない.そんな番頭だが,最後の小僧を叱る文句は,実に汚い言葉遣いになっている.このあたりの清濁両面あるところが,大店で出世する人間なのだろう.サゲの"しがむ"は置きかえたくない言葉.ただ噛むのではなく,スルメを食べるように,グリグリと噛みしめられてしまった.


095 談洲楼燕枝,無筆の女房,講談雑誌, 1(4), 65-78 (1915)
【あらすじ】
 蔵前の十八大通に出入りする白露という幇間があった.十日ほど家を空けて戻ると,女房の機嫌が悪い.伊勢四郎の旦那のおともで,成田の不動様から房総をぐるっと回ってきたと話すと,昨日,伊勢四郎の旦那がお見えになって,このところ白露は顔を出さないがどうしたとおっしゃっていた.この頃,妙な女に引っかかっているそうじゃないか,離縁状を書いてくれと迫ってきた.弱った白露は,お前は字が読めないから,仲人の源兵衛さんに読んでもらえと離縁状を渡した.本当に離縁状を書くと思っていなかった女房は,泣きながら源兵衛の家に駆けこんだ.離縁状を開いてみると,「蝉が鳴く鳴く大教寺の森で 蝉じゃござらぬおとせでござる……」.こんなことを書くのは,本当に出す気がないからだと,女房に説いてやった.私が字が書けないからこんな恥をかいたのだと,女房は心に感じるところがあった.
 翌年のこと,お客に連れられ,一月ほど箱根に湯治に出た.前回のことがあるから,低姿勢で家に入ったところ,案に相違して,女房は機嫌よく亭主を迎えた.留守のあいだ,近所の子どもに菓子をやっては,いろは四十八文字を習い,かなが書けるようになっていたのだ.小遣い帳をつけておいたと聞いた白露は,「それは豪儀だ,笑やァしないから見せておくれ.ああ,反故を裏返しに使うとは感心だ.どれ,この"一もんこめのかけ"とは何だい」「御免の勧化が来たのでやったので」「"三もんたいこ".子どももないのに太鼓を買ったのかい」「それは大根」「四もん"あふらけ".これは油揚げだな."十二文あり".分からないなあ」「いやだよ,蔵前にお出入りしていて,こんな字もわからないのかい」「これは恐れ入った.何と読むんだい」「こりゃあ,ろうそくという字じゃないか」

【ひとこと】
 幇間になりまして名を白露と附けました、白露や無分別なる置どころ、と云ふ古い句に基づいて附けました、此の人恐ろしい御幣担ぎで、後に名を保寿と改ためました、一寸した御話だがこの保寿が名前替を致し弘めました時に、世の中には又悪戯者があるもので、彼の戯作者の京伝がその名前替の祝物の上書に白露の保寿法事一分京伝(香奠)と云ふ悪戯書をして忌がらせたと云ふ、これを以て御幣担ぎと云ふのが分つて居ります(無筆の女房)
 無筆の女房(むひつのにょうぼう)は,『講談雑誌』1巻4号に掲載された.談洲楼燕枝(2)演,今村次郎速記.口絵カットとも挿絵5枚.演者の肖像写真あり.

【つけたし】
 禽語楼小さん,柳家小せん(1),談洲楼燕枝(2),三遊亭圓遊(3)の速記が残っている.その後,演者が絶えたらしく,三遊亭金馬(4)がNHKの番組で復活の口演を行っている.今演じるには,蝋燭屋の看板には,写真のような蝋燭の絵の中に"あり"と書かれていて,絵と合わせて"ろうそくあり"と読む判じ物のような看板だったことを仕込まないと,絶対に通じない.両替屋が分銅の形,煙草屋がタバコの葉の形など,商売ごとにユニークな看板が使われていた.糊屋の看板が大きな"の"の字に小さく"り"があしらわれていた.「糊屋の看板」という小噺もあり,機会があったら"絶滅危惧落語"として取り上げたいと思っている.
 地味ながら,白露という幇間の女房への愛情,妻の愛らしさがにじみ出るいい落語だ.この速記では,引用のように,白露が実在の人物であったことが示されている.


096 入船亭扇橋,名画の虎,講談雑誌, 4(2),155-167 (1918)
【あらすじ】
 足利義政公が茶会でつかった水こぼしが奈良の寺で見つかったと,幇間の平助が持ち込んだ品物を見た旦那,これが耳盥の足の部分だと見抜いたが,祝儀代わりに五円で買ってやった.懲りずにやってきた平助は,床の間の宗全の花活け,王羲之の軸,赤絵の大鉢と次々と旦那の道具をほめちぎる.旦那の方は,「時代がついているといっても,この間の水こぼしよりは若いよ」と皮肉で返す.「しばらく顔を見なかったが,どこかに行ってたのか」と尋ねると,「結城から成田,銚子と回って,ヤマサの土蔵で北斎の五幅対を見ました」.描かれた人物は,水滸伝の九紋龍,花和尚,豹子頭林中,黒旋風李逵に行者武松の5人で,中でも虎をひねり殺した武松と言えば,唐土では虎除けのまじないに使われる豪傑だ.「家にも元信の虎の絵があったが,実に名作で,誰に売っても夜中に虎が抜け出して魂消たと言っては返してくる.この間,友人の新藤に引越祝いでやってしまった.そういえば,返してこないな」.それを聞いた平助,旦那に黙って売り払ったのではないか,見に行きましょうと,旦那を誘い出した.中村の家は,障子は穴だらけ,床の間の花も枯れて蜘蛛の巣が張っている.虎の軸は汚い床の間にかざってある.「新藤,この軸を掛けて変わったことはないのか」「別に変わったことはないよ」「旦那,こりゃあ虎はでませんよ.なぜって,御当家の細君が無精[武松]だから」

【ひとこと】
 今日でも支那では山にかかる時のまじないに右の手のひらへ武松と書いておく、もし途中で虎に出会った時に手を開いてその掌を虎の方へ見せるとどんな闇の夜でも虎は逃げてしまうそうだ(名画の虎)
 名画の虎(めいがのとら)は,『講談雑誌』4巻2号に掲載された.入船亭扇橋(8)演,浪上義三郎速記.挿絵1枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 この速記以外では,見たことも聴いたこともない噺.枕で,一流の幇間になると,碁将棋,茶道,清元,常磐津,歌沢,富本と,芸事は何でも心得ているが,それをひけらかさず,芸者や客を立てると説いている.この噺の幇間は,「王子の幇間」の平助同様に,旦那を食い物にしているように見えるが,なかなか道具の素養が深い.調子いいだけでないところが,この落語の演者を選ぶのか.


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097 桂文團治,焼物取り,桂文團治落語集,三芳屋 (1916)
【あらすじ】
 めでたい坊様(ぼん)の祝いの膳に,杢兵衛にだけ焼き物がついていないとボヤいている.調べてみると,招待してもいない井上さんが孫まで連れて来たため,1人前足りなくなってしまったのだ.焼き物をつけて回った太兵衛が,お盆を持って焼き物の奪還に乗りだした.
 「井上はん,さしたるご馳走もございませんのに,ご遠方よりようこそお越し遊ばされました」「おお,太兵衛さんかな.今も言うてましたんや.今日はお魚の高いのにお膳がでまして,孫まで連れて出ましてご厄介になります」「お坊やん,ようこそおいでやす.お乳母さんから,夜乳を召し上がるので,まるで栗虫みたいに肥えてござる.……体は栗虫,大きなったら背虫じゃ」「おまはん,わしは年寄って一向聞き取りにくい」「聞き取りにくいので幸せ.さあ,お汁の熱いのができましたが,換えましょか」「うちのはいたって汁が好きじゃ.どうぞ,余計よそわんように.少ぉしだけ」.盆を差し出すと,お椀を乗せるすきに,盆の下に焼き物の皿を隠して持ってきてしまった.「杢兵衛どん,泣かんとき,そっくりやってきよったぜ.うちの孫はお汁好きじゃ,余計よそわんように.余計吸われてたまるもんか.お光どん,あんたいっぺん襦袢を洗ろてんか.シラミが引っかかりよった.それ,味噌汁の中へ放りこんでやった」「そんな無茶しいな」「小人島の烏賊のお汁じゃ」
 「お待ちどおさんでございました.お汁を換えて参じました.おついでにご隠居さんもお汁をお換え申しましょうか」「お爺さん,換えて貰いなさるな.また魚取って行かはる」

【ひとこと】
 太「エエ坊んやんお色が白うおますな、お父ツァンが白いので坊んちも白い、まるで白兒見たいな、ヘッ、癩ぼしか……… 井「コレ後口でなんぢやゴチャゴチャ云ふててやな 太「アア、お坊んは眼の張の良い黒子(くろたま)の大い凄い盗人眼 井「コレ黙つて居れば良いかと思つて、イイ加減にして置きなさい(焼物取り)
 焼物取り(やきものとり)は,『桂文團治落語集』に収められている上方落語.桂文團治(3)演,秋田南越速記.『臍の宿替』 杉本梁江堂 (1909)に同じく文團治の速記が,『噺の種』駸々堂 (1891)に曽呂利新左衛門の速記が載っている.

【つけたし】
 サゲは,「また焼き物(やきもん)取られる」の方がぴしっと来る.人には表と裏の顔があるさまを活写しているが,どうにも後味が悪い.太兵衛の陰口と井上の厚顔が凌ぎをけずっており,空世辞と皮肉の練習帳だと思えば,社会勉強にはなろう.今でこそ表現にフルイがかけられ,洗練された噺ばかりになって来たが,もともとの上方落語は,こういう陰口悪口や,糞尿などの汚い表現がポンポン飛び出してくるのが当たり前だった.


098 入船亭扇橋,芳野御殿,娯楽世界, 3(4), 73-87 (1915)
【あらすじ】
 踊りの師匠の家に,温習会の世話を焼いた忠吉がやって来て.先日の会の話題になった.「花見の中でのお温習いは大評判でした.あのあと,夜桜から二晩居続けして,親父に大目玉を食いました.ところで,田舎からやって来た源十さんはどうしてます」「まだ家にいますよ.お温習いがあった翌日から寝込んでいて,医者にもかからないんですの」.田舎から東京見物にやって来た源十は,土地では大変な金持ちの息子で,何とか病気を治してやりたい.忠吉が行って,ようやく聞き出すことができた.お温習いの会に出た「関の戸」で,遊女の墨染を演じた娘に恋わずらいしてしまったのだった.墨染を勤めたのは,あいにく地主の一人娘.いくら忠吉の家が金持ちでも嫁にやる訳にはいかない.そこで,吉原を芳野御殿ということにして連れて行けば,見世を張っている花魁は軒並み墨染みたいだから,どれか面差しの似た妓がいるだろう.気に入ったら請け出して女房にすればよいと決まった.
 墨染に会えると聞いた源十は,久し振りに湯に入り,身支度もととのえ,日暮れを待ちかねている.「車屋に綱をつけて5,6人で引っ張ってもらうべえ」「山車じゃあるまいし」.大門を入ると,桜は今が盛り.「ここが芳野御殿で,中に御殿女中がならんでいます」「あっ,居ました,あれがハアよく似ているだ」「源十さん,あなたを東京の人と言うことにしますから,遠国の人と悟られないよう,口をきいちゃいけませんよ」.引きつけからお酒もあっさり飲んで,お引けとなった.妓が出ていったのを見送って,「忠吉さん,女っ子が突っ走ってしまった!」.怒鳴り声を聞いて,忠吉が飛んできた.「源十さん,そんなことを言っちゃいけません.ここは芳野御殿ですぜ」「ハア,それで静にしろと言うのか」

【ひとこと】
 オヤ妙な病気ですね、何ですと大きな桜の木が有つてドロドロ、撞木町から来やんした、この間の温州(おさらい)に関の戸の上下が出ましたが、アノ下の方で墨染の立姿と、桜の朽穴(うろ)からドロドロで墨染が出ましたが、もし源十さんお前さんアノ墨染に惚れたね(芳野御殿)
 芳野御殿(よしのごてん)は,『娯楽世界』3巻4号に掲載された.入船亭扇橋(8)演,浪上義三郎速記.口絵とも挿絵2枚.『落語事典』には「吉野御殿」の演題で載っている.

【つけたし】
 桜に縁のございますあまり連中がお喋りをいたしませんお笑いだとある.吉野の山中に追っ手が迫り,義経と静御前が別れたことから,静御前に縁のある吉野では静かにしないとまずかったというサゲらしい.吉原仲の町の桜を吉野の花盛り見立てているので,"吉野"ではなく,"芳野"としたのだろう.本当なら,小町桜の何かで結末をつけた方が,「関の扉」との相性がいい.


099 桂小文枝,夜の手習,落語の根本,寧静館 (1893)
【あらすじ】
 裏長屋のおかみさんたち3人が昔の思い出話をしている.そこへ,尼の妙光さんがやって来た.「あなたは今でも美しおすが,若い時分はさぞ面白い話もありましょう.どうぞ,聴かせて下さりませ」「左様ならば,私の身の上話をいたしましょう」
 私は元,京都の柳の馬場押小路虎石町の西側で信濃屋のお半と申しましたが…….その後も,八百屋の半兵衛のお千代だったり,本郷の八百屋お七だったり,清姫,小春,夕霧,高尾太夫になったりと,つぎつぎと浮き名を流した末,とうとう発起して坊主になりました,と話しているところに紙屑屋が入ってきた.「紙屑屋さん,誰も呼びはいたしません.何しにお出でなさった」「へい.最前からのお話を聞いて,艶書の集まったのを買いに来ました」

【ひとこと】
 道中から三吉といふ馬士(まご)が来て…様子を聞けば私の子の与之助やおまへんか…それからその子に別れる時に恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」そんなら信太へ往かうといふて…箱根山まで往て「モウし勝五郎さん…この辺りは山家ゆゑ…紅葉のあるに雪が降る」と秋やら冬やらトンと解りません(夜の手習)
 夜の手習(よるのてならい)は,『落語の根本』に収められている上方落語.桂小文枝(1)(桂文枝(3))演.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 次から次へ芝居に出てくる名シーンが登場する.もの尽くしとか,吹き寄せとか,折り込みとかいったパターンの趣向がある.「逆い夢」の楽器尽くし傘尽くし,大阪の名所を喧嘩の文句に折り込んだ「大阪名所夫婦喧嘩」,駅名を借金の言訳の文句に折り込んだ「山陽鉄道かけの断り」といった噺が残されている.うまくこしらえているなあと思わせれば,演者の手柄になる.「夜の手習」は,芝居に出てくる男女のシーンを吹き寄せにしている.引用したのは,まだわかりやすい部分で,馬方三吉「重の井の子別れ」(「寝床」にも出てくる)〜「蘆屋道満大内鑑」葛の葉の子別れ(「天神山」がそのパロディ)〜「箱根霊験躄仇討」になる.芝居がメジャーな娯楽じゃなくなった今は,いくら芝居好きの演者が力をいれてこしらえたとしても,なかなか通じない落語になってしまった.


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100 笑福亭小篤,痳病醤油,お臍の宿替,立川文明堂 (1923)
【あらすじ】
 やもめというのは不自由なもので,昼のおかずを買って,七輪で鍋を煮はじめたところ,醤油がないのに気づいた.「おっさん,気の毒やが醤油一合入れてんか.今,豆腐炊いてるとこで,醤油切らしてん」.栓をひねっても,ポタポタしか出てこない.「豆腐が焦げるがな.おっさん.錐貸して.わしが今,錐を突っ込むよって下で受けてや」.錐をぬくと,ドッドッと出た.「気の小さい親父やな.醤油の一合二合こぼれたかて,泣きなや.惜しけりゃ俺が買うてやる」「いえ,昨年の秋に十九になる悴を死なしました.それを思い出して泣いてます」「けったいな親父やな.醤油で思い出して何になる」「それが悴は淋病で死んだんでございます.こんなことを知ったら,頭に穴を開けてやったらよかった」

【ひとこと】
 その錐貸して、物には陰陽ちうものがある、下に穴があつて上に穴が無い、上へ穴を明けたら直ぐ出るに極つてる、私(わし)が今錐を突込むよつて下にそれを受けていや、錐を抜くとドウッと出るでね、しつかり持てや、そうら抜いた(痳病醤油)
 痳病醤油(りんびょうしょうゆ)は,『お臍の宿替』に収められている上方落語.笑福亭小篤演.『落語事典』には「淋病醤油」の演題で載っている.

【つけたし】
 小噺ていどの落語.『落語事典』では,錐のコツを知った小僧が死んだ親父を思って泣く.
 昔は病の数が少なく,頭が痛ければ頭痛,足が痛ければ足痛,下腹が痛ければ疝気だった.淋病も淋菌感染による性病に限らなかった.もともと膿が出るために鮮血淋漓の"淋"の字が使われたのだが,排尿障害だけならば前立腺肥大症が疑わしい.のどが渇いて小便が出ないのは,消渇(しょうかち)と呼び,糖尿病が疑わしい.阿呆陀羅経「ないない尽くし」に,"消渇小便とめどが無い"という文句がある.明治以降も,淋病に悩む男性は多かったらしく,『講談雑誌』のような娯楽雑誌には毎号のように淋病治療薬の広告が打たれている.昭和の缶ジュースには,ポロッと取れるプルタブ式になる以前,ミニスパナのような缶切りが付いていた.「淋病醤油」を知らない親でも,2個穴を開けろと教えてくれた.


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 掲載 220101

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