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大師めぐり   
忘れられた遊山 −だいしめぐり−

 上方落語.笑福亭松輔の速記が残っている.春江堂刊の『新撰落語集』を参考にした.大師巡りという習慣がなくなってしまい,現在演じる人はほとんどいない.

 大あらすじ
 大師廻りにかこつけて馴染みの妓と会う計画の若旦那だが,親旦那がついて来てしまう.天王寺でようやくまいて女の待つミナミへ向かう.

 こぼれ話
 東京の落語では,六阿弥陀詣りが出てくる「芝居風呂」を取り上げた.大阪近郊のお寺を回る噺に「大師巡り」が見つかった.
 大師巡りとは,お大師さまを祀る大阪周辺の寺を巡拝する風習のことだが,今はその習慣は全くなくなってしまった.果たして何ヶ所の寺を回ったのかも定かでない.弘法様のご縁日の21日にちなみ,毎月21ヶ所をまわるような気もするが,確かでない.弘法大師ならば真言宗の寺に限られるが,円光大師(浄土宗)や聖徳太子も含まれているらしい.弘法大師のお寺めぐりにしても,今は大阪三十三ヶ所とか摂津八十八ヶ所とか,もっと景気のいい数字になってしまっている.
 1939年に出た春江堂刊の『新撰落語集』という本に笑福亭松輔演の「大師廻り」が載っている.この本には他にも,「棒屋」,「天狗風」(摩風),「戎小判」,「鸚鵡の徳利」といった珍しい噺が収められている.
 「大師巡り」のストーリーは「親子茶屋」によく似ている.それもこの噺がすたった理由だろう.若旦那が大師巡りにかこつけて家を出るのだが,大師巡りならばといって親父までがついてきてしまう.やっとまいたと思ったら,ミナミで婦人連れの親父と出会ってしまう."落つれば同じ谷川の水じゃ"がサゲ.噺の中にはわずか4ヶ所のお寺しか出てこない.噺にだけ大師巡りの記録が残っているという史料的な価値があるわけでもない.サゲもピンと来ないし,どうにも中途半端な噺である.それでも,この噺を今演じる落語家がいるという.
 さて,わかっている範囲でお詣りとまいりましょう.

どんどろ大師
 最初にお詣りするのは,北の太融寺さん.こちらは間違いなく大師巡りに含まれている.太融寺では落語会もずいぶんと長く開かれているそうで,淀君の墓があることでも有名です.つづいて,善福寺さん.というよりも,どんどろ大師といった方がずっとわかりやすいお寺です.「傾城阿波鳴門」で,巡礼おつるが甲高い声で父サマエノーと叫ぶ場面です.
 次の小橋が迷いました.読みはおばせです.これはおそらく真田山の近くにある興徳寺という真言宗のお寺(天王寺区餌指町)のことでしょう.お寺の人に聞きましたが,大師巡りのお寺とは言っていないようです.さて,寺町を南に天王寺にまいりましょう.途中,源聖寺坂とか口縄坂とか,なかなか趣のある坂がありますので,ぜひ散策してみて下さい.
 天王寺さん.こんな大きな寺が大師巡りといってもピンと来ない感じです.聖徳太子の創建にかかり,日本の仏教が細かく分かれる前に建立された寺です.お大師さんが,見真大師のことか,聖徳太子のことかわかりません.こちらは,落語「天王寺詣り」でたっぷり見る時間がありますので,さっとお詣りして次へ向かいましょう.
 次,と言っても,「まめだ」の舞台となる三津寺さんも大師巡りの寺の1つらしいですが,「大師巡り」にはもうこれ以上お寺さんが出てきません.どうもしまりがありませんね.

 お寺詣りはこれくらいにして,噺と同様にミナミに繰り出して一杯と行きましょうか.


寺町源聖寺坂
 はなしの足あと
 道中付け:太融寺→どんどろ→小橋→天王寺さん→亀の池→天王寺の停車場→湊町→相生町の中筋

 「親子茶屋」:お茶屋通いがやまない息子にケチで堅物の親父が意見する.親父が寺詣りに出かけたすきに,ミナミの茶屋に揚がった息子,ある旦那の隠れ遊びと一座になる.顔合わせをしたら,なんとそれは親父だった.親父が思わず言うには,バクチはならんぞ.

掲載 110503

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