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はなしの名どころ
有馬土産千代の若松(あらすじ)
蛭「……昔神武天皇が長髓彦を御征討の時、僕は攝州西の宮に隱居をして居ました、身體が思ふ樣に利かないから、乃で退屈凌ぎに漁獵をして樂しんで居ると……」
 (「七福神參り」)
  鈴木行三編,『圓朝全集』 第十三巻,春陽堂( (1928))
 
地点名 出典と登場回数 位 置 備 考 写真と撮影年月
播磨 はりま 札所, 鶴殺 など (他 東京17件, 上方13件) 全34件20題 兵庫県 旧国名.
"駅路を重ねまして十二月五日播州某の城下へ着いたし"(鶴殺疾刃庖刀)
     
篠山 ささやま お里 (講明治大正, 青圓生) (他 東京6件, 上方7件) 全15件8題 篠山市(旧多紀郡篠山町) 「お里の伝」の原作では"丹波の奥山"とあるだけで篠山とは言っていない.丹波篠山山家の猿が……デカンショデカンショで半年暮らす♪ デカンショ節民謡碑 0406
相野 あいの 有馬土産 全1件1題 三田市 有馬で誘拐した女を相野の隠れ家に連れ去る場面.三田市の相野は,有馬から南東の方角ではなく,北西の方角にあたる.山中に盗賊の隠れ家がある設定なので,三田市の相野でよさそう.
"此処より辰巳の方角で相野と云へる山坂道"(有馬土産千代の若松)
相野の山へ 1806
有馬の富士 ありまのふじ 有馬土産 全1件1題 三田市 有馬富士.有馬温泉の北方約14キロにある標高374mの小さい山.形がよいためだろうか,名所案内記にも描かれている.高いビルのなかった時代は,温泉街からよく見えたはず.有馬温泉からは見えないため,射場山の山腹にある稲荷神社に登ったところ,ようやく姿を見ることができた.
"有馬の富士の夫ならで素顔は夏の芙蓉峯"(有馬土産千代の若松)
有馬富士 1807
伊丹 いたみ 皿山 (他 東京11件, 上方7件) 全19件11題 伊丹市 圓朝ものではいずれの項も実際の舞台ではない.落語でも「長者番付」,伊丹のこぼれ梅など酒造関連が多い.
"武骨な松蔭や秋田屋がお酌をいたしましては、池田伊丹の銘酒も地酒程にも飲めんようなことで"(菊模様皿山奇談)
伊丹の酒蔵 9909
西宮 にしのみや 七福神参り, 文晁 (他 東京2件, 上方9件) 全13件9題 西宮市 巻頭文のように,西宮の恵比寿神が登場.大練塀は国重文.
"昔神武天皇が長髄彦を御征討の時、僕は摂州西の宮に隠居をしていました、身体が思う様に利かないから、そこで退屈凌ぎに漁猟をして楽しんでいると"(七福神参り)
西宮神社南門と大練塀 0605
なだ 福禄寿(青圓生) (他 東京69件, 上方24件) 全94件39題 神戸市灘区,東灘区など 圓朝演では出てこない.今津,西宮,魚崎,御影,西郷が灘五郷.ただならぬは灘の酒      
有馬 ありま 熱海, 有馬土産 (他 東京5件, 上方8件) 全14件10題 神戸市北区有馬町 落語では「有馬小便」で登場する温泉地だが,「円朝全集」の別巻に,圓朝演とされる新聞小説「有馬土産千代の若松」が新しく収録された.有馬の地名が数件,新しく登場した.塩分の高い高温の湯が湧いており,今も御所泉源,天神泉源,妬(うわなり)泉源にみることができる.空気に触れて鉄分が沈殿する茶褐色のお湯が特色.有馬土産は,ぴょこっと飛び出す人形筆,竹細工に炭酸煎餅.
"どうも具合のええことな、有馬の湯とは違うて、それに有馬はぬるすぎて、また景色がこう面白うない"(熱海土産温泉利書)
有馬名物人形筆 0309
有馬:一の湯二の湯 いちのゆにのゆ 有馬土産 全1件1題 神戸市北区有馬町 かつて有馬温泉は宿へ引き湯をしておらず,南側にある宿用の一の湯と北側の二の湯に別れて入湯した.位置的には,共同浴場の金の湯の北の広場あたりになる.現在は,共同浴場の金の湯の中に一の湯(男湯)と二の湯(女湯)を設けている.金の湯の前には,有馬町の道路元標が置かれていた.
"一の〔湯〕二の湯の湯女達は暮湯を仕舞ひ帰り道"(有馬土産千代の若松)
有馬道路元標 1807
有馬:御所坊 ごしょぼう 有馬土産 全1件1題 神戸市北区有馬町858 有馬温泉街の入口にある老舗旅館.創業は鎌倉時代までさかのぼるというから驚き.現在の場所に移ってからも400年が経つ.木造建築を守っており,谷崎潤一郎や吉川英治も滞在した.今は浴客は共同浴場まで行かず,各旅館に引き湯した温泉に入る.御所坊では,次第に湯が深くなる通路を抜けると,半混浴の湯殿が広がっており,金色の湯があふれていた.
"貴君方は御所坊にお泊りのお方ではござりませぬか"(有馬土産千代の若松)
御所坊浴場入口 1807
有馬:若狭屋 わかさや 有馬土産 全1件1題 神戸市北区有馬町858 有馬温泉の二十坊の一つ.有馬温泉街入口に面した木造三階建てのお土産屋が若松屋と称している.古い地図と比較しても同じ場所なので,ここのことだろう.
"コレ若狭屋の嬶々さん(若狭屋は浴宿の名)"(有馬土産千代の若松)
若狭屋 1807
有馬:奥の坊 おくのぼう 有馬土産 全1件1題 神戸市北区有馬町1206 有馬温泉の二十坊の一つ.2013年以降長期休業中.敷地周りも鉄板で囲われてしまっていた.池之坊も長期休業,二階坊は御所坊に吸収されている.
"貴君は奥の坊においでなさるお方様"(有馬土産千代の若松)
奥の坊 1807
有馬:禰宜屋 ねぎや 有馬土産 全1件1題 神戸市北区有馬町858 有馬温泉の二十坊の一つ.ねぎや陵楓閣の名前で,駅南の高台に移転して営業中.
"エエ禰宜屋の嬶アはん(禰宜屋も宿の名)何言はんす"(有馬土産千代の若松)
ねぎや陵楓閣 1807
有馬:温泉寺 おんせんじ 有馬土産 全1件1題 神戸市北区有馬町1643 真言宗温泉寺.行基の開創.温泉街南西の高台に位置する.明治維新でいったん廃寺になって黄檗宗として再興した.本堂の北にはちゃんと鐘楼があった.
"早太陽も西に傾き温泉寺の鐘の声山に響きて"(有馬土産千代の若松)
温泉寺 1807
有馬:鉄炮水 てっぽうすい 有馬土産 全1件1題 神戸市北区有馬町 温泉街を北に登ったところに炭酸泉源があり,蛇口から流れる水を飲むことができる.炭酸よりも,鉄分の金気を強く感じる.この泡立つ水を鉄砲水と呼び,これを原料としたサイダーがつくられていた.今も,てっぽう水サイダーが売られている.
"是まつや この鉄炮水の奇麗な事はいな ちょっとマア御覧よ"(有馬土産千代の若松)
てっぽう水サイダー 1807
神戸 こうべ 三題噺, 有馬土産(他 東京43件, 上方23件) 全67件53題 神戸市 圓朝ものでは三題噺1件だけ.落語では,東京から神戸までの急行列車のあがり等々,こまこまと登場する.
"なんでも洋行と決心いたして神戸の親類へまいって相談をすると"(貴紳の散歩・壮士の洋行・女子の梅見, 三遊亭円朝全集, 角川書店(1975))
神戸遠景 9409
兵庫 ひょうご 名人く (他 東京17件, 上方23件) 全41件12題 神戸市兵庫区 落語では,「宿屋仇」,「兵庫船」,屏風を好む兵庫の坊さん.戦争で供出された大仏さんのお顔はもっとエキゾチックだった.
"正宗は中々ありませんよ、兵庫の安継だの正宗だのというものは中々ありません、刀は正宗、差添は浪の平行安と、浄瑠璃の文句にはありますが"(名人くらべ)
兵庫大仏 0309
福原 ふくわら 有馬土産 (他 東京5件, 上方4件) 全9件7題 神戸市兵庫区福原町あたり 平清盛の福原の都,北には雪の御所があり,湊山小学校庭南に碑がある.福原の名を貰って,明治期新設の遊廓.この遊廓が圓朝作品に登場する.
"駕籠に乗せつつ神戸なる福原辺の旅店に至り"(有馬土産千代の若松)
福原桜筋 9409
須磨 すま 鶴殺 (他 東京4件, 上方13件) 全18件12題 神戸市須磨区 落語ではもちろん「須磨の浦風」.須磨浦公園に建つ芭蕉句碑,"蝸牛角ふりわけよ須磨明石"は境川での句.
"かの汐汲と申すものは在原の行平が須磨へ島流しになって、松風村雨など申す怪しき賤の女と契りしという随分世にたわけたことである"(鶴殺疾刃庖刀)
芭蕉句碑 0309
書写山 しょしゃさん 有馬土産 (他 東京4件, 上方7件) 全11件5題 姫路市書写2968 書写山円教寺.西国三十三ヶ所第27番札所.「こぶ弁慶」の終盤,弁慶の生い立ちのセリフで登場する.
"暫くの間播州姫路領なる書写山の麓に潜伏なして居たりしが"(有馬土産千代の若松)
円教寺奥の院開山堂 9909
姫路 ひめじ 有馬土産 (他 東京13件, 上方13件) 全26件12題 姫路市 姫路と言えば「皿屋敷」の舞台.圓朝作品では,「有馬土産千代の若松」にチラリと出てくるだけ.
"暫くの間播州姫路領なる書写山の麓に潜伏なして居たりしが"(有馬土産千代の若松)
姫路城を望む 1703
赤穂 あこう お里 (他 東京16件, 上方3件) 全22件13題 赤穂市 「お里の伝」は貞享4(1687)〜宝永2(1705)年の噺で,話中赤穂浪士討ち入りの報に接する.写真は,赤穂花岳寺にあった赤穂浪士引き上げの場面.
"播州赤穂の城主浅野内匠頭の家来五十人ばかりの浪人が、吉良さまのお邸へ昨夜乱入いたしました次第をご覧じろ"(操競女学校-お里の伝)
両国橋赤穂浪士引き上げ 1603

掲載 031030/最終更新 180901

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