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らくだ
 酔うて候 −らくだ−

 有名な噺.もとは上方種の古典落語.柳家小さん(3)により東京に移植され,すっかり東京の噺になっている.登場人物のすべてが酒好きで,サゲの場面でも酔ったせいで死体を取り違えることになるが,ここまで演じることは少ない.サゲの火屋の言葉が上方ルーツを示している.上方は笑福亭松鶴などの速記,東京は柳家小さん(3)の演出を参考にした.
 大あらすじ
 長屋の嫌われ者のらくだの死骸を見つけた兄貴分,通りがかりのくず屋に死体を担がせ,大家を脅して葬式の段取りをする.浄めの酒に酔ったくず屋が今度は兄貴分を圧倒する.焼き場へ担いでいく途中で死体を落としてしまう.

 こぼれ話
 大阪では,谷町6丁目あたり,空堀通りの北側がらくだの住んでいた野漠と呼ばれたところだという.漠々とした野っ原だから野ばくというらしい.今は下町情緒がいっぱいの空堀通り商店街のあたりだ.その南側が高台で,両者の貧富の差が歴然としていた.上に直木賞に名を残す直木三十五,下に漫談家の花月亭九里丸が住んでいたという.らくだの葬列は,そこから西へ九之助橋を渡り,堺筋を南へ曲がる.途中で汚い葬列だと漏らした丁稚を見つけ,この子の勤める砂糖屋に因縁をつける."きれいなそうれんに代えてもらおやないか!".このあたりが大阪らしい演出といわれるが,今は省略される場面だ.葬列は日本橋を避ける習慣があるらしく,太左衛門橋を南へ渡る.この時,らくだの死骸を落としてしまい,願人坊主を代わりに拾う.橋を渡れば千日前の火屋はすぐそこだ.

野ばくあたり
(大阪くらしの今昔館)
 明治期に柳家小さん(3)が東京へ「らくだ」を移植した.早桶を差し担いにした兄貴と屑屋は,最初に姿見橋にさしかかる.その後から出てくる土橋のことを漠然と落合土橋だと思っていた.これだと江戸市中から姿見橋を北へ渡り,さらに土橋を南に渡ることになる.しかし,小さん(3)の速記を読みなおしてみると明らかに姿見橋を南へ渡っている.そうすると,神田上水がじゃまをして落合土橋を北へ渡ることはできない.小さな土橋とは小滝橋あたりのことになる.
 いずれにせよ大阪と違って,焼場に近づくとどんどんと寂しい田舎道にかかってくる.橋を渡ってしばらく行き,突き当たりを左に行くと新井の薬師,右に行くと落合の焼場はすぐだ.願人坊主が寝ていたのは淀橋あたりとする速記もある.淀橋と土橋では大違いだ.とにかく,そんなところで寝ていたら野犬に喰われちまわないかと心配になるような場所だ.
 東京の落語では,桐ヶ谷,落合,山谷,砂村の火葬場が出てくる.「子別れ」のマクラに出てくる"弔いを山谷と聞いて親父行き"の山谷の焼場だが,今は町屋に移っている.以前は火葬場というと,ネットを張った煙突が高々とそびえていたものだが,昨今は全部建物の中に収められてしまって,外からは火葬を感じさせない施設になっている.

 

落合土橋あたり
 はなしの足あと
 道中付け1:野ばく→空堀通り→九之助橋→島の内→大宝寺町→堺筋→日本橋→太左衛門橋→千日前の焼場

 道中付け2:江戸→小石川→目白→砂利場→姿見の橋→高田の馬場→土橋→落合の焼場 (柳家小さん(3)による.大正14年)

掲載 101028/最終更新 120101

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