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お血脈   
住居侵入・窃盗罪 −おけちみゃく−

 地噺と言われる演者の感覚で進めていく噺.東京での演題が「お血脈」.上方では「善光寺骨寄せ」といってばらばらの骸骨を寄せ集める演出があるが,受け継ぐ人は少ないらしい.石川五右衛門が出てきて大げさな演技をするので,落語絵本にもよく取り上げられている.

 大あらすじ
 極楽往生を約束するお血脈のせいで,地獄に来る人が激減した.困った閻魔は善光寺のお血脈のご印を盗ませようと石川五右衛門を派遣する.芝居っ気のある五右衛門は盗んだご印を掲げて見栄を切る.

 こぼれ話
 見栄を切った五右衛門は,自分で額にご印文を押したため極楽に行っちまったというのがサゲ.今,お血脈のご印はあるのかないのか,とても気になります.
 釈迦の弟子筋が死者につらなるまで綿々と描かれている紙をお血脈と言って見せてもらったたことがあります.あれは焼き場で聞いた話でしたから,骨壺に入れられたのでしょう.そこで見たお血脈は,ハンコではなく紙に書いたものでした.
 善光寺にお参りしたときに,お札の授与所で写真のようなご印文を見かけました.これをいただこうとしたところ,納棺用だがいいですかと念を押されました.焼き場のお血脈とは違ったものでしたが,似たような使われ方をするようです.結局,善光寺でお血脈のスタンプを見ることはできませんでしたが,近いところまでは来た感じがします.五右衛門がご印文を極楽に持って行ってしまったのならば,善光寺にないのも当たり前.閻魔さまの作戦は成功したとも言えます.


善光寺ご印文
 善光寺のご本尊,阿弥陀如来は,大阪の阿弥陀池から出現し,本田善光に頼んで懐に入れてもらって長野に移ったといいます.なぜ難波から信濃に移ったかというと,"阿弥陀が行け"と言ったのでは反対に阿弥陀池に戻ってしまいます.善光寺縁起によると,落語(御神酒徳利とお血脈)で演じられるとおり,守屋大臣が難波の堀江にうち捨てた御本尊の阿弥陀如来像を本田善光がお運びし,飯田市を経て皇極天皇元年(642)に長野の地に鎮座したとあります.なるほど,阿弥陀仏だから阿弥陀池なんだと納得した次第です.その後,戦国時代には武田信玄が甲府に善光寺を移し,豊臣秀吉は京都の方広寺にご本尊を移しました.またまた,阿弥陀様,夢枕に立たれ長野の地に戻ったといいます.
 日本各地に善光寺信仰は広まり,善光寺ゆかりの百ヶ寺を超える寺院が,全国善光寺会というものを組織しているとあります.もちろん,落語に登場する阿弥陀池の和光寺,飯田の元善光寺,甲斐の善光寺もそのメンバーです.


善光寺
 はなしの足あと
 舞台の移動:阿弥陀池→善光寺←地獄

掲載 100915

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