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絶滅危惧落語 その3        演者順
赤 : 赤,講談雑誌, 10(9) (1924)
あかん堂 : あかむ堂,講談倶楽部, 18(14) (1928)
阿弥陀ヶ池 : 阿弥陀ヶ池,講談雑誌,5(8) (1919)
網船 : 親船子船,講談雑誌,23(13) (1937)
一日公方 : 一日公方,講談雑誌, 4(7) (1918)
稲荷車 : 稲荷車,新 落語全集,大文館 (1932)
稲荷のみやげ : 附焼刃,笑福亭松鶴落語集,三芳屋 (1914)
犬の足 : 大笑ひ,キング, 10(7) (1934)
犬の字 : 犬の字,圓馬十八番,三芳屋 (1921)
浮かれ三番 : 浮れ三番,講談雑誌, 3(5) (1917)
薄雲 : 薄雲,娯楽世界, 3(11) (1915)
謡大根 : 妙な大根売,遊三落語全集,三芳屋 (1915)
謡茶屋 : 謡茶屋,桂文團治落語集,三芳屋 (1916)
うっちゃり : うつちやり,講談倶楽部, 26(9) (1936)
王子の白狐 : 王子の白狐,一ト口噺,三芳屋 (1924)
鶯宿梅 : 春雨茶屋,真打揃ひ傑作落語集,杉本書店 (1906)
臆病源兵衛 : 臆病源兵衛,百花園, (201)〜(202) (1897)
お釣りの間男 : お釣の情夫,百花園, (93) (1893)
鬼娘 : 鬼娘,文芸倶楽部, 26(2) (1920)
お盆 : 御盆,華の江戸, (1) (1896)

  本ページでは,寄席の定席で聴いたり,最近の落語全集で見ることができない珍しい落語をピックアップして追加紹介したい.いわば,忘れられた落語のため,戦前の雑誌,書籍から掘りだしてきたものが多い.これらの落語が演じられなくなった理由は一つではない.はじめから掛け捨てのつもりで作られたもの,よい噺でも継承する人がいなかったもの,難しいわりには面白くないもの,時代風俗が合わなくなったもの,現代のコンプライアンスに抵触するものなど,さまざまな理由で消えていったと考えられる.現在,演じられる古典落語の数は700席ほどと言われている.『落語事典』には1200席を超える演目が記されている.その2までの100席の紹介ではまったく足りない.今後,200席を目標に少しずつ追加してゆきたい.
  なお,多数の速記が残されている場合は,できるだけ古いもの,内容のよいものを選ぶようにした.また,雑誌の巻号については,雑誌によって□号,○巻□号,○巻□月号や○巻□編など,まちまちのため,すべて○(□)の表記に統一した.
  本ページには,身体的特徴や職業・身分等に関して差別的表現が含まれている.古典作品の内容を正確に伝えることを目的としており,作品が出版された当時の状況を鑑み,言い換え等は最小限にとどめた.

〓[こがね]:金偏に滿の旁


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101 五明楼春輔,赤, 講談雑誌, 10(9), 88-94 (1924)
【あらすじ】
 本所緑町に住む小倉山という関取を,旅から戻ってきた鳶頭が訪ねてきた.風邪で半月ほど寝込んでいたという.「お前さん,ひいきの守田屋をしくじったというじゃあないか」「へえ,旦那に連れられ柳橋にお供したところ,芸者の小しんと深い仲になってしまいました.ところが,本場所で5日間負けどおし,面目なく後の5日を休んだところ,守田屋さんから使いが来て,もう出入りをしては困るとのこと.頼みの鳶頭も留守で,とうとう本当に寝込んでしまいました」「そうか,俺がなんとか詫びをしてやろう」.数日後,鳶頭は守田屋を訪れた.「旦那,坊ちゃんの加減はいかがです」「ありがとう,疱瘡にかかって,少し熱がでると火のついたように泣かれて,実に弱るよ」「いい子守を見つけたんですが,いかがでしょう.小倉山で」「何だと」「聞くと,お詫びがかなえば,坊ちゃんのお守りでも何でもしたいと言ってます」「勘弁してやろう.だが,あいつに坊の守ができるのかい」「坊ちゃんは疱瘡でしょう」「そうさ,だからこのとおり,部屋中赤いもので飾っているんだ」「小倉山は二十日もお湯に入ってません.あかだらけでございます」

【ひとこと】
 この通り畳を毛氈で敷き詰め、床の間のフチを緋縮緬でわくを取り掛物まで日の出にして置くのだ、云ふまでもなく疱瘡神は赤い物が好きなんだ(赤)
 赤(あか)は,五明楼春輔演.挿絵3枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 「赤」というシンプルなタイトルがついている.他の速記は見たことがない.本文には,古い話とも新作とも書かれていない.
 疱瘡(天然痘)の感染力は強く,疱瘡神が疫病を広めていると信じられた.種痘が広まり,1955年には日本で根絶宣言が出された.最近,サル痘(M痘)が,じわじわと広がりつつある.ワクチンができるまでは,まじないや神頼みに頼るしかなかった.疱瘡神は赤い物が好きなのではなく,赤い物を嫌うので,赤い色で描いた源為朝や鍾馗の画像を飾ったり,赤い御幣,達磨などの飾り物をした.会津の郷土人形の赤べこも,疱瘡よけの願いがこめられており,体についた黒い斑点は,疱瘡の腫物を表している.葛飾半田稲荷の願人坊主が,赤い幟を掲げて,"はしかも軽いが疱瘡も軽い"と江戸の町をもらって歩いた.坂東三津五郎が演じて評判を取った.
 "疱瘡は器量定め"と言われ,治っても顔にあばたが残ることがある.三遊亭圓遊(1)も顔にあばたがあり,「あばた会」という新作を作っている.関西弁では,あばたのことを"みっちゃ"とよぶ.三芳屋の桂文之助個人集には,「菊石妾」(みっちゃでかけ)という噺が載っている.本妻はお妾をライバル視し,髪飾りや衣類など,何についても張り合っている.「お妾に薄みっちゃがあるというが,私とどちらが多い」と下女に聞くと,「そりゃお家はんの方が沢山ございます」「知れたこと,ソラ本妻やもん」.速記は残っていないが,「菊石息子」という噺もある.「なめる」と似ており,あばたのある息子が,粋な女性に声をかけられる.よろこんで家にあがると,もてなしをうけた.婿になってくれと言われるかと期待していると,子供が連れてこられて,植え疱瘡をしないと,こないな顔になります.


102 林家正蔵,あかむ堂,講談倶楽部, 18(14), 520-528 (1928)
【あらすじ】
 麻布からやって来た男が,急な夕立にあった.芝丸山下の弁天堂に来かかると,洗い髪の女がイチョウの木の下で雨宿りしている.芝の汐留に帰るので,「番傘でよければお入りなさい」と,二人で歩き出した.大門まで来ると,雨はますます強くなり,たまらず阿観堂の軒下に駆けこんだ.「親父は船乗りで,いま木更津の方に行っていますから,家には誰もおりません.よろしければ,お茶でも差し上げてゆっくりお礼を申し上げたい」.小雨になり,二人は汐留の家までやって来た.「小母さん,遅くなりました」「ああ,お関さんかい.じゃあ,鍵を渡すから」「これが独り者の証拠,さあ,お上がりください.小母さん,お使いを頼まれてくれませんか.鰻の細かいところを一分と,お酒をお願いしますよ」「じゃあ,お酒は私に買わせてください」「お宅は銀座とおっしゃいましたが」「はい.呉服太物を扱う稲野屋の手代で藤兵衛と申します」
 盃のやりとりが進み,日はとっぷりと暮れてきた.すると,割れるような表の戸を叩く音.「大変ですよ.兄が帰ってきました.早く逃げて下さい」.戸棚の中に隠れた藤兵衛,このままではまずいと,合間の壁を押しぬいて,隣家の座敷に転げこんだ.なにがしかの礼金を渡して,雨の中,河岸の軒下を伝って帰るところを,壁土まみれの怪しい男がいると常廻りの忠治が見とがめた.「何だ,お前は稲野屋の藤兵衛じゃないか」「これは忠治親分で.実はこういうことで」と,雨宿りの一件を話した.「洗い髪の女か.藤兵衛さん,気の毒だが,あの女を亭主ぐるみ引き取ることになるぜ」「全体あの女は何者で」「芝から麻布赤坂にかけて,美人局,押しかけ女房を商売にしている奴だ」
 翌朝,稲野屋にやって来た小舟乗りの三平とお関,稲野屋の屋号が入った番傘をネタに強請ってきた.言い値の十両を受け取ると,「お喧しゅうござんしたねえ」と言い捨てて,三平とお関が店を出た.ところが,待ち構えていた御用聞きに二人はお縄となる.「忠治親分,何事かは存じませんが,昨晩おそく藤兵衛が戻ってきて,明日,夫婦者が強請りに来たら,黙って金を渡してくれと頼まれました」「お腹立ちはお詫びします.それは俺が藤兵衛さんに吹きこんだこと.あいつは,美人局を商売にする濡れ髪お関と名を取ったお尋ね者で,もとは品川の板頭,名代の飯盛ですから」「ああ,それで藤兵衛がお膳を据えられたんだ」

【ひとこと】
 差しかけられたもやひ傘、篠を束(つか)ねてつく雨に、通りかゝつた阿加牟堂、駆け込む縁の雨宿り、濡れて見たさの心根か、つひほだされた深切から、胸に鎖(とざ)したかき金も、ゆるんだ話の二人が仲、留守を幸ひ盃の、やりとりまでの段取りが、だんだんからむ千鳥糸、破れかぶれと骨ッぽく、外から駆込んだばつかりに、忘れて行つた此の品は、銀座二丁目稲野屋と、べつたり印した屋号入り……と、まァ芝居でやりやこんな事を云ひますがね(あかむ堂)
 あかむ堂(あかんどう)は,林家正蔵(6)演.宍戸左行の挿絵3枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 人情噺の匂いがすると思っていたら,『百花園』222〜223号に掲載された「雨やどり」(桂文治(6))が,この原話だった.「あかむ堂」は,「雨宿り」の一部にサゲをつけたもの.「雨やどり」では,女好きの若旦那が外出するので,女房が権助の彦助を見張り番としてつける.雨宿りしていた女に出会い,じゃまな彦助に小遣いをやって追い返し,二人は相合い傘で歩き出す.女の家にあがりこんだ若旦那の腕に,"関"の彫り物が見つかり,あなたと同じ名前でめったなことはできないなどとごちゃごちゃ言っているところに,男が帰ってきた.あわてて逃げた若旦那.あつらえたスッポン鍋が届いて,お関と亭主は鍋をつつきながら,明日,稲野屋を強請に行こうと相談する.まだまだ噺は続きそうなのだが,ここでまとめている.この女,濡髪のお関といって,手切れ金をやって手を切ろうとしても,切れない悪婆.切れないはずです,濡れ髪ですから.
 品川宿の宿屋は,飯盛女と称する遊女を抱えており,「品川心中」の本屋の金蔵が深入りしたり,「品川の豆」の連中が川崎大師の帰りに立ち寄ったりしている.飯盛女だけに,上げ膳だけでなく,据え膳も喰わせたので,それをサゲにしている.


103 入船亭扇橋,阿弥陀ヶ池,講談雑誌,5(8),55-63 (1919)
【あらすじ】
 八五郎が吉公のところに来て文句を言っている.「一寸八分の閻浮陀金は,浅草の観音様のほかにもあるというじゃないか」「善光寺のご本尊も閻浮陀金,三国伝来だ」.そこで,三国伝来の仏様のいわれを説明した.
 大昔のこと,唐土に学海長者という大金持ちがあった.その娘が天刑病にかかり,手を尽くして療治しても重くなるばかり.天竺のお釈迦様を頼ると,一寸八分の閻浮陀金の阿弥陀様をこしらえてお守りすれば,その功徳で病は治ると言われた.閻浮陀金の珠は,龍宮を守護する龍が持っているとわかったので,これを取りに行ったのが,釈迦の十大弟子の舎利弗尊者,富婁那尊者,目蓮尊者の三人.神通第一の目蓮尊者が印を結ぶと,海が割れて龍宮への道が開けた.龍は日に三度,夜に三度の炎熱の苦しみを受けているが,この珠の功徳で苦しみを逃れることができるので,珠を渡すことはできないと言う.そこで,舎利弗が知恵を出した.目蓮の神通力で,龍のウロコの間に数万の小虫をこしらえて,チクチクと刺したから,龍は七転八倒の苦しみ.そこに富婁那が行って,これは珠を持っている罰だから,珠を渡せばこの苦しみも,炎熱も封じられるからと説いてきかせた.みごと閻浮陀金の珠を手に入れたという訳だ.「それじゃ龍が珠なしにならあ」.お釈迦様が印を結ぶと,三尊の弥陀の尊像に変わった.これを開眼してもらい,祈祷すると娘の病気が治った.
 「ヘエー,それがどうして天竺に渡ったんで」.すると,後に,天竺の妙浄王の夢枕に三尊の弥陀がお立ちになり,お前の前世は唐土の学海長者である.慈悲善根を施した功徳で,今生に王国に生まれた.学会長者に使いを出すと,相手も同じ夢を見ていた.妙浄王は精舎を造って,譲り受けた尊像を祀った.
 唐土にあった仏様ががどうして日本に渡ったかというと,仏法に帰依された聖徳太子が仏の尊像が欲しいと天竺に使いを出したところ,この像が天竺から届いた.ところが,仏教に反対する守屋の大臣との争いに破れ,聖徳太子の尊像は守屋の大臣にぶんどられてしまった.この仏像を7日7晩ふいごにかけたが,どうしても熔かすことができない.とうとう,難波ヶ池へ放りこんでしまった.
 その後のこと,禁裏北面の武士の本田善光が難波ヶ池を通りかかると,「善光,善光」と呼ぶ声がする.池の中が光り輝き,三尊の弥陀が姿を現した.「汝の前世は天竺の妙浄王である.御仏に仕えた功徳によって,今,善光と生まれかわった」と,これまでの話をされた.これを聞いた善光は,随喜の涙を流した,という訳だ.「へえー,目から芋がらがでたのかい」「ズイキといっても有難涙のことだ」「俺はまた,如来の神通力で眼から芋がらが出たのかと思った」

【ひとこと】
 吉『目蓮尊者が衣の袖の内で印を結び口に呪文を唱へると、アヽラ不思議や、大海の水が左右に開けて、一条の砂原の道が出来たから三人は其の道を安々と龍宮へ行った』 八『ヘエー、其の人が今居ると大金儲けが出来るぜ』 吉『何うして』 八『長崎へ伴れて行つて其の神通力で朝鮮の釜山まで砂道を拵へて、電車を敷いて往復十銭で乗せたら儲かるぜ』(阿弥陀ヶ池)
 阿弥陀ヶ池(あみだがいけ)は,入船亭扇橋(8)演,浪上義三郎速記.カット絵とも挿絵2枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 見たことがない落語だと思うので,長めにあらすじを書いた.上方の「阿弥陀池」(桂文屋作)は,東京では「阿弥陀ヶ池」と呼ばれることがある.それとは別の噺.「お血脈」のマクラに,善光寺阿弥陀如来の由来が語られることが多いが,この噺は,その縁起をさらにふくらませたような内容になっている.本文中に,"難波ヶ池"は出てくるが,タイトルの"阿弥陀ヶ池"は登場しない.古代にあった河内湖の排水路が低湿地になっていて,難波の堀江とか難波ヶ池と呼ばれていたとすれば,その名残が阿弥陀池なのだろう.仏体出現の放光閣が,阿弥陀池(大阪市西区)の中に祀られている.
 釈迦の十大弟子にも諸説あるようだ.その中で,第一の弟子である舎利弗は,智慧第一とされ,「般若心経」にも舎利子として語りかけられている.目蓮こと目健連は,神通第一とされる.舎利弗とならんで,釈迦の直弟子の一人.富楼那(本文では富婁那)は,説法第一とされる."富楼那の弁をふるって"幇間が旦那を説得したり,世辞が苦手なので富楼那尊者へ願を掛けるほどだ,といった使われ方をしている.


104 柳家小さん,親船子船,講談雑誌, 23(13), 76-81 (1937)
【あらすじ】
 若旦那が幇間の善公に知恵を借りにきた.「今日は芸者と網船へ行く約束なんだ.何とかならないかい」「旦那さんが信用している人はございませんか」「なにしろ,家の親父はケチだから金儲けの話に眼がないんだ.この間,本町の吉田さんの勧めで買った土地で儲けたもんで,吉田さんは偉いと言っていた」「それならお任せをっ」
 「何だい,善さんかい.あまり出入りして欲しくないね.うちの奴を道楽者にしたのはお前さんだからね」「今日は本町の吉田さんから,網船で待っているとの言づてで」「吉田さんなら間違いない.しかし,吉田さんが網船なんぞ無駄な遊びをするとは」「いえいえ,この間など,獲れた魚が売れ20円儲かりました」「そうかい.それなら私も行こう」
 金の話をしたら,やぶ蛇になってしまった.しょうがないので,船頭に船を揺すってもらって,酔わせて陸にあげてしまおうという段取りにした.
 「ウーム.大層揺れるな.心持ちが悪くなってきた.お前たちは老い先の長い体だから先に上がりなさい.私は船賃が損だから,鯉の顔を見るまでは上がらん」.向こうでは芸者幇間持ちが乗った網船が待っている.「あら,あの小船には大旦那も乗っているわ.ちょっとからかってやりましょう」.芸者たちが酒肴を見せびらかしはじめた.これを見た若旦那,善公に当たり散らす.善公,心得ましたと,船を近づけさせると,わざとその船に投網をバーッとかけた.「これは大変な失礼をしました.どこかの殿様に飛んだことをしてしまいました.若旦那,向こうの船に行ってよくお詫びをしましょう」.まんまと二人は,向こうの親船に乗りうつった.
 「腰元ども,この両名を取り逃がすな」.言葉とはうらはら,キャッキャッと大騒ぎ.親旦那を乗せた船頭は,船をこぎ戻した.「船頭さん,急に揺れなくなったな」「今時分,若旦那は向こうの船で叱られて,さぞお辛いことでしょう」「ウム.あの船なら私も謝りに行っていじめられたい」

【ひとこと】
 『大丈夫でげすよ。若旦那には善さんといふ、軍師がついてゐますから、何とか切抜けてきつと出て来ますよ。アツ、そうれごらんなさい、あすこへ見えました。アヽあの船がそれです。ね、乗つてるでしよ』『アラ本当よ。おゐでなすつたわ。だけど一八さん変だわねえ。波もないのにあの船は大そうひどく揺れてる事ねえ』『成程揺れてらァ。こりやァひどいや。‥‥もうしィ若旦那ァ。こゝですようッ‥‥』『しーつ、しーつ‥‥』『アレ、手を振つてゐらァ。お差合でもあるのかな。アッ、さうだ。大旦那が御一緒らしい。ワア、若旦那も善さんも、苦い顔をして困つてゐますぜ』
 親船子船(おやぶねこぶね)は,柳家小さん(4)演.カット絵とも挿絵3枚.『落語事典』には「網船」の演題で載っている.

【つけたし】
 侍の乗った船に無礼をはたらき,女が連れ去られる.実はそれが計略だったという内容は,どこかの人情噺にあった記憶がある.「親船子船」という見慣れぬタイトルと,人情噺の抜き読みのような内容から,知らない噺を見つけたと思った.実は,もともと上方落語の「網船」という落語であった.雑誌『上方』に桂三木助(2)の速記が載っている.横堀から木津川に出たら,潮が差しているので船が揺れるという設定は自然.船に酔った親父が,反吐をつく仕草で客が拍手するとある.サゲも違っていて,船に乗っていた薩摩の侍が刀を抜いて,まるで剣の山にいるようだと船頭がいうと,あの剣の中ならワイも行きたいとなる.
 桂文我(4)個人集の巻頭がこの「網船」で,『上方』の速記を参考にしている.考証も詳しく,個人集への意欲にあふれている.病床の笑福亭松喬(6)も演じており,最後の放送が「網船」だった.松喬演は,親父を川口の中洲に置き去りにしようと提案したり,親父でなく幇間が酔ってしまったり,拳の負け飲みの場面を差し込んだりと,工夫もたくさんで,網打ちの仕草もみごとな至芸だった.


105 三遊亭金馬,一日公方,講談雑誌, 4(7), 127-136 (1918)
【あらすじ】
 麻布六本木の大工の市兵衛は,腕がよくって江戸っ子気質.73歳になる母親に孝行をつくしている.誰にも慕われているが,とりわけ珍斎というお茶の先生がかわいがっている.毎日いっぺんは顔を見ないとすまない.
 ある日,珍斎のところに来ていた医者の顔を見ると,市兵衛はあわてて飛び出し,酒を一升買って戻ってきた.医者から一献差されると,市兵衛は「もうこれで死んでもいい」という.不審に思って訳をたずねると,「この前,お駕籠のすきまから公方様の顔を見たことがある.お医者様の顔が,その公方様そっくり.何か,公方様から盃をいただいた気がする.だから,もう死んでもいいと思いました」という.これを聞いた医者が面白がって,「何か望みはあるか」とたずねた.すると,「たった一日でいいから公方様になってみたい」と夢のような返答.「そうか,もう一献くれんか」.珍斎にそっと命じて,酒に眠り薬を入れた.市兵衛がハッと目を覚ましてみると,結構な布団の上で寝ている.見慣れぬ年寄りがやって来たので,「わっちは市兵衛と申すものです.どうか家へ帰しておくんなさいませ」「公方様,何をおっしゃいます.長い間,市兵衛という者の夢を見たんでございましょう」.あっけにとられていると,やがて結構な料理と御酒がでた.これを飲むと,また眠りこけてしまった.
 目が覚めると,また汚い着物に戻り,せんべい布団で寝ている.「お前が寝ている間に,親孝行のご褒美だと二百両が届いたよ」「二百両.そりゃあ,俺がやったんだ.俺は公方様だ」.麻布の家を飛び出すと,無理やりお城の中に入ろうとした.「同役,この者は狂人に相違ない」.門番に縛られ,牢に放りこまれてしまった.市兵衛,夢から覚めたような気になり,家に戻された.珍斎のところに行くと,また例の医者がいた.「そちの望みはかなったろう」.医者だと思っていた客は,おしのびの公方様だった.「公方様,とんだ粗相をいたしました.どうか,すっぱりお手討ちになすってくんなさい」「面白い奴じゃ.そちの親孝行を愛でて,所の一町をその方に遣わす.今日より,その方の住めるところを市兵衛町と改めよ」「何だか訳が分からない.市兵衛が公方様で,公方様が市兵衛で……」「まだ分からんか」「こいつぁ麻布で気が知れねえ」

【ひとこと】
 市「是が皆な俺の家来か、大勢居るなア、此の大勢を皆な家で食はして居るのか随分かゝるだらうな、この内に町奉行が居るなら一寸前へ出て貰はうぢやねえか……アゝお前か町奉行はどうも御苦労様、却々(なかなか)忙(せわ)しからうね、一つ早速調べて見てえのは、麻布に市兵衛といふ者が居る、七十三になる阿母(おふくろ)があるんだが、貧乏で困つてるから金を少しでも遣つて貰ひてえ」 奉「承知仕りました、何程遣はしませう」 市「沢山遣らねえでも宜い、沢山(たんと)やつて一時に使つちまうといけねえ、マアリャンコも遣つたら宜からう」と指を二本出しました 奉「ハア二百金遣はしますか」」(一日公方)
 一日公方(いちにちくぼう)は,三遊亭金馬(2)演,今村次郎速記.カット絵とも挿絵3枚.

【つけたし】
 「一日公方」の速記は,『講談雑誌』のほか,『講談倶楽部』27(14) (1937)にも載っている.三遊亭小圓朝名義の騒人社の速記は,講談社の小勝個人集と同じもの.戦後では,柳家小満んが「一日公方」を手がけている.
 ストーリー的にはずいぶんと無理がある落語で,なぜ珍斎のところにわざわざ将軍が通ってくるのか,その理由は書かれていない.サゲから先にできた噺なのかもしれない."麻布で気が知れない"は,江戸の通言だが,実際につかっている場面に出くわしたことがない.その由来は諸説あって,六本木というのにそんな木が見あたらないとか,(田舎の)麻布には木ばかりであって気が知れないとか,五色のうち目黒・白金・赤坂・青山はあるが,黄色だけがないなどと言われている.最後の五色は,江戸市中にあった五色不動にも目黒不動や目赤不動は有名だが,中でも目黄(めき/めぎろ)はどこだかはっきりしないとされる.麻布市兵衛町は,今の六本木一丁目・三丁目あたりになる.名主の黒沢市兵衛が町名の由来だが,明治になってもっと広い範囲が麻布市兵衛町となった.街を歩いてみても,市兵衛町をしめすゆかりの物はみつからなかった.
 写真は古河の公方饅頭.毎日手作りされるものが,どんどん売れてしまう人気の商品.賞味期限一日だと聞いて買ってみたら,惜しいことに製造日いれて三日間だった."一日公方饅頭"ではなく,"三日天下饅頭"だった.


106 桂太郎,稲荷車,新 落語全集,大文館 (1932)
【あらすじ】
 松屋町高津裏門,山吹といううどん屋の角で,俥屋が客待ちしていた.夜も9時を過ぎると人通りも少ない.通りかかったのは,中折れ帽に金縁眼鏡の紳士.「俥屋」「お安くしときます.乗っとくんなはれ」「産湯まで頼むは」「そ,それは御免こうむります」「用心が悪いのか」「いえ,狐がいます」「俥屋してて,狐が怖いのか」「曳いていると池へはめます.どうかすると糞壺(どつぼ)へ放り込みます」「わしがついていれば大丈夫.狐や狸は友達みたいなもんじゃ.とにかく産湯まで一円やる」.俥屋は,客を乗せると走り出した.「俥屋,威勢がええな.お前の家はどこじゃ」「高津二番町です.山吹から一町行った路地です」「お前は正直らしいな」「仲間の内でも正直者と言われてます」「正直が何よりじゃ.今に福を授けるぞ.これ,どうして行かんのだ」「旦那,向こうに産湯の森が見えてきました」「そんなに怖いのか.俥屋,わしは人間ではない」「フエッ.貴方は何です」「わしは産湯稲荷の眷属じゃ.今日は土佐の石宮まで用事があって参った帰り道,神の使者から一円取るとは不届きじゃぞ」「俥賃はようございますから,糞壺はご勘弁を」.そろそろとまた曳きだした.「へい,産湯楼まで着きました」「コレ,わしの姿を見たら目がつぶれるぞ」「半纏かぶってうつむいております…….もう目を開いてよろしいですか…….おお,お姿がない.早よどんどん帰ろ」
 「今戻った」.お神さんに産湯の狐を乗せたこと,正直な奴だから近々福を授けると言われたことを話した.「そりゃ乗り逃げに遇うたんや」.ぶつぶつ言いながら俥を片づけていると,忘れ物のハンカチがあった.「あんた,中に百五十円入ってたわ」「正一位稲荷大明神様,福をお授け下さいましてありがとうございます」「けど,狐がこんな綺麗なハンカチ持つかいな.香水のかざもするわ」「狐かてこのごろはハイカラや.おい,酒屋で五升ばかり取ってこい」.酒や肴が届いて,近所の人とお祝いの酒盛りがはじまった.「あんた伏見稲荷もけっこうやが,産湯のお稲荷さんもあらたかでございます.これからは産湯さんも信心しなはれ」
 「アッハッハ.面白かった.明日になったら俥屋に五十銭も持って行ったろ.あ.しまった.酔っていて金を忘れた.こりゃ迂闊に取りに行けんぞ.狐に化けて乗り逃げや.警察へ出たらこっちが処分じゃ.正直なのを頼みに行ってみるか」.高津二番町で佐吉の家を尋ねると,何かめでたいことがあったらしく,長屋中で大騒ぎしていると言われた.「あの,車夫の佐吉さんはこちらでしょうか」「わ,正一位稲荷大明神様.お長屋衆,明神様がお出でになりました」「誠に済みませんが,一つ頼みがあって参りました」「この佐吉が飲み込んでます.赤飯は明日のことにして,まず御神酒を差し上げます.さ,どうぞこらへ」「酒の上でいたずらしまして申し訳ない.穴があったら入りたいところで」「滅相もない.祠を建ててお祀り申します」

【ひとこと】
 客「お内儀さんは何か手仕事でもしてるのかな 車「ヘエ莫大小(めりやす)のミシン掛けや帽子のミシン掛けや種々(いろいろ)の手仕事をして居ります 客「それは結構やな夫婦(みょうと)は車の両輪の如し、しんぼうが金(かね)ぢや、幌を破(なお)すな辛抱をくるまでせい 車「エライおもしろい方やな(稲荷車)
 稲荷車(いなりぐるま)は,『新 落語全集』に収められている上方落語.桂太郎演.この速記は,繰り返し掲載されている.

【つけたし】
 「稲荷車」は,戦前の書籍に少なくとも6回は載っている定番の落語だった.戦後,滅んでいたものを桂米朝(3)が掘り起こして復活した.米朝の口演と比べてみて,細かいくすぐりまで,この速記の段階で盛り込まれていることがわかる.山吹という蕎麦屋や産湯楼は実在しており,これらの固有名詞が噺の存在感をたしかなものにしている.図は『滑稽浪花名所』の"うぶゆ"の項.狐に化かされた男が,裸に俵を着て大名行列の先触れをつとめている.奥に産湯稲荷らしい建物と森が描かれている.


107 笑福亭松鶴,附焼刃,笑福亭松鶴落語集,三芳屋 (1914)
【あらすじ】
 ぼんぼんの作次郎は,家の金を持ち出しては遊びに使っている.先日も,手文庫に入れてあった五百円の為替に手をつけてしまった.
 家を出てもう3日も食べてないので,死ぬつもりだと言われて,叔父さんが懲りずに詫びを請け合ってしまった.「すっくり行きよった.叔父さん,一つ早幕でやって貰いまひょか」「散髪屋のように言うな.婆どん,また一杯引っかけられたわい」.若い頃,遊び人だった叔父さんは,なかなか物わかりがいい.自分も兄貴に合わす顔がないから,お前が狐つきになって親爺をだませと計略を教えた.竹の皮に馬の糞を包んで土産にして,今帰ったコンと言え.「ようノコノコ帰ってきたな」と言われたら,「土産あげよ,ほこほこ饅頭や」と包みを突き出せ.親爺が中を見ている間に,下駄履いたまま座敷にあがって,さんざん暴れ回って,親爺の頭のところで「神妙にせい.お下りなるぞ」と頭に噛みつけ.「ソラ,お稲荷さんが下がった」とでも言おうものならしめたもの,「この間の金子五百円,あれは眷属に入用があったものじゃ.必ず作次郎に科はないぞ.さあ,帰るぞ」と言うなり,そこへ勢いよくひっくり返って固くなっとれ.そうすれば,水を飲ませてくれるから,ゆっくり頭を上げて,「お父さん何や」と言うと,「おお,せがれ.お前に眷属さんが乗りうつって,お金を使いなすった」と罪が逃れられるのじゃ.
 「ヘーうまい趣向ですな」.着物をだらりとさせ,顔に鍋墨を塗って,稽古を始めた.通りかかった馬車が,湯気の立つ馬糞も落としていった.「さあ,あんじょう包め,ほこほこ饅頭を忘れるなよ,それを忘れたらどもならんぜ」.親爺の店へ向かう道々稽古をしていると,おかしな奴だと人だかりがしてきた.「狐つきやと.そう見えるようにしてあるのや.お父っさん,今戻ったコーン…….まだついてくる.あっち行きんか…….土産あげよ,ほこほこ饅頭や……」.とうとう店の前まで来てしまった.「帳場に毛虫の番頭が居よる.親爺は火鉢の前で目をむいとる.二人並んでいると入りにくい…….えい,入ったれ.お父っさん,今戻ってきたコーン」「誰やと思たら家の極道やないか.ようノコノコ戻ってうせたな」「土産あげよ」「土産てなんじゃい」「開けてみい.馬の糞や」

【ひとこと】
 叔「それやよつて稽古をせいと云ふのぢや、羽織を脱いで帯を一巻解(ほど)け、後は長いなりで結んでダラリと後ろへ下げて置け、胸を広げて着物を横斜(よこすじかい)に着い、大体貴様は商人(あきんど)の忰に似合ん痩形で綺麗過るワ」 作「それで女子が惚れますので」 叔「馬鹿ッ、まだあんな事を云ふてくさる、両方の手へ鍋墨を一パい附けて来い」 作「怪体なことをするのやナ」 叔「それを顔から手から足へ塗れ」(附焼刃)
 附焼刃(つけやきば)は,『笑福亭松鶴落語集』に収められている上方落語.笑福亭松鶴(4)演.『落語事典』には「稲荷のみやげ」の演題で載っている.

【つけたし】
 付け焼き刃がはげたというよりは,周囲の視線と親爺さんのプレッシャーに負けて,言い間違いをしてしまったのだろう.「稲荷のみやげ」の速記はめずらしい.雑誌『ヨシモト』に載った桂円枝の小品は,別題の「狐憑き」とある.「狐つき」と題する落語は4種類以上あり,キツネに化かされる噺まで加えると,7題も絶滅危惧落語で取り上げている.まさに「七度狐」だ.
 四谷新宿馬の糞と言われたように,新宿をとおる甲州街道は,継立の馬が多かった.広重の内藤新宿の名所絵にも,画面一杯に描かれた馬の尻の足もとに,ぽとぽとと馬糞が描かれている.これを貝殻でもって拾っては肥料に売る人がいて,リサイクルが成り立っていた.「王子の狐」などのように,馬糞を茶饅頭とみたてるより,牡丹餅と見立てる方が多い.ホームセンターに行ったら,仏壇に供えるプラスチックの牡丹餅や泡の立つビールが売られていた.本物そっくりなので,仏壇の中のご先祖様は,好物が供えられたとだまされてしまう.


108 三遊亭小圓朝,大笑ひ,キング, 10(7),452-458 (1934)
【あらすじ】
 何でも知ったかぶりをするご隠居が,やってきた客の揚げ足を取っている.観音様ではなく金龍山浅草寺だとか,猫も杓子もはおかしいとか言われてやりこめられた客が,「それでは隠居は何でも知っているんですね」と逆襲に出た.鶏卵は玉子のまま食べるから"けいらん"だ,土瓶は土でできているから土瓶,薬鑵は兜がわりに戦場でとっさにかぶったら,矢がカンと当たったから"やかん"だなどうまく言い抜けた.
 「それじゃあ,よく大笑いさせるというが,その訳は」とたずねた.隠居が言うには,「昔,一度も笑ったことのない王様がいた.ある日,園遊会を開いたところ,竹で編んだ細長い籠に犬が首を突っ込んだら,首が抜けなくなってしまった」「早く抜けばいいじゃないですか」「それが,当時の犬は後ろ足が1本しかなかった.だからゴロゴロ転がって,どうしても抜けない.これを見た王様が思わずハハハと笑った.王様が笑った,"王笑い"ということばは,ここから始まった」「本当かい」「だから,竹かんむりに犬と書いて笑うと読ませる.王様を笑わせた褒美に,4本足の四徳の足を一本取って,犬に遣わした.犬の足が4本になったかわりに,3本足になった四徳の名前の方を増やして五徳とした」と説明した.「王様からもらった足だという証拠はありますか」「犬が往来で小便をするとき,王様からいただいた足に小便がかかってはもったいないと,片足あげるのが証拠だ」

【ひとこと】
 そこである日のこと今日でいふ園遊会のやうなことを催した、模擬店のやうなものが沢山出て、所々に竹を編んでこしらへた細長い籠が出てゐる、といふのは、いろいろの物を食べた屑や、手を拭いた紙などを、そこらへ捨てると汚ならしいから、その籠の中へ入れて置くために用意されたのだ(大笑ひ)
 大笑ひ(おおわらい)は,『キング』10巻7号に掲載された.三遊亭小圓朝(3)演,カット絵とも挿絵4枚(川原久仁於).『落語事典』には「犬の足」の演題で載っている.

【つけたし】
 『名人落語講談会』(1919),『男女御笑草紙』(1926)という本にも,柳家小せん名義で,「王笑い」が載っている.前半部は,「やかん」という落語そのものになっている.いくら知ったかぶりの隠居相手だからといって,大笑いの由来をたずねる必然性がない.竹冠に犬で笑うとか,五徳の足が4本だとか,何か理に詰んだ感じがして,自然なおかしみに欠けると感じた.
 犬張り子に竹籠をかぶせた郷土玩具がある.東京のものが有名だ.犬張り子だけだと安産のお守りだが,竹籠をかぶせると,これも笑うの文字を表している.籠目の魔除けにまで踏み込むと,縁起物というよりは呪術の世界になり,私の手には負えない.籠の上にに傘まで乗っているものもある.重ね重ね笑うだと思ったら,すぼめた傘が瘡が軽く済むように縁起を担いでいるのだそうだ.


109 三遊亭圓馬,犬の字,圓馬十八番,三芳屋 (1921)
【あらすじ】
 深川八幡の境内に白犬がいた.白犬は来世で人間に生まれ変わるとみんなに言われ,どうにかして生きている内に生まれ変わりたいと,八幡様に裸足詣りした.21日の満願の日,フーッと風が吹くと,体の毛が抜け始めた.「おや,立てた立てた.人間になれたよ.裸じゃ寒くっていけない」.通りかかった富岡門前町の銭屋の旦那に声をかけた.「旦那,私はこの神社に居ました白犬でございます.今日,御利益をもちまして人間になれました」「それは結構だな.人間になったら一生懸命働かなくちゃいけない」「へい.是非,牛込の木村さんに奉公いたしたいと思います」「あそこは搗米屋で大変だよ」「木村さんには恩があります.以前,洋犬と駆け落ちしようと閻魔堂橋にかかったとき,すんでの所で犬殺しに殴り殺されそうになったのを,木村の旦那が金を払って助けてくださいました」「そうかい.それなら私の着物を着な.前垂れの紐を首に巻いちゃいけない.犬だと分かったら置いてもらえないから,決して尻尾を出しちゃいけないよ」「もう尻尾はございません」
 「ただいま.以前言っていた千葉の三池屋の倅だが,東京に出てきて付き馬に身ぐるみはがれて震えていたから,連れてきたよ」「ずいぶんと色の白い方ですこと.お名前は」「うん.名前は……,只四郎だ」.牛込の屋敷に連れて行くと,人の何倍も働くし,夜などガタリといってもすぐ目を覚ます.食い物にぜいたく言わず,銭は欲しがらない.大変に主人の受けが良い.
 2年あまり月日が経ったある日のこと,木村の家を銭屋が訪ねてきた.只四郎を気に入った木村は,銭屋の女中のおもよと結婚させたいと言ってきた.それはできないと銭屋が断ると,その理由をしつこく聞いてくる.とうとう只四郎がもとは犬だったことを打ち明けた.そうは言っても,犬には見えない.もし,無理に酒でも飲ませて犬の正体をあらわしたらあきらめようと決まった.二人で酒を飲んでいるところに只四郎を呼び,無理に猪口をあてがった.はじめて飲んだ酒に,すっかり酔っ払った只四郎は,中座するなりそのまま寝てしまった.「どれ,覗いてみるか.ああ,いけない.正体をあらわしている」.見ると,只四郎はよだれを垂らして大の字に寝ている.「何を言うんだ.あの通り人間じゃないか」「よく見てごらん.大の字の脇で,枕が肩で丶になっている」

【ひとこと】
 人は多いけれども折角だから置いて見るとサア働くの働かないのつて、他人(ひと)の三層倍、夜だつてまんぢりとも致しません、根が犬ですからガタッと云ふとウームと来るんだから家でも驚ろいた、然うかも知れません、奉公人の気受(うけ)も宜い、焼物が出ても己れは骨を食つて身の方は他人に食はせる、あんな珍らしい奉公人はない(犬の字)
 犬の字(いぬのじ)は,『圓馬十八番』に収められている.三遊亭圓馬(3)演.

【つけたし】
 「元犬」を改作したものを聞き覚えたという.ずいぶんと長い話になっているが,大の字に寝ている人の肩に点があれば犬になるという他愛もないサゲに尽きる落語.疝気なら大きいでいいはずなのに,この見立てだと太くなってしまう.


110 三遊亭金馬,浮れ三番,講談雑誌, 3(5), 153-160 (1917)
【あらすじ】
 踊りの温習会の当日,可愛がっている娘が三番叟を踊ると,観客が口々に褒めてくれた.「あれは手前の娘でございます.お褒め下さってありがとうございます」.親御さんはうれしくてしょうがない.
 帰り道のこと,「チツレチリテットンの手で首を振ったところが良かった」.思い出して,とうとう往来で踊りだしてしまう.「チツレチリテットン,チツレチリテットン」.これを見た婆さんが,「あれ貴方,みっともないからお止しなさいよ」「チツレチリテットン」「みっともないからお止しなさい」.今度は二人で踊りだした.店に帰っても浮かれている.ご飯を食べようと茶碗と箸を持つと,裏の常磐津の師匠が,三番叟の稽古をはじめた.「ああ,あそこだよ.ここで褒められたんだ.チツレチリテットン」「何ですかねえ.箸と茶碗を持ったまま,早くご飯をおあがんなさい」「チツレチリテットン」「みっともないからお止しなさい」.台所で米をといでいたおさんどんが吊られてしまった.「何でしょうねえ.チツレチリテットン.みっともないからお止しなさい」.松の木を手入れしていた植木屋が,おさんどんが米を全部流してしまったのを見て,「何だ馬鹿馬鹿しい.チツレチリテットン.みっともないからお止しなさい.チツレチリテットン」.これも夢中で始めてしまった.材木を削っていた大工が,「あれ,植木屋の奴,松の枝を全部むしってしまった.おさんどんが,米をとぎながら踊っている.旦那さんとおかみさんが座敷で茶碗を持って踊っている.妙じゃねえか.おう,小僧,ここへ来て,木っ端を拾え」「チツレチリテットン」「ハッ.みっともないからお止しなさい」.親方が「木っ端拾え」.小僧が「イヤアー」

【ひとこと】
 だからどうも踊りの御稽古ばかりはお幼少(ちいさい)所に限るやうでございます。モウお浚ひとでもいふと、御両親大肌脱ぎで、対手(あいて)に出る子の衣装までも此方で持つといふやうな事で、此の踊の稽古といふと却々(なかなか)お金が掛かります、愈(いよい)よ当日になると、見物は早くから一ぱいに詰め掛けて居ります(浮かれ三番)
 浮れ三番(うかれさんば)は,三遊亭金馬(2)演,今村次郎速記.カット絵とも挿絵2枚.

【つけたし】
 二代目金馬の得意ネタだった.登場人物の踊りが次々に伝染してゆく,いわば見る落語.『日本ユーモア文学全集』10, ポプラ社 (1968)は,戦後はじめて出版された子ども向けの落語集で,「首売り」「鼻きき源兵衛」と言ったかなり珍しい落語が掲載されている.これに収められた「うかれ親子」という新作落語も,当時の世相を反映してグループサウンズが出てくるが,次第に親子が浮かれてくる様子は,まさに「浮かれ三番」を改作した作品と言える.


111 朝寝坊むらく,薄雲,娯楽世界, 3(11), 127-130 (1915)
【あらすじ】
 大工の辰さんが質屋から煙草入れを請け出そうとしたとき,経師屋が持ってきた歌麿の描いた美人画が目にとまった.それ以来,絵姿の女に恋煩いしてしまった.毎日,煙草入れを質に置いては請け出しに来るのを不審に思った杵屋の主人に問い詰められ,辰さんはその女の絵を譲ってくれと懇願した.この絵は,吉原の半蔵松葉屋の薄雲という太夫で,15両あれば遊べると教えられた.辰さんは3年間一生懸命働き,ようやく15両を貯めた.杵屋の主人,これも関わり合いだと,辰さんを江戸見物に来た若旦那との触れ込みで吉原に連れて行くことになった.
 20年ぶりに揚がったお茶屋で,杵屋の旦那は,辰さんのボロが出ないように気を遣う.花魁の部屋に入った辰さんのところに薄雲がやって来て,次はいつ来るのかと尋ねた.自分は本当は神田の大工で,お前の絵姿に惚れて,3年金を金を貯めてようやく今日揚がったが,次に来られるのは3年後だと正直に告白した.これを聞いた薄雲は,杵屋の主人を呼んで,10両の金と自分の着物を渡した上,妾(わたし)には二世と交わした間夫があるから,主と夫婦にはなれない,この着物を妾と思って,末永くそばに置いてくれと言った.「着物をもらったところで,何の役にも立ちません」「でも妾と同じことよ」「同じこととは」「これが質屋にあったら流れの身じゃもの」

【ひとこと】
 時分を見て御案内と云ふので、辰さんはお茶屋から松葉屋へ送られる事になりました、同じ提灯でも大晦日の弓張とは違ひましてお茶屋の提灯(かんばん)は悪くはございません、松葉屋へ上つて淡泊(あっさり)一口飲つて居る内に汐時を見てお引けと云ふ事になり、花魁の部屋へ来ますと屏風が立廻してございます、中に布団が三枚敷てありまして、その布団も我々の家で敷くやうな布団なぞと違ひ、一枚の厚さが一尺二寸位でございます(薄雲)
 薄雲(うすぐも)は,『娯楽世界』3巻11号に掲載された.朝寝坊むらく(三遊亭圓馬(3))演,浪上義三郎速記.カット絵とも挿絵2枚.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 新作というのもおこがましいが,ひとつ噺をまとめたと書かれている.噺の中でも,昔高尾に惚れた紺屋があってと,「紺屋高尾」と似た噺であることを意識している.「紺屋高尾」と違って,二人は夫婦になることはなかった.噺の中で,編笠茶屋からひやかしのことや,お茶屋から妓楼へ送られる段取りなどが詳しく描かれていて,辰さんばかりでなく,現代の読者にとっても女郎買いの参考書になっている.


112 三遊亭遊三,妙な大根売,遊三落語全集,三芳屋 (1915)
【あらすじ】
 吃りの人が干大根を商ったが,うまく売り声が言えない。これを見かねたある人が,案外,謡調子でやったらうまく行くかもしれないと勧めた.この大根屋さん,元は武家と見えて,謡調子でやってみると,うまい具合にやれた.通りかかったのが丸の内のお長屋下,「ダダダイコヤーダイコー,大きな大根」の売り声を聞いて,「おい,山田.大根を謡で売るとは珍しい.求めてやろうではないか」「いかにも.呼んでみましょう.コレコレ,そこな大根屋,その方が携えしその大根,値十貫文について,その数何本にて候」.大根屋も調子を取って,「ヒヤーポンポン」.高いと見えて,「イヤーッ」と障子を閉めてしまった.

【ひとこと】
 唯今と違ひましてその以前は落語社会に三題噺しといふのが流行をいたしました、その頃ほひ出でました[さ]うで、お題が三ツ、吃りに謡好き、乾大根といふのでございます、吃りの人が乾大根を商ふたのでありますが、どうも吃るところから呼び憎い ○「ダゞゞ、ドダイコヤ大根、ダゞゞドダイコヤ大根………」とやつて居りました(妙な大根売)
 妙な大根売(みょうなだいこんうり)は,『遊三落語全集』に収められている.三遊亭遊三(2)演,加藤由太郎速記.『落語事典』には「謡大根」の演題で載っている.

【つけたし】
 吃音者の売り声は小噺にしやすいのか,この大根売りのほかにも,豆まき,すっぽん屋,道具屋の小噺が知られている.「謡大根」は,柳家小さん(3)と橘家圓蔵(4)のSP盤音源が残されており,それぞれ速記も出版されている.


113 桂文團治,謡茶屋, 桂文團治落語集,三芳屋 (1916)
【あらすじ】
 今度,北の新地に謡茶屋という茶屋ができたので,ぜひお供したいと出入りの磯七がやって来た.娼妓の名前が謡の曲の名になっているらしい.さっそく,謡好きの前田の旦那も誘って3人で北新地に出かけた.「磯七,お前,家を知っているのか」「イエ.けれど.謡茶屋ならわかりそうなもんで…….ここでっせ.表札に今井はるとしてある」.表札が今井はるでこんぱる[金春],欄間の彫り抜きがかんぜ[観世]簾,障子紙が奉書[宝生],畳がこんご[金剛]縁と凝っている.
 舞台になった座敷に三人が着座すると,お好みを尋ねにきた.「私は,伯楽天という妓がいい.あるかえ」「お白粉のつけ方から身のこなしが何ともいい妓でござります.巌[祝う]の方にかかる白雲[白粉]帯にして山の腰を廻るというので……」「ウム,気に入った」「私は宗盛というのができるか」「芸者も及びません娼妓で.舞,振り事,謡曲,鍛錬をいたしておりますので宗盛」「貴様も注文せんか」「へい,私は海女(あま)小町」「雨こまちは謡の番組にはございません.雨乞小町でございますから,いっそ,降[振]られてお帰りになりましてはいかがで」「それなら三番叟は」「せっかくですが,ございません」「謡の番組にないかえ」「ここは北の新地,堂島が近うございますゆえ,踏むのはお断りいたします」「そんなら俊寛は出来んかえ」「俊寛はございます.廓で二と下がらん娼妓でございます.この島でたった一人きりでございます」「なるほど,必ず迎えによこしておくれ」

【ひとこと】
 「サア御案内をいたします」と袴を着けた男が先きに起(た)つて廊下へ参りますると、普請がチャンと出来て居て縁橋が架り青竹に若松が植込んでござりまして、座敷と思ふ処が舞台になつて其処へ三人が着座(つき)ますると(謡茶屋)
 謡茶屋(うたいぢゃや)は,『桂文團治落語集』に収められている上方落語.桂文團治(3)演.『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 作がよくできていても,笑いが少ないから演らないとある.趣味ある読み手向けの噺とあるように,謡を習っていれば面白いのだろう.白雲の件は,佐渡に流された世阿弥が作った「白楽天」という謡曲を取り入れている.白楽天が詠んだのは,「青苔衣を帯びて 巌の肩に懸かり 白雲帯に似て 山の腰を囲る」とされる.祝いの帯とお白粉に加え,青苔は青黛を掛けているのではないか.「宗盛」の意味はよくわからない.平宗盛は,壇の浦の戦いに敗れて海に飛びこんだが,泳ぎが達者なため,見苦しくも泳いで命をながらえた.鍛錬をしているというところに掛けているのか? それにしては芸達者というのがつながらない.堂島の米取引で,相場を踏むとは,損を承知で買い戻すこと.これでは縁起が悪い.俊寛ら三人が,京都の裏山に集まり謀反をくわだてたが,これが発覚し,絶海の孤島鬼界ヶ島に流される.俊寛だけ赦免がかなわず,島に一人残され,迎えが来るのをむなしく待ち続ける.


114 春風亭柳枝,うつちやり,講談倶楽部, 26(9),352-359 (1936)
【あらすじ】
 金はないけれども遊びには行きたい.そこで,一人が大家の旦那,もう一人が取り巻きの幇間持ちという役廻りで,ひと芝居打つことにした.お供役の与太郎は何にも知らない.旦那役が,全く知らない店に上がりこむと,大口をたたき始めた.「運転手,二十円ぐらいのチップでペコペコするな.今日は鴻池,住友,岩崎,三井と酒を飲んで酩酊したよ.清や,水を持ってきなさい」「あの,お門違いではありませんか」「いや,失礼.あまり玄関が似ていたので間違えました.縁起でもないと塩花まかれるところを,太っ腹じゃな.この店が気に入った.今日は五百円しか持ち合わせがないがあがりましょう」.あがるやいなや,芸者を呼びつけると,梅にも春を歌い出した.
 これを聞いた幇間役の源ちゃんが,店に飛びこんできた.「旦那様,こちらにおいででしたか.新橋,芳町,柳橋とずいぶん探しました.どうかお引き揚げを」「馬鹿をいえ.貴様もあがれ」「それでは初めてのお茶屋ですが,芸者を総揚げにいたしましょう.お内儀さん,面白く遊ばせて下さい」.内儀さんも煙に巻かれて,一番いい座敷に三人を通すと,酒と料理をならべた.ひとしきり遊ぶと,芸者を帰し,鰻飯をあつらえた.
 「与太,ずいぶん愉快そうだな」「うん.こんな嬉しいことははじめてだ」「しかし,ことによると別荘に行くことになるぜ.編笠かぶって,腰に鎖をつけて,土運びをするんだ」「まるで懲役みたいだな」「みたようじゃねえ.懲役だ」「おいら懲役はいやだ.あんなに旨かった鰻が木の葉みたいな味がする.御飯が砂のようだ」.与太郎さん,すっかり元気がなくなってしまった.そんなに心配するなと,いよいよ計略にとりかかった.お内儀さんに屋敷まで勘定をとりに来てくれといいつけた.「ウム,与太,行くぜ」「懲役に行くのはイヤだよ」.そこに,ズンズンと足音を立てて,関取が座敷に入ってきた.「お客様が持ち合わせがないというから,わしがお屋敷までお供して勘定をいただいてくれと言われやした」.こりゃまずいと思ったものの,どこかでまいてしまおうと心づもりして店を出た.
 「関取,旦那の贔屓になると幸せだよ.ところで,今場所の成績はどんなだったのかい」「5日間勝ちっ放しでごんす」.聞くと,連日,土俵際まで押し込まれるが,うっちゃりで勝っているという.「オヤ,旦那さんの姿がみえない.いったい,お屋敷はどこでがす」.関取にあやしまれだした.適当に道を曲がると,溝に突きあたってしまう.「関取,お屋敷はこの先だよ」と,すきを見て,溝を飛び越そうとすると,「待てッ,この野郎」と取っ捕まってしまった.「太え野郎だ.小遣いやるの,廻しをこしらえるのと,大きなことばかり言って.俺を放っぽり出す気だな」「なーに,うっちゃる気だ」

【ひとこと】
 角『向ふの野郎が大きい奴で、グングングングン押して来たが、私(わし)は土俵際でウムと堪(こら)へました』 △『見てゐても力の入る処だね』 角『ヨイシヨと押して来る処を、ヒヨイと捻つて打棄(うっちゃ)りました』 △『打棄つて勝かい』 角『二日目は左四ツ、向ふが土俵際まで押して来るやつを、打棄つて勝ちました』 △『三日目は』 角『始め突き合つたが、ガツチリ右四ツに組むと』 △『土俵際まで押して来られたかい』 角『ハイ、打棄つて勝ちました』 △『お前さんの相撲は皆な打棄りだね』 角『ハイ、二枚腰ですから』(うつちやり)
 うつちやり(うっちゃり)は,『講談倶楽部』26巻9号に掲載された.エヘヘの柳枝こと春風亭柳枝(7)演,カット絵とも挿絵4枚(水島爾保布).『落語事典』には載っていない.

【つけたし】
 これ以外の速記は見たことがない.「突き落とし」と似ているが,結末は正反対になっている.この噺で,3人目のプレイヤーである与太郎の役どころがよく分からなかった.自分たちが無銭飲食の罪に落ちようとしていると知って,食べているものの味もわからなくなる部分は楽しい.噺を生かすためには,愛すべきキャラクターの与太郎はなくてはならない.
 落語に出てくる相撲取りは,「大安売り」のように,相手が勝ったり自分が負けたりと,頼りないことが多い.それに対して,この話の関取りは,名前こそ双葉山ならぬ三つ葉山だが,二枚腰で勝ちっぱなしだし,抜け目なく無銭飲食の男を取り逃がさなかった.うっちゃるという言葉を自分もときどき使うが,相撲の決まり手のように横に放り出すのではなく,そのまま放置するという意味で使っている.うっちゃりを得意とする力士をうっちゃることは難しかった.


115 三遊亭圓左,王子の白狐,一ト口噺,三芳屋 (1924)
【あらすじ】
 王子の茶店に侍が入ってきた.「コレ亭主,この辺に夜な夜な白狐が出るそうだが,左様か」「そんなものは一向に出ませんので」「してみると人の説かな」.それを聞いていた若い人が,「侍というものは変なことを言うね.俺も一番,真似してやろう」「止せよ」「コレコレ亭主」「へえ.何でございます」「この辺に夜な夜な,えー,何が出るそうだな」「何が出ますな」「ダッコが出るそうだな」「汚いことをおっしゃいますな.そんものは出やァしません」「そんなら人の穴(けつ)であろう」

【ひとこと】
 オイ紛さん、今の武士(さむらい)は何とか言ッたナ、一ツお前と乃公(おれ)とでお茶番をやらうか、乃公が武士になるから、お前茶店の老爺(おやじ)になりいナ、いヽか………アヽコリャコリャ茶店の老爺、ハイハイッて言はんかェ(曽呂利新左衛門,第二回)
 王子の白狐(おうじのびゃっこ)は,『一ト口噺』に収められている.三遊亭圓左(1)演.

【つけたし】
 小噺程度の短い落語で,100題の小噺を収めた『一ト口噺』に「王子の白狐」と題して載っている.しっかりした速記はない.二世曽呂利新左衛門の連作旅ネタ集『滑稽大和めぐり』(駸々堂,(1898))「第二回」の結末部が,「王子の白狐」になっている.舞台は王子ではなく,大仰(三重県津市)に取られている.【ひとこと】に引用したように,武士と茶店の主人の会話を聞いて,二人の旅人が茶番にしている.圓左の方も,侍の真似をしようとする客を,連れが「止せよ」と止めている.客二人の茶番と読めないこともない."ダッコ"は,脱肛のこと."穴"は,肛門そのものが語源だが,お猿のおケツとか,ケツをまくるのように,尻全体を指すように意味が広がっている.図は広重の『名所江戸百景』のうち,王子装束榎.大晦日の晩に榎の元にキツネが集まり,装束を整えて王子稲荷に向かう.


116 笑福亭枝鶴,春雨茶屋,真打揃ひ傑作落語集,杉本書店 (1906)
【あらすじ】
 「春次郎,この間戎橋で会うたとき,鼻緒の切れた下駄をさげて血相を変えていたが,あれはどうしたんじゃ」「叔父さん,昨年の暮れ,町内の忘年会で南地の茶屋に連れて行かれましたとき,私は火鉢のそばで菓子を食べて待っておりました.また来てくれと言われたので,今度は一人で遊びに行きました.すると,芸者が,私が養子だということを知っていて,『身まま気ままになるなれば,養子臭いじゃないかいな』なんて当てこすりの歌を唄やがるのです.むかついて,『よくも馬鹿にしくさったな』と,卓袱台をひっくり返して怒ったら,『旦那はん,養子臭いてなことを唄うてはしません.あなたの聞き違い.それは今も向こうで唄うてる鶯宿梅じゃ』と申しました.もう面目のうて,あわてて出ようとすると,敷居に蹴つまづいて,下駄の鼻緒をプッツリ切らしたんで」
 これを聞いた叔父さん.「だいたい春雨の歌の文句一つも知らずして,茶屋行きするとはお前が野放図や.春雨というのはな…….頃は天暦年中,御所の清涼殿のお庭に帝が愛された梅の木があった.それが一夜にして枯れてしまった.手を尽くして探したところ,西ノ京にこれと寸分違わぬ梅の木があった.これを上げろとの勅命がくだり,紀貫之の娘が梅に短冊をつけて差しあげた――勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へん――.これは鶯の宿の梅であったかと,元のところへ返してやった.これが春雨の文句の由来じゃ」.これを聞いて,春次郎は再びお茶屋に向かった.
 口の掛かった芸者衆は,またあの春雨の口が暴れるのではないかと気味悪がっている.「顔のそろったところで尋ねるが,お前方は春雨の歌の意味を知ってるかえ」「姐やん,また春雨が出てきたわ」.春次郎は,聞いたばかりの春雨の由来を,自分の勘違いもそっくり含めて,得々と話して聞かせた.「怖がることはありゃへんし.よう物を知っているお方に叱られてきてやったんや.それを受け売りしてやわ.旦那さん,そうでおましょうが」「それ分かるか」「ちゃんと分かってますわ」「しもうた,おおしくじりばいになった」  

【ひとこと】
 春次「是れはな、頃は天暦年中、しまつした年ぢやと云ふぢやらう、夫れは倹約年中ぢや 甲「姐やん、妾(わたし)等ァ何にも云つてりやァしませんに、一人で怒つてヽやわ 乙「マア黙つて聞いて居なされ(春雨茶屋)
 春雨茶屋(はるさめぢゃや)は,『真打揃ひ傑作落語集』に収められている上方落語.笑福亭枝鶴(笑福亭松鶴(4))演,丸山平次郎速記.『落語事典』には「鶯宿梅」の演題で載っている.

【つけたし】
 お茶屋の世辞を真に受けて,律儀にあがるような若旦那だから,切れたら怖い.一人でしゃべっては,自分の言葉に自分で突っ込んでいる.周りの芸者衆がドン引きしている姿が目に浮かぶ.端唄「春雨」の文句は,以下のとおり.春雨にしっぽり濡るる鶯の羽風に匂う梅が香や 花に戯れしおらしや 小鳥でさえも一筋に寝ぐら定めぬ 気は一つ わたしゃ鶯主は梅 やがて身まま気ままになるならば サァ鶯宿梅じゃないかいな サーサなんでもよいわいな.
 上方種の「春雨茶屋」は,東京にも移されている.橘家圓蔵が『百花園』(209)や騒人社の落語全集(三遊亭圓生(5))に載っている.いかにも通人の小満ん師好みの噺で,個人集に収められている.圓蔵の速記によると,鶯宿梅は京都新京極にある寺の門前にある軒端の梅の別名とある.こちらは,「京見物」にも出てくる和泉式部ゆかりの軒端の梅で,別のものになる.鶯宿梅は,相国寺塔頭の林光院の境内に現存する.林光院は,もと二条西ノ京にあり,寺の移転とともに鶯宿梅も植え継がれているという.地図にも示されているが,門前からのぞいても,それらしい木は見ることができない.


117 柳家小さん,臆病源兵衛,百花園, (201)〜(202) (1897)
【あらすじ】
 臆病源兵衛とあだ名される男がいた.夜は怖いからと,家にこもってぶるぶる震えているほど.友達が,退屈だからひとつ脅かしてやろうと,悪い相談がまとまった.あいつは臆病のくせに助平だから,年増が待っているからと嘘をついて,怖がる源兵衛をようやく連れ出すことができた.「さあ.もうすぐ女が来るから,茶でも淹れておこう.台所行って水をくんでくれないかい」「旦那の台所は,昼間のとおりですか」「当たり前だ.怖けりゃ灯りをつけろ」「明るいと,お化けの形がはっきり見えますから」.源兵衛がこわごわ障子を開けると,待ち構えていた八五郎が,棕櫚ぼうきで顔をなで上げた.源兵衛は鉄瓶を投げ出すと,怖いと思った一心で,お化けにむしゃぶりついてきた.源兵衛に睾丸を握りしめられ,八五郎は眼を回してしまった.「隠居さん.化物を退治してしまった」「化物じゃない,八公だ.おい,八公は死んじまったよ」「二度死んだのですか」「お前が殺したんだよ.これが露見したら,今度はお前が死罪になるよ」
 怖いけれども死ぬのはいやだから,八五郎の死体を捨てることになった.隠居さんに教わったとおり,無印の葛籠に入れた死体を担ぎ,源兵衛は芝の大通りからさびしい裏通りの寺町に入った.ここらでよかろうと,寺の前で葛籠を下ろして,源兵衛は一目散に家にもどった.
 通りかかったのは,品川帰りの三人組.葛籠を見つけて,泥棒が置いて逃げたものだと思いこみ,暗闇で葛籠の中を手探りした.かもじや,能面,高価な能装束が入っていると勘違いした男たちは,八五郎の脇の下に手を差し込んだ.すると,八五郎が息を吹きかえした.驚いた三人は逃げてしまった.
 「真っ暗だよここは.源兵衛の野郎を脅かそうとしたら,金玉をつかまれてボーッとして…….アッ,それで俺は死んじまったんだ.このままじゃ地獄へ落ちちまう.お,蓋が開くよ」.葛籠から出た八五郎は,寺の蓮池を極楽だと信じて,蓮の葉に乗ろうとするが,何度やっても落っこちてしまう.蓮池をめちゃめちゃにしてしまった.怒った寺男が棒を振り回して追いかけてきた.「赤鬼が襲ってきた,ここは地獄だ」と,薮を切り破って逃げ出した.「明るいところへ出たよ.中にいい女がいる.ご免下さいまし.新規に参った者でございます」「はい,どなた」「つかぬことをうかがいますが,ここは地獄ですか」「冗談言っちゃいけない.表向きは銘酒屋でございます」  

【ひとこと】
 源「睾丸(きんたま)握つて殺したので……… 甲「乃公(おら)手伝つて殺したのでは無いぜ……… 源「夫れですからお前さんが睾丸二つ有るから一つづゝ握つたと云ふ事に……… 甲「何(なん)しろ乃公は関係(かかりやい)は無いよ……… 源「夫れぢやァ何うも拠所(よんどころ)御坐いません………葛籠入れる位……… 甲「夫れやァ手伝つて遣らう 源「入れるのを手伝ふより死んだ方を半分づゝ………(臆病源兵衛)
 臆病源兵衛(おくびょうげんべえ)は,『百花園』201〜202号に掲載された.柳家小さん(3)演,吉田欽一速記.挿絵1枚.

【つけたし】
 噺の後半では,源兵衛は退場してしまい,八公が主人公になっている.雑誌『百花園』『文芸倶楽部』『娯楽世界』や.小さん(3),金馬(2),さん馬(7)らの速記が単行本化されている.当時はむしろ人気の演目だったが,すっかり演じられることが少なくなっているようだ.戦後では,金原亭馬生(10)の速記や映像が残っている.
 地獄と淫売,銘酒屋がわからなくなっているのが厳しい.馬生の演出でも,庖丁で肉を切っている気味悪い老婆に出会い,ここは地獄かと恐る恐るきくと,娘のおかげで極楽だとしている.サゲが命の噺だと思っていたので,この結末のつけ方にはビックリした.銘酒屋,新聞縦覧所や矢場が売春を行っていたこととか,玉の井と鳩の街の違いとか,台湾の床屋が理髪店でなかったり,男性用エステが風俗街にあったり,今もなかなかややこしい.学校では教えてくれないので,私もいろいろ独学で勉強しまして,ちょっと勉強しすぎたようで,といった文句は,寄席でよく聞く.


118 三遊亭圓遊,お釣の情夫,百花園, (93), 29-32 (1893)
【あらすじ】
 床屋にやって来た与太郎を,友達が焚きつけた.「お前んとこの嬶ァがお前の留守に粋な男を引きずり込んで間男してるぞ.これから行って団十郎をきめろ」「何だい,団十郎をきめるてえのは……」「酒飲んでぐずぐずしているところへ,出刃包丁持って出し抜けに飛びこんで,間男見つけた,重ねておいて四つにするとも八つにするとも俺が勝手だ,そこ動くなと言って,芝居気取りで脅してやれ」「なるほど」「間男の相場は七両二分だから,耳をそろえて出してしまえ,と言やぁきっと出す.少しは腹いせになるから,金を取ってこい」「そうか,うれしいな.出刃を貸しとくれ」「さあ,持ってけ」
 「ちょいと.あいつは間抜けだから知らないが,私とお前との仲を近所じゃ騒いでるんですよ.あいつを追い出すのは訳ないが,近所の悪い奴がついているから,どうすることもできないの」「いいじゃねえか,銭で済むんだから,サア飲みねぇ」.そこへ与太郎が飛びこんで来た.「間男見つけた.そこ一寸も動くな.八つになるか十六になるのが嫌なら七両二分出せ」「そりゃぁ今あげるがね.友達に焚きつけられて切れ物なんか持ってくる奴があるかね…….さあ,お持ちな」「いやぁ,有り難てぇ.久しく見なかった,こんなきれいな一円札.一枚二枚三枚四枚五枚六枚七枚八枚」「さ,この女は俺が連れて行くぜ」「おいおい,待っておくれ」「何かまだ言い条があるかい」「八円だから五十銭のお釣りが参ります」

【ひとこと】
 与「情夫(まおとこ)発見(めっけ)た 四ツに為る共八ツに為るとも十六に為る共乃公(おれ)の了見に有るんだ 女「何を云ッてるんだねへ 与「サ殺されるのが嫌なら七両二分出せ 女「誰に然んな言(こと)を仕込れて来たの 与「文ちやん源さん八さん七公に今髪結床(かみいどこ)で教はつて来たんだ(お釣の情夫)
 お釣の情夫(おつりのまおとこ)は,『百花園』93号に掲載された.三遊亭圓遊(1)演,加藤由太郎速記.久保田金仙の挿絵1枚.『落語事典』には「お釣りの間男」の演題で載っている.

【つけたし】
 短い噺のせいだろうか,この速記の使い回し以外の例はない.今演るならば,七円五十銭じゃいかにも締まらない.七両二分にするしかないが,そうすると,1円のことを1両とも言っていた明治初期の時代設定になる.
 もう長いこと公衆電話を使うこともなくなった.市外通話の通話料金は高く,遠距離にかけると数秒で10円かかった.投入できるのは,十円硬貨と百円硬貨の2種類だけだった.十円玉が先に消費されるものの,百円玉ではお釣りがでない理不尽な仕様になっている.あいにく財布に十円玉の持ち合わせがないとき,泣く泣く百円玉で連絡を取ったことを思い出した.


119 橘家圓蔵,鬼娘,文芸倶楽部, 26(2), 73-80 (1920)
【あらすじ】
 両国広小路には,さまざまな商売人が出て客を呼んでいる.並び茶屋に村右衛門の芝居,豆蔵に砂文字,住吉踊り.居合抜きの歯磨き売りに,カッタンカッタンと錫杖をならす上州左衛門.チョンガレ節も,今は大層出世して,何右衛門などと名乗っている.橋本町あたりから出てくるのが,腰衣で木魚をコチコチ叩く阿呆陀羅経.売り物はというと,五臓円の練り薬,蟇の油に弘法様の石芋.瀬戸物の早継粉を売っているかと思えば,火をつけても熱くない長太郎玉売り,大名の役人付け売りに,金物の錆び落とし,いろんな商人が出ている.
 中でもひときわ目立つのは,墓をあばいて,子供を取って食う鬼娘の見世物.「サアサ,評判」と怒鳴っているところに侍がやってきた.「鬼娘と申すものはこしらえ物か」「いえ,本物で」「こしらえ物なれば何とする.さあ調べるぞ」と詰め寄ってきた.「モシ.あなたが近づくと鬼が逃げます.あなたの御紋が柊ですから」「しからば可内,その方取り調べい」「お供さんがいらっしゃっても鬼が逃げます」「なぜじゃ」「お供さんの腰のものが赤鰯ですから」

【ひとこと】
 昔慶応の年間に鬼娘といふ物が現はれて人の子を食うと云ふ事が大層評判で、夕方になると親が子供に鬼娘が来るから家へお這入りなぞ申して何だか物凄いよふで、夜は子供を表へ出さない事が有りました、すると之が錦絵に出ました、頭は島田で振袖を着て居りますが顔は鬼の形ちをして居ります(鬼娘)
 鬼娘(おにむすめ)は,橘家圓蔵(4)演.挿絵1枚.『文芸倶楽部』定期増刊号"福は内鬼は外"に掲載された.

【つけたし】
 節分にヒイラギとイワシを玄関に飾る習慣は,今も生きている.速記には,豆まきで撒いた豆を金とともに「厄払い」に渡すことや,四つ角に褌を捨てる風習についても書かれている.紐落としの習慣は,「数珠おとし」という落語になっている.
 さまざまな商人や見世物がでている両国の様子は,クスグリがふくらまされて,「両国八景」という別の落語になっている.戦後になって楽々社の全集ものに「鬼娘」が掲載されている.『文芸倶楽部』のサゲは,家来の着物が赤鰯とあるが,これは刀でないと絶対におかしい.今村信雄にも「鬼娘」と題する新作落語があり,柳家小さん(4)が演じている.次々と来るお婿さんが三月ともたず,鬼娘と噂される家がある.俺なら大丈夫と婿入りした男だが,やはり自分もやせ衰えてくる.娘は子供の頃から毒を与えられて育ち,全身が毒に染まっていた,という一見猟奇的なストーリーだが,そこは落語,サゲは拍子抜けするほどくだらない.


120 橘家圓橘,御盆,華の江戸, (1), 1-11 (1896)
【あらすじ】
 貧乏な法印と権助の二人がいた.王子に使いに出した権助がようやく戻ってきた.「途中にキツネがいたので,つかまえて狐汁にしよう」などと,権助はけしからぬことを言う.「キツネは王子稲荷の使わしめだ」とたしなめているところに,巣鴨鶏声ヶ窪から,娘についたキツネを落としてくれと依頼者が来た.必ずキツネは落ちて,部屋の中に現れる.もしキツネが落ちなければ7両2分の代金受けは取らないと請け合った.そのかわり,供え物をあつらえるから前金に1両を要求した.すると,依頼人はお盆を貸してくれと言う.貧乏所帯でお盆はないので,とっさに膳の蓋を裏返して前金の1両を受け取った.客が帰ると,「進物や目録は,盆に乗せて出すものだ」と,権助を叱った.
 権助が王子でキツネを1匹生け捕って来る間に,もらった1両で質屋から法衣を請け出したり,月代を剃ったり,祈祷の準備をしている.そこに権助が戻ってきた.三味線箱に入ったキツネが箱をガリガリ引っ掻いて暴れている.キツネが騒ぐとばれてしまうから,頃合いを見計らって後からやって来いと言いつけて,法印は巣鴨に向かった.
 待っていた主人に,「線香を百把焚いて追い出すから,キツネが飛び出たら棒で打ちなさい」と,祈祷を始めようとする.そこに,段取りを無視して,権助がやってきた.まだ早すぎると追い返しても,強引に座敷に上がってきた.「ほら,だいぶ箱慣れて静かになってきた」と,キツネが入っていることをすっぱ抜きそう.「くはしやくしよじやうしよあくがふ……」「そろそろ出すかな」「観自在菩薩行深般若波羅密多時……」「どうだ,出すかな」「馬鹿,黙ってろ.是故空中無色無受想行識…….ソレ出せ出せ」「ああ.駄目だ.中でおっ死んじまった」「死んでもいいから出せ」「出すのか.台所行ってお盆を借りてこよう」

【ひとこと】
 下「一歩位ならば猫だぞ、犬なら無価(ただ)だ、半分呉れろ 法「半分、馬鹿ッ……斯うしやう、一両遣ろう 下「一両なら攫捕(つかまえ)て来ます、どうか今の一両御呉んなさい 法「あの方は法衣(ころも)を質屋(ひち)から出したり、神様を少し美麗(きれい)にするなど、入費が掛かる、帰宅(かえつ)て来たら屹度遣る 下「其んな事言つて,嘘を吐いて駄目だぞ 法「大丈夫だ、行つて来い 下「何に入れて来るだ 法「其処に三味線箱の古いのがある 下「前(ぜん)に猫が這入つて居たな 法「洒落るな(御盆)  
 御盆(おぼん)は,橘家(三遊亭)圓橘(2)演,市村淳士速記.雑誌『華の江戸』創刊号の巻頭を飾っている.

【つけたし】
 この速記以外には,小圓朝(2)が三芳屋の速記本に「巣鴨の狐」の演題で,『講談雑誌』2(2) (1916)で三升家小勝(5)が演じている.戦後では小満んの個人集に載っており,文我(4)は上方に移植している.
 今も香典などを渡すとき,丁寧な人は切手盆を下に敷いている.謝礼など現金を渡すときにも台はつきもの.鰻をねだった幇間に渡すおひねりだって紙にくるむ.コンビニには,急な謝罪などに対応するため,包装された菓子折が常備されているのは知っていた.以前,コンビニでギフトカードを買ったときに,それを入れる袋が用意されていなかったことがある.しかも店員さんが,袋が必要なことが理解できてなくてびっくりした.まあ,コンビニで済まそうというのも考えものだけど.


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 掲載 221201

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