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東の旅
 大河落語 −ひがしのたび−

 上方の大河落語.伊勢参宮神賑が本名題.前座が口慣らしに小拍子をカチャカチャ言わせながら客を呼び込んだという.「七度狐」や「三十石」などは独立して演じられる噺.
 大あらすじ
 大坂を出発した喜六清八の二人連れ,街道を東へ取り,奈良を見物して,伊勢へ参詣.帰りは東海道を通り,京都からは三十石の夜船で大坂へ戻る一連の噺.その一部を紹介する.

 こぼれ話
 東京の「三人旅」に対して上方の「東の旅」は喜六清八の二人連れ.全編を復活する試みもあるときいています.とはいえ,どれが全編なのかよくわかりません.前田勇の辞典や二世曽呂利新左衛門の『滑稽伊勢参宮』などを見てみると,おおよそこんな感じだと思われます.
 発端−奈良名所−野辺から煮売屋+七度狐へつながる流れと,法会+もぎ取り+軽業へつながる流れがあると言います.軽業の太夫さんが綱から落ちてあの世に行ってしまうと,「地獄八景」に続くと書いてありました.これでは冥土の旅ですので,東の旅からは外れますね.さらに東京で「長者番付」と呼ばれる「運つく酒」や「常太夫儀太夫」が入り,お杉お玉−宮巡りで伊勢参宮を済ませます.帰り道は東海道を通って,矢橋船−走り餅−宿屋町+瘤弁慶−京名所−三十石で大坂に戻って来ます.そのほか,「軽業講釈」,「軽石屁」や「これこれ博打」といった珍しい噺も東の旅の一部だと言います.

伊勢参宮の始まり玉造稲荷
 旅の振り出しは安堂寺橋."大坂離れてはや玉造,酸い酒の一杯も飲んで街道へかかります".おなじみの文句で旅が始まります.おなじみの文句といえば,"笠を買うなら深江笠",深江は道中用の菅笠が名産でした.深江神社に碑があり,保存会もあるようです.旧奈良街道は府道702号線に絡むようにくねくねと東へ進んでいきます.最初にかかる難所は暗峠,その手前の額田は,山にありながら「明石船」という謎の落語の舞台です.
 私,実は暗峠をちゃんと越えたことがありません.最初は額田から峠までの往復をしただけでした.石畳が敷かれた暗峠に着いたときには,もう夕暮れが迫っていてあわてて戻ったのですが,額田への帰り道では誰にもすれちがわないような寂しいところでした.2回目は生駒山頂から尾根づたいに峠へ出ました.峠の茶店でひと休みして,東側の砂茶屋まで散策しました.
 普通は,大阪側の枚岡駅から暗峠,榁木峠と2つの峠を越え,尼ヶ辻へ抜けるのが1日のハイキングコースでしょう.途中には,枚岡神社,芭蕉句碑,大師の水,峠の茶屋,お地蔵さん,本陣跡,梅林などいくつもの見どころがあります.

暗峠
 さて,奈良の名所は「猿後家」に譲って,道を急ぎましょう.ここから先はルートがはっきりしません.雑誌「上方」に載っている速記では,丹波市(今の天理)から名張の地名が出てきますので初瀬街道を通っているようですし,桂文我師は奥津(おきつ)から相可(おうか)を通る伊勢本街道を推しているようです.この2つの街道は長谷寺の先,榛原で左右に分かれます.途中の「七度狐」や「軽業」といった落語には,特定の地名は出てきません.
 再びルートがはっきりするのは,明星の宿場から.何と源さんという人が増えて「三人旅」になっています.もしかすると,江戸の三人旅を取り入れたのかもしれません.このあたり,へんば(返馬)餅や二軒茶屋餅,赤福餅,ちょともどって四日市の永餅と,いろいろな餅菓子が味わえます.帰り道に出てくる走井餅は,大津の銘菓です.

伊勢本街道 奥津宿
 内宮外宮とお詣りするのが「宮巡り」,速記でしか見なかった噺です.お詣りのあとの精進落としが,内宮と外宮を結ぶ伊勢古市の宿屋.江戸吉原,京の島原とならぶ日本三大遊廓の一つとまで言われたところでしたが,今はその面影はまったくありません.歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」は,古市の油屋が舞台です.
 古市にかかる坂道,間の山では,代々お杉お玉という二人組の女芸人が,三味線を曲弾きして,お客さんの投げ銭をもらっていました.調子に乗って束ごと銭を投げつけて,逆にやり込められるのが「お杉お玉」という噺.珍しい噺ですね.赤福に入っているしおりにお杉お玉の絵がありました.3月8日の伊勢だよりです.ふくら脛まであらわにした姿がセクシーです.

お杉お玉(赤福のしおり)
 帰りはどんなルートで大阪に戻りましょうか.津まで行きますと,東海道亀山へ出ることができます.今も,バスが通っていますよ.途中には伊勢音頭(伊勢へ七度,熊野にゃ三度〜♪幽霊がよ〜いよ〜い)に出てくる豊久野の銭掛松がありますから,ぜひ寄ってみて下さい.津から桑名の方へたどりますと,追分で江戸からの東海道にぶつかります.ここから東海道を石薬師,庄野とたどっても同じこと,亀山に出られます.途中には次郎長伝,荒神山の血煙の舞台のお寺があります.
 鈴鹿峠を越えると水口,石部といった宿場を通って草津に出ます.このあたり,東海道でもなじみの薄い区間です.石部の宿は「胴乱の幸助」,お半長に出てくるので,聞いたことがあるかもしれません.
 噺の方は,「矢橋船」,「瘤弁慶」,「三十石」と続きますが,それぞれ一席ものとして演じられますから,またの機会に譲って,胴乱の幸助さんじゃあありませんが,新快速で帰ることにしましょう.


銭掛松
 はなしの足あと
 道中付け:安堂寺橋→玉造→二軒茶屋→中道→本庄→玉津橋→深江→高井田→藤の茶屋→御厨→額田→豊浦→松原→大師手向の水→暗峠→本陣→雀の茶屋→小瀬→榁の木峠→追分→砂茶屋→尼ヶ辻→奈良→奈良名所→丹波市→多武峰談山神社→初瀬→長谷寺→名張→明星→宮川の渡し→外宮さん→茜稲荷大明神→中道→二見→御師町→内宮さん→神楽殿→岩淵町→川崎→二見餅→朝熊山→御祓町→鷹の宮→雨の宮→風の宮→陰陽石→五十鈴川→神路山→宇治橋→赤福餅→牛谷→どぶろく→油屋→備前屋→杉本屋→間の山
 亀山→庄野→石薬師→追分→神戸→白子の不断桜→上野→伊勢

 「軽石屁」:駕籠屋にお供扱いされて腹を立てた男,仕返しに酒に軽石の粉を混ぜて駕籠屋に飲ませると,屁が止まらなくなる.軽石を飲むと屁が出るという俗説に基づく噺.

 「これこれ博打」:旅の博打で負けて裸にされた源助清八,手入れに乗じて逃げ出す.神が降りたふりをして,祭礼を荒らしまわり,庄屋の家に駆け込む.そこへ村人が神さんが暴れていると報告に来る.庄屋が二人に,これこれ(狐のシグサ)の業やろと訊ねると,これこれ(博打のシグサ)の業です.

 「明石船」:船に男の水死体が流れ着いた.その夜の夢に男の霊が現れ,自分の主人の公卿に金を届けてくれと頼む.船頭が額田を訪ねるが,公卿は金を受け取らないばかりか,山に逃げてしまう.船頭追うて公卿山へ登る.

掲載 110121

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