HOME >> 旅のはなし >> prev 阿武松 next
阿武松   
話は早い −おうのまつ−

 東京種の古典落語.度はずれた大食いという設定は奇抜だが,実在する横綱を題材にした出世譚で,講談のにおいがする.三遊亭圓生(6)の演出を参考にした.

 大あらすじ
 大食のため破門になった取的小車.有り金いっぱい飯を食ってから死のうとと,板橋宿で末期の飯を食いはじめる.それを見た相撲好きの主人が,新しい師匠を紹介してくれる.この力士が後には横綱阿武松となる.

 こぼれ話
 阿武松は,実在の第六代横綱.文政時代の話で,長州萩家のお抱えだったことから,萩の名所,阿武松原から名をつけたという.実際の取り口は慎重で,待ったの別名を阿武松とされるほどだったという.
 板橋宿平尾の宿屋主人が,死のうとした小車を助け,昵懇の関取である根津の錣山関のところに案内する.この道すがら,主人が田舎ものの小車に名所を案内するかのようにして道中付けが出てくる.圓生は,七軒町に近づくと主人に"話は早いね"と独り言のような台詞を言わせている.会話をしながら歩くと思いのほか早く着くという意味で言わせながら,高座で話せば千里の道も一瞬だという演者の独白にもなっている.

板橋
 大食いとは不思議な能力だ.普通の人が食べられない量を軽々と平らげる姿には,神性さえ感じる.細部は忘れたが,飯の喜捨をするといくらでも食べる怪僧がいて,いぶかしく思った透視能力のある男がこれを見たところ,僧の後ろに延々と飢鬼が連なっていたという話が,古今著聞集だか今昔物語だかにあったと思う.無数の透明な手が僧の持つ鉢に群がっているイメージに肌が粟だつ.
 阿武松や現代のテラ飯食いにはそんなオカルトじみたことはないだろう.だとすると,つまらない話だが,人が食える量は胃の容量で物理的に決まってくる.阿武松は生まれてこのかた,腹一杯食べたことはないと言っているので満タン量は本人でさえわからない.板橋宿では決死の覚悟で飯を食った.一升入るお櫃を3杯空にしてまだ行けるとなると,容量で軽く6リットルを超える.現代の大食い自慢の中は,普通の人の10倍程度,量で10kg程度を食べる人もいるようだから,阿武松の記録は噺の上とはいえ,相当なものだ.世話人の板橋の旦那にいたっては,一日1俵食えとまで言っている.五斗俵だったら50升ですよ.そりゃあいくら何でも無茶だ.金額にしたって50升といったら1日2万円と見積もっても,年に700万円の祝儀とはすごいタニマチだ.
 人並みはずれて食べれば,自然と体ができてきて相撲が強くなる.太りすぎると動けなくなる.もし,いくら食べても太らないとすると,激しい運動と呼吸で熱に変えるか,汚い話だが大便となって出すしかない.無限に長い透明な便を道に引きずっているさまは説話でも絵巻物でも見たことがないが,5年分以上の宿便をとうとう一気に噴出させてしまったしとやかな女学生,分津マリイならば,永井豪がマンガで描いていた(イヤハヤ南友, 1975).


横綱阿武松墓
 はなしの足あと
 道中付け:戸田川→志村→板橋の平尾→巣鴨の庚申塚→本郷の追分→根津の七軒町

掲載 100709/最終更新 120101

HOME >> 旅のはなし >> prev 阿武松 next