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無筆の女房   
落語に稀な夫婦愛 −むひつのにょうぼう−

 東京種の古典落語.今は途絶えた噺.女房の怒りを包容する幇間の亭主と,亭主の気に入られようと字を独学するけなげな妻という,落語にはまれな構図.

 大あらすじ
 長旅から戻った幇間の主人が,浮気をしたと疑い,離縁を願う無筆の女房.戯れ文の離縁状が読めなかったことに発憤して密かに字を習う.亭主の次の留守中には家計簿までつけるようになるが,開いて見ると判じ物のよう.

 こぼれ話
 幇間の名は白露という.一八や善公のような軽い名前ではなく,いわば俳名.これだけでも並の幇間ではない.蔵前の十八大通に贔屓にされているというから,あらゆる粋なことに通じており,茶道香道盆画盆石囲碁将棋,諸芸なんでもたしなむのだろう.その女房が字が読めないというのもちょっと変だが.白露師匠,女房の悋気を風に柳と受け流している.
 家を空けた言い訳に,潮来から鋸山を旦那とザクザクと旅したというのは,どうもでまかせらしい.次の江ノ島から箱根七湯めぐりの旅は本当のこと.いずれにせよ,江戸東方と西方の保養地,遊山が噺に出てくるのは珍しい.同じ幇間の出てくる「鰻の幇間」で,修善寺や那須あたりへ湯治のセリフがあるが,こちらはちょっと時代が新しすぎる.

鋸山 日本寺千五百羅漢
 遊芸といえば,「碁どろ」「笠碁」「柳田格之進」「文七元結」が囲碁の出る噺.「浮世床」「将棋の殿様」「二人癖」が将棋の出る噺.「浮世床」の洒落将棋,卯月八日を取り交わして,角道の説法で屁をひり合うとは,結構定跡にかなっている.次は角成る上はと攻め合いそう.ところが,「二人癖」に出てくる詰将棋はちょっと変.所沢の藤吉という実在のアマ名人を引き合いに出しているが,裸の王様一枚を桂香歩3では詰むはずがない.実際には,図のような裸の玉に角金4銀2歩9という,ものすごい数の持ち駒でもって初めて詰ませられる.作者は岡村孝雄氏で,この作品で詰将棋の最高峰である看寿賞を受賞している.

詰まろうか(伝所沢藤吉作)
 亭主の留守にせっかく覚えた仮名文字だが,これがちょっと読みにくい."たいこ"が大根,"こめのかけ"が御免の勧化,"あり"が蝋燭だというのがサゲ.蝋燭屋の看板が木彫りのロウソクに"あり"と書かれていたかららしい.けれども,この女房,"あり"は読めるはずなので,ロウソク代は"ろおそく"とか"らふそく"と書くだろう.
 当時,こんな看板が本当にあったのか気になる."あり"と書いた蝋燭屋だけでなく,"の"の字の大きい糊屋の看板,片っ方だけの足袋屋の看板,"ことしゃみせん"や"かかみや"とひらがなのだけの店名などを探しているのだが,博物館でも見かけたことがない.
 この噺,落語にはめずらしい夫婦愛が描かれているいい噺だが,サゲを含めてあまりに時代離れしている.三遊亭金馬(4)が演じたのを見たことがあるが,お客さんの反応はイマイチだった気がする.


琴三味線
 はなしの足あと
 道中付け:成田→房州→補陀の羅漢→鋸山→木更津→潮来.江の島→鎌倉→箱根の七湯 (禽語楼小さんによる,明治27年)

掲載 110503

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